■■ LP1300 手札2
【モンスターゾーン】
カード無し
【魔法&罠ゾーン】
カード無し
【ペンデュラムゾーン】
右∶シドレミコード・ビューティア スケール2
左∶レドレミコード・ドリーミア スケール7
侵略者 LP2700 手札1
【モンスターゾーン】
エルシャドール・アノマリリス ATK5000 レベル9
【魔法&罠ゾーン】
カード無し
自分から散った血を見た瞬間、身体から力が抜けるような感覚に襲われる。
今までの人生、怪我をする事は何度もあった。けれど、これだけ血が流れるほどの傷を負ったのは、もしかしたら初めてじゃないだろうか。
それぐらいの傷を負った。血を流した。ゲームであるはずの、デュエルモンスターズで。
「お兄さん!」
「大丈夫!?」
悲痛な声をあげるキューティアとファンシア。脚から力が抜けて、膝をついてしまう。血は流れているが、まだ浅い方に入るのだろうか。経験がないから推測でしか分からない。
足元に刺さる、アノマリリスが放ったつららを見る。自分の血だろう、赤い液体がついていた。そのつららを放った当人は、表情一つ変えず、そもそもの無表情でこちらを見下ろしている。
十分なダメージを与えて満足したのか、侵略者の男は得意げに両手を広げた。
『バトルは終了。バトル・フュージョンの効果は終了し、アノマリリスの攻撃力は元に戻る』
エルシャドール・アノマリリス
ATK5000→2700
『我はカードを1枚伏せてターンエンド。さあ、貴様のターンだ』
最後の手札を伏せてターンを渡してくる。
何を伏せたのかは分かっている。さっきアプカローネの効果で手札に加えた《
こちらの手札は2枚。フィールドにモンスターはいないが、ペンデュラムゾーンの2枚は無事だし、エクストラデッキにも「ドレミコード」が3体いる。これだけあれば十分に挽回できる。それは理解していた。
なのに、立ち上がれない。脚に力が入らない。
(本当に、デュエルモンスターズの世界なんだ……)
今更になって理解した。その身をもって。
アニメの遊戯王では、命を懸けた戦いとか、世界の運命が決まるデュエルとか、負けたら全世界のネットワークが消滅するとか、そんな大規模なデュエルが日常茶飯事のように行われた。
けれど、ただそれを創作と理解した上で見ていた身からすれば、所詮は対岸の火事みたいなもので、娯楽でしかなかった。紙の遊戯王も、言ってしまえば世の中に溢れるゲームのひとつでしかない。
けれどこの世界は違う。デュエルで全てが決まる。こうしてダメージは現実のものになっているし、負けたらこのドレミ界があの侵略者の手に落ちてしまう。夢物語みたいだが、これらは全部現実だ。
自分の命も、今いる場所も、自分のプレイングひとつに左右されている。
そして今まさに、自分の命が2700削られた。
それを理解した途端に、身体が動かなくなる。
『どうした。もう打つ手がないのか?』
侵略者が尋ねてくる。立ち上がれないのは勝機を失ったからだと思っているらしい。
違う。現実に打ちのめされているのだ。
もうここは、夢でも幻覚でもない。こうして血を流して傷を負っても、頭の中で何度も自分に覚醒しろと言っても、一向に状況は変わらない。あるのは、自分の腕次第で全てが決まってしまう、目の前のデュエルだけだ。
『サレンダーするなら今の内だぞ。そうすれば、お前はもちろん、そこにいる奴らも見逃してやる。ただし協力はしてもらうがな』
今の自分からすれば、実に心を揺さぶる提案だった。
サレンダーは、前の世界のデュエルだったら普通の選択肢の一つだ。自分の手持ちでどうにもできない、勝利できない状況になったらそうするのも、ひとつの手ではある。
けれど今、自分は責任に押しつぶされそうになっている。傷を負って命が脅かされていると知り、恐怖していた。勝手に腕が震えている。
もちろん、侵略者の思想が危険なのは理解している。それでも、自分や、応援してくれているキューティアとファンシア、そして今ここにはいない他のドレミコード達も助かるのなら、と気持ちが揺らいでしまっている自分がいた。
その時だ。
「頑張って、お兄さん!」
アコーディオンのメロディとともに、ファンシアの応援が響く。びっくりしてそちらを見ると、先ほども見たファンシアの妖精体がアコーディオンを演奏していた。
そして、それだけではない。
「私たちが応援していますから! 諦めないで!」
キューティアのそばにも妖精体がいた。袖の長いピンクの服を着たその妖精は、ハーモニカを一生懸命吹いている。
そうして聞こえてくる音楽は、とても明るくて、勇気を与えてくれるような旋律だ。それを聞いていると、自分の震えが収まっていく。何より、身体の奥から力のようなものが湧き上がってきて、不安や恐れが薄れていくようだった。
サレンダーという選択肢に手をかけようとした自分を恥じ、脚に力を込める。
「……ありがとう、2人とも」
『……フン』
どうにか、立ち上がる事はできた。あと一歩でこちらが折れそうだったところを邪魔されて、侵略者は不満らしい。
だが、もうこちらが折れるつもりはない。
「俺のターン、ドロー……っつ」
勇んでカードを引いたはいいが、アノマリリスの攻撃は腕も掠めていた。おかげで、ドローした瞬間に痛みが走る。
それを堪えながら、カードを確かめると。
「……へ」
喜びのあまり、奇妙な声が出た。
それは、デッキに1枚しかないエースモンスター。これを引けなかったら別の方法で呼ぶつもりだったが、その必要もなくなった。戦略に余裕ができただけでなく、この状況でこのカードを引けたのがとても嬉しい。
そのカードを大事に手札に加えて、別のカードを手にする。
「速攻魔法《ドレミコード・シンフォニア》発動! このカードは、俺のエクストラデッキの表側の『ドレミコード』ペンデュラムモンスターの種類によって効果が追加される。今俺のエクストラデッキにいる『ドレミコード』は、キューティア、エリーティア、エンジェリアの3種類だ」
名前を呼ぶと、それに呼応するように3体の「ドレミコード」が、半透明の状態でフィールドに出現した。
「3種類の『ドレミコード』がいる事により、このターン、俺の『ドレミコード』の攻撃力は、自身のペンデュラムスケール1つにつき300ポイントアップする!」
さらに、手札のカードをもう1枚を手にする。先のターンに温存していたものだ。
「続いてフィールド魔法《ドレミコード・ハルモニア》を発動!」
デュエルディスクのモンスターゾーンの端から、新たにカードを置くゾーンがせり出した。そこにハルモニアのカードを置くと、一瞬で周囲の景色が変わる。天空には環状の五線譜、ト音記号などの記号や音符が空に浮かび上がり、足元からは何本もの光のラインが伸びた。キューティアは、そんなフィールドを見上げると「綺麗……」と呟く。
「ハルモニアは3つの効果を1ターンに1度ずつ使用できる。まず1つ目の効果で、エクストラデッキにある表側の『ドレミコード』ペンデュラムモンスター、キューティアを手札に加えて、召喚!」
ドドレミコード・キューティア
ATK100 レベル1
「キューティアの効果でデッキからグレーシアを手札に加える。さらに、キューティア自身の効果と《ドレミコード・シンフォニア》の効果で、キューティアの攻撃力は合計3200ポイントアップ!」
ペンデュラムゾーンには、スケール2のビューティアがいる。キューティアの効果だけでなく、《ドレミコード・シンフォニア》の効果も併せれば、スケール8のキューティアの攻撃力は格段に上がる。
ドドレミコード・キューティア
ATK100→900→3300
「攻撃力3300! すごい!」
ファンシアが喜ぶが、それも束の間だった。
『永続罠《影依の偽典》を発動! 互いのメインフェイズに1度、フィールド・墓地のモンスターを融合素材として除外し、「シャドール」の融合召喚を行う!』
フィールドに魔法陣が出現し、その中から姿を現したのは《シャドール・ドラゴン》と《
『闇夜を翔ける竜よ、機殻に這いずる影を糧に、厳格たる支配者へと進化せよ! 融合召喚! 機動せよ、《エルシャドール・シェキナーガ》!!』
素材となった2体が虚無の渦へと吸い込まれ、巨大な建造物を背にした人形が姿を現した。その人形は白と紺のカラーリングで彩られ、表情はわずかに笑っているようだが感情が籠っていない。
エルシャドール・シェキナーガ
DEF3000 レベル10
「ここにきて守備力3000……」
キューティアが、恐れるような声を出す。しかし、フィールドに出現した虚無の渦はまだ消えていない。
『さらに《影依の偽典》の効果で、融合召喚したモンスターと同じ属性の相手フィールドのモンスター1体を墓地へ送る。シェキナーガは地属性、よって同じ地属性のキューティアを墓地へ送る!』
虚無の渦から焦茶色の糸が無数に伸び、キューティアの身体を刺し貫く。苦痛にまみれた表情をするキューティアは、光の粒子となって消えてしまった。心が痛み、なんとしても勝たなければという意志が強くなる。
「ハルモニアの2つ目の効果! 自分のペンデュラムゾーンの『ドレミコード』1体を選び、そのペンデュラムスケールを自身のレベル分だけ上げる。俺が選ぶのはレベル2、スケール7の《レドレミコード・ドリーミア》!」
レドレミコード・ドリーミア
スケール7→9
「これでレベル3から8のモンスターが同時に召喚可能!」
瞬間、ハルモニアの影響でフィールドに出現した天空の五線譜が輝き始めた。まるで、これから呼び出すモンスターを鼓舞するかのような、そんな煌めきを放つ。
そして、メインモンスターゾーンの左から2番目の部分から、上に新しいゾーンがせり出す。エクストラモンスターゾーンだろう。
「ペンデュラム召喚! まずはエクストラデッキより《ラドレミコード・エンジェリア》!」
ミドレミコード・エリーティア
ATK2300 レベル6
「続いて、手札より《ソドレミコード・グレーシア》!」
ソドレミコード・グレーシア
ATK2100 レベル5
「そして現れろ! 流麗なる音階の天使、《ドドレミコード・クーリア》!!」
最後にペンデュラム召喚したのは、このデッキのエース。先ほどの通常のドローで引き当てた、このデッキに1体だけ入っているモンスター。薄桃色のロングヘアに、黒を基調としたドレスを纏うその女性は、優雅でありながら煌びやかな雰囲気をも醸し出していた。
ドドレミコード・クーリア
ATK2700 レベル8
「クーリア様……」
召喚されたクーリアを、デュエルを観ているキューティアは羨望のような眼差しで見上げている。
本来なら、召喚したキューティアの効果でクーリアをサーチするつもりだった。けれど通常のドローで引けたので、次のターンに備えてサーチ先をグレーシアに変更したわけだ。と言っても、もう次のターンを渡すつもりはない。
「《ドレミコード・シンフォニア》の効果で、それぞれの攻撃力がアップ!」
それぞれの頭上に、自身のペンデュラムスケールを示す数字が現れる。エンジェリアは3、グレーシアは4、新たに現れたクーリアのスケールは1だ。
ラドレミコード・エンジェリア
ATK2300→3200
ソドレミコード・グレーシア
ATK2100→3300
ドドレミコード・クーリア
ATK2700→3000
「そしてグレーシアの効果で、デッキから《ドレミコード・ムジカ》を手札に加える!」
万が一に備えて、次のターンに妨害や応急処置に使えるカードをサーチしておく。
「ハルモニアの3つ目の効果を発動! 自分の場の『ドレミコード』のペンデュラムスケールが奇数3種類以上、または偶数3種類以上の場合、フィールドのカード1枚を選んで破壊する!」
今フィールドには、スケールが奇数のドリーミア、エンジェリア、クーリアがいるため、その条件は満たされている。しかもこの効果は、自分フィールドの「ドレミコード」
「俺は《影依の偽典》を破壊!」
『く……』
空の五線譜から雷が落ち、カードが粉砕される。
侵略者は目に見えて悔しがっていた。「シャドール」融合モンスターが破壊されれば、墓地に溜まった「シャドール」魔法・罠カードを回収できたから。だが、当然それをこちらも分かった上で破壊するカードを選んでいる。
「バトルだ! まずはグレーシアでアノマリリスを攻撃!」
グレーシアがタクトを振るうと、前のターンとは異なり四分音符を纏う水色の光線が放たれた。それはアノマリリスの胸を刺し貫き破壊する。
今はグレーシアとエンジェリアがいるために、「ドレミコード」ペンデュラムモンスターの攻撃時に相手はモンスター効果も、魔法・罠カードの効果も使えない。この時だけは、ドレミコードの独壇場だ。
侵略者 LP2700→2100
「エンジェリアでシェキナーガを攻撃」!」
エンジェリアがタクトを突き出し、音符を纏うオレンジののエネルギー弾を放つ。ツートンカラーの人形とその後ろに聳える構造物は、エネルギー弾が貫通して爆散した。
「クーリアでダイレクトアタック!」
『くそ……こんな事が……』
侵略者が何か言うが、それでもクーリアはタクトを振るう。鮮やかな緑色の五線譜がクーリアの周囲を覆い、幾重にも分かれて侵略者の男の元へ殺到した。
自分が怪我を負ったのもあるので、気持ち手加減を、と頭の中で考えながら。
『ぐあああああああ……!』
侵略者 LP2100→0
緑の五線譜は、侵略者に直撃こそしなかった。しかし衝撃はそれなりだったらしく、吹き飛ばされた勢いのままに、侵略者は黒い煙となって消滅した。
デュエルが終了すると、ハルモニアの影響で変化した景色が元に戻り、3体のドレミコードたちも姿を消す。後に残っているのは、デュエルの衝撃と思しき地面の凹みだけで、他は前と何も変わっていない。身体を掠めたつららも、跡形もなく消えていた。
「勝った……!」
「すごい、やったね!」
キューティアが駆け寄ってくる。ファンシアも笑顔でガッツポーズを取っていた。
しかし、デュエルが終わって危機が一応は取り除かれた安心感と、2人が喜ぶ姿を見てほっとしたところで、身体の力が抜けてしまう。
またうつぶせに倒れてしまった。
◆ ◇
黒いスマートな鎧の男は、怯えるように跪いていた。
彼の目の前にいる人物は、鋭利なレリーフが施された椅子に腰掛け、宙に浮く画面の何かを見ている。それは他でもなく、さっき鎧の男がドレミ界で繰り広げたデュエルだ。
「……つまり失敗したわけだな?」
薄暗い空間の中に、男の声が響く。誰が聞いても、上機嫌とは言えない口調だ。
それに対して、鎧の男は視線を上げられない。
『……申し訳ございません。あと一歩まで追いつめたのではありますが』
「勝利しなければ過程に意味はない。そう言ったはずだが」
『……返す言葉もございません』
弁明の余地もなく、鎧の男は身が縮み上がる気分だった。
「……人間か」
報告を整理しようと、それを聞いた男は顎に指をやる。
まさか、天使族の世界に人間が紛れ込んでいるとは。しかも鎧の男が見た映像からして、ただの人間ではないように見える。
だが、まずは。
「で、どうする?」
鎧の男に問いを投げかける。顔を上げずに、返事はあった。
『今一度、チャンスをいただければと思います。二の轍は踏みません、次こそは――』
「その必要はない」
『え?』
鎧の男の言葉を中断し、立ち上がる。そしてゆっくりと、歩み寄った。
「我々の力を上回る存在が新たに現れた事を知らせただけで十分だ」
『……「ヴァーディクト」様』
ヴァーディクト、と呼ばれた男は、鎧の男の前に膝をつき、視線を同じ高さにする。鎧の男は、ヴァーディクトの言葉が嬉しいのか、声にまでそれが浮かんでいた。
そして。
「では、ご苦労」
右手のひらを鎧の男の胸に添える。次の瞬間には、黒い巨大な棘が、鎧の男の胸を貫いていた。
『が、ああ……』
棘が引っ込むが、鎧の男の胸から血は流れない。
だが、鎧はみるみるうちに溶けてゆき、終いには水と変わらない粘度にまで落ちた。そして鎧の中にあったのは、紫のローブを纏った骸骨だけ。
「やはり《ワイト》ではこの程度か」
ヴァーディクトは、そんな骸骨を見下ろしてつまらなそうに告げる。
さっき見たこの《ワイト》のデュエルは、カードのプレイングが杜撰なところが見受けられた。レベル1の通常モンスターだから、デュエルの腕にもあまり期待はしていなかったし、再戦のチャンスを与えても勝利は望めない。情報を得るという最低限の役割だけは果たしたので良しとしよう。
その骸骨も、次第に闇へと飲み込まれていき、後にはヴァーディクトの溜息以外何も残らなかった。
◇ ◆
額に何か冷たい感触がした。
それで、落ちていた意識がゆっくりと浮上してくる。
「……目が覚めたかしら?」
瞼を開けると、柔らかな光をまず感じた。そして声に引かれるように、左へ意識が向く。けれど、覚醒して間もないせいで、誰かが顔を覗き込んでいるのは分かっても、ぼやけてよく見えない。
しかし次第に、像が結ばれていく。
「……クーリア、さん?」
やがてはっきりとしたその姿は、【ドレミコード】のエースモンスター、《ドドレミコード・クーリア》その人だった。薄桃色のロングヘア、黒を基調としたドレス。鮮やかな色の瞳。見間違うはずはない。
そして、その高貴な感じがする姿から、呼び捨てで呼ぶのが畏れ多くなり、咄嗟に「さん」がついてしまう。けれど、その取り繕いを気にせずに、クーリアは頷いた。
「私を知っているのね」
「会うのは初めてですが、デュエルでは何度も」
受け答えは何とかできる。意識も正常を取り戻してきた。
そこで、自分が地面ではなく柔らかいベッドの上で横になっていて、ここが屋内だと気づく。
「よかった……」
そしてベッドの脇には、心から安堵しているらしいキューティアがいる。視線が合うと、嬉しいのか涙を滲ませた。
そしてその隣には、別の女性が腕を組んで立っている。濃い紫色のドレスと薄紫の髪の女性は、《ソドレミコード・グレーシア》だ。心配とも安心とも取れない、凛々しい顔つきでこちらを見下ろしている。
周りの状況を理解して、改めてクーリアに尋ねてみた。
「ここは?」
「私たちドレミコードの屋敷。私の部屋よ」
それを聞いて、思わず身体に謎の力が入った。
ドレミ界に、デュエルモンスターズの世界にいる事は、もう受け入れている。というより、受け入れざるを得ない。
そして、ドレミコードの屋敷というのもまだ辛うじて理解できる。
だがそこで、クーリアの部屋と来た。女性経験など全くと言っていいほどなかった身からすれば、女性の部屋に上がった試しがない。そんな、女性のベッドに横になっているときた。
申し訳なさと妙な恥ずかしさから、一刻も早くベッドから脱しようとする。けれど身体の節々が痛み、思うように素早い動きができない。
「無理はお勧めしません」
表情が歪んだところで、グレーシアが話しかけてきた。理知的な感じの話し方だ。
「手当てはしました。それと、私の力である程度傷は癒しています。けれど、あまり無理に身体を動かすと怪我が悪化しかねませんよ」
グレーシアが言うと、背後に隠れていた小さな妖精体――紫と黒のドレスに、白に近い紫の髪をした妖精が、サックスを抱えて頷いている。
そこで、冷静になれた。傷が広がってクーリアのベッドを自分の血で汚してしまったら、それこそ迷惑がかかる。本当に申し訳ない。
「……助けてくださって、ありがとうございます」
「お礼を言いたいのは私たちよ」
頭を下げるが、クーリアは首を横に振った。
「このドレミ界を、守ってくれてありがとう」
キューティアがこくこくと強く頷き、グレーシアも目で礼をしてくれる。
そしてクーリアは、キューティアの肩に手を置いた。
「キューティアとファンシアから話は聞いたわ。侵略者の事も、あなたの事も」
クーリアは姿勢を正して、俺と視線を合わせる。軽い話ではなさそうなので、俺は上体を起こしたまま、話を聞く姿勢を取った。これぐらいなら痛みもない。
「侵略者は、空を割ってここに来たって言っていたけれど、それは本当なのかしら」
「……はい。それで、世界の秩序を正すとかなんとか言ってきて、デュエルを」
キューティアとファンシアの話だけでは、クーリアたちも完全に話を把握しきれないのだろう。それを埋める形で話を始めるが、自分自身こんな事態は経験した事がない。話している内に、何を言っているんだろうと自分で疑問に思うぐらい状況は突飛だった。この世界に自分がいる事こそが一番のイレギュラーだと思う。
「そして貴方は、それよりも前にここに来ていた、と」
「前というか……自分の意思ではないんですがね」
この世界で最初に目覚めた時の痛みは、もうほとんどない。ここに来る前の事も、前にいた世界のことも、今では鮮明に思い出せる。それでもやはり、名前だけは思い出せなかった。
そんな言葉を聞いて、クーリアは視線を合わせようと椅子を引いてくる。
「……これは、貴方には少し酷な話になるかもしれないけれど」
「?」
「貴方自身の事を、もっと詳しく話してほしい。どこから来たのかとか、何故私たち『ドレミコード』のカードを持っているのか、とか……」
そういえば、自分がどこの誰なのかをほとんど話していなかった。しかしクーリアがそれを聞いたのは、少し事情があるらしい。
「貴方がどこから来たのか分かれば、貴方の傷を治してちゃんとしたお礼をした後、そこへ送る事ができる。けれど貴方は、どこから来たのかを話していない……」
「……」
「話さないのには、理由があるのかもしれない。つらい理由や、後ろめたい理由が」
話していないのは、ドレミ界の皆からすれば信じてもらえないだろうからだ。後ろめたいとは言い難いし、口にするのも辛いというのも少し違う。
そこでグレーシアが、一歩前へ出た。
「もしも、その過去に触れる事で、あなたの心が傷つくのであれば、私たちが責任を持って癒しましょう。それは約束いたします」
「私たちの世界を救ってくれたのには、本当に感謝しているんです。ですから……」
キューティアもまた、辛そうにしながらも申し出る。
グレーシアの言葉からするに、彼女たちには何かしらの力があるのだろう。思えば、今日のデュエル前やその途中でも、キューティアやファンシアの――正確には共にいた妖精体の――演奏で、身体の痛みや気分の悪さが和らぎ、恐怖心が薄れていたから。
そして、もしも過去を話す事で傷つくのなら癒すというのは、ありがたい。というより、過去ついてそこまで後ろめたい事は、実のところあまりない。黒歴史的なものに触れないといけないなら、相応の覚悟は要るが。
「……皆さんからしたら、信じられない話になるかもしれませんけど」
「大丈夫よ。話して」
前置くが、それでもクーリアは微笑み頷く。
その笑顔に……今日のデュエルでもピンチの時に来てくれたクーリアの笑顔に、緊張が解れる
それで、全てを話す覚悟ができた。
* * *
長年遊戯王をプレイしている事を除けば、自分という人間は凡人の評価に尽きると思う。
金持ちのボンボンでもない、普通のサラリーマン家庭の一人っ子。学校の成績は中の上程度だ。
子供の頃は大それた将来の夢を見て、友達と自由に遊んで、一丁前に恋愛に耽って玉砕し、大人になったら現実の厳しさに打ちのめされ、子供の頃に描いていた未来とは全然違うなあとしみじみ感じながら、今を生きるのに手一杯だった。
それでも、子供の頃からやっていた遊戯王は続けていて、アニメもOCG準拠のものは観ていた。始めの頃からルールは何度も変わり、複雑になるにつれて友達も辞めてしまったが、俺はルール改定や環境の変化に戸惑いながらも、どうにかついていったものだ。
そんな長い間やっている遊戯王の腕は、正直なところ微妙だと思っている。
確かに遊んでいる時間はそれなりだが、友達と遊ぶのがほとんど。せいぜいが小さなオフ会に出るぐらいで、大会などの公式イベントに出た経験はない。
だから、現代のような高速環境で、手札誘発が飛び交うデュエルというものを、紙で経験していないのだ。
組んでいるデッキはかなりの数がある。それも、環境を想定したものではなく、目的も勝利だけでなく自分が楽しくプレイする事、そして自分のコンボやデッキで相手を驚愕させる事だ。なので、俺はいわゆるエンジョイ勢のファンデッカーにあたるのだろう。
実際、マスターデュエル――ネットワークを通じて世界中の誰とでもデュエルができるアプリ――で紙のデッキをコピーして挑んだが、大半は環境デッキを相手に太刀打ちできない。たまに奇跡的な勝利を得られても、それは十数回に一回の頻度だ。
だからこそ、デュエルの腕はまずまずと言っていいかどうかさえも疑わしい。それなのにわけもわからない侵略者のデュエルを受けたのか、という叱責は全面的に受け入れる所存である。
そんな数あるデッキの中で、愛用しているのは【ドレミコード】だ。
まず、【ドレミコード】はほぼ全てのモンスターがペンデュラムモンスターで構成されている。そのペンデュラムモンスター……ペンデュラム召喚がルールに追加された当初、友人は「もうわけわからん」とぼやいていたし、ネットでの意見も賛否両論だった。
俺としても、当時は頭の中にハテナがいくつも浮かんだ。それでも試しにやってみたいと思い、ストラクチャーデッキを買って遊んでみた。結果、一度に何体ものモンスターを召喚できるのが楽しくて、以降ペンデュラムモンスター主体のデッキをいくつも作った。
そして、ペンデュラムに続いてリンク召喚が実装され、大幅なルール改定――俗に言うリンクショック――で多くの友達が遊戯王を辞めてしまい、デュエルをする機会がめっきり減り、デッキを作るペースも随分落ちた頃。
【ドレミコード】と出会ったのだ。
最初にイラストだけが公開された当初は、いわゆる「萌えテーマ」のひとつであり、さほど興味は湧かなかった。それ以前に、男がそういう感じのカードを使うことに、まだ抵抗を抱いていたのもある。
けれど詳細が公開され、ペンデュラムモンスターのテーマ群であると知り、俺の興味は一気に傾いた。音楽は嫌いではなかったし、個人的に使って楽しいペンデュラムモンスターのテーマとあって、組んでみたいと思った。
なにより、そうしたこれまでの好みやカードの強さ云々の理屈的な話ではなく。
心から、不思議なぐらいに、この【ドレミコード】を使いたいと思ったのだ。
それで、あれよあれよという間にデッキを組み上げた。
それから、遊戯王を続けている少ない友人とのデュエルや、SNSから参加した小さなオフ会で使ってみた。そしたら、思いのほか勝率がよく、使っていて楽しいし、相手も驚かせられる事で、より一層愛着が湧いたのだ。
それを機に、また色々とデッキを組むようになった。勿論、財布と事情を相談し、生活に支障が出ないレベルで。そして組むデッキはやはり、楽しむ事を優先したファンデッキだ。
そして、その日も、また新しいカードの情報が出た。特殊なギミックで立ち回るカードや、過去のアニメキャラクターをモチーフとしたカード、これまでに登場したテーマを強化するカード、その他色々。
そんなカードたちを見て、次はどんなデッキを組もうかなんて考えていた矢先、強い風が吹いた。
それから、悲鳴と、何かが崩れる音が聞こえたと思ったら、俺の意識はぶっつりと切れた。
* * *
「……最後に覚えているのは、工事現場の近くを通った時にそれが聞こえたところです」
「……」
「それで、今日起きた時の痛みも考えると、俺は多分……」
クーリアたちの表情は硬い。グレーシアのそばにいる妖精も、サックスを手にしたまま困った表情を浮かべている。
そして、最終的にどうなったのか、意を決して口にした。
「……何かの事故に巻き込まれて、死んだんだと思います」
この世界で初めて目覚めた時、身体全体に痛みを感じ、意識は朦朧としていた。今思うに、それは事故に巻き込まれた時の衝撃が残っていたからだろう。
そして今、このドレミ界で生きているという事は。
「……つまりあなたは、こちらの世界に転生した、と」
ゆっくりとクーリアが告げたので頷く。現状、今の自分が置かれている状況を表すには、それが一番しっくりくる。
ふと、キューティアの様子を見る。こちらを見る瞳が潤んでいた。転生したとはいえ、一度自分が死んでしまったことに悲しんでいるのだろうか。グレーシアもまた、瞳を閉じて今の話を噛みしめているらしい。
そしてクーリアは。
「……話してくれてありがとう」
布団に置かれた手を、慈しむように撫でてくれる。先ほど額に感じたのと同じ、人の温もりを感じられるものだ。なんだか安心感が湧く。
「……しかし、これは少々複雑ですね」
間を開けて、グレーシアが切り出した。それはこちらの出所に他あるまい。
「既に、お兄さんが前の世界で……亡くなってしまっているとなると、戻してしまうのは少し問題があるというか……」
キューティアが言葉を選んで続ける。
そこで、ふと思った。
「信じるんですか……? 今の話」
自分で話しても転生したなど俄には信じられない。ましてや、自分たちがカードゲームの一部として存在するなど、俺が当人なら信じられる気がしない。
だが、少なくとも目の前の3人は信じている。順応性が高すぎやしないだろうか。
しかし、クーリアは強く頷いた。
「私たちも、その役目から色々な世界で様々な事象を見てきているわ。だから、誰かが死んで別の世界に転生する、なんて話もそこまで受け入れ難くはないの」
キューティアとグレーシアも同意するように頷いていた。
世界は何でも起こる、とよく言うが、デュエルモンスターズの世界もまさにそうなのだろう。
「さて、そうなると……あなたはどうすべきか……」
クーリアが悩むように顎に指を当てる。
死んだ事はとりあえず確定だろう。
それでもし、何らかの方法で元の世界に戻れたとしても、果たして自分はどうなるのか。死んだのに生き返ったとなれば大問題だし、そもそも戻れるかさえ分からない。クーリアも悩んでいるらしく、元民間人からしてみれば打つ手無しだ。
するとその時、クーリアのすぐそばに何かが姿を現した。薄桃色の髪に、袖の長いチョコレート色のドレス、バイオリンを手にするそれはクーリアの妖精体だ。
その妖精は、クーリアに対して身振り手振りで何かを訴えている。何を伝えようとしているかは皆目分からないが、クーリアは理解できるようで相槌を打っている。キューティアとグレーシアにも通じているのか、2人も反応を示していた。
「……分かったわ」
そして、話は決まったようで、今度はこちらに視線を移す。クーリアの妖精体も、こちらを向くとペコリとお辞儀をしたので、目礼を返した。
「この話は私たちだけでは決められない。だから、別の人が話をするわ」
「それは……」
「このドレミ界より上位の天上界にいらっしゃる、ミューゼシア様よ」
ミューゼシア。
ドレミコードでその名が出てくるということは、まず間違いなく《グランドレミコード・ミューゼシア》の事だろう。【ドレミコード】にも入れていたリンクモンスターだ。
だが、それについてどう思うかよりも早く、クーリアは手を差し伸べる。
「立てるかしら?」
「……はい」
手を貸してもらうまでもなく、俺は自力でベッドから出る。身体の調子も、普通に行動できるぐらいには良くなっていた。
するとクーリアは、机に置いてあったデュエルディスク――さっきのデュエルで使ったものだ――を差し出してきた。
「ミューゼシア様からの伝言なの。デッキとデュエルディスクを持ってくるように、と」
その言葉に、嫌な予感がする。
これはまた、デュエルをする流れではないだろうか。