ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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今回はデュエル無し回です。
予めご了承ください。


第22話:調整中

 バトレアスとビューティアが、「アロマの庭」から戻るほんの1時間前。

 

「ただいま~」

 

 エンジェリアは「浄化」から戻ると、手を洗ってから食堂に顔を出した。休日、あるいは「浄化」から戻ったドレミコードたちは、大体そこにいるからだ。

 しかし、そこにいたのはグレーシア。傍らにはティーセットが置いてあり、グレーシアの妖精体が余ったマカロンを食んでいるが、バトレアスや今日が休養日のビューティアはいない。

 

「あれ、グレーシアだけ?」

「ええ」

「バトレアスさんやビューティアさんは?」

「アロマを貰いに行ったそうですが、まだ戻っていないようです」

 

 グレーシアが掲げて見せたのは、バトレアスが書いたらしき書置き。そこには確かに、ビューティアと一緒にアロマを貰いに行くと書かれていた。しかも、これを書いたであろう時刻まで律儀に記されている。

 だが、そうなると疑問が増えた。

 

「貰いに行ったの午前でしょ? 随分かかってるね」

「何かあったのかもしれませんが……ビューティア様がいらっしゃるのでひとまずは大丈夫かと」

「まあ、確かにね」

 

 今の時刻は既に15時過ぎ。ただアロマを貰いに行くにしては大分時間が経っていた。グレーシアの時のように、また因縁をつけられているのかと一抹の不安がよぎる。

 それでも、彼に付いているのはクーリアの次に力を持っているビューティアだ。彼女にはエンジェリアも相談に乗ってもらった事が何度かあるし、人となりを知っているからこそ、あの人がいれば安心という気持ちもある。ここはグレーシアの言葉の通り、「大丈夫だ」と思っておいた。

 となれば、エンジェリアにも今の状況でやりたい事ができる。

 

「ちょっと席外すね~」

「どうぞ」

 

 断りを入れてから食堂を出て、エンジェリアが向かった先はバトレアスの部屋。ドアは閉じていたが、試しにノブを回してみると何の抵抗もなく開く。ドレミコードの私室に鍵はついていないし、ここも空き部屋だったから同じで、バトレアスの部屋も施錠はされていなかった。

 そんなバトレアスの部屋に入り、戸を閉めたエンジェリアは。

 

「お部屋チェ~ック!」

 

 謎のテンションを発動してそう告げると、妖精体が現れて囃し立てるように拍手した。

 普段エンジェリアは、他のドレミコードの部屋に勝手に入って部屋を探るなんて真似はしない。そんな事をしたら、確実に反撃を受けると確信している人が数名ほどいるから。

 ただバトレアスに限っては、今までドレミ界にはいなかった男だ。だから、どんな部屋なのか気になってしょうがなかった。そのバトレアスがいない今なら、興味をそそられる部屋を探る絶好の機会だ。

 ただし勿論、部屋がどうだったとか何があったとか、それを他人に吹聴したりはしない。バトレアスをからかったりもしない。あくまでエンジェリアの自己満足のためだけにするもので、もしばれたら普通に謝るだけだ。

 

「さて、まずはどこから攻めようかな~」

 

 部屋を見回す。イメージ通りというかなんというか、散らかってはいない。床にものが無造作に置いてあったりはしていないし、机の上も綺麗に整えられている。何かの作業の途中、というようなものの置き方もされていなかった。

 

「ここはオーソドックスにベッドの下かな?」

 

 机の引き出しよりも、男の一人部屋と言えば、という場所を確かめる事にする。ベッドの下には男のロマンが隠されていると聞いていた。

 なのでエンジェリアは床に寝そべり、ベッドの下の奥へと手を伸ばす。中は暗いのでよく見えないが、手を動かしていると指先に何かが当たった。

 

「お、これはまさか……?」

 

 手繰り寄せてみると、それはA4サイズの封筒だった。それなりの厚みがあり、何かが入っているのは明らかである。やっぱりバトレアスも男なんだなぁと思いつつ、期待とほんの少しの不安を抱きながら中身を取り出してみると。

 

「……え」

 

 出てきたのは本。しかしパンフレットか何かぐらいの薄さで、表紙に写っているのは以前会った白銀の城の迷宮姫。バトレアスとアリアスのデュエルで現れたモンスター態のように長大な斧を持ってポーズを決めていた。

 そういえばドレミ界の全員で迷宮姫の城へ行ったあの日、写真集がどうのこうのとアリアーヌとアリアンナが言っていたような。まさかそれを秘密裏にバトレアスは貰っていたというのか。口では要らないと否定していたのに。

 期待よりも不安と疑問が勝る中で、好奇心には逆らえず1ページ目を開くと。

 

「きゃっ……!?」

 

 あられもない姿の姫様の写真があったので、思わず声を上げてしまう。

 すると。

 

「エンジェリア?」

 

 クーリアが入ってきてしまった。エンジェリアの頭の中に「ヤバい」がいくつも浮かび上がる。

 

「何してるの、バトレアスの部屋で」

「あ、えーっと……ちょっとバトレアスさんに用があって……」

「あら、どこか外の世界へ行ったのかしら?」

「ビューティアさんとアロマを貰いに行ったみたいで。書き置きが食堂に……」

 

 クーリアと話をしながら、エンジェリアはどうにか迷宮姫の写真集を封筒に戻そうとする。流石にこれをクーリアに見られるのは、バトレアスの命の名誉的な意味でまずい。だが、手元が狂ってしまい思わず封筒を破いてしまった。

 

「あら、どうし――」

 

 その音を聞かれ、クーリアが覗き込んできた途端に声が途切れる。

 恐る恐る、クーリアの方を振り返ると、表情が無になっていた。この薄い本の表紙は完全に視界に捉えているらしい。

 

「……エンジェリア。それはいったい何?」

「……バトレアスさんの、ベッドの下に」

 

 誤魔化しはいくらでもできたが、クーリアの表情が「嘘を吐いたら承知しない」と言っていたので、バトレアスに申し訳ないと思いながら正直に告げる。

 すると。

 

「……へぇ」

 

 天使族のはずが悪魔のような笑顔を浮かべた。目が据わっていて、声には優しさのかけらも感じない。

 今回ばかりはバトレアスに悪い事をしてしまったと、エンジェリアは深く後悔し、心のなかでバトレアスの無事を祈った。

 

◆ ◇

 

 海賊の肝っ玉母ちゃん、あるいは名前を書かれたら死ぬノートよろしく、40秒の猶予をクーリアに与えられた。なので、俺は前世今世でも出した事がないほどの速さで部屋に戻り、アリアスからの手紙を机の引き出しから回収して食堂に戻ってクーリアに差し出し、ジャパニーズ土下座を決める。

 地面と向き合っているため何も見えないが、クーリアはアリアスからの手紙を読んでいるのだろう。そして、「浄化」から帰ってきたらしきドリーミアとキューティアは、件の写真集を読んでいるらしい。「えっ、こんなとこまで……っ!」「やっぱり迷宮姫様ってスタイルいいんですね~」などと話している。「あらまあ」という声からして、ビューティアも読んでいるようだ。

 

「……大体、分かったわ」

 

 やがてクーリアは手紙を読み終えたのか、そんな声と共に便箋を畳む音が聞こえる。しかし、その声の感じはかなり不機嫌だ。

 

「バトレアス。次の質問には慎重に答えなさい」

 

 重石を頭の上に載せられたようなプレッシャー。変な答えを出したら死ぬと脳が警告していた。

 

「あなたは、この本の中身を読んだのかしら?」

「読んでません!」

 

 命がかかっているだろうから声が思わず上ずってしまう。

 だが誓って、あの本は1ページも開いていない。アリアスたちの前で言ったように、姫様のプライベートを侵害したうえでの代物など見てはならないからだ。

 

「……グレーシア、どうかしら」

「そうですね。彼の心の波形的に、嘘は吐いていないと思います」

 

 いつの間にそこにいたのか、クーリアの傍にいるらしいグレーシアが淡々と答える。そういえば以前、グレーシアは襲撃者から襲われて臥していた天老の精神の状態を大まかに感知していた。言うなら、今この場においてグレーシアは簡易的なウソ発見器みたいなものなのだろう。

 ともかく、グレーシアの言葉のおかげで俺の潔白は――

 

「とはいえ、バトレアスもここにきて大分経ちますし、心を乱さずに嘘を吐けるほどの度胸をつけていてもおかしくはないでしょう」

「!?」

 

 まさかの深読み。俺としてはそんな度胸はないし(自分で言うのも悲しいが)、本当に中身を見ていないのだから言いがかりも甚だしい。

 というかそもそも、どうして俺は怒られているのか。ドレミコードの従者でありながら、悪魔族の姫様に傾倒しているとでも思われているのだろうか。そういえば、迷宮姫とアリアスが俺を篭絡して云云かんぬんと言っていた気がする。まさかクーリアたちは、あれを真に受けたのか。こんな事を言うのもなんだが、ここに身を寄せている以上はドレミコード一筋だ。

 

「ひとつ質問をしましょう、バトレアス」

「……なんなりと」

「最初のページに写っている写真は次のうちどれかしら? ①迷宮姫の水着姿、②迷宮姫の入浴シーン、③迷宮姫の寝間着姿」

 

 何か急にクイズ番組が始まった。俺が実際にその中身を読んでいたのなら、最初のページに何の写真が載っているか知っているから、それを確かめるためか。

 しかし、選択問題なのはきつい。俺は本当に中身を知らないからその問題の答えも分からない。けれど、選択問題である以上、3分の1の確率で当たってしまう。俺が適当に答えたそれが偶然当たりだったら、疑いがより深まってジ・エンドだ。

 

「……」

 

 だが、空気的に沈黙は得策と言えない。ここは適当にでも答えを言うしかない。それで当たってしまったら……いや、考えたくなかった。

 

「……③です」

 

 それを選んだ理由は、クーリアたちが俺が中身を読んでいない事を多少信用していたとしても、選んだものを「俺が見たいもの」と取られてしまいかねないからだ。なので、前2つはどう考えても地雷なので除外しておく。本音としてどれが見たいかについては、死んでも言わない。

 

「……どうやら、本当に見ていないようですね」

「ふむ」

 

 グレーシアが告げて、クーリアも息を吐く。納得してもらえたようだ。

 

「頭を上げて、バトレアス」

 

 さっきよりも幾分強さが落ちた声で話しかけられて、地面に擦り付けていた額を離す。視線を上げた先には、困った表情のクーリアがいた。

 

「なんでこれを受け取った時に言わなかったの?」

「表紙と内容的な事もあるので、言ったら怒られそうだなと思いまして……」

「いや、実際今すごい面倒な事になってるわよ、あんた……」

 

 ドリーミアのツッコみ通り、受け取った時にクーリアに相談していればここまで糾弾される事はなかっただろう。その時にも多少疑われはしただろうが。

 

「もし今後同じような事があったら、今度はすぐに言う事。いいわね?」

「肝に銘じます」

「よろしい」

 

 再び頭を下げると、クーリアに頭をポンポン叩かれた。

 

「じゃあ、この本はあちらに送り返しましょう」

「あれ、捨てないの?」

「それはそれであの人に何か申し訳ないというか。バトレアスもそれで捨てられなかったんでしょうし」

 

 クーリアの言う通りで、顔見知りの写真集を捨ててしまうのも無下に過ぎた。送り返すのも選択肢の一つだったので、クーリアの意見には賛成だ。

 クーリアの意向を聞いたエンジェリアは、ちょっとばかりつまらなさそうに息を吐くと。

 

「ちなみにさっきのクーリアさんの問題ね。答えは②だよ」

「それを聞いてどうしろと……?」

 

 聞いても特に得がない事を言われてしまう。俺が赤面するとでも思っているんだろうか。

 するとビューティアが、ゆっくりとエンジェリアに歩み寄り肩を優しく叩くと。

 

「じゃあ今度は、バトレアスさんがエンジェリアちゃんのお部屋を覗くって事でいいかしら?」

「いくないよ!? なんでそんな展開に!?」

「部屋を覗いていいのは覗かれる覚悟のある人だけよ?」

「いやいやいや!」

 

 心なしか、にこにこ笑っているビューティアがちょっと怒っているように見えなくもない。もとはと言えば、エンジェリアが俺の部屋を勝手に覗いた事でこの騒動に発展したわけだから、多少の責任を取らせる形でもあるのだろう。

 とはいえ俺も、エンジェリアの私室を覗く趣味はないため、そこは丁重にお断りさせてもらった。

 

◇ ◆

 

 夕食の片づけの後、俺はクーリアの部屋の前に立っていた。用件は、ビューティアとも話した、デッキを調整するためのカードを提供してもらえないかの交渉である。

 ただ、やはり自分が従者である以上は応じてもらえるか微妙だ。何より、さっきは迷宮姫の写真の件で迷惑をかけてしまっている。報連相を怠って怒らせてしまったから、受け入れられるか分からない。

 それでも、何もしないままではいられないから、意を決して扉をノックした。

 

『はい?』

「バトレアスです。今、少々お時間よろしいでしょうか?」

 

 呼びかけると、ほどなくしてクーリアは戸を開けてくれた。

 

「どうしたの?」

「ええと、実は……折り入って相談がございまして」

「いいわよ、中へどうぞ」

 

 クーリアは、温かく出迎えてくれた。安心感を抱きつつ、部屋へ踏み入れる。

 やはり部屋は整えられていて、俺の部屋とは全く違う、甘い匂いが漂っていた。そしてその香りを嗅ぐと、どうしても緊張感というものが解けてしまう。

 

「相談って?」

「実はデッキを調整したく、もしも使っていないカードなどがあればご提供いただければと……思いまして」

 

 だから臆するのも忘れて頼みごとを切り出したところ、クーリアの目が射抜くようにこちらを見ていた。それで、順序をいくつか踏み越えてしまった事に気づき、慌てて頭を下げる。

 

「失礼いたしました。実は今日――」

 

 なので、今日の「アロマの庭」で起きた出来事を話した。別の転生者に会った事、その転生者・ラベンダーとデュエルをして負けた事、そのデュエルで【ドレミコード】を使用し、デッキの課題点が浮き彫りになった事、そしてデッキを使うにあたっての考えを。

 

「俺は、ドレミ界で皆さんに仕える身でありながら、デッキの同じモンスターを守る事ができませんでした。現実とデュエルは別だとビューティア様は仰ってましたし、俺もそうだとは思います」

「……」

「ですがやはり、今までのままではいられないんです。この先、ドレミ界にいて、ドレミコードの皆さんに仕える者として、皆さんと一緒に戦いたい。だからこそ……」

 

 クーリアは黙って俺の話を聞いてくれていた。時折頷いたり相槌を打ったりしてくれているので、無関心ではないと信じたい。

 

「……なるほど。そういう話ね」

 

 話し終えて、クーリアは机の引き出しから何かを取り出す。それはアンティーク調の鍵で、それを手にクーリアは、入り口の近くにある別のドアに向かう。そのドアの存在自体には気づいていたが、女性の部屋故に何の部屋か聞けなかった。

 そのドアの鍵を開け、ドアを開けたクーリアに招かれて中を覗いてみると、そこは一畳半ほどの広さの部屋だ。物置部屋、と言ってもいいだろうが、壁際の棚にはカードが納められたストレージが並んでいる。さながらカードショップのようだが、数はそこまで多くはない。

 

「ここにカードを保存しているの」

「すごい量ですね……」

「ここのカードは、自由に使って構わないわ」

 

 確かにカードショップには劣るが、前世の俺の自宅に保管していた量と比べればかなり多い。これだけあれば、【ドレミコード】を強化できるカードも見つかるかもしれない。

 

「それで、バトレアスさえよければなんだけど、調整しているところを見せてもらえないかしら?」

 

 カードを見回していると、後ろにいるクーリアにそう頼まれた。別に見られても困りはしないが、どういう事だろうと思いながら振り向く。

 

「別に、あなたを信用していないわけじゃないし、試練を課したりもしない。けれど、あなたのデッキがどういうものか、改めて気になったの」

「……構いませんよ」

 

 クーリアが見ている前でデュエルをしたのは3回ほど。内1回は【罠モンスター】だったが、調整するのは【ドレミコード】だ。やはり、自分の仲間のカードを使っているからこそ、どんなデッキなのかを改めて見てみたいのだろう。

 俺はそれに頷くと、クーリアはにこりと笑った。

 

「ありがとう。調整は私の部屋でやって大丈夫よ」

「え、ですがそれは……」

「いちいちあなたの部屋まで往復するのも手間でしょう? それに、後で運動しなきゃいけないし」

「あ、それは確かに……」

 

 クーリアの部屋は2階だが、俺の部屋は1階。ここでカードを見繕い、自分の部屋に戻ってしっくりこなければまたここに戻る、というのは確かに面倒だ。

 そして、クルヌギアスの件以降はほぼ毎日の事となった、クーリアとのトレーニング。それを後でやるのを思い出し、確かにここでやった方が色々と手間が省ける。

 何から何まで世話になって申し訳ない、と思いつつクーリアの提案に甘えさせてもらった。

 

「この箱は……?」

 

 ただ、カードが仕舞ってある倉庫には気になるものもあった。

 棚のひとつに、桐の箱が6個置いてある。そのどれもが、デッキケースのような大きさと厚さだ。

 

「そこには、皆が使うであろうデッキを収めてあるの。私が作ったわ」

「皆って……ここにいるドレミコードの皆さん?」

 

 確かキューティアは自分でデッキを持っていた。そしてクーリアもデッキを持っているらしいし、残りのドレミコードの人数と箱の数は合っている。

 

「皆は、世界の『浄化』という重要にして大きな責任を伴う使命を担っている以上、戦う力を身につける事を強制するのは負担になると思うの。だから、もしも皆がデュエルを始める事になったら、その手助けになればいいと思ってね」

「……」

「だから、デュエルができるあなたがここにいてくれて、本当に助かっているわ。あなたが初めて来た日にこの世界を守ってくれた事も、奇跡と言っていいぐらいよ」

 

 ドリーミアもデュエルはできないと言っていたが、ドレミ界ではデュエルを身につけるのは強制していなかったわけだ。キューティアは自分からデュエルを始めたいと希望していたし、そうなるとデュエルができるドレミ界の者は俺を含めて3人だけになる。

 俺が初めてドレミ界に転生した日、ドレミ界に残っていたのはキューティアとファンシアだけだったから、確かに俺がいなければどうなっていた事か。

 

「だから、そんなあなたのためになるのなら、喜んで力になるわ」

「……ありがとうございます」

 

 肩に手を添えられて、クーリアに信頼されている事に嬉しさを抱きつつ答える。

 調整に入る前に、まずは俺のデッキの改良する部分を改めて洗い出す事から始めたい。なのでクーリアに許可を貰い、倉庫ではなくクーリアの私室にある小さなテーブルにデッキのカードを広げた。無造作に、ではなく5×8で規則正しく。普段からカードは大切にしているつもりだが、クーリアが見ている前で「ドレミコード」のカードを雑に扱うのは嫌だった。

 

「さて……」

 

 デッキのカードを全て並べ、一度深呼吸をして思考を切り替える。

 ラベンダーとのデュエルで明らかになったこのデッキの欠点は、「打点不足」「除去手段の少なさ」「守りの脆さ」だ。特に「守りの脆さ」は、戦闘面をエリーティア、効果面を《ドレミコード・フォーマル》に頼りきりになってしまっているため、それは何とか改善したい。また、「ドレミコード」は素の打点が3000を超えるモンスターがいないため、そこもどうにかすべきだろう。除去手段も十分とは言えないため、優先順位はほか二つより低いが、無視はできない。

 

「……本当に『ドレミコード』だけを使っているのね」

 

 広げたカードを見てクーリアが興味深そうに言う。

 そのクーリアだが、いつの間にか俺の隣に座っていた。真正面ならまだ分かるが、何も言わずに至近距離に座られ、さらに話しかけられるのはすごい心臓に悪い。自分が美人という事を自覚していないのだろうか。

 それはともかく、俺のメインデッキに関しては、クーリアの言う通り「ドレミコード」以外のモンスターを入れていない。

 

「ほかのテーマと組み合わせたりとかは考えなかったの?」

「その考えはありました……」

 

 「ドレミコード」には、特殊召喚できるモンスターを制限するカードはない。だから、同じペンデュラムモンスターのテーマと組み合わせるのは可能だ。それだけでなく、ペンデュラム召喚で複数モンスターの特殊召喚が望めるし、融合・シンクロ・エクシーズ・リンクとあらゆるモンスターに繋げられる。構築の自由度はとても高い。

 それは勿論、俺も理解している。それでも、他のテーマと混ぜない理由はあった。

 

「かなり個人的な理由がなんですが……」

「構わないわ。話してみて?」

「ほかのテーマと混ぜると、嚙み合わない事があるんですよね」

 

 【ドレミコード】に限らず、シナジーが望める効果を持つテーマ同士を混ぜる話は多々ある。身近な例は、俺が精霊界に来て戦った事がある【六花】と【アロマ】だ。植物族同士で種族サポートを共有でき、エクシーズやシンクロ、リンクモンスターを軸に戦える。【六花】の多くは効果を使うと植物族しか特殊召喚できないデメリットが生じるが、【アロマ】なら何の問題もない。

 

「ただ、自分の組み方か運が悪いのか、どっちつかずの中途半端な手札になる事が多くて。結局それで勝てない事も多く、混ぜるのはあまり好きじゃないんです」

「まあ、分からなくもないけど……」

「ほかの方の混合デッキを見ても、基となるテーマより使い勝手がいいテーマ……いわゆる出張テーマが割を食っていて、それは違うんじゃないかと思って結局採用しなかったりするんです」

 

 SNSなどでデッキレシピを色々見てきた中には【ドレミコード】を他と混ぜているデッキもあった。ただしそれをよく見ると、クーリアに言った通り「ドレミコード」のカードが数枚程度しかなく、他のカードは環境を獲ったテーマのカードばかりだったので、個人的に受け入れられなかった。

 

「あとは……制圧とかワンキルをされた事があるんですよ。混成のデッキに」

 

 その際の相手の展開はよく覚えていないが、先攻をとった相手が「ドレミコード」でペンデュラム召喚を行い、そのまま制圧、ワンキルをされた。

 確かに俺は、【ドレミコード】のテーマの自由度からそういうルートの構築も十分あり得ると、理解はしている。けれどその時、ひどいショックを受けたものだ。自分の愛用している……ぶっちゃければ好きなカードでそんな事をされたというのが、とてつもなく悔しくて悲しかったのだ。勝利を狙うためならその構築は何も間違っていないとは思う。それでも、割り切れなかった。

 

「そのつもりがない構築にしようとしても、他のテーマと混ぜようとすると、その時の悲しさとかが自分の中で蘇ってきて……トラウマみたいなものなんですが、それで混ぜるのがつらいんです」

「なるほどね……」

 

 クーリアは同情するような目を向けてくれる。

 転生する前は、ただのゲームでしかなかったから、そこまで変えなくてもいいと思っていた。けれど精霊界でのデュエルは勝手が全く違う。だからこそ、変わらなければならない。

 

「それなら、このデッキは魔法と罠を強化する形かしら?」

「……そうですね。後は、何か有用なモンスターも入れられれば……」

 

 クーリアは、俺のトラウマを考慮してか、モンスターの枠はそのままにする提案をしてくれた。俺としてもそうしたいが、勿論それだけで強化はできないだろう。だから、他のテーマと混ぜるのではなく、汎用的な効果を持つモンスターを入れていく事にした。

 なのでまずは、魔法・罠カードの中で外した方がいいカードをピックアップする。候補には今までピンチを救ってくれたカードもあるが、受け身でいるよりも攻めに回った方がいいと思うカードもあったので、それを換える。

 そして、抜くカードの枚数に合わせて、クーリアが保管していたカードからよさげなものを見繕う。クーリアはとても几帳面で、ストレージはモンスター・魔法・罠の3種類のみならず、魔法なら通常・速攻・永続・儀式・フィールド・装備、罠なら通常・永続・カウンターとアイコンごとに分けてあった。保管してあるカードの枚数が少ないからこそできるだろうが、ここまで丁寧に分かれているのはカードショップでもあまり見ない。

 

「これとか、これかな……」

 

 カードを選んでいる間だけは、クーリアは傍にいなかった。悩んでいるところで邪魔をしても悪いと思ったのかもしれない。

 かといって、後で運動をするにしてもあまり時間をかけるのは悪かったので、出来る限り迅速にカードを選ぶ。

 魔法・罠を選び終えたら、今度はモンスターだ。「ドレミコード」でのペンデュラム召喚を狙いつつ、できれば手札で発動できる誘発カードもほしい。モンスターのストレージはレベルで分けられており、記憶している限りの手札誘発を探してみるが、流石のクーリアでも全てのカードを持っているわけではないらしく、見つからなかった。それでも、意外に使えそうなカードも偶然見つけられたため、決して無駄にはならない。

 

「バトレアス」

「はい?」

「きりがいいところで、お茶にしましょう」

 

 やがて倉庫の外から声をかけられたので、一旦作業を中断する。一通り、使えそうなカードをピックアップしたところだったので今は問題はない。

 クーリアの部屋に戻ると、机にマグカップが2つ用意してあった。香りからしてココアだ。

 

「すみません、わざわざ……」

「いいのよ。大分集中していたみたいだし」

 

 言われて、時計を見上げる。調整を始めてからもう1時間も経っていた。前世でもそうだったが、カードのストレージを漁っていると時間の流れが異常に速く感じてしまう。

 

「いただきます……」

 

 断りを入れてココアを啜る。立ちっぱなしでカードを見ていたのに加えて、頭も少々使っていたので糖分が非常にありがたい。優しい甘さと温かさに気持ちが安らぐ。

 

「どうかしら、デッキは強くなりそう?」

「……恐らくは」

 

 後でカードを組み込んで軽く一人で回してみるつもりだが、それで全部が分かるわけでもない。とはいえ、こうしてカードを使わせてもらっているのだから、ちゃんとそれには報いる結果を残さなければ。

 

「期待しているわね」

 

 そう言って、クーリアは微笑んでくれた。

 その笑顔に、また顔が熱くなる。ここ最近、クーリアの笑顔を見るとどうにも胸の鼓動が速まり、直視しづらくなるから勘弁願いたい。

 同時に、ちゃんとデュエルも強くならなければと、ココアを飲むのも早々にデッキの調整を急ぐ事にした。

 

 

 調整を続けるバトレアスは、いつになく真剣に見えた。普段からそのすべてを知っているわけではないけれど、本当にデッキに真剣に向き合っているのだと、実感する。

 バトレアスは、この屋敷での仕事には大分慣れてきたし、確実に皆の助けになっている。そして今日のアロマの庭での事で、より一層デュエルにも磨きがかかる事だろう。それはクーリアとしてもありがたいし、頼もしい。

 けれど、胸に引っかかりを覚えているのも事実。

 

 それは今日の「浄化」から帰ってきた際に起きた、ハプニング。

 エンジェリアが無断でバトレアスの部屋に侵入し、ベッドの下から迷宮姫の写真集を見つけた事だ。

 

 それをクーリアが知った当初、自分でも意味が分からないほど、猛烈に不愉快な気分になった。

 バトレアスを連れて白銀の城へ出向いた際、ジャージの迷宮姫とアリアスが「バトレアスを篭絡してラビュリンス側につける」と話していたのは聞こえていた。それが戯れではなく、本気だったのだろうかと勘繰ったのもある。

 けれどそれ以上に、ドレミコードとラビュリンスという陣営も抜きにして、「バトレアス」が「迷宮姫」の写真集を「隠し持っていた」という事実が気に入らなかったのだ。

 ドレミコードが女所帯である以上、男であるバトレアスの事情は最大限に配慮している。()()()()()()が必要である事もクーリアは理解していた。

 だが、その上でクーリアは自分の感情が整理できなくなった。

 なぜ、そんなバトレアス個人の事にまでクーリアが気を揉んでしまうのか。

 

(まさか、嫉妬……?)

 

 自分でそう思いかけるが、否定する。

 バトレアスはクーリアの所有物ではない。ドレミコードの仲間であり、ミューゼシアの言葉を借りれば家族のようなものだが、流石にそこまで独占するような気持ちはない。

 だけど、それでも。

 自分の今の感情を正しく表現できる言葉は、それしか思い至らなかった。

 それでどうして、そんな感情を抱いてしまうのかは、まだ自分でも分からなかった。

 


 

迷宮姫「アリアス? 次の騎士様迎撃トラップなんだけど――って、ごめんなさい。邪魔したかしら?」

アリアス「いえ、お構いなく。お手紙を読んでいただけですので」

迷宮姫「手紙? 珍しいわね……誰から?」

アリアス「クーリア様です」

迷宮姫「え? またどうして……」

アリアス「以前お話しした姫様の写真集をバトレアスさんにお送りしたのですが、お気に召されなかったとの事で返送されたのです」

迷宮姫「ちょっ、あんたバカァ!? 何そんな事勝手にしてくれちゃってるのよ! 私の尊厳とプライバシーは!?」

アリアス「ご心配なく。あちらも写真集の中身は見ていないとの事で。あわよくばこちらの陣営に惹きつけられればと思いましたが、彼は本当に興味がなかったようです」

迷宮姫「それはそれで何か腹立つわね……」

アリアス「それでクーリア様が、『うちのバトレアスに変なものを渡さないで』と」

迷宮姫「保護者……?」

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