ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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今回もまたデュエル無し回です。
予めご了承ください。


第23話:黒に近いグレー

「ぜぇ、はぁ……」

 

 山の中を全速力で駆ける。何度も躓き、木にぶつかりそうになるけど、決して足を止めてはいけない。さもなくば、あっという間に追いつかれ、斬り伏せられる。

 伊達に身体を鍛えてはいないから、ちょっとやそっとで息が上がる事はない。だけど、こんな長時間全力疾走を続けていたら、誰だってこうなる。鞘に納め腰から提げている剣が、走るたびに足にぶつかるのが鬱陶しい。

 そもそも、私はこんな全力疾走をするために、この鎧と剣を装備したわけじゃない。全ては私にしかできない使命のためにあるのだ。

 

「っ!!」

 

 尋常じゃない殺気を感じ、頭を下げる。直後、兜の数センチ上を風が吹いたかと思うと、周囲に生えている木々が、私の身長ぐらいの高さで切れてしまった。地面に倒れた木が土煙を上げ、木の葉が舞い散る。

 今のは、私を追いかけている奴の攻撃だ。数瞬気付けくのが遅れていたら、今頃私の首と身体は泣き別れだっただろう。

 それについての恐怖を多少感じつつも、脚を止めない。いつになったら振り切れるのか、この状況から解放されるのだろうか。

 

「ちょこまかと逃げるだけか、剣士ともあろう者が情けない!」

 

 後ろから追手の怒鳴り声が聞こえた。振り返る余裕はないし、構ってもいられない。

 すると、ごつごつした岩がいくつも転がる地帯に出た。私の背丈よりもさらに大きい岩もあり、そのひとつの陰に隠れて息を整える。極力あちらに聞こえないように、呼吸の量を調整する。

 

(早く、ここから離れないと……)

 

 岩の陰から慎重に周囲を窺い、追手の姿が見えないのを確認しつつ、これからの方針を考える。

 いつまでもここでこんな事をしている場合じゃない。

 早く、もっと竜を狩らないと、狩らないと……。

 

 どうなるんだっけ。

 

 そうだ、仲間を守れない。助けられない。

 

 どうしてだっけ……?

 

 そんな事を考えていたら、ドラゴンの鳴き声が響く。

 すると、背中を預けていた大岩が突然爆ぜた。

 

「!?」

 

 背中から熱が伝わり、砕けた岩の礫がいくつも当たり、爆風に煽られて地面を転がって、木に脇腹を強く打ってしまう。鎧を着けていたのが幸いし、骨折れていないようだがそれでも痛い。

 顔を上げるが、さっきの謎の爆発のおかげで辺り一帯が煙に包まれ何も見えない、

 

「何、が……っ!?」

 

 起き上がったところで、煙を切る斬撃が飛んできた。やむを得ず後ろに飛び下がり、視界は未だ回復しないものの剣を構える。あちらはわずかな音でこちらの場所を把握しているらしい。気が少しも抜けない。

 そしてまたドラゴンの鳴き声が聞こえたと思ったら、今度は真正面から衝撃を受けて後ろに吹き飛ばされる。斬撃とも違う、空気砲みたいな感じだ。

 土埃と砂煙、わずかに混じる火花に視界を潰されるが、どうにか体勢を戻して着地しようとする。けれど、どれだけ脚を動かしても、地面の感触が伝わってこない。

 

「……」

 

 そこで視界が回復し、地面ははるか前方で途切れていた。そして足元に広がるのは森。

 崖から突き飛ばされてしまったと理解した。

 

「うあああああああああああああッ!!」

 

 近くに掴まれるものもなく、私には空を飛ぶ力もない。だから情けなく声を上げて、重力に従い落ちるしかなかった。

 いくら鎧と兜を装備しているとはいえ、落下の衝撃までは殺しきれない。当たり所が悪ければ死んでしまう。地面が、森が間近に迫ってくる。せめてもの抵抗として、腕で顔を守るのが限界だった。

 

「ぐっ……あああ……うっ……!」

 

 木の葉はクッションにもならず、細い枝を何本も折り、太い枝に身体を強く打ち、やがて私は地面に背中から落ちた。

 落下の衝撃は致命傷を避けるレベルにまで抑えられたが、体中が痛い。太い枝に打ったせいか、どこかの骨が折れた感覚もする。もう全力疾走なんてできない。

 だけど、このままここにいたら、あいつは必ずここへ来る。崖から落ちたのを見て安心するような奴には見えなかった。私の死体を直に見て、死を確認するまであいつは追ってくる。そんな予感がした。

 けれどもう、動けない。身体全体に鈍い痛みが走って、仰向けからうつ伏せにするのが精一杯だ。起き上がるのすら難しい、這って逃げ切るなんてできっこない。

 その時だった。

 

「……?」

 

 目の前の景色に、一文字の傷のような白い線が入った。その傷が開くと、深い森とは全く違う、ピンク色の宇宙のような空間が顔を覗かせる。

 

(なに、これは……?)

 

 どういう原理で生まれるものなのか。この世界に生きて、さまざまな事象を見てきたからちょっとやそっとでは動揺しないと思っていたが、これは初めて見る。

 だが、それについて深く考えようとすると傷が痛むし、何よりそんな事を考えている場合じゃない。

 だけど今、このタイミングでこんなものが目の前に現れたのは、偶然ではない気がした。

 このままここにいたら、間違いなくあいつは私を殺しにかかってくる。このピンクの宇宙が何なのかは知らないし、もしかしたらその先で私は結局死んでしまうかもしれない。

 だけど、確実にここに残って死ぬよりも、死ぬかもしれない見知らぬ空間に飛び、生き残るわずかな可能性に賭けた方がマシだと、つらい痛みの中で結論付けた。

 私には、まだやらねばならない事がある。そのために、生きないと。

 だから私は、重い体に鞭打って起き上がり、びっこを引きながら、その空間に身を滑り込ませる。

 その直後、視界が真っ暗になった。

 

◆ ◇

 

 その日、ドレミコードで休養日なのはグレーシアとエリーティアだ。

 最低限こなさなければならない掃除を終えた後で、俺は食堂にいるグレーシアのためにお茶を淹れる。

 

「……うん、悪くありません」

「ありがとうございます」

 

 紅茶を一口飲んだグレーシアが頷き、こちらを見て微笑む。毎日の食事はともかくとして、こうしてや紅茶を淹れる機会は多い。

 グレーシアに限らず、最初の頃は俺の淹れたお茶を飲んで渋い顔をした人は何人もいた。前世で紅茶を茶葉から淹れた事などないから仕方ないが、それでも傷ついた。

 それ以降、試行錯誤を繰り返し、どうにか腕前は認められるようになったらしい。

 そして。

 

「♪」

 

 傍にいたグレーシアの妖精体は、身体のサイズに合ったカップに注がれた紅茶を飲んでにこにこ笑う。

 そんな妖精体にビスケットを差し出すと、受け取るわけではなく俺の指から直接食べた。あーんに近いだろうが、本体のグレーシアと違ってこちらは感情表現豊かかつ甘えん坊なところがあった。

 天老の一件で、グレーシアの妖精体は俺の事が気に入ったような素振りを見せていた。それはドレミ界でも変わらず、姿を見せるとこんな感じで俺にすり寄ってくる。猫か何かだろうか。

 そしてそんな妖精体を見て、やや微妙そうな顔をするグレーシア。彼女にとってこの妖精体は妹や娘みたいなものと言っていたので、あまり男と接するのは快くないのかもしれない。

 

「エリーティアにも持って行ってあげなさい。あの子、集中すると何時間も飲まず食わずで本を読んでしまいますから」

「承知いたしました」

 

 グレーシアに言われて一度キッチンに戻る。さっき淹れたのは食堂にいたグレーシアの分だけだ。グレーシアの妖精体が名残惜しそうに俺の服の袖を掴んでくるが、優しく手を離してもらう。

 そして、エリーティアにもという事は、俺の紅茶の腕が他人に勧めるには申し分ないという事でもあるだろう。それはそれでとても嬉しかった。

 そんな喜びもほどほどに、キッチンでお茶の準備をしつつ、エリーティアの事を考える。

 さっきグレーシアが言っていた通り、エリーティアは休養日でも大体自室に籠っている。何をしているかは知らないが、読書や勉強がほとんどとの事だ。その集中力はすごいもので、食事や3時のお茶の時間になっても、呼びに行かなければ出てこないほどだった。どちらかと言えば休みの日は外出する事が多かった俺からしてみれば、信じがたい。

 そんなエリーティアのために、お茶と少々の茶菓子を用意して、彼女の私室へと向かう。

 

「エリーティア様? お茶をお持ちしました。よろしければいかがでしょうか?」

 

 戸をノックして尋ねてみる。不慮の事故を避けるために、返事も待たずに部屋に入るなんて真似は断じてしない。

 だが、中から返ってきたのは声ではなく、何かが崩れるような音だった。

 

『わっ、わわわっ……ちょっと、待って下さい……!』

 

 中から焦るようなエリーティアの声が返ってくる。少なくとも身動きが取れなかったり意識がないわけではなさそうだ。

 そして、1分ほど経ってから戸が開く。

 

「お待たせしてしまってごめんなさい……」

 

 戸を開けたエリーティアは、いつもみたくおどおどした感じだ。そして、今気づいたのかズレた眼鏡をそそくさと掛けなおす。ぺこぺこ頭を下げてくるが、俺は首を横に振った。それよりも気になる事がある。

 

「どうかされたんですか? 何か、大きな音がしましたけど……」

「ええと、お部屋の掃除をしようとしていたら、ちょっと本を崩してしまいまして……」

「本……?」

「と、とにかく中へどうぞ。お茶ありがとうございます」

 

 立ち話も悪いと思ったのか、エリーティアは戸を開けて中へ招き入れてくれる。

 しかしその部屋の中を見て、俺は反応に困った。

 そこかしこに、本の山というか本の塔がある。積読と言うにしても限度があるレベルで、獣道のように部屋の真ん中に細い道がある。

 

「すごい量の本ですね……」

「あはは……本を読んでいないと落ち着かないと言いますか……」

 

 エリーティアは、窓際にある机にお茶を置くように言ってくれた。机の周りにも本が積んであるが、天板の部分は綺麗に整えられていた。ちらっとベッドを見ても、枕元に本がいくつも置いてあるが、シーツなどは綺麗に皺のひとつもない。なんというか、奇妙な雰囲気の部屋だ。

 

「お掃除の途中でしたっけ?」

「ええ。何せこれだけ本があるので、月に1回は整理しないと足の踏み場もなくなってしまいますから……」

 

 確かにエリーティアの部屋は、俺の部屋と広さが変わらないはずだが随分狭く感じる。それはやはり本のせいだろう。クローゼットや入口、ベッドの周りなど最低限のスペースだけは空いていて、それ以外の場所は全部本で占領されている。ひと月に1回となればかなりの頻度で本を読んでいるのだろう。

 そんな有様を見て、自然と手伝わなければならないという気持ちが芽生えてきた。

 

「……よろしければ、お手伝いしましょうか?」

「え、ええっ? でも、悪いですよ、そんなの……これ、全部私が買った本ですし、バトレアスさんが、そんな」

「いえ、でもこれをおひとりでやるとなると大分時間と手間がかかるでしょうし……」

 

 今は10時半頃。食器洗いの後すぐに部屋に引っ込んだから、朝から掃除をしていたのだろう。しかし、全然片付いた気配はない。1日がかりでやるにしたって、せっかくの休養日に体力を消耗しては「浄化」にも響きかねない。だからここは手伝うべきだ。

 

「……そう、ですね。もしもバトレアスさんがよろしければ」

「ええ」

 

 こちらがこなすべきタスクはほぼこなし終えている。

 というわけで、急遽エリーティアの積読整理を手伝う事となった。

 

「どのように整理しますか?」

「えっと、では本のサイズが同じものをまとめていきましょう」

 

 本の持ち主はエリーティアなので、彼女の指示には全面的に従う。まずは適当な一冊を手に取り、それと合うサイズの本を見つけていく。幸いというべきか、詰まれた本は大体同じサイズで統一されているので、いちいち山を崩して同じサイズの本を見つける、なんて手間はかけなくて済みそうだ。

 ただ、やはり動ける範囲が狭くなっているために、集めた本をどこに置けばいいのかという課題も生じる。これで適当に置いてしまったら、どこにその集めた本を置いたか忘れてしまいそうだ。

 

「エリーティア様、この後は……」

 

 なので、また指示を仰ごうとしたのだが、エリーティアからの返事はなかった。

 椅子に座り、俺がついさっき入れた紅茶を片手に、本を読んでいる。

 

「……エリーティア様?」

「……はっ! ごめんなさい! お茶のいい香りにつられて、それでつい整理していた本に目が留まってしまって、それで……」

 

 お茶を褒められるのは嬉しいが、これでは全然整理が進まない。勉強中に無性に掃除をしたくなるような感じだ。整理が全然進まなかった理由は多分これだろう。

 とにかく、整理した本は窓際に置いていく事になり、作業を再開する。

 

「それにしても、よくこれだけの本を集めましたね……」

「あはは……なんか、知りたい事があるとそのままではいられないと言いますか、それで……」

 

 そういえば、ファンシアが以前エリーティアの事を「一番の勉強家」と言っていた。それからエリーティア自身の言葉から察するに、彼女は知識欲が強いのだろう。知りたいと思うとそれを調べようと躍起になり、そして足りない知識をこうして本で補っていく。つまり、この部屋に積まれた無数の本は、エリーティアの軌跡みたいなものだ。

 活字なんて気が向いたときにしか読まなかった身からすれば、尊敬の念に堪えない。

 そう思いつつ、整理しようと近くの本に手を伸ばすと、他とは違うイラスト付きの表紙だった。よく見てみると、ライトノベルじみた美少女が描かれた、ギリギリR-15に抵触しないレベルの構図で、しかもタイトルが何か長い。

 

『転生したらヤンデレだらけのハーレムができて魔王にも惚れられてしまった件について』

 

 何となく、エンジェリアが俺の部屋で迷宮姫の写真集を見つけた時の気持ちが分かった気がする。

 

「あああああああっ! 違います、それは違うんです!!」

 

 そして俺の異変に気付いたらしきエリーティアが、すばやくその本を回収して机の引き出しに適当に放り込んだ。その速さ、電光石火と言って差し支えない。

 

「その、バトレアスさんが転生したと聞きまして! だけど転生って私としても初めてなものでどういうものなのかなって気になりまして! それで本屋さんで主人に『転生』についての書籍を聞きまして! それで紹介されたのがそれでして!」

「ええ、ああ、はい……」

「いやまあファンタジーとか冒険活劇とかも読みはしますけれども! 断じて! そういうシチュエーションに興味があるというわけではなく! お願いですからそんな目で見ないでください!」

 

 顔を真っ赤にして矢継早に言い訳――もとい否定するエリーティアに対し、何となくほっこりした気持ちになる。この手のノベル系も読んだ事は多少あるが、エリーティアがそう言うカジュアル向けの本も読んでいるという点では親近感が持てる。

 後、転生云々について書店に聞くのは悪手だろうとは思う。というか、こちらの世界でもこの手の作品は流行っているのか。

 

「さあ! お掃除再開しますよ!」

「かしこまりました」

 

 本気で掘り下げられたくはないようで、エリーティアは割と強引に気持ちを切り替えて積読の整理に取り掛かった。俺もそれをほじくり返す真似はせず、黙々と本の整理を続ける。

 部屋に入った時こそ本の塔がいくつも聳えていたエリーティアの部屋だが、懸命な整理のおかげか、かなり片付いてきた。と言っても、まだ部屋の3割ぐらいだが。

 すると、「デュエルの歴史と変遷」という、ちょっと気になるタイトルの本を見つけた。分厚いが、中身には興味がある。掃除が終わったら借りてみてもいいだろうか。

 

「エリーティア様」

 

 それを尋ねようとエリーティアに声を掛ける。

 けれどエリーティアは、本を手に持ったまま、窓の外をじっと見ていた。掃除そっちのけで本を読んでいたさっきとは全然違う。

 

「……どうされました?」

「……今、外から何者かの気配を感じまして」

「気配?」

 

 俺が疑問を呈するが、エリーティアは持っていた本を床に置き、小走りに部屋を出る。俺もその後に続き1階へ降りると、丁度グレーシアも食堂を出て玄関に向かうところだった。

 

「グレーシアさん、感じましたか?」

「ええ。誰かが我々の世界に侵入してきました」

 

 ドレミコードの力なのか、ドレミ界由来ではない存在や気配には敏感らしい。もしかしたら、ここへ来た初日に俺を助けてくれたキューティアとファンシアも、同じように俺の事を気配で感じたのだろうか。

 

「バトレアスは今まで何を?」

「エリーティア様の部屋で本の整理を手伝っておりました……すみません。事後報告になってしまって」

「いいえ、構いません。それにしてもエリーティア、あなたはもう少し買う本のペースを考えなさい。既に物置を1つ占領しているでしょう」

「う、すみません……」

 

 どうやらエリーティアの蔵書は、私室にあるのが全てではないらしい。恐ろしいほどの読書量だ。

 そんな話を聞きつつ、グレーシアとエリーティアの後に続いて屋敷の外に出る。俺にはその誰かの気配など感じられないので、ここは2人の感覚を信じるしかなかった。

 そして、2人が足を止めたのは、以前クーリアやキューティアとピクニックをした噴水にほど近い場所だ。

 

「……あれは」

 

 誰かが倒れている。目に見える範囲で分かるのは、暗い青色の鎧と兜で武装し、肩や蟀谷から角のようなパーツが生えている事。兜の下からは長い銀髪が伸び、茶色い腰布を巻いていて、そばには巨大な剣も落ちていた。しかし、兜も鎧も傷がついていて、ついさっきまで何かと戦っていたような有様だ。ただ、髪の下から覗く鎧の首元の部分には、何かのシンボルマークのような模様が刻まれている。

 そして俺は、その誰かに奇妙な既視感を覚えた。

 

「……」

 

 グレーシア、エリーティアと顔を見合わせる。

 全身を鎧で武装している事から、以前ドレミ界を襲ったやつかもしれないと思ったが、鎧の色とデザインが違うし髪も見えているため別人だと思う。そして、その倒れている何者かは、意識がないのかこちらの方を見向きもしないため、敵か味方か区別もできない。

 だから、俺は意を決してその人に慎重に近づいてみる。ここはまず、従者の自分が確かめた方がいいと思った。

 倒れている人は、俺が近くに歩み寄っても起き上がらない。反応も示さない。

 膝をついて、恐る恐る肩の辺りに手を触れて、小さく揺する

 

「大丈夫ですか……?」

 

 その直後。

 力なく投げ出されていた左手が俺の手を払いのけ、鎧の人物は俊敏な動きで起き上がり、後ろへ下がって距離を取った。

 

「!!」

 

 即座にエリーティアとグレーシアが俺の前に立ち、庇ってくれる。何の力も持っていないとはいえ、女の子に助けられるのは格好がつかないな、と思ってしまう。

 一方、起き上がった鎧の人物は、近くに落ちていた剣を構えてこちらを警戒している。露わになった顔は、白い肌に赤い瞳の女性だった。けれど、その瞳の光は薄まっており、やはりどこかで見たような感じを抱く。

 

「……落ち着いて下さい。俺たちは、あなたと戦いたいわけじゃないんです」

 

 それでも、敵意が剥き出しなのは明らかだった。だから、まずこちらに戦う意思がない事を伝え、警戒を解いてもらおうとする。

 すると。

 

「うっ……ごほっ……」

 

 鎧の女性は蹲り、咳き込む。口元を押さえているが、その指の間から血がしたたり落ちるのが見えた。明らかに怪我をしている。

 

「ど、どうしましょう……?」

「ひとまず屋敷へ運びましょう。それから治療を……」

「じゃあ俺が連れて……」

 

 エリーティアは手負いの侵入者に怯えているようだが、グレーシアは冷静に判断する。治療に関しては賛成だし、屋敷の方が色々と物は揃っているから、処置をするならそちらの方がいい。運ぶにしても体力のある俺が運んだ方が2人の負担は少ない。クーリアとの筋トレの成果をこんなところで発揮する事になるとは。

 ともかく、俺は苦しそうにしている女性に断りを入れて、どうにか身体を支える。だが、立つ事すらつらいのか、肩を貸して歩くのを補助しようとすると左手で自分の脚を押さえた。

 

「ちょっと失礼します……」

 

 なのでやむを得ず、その鎧の女性を背負う事にした。普通の女性一人分だけでなく鎧の重さまで加わっているので、ぶっちゃけすごく重い。けれど怪我人を不安にさせる言葉は口にするものかと、自分の口にチャックをして屋敷へと歩き出す。彼女の所持品と思しき大きな剣は、グレーシアが運んでくれた。

 

「なぜ、私を……助ける、の……?」

「怪我人をほっとけませんよ」

 

 背負われる女性が尋ねると、エリーティアがそう答える。俺も同じく頷き、グレーシアも「その通りです」と同意した。

 

「……怪我、なおさないと……」

「大丈夫です。私たちが責任を持って手当をしますから」

 

 何かに迫られるように女性が呟くと、グレーシアが安心させるように言う。

 その声を間近で聞く俺だが、耳元で呟かれる事へのくすぐったさは特に感じず、むしろ先ほどから消えない違和感の方に気を取られていた。

 

「……行かないと、ドラゴン……もっと、倒さないと……」

「え……?」

「私、助けられない……みんな、手遅れに、なる……」

 

 ドラゴンを倒す。

 みんな手遅れになる。

 その言葉で、俺は彼女に対する既視感の理由に気づけた。

 

◇ ◆

 

 鎧の女性は一旦俺の部屋に運び入れ、ベッドに寝かせる。それから鎧を脱がせて手当てをするのだが、それらはグレーシアと、医学書を読んだ事があるというエリーティアが担当する事になった。怪我人と言えど、女性の身体を見るのは抵抗があるし、医療知識が俺にはない。いても足手まといになるだけだったから、部屋の外で待機し、必要なものがあればすぐに取ってくる役目を負う。

 そして、治療を始めてから1時間ほどで、グレーシアが入るように言ってきた。

 

「一通り、手当はしましたが……他にも痛むところはありますか?」

「……大丈夫。ありがとう」

 

 女性は力なく笑う。どうにか最悪の状態は脱したようだ。その反応に、エリーティアも安心したように頷く。

 ただグレーシア曰く、右脚の骨には皹が入っていて、左足も挫いていたらしい。そして鎧で防がれていた上半身にも内出血や腫れがあり、どう考えても病院送りの絶対安静でおかしくない怪我だ。

 そういえばこの精霊界で病院とかは果たしてあるのだろうか。

 

「もう、行かなきゃ……」

 

 すると女性が、ベッドから降りようとした。慌ててエリーティアが止めに入る。

 

「だ、ダメですよ! そんなケガで……!」

「私、怪我の治りが早い方だから……」

「そうは言っても……」

「あまり長い間、休んでもいられないから……」

 

 この女性はどこか危なっかしい雰囲気がする。これだけ怪我をしてもなお、自分の命が危機に陥っている事を実感していないというか、もっと他の何かに気を取られているような感じだ。

 女性を何とかベッドに留めて、エリーティアはタクトを取り出し妖精体を呼び出す。彼女と同じく眼鏡をかけて、袖の長い水色のドレスを着て、身の丈ほどのコントラバスを傍らに据えている。

 するとその妖精体は、コントラバスで落ち着いた旋律をゆっくりと奏で始めた。デュエルモンスターズにおいて、エリーティアはグレーシアと同じ水属性。グレーシアがドレミコードの天使として持つのは、心を癒す力。だから同じように、エリーティアも鎧の女性の心を癒そうとしているのだ。

 その音色を聞き、女性も無理にベッドから出ようとするのをやめた。ちゃんと精神に作用しているらしい。

 

「お姉さん、お名前は?」

「……思い出せない」

 

 妖精体が演奏する傍ら、エリーティアが質問する。だが、対する女性の答えは早くも不安を煽るものだった。俺が初めてドレミ界に来た時、キューティアたちから同じ事を聞かれて同じような反応を返した気がする。

 この女性も、後ろめたい事があって名前を教えないのではなく、本当に忘れているようだった。

 

「どこの世界からいらしたんですか?」

「山が、たくさんある場所……私の故郷も、そこにあったような……」

「どうやってこちらの世界に?」

「変な剣士に急に襲われて、崖から落ちて……気づいたら目の前の空間が、割れてた。それで、剣士から逃げるために仕方なく……」

 

 聞く限り、彼女はこのドレミ界に来たくて来たわけではないようだ。

 それにしても、彼女の喋り方はかなり覚束ない。ちゃんと言葉は喋れているが、怪我がひどくて意識がまだはっきりとしていないのか、やや片言だ。

 俺が把握している彼女の事情を考えると、今の彼女はその怪我とは別の意味で危ういのではないだろうか。

 

「……エリーティア、私たちは少し外します。何かあったら、呼びなさい」

「あっ、はい。分かりました」

「お姉さん、今はゆっくりと休んでください」

「……」

 

 するとグレーシアは、何を思い立ったのか俺を連れて部屋の外へ出ようとする。また、グレーシアの言葉を受けて、女性はこくりと頷きベッドに横になった。

 それを尻目に部屋を出ると、グレーシアは俺の前に立つ。

 

「……バトレアス」

「はい」

「あなたは彼女について、何かを知っているのですか?」

 

 いきなり問われて、頭の中が一瞬真っ白になった。

 

「……なぜ、そう思われるのでしょうか」

「彼女に向ける顔が、怪我が痛ましいとか心配だとか、それとは違う風なものだったから。それに、あなたは『外』から転生した身でもあるから、私たちも知り得ない何かを知っているんじゃないかと思ったのですよ」

 

 怒っているようでもないが、こうして場所を移されたうえで尋ねられるのは少し気まずい。とはいえ、グレーシアの指摘は的を得ていた。

 

「……多分、自分が知っている人です」

「それは……あなたの前世で見たものでしょうか?」

「はい……」

 

 どこかで見たような外見で、「竜を倒す」という彼女の発言から、気づいた事がある。「多分」と付け加えたが、確信度はかなり高い。

 

 彼女は、デュエルモンスターの1体。

 グレーシアたち「ドレミコード」と同じペンデュラムモンスター、《竜角の狩猟者》だ。通常モンスターだがペンデュラム効果を持つ上級モンスターで、特定のテーマに属しているわけではない。

 

 そんな彼女を知っている、というより覚えている理由は、あまりにも彼女の設定が悲惨すぎるからだ。

 

「ここにいたのね」

 

 それについて話そうかどうか迷っていたところ、廊下の奥から声が聞こえた。

 その正体は、ミューゼシアだ。どうしてここにいるんだろうと思ったが、グレーシアが耳打ちをしてくる。

 

「さっきの治療中に、ミューゼシア様に連絡を取りました。あなたの時と同様、イレギュラーだったものですから」

 

 確かに、外の世界から誰かがやってくる等、俺や侵略者、クルヌギアス以来だ。リーダーのクーリアは「浄化」に行ってしまっているから、確かにミューゼシアには話をした方がいい。

 

「状況はどうなっているのかしら?」

「ひとまず、その来訪者の手当は一通り終わり、今はエリーティアが診ています」

「そう……容態は?」

「今は何とか落ち着いていますが、当面は安静にした方がよろしいかと」

 

 ミューゼシアは、グレーシアと俺の顔を見て、考えるような仕草を取る。

 

「……訳アリ、なのかしら? その人は」

「ええ。そのようです」

 

 そう言ってグレーシアは俺を見た。俺が一番事情に精通しているだろうから、説明を俺に求めているのは分かる。

 《竜角の狩猟者》のストーリーは、はっきり言って心臓に来るぐらいには惨い。それをぺらぺら俺の口から話すのは気が引けるが、話した方がグレーシアやミューゼシアたちも今後の方針を決めやすいだろう。だからここは、俺個人の負担は横に置いて、話す事にした。

 

「……彼女は――」

 

 だが、それを話そうとした瞬間、グレーシアとミューゼシアが玄関の方を振り向いた。示し合わせたわけでもなく、同時に。

 

「……誰かが来たわね」

 

 ミューゼシアが告げ、グレーシアも頷く。

 俺は念のため、部屋のドアを開けて中の様子を窺ってみた。狩猟者は横になり眠ったままだが、エリーティアもその気配を感じたらしく、立ち上がって窓の外を見ている。

 

「エリーティアはここにいなさい」

「分かりました……」

 

 ミューゼシアの指示に頷き、エリーティアは椅子に座って狩猟者に視線を戻す。

 一方のミューゼシアとグレーシア、そして俺は玄関へと急いだ。念の為、武器とは言わないが精霊界での自衛手段でもあるデュエルディスクは付けていく。

 

「まったく……侵略者の時に空間の隠蔽と防御の結界を組み直したのに、なんでまた……」

 

 玄関へ向かう間、ミューゼシアが心底悩ましそうに言う。そのあたりについての事情は深く聞いてはいなかったが、やはり侵略者がやってきた以上何も対策をしていなかったわけではなかったらしく、それなりの苦労もあったらしい。

 やがて玄関に辿り着く。誰がやってきたのかは知らないが、ここは従者として俺が先にドアを開ける事にした。直前でミューゼシアから「気を付けて」と言われ、頷きながら扉をゆっくりと開ける。

 扉の前には、誰もいなかった。

 しかし、屋敷へと誰かが歩いて来るのが見える。まだ遠目にしか分からないが、全身を紺の鎧で覆い、兜に稲妻のような刃が2本取り付けてある赤い目の剣士。

 《バスター・ブレイダー》だ。

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