ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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今回はデュエル無し回です。
予めご了承ください。

また話の都合上、竜角の狩猟者に名前をつけておりますが、あくまでこの作品の独自設定でございます。
併せてご留意いただければと思います。


第26話:帰るべき場所

 バスター・ブレイダーが去った後、《竜角の狩猟者》はその場で気を失ってしまった。まだ怪我が全快していなかった上に、残酷な事実を聞かされたのだから無理もない。だから、また俺が部屋まで背負って運び、ベッドに寝かせた。

 エリーティアは、ベッドの傍に椅子を引いて狩猟者を見守る位置に座り、小さく息を吐く。

 

「ごめんなさい。私がこの人を止められていたら……」

「気にする事はないわ」

 

 俺とバスター・ブレイダーがデュエルをしていた間、エリーティアは狩猟者を看てくれていた。けれど、無理を押して起きた彼女を止められなかったがために、狩猟者の心は傷ついてしまった。それをエリーティアは気に病んでいる。

 だがミューゼシアの言う通り、そこでエリーティアが思いつめる必要はない。

 そして恐らく知らないままだったら、それこそ《竜角の狩猟者》のストーリー通り、ドラゴンを狩り続けて呪いを振りまく竜へとなり果てるだろう。

 

「……ミューゼシア様」

「何かしら?」

 

 そこまで考えて、俺はミューゼシアに聞いておきたい事があった。

 

「俺は先のデュエルで言った通り、この人を助けたいです。けれど……ドレミ界としてはどうされるおつもりでしょうか?」

 

 バスター・ブレイダーにも言ったが、俺はこの《竜角の狩猟者》を助けたい。それは決して嘘じゃない。

 前世だったら、所詮はいちプレイヤーの自分には、既に世に出たカードのストーリーをどうこうできるわけもない。そして、あまりにも救いようがない結末となった《竜核の呪霊者》のカードを見て、悲しい気持ちになったものだ。

 だが今は違う。実際に本人を前にして、助けられるかもしれないのだ。

 けれど、それはあくまで俺個人の考え。ドレミコードの皆も同じとは、まだ聞いていない。

 

「グレーシア様から、世界を変える力は持っていてもそれはしない、あくまで我々は世界の流れをそれとなく変えるきっかけを作るだけ、と聞いております」

「ええ、確かにその通りよ」

「であれば、彼女を何らかの形で助ける事は、それに反するのではないかと思いまして……」

 

 いくら境遇が可哀想だとは言え、ドレミ界の外にいる人間の人生を直接変えてしまうのは、ドレミ界が掲げる理念に反するのではないか。それが俺は一番心配なのだ。

 もしそれで、怪我は治したうえで後は一切干渉しないと判断を下せば、それに反する気持ちを持っている俺はどう思われるのか。いや、そもそもこの精霊界で俺一人で彼女を助ける術など見つけられるのか。言うだけ言って、今になって自分が如何に直情的に物を言ったのか思い知る。

 

「……今回の件は、イレギュラーが絡み合っています」

 

 そこでグレーシアが、ベッドで眠る狩猟者を横目に見ながら話しだした。

 

「まず彼女は、どういった方法か詳細は不明ですが、大怪我を負った状態で我々の世界に入り込んできました。これに関しましてはバトレアス……あなたが初めてここへ来た時と同じです」

「……ええ」

「そして、彼女を追って、かのバスター・ブレイダーも侵入した。今回は比較的穏便に事が済んだかとは思いますが、下手をすれば侵略者の時と同様、我々の世界にも危機が迫ったかもしれません」

 

 バスター・ブレイダーが狙っていたのは、あくまでもこの狩猟者。そしてこちらが身柄を引き渡すのを渋った結果、強引に彼はデュエルを挑んできた。既に事後だが、実力行使で強引に屋敷に上がり込んでいたかもしれない。あるいは、もっと手荒な方法を行使したかもしれない。

 

「ここに来たのは、この方の本意ではないかもしれない。けれど私たちの世界には、小さいけれど確実に危機が発生した。となれば……」

 

 グレーシアの出そうとしている結論は、ネガティブなモノであろう事が口ぶりで分かる。

 

「待ってください」

 

 けれど、先に異を唱えたのはエリーティアだった。

 

「私も、この人を見捨てたくはありません。バスター・ブレイダーさんが仰っていた話が、どこまで本当かは分かりませんが……あれほどの嘆きを聞いて、このまま成り行きに任せてしまうのは……放っておくというのはつらいです」

 

 デュエルの最中、バスター・ブレイダーがなぜこの狩猟者を狙うのかを明かした。その事実を偶然聞いてしまった狩猟者は、絶望と悲しみに襲われて叫んだ。それを聞いた時、俺も苦しくて泣きだしてしまいそうになったが、エリーティアも同じだったらしい。

 

「私たちドレミコードの在り方としては違うのかもしれない……けれど、こうして今目の前に、救われてほしいと切に願う人がいるからには、私はどうにかしたいです」

 

 ドレミコードの「浄化」は、淀んだ世界の流れをそれとなく整える旋律を奏でる事。その際には、そこに住む人の一人ひとりまでは把握できなかっただろう。

 だからもしかしたら、エリーティアも気づかなかっただけで、この狩猟者のようなつらい人生を歩んできた人がいたのかもしれない。世界の流れが変わっても、その人の人生が劇的に変わるとは限らない。いうならそれは、取りこぼしてしまった人だ。

 だけど今は、救おうと思えば救える人が目の前にいる。だから、放っておけない。その気持ちは、俺にもよく分かった。

 

「……バトレアスは彼女について知っているようだけれど……聞かせてもらえるかしら?」

 

 そこでミューゼシアは、俺の方を向いた。そういえばそれについて話そうとした時に、バスター・ブレイダーがやってきたのだった。

 念の為、もう一度狩猟者を見る。やはり眠っているようだ。

 

「……大体は、バスター・ブレイダーの言っていた通りです。彼女は故郷の人の病を治すために、治療に必要な竜角という物質を採取するために竜を狩っていたんです」

 

 この狩猟者がどんな気持ちで戦っていたのか、どんな風に戦っていたのかまでは分からない。だけど、他人のために危険な戦いに身を投じるのだから、彼女はきっと本来優しいんだろう。

 

「けれど、狩られて住処を追われた竜が、この人の故郷を襲ってしまい……その村は滅んでしまいました」

 

 自分で言っていて、腹の中心が熱くなる。あまりにも悲しくて、やるせなくて。

 

「そして竜の返り血を浴びたこの人もまた……竜になってしまいます。人間の記憶を失い、何のために戦っていたのかも忘れて、呪いを振り撒く竜に」

 

 性格についてはあくまで予想だが、優しかったからこそ、そんな結末を迎えてしまうのがつらい。

 それを聞いて、エリーティアもグレーシアも表情が曇った。ミューゼシアも目を伏せている。

 

「……今はまだ、この人もコミュニケーションがちゃんと取れています。そして、バスター・ブレイダーの話を聞いて反応を示したという事は、その記憶もあるという事……。だからまだ、助けられると思います」

 

 皮肉な話だが、バスター・ブレイダーが語って聞かせたおかげで、彼女はまだその時の記憶を失っていないという事が証明できた。完全に覚えているかは疑わしいが、それでも頭の中にその記憶は片鱗だけでも残っているという事だ。

 つまり、まだ引き返せる場所に彼女はいる。

 

「……り、たい……」

 

 その時、狩猟者が何事かを呟いた。

 起こしてしまったのかと思ったが、そちらを見るとやはり狩猟者は眠ったままだ。

 けれど。

 

「……かえりたい、よ」

 

 寝言か何かか。判別はできないが、閉じた瞼から涙が零れ落ちるのが見えた。

 エリーティアはそれを見て、優しく拭い取る。

 

「……バトレアス、エリーティア」

 

 名前を呼ばれて姿勢を正す。

 ミューゼシアは、微笑んでいた。さらにはグレーシアも、ミューゼシアと顔を合わせて頷き、優しく笑う。

 

「誰も、この人を見捨てるとは言っていないわ」

 

 そして、ミューゼシアはエリーティアを見る。

 

「確かに私たちは、世界の流れを意のままに操る事は許されない。けれど、個人からの依頼は受けてきた。本当に救いを求めている人のものはね」

「……あっ」

 

 エリーティアが何かに気づいたように声を上げた。同時に俺も思い出す。

 今まで俺は、ハスキーやスノードロップと言った、誰かを救いたいという強い願いをドレミコードに届け、それに応えるのを見てきた。それらに限らず依頼は今までも多くあったらしい。

 

「バトレアス。あなたも転生した身とは言え、このドレミ界に迷い込んできたのは彼女と同じ。そして私たちは、あなたに選択の機会を与えたでしょう?」

「……あ」

 

 続いてミューゼシアに言われて、俺も気づく。

 一度死んだ身で、侵略者からドレミ界を守ったとは言え、状況は狩猟者と似ている。その時も、ミューゼシアは選択肢をくれた。ドレミ界に留まるか、別の世界で暮らすかを。

 2人揃って同じ反応をしたのが可笑しいのか、グレーシアがくすりと笑った。

 

「あなたたちが彼女を助けたいという気持ちはよく分かる。今回の彼女を取り巻く状況は、彼女が仲間を助けたいと願う一心で行動し、それが裏目に出てしまった。そしてその後どうなってしまうかをバトレアスが知っていて、私たちもそれを今理解している」

 

 言ってミューゼシアは、ベッドに横たわる狩猟者へと歩み寄り、力なく置かれている手にそっと自らの手を重ねる。

 

「そのバトレアスが言う結末の先にあるのは……呪いを振り撒く竜の誕生というのは、世界の淀みを増やす事になりかねない。それを阻止するという意味()()、この子は救うべきだわ」

「そして、もしも彼女が本当に救いを求めるのであれば、私たちはそれに応えましょう」

 

 グレーシアがミューゼシアの言葉に続き、俺とエリーティアは頷く。

 そして振り向いたミューゼシアは、少しだけ照れるような表情を浮かべて、さらに言った。

 

「それに私だって、この子の事は放っておけないわ」

 

◆ ◇ ◇ ◇

 

 狩猟者が再び目を覚ました時には、ドレミコードの皆も戻ってきている頃合いだった。

 そして今回の件は、俺の時と同様に全員で共有すべき事と言う判断をミューゼシアが下し、全員で食堂に集まる。

 狩猟者も同席しているが、怪我はほとんど問題がないレベルにまで回復していた。驚異的な回復力だが、それはきっと彼女が竜に近づいてしまっているから、超人的な回復力を有すようになってしまったのだろう。

 

「――と、言う感じです」

 

 そして俺は、《竜角の狩猟者》のストーリーを知っているために、今日のバスター・ブレイダー襲来の件も含めて、簡易的に状況を皆に説明した。とはいえ、狩猟者の末路については「竜になる」というバスター・ブレイダーの言葉は借りつつもそれ以上は事細かに話さず、「取り返しがつかない事になる」とざっくりした感じに留めておく。それで狩猟者も、改めて事情を把握したようだ。

 そして、ドレミコードの皆は狩猟者を取り巻く環境を聞き、表情が翳っている。どれだけ多くの世界と事象を見てきていても、やはりこうした話を聞くのはつらいらしい。

 

「……事情は大体分かったわ」

 

 そうして慎重に声を上げたのは、クーリアだった。普段はリーダーとして皆の意見を聞いているが、今回事情をより詳しく知っているのはミューゼシアのため、今は他のドレミコードと同様に意見を取りまとめるのではなく伺う立場にいる。

 

「狩猟者さん。大丈夫かしら?」

「……はい」

 

 クーリアに問われ、狩猟者は小さく頷く。

 状況について話している間、俺の方でも狩猟者の様子は見ていた。特に、村が滅んでしまったという話については、さっきみたいな事になるのではないか、と少し不安でもあった。けれど狩猟者は少し俯くに留まり、以降も黙って聞いていた。

 だから今、こうしてクーリアが狩猟者の様子を直接、優しく聞いてくれたのは嬉しい。心の整理もつかないまま(恐らく今も完全にできてはいないだろうけれど)話を進めるのは酷だから。

 

「あなたに起こった事も、あなたの故郷の事も、考えると胸が苦しくなる。だからこそ、少しでもあなたの力になりたい」 

「……」

「……あなたは、これからどうしたい?」

 

 改めて、クーリアが確認する。

 こちらがどれだけ助けたいとか思っていても、狩猟者の意思は尊重しなければならない。彼女の意見を聞かないままにこちらが行動すれば、それは単なるエゴだ。

 

「……」

 

 狩猟者は俯いてしまう。目の前に置かれたココアにも、手を伸ばそうとはしない。

 

「……どうしよう」

 

 その声は、ひどく悲しそうだった。

 無理もないだろう。だって、バスター・ブレイダーの言葉を信じるにしたって、帰るべき場所は間接的にとは言え自分が滅ぼしてしまったのだから。

 

「でも、このままバスター・ブレイダーの言う通り竜になるのも嫌じゃない?」

 

 確かめるようにそう聞いたのはドリーミアだ。今はまだ人だが、いずれ人でなくなってしまうのがどういう感じなのか、俺は勿論誰にも分からない。けれど、別の生き物に変わってしまうというのは、考えるだけで恐ろしいものだ。

 狩猟者はドリーミアに言われて、こくりと頷く。

 

「……竜を狩ってきたのは確かだし、申し訳ないと思ってもいる。だけど、同じ風にはなりたくない、とは思う」

 

 やはり竜を狩ってきたからこそ、そう告げるのは自然なのかもしれない。

 狩る立場にいる者として敬意を払っていても、同じ存在にはなりたくないという気持ちは分かった。俺は食事をするにあたって食材には敬意をこめてはいるものの、食われる立場になりたいかと問われればノーだから。

 ともかく、狩猟者がそう望んでいる以上は、まずは彼女を完全な人間に戻す事は決まった。

 だが、その先についてはまだ決まっていない。

 

「人間に戻れたら、どうする? バトレアスさんみたいにウチで暮らす? それも私的には大丈夫だけど……」

 

 エンジェリアが提案すると、他のドレミコードも頷いてくれる。確かに、行く当てもなくなってしまった以上は、こちらで引き取るのも同じだろう。俺としても賛成だし、追い出すなんて冷酷な判断はできない。

 だが、狩猟者は。

 

「……私がいるべき場所はここじゃないと思う」

「?」

「どこかは分からない。だけど私には、行かなきゃいけない場所があるような気がして」

 

 そこで初めて、狩猟者は顔を上げた。そしてドレミコードの皆の顔を見る。

 その顔には、何かに操られているようなものではなく、自分を見失ったようでもない、何か明確な意思が籠っている気がした。

 

「まずは、その私の故郷に帰りたい。その後は……まだ決められない」

 

 狩猟者が告げ、俺やドレミコードの皆が頷く。

 まずは治療、それからの方針は追々決めるという方針に決まった。

 

「となるとまずは……どう人間に戻すか、かしらね」

 

 ビューティアが頬に手を当てて考える。

 外傷に関しては普通の治療でいいだろうが、竜になり始めている身体をどうやって人間に戻すかは、専門知識がいるだろう。医療知識を本で身につけたというエリーティアを見るが、流石にそこまでは知らないらしく首を横に振る。

 

「ひとつ思ったんですが……」

 

 そこで俺は、考えていた事を、あくまで候補として提案してみる。

 

「ドラゴンの事はドラゴンに聞いてみる、というのはいかがでしょうか」

 

 そう告げると、狩猟者はもちろん、他のドレミコードたちも首を傾げる。

 ただ、グレーシアだけは俺の言っている事に気付いたらしく、わずかに目を見開いていた。

 

◇ ◆ ◇ ◇

 

「何卒、よろしくお願いいたします」

「まあ待て、そこまで頭を下げんでもよい」

 

 翌日、俺はグレーシア、ミューゼシア、狩猟者と共にドラゴン――天老の下を訪れ、事情を説明したうえで頭を下げた。

 天老は《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》の人間態。ドラゴンであり、人間の姿をしているからこそ、人間と竜の両方について詳しいだろう。それに、彼が従えているのはドラゴンメイド。同じく人間態とドラゴン態の二つを有しているから、もしかしたら有効な意見を聞けるかもしれない。

 ちなみに、狩猟者が変な気を起こさないために、彼女の剣はドレミ界の屋敷に置いてきている。

 

「確かにのう。その娘は、バトレアスのようにただの人間とはまた違う感じがする。儂らの気配も混じっているようじゃが……」

 

 視線を向けられ、狩猟者は目を逸らした。真実を知った以上、それにも思うところはあるらしい。

 

「ナサリー。ひとまずは見てやってくれんか」

「かしこまりました」

 

 天老に指示されて、同席していたナサリーが立ち上がり、狩猟者を連れて別室へと向かう。今まで竜を狩ってきたから、竜のドラゴンメイドを相手に豹変したりしないかと少し不安だったが、その心配はなさそうだ。

 

「ご配慮いただき、感謝いたします」

「構わん。そちらにはこちらも迷惑をかけている、この程度は安いものだ」

 

 ミューゼシアが頭を下げるが、天老は気にしていない風に笑い俺を見る。最初に会った時に疑いをかけられた事を言っているのだろう。俺としてはもう気にしていないのだが、とりあえず力を貸してくれる事には感謝だ。

 

「しかし、貴殿らの世界は不思議なものだな。彼だけでなく、あの少女まで迷い込むとは」

「……本当、なぜこんな事になったのか」

 

 天老の言う通り、俺はともかくどうして狩猟者までドレミ界に来たのかは分からない。断片的な情報では、突然狩猟者の目の前の景色が開いたという。急に景色が切れるなど信じられないが、ここが精霊界である以上は何が起きてもおかしくない。

 

「誰かが陰で糸を引いているとか?」

「……どうでしょう?」

 

 天老の後ろに控えていたハスキーが、可能性のひとつを示す。ミューゼシアは口では明確に否定せず、俺としてもその可能性が考えれられなくもない。

 では、誰が? という話になるが……。

 

「……あの男か?」

 

 天老がぽつりと告げ、場の空気が一瞬止まる。

 それは他でもない、天老に重傷を負わせた男、またはドレミ界や六花界、【アロマ】を襲った侵略者だ。

 その可能性は俺も考えていたところだし、ミューゼシアたちも同じらしい。

 

「……最初に侵入を許して以降、私も空間の防御術式を組み直している。けれど、もしかしたら最初の侵入の時点で何かしらのマーキングを施した、とか?」

「しかし、そのような痕跡は……ドレミ界の外の物質やエネルギーなどがあれば、すぐに気づきます」

 

 ミューゼシアとグレーシアの言葉を黙って聞く。空間の防御、なんて言葉はマンガぐらいでしか聞かないが、この世界には確かに存在する技術らしい。それでも俺は、どんな理屈と仕組みでそれをやっているのかさっぱり分からないので、何も言えない。

 ただ、グレーシアの言葉も正しいと思う。事実、ドレミ界にやってきた狩猟者やバスター・ブレイダーの気配にはすぐ気づいていた。もしも、何らかの目印のようなものをあの侵略者が知らない間に仕掛けていたら、見逃さないはずだ。

 

「失礼いたします」

 

 そうして論議していると、ナサリーが狩猟者を連れて戻ってきた。狩猟者の表情は変わらず、どこか浮かない感じだ。

 天老は席に座ったままナサリーに話しかける。

 

「どうじゃった?」

「確かに、この方の中には竜のエネルギーが宿っているようです」

 

 ナサリーの報告に、天老だけでなくミューゼシアたちも耳を傾ける。

 やはり竜の返り血を浴びた事で、少なからず狩猟者は竜の力を宿してしまっていた。それは体内の1~2割を占めており、それだけあれば人間の自然治癒力はより強化されてしまうし、人間としての記憶も蝕み始めるという。だから、狩猟者の怪我の治りは早くて、自分の名前を思い出せなかったのか。

 

「ですが、直ちに危険な状態とは言えません。適切な処置を施せば、取り除く事はできます」

 

 その言葉に、俺は自然と息を吐く。もう取り返しがつかないと言われたらどうしようもなかったが、治るのであればまだ希望は繋がっていると言える。

 

「して、その方法は?」

「まず大前提として、竜の血や体液を浴びない事。それにドレミコードの皆さんの浄化の旋律も有効と言えば有効ですが……他にはどんな事があるかしら……何分、こういった例は初めてで……」

 

 ミューゼシアが尋ねると、ナサリーは言葉を選びながら答える。そこでさらに、天老が続けた。

 

「となれば、その手の治療が得意のはあちらか?」

 

 そう言って天老が視線を向けたのは、部屋の棚に置かれているアロマのディフューザーだった。

 

◇ ◇ ◆ ◇

 

「おいしい……」

「ありがとう♪」

 

 天老の下へ行った翌日、俺とミューゼシアは狩猟者を連れて、今度はアロマの庭へと向かった。

 ミューゼシアが事前に話を通してくれたため、アロマのリーダー的存在であるマグノリアは、狩猟者を温かく迎え入れてくれた。そして、彼女が淹れたハーブティーを飲むと狩猟者の表情も和らぐ。

 

「事情はあらかた分かったわ。その子の中にある竜の力を解毒……でいいのかしら? とにかく取り除くためのアロマを調合してほしい、と」

「はい。お願いできますでしょうか」

「お安い御用よ。なんたってお得意様なんだもの」

 

 俺としてもかなり難しい案件だとは思ったが、マグノリアは全く悩んだり迷ったりしない。お得意様、という事はドレミコードも長い事贔屓にしているらしい。

 そんなマグノリアの言葉に、ミューゼシアは頭を下げた。

 

「……面目ありません」

「気にしないで。ただ、特別なアロマだから調合にはちょっとだけ時間を貰うけれどね」

「時間と言うと……どれぐらいでしょうか?」

「1時間ってところね」

 

 片目を瞑って見せるマグノリア。それでも、特別仕立てのアロマをその程度の時間で調合できるのは、やはりその道のプロだからできる事だと思う。

 

「……あなたたちのアロマは、特別な力があるの?」

 

 ハーブティーのカップを両手に持ちながら、狩猟者が尋ねた。すると、マグノリアは「んー」と顎に人差し指を当てて考える。

 

「普通のアロマは違うわ。例えば、そちらのドレミ界の屋敷に置いてあるアロマは普通のものだけれど、今回のようにちょっと特別なものは、私たちの力を使う必要があるのよ」

 

 やはり彼女たち【アロマ】もデュエルモンスターだからか、非科学的な力も有しているらしい。

 

「あとー、そうね……ひとつ推測なんだけど」

「?」

 

 そこでマグノリアが付け加えた。

 

「私たちのアロマや、あなたたちドレミコードの旋律で浄化するのは確かに有効だけれど、人間らしい普通の事にも専念するといいと思う」

「普通の事?」

「難しい事じゃないわ。ただ日向ぼっこをしたり、お茶を嗜んだり、ゲームをしたり……私たちの世界でならガーデニングとかかしら?」

 

 狩猟者は今まで、竜を狩ってきたからそういった普通の人が過ごす日常のようなものを過ごしていなかったのかもしれない。だから、人間らしい生活を送るようになれば、より竜としての力が抜けるのも早まるという事だろう。

 

「……そういう事、したことがなくて」

「だからよ。それはドレミ界の皆が教えてくれるだろうから、あまり気負わなくても大丈夫じゃないかしら」

 

 マグノリアに言われて、狩猟者が俺とミューゼシアを見る。俺は勿論頷いたし、ミューゼシアも微笑む。それに付き合うぐらいならどうという事はない。

 狩猟者はまた一口ハーブティーを飲んで、頷いた。

 

◇ ◇ ◇ ◆

 

 それから少しの間、狩猟者はドレミ界の屋敷で暮らす事になった。

 けれど、俺のように時折誰かと一緒に外へ出たりはしない。自他の安全を考慮しての事だから仕方ないし、そこに狩猟者が不満を垂れる事はなかった。

 そして屋敷にいる間は、狩猟者には人間らしい生活を、との事だったので、屋敷では俺が普段行っている掃除を、少し手伝ってもらった。無論、病み上がりである事は考慮して仕事の采配をし、マグノリアに調合してもらったアロマも用意しながらだ。

 

「狩猟者さん、一緒にゲームしない?」

「ゲーム……ルールがあんまり分からなくて」

「簡単なのがあるからさ、やろやろ?」

 

 また、休養を取っているドレミコードが遊びに誘う事もある。特にファンシアは、ボードゲームやトランプと言った遊びに狩猟者を誘ってくれた。それでも、狩猟者はそう言ったものに疎いようで、まずはそこについて教える事から始まるのだが。

 そして、そういう時はいつも、近くで妖精体が楽器を奏でている。ナサリーのアドバイス通りだ。

 

「よろしければ、こちらの本をご覧になってください。面白いですから」

「ありがとう……」

 

 さらにエリーティアも、知見を広める、あるいは人間としての感受性を身に着けてもらおうとして、自分の本を貸していた。狩猟者が竜の力に侵されているせいで、文字の読み書きはできないのでは、と不安だったがそれも杞憂に終わってくれた。

 

「……いい曲だった。すごい、って……上手く褒められなくてごめん」

「大丈夫、十分伝わっているわ。ありがとう」

 

 そしてクーリアは、手が空いた時に狩猟者にピアノを弾いて聴かせた。人間的な感情を思い起こさせる事と、リラックスを目的としたもので、聴いていた狩猟者も穏やかな表情になっている。

 やはり妖精体だけでなく、ドレミコードの人間態が奏でる演奏は、特別な何かが宿っているかのようだ。

 

 

「では、食堂の掃き掃除をお願いしてもいいですか?」

「分かった」

 

 そしてその日も掃除を手伝ってもらおうとしたら、物言いたげな目を向けられているのに気付く。

 

「どうかされました?」

「……聞いておきたい事があって」

 

 掃除する具体的な場所や手順など、そういう事を聞きたいわけではなさそうだ。

 

「あなたは、外の世界からやってきて、ここに引き取られたって聞いた」

「……その通りです」

 

 転生したとか、そんな話はすべきではないだろう。

 

「私を助けたいって言ったのは……私があなたと同じで外から来たから?」

 

 不安そうな目で問われる。漂うアロマの香りが曖昧になってきた。

 

「……助けたいと思ったんですよ。純粋に」

「……」

「自分と同じだからっていう親近感で助けたつもりはありません」

 

 《竜角の狩猟者》の設定が悲惨だから、バスター・ブレイダーに引き渡すのは危険だから、怪我をしていたから。そういう背景は確かにあった。

 だけど、そんな事情全てをひっくるめて、俺は助けたかった。

 決して、ドレミ界に迷い込んだ同じ境遇の狩猟者に、シンパシーを感じたわけではない。

 

「……分かった」

 

 そう言って、狩猟者は食堂へ向かう。

 その際、少し見えた口は、笑っていた。

 

 

 そうして、ドレミ界に狩猟者がやってきてからおよそ3週間後の朝。

 

「今までありがとう。世話になった」

「どういたしまして。私たちも楽しかったわ」

 

 朝食をみんなで摂った後、屋敷の前で狩猟者がお辞儀をすると、クーリアは笑って握手をする。ここに来る前と比べると、狩猟者も言葉遣いがかなりスムーズになり、人間らしさが戻ってきていた。

 狩猟者は今日、ドレミ界を去る。ただし、ミューゼシアとエリーティア、そして俺は、彼女が元の世界に帰る際の付き添いだ。

 狩猟者が元居た世界を見つけたのはミューゼシア。詳細な方法は不明だが、グランドレミコードの力で様々な世界を見て、この狩猟者がいた痕跡のある世界を見つけたらしい。

 そして、その世界を見つけた翌日に、天老たちに改めて狩猟者を診てもらった。そして、狩猟者の中から竜の力がなくなっている事を確認してもらっている。

 ただ、蝕まれた記憶までは完全に取り戻せず、名前に限っては分からずじまいだ。

 

「また会えたらいいですね」

「その時は、私も何か手みやげを持ってくる事にする。色々迷惑をかけてしまったし」

 

 グレーシアの言葉に狩猟者も微笑む。果たして、隠された天上の世界であるドレミ界に、この狩猟者がまた来る事はあるのだろうか。

 

「……こう聞いてしまうのは何ですが、緊張……していますか?」

 

 ただ、キューティアが恐る恐る狩猟者に問いかけた。確かに、それは誰しも不安になるところである。

 竜の力が浄化されたのはいいが、それでも彼女の故郷は既になくなってしまっている。それを目の当たりにするのは怖くはないか、緊張しないか。あくまで付き添いの俺でさえ緊張しているのだから、狩猟者も同じではないだろうか。

 

「……正直言うと、少し怖い。だけど、いつまでもここにいるわけにはいかないから」

「……そうですか」

 

 この間と同じく、狩猟者もドレミ界におんぶにだっこでいるつもりはないようだ。この先どうなってしまうのかが不安だが、彼女の意思は固い。そうなると、もう背中を押す以外に俺たちにできる事はない。

 

「それじゃあ、皆。元気で」

「お姉さんもね」

 

 そうして狩猟者が踵を返すと、エンジェリアが手を振る。

 それを見て、ミューゼシアがタクトを振りゲートを開いた。

 

「……」

 

 だが、開いたゲートを見て狩猟者は足を止める。やはり口ではどう言っても、緊張する事に変わりはないらしい。

 

「大丈夫よ」

 

 けれど、ミューゼシアがその背中に手をそっと添えた。

 それを見てエリーティアは、狩猟者の空いている左手を優しく静かに握る。

 

「私たちがついていますから」

 

 エリーティアの言葉を聞き、さらに狩猟者は俺を見る。

 安心させたい気持ちはあるが、手を握るのも何だったので頷きを返す。俺に特別な力はないが、元の世界に戻ってどんな気持ちになっても、どんな言葉を告げでも、それを聞く覚悟はある。

 やがて決心がついたのか、狩猟者は一歩前に足を踏み出し、ゲートをくぐる。エリーティアが一緒に入り、ミューゼシアと俺は後から続く。

 その先にあった光景に。

 

「……あぁ」

 

 狩猟者は声を洩らした。かくいう俺自身も、息が詰まる。

 薄曇りの空の下に、村があった。周りは山や森に囲まれ、都市のような建物は見えない。現代日本とは全く違う、昔の日本か、異国の地にあるような感じの石造りと茅葺き屋根の家がほとんどだ。

 けれど、その家がどれも崩れており、中には何かに踏み潰されたような壊れ方をしているものもある。煙などは上がっておらず、それなりに時間が経っているらしい。

 

「あれは……っ」

 

 そして、そんな中に何かを見つけたらしきエリーティアは、言葉を失った。

 近くにある、やはり崩れた家屋。その壁には、狩猟者の鎧の背に刻まれているものと同じ、村章が刻まれていた。

 つまりこの村は、本当に狩猟者がいた村だった。

 バスターブレイダーの言葉は正しくて、俺が知ってる《竜角の狩猟者》のストーリーと同じで。

 もう滅んでしまっていた。

 

「本当に……なくなっちゃったんだ……」

 

 膝から崩れ落ち、狩猟者はぽつりと告げる。その声は、悲しみ以外の何も感じさせないようなものだった。

 蹲り丸まった背が震えている。

 手が悔しそうに湿った土を握り締めている。

 鼻を啜る音と嗚咽が聞こえる。

 

「……お姉ちゃん?」

 

 俺たちも知らない、女の子の声が聞こえた。

 見れば、崩れ落ちた建物の陰から、小学校低学年ぐらいの背丈の女の子が姿を見せている。その声は俺だけでなく、エリーティアとミューゼシア、そして狩猟者にも聞こえたようで、一斉にそちらを見た。

 すると。

 

「やっぱり!『ディアナ』お姉ちゃんだ!」

 

 女の子は、表情を明るくして、狩猟者へと駆け寄った。「ディアナ」という人の名前と思しきそれは、もしや狩猟者の名前なのだろうか。何分、デュエルモンスターズでは《竜角の狩猟者》というカード名だけで、本名らしきものはなかったから。

 そして狩猟者が体を起こすと、駆け寄った女の子を抱き留める。と言っても、抱きつかれたからそうしたというだけで、狩猟者も望んでそうしたのではないらしい。やや困惑した様子だ。

 そして気づけば、近くからは同じ集落の住人と思しき老婆や大人もやってきた。

 

「本当だ……! ディアナだ!」

「生きていたのね! よかった……」

 

 狩猟者――ディアナの姿を見て、誰もが安堵の表情を浮かべている。自然と、ドレミ界の住人である俺たちは一歩下がった。

 そして、傍らに膝をついた女性が、ディアナの肩に手を置く。

 

「バスター・ブレイダーって言う人から、あんたは竜を追って消息不明になったって聞いてたから、もしやと不安だったんだが……」

「無事だったんだねぇ……よかったよぉ……」

 

 そのバスター・ブレイダーの発言は、果たして集落の住人を傷つけない、少しでもショックを和らげるためのものだったのだろうか。真意は確かめようもないが、どうやらディアナが竜の住処を荒らしたせいで、その竜たちが集落を襲ったという事実は知らないらしい。

 

「あなたたちが彼女を……?」

「ええ、まあ……」

「そうでしたか……ありがとう……」

 

 そして、住人の一人の男性が、俺たちを見て尋ねてきた。エリーティアが答えると、深々と頭を下げてくれる。

 ディアナの身に何が起きたのか、そのすべてを詳しく話すべきではないだろう。何かの拍子に、巡り巡ってディアナの行動がこの村を滅ぼしたという事実を明かしてしまうかもしれないし――

 

「……ごめんなさい」

 

 その時、ディアナが突然謝った。

 誰もが、目をディアナへ向ける。見れば、ディアナはまた蹲っていた。

 

「何で謝るの? お姉ちゃん……」

「私のせいで……みんなを助けられなかった……」

 

 ディアナは……《竜角の狩猟者》は、村の人の怪我を治す竜角を狩っていた。けれど結果はこの通り、村ごと竜に滅ぼされてしまった。病人が助かったかどうかについては、この惨状を見るとプラスには考えにくい。

 

「私たちの……みんなの村も守れなかった! 竜の返り血を浴びたせいで、みんなの事も思い出せない! そんな私が、私のせいで……村が……みんなが危険な目に遭って……!」

 

 ディアナの言葉は途中から嗚咽に変わっていった。

 間接的に自分の行動が村を滅ぼしてしまった事は揺るがない。仮にもし、ディアナが襲った竜でなく、別の竜が自然災害のように襲ってきても、やはりそこにディアナがいなかった以上、同じ結果になってしまっていたのかもしれない。

 だから、後悔しているのだろう。村のみんなが自らの無事を願ってくれていたのが、尚更つらいのだろう。自分はそうされるに値しないと、ディアナは自身が思っているから。

 悲痛な思いに、辺りが水を打ったように静まり返る。

 そんな中、一人の老婆がディアナに歩み寄ってきた。

 

「確かに、私たちの村はこの通りだ……。助からんかった人もいる」

「っ……」

「けど私たちは、無事だった人は、今は別の場所に移り住んでるんだ」

「え……?」

 

 老婆が、顔を上げたディアナの髪に手を添える。

 

「私たちの村が襲われた時、近くを警戒していたドラコニア国の騎兵が、バスター・ブレイダーって人と一緒に私たちを守ってくれてな。それでドラコニアの騎兵さんたちの計らいで、近くに新しい村を作ってそこに移住する事になったのさ」

「ああ。今は、こっちの村から何か使えるものがないかと、探しに戻ってきたところだよ」

 

 ドラコニア国という言葉は、デュエルモンスターで聞いた事がある。確か、《竜角の狩猟者》と同じ通常モンスターのペンデュラムモンスターだったと思う。《龍角の狩猟者》が通常ペンデュラムモンスターだったから、その繋がりでドラコニア国の事も多少は知っていた。

 

「確かに、元居た村がなくなったのはつらい。死んでしまった人を思うと胸が苦しい。新しい村での生活も、まだ先行きは分からん。あんたが私らの事をほとんど覚えてないっていうのも心が痛む」

「……」

「けどな……あんたが私たちのために、危険な竜との戦いに出てくれたのは知っている。そんな勇敢で、優しいあんたの事を、私たちはちゃんと覚えている。忘れるわけがない。だから、あんたが私らの事を覚えていなくても、帰って来てくれたのがすごく嬉しいんだ」

 

 労わるように老婆が頭を撫でると、ディアナがまた涙を零し始める。老婆の言葉は村の誰もが思っている事だと、みんなが穏やかな笑顔を浮かべているのを見て分かった。

 

「あんたはやれるだけの事を十分やった。それでどうしようもなかったんだから、仕方がない。そして、あんたが戻ってきてくれただけで充分だ。あんたまで死んだってわかったら、私たちはもうお先真っ暗だったよ」

 

 そう言って、老婆はディアナを優しく抱きしめた。

 

「……おかえり、ディアナ。よく頑張ったねぇ」

 

 そう言って、背中を優しく撫でると。

 さっきのような悲痛なものとは違う、子供のように声を上げてディアナは泣き出した。

 

「……」

 

 ふと隣を見ると、もらい泣きなのかエリーティアが涙を指で拭っている。ミューゼシアも涙腺に来ているのか、目頭を押さえていた。かくいう俺も、ちょっとだけ目元が熱い。

 

「さて、あなたたちにもお礼をしないとねえ」

 

 泣きじゃくるディアナの背を優しく叩きながら、老婆は俺たちの方を見た。

 

「ディアナを助けてくれて、ありがとうね」

「……いえ、私たちはできる限りの事をしたまでです」

 

 ミューゼシアは謙遜でも何でもない風に答える。俺とエリーティアも、頷いた。

 

「何かお礼の品でもあげたいところだけど……」

「大丈夫ですよ。お気持ちだけで」

 

 エリーティアが微笑む。その通りで、今もまだ老婆たちの方が大変な状況だ。お礼の品まで受け取るのは流石に悪い。

 すると、老婆に抱きしめられていたディアナが、ゆっくりと立ち上がってこちらを見る。泣いていたせいでまだ顔は赤いが、腕で涙を拭うと俺たちの前に歩いてきた。

 

「……改めて、お礼を言わせてほしい。本当にありがとう」

「どういたしまして」

「もう無茶してはいけませんよ」

 

 ミューゼシアがお辞儀をし、エリーティアも微笑む。

 俺は目礼を返すが、それに対してディアナは。

 

「……っ」

 

 不意に、俺の事を抱きしめてきた。鎧を着ているために、伝わる感触はごつごつしたものだが、唐突すぎて困惑する。

 

「……ありがとう。私を守ってくれて」

 

 それは、ディアナの身柄を賭けたバスター・ブレイダーとのデュエルの事だろうか。そう言われると、あのデュエルで俺が勝たなければ、今頃ディアナはどうなっていた事か。そして、村の人たちもどんな思いをしていたか。

 

「あなたが助けたいって言ってくれた事が、私は嬉しかった。もうどうしようもないって、絶望してた私を、あなたの言葉が少しだけ救ってくれた」

 

 思い出す。

 バスター・ブレイダーが告げた真実を聞いて、ディアナが放った絶叫を。

 そして俺が告げた、俺なりの考えを。今となっては感情任せに恥ずかしい事を言ってしまった気がするが、それでも本心だったのは確かだ。

 

「そしてあなたが、私を守ってくれたから、私はこうしてみんなの下へ帰る事ができた。本当に、ありがとう……」

 

 そうしてディアナは、俺から身体を離した。

 ……と思ったら、頬に生暖かくて少し湿った柔らかい何かの感触が、リップ音と一緒に伝わってくる。

 

「……え?」

「これはお礼」

 

 完全に身体を離したディアナは、微笑んだ。今まで見たものとは違う、邪気のない笑顔だった。しかしさっきの感触はまさかと思い、ミューゼシアたちを見る。そしたらエリーティアの顔は少し紅いし、ミューゼシアは微笑ましいものを見る目で俺を見ていた。さっきの感触の正体はもう理解せざるを得ない。

 

「また会いましょう。ミューゼシアさん、エリーティアさん、バトレアスさん」

「……お元気で」

 

 が、それでも憑き物が取れたようなディアナの笑顔を見ると、それも些細なものだと思えてしまう。

 だから俺とミューゼシア、エリーティアは、もう一度会釈をし、村の人たちに見送られながらドレミ界に戻った。

 

 

 木陰から様子を窺っていたその人物は、舌打ちをしてその場を去る。

 

「流石に、回りくどすぎたか」

 

 バスター・ブレイダーとの戦闘で傷ついていた、竜へと少しずつ変わりつつあった《竜角の狩猟者》。戦闘の隙を突き、狩猟者をドレミ界へ誘導し、さらにバスター・ブレイダーに場所を伝えて後を追わせた。

 それであわよくば、ドレミ界で戦闘させ、内部から弱体化できればと思ったがそれは難しかった。結果としてバスター・ブレイダーは退けられ、狩猟者も元の人間に戻ってしまったので、何の意味もない。

 ため息をつく。時間の無駄だ。

 ドレミ界の場所は、既に厳重に隠されている。同じ手は通用しない。

 

「……僕が直接やるしかないかな」

 

 その何某かは、それだけ呟いて異空間へと姿を消した。

 


 

《経験者》

 

狩猟者「ええと、エリーティア。この本も、貸してほしい。少し、興味がある」

エリーティア「あああっ! そ、それはダメです! そのぅ、今のあなたにはちょっと刺激が強いと言いますか!」

狩猟者「……? 分かった」

 

エリーティア「――という事があって。もうベッドの下とかに隠した方がいいのでしょうか……」

バトレアス「悪い事は言いませんからやめた方がいいですよ」

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