ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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今回はデュエル無し回です
予めご了承ください。


第29話:その時まで

 デュエルの決着はついた。クーリアが勝ったのだ。

 それは確かに嬉しいが、その過程に不思議な事が多くて、素直に喜べない。そう感じているのは皆も同じようで、ドレミコードの皆は誰もが息を呑んでいた。一言も、発していない。

 

「……おめでとう」

 

 そして、敗北してデュエルディスクを収納したミューゼシアは、クーリアに歩み寄ってそう告げた。クーリアもそれを受けて、デュエルディスクを仕舞い頭を下げる。

 

「まさか、自力でグランドレミコードの力を開花させるとは思わなかったけれど……」

「え?」

 

 言いながらミューゼシアが、クーリアの腰のあたりを指さす。クーリアは、促されてその場所を見る。どうやら、デュエルに集中しすぎて気づいていなかったらしい。

 ミューゼシアと同じで、ピアノの鍵盤のような模様の翼がクーリアの腰から生えている。デュエルで召喚された《グランドレミコード・クーリア》を想起させるが、クーリア自身のドレスは今までと同じものだ。グランドレミコード態も前世で重用していた俺としては、今のクーリアの姿は少しばかり違和感がある。

 

「それにあなたが使ったカード……あれもグランドレミコードによるものなのかしらね?」

「それは……」

 

 そのカードとは、最後のターンでクーリアが使った《ドレミコード・クレッシェンド》に他あるまい。あのカードは、【ドレミコード】を使っていた俺も聞いた事がなかったし、以前アロマの庭で使われた「特別なカード」と同じような雰囲気がした。

 だからあれは、ドレミコードの力で創られたカードと見て間違いないだろう。どうやって創り出されたのか俺には全く分からないし、クーリア自身も上手く説明ができないようだが。

 

「とはいえ、これでグランドレミコードの力を持つに足るという事は、証明されたわね」

 

 微笑みながら告げられた言葉に、クーリアは顔を上げる。

 もともと今回のデュエルは、クーリアがグランドレミコードの力を受け継ぐに相応しいかを見極めるものだった。結局クーリアは、自力でグランドレミコードの力を開花させたので、確かめるも何もないわけだが、素質は持っていたという事だ。

 その力が、器が、強さが証明されたのは俺も嬉しい。特に、前にクーリアを応援すると言ったのだから、それが実を結んだのが嬉しくないわけがない。

 

「……それは、確かにそうですが」

 

 だが、クーリアはそこで初めて、否定的なトーンになった。心の中で高ぶっていた感情が、急激に落ち着く。

 

「今のデュエルで、私は不甲斐ないところをいくつも見せてしまいました。私自身、まだグランドレミコードの使命を果たすには、相応しくないと思っています」

 

 クーリアの言葉は冷静なもので、それを聞くと少し残念な気持ちになってしまう。

 デュエルを観ている限りでは、クーリアは最善の手を取っていたように見えた。その策が裏目に出てしまい、大きなダメージを受ける羽目になってしまった場面も確かにあった。

 デュエルに絶対はないし、同じような局面は俺自身も経験している。だから、つらい気持ちや、反省すべきだと自分を律するのも分かる。けれど、それで自分を不甲斐ないとクーリアが評してしまうのは、悔しかった。

 かといって、最早俺の出しゃばる幕はない。クーリアがそうだと自分で思っているのなら、ここはそれを尊重すべきなのだろう。

 

「……グランドレミコードの使命は、ミューゼシア様が本当に必要だと思われた時に、拝命してください」

「……」

 

 そしてクーリアはこれまで以上に深く頭を下げる。ミューゼシアは押し黙り、他のドレミコードたちも神妙に、というよりも少し残念そうに様子を見ている。

 やがてミューゼシアは、その意志が固いのを改めて理解したかのように頷き、口を開く。

 

「……分かったわ」

 

 ミューゼシアが告げて、クーリアは「申し訳ありません」と言って頭を上げる。

 結果として、クーリアはグランドレミコードの力を得たものの、使命がまだ与えられないという、如何ともしがたい方針になってしまった。

 

◆ ◇

 

「せっかくだし、お昼はミューゼシア様も一緒にどうですか?」

「あっ、いいねそれ」

 

 ドレミ界に戻る間際、エンジェリアが告げた提案にファンシアが賛同した。

 デュエルが終わったのは昼間際。今日は「浄化」もないため、戻ったら全員で昼食の流れになるところだった。だけどこんな日は滅多にないだろうからと、エンジェリアは提案したのだ。

 それと、クーリアがグランドレミコードの使命を辞退したために、雰囲気は少し落ち気味だったのも俺は感じていた。それを払拭するために、エンジェリアはミューゼシアを誘い食事会を提案したのだ。今の状況を会社に置き換えると中々重苦しい空間になる事請け合いだろうが、ここは精霊界。無粋な口出しはすまい。

 

「……じゃあ、ご相伴に預かろうかしら」

 

 ミューゼシアが微笑んで承諾すると、他のドレミコードの皆も悪い気はしないらしく頷いた。

 そうしてドレミ界に戻り、料理当番は発起人のエンジェリア、手伝いに俺とエリーティアがあたる。作るのは、パスタがまだ余っているからとの事で、ミートボール付きのトマトパスタとシーザーサラダというイタリアンな献立になる。これで大皿に盛られたら、いつか見た映画の料理まんまだ。

 先にできあがったサラダから食堂に運ぶと、ミューゼシアとクーリアが話をしているところだった。と言っても、深刻そうな話ではなさそうな雰囲気だ。

 

「失礼します」

「あら、ありがとう」

 

 断りを入れて配膳を進める。普段ミューゼシアが食卓にいる事などないものだから、一動作にすごい緊張してしまう。

 

「ミューゼシア様、何か飲まれます?」

「じゃあ、コーヒーをもらおうかしら」

「バトレアス、お願いできる?」

「承知しました」

 

 未だ厨房で料理を作る自信が無いため、盛り付けと飲み物系は率先して担当している。おかげで、紅茶とコーヒーの腕は認められるようになった。

 

「あなたの言う通り、なかなか良く働いているわね」

「ええ、まったくです」

 

 後ろから聞こえてくる2人の会話は聞こえないふりをし、厨房に戻る。

 それからトラブルもなくパスタは仕上がり、コーヒーと紅茶(エンジェリアとエリーティアが所望した)も出来上がって、昼食の席は整った。

 

『いただきます』

 

 全員で挨拶をするが、俺は自然と、他の全員が一口食べるまで食べないようにしていた。仕える人より先に使用人が食べるのも無礼に当たると思うから。

 

「あら、おいしい」

 

 一口食べたミューゼシアの声が弾む。エリーティアがはにかんでいるのが見えた。

 

「お口に合ったようでよかったです」

 

 エンジェリアがにこにこ笑ってペコリと頭を下げ、自らも一口食べる。それを見計らって、俺も一口食べた。

 

「コーヒーも美味しいわ」

「恐縮です」

 

 さらにコーヒーの味も褒められたので、素直に頭を下げる。

 ふと、ミューゼシアは普段食事などどうしているのだろう、という疑問が浮かぶ。それを当人に聞く勇気はないが。

 

「私、普段は1人で済ましてしまうから、こうして皆で食べるのもいいものね」

 

 ミューゼシアがポツリと告げた。こちらの疑問を見透かしたのかどうかは知らないが、一緒に食べるのがいいというのは納得だ。一人暮らしだとうっすら寂しいが、たまに実家で家族と食べるご飯は楽しく感じるアレと同じだろう。

 

「でしたら、たまにでもこちらにいらしてはどうでしょう?」

 

 ビューティアが提案する。それは他の皆も歓迎しているようで、頷いたり微笑んだりしてその意思を示していた。俺としても異存はない。

 

「……そうね。なら、来る時は先に言うから、そうさせてもらおうかしら」

 

 そうミューゼシアが決めると、クーリアが「いつでも構いませんから」と付け加えた。

 さらにミューゼシアは、俺の方を見て。

 

「バトレアスの料理の腕にも期待しようかしら」

 

 ぎくりとする。昼食に限らず、料理に俺がほとんど関わっていない事はバレていた。かと言って、「人に振る舞える腕では」とか「料理下手なんで」と逃げるのは、俺を迎え入れると決めてくれた人の前で言うのもどうなのか。

 ファンシアとエンジェリアが、俺が困っている姿を見てくすくす笑っている。他人事だからって。

 

「……ご期待に添えられるよう、努力します」

 

 そんな無難な答えしか返せなかったが、満足そうにミューゼシアは笑う。

 だが、俺は他のドレミコードたちの期待まで背負ってしまったのを肌で感じた。

 

◇ ◆

 

 その後、昼食は和やかに進み、ミューゼシアと俺やドレミコードたちで会話をしつつ、時間は過ぎていく。改めて、ドレミコードは上下関係がなくて心地よいと思う。

 そして食後、改めて食事を作ってくれたお礼を告げて、ミューゼシアは天上界へと帰っていった。

 それを見送った後、俺はエンジェリア、エリーティアと食器を洗う。

 

「バトレアスさん、ミューゼシア様に期待されちゃったねえ」

 

 その最中、エンジェリアが楽しそうに話しかける。期待、というのは食事の話だろう。

 

「バトレアスさんは、お料理の方は……?」

「自炊していたので最低限だけ……人に食べてもらった事はありませんが」

 

 洗った食器をエリーティアに渡しながら、彼女の質問に答える。水仕事は率先して引き受けていた。

 

「味見係なら喜んで引き受けるよ〜」

「ありがたいです」

 

 エンジェリアの言葉にとりあえずは礼を言っておく。

 とりあえず、誰かが休養日の昼食辺りに作るべきか。できれば、俺に対して当たりが強いドリーミアのいる日以外で。

 そして食器洗いの後、厨房を出て自分の部屋に一度戻ろうとしたら。

 

「バトレアス」

 

 クーリアに呼び止められた。

 表情は、昼食に見せた朗らかな感じではない。

 

「どうかされましたか?」

「少し、話があるの」

 

 なんとなくだが、さっきのデュエルからして、そんな事になるだろうとは薄々思っていた。

 元々雑務をするつもりだったので断りはせず、クーリアのあとに続く。連れて来られたのは彼女の部屋だ。そのベッドには、クーリアの妖精体が寝転んでいる。着ている服は今朝と同じく通常のチョコレート色のものだった。

 

「掛けて大丈夫よ」

「失礼します……」

 

 ベッドに腰掛けるクーリアに促されて、机に向かっていた椅子を引き、クーリアと向かい合うように座る。

 そこでクーリアの妖精体が起き上がると、こちらの膝に飛んできて、猫のように体を丸めてまた眠りに就いてしまった。その仕草に、困惑しつつも可愛らしさをわずかに感じる。

 

「……本当、どうしてしまったんでしょうね」

「それについてなんだけど……」

 

 どうやらクーリアが呼び出したのは、この妖精体の事についてでもあるようだ。

 

「実は昨日ね、クルヌギアス様の下へ行ったのよ」

「それは……『浄化』ですか?」

「それと、あの人の前で演奏するのもね」

「……本当だったんですね」

 

 以前クルヌギアスがこのドレミ界に来た際に明らかにした、優雅な生活の一部。嘘ではなかったらしい。

 

「その時、クルヌギアス様と色々話をしたのよ。で、その中で、少し大切な話もした」

「大切な話?」

「ええ……」

 

 それを口にする前に、クーリアの表情が翳る。彼女としても、あまり気持ちのいい話ではないらしい。

 

「私たちドレミコードやクルヌギアス様と違って、バトレアス……あなたは人間。だから寿命が存在する」

「……」

「ゆえに、私たちはあなたと一緒の時間をずっと過ごす事ができない。別れの時は、近くはなくても必ず来る」

 

 なるほど、そう言う話か。

 だがそれに関する話は、考えもしなかったわけではない。前世から同じような話は身近にあったものだ。

 例えば、親。自分を産んでくれた事には感謝しているが、親はいずれ子供より先に死んでしまう。俺は例外になってしまったが、大人になり、親族の葬式にも出た事で、家族の「死」というものを考える機会は確実に増えた。いや、親に限らず友達や親しい人間のそれについて考えると、孤独感に苛まれる。

 それは、俺が精霊界に転生しても無関係な話とはなっていない。やはり俺はまだ人間だから、デュエルモンスターズの精霊であるクーリアたちとは生命のシステムが全く違う。

 話を聞くに、クーリアたちに寿命の概念は存在しないのだろう。であれば、このまま健康に生きていても100年待たずに、俺は皆とお別れだ。

 

「多分だけど、その子はその話を聞いて、怖くなっちゃったんだと思う。だから今日、あなたにつきっきりだったのかもしれないわ」

 

 クーリアは慈しむような目で、俺の膝の上で眠る妖精体を見ている。

 そしてそれが聞こえたのか、妖精体は目を閉じたまま、俺の服の袖を握った。それこそ、その時を恐れているかのように。

 

「……でも俺は、何かこの子に強く思われるような事はしていないと思いますけどね」

「クルヌギアス様の件で、私を庇った。それだけで十分よ」

 

 グレーシアの妖精体の時も思ったが、妖精体は人間体との間に見えないつながりがあるらしい。そのつながりを通し、人間体が経験した事が妖精体の行動原理に反映されているのかもしれない。

 けれど確かに、クルヌギアスの件ではクーリアの妖精体がバイオリンを弾いて、俺を助けてくれた。その時の表情も、安心していたようだった気がする。

 

「……そして、その子に関係するかもしれない事で、もう一つ」

 

 するとクーリアは、傍らに置いてあるデュエルディスクから、1枚のカードを抜き取って俺に差し出してくる。それは、ミューゼシアとのデュエルで発現した《ドレミコード・クレッシェンド》だ。

 

「このカードは、推測だけれど……私のグランドレミコードの力で創られものではないと思う」

「え?」

 

 カードから視線を上げると、クーリアもまだ結論が出ていないのか、顎に指をあてながら考える仕草を取った。

 

「確かに私はデュエル中に、グランドレミコードの力を開花した。けれど今思うに、私の中で明らかな変化が生じたのは、その妖精体のバイオリンを聞いた時だった」

 

 クーリアの妖精体は、膝の上でもぞもぞと身体を動かす。けれど、まだ起きる気配はない。

 

「普通、妖精体は私たちの指揮がなければ演奏する事はない。けれどどういうわけか、その子は単独で演奏を始めたでしょう? 何か、そうなるような兆候なんかはなかったかしら?」

 

 それは、この妖精体がずっと俺の傍にいたから、何かの変化にも気付いたかもしれないという推測によるものだろう。

 そして俺は、その変化について心当たりがある。

 

「……実はデュエル中、妖精体が俺の事を見てきたんです。それで、まるで何かを望んでいるように、俺の事を見てきて……」

「で、あなたは何かをその子に望んだの?」

「……クーリア様に勝ってほしい、と。クーリア様の力になりたいと」

 

 そう告げると、クーリアの目がわずかに見開かれる。

 だけどそれで話は終わりではない。

 

「そしたら妖精体が俺に手を差し出してきて……俺はその手を握り返しました。そして願いを頭の中に思い浮かべたら、手の感覚がなくなって、妖精体が演奏を始めたんです」

 

 今は普通にその手を動かせる。けれどその時こそ、「何かあった」と断言できる瞬間だ。

 それを受けてクーリアは、こくりと頷く。

 

「……つまりその子は、あなたの願いを聞き入れて、あなたのエネルギーとも言える何かを借りて、ドレミコードの力を使ったと」

 

 手を握っただけで考えが読めるのか、と思ったが今更だ。

 そして、力を吸い取られるなんて事が今までなかったため、あの感覚がそうなのかも分からない。けれど、普段ドレミコードの人間体が指揮しなければできない演奏を、俺の力で肩代わりする事で自力で演奏できるようになったと考えるのが、一番妥当かもしれない。

 そしてそれこそが、クーリアが新しいカードを創り上げたきっかけ。

 それに関連するかもしれない事象が、俺の記憶にひとつある。

 

「……以前、アロマの庭で別の転生者とデュエルをした際、その人物は『他に存在しない唯一のカード』を使いました」

 

 俺と同じ、人間界からデュエルモンスターズの精霊界に転生した少女・ラベンダー。彼女は、《導きの風》と《アロマリージ-ストエカス・ラベンダー》という、独自に作り上げた2枚のカードを所持していた。

 

「それをどうやって作ったのかは、分かりませんでした。方法を聞いても、他人に簡単に勧められるものではない、と」

「……もしかしたら、その転生者もデュエルモンスターズの精霊界にいる存在……例えばアロマの皆から力を受け継いで創り上げたのかもしれない、と言うことかしら?」

「その可能性が」

 

 この世界には元々存在しない、外から転生した人間。そしてデュエルモンスターズの精霊。その2つの力が合わさった時、新しい力がイレギュラー的な感じで生まれるのか。

 自分で言っていて何だが、もうこの精霊界ではそういう事が起こりうるという前提で話した方がいいのかもしれない。

 

「……であれば、その転生者たちの言葉も正しいのかもしれないわ。あなたは、その妖精体に願って手を握った際、手の感覚を失ったのよね」

「ええ。と言っても、一時的にですが」

「もしかしたら、生命活動を維持できないほどの力を失っていた可能性だって考えられる。なら、『簡単に他人に勧められる方法ではない』という言葉も分かるわ」

 

 カナンガたちは、その時の事を知っていたからそう言っていたわけか。今になってようやくそれを理解できた。ただ、その際に傍で話を聞いていたローズマリーがなぜ顔を赤くしていたのかはまだ解せないが。

 

「……でもそれなら、私たちドレミコードの力を受けてデュエルをしているあなたにも、そういうカードが新たに作られてもおかしくはないはずだけれど」

 

 精霊界へ転生してから、デュエル中に2度ほどドレミコードの演奏を聞いて持ち直した記憶がある。その時も確かに、ドレミコードの演奏で自分の心が安定し、さらには大きな精神的ダメージをも回復してきた。

 けれど今まで、俺はそういった新しいカードを手にした事はない。

 

「まだ俺には、それに耐えうる力がないって事ですかね」

「……それは分からないわ」

 

 少しの間をおいてクーリアは答えてくれた。俺は別に、否定してほしくてそんな言葉を投げたつもりはない。いくら転生して、色々なデュエルをしてきても、自分は人間だと十分に理解している。特別な力があるとは到底思えない。

 それに、是が非でも新しいカードを手にしたいとも思っていないので、何が何でも力を手に入れたいという上昇志向も持ってはいないから、ひとまずは今のままで十分だ。

 

「それと最後に」

 

 さらにクーリアは、姿勢を正して俺に向き合う。

 

「……あなたは私がグランドレミコードに相応しいって言ってくれたけれど……。まあ、今回はちょっとまだ自信が持てなくて。こうなっちゃったわ。あなたに励まされたのに、ごめんなさい」

「いえ……謝る事は」

 

 俺は確かに、クーリアがグランドレミコードに値すると思って、そう以前言った。

 それでも、最後にどうするかはクーリア自身が決める事。俺は強制できないし、本人が納得できないというのであれば、それはもう仕方がない。それで謝られるのも筋が違うというものだ。

 

「ですが、結果的に自力で成れたのだからよいのではないでしょうか……?」

「……かも、しれないわね」

 

 窮地に陥った事で、クーリアの中に眠っていたグランドレミコードの力が覚醒した。そうなれる器だった事は、喜ばしい事のはずだ。それでもクーリアは、完璧ではなかった事が惜しいらしく、反応は乏しい。

 となれば、俺がやるべきはクーリアを過ぎた事を慰めるより、決めた事について応援する事だ。

 

「もし、デュエルで鍛錬をお望みであれば、いつでも言ってください。力になりますから」

 

 ドレミ界にいる限り俺のデッキは【ドレミコード】しかない。けれど、構築は少し違えど基となるカードは同じだからこそ、アドバイスなり練習相手ならは務まると思う。キューティアにも同じような事をしたから、苦でもない。

 

「後は些細な事ですが、お茶ぐらいならいつでも淹れます」

 

 温かい飲み物とは素晴らしいもので、リラックス効果がかなり期待できる。最近になって、俺の腕もグレーシアやミューゼシアから評価されるようになってきたので、それに関しては卑下しない。そして、クーリアの負担を微々たる量でも軽くできるかもしれなかった。

 

「……ありがとう」

 

 その気持ちが少しだけでも届いたのか、クーリアは笑ってくれた。

 

 クーリアがバトレアスに話したい事は、グランドレミコードの事、妖精体の事、そして新しいカードの事だ。

 話し終えたところで妖精体は目を覚まし、クーリアの下に戻る。どうやら寂しさはまぎれたようだ。下がって良いと告げるとバトレアスは部屋を出るが、その際に妖精体が手を振って見送った。微笑ましい。

 

「あなたは、意外と甘えんぼさんなのね」

 

 バトレアスが部屋を出た後、クーリアは妖精体の頭を撫でる。目を細める妖精体に、クーリアは心が温まるのを感じつつ、ビューティアがよくやるように妖精体を胸に抱く。

 そして部屋の外を見る。ドレミ界の空は今日も綺麗なピンク色だ。

 

「……」

 

 一度妖精体を離し、デュエルディスクに収めていたデッキを取り出す。

 やはり改めて調べても、《ドレミコード・クレッシェンド》以外で変わったカードはない。

 自力でグランドレミコードの力を開花させたのはともかくとして、バトレアスの願いが、妖精体を通してクーリアが新しいカードを創るきっかけになったというのは、夢にも思っていなかった。

 そしてそれがなければ、クーリアはミューゼシアに負けていたとも思っている。グランドレミコードの力を自力で解放したとしても、新しいカードを創り上げたのはその力ではない。だから、最後にドローしたカードにもよるだろうが、クーリアの勝機は限りなく薄かっただろう。

 そういう点もあって、クーリアは自分ひとりの力であのデュエルに勝利できたと思わない。だからこそ、グランドレミコードの使命を担うには至らないとミューゼシアに告げたのだ。

 

(……バトレアスには、悪いけれど)

 

 それを本人の目の前で言えば、まず間違いなくバトレアスは気にするはずだ。

 だが、彼もまさか自分の願いがきっかけで新しいカードが生まれるとは思っていなかっただろう。だからバトレアスを責める事はできないし、ずっと自分の胸にしまっておくつもりである。

 そして、《ドレミコード・クレッシェンド》を手にしたのとはまた違う、グランドレミコードの力を開花した事。

 それについても、バトレアスが関係しているのではないかと思う。

 と言っても、それに限っては彼が何かをしたとかそういう話ではない。むしろクーリアの内面的な意味で関係している事だ。

 あの時、グランドレミコードの力が宿ったと思われるタイミングは、その《ドレミコード・クレッシェンド》をドローする直前。あの時確かに、自分の中で明確に何かが変わった気はした。

 それはきっと、妖精体の演奏を聞いたから、だけではない。妖精体の旋律は、あくまできっかけを作るに過ぎないのだから。その妖精体の旋律がバトレアスの中の力を糧に、願いを乗せたものであったとしても、それは変わらない。

 だがそのきっかけによって、クーリアの心の中に留まっていた感情が動き出した。

 自分を応援してくれていたバトレアスの事を思うと、まさしく自分の心は高揚し、体中に不安や恐れとは違う感じで力が入り、胸は高鳴った。

 その「感情」を糧に、グランドレミコードの力は芽吹いた。

 そうさせるほどのこの感情の正体は。

 

――お前は天使で、あやつは人間。同じ時間を永遠に過ごせるとは努々思うなよ

 

 クルヌギアスの忠告が蘇る。妖精体に寂しさや怖さを抱かせた言葉。

 それについてクーリアも、まったく怖くないと言えば嘘になる。仲間になり、親しくなり、短くない時間を過ごした人との別れはつらいものだ。ましてやそれが、自然の摂理によるどうしようもないものだとすれば、一層悲しくなる。自分たちが人間とは違うからこそ、なおさら。

 けれど今、それを恐れているのは、クーリアがバトレアスの事を「大切に思っているから」という理由だけで説明はできない。その「大切」の意味合いが、これまでとは大きく変わってしまっていた。

 

「私は……」

 

 

 部屋に一旦戻り、机に置いていたデッキを手に取る。中身を見てみるが、やはり【ドレミコード】だ。そして、クーリアが手にしたカードのような、俺の知り得ないカードは入っていない。

 

「新しいデッキ、組むか……」

 

 ドレミ界の外に持ち出したら、この【ドレミコード】は俺が前世で使っていたランダムなデッキ――紙・データを問わない――に変わってしまう。そんな不確定要素を避けるため、だけでなく、さっき言ったようにクーリアの力になるためだ。

 デュエルの相手ぐらいはいくらでも引き受けるが、同じデッキ相手ではいずれ練習にならなくなるだろう。それに、キューティアからもたまに教えを請われるため、彼女のためでもある。

 しかし、新しいデッキを作るとして、またクーリアの部屋にある倉庫からカードを見繕って作るか、それとも別の方法でカードを入手するか。それが問題だ。

 どうしたものか考えながらデッキを見ていると、ある事に気づく。

 デッキのミューゼシアのカード。イラストが少し変わっていて、こちらに向かって手を振る構図は変わらないが、片目を瞑り、より楽しげな笑顔になっている。3枚とも、そうなっていた。

 そして。

 

「……そうか」

 

 1枚だけ、新しいカードが加わっている。

 それは、《グランドレミコード・クーリア》だった。




これにて2章は終了となります
次章は現在執筆していますので、もう少々お待ちいただければと思います。
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