第3章を投稿してまいります。
今回はデュエル無し回です。
また、取り上げるテーマ的にキャラ崩壊も少々ありますので、ご了承ください。
第30話:おかしくなるほど美味しい料理
ドレミコードの服装は、「浄化」の際には各々必ずドレスを着用する。それは俺が使用する「ドレミコード」のカードのイラストと同じ、華やかさと可愛らしさを両立させるフォーマルなものだ。
けれどそれ以外の場合……休日に外出する時や、休養で屋敷に滞在する時などは、普通の私服で過ごしている。あくまで男性目線で評するなら、誰もが「育ちの良さが感じられるコーディネート」をちゃんと着こなすのだ。
けれど今、この場にいる計9人のドレミコードは、「浄化」でないにも関わらず全員が正装のドレスだ。そんな皆に付き従う俺もまた、私服ではなく従者として着用する際のスーツ。もっと言えば、「浄化」や迷宮姫の時のような誰かの依頼でもないのに、ドレミ界の外に全員揃って出張る事も初めてだ。
「……ここが」
目の前の建物を見上げたキューティアは、緊張しているらしい。俺も同じだ。
ここはドレミ界ではない別の世界、ヨーロッパ風の街を見下ろす小高い丘の上だ。街や住宅地から少し離れているため、聞こえてくるのは自然の音だけ。実に静かだ。
そこにひっそりと建つ、青いの屋根の屋敷。規模はドレミ界の屋敷や天老の洋館よりも小ぶりな2階建て。しかし入り口にはガーデンアーチがかかり、生垣が周りを囲んでいて、気品を感じられる。さらに、玄関であろう正面の扉の上には、デュエルモンスターズの文字で店名と思しき単語が掲げられている。
「中々、良さげな場所ですね」
グレーシアの言葉は尤もだが、雰囲気が今までとはまた別の感じで近寄りがたく、俺の緊張感は増すばかりだ。
すると、正面の扉が開き、ひとりの女性が姿を現す。藍色のコックコート、腰にはチェックのパレオを巻き、背中からコウモリのような黒っぽい小さな翼を生やしている。金色の髪をゆったりと右肩から胸の前に垂らし、薄く青い色の瞳はドレミコードたちを前にしても揺らいでいない。
その女性は、恭しくお腹の前に手を添えて腰を折り、挨拶をする。
「皆様、本日はようこそ、
ポワソニエル、と名乗った女性は頭を上げるとにこりと微笑んだ。
今まで、何度かドレミコードへの依頼で相手方の下へ行った事がある俺でも、ここまで丁寧で、しかもこちらをもてなす気全開の挨拶は受けた事がない。今日のこちらの立場が完全に客である事を考えても、丁寧さは段違いだ。それだけこの店……「À Table」が洗練された場所であると理解させられる。
そんな俺は兎も角、近くにいるドリーミアやファンシア、キューティアもこの手の歓待を受ける経験は乏しいようで、ポワソニエルの挨拶に対して曖昧な笑顔を浮かべていた。
「皆様がこちらにいらっしゃるひと時の間、日常を忘れ、未知なる味にその身を存分に委ね、心行くまで楽しまれるよう、誠心誠意努めて参ります。何なりとお申し付けくださいませ」
「……出迎えて頂き、感謝いたします」
何か企んでいるような気配が微塵もない、滔々と告げられるポワソニエルの言葉に、ミューゼシアは微笑んで言葉を返す。クーリアとビューティアも同様に、小さく笑うだけだ。俺としてはそこまで懇切丁寧な挨拶は受けた事がないので、口を真一文字に閉じて会釈をする以外ないが。
それからポワソニエルに促され、全員で「À Table」へと足を踏み入れる。ミューゼシアからクーリア、ビューティア、エンジェリアと、デュエルモンスターのレベルの順に入っていき、俺は一番最後尾だ。そうして俺が最後に入るまでポワソニエルは扉を開けており、俺とすれ違う際にもにこりと笑ってくれる。
まさか、こんな事になるとは。
「ヌーベルズ」というデュエルモンスターのカテゴリは知っている。【ドレミコード】や【ラビュリンス】【六花】と同じ、デッキビルドパック初出のテーマで、戦術の核に儀式モンスターが据えられている。
モチーフはコース料理。料理を模した儀式モンスターを次々呼び出して相手を翻弄するという、非常に珍しい動きをする。
そしてこの「ヌーベルズ」は、「あるモンスター」を名指しで指定しているところから、ちょっとした話題を呼んだ。
今俺たちが来ているのは、その「ヌーベルズ」が経営しているという料理店。この「À Table」もデュエルモンスターズではフィールド魔法カードとして確かに存在する。実際にカードとして存在するフィールド魔法の地に足を踏み入れるのは、《アロマガーデン》以来だ。
「お客様、よろしいでしょうか」
「あ、はい」
綺麗に整えられた廊下を通り、別の扉の前まで来たところで、ポワソニエル――つまり《ポワソニエル・ド・ヌーベルズ》――は俺に話しかけてきた。
「お食事の場には、デッキとデュエルディスクの持ち込みを固く禁じておりまして」
「ああ……すみません」
言われて俺は、万が一のために腰につけていたデュエルディスクを外す。それを受け取ったポワソニエルは、扉のすぐそばにある鍵付きのタンス――かなり高級感ある設えだ――に丁寧に仕舞い、ダイヤル式の鍵をかけた。料理の場にこの手のものを持ち込ませないとは、かなり徹底している。前世で言えばスマートフォンやタブレットを持ち込ませない感じか。
「では、どうぞ」
そしてポワソニエルは、扉を開けた。
《
部屋の中央の長テーブルに用意されている席、食器類はきっちり10人分。赤いテーブルクロス、中央の花瓶、優しく小さな火が灯る蝋燭の燭台は、いずれも場の空気に優雅さを添えている。
そんな席で、席次があるかどうかは分からなかったが、ミューゼシアは一番奥、上座に座った。それから皆が座り始め、俺は下座に当たる一番ドアに近い席に座る。最終的に、ミューゼシアの隣にクーリア、ビューティア、エンジェリア、グレーシア。ミューゼシアの正面はファンシア、その隣にエリーティア、ドリーミア、キューティア、最後にその隣が俺という席順になった。
「……本当に、自分が同席してもよろしかったのでしょうか」
ポワソニエルが飲み物を用意すると言って一度退室したところで、そんな疑問が口を突いて出てくる。
雰囲気で言えば、ドレミコードの天使はともかく、俺は明らかに浮いていた。服装で取り繕っても、一般人が来ていい場所ではないとバカでも分かる場所。百歩譲って、従者としての付き添いでなら来てもいいだろうが、食事を共にするのは流石に段階が違う。
「言ったでしょう? これは祝いの席だもの、ドレミ界の皆がいなければね」
けれどミューゼシアがそう告げて、他のドレミコードたちも頷いてくれる。俺をドレミ界の一員と認めてくれているのは嬉しいが、今回ばかりはその言葉を素直に受け止めきれない。場の雰囲気が、俺の中のプレッシャーを5割増しにしていた。
今回、ここで全員揃って会食をする事になったのは、クーリアがグランドレミコードの力を開花させた事へのお祝いだ。発案はミューゼシアで、グランドレミコードの力を宿す事、新しい力を得た事は祝うべきものであると、ドレミコードの全員で「ヌーベルズ」での食事会が執り行われる事になった。
併せて、俺がドレミ界に来て1年ほどになるため、その記念という事もあるらしい。それを聞いた瞬間に、俺は自分の頭の中を「クーリアのついで」という言葉で塗りつぶした。でなければ、畏れ多すぎて心が形を保てそうになかったから。
だから、俺の同席はその話が出た時点で確定していた。
しかし俺も、二つ返事でよろしくお願いしますとは勿論言っていない。遠慮は当然したものの、クーリアの強い要望があって同席する事になったのだ。
「さて、それじゃ……」
飲み物が届き、全員がグラスを持つ。ビューティア、クーリア、ミューゼシアはシャンパン的な発泡酒、俺を含めた他はオレンジジュースだ。
そして、乾杯の音頭を取るのはミューゼシア。ポワソニエルが再び部屋を出て、他に誰もいない事を確認してから口を開く。
「まずは、皆が常日頃から各々の使命を全うしてくれた事に感謝を。未だ多くの世界は『浄化』を必要とし、また不穏な勢力も現れ、今後も苦労が絶えない事でしょう」
不穏な勢力、とはやはり例の侵略者の事だろう。あれのせいで傷ついた人を、俺も何人も見てきた。それを思うと胸が痛む。
「けれど嬉しい事に、クーリアは新たな力を宿し、新たな仲間も私たちの力になってくれて実に頼もしい」
そう言ってミューゼシアは、俺を見た。俺の事を言っているのか。他のドレミコードからも視線を向けられて、頭を下げざるを得ない。
「これから先、皆の益々の健康と発展を願って……乾杯」
『かんぱい!』
全員でグラスを掲げてまずは一口飲む。
それを見計らってか、丁度いいタイミングでポワソニエルが料理を運んできた。いや、ポワソニエルだけではなく、しっかりと給仕用のスーツを着た《サイクロプス》もいる。アニメオリジナルのストーリーとは言え、ヒロインを(文字通り)煮て食べようとしたモンスターを給仕にするのはどうなのだろう。しかも全員爽やかな笑顔なのが余計怖い。
そして、最後尾に続く紫色の髪の女性は見覚えがある。そして俺が声をかけるよりも早く、その人はこちらに気づいた。
「あら、あなたは……以前私のお店にいらしてましたね」
「あ、やっぱり」
紫の髪、腰から白い翼を生やすその人物は、《
「バトレアス。知り合いなの?」
「ええ。以前、こちらの方のお店でケーキを」
「クーベルと申します。よろしくお願いしますね~」
「あら、それはどうも……」
事情を知らないクーリアや他のドレミコードに自己紹介するクーベルだが、そこでクーリアの笑顔が僅かにひきつった。クーベルのケーキを食べた結果あのような事態になってしまったのだから、複雑な気持ちになってしまうのも無理はない。そして、そんな事情を知らないクーベルはにこにこと笑顔を浮かべていた。
そうしている間にも、ポワソニエルと《サイクロプス》、そしてクーベルが、銀の蓋が被せられた皿を俺たち全員の前にを音もなく置いていく。
そして、皿に被せられた銀の蓋を取ると、露わになったのは薄い黄色のソースがかかった魚の切り身。付け合わせの野菜もあるが、この切り身は見覚えがある。
「前菜、『暗黒界産サーモンのカルパッチョ』でございます」
「おお……」
「暗黒界の海は波が強く、そこに生息するサーモンは身が引き締まり、味も抜群なものです。どうぞ、ご賞味ください」
料理の説明を聞き、ドリーミアが興味深そうに頷く。他のドレミコードたちも、表情が綻んでいた。
一方で俺は、少し思うところがある。
まず第一に、こういう高級料理店で食事をした事が俺はない。前世でも仕事の付き合いで飲み会や食事会などはあったが、こんな格式高そうな店は公私ともに未経験。テーブルマナーは、エリーティアから本を借りて事前に調べてきたが、論語読みの論語知らずで恥を晒す可能性が非常に高い。
また、この料理を作っているのがデュエルモンスターである事も気になる。
以前、デュエルモンスターのクーベルが作ったケーキが、クーリアに悪影響(とは言い過ぎかもしれないが)を及ぼしたのは覚えていた。そして、この「À Table」はデュエルモンスターが運営する料理店で、しかも「ヌーベルズ」のテーマは「料理」そのもの。何かしらの影響があるのでは、という不安もあった。
「おいしそー」
「それじゃあ、いただきましょうか」
そんな俺の不安をよそに、エンジェリアとビューティアが早速サーモンの一切れにフォークを伸ばす。
不安が未だに拭えないが、出された食べ物を無碍にするのは、頂く側にあるまじき行為。やむを得ず、俺も一番外側のフォークを手にし、カルパッチョの一切れをフォークでさらう。
「……いただきます」
少しばかり不安を抱きつつも、それを口に含むと。
「……ん゛っ」
変な声が出た。
「ど、どうしました?」
「お口に合いませんでしたか?」
取り繕えなかったそれに、隣に座るキューティア、正面の席に着くグレーシアが声をかけてくる。
だが、それに対して俺は首を横に振った。
「……大丈夫です。ちょっと、びっくりするくらい美味しくて」
嘘ではない。このカルパッチョはすごく美味しい。
いや、美味し
「ん、おいし!」
「これは、確かに……」
同じく一口食べたファンシアが声を弾ませ、エリーティアも声に嬉しさがにじみ出ている。
サーモンの味には力強くも上品な甘さがあり、オリーブオイルのようで微妙に違う調味料の酸味も仄かに感じる。
しかし味だけでなく、口に含んだ瞬間に奇妙な感覚が頭に走り、胃袋がひっくり返ったような感覚までした。ただ美味しい料理を食べただけで、こんな状態に陥る事などないはずだが。
「……喜んでもらえたみたいでよかったわ」
そんな感じで、前菜を食べてよい反応を皆がしたのを見て、ミューゼシアが微笑みながら自らも一口カルパッチョを食べる。
思えば、同席できているとは言え、仕える主君より先に料理に手を付けるのはマナー違反だっただろうか。
するとそこで、エリーティアがミューゼシアに話しかけた。
「ミューゼシア様は、こちらにいらした事が?」
「いえ、私も初めてなの。けど、世界を『見ている』際に偶然見つけてね」
ミューゼシアは普段、各世界で淀みを測り、それに応じて浄化の旋律を作る。その過程で、こうした名所を見つけるのだそうだ。何も自分の使命を全うするだけでなく、個人的に興味を持ったものにも意識を向けているのを知って少し安心した。ずっと張りつめている感じでは、グランドレミコードであっても心配になる。
「けれど、どうやって予約を? 自分たちは……」
「まぁ、身元はある程度伏せてね。ドレミ界の存在や、私たちの力は知られていないわ」
やはり、そこについても考えていたらしい。この場に来るのは「浄化」とは関係がない、プライベートのようなものだから、ドレミコードの存在を隠してコンタクトを取った。偽ったわけではないものの、罪悪感も僅かながらに感じる。
「……んふ」
その時、妙な笑い声が聞こえた。
と思ったら、その声の正体はクーリア。カルパッチョを食べたのだろう、フォークを口に含んだまま、嬉しそうに笑っている。
「……あ、ごめんなさい」
そして視線を集めている事に気づき、居住まいを正す。ドレミ界の屋敷では、いくら美味しくても食事中にそんなリアクションを明らかには見せなかったものだ。
「いいのよ、今日は貴女のお祝いでもあるのだから」
それでも、ミューゼシアは笑ってクーリアの肩に手を置く。
その通り、今日のメインはクーリアのお祝いだ。美味しい料理を食べて感情を露にする事に、何の躊躇いがあるというのか。他のドレミコードもミューゼシアの言葉に頷いている。
そこでクーリアが俺の方を見てくるが、構わないという意図を込めて頷きを返す。
それでクーリアも、微笑んでくれた。
◆ ◇
前菜のカルパッチョを食べ終えて、少し経った後。
再びポワソニエルが、クーベルと数人のサイクロプスを連れてやって来た。次なる料理を携えて。
「スープをお持ちしました。本日は、
「ほう……」
目の前に置かれた、ムール貝やエビが入ったトマトベースのスープを前に、ビューティアが感心したように目を開ける。ブイヤベースは煮込み料理ではと思ったものの、「風」と付いていたからそれでいいだろう。
俺の目の前にも、その皿は置かれた。しかし、蓋が開いた直後、料理から立つ湯気が小さなドラゴンのような形を作る。そのシルエットは見覚えがあった。
「わっ、すごい!」
それは俺の皿だけではなかったのか、エンジェリアも楽しそうに声を上げた。いきなり声を上げるのはどうなのか、と少し思ったものの、料理を出したポワソニエルはにこにこ笑っている。
「こちら、かつて存在していたと言われる大都市『アトランティス』があったとされる伝説の残る海域付近で獲れた魚介類を使用しておりまして」
「アトランティス……」
「そちらで獲れたものを召し上がると、神秘的な力を宿すと言われております。どうぞ、お楽しみください」
全員に料理が行き届いたところで、ポワソニエルとサイクロプスたちが再び退室する。
《伝説のアトランティス》もデュエルモンスターのカードとして存在する。効果の処理――というよりテキストの扱い――が特殊なカードで、デュエリストの初心者は困惑する代物だ。
けれど、この世界ではそう言った伝説も、日本神話やローマ神話みたいな感じで普通に語り継がれ、さらには伝説どころか実際にあったに違いない。その近海で獲れた魚介類を使っているというのであれば、さっきの湯気のシルエットも説明がつきそうな気がする。
「うは……おいし……」
そして先にスープを飲んだドリーミアが、悦を隠そうともしない声を上げた。
「えぇ、ちょ……美味しすぎるよこれ」
「本当……これは中々……」
エンジェリア、そしてエリーティアも一口飲み、口元を押さえて目を見開いている。何となく、反応がさっきよりも生き生きとしている気がした。
そんな反応を見て、今度は全員が一口食べたのを見計らってから、俺も一口スープを啜ってみた。
「……ふはあ」
やはり美味しい。トマトの酸味もさる事ながら魚介の出汁が食道を勢いよく通り過ぎ、身体の中に否が応でも熱を与えてくる。変に腹に力が入ってしまうが、それでも料理を食べる手が止められず、ムール貝やエビも口に運ぶ。これもやはり美味いしい。
そして食べ進めていくうちに、何だか頭の中に靄がかかってきたような感覚がしてきた。悪い気分ではないが、何か違和感を覚えてしまったので、オレンジジュースではなく水を飲む。
「美味しいですねぇ、バトレアスさぁん」
すると、隣に座るキューティアがにこにこ笑いながら話しかけてきた。普段の屈託のない笑顔ではなく、「ほにゃあ」とした感じの緩んだ笑顔だ。
「ええ、そうですね」
「すごいですねぇ、こんな料理があったなんてぇ」
何だろう、今のキューティアを見ていると不安になる。やはりデュエルモンスターが作る料理だからなのか。
不安になり、周りを見てみると。
「いや、ほんとすごい美味しいわね。何なのコレ」
「すごいです……私、料理を食べて泣きそうになったの初めてで……」
「うふぁ、美味しかったなぁ~これ何杯でもイケちゃうよ」
ドリーミアは食べるペースが上がっており、エリーティアは本当に感動しているのか眼鏡をずらして目頭を押さえていた。ファンシアは、スープまでぺろりと平らげていた。
「ふふっ、ふふふ……本当、美味しいですね♪」
「いいなー、えへへっ。うちでも作れたらなあ~。あっはは」
俺の正面に座るグレーシア、見た事もないような晴れやかな笑顔だ。美味しすぎて表情筋が緩むのを我慢できないのか。その隣に座るエンジェリアは、何故か言葉の端々に笑いが洩れている。
「すごいわねー、本当に美味しいわねー」
「……」
「……そうね、とても美味しい」
ビューティアは普段よりも間延びした声になっているし、クーリアは黙りこくっている。ミューゼシアも目がとろんとしてきていた。
何となく、空気がおかしくなり始めている。やはりデュエルモンスターが作ったからなのか、それともアトランティスの力によるものなのか。だとしたらアトランティスは本当にあったんだ! すごいや、《アトランティスの戦士》はうそつきじゃなかったんだ!
「……いかん」
思考が変になりかけた。それに自分でどうにか気づき、水を飲んで頭を落ち着かせる。やはりデュエルモンスターの力が作用しているからだろうか。
机の端に置かれたベルを見る。それを鳴らせば、スタッフを呼ぶ事ができるらしい。この状況、人を呼ぶべきかどうか迷ったが、まだ誰も体調不良になったり錯乱しているようではない。まだ、人を呼ぶのは早計と言えるだろう。
ともかく、次はメインディッシュ。それで様子が本格的におかしくなったら、流石に人を呼ぶべきだ。
◇ ◆
スープの皿が下げられるのと交代に、口直しとしてリンゴのソルベが提供された。これに限っては普通のシャーベットらしく、食べて気分がハイになったり意味不明な思考回路が構築されたりもしない。安心して食べられる。
「あ、これ美味しいですね」
「頑張れば屋敷でも作れるかしら?」
「いやいや、これもきっと何か超絶テクニックが使われてるのかも」
さっきは言葉遣いがおぼつかなかったキューティアや、やけに間延びした話し方だったビューティア、発言の節々に笑いが漏れていたエンジェリアは普段の調子に戻っている。他の皆も落ち着いていたので、少し安心した。
それからソルベを傍らに少しの間談笑していると、再びポワソにエルたちが次の料理を運んできた。
「『春化粧の郷で育ったフォアグラのソテー』でございます。幻界風のソースと共に、是非お召し上がりください」
ポワソニエルたちが運んできたのは肉料理。
フォアグラなんて高級食材、ドレミ界の屋敷では勿論、前世でも食べた事はない。そして添えられている『幻界風ソース』だが、デミグラスソースに近い色合いながらも、妙なキラキラとしたエフェクトが散っている。とても綺麗で魅力的だが、逆に恐ろしささえも感じてしまう。
他のドレミコードたちが食べ始めたのを見て、俺も緊張しながら一切れを小さく切り取って食べてみる。
ところが。
「っ!?」
食べた瞬間に、強烈なボディブローを喰らったような衝撃に襲われる。
味は、やはり美味しい。だが、物理的に殴られたような感覚までする料理など食べた事がない。おかげで味がどうとかそんな感想が思い浮かばず、ただ「美味い」という感想しか浮かんでこない。そして二口目を食べるのは少し時間を置いた方が良いと直感で判断した。
すると。
「バトレアスさん! これ! すっごく美味しいです!」
「え、ええ……そうですね」
隣に座るキューティアが、溌剌とした声で感想を述べてきた。シイタケみたいに目が光っているのが気になるものの、美味しい点には同意だ。まさか、食べただけで身体に物理的な衝撃が走ったなんて感想は言えないが。
「この美味しさ、まるで宇宙です!」
「はい?」
「宇宙って、完璧じゃないですか。この料理もそうなんです、味も見た目も素晴らしくて、まさしく宇宙! それに身体を包み込むこの温かさ、さながらアンドロメダの銀河の如し! このソースもまるでアルファ星のような優しさと輝きを放っていて――」
キューティアは完全に料理にやられていた。普段言わないような小難しい話をつらつらと話し始める。
「なァンなのよォこの料理はァ!」
次に聞こえる強い声はドリーミアのもの。味覚は人によりけり、ドリーミアの口には合わなかったのだろうか。
「美味しすぎるンですけどォ! なーンなンですかァ!?」
癇癪を起しながら食べていた。感情の整合性が取れなくなっているあたり、ドリーミアも落ちているらしい。
「えぐっ、へぶぁ……美味しいぃです……すごく、すごい美味しいですよぉぉぉ……」
エリーティアは滂沱の如く涙を流しながら食べ進めている。さっき涙腺が緩みかけたようだが、ついに抑えが効かなくなったようだ。
「ぐ・・・・っ、が・・・・っ! 美味すぎる・・・・・・・っ、悪魔的だ・・・・っ、こんなの・・・・・・っ!」
ファンシアはフォークをガチガチと齧りながら、腹の底から絞り出すような声を出していた。心なしか、どこかのギャンブルマンガみたく顎と鼻が尖っているように見える。
「ふんんんんぬうううう……」
「あっははははははははっ! ちょ、グレーシア! それ女の子って言うか人の顔がやっちゃダメな顔だってー! あっひゃははははははははは!!」
俺の正面に座るグレーシアは、フォークをテーブルに置き、頭を押さえながら顔を横に向けている。その顔がどんなものかを見ているらしきエンジェリアは、笑い声のオクターブが普段より一段高い気がした。
するとその時、ガタンという音と共に、テーブルが揺れる。幸い、飲み物がこぼれたり火のついた蝋燭の燭台が倒れる事はなかったものの、何が原因かと思えばそれはビューティアによるものだった。工事現場で見る機械みたいに小刻みに震えている。
「ビューティア様、大丈夫ですか!?」
「だだだだいだいだい丈夫ぶぶぶぶよよよよ」
大丈夫じゃなさそうだ。まさか、ビューティアほどの上級モンスターまで料理にやられるなんて。
そして、そんなビューティアの隣に座っているであろうクーリアはどうなってしまっているのか。見たくない気がするが状況を確かめるために見るしかない。
「あれ、クーリア様……?」
けれど、クーリアがいた席は空いていた。フォアグラが運ばれてきた時は確かにいたのに、いつの間にかお手洗いにでも行ったのだろうか。
「……」
そして、さらにその隣の席に座るミューゼシアは、こんな状況でもナイフとフォークを持ち、一言も発さず目を閉じている。味に集中しているのか、微動だにしない。流石はグランドレミコード、この程度の料理には屈しないという事か。
と思った矢先、ミューゼシアの手からナイフとフォークが落ちる。終いには、がくんと項垂れてしまった。
(気絶してる!?)
よもや、料理が美味過ぎて死ぬとまではいかずとも、気絶してしまう人(正確に言えば人ではないが)がいるとは思わなかった。精霊界で何でも起きるとは言え、限度というものが欲しい。
ともかく、こうして明らかな異常事態になった以上、最早人を呼ばない理由もない。だから、テーブルの上に置いてあるベルに手を伸ばそうとした。
「バトレアスぅ~」
だが、甘ったるい声が聞こえたと思った直後、首筋に当たるマシュマロの如く何か柔らかい感触。何者かに後ろから抱き着かれてしまったせいで、腕を伸ばせなくなった。
「……クーリア様?」
「そうよぉ~」
振り向こうにも、首を動かしたら確実に顔面がその柔らかい「それ」に当たる。だから振り返らずに声だけで確認してみるが、やはりそうだった。しかも声的に、彼女も料理にやられているの明らか。
しかし次の瞬間には、椅子ごと体の向きを反転させられ、クーリアと正面から向かい合う格好となった。
「ね~え~、バトレアス~」
改めてクーリアの顔を見てみる。目が据わっているうえに、顔が赤い。そして発言はかなりふわふわ。しかもあろう事か、俺の膝に座ってきたうえに首に腕を回してくる。猛烈に嫌な予感しかしない。
「ちゅー、して?」
案の定だ。よりにもよって、豹変してほしくない人が一番面倒な形で豹変していやがる。
「クーリア様、落ち着いて――」
「落ち着いていますぅー。私はいつも落ち着いているんですぅー」
「いや、その言い方は全然――」
「いいから~、ね? しよ~?」
だが、俺の言葉など毛の先ほども響かずにクーリアはどんどん距離を詰めてくる。
ただでさえ美人に至近距離で話しかけられるのも慣れていないのに、こん状況は冗談じゃない。男なら誰もが憧れるシチュエーションと言えばそうかもしれないが、心の準備ができないまま当事者になるというのは、精神的な苦痛だ。
たまらず、周りを見て誰かが助けてくれないかと一縷の希望に縋ってみた。
超新星爆発について語るキューティア。体育座りで膝を叩きながら歌い出したドリーミア。泣きすぎてとてもお見せできない顔のエリーティア。ぐにゃあと輪郭が歪んでいるファンシア。ロックバンドよろしく頭をシェイクするグレーシア。笑いすぎて過呼吸気味なエンジェリア。メトロノームみたいに身体が左右に揺れているビューティア。依然として気絶したままのミューゼシア。
希望など幻想に過ぎなかった。
「だーめ」
そしたら今度は、俺の顔が両手で挟まれて強制的に視線をクーリアへと固定させられた。
「お願いだからぁ、私だけを見て~?」
そして目を閉じて、どんどん距離を縮めてくるクーリア。
非常に柔らかそうな唇は魅力的だが、こんな場所と状況でキスなど御免被りたい。第一、ファーストキスさえまだな身としては、初めてがこんななのは別の意味で忘れがたい思い出になってしまう。
しかしながら、膝の上に座られ、顔を両手で固定され、身体がほぼ密着している状態では最早逃げ場がない。
甘い香りの吐息が感じられるほどに距離が詰まり、辞世の句でも詠むべきかと諦めかけたところで。
「……う」
クーリアが突如、俺に体を預けてきた。間一髪、唇同士が触れる事はなく、その顔は右肩に不時着する。どうやら、気を失ってしまったらしい。
「失礼。少々妙な空気を感じたので入らせていただきましたが……余計なお世話でしたでしょうか?」
そして、クーリアの背後にはいつの間にかポワソニエルが立っていた。しかも右手を手刀みたいな感じで構えていて、彼女が助けてくれた(?)のだと理解する。
「……いえ、ありがとうございます」
ポワソニエルの介入は、荒療治かもしれないが助かった。あのまま最後までいったら、俺は兎に角クーリアも傷ついてしまうだろうから。
とりあえず、気を失ってしまったそのクーリアを、俺の席に座らせておく。他のドレミコードたちは、やはり俺とクーリアの間に起きかけた事に気付いていないらしい。完全に料理に呑まれてしまっていた。
「皆さん、ここの料理を食べるとこうなってしまうんですよね」
慣れた事のように言ったのはクーベル。彼女は過呼吸に陥ったエンジェリアの背中を擦って介抱しており、落ち着いたエンジェリアはそのまま眠りに就いてしまった。
「お口に合わなかったのでしょうか……」
「いえ、皆さんとても喜ばれておりましたよ」
不安そうなポワソニエルだが、それは違う。今となっては見る影もないが、ドレミコードの皆は「美味しい」と言っていたのだ。かくいう俺自身も、ここで出された料理はどれも美味しいと感じている。
「それより、他のお客様のご迷惑になっておりませんでしょうか……? その、少し騒がしくしてしまって」
「それにつきましてはご安心を。本日来店されたのは、皆さまだけですから」
「そうでしたか」
「ええ。当館は1日一組限定となっております故」
ドレミコードの皆が豹変してしまった事で、外に迷惑が掛かっていないか不安だったが、それなら安心だ。いや、皆がおかしくなってしまったのは安心できないのだが。
「ここは、皆さんがほんの僅かな間でも日常の疲れを癒し、味わった事のない至上の味を楽しんでいただき、思い思いに過ごしていただくための特別な場所ですから」
にこっと微笑むポワソニエル。そう言えば、ここに来た時も同じような事を話してくれた。
彼女たちも、悪意があってあのような料理を作ったわけではない。日常から切り離されたこの場所で、美味しい料理を食べてゆっくりしてほしいという願いを込めて、徹底したサービスを提供してくれている。そのために、全身全霊を懸けてここにいるのだろう。
「……料理、すごく美味しいです。新感覚って言うか、食べた事がない、味わった事がない感じで」
だから俺も、自然と料理の感想を自分なりに、拙くても伝える事にした。作ってくれた人への礼儀として。
それを聞き、ポワソニエルは頭を下げ、クーベルも微笑んだ。
「ありがたきお言葉を頂きました。あなた様の感想を胸に、我々は今後も味の頂点を極めて参ります」
そう言ってポワソニエルは、傍にいるクーベルを手で示す。
「後ほど、シェフが改めて伺います。そしてデザートは彼女の手掛けたケーキをご用意しておりますので、最後までお楽しみください」
クーベルがぺこりと頭を下げる。
シェフ、とは多分「ヌーベルズ」カードに度々写る男だろう。ポワソニエルだけでなく、彼とも話ができるのは純粋にうれしい。
そしてデザートの味については多分問題はないだろう。前にドレミ界にお土産として持ち帰って、皆に食べてもらった際には、特段おかしくなるようなことはなかった。クーリアは肥えてしまったが。
そして俺は、クーベルのケーキをまだ味わった事がない。是非とも食べてみたいところだが、今のドレミコードの皆の惨状的には無理だろう。
「ありがとうございます。けれど、皆さんが落ち着くまで少し待っていただけると……」
しかし、俺のその願いは聞き入れられなかった。
ポワソニエルが言葉を返す前に、部屋の屋根が崩れ落ちたからだ。