■■ LP4000 手札1
【モンスターゾーン】
ドドレミコード・キューティア ATK1200 レベル1
ファドレミコード・ファンシア ATK2400 レベル4
ドドレミコード・クーリア ATK3100 レベル8
【ペンデュラムゾーン】
右∶シドレミコード・ビューティア スケール2
左∶レドレミコード・ドリーミア スケール7
【魔法&罠ゾーン】
カード無し
【フィールドゾーン】
ドレミコード・ハルモニア
ミューゼシア LP4000 手札1
【モンスターゾーン】
マスター・ヒュペリオン ATK3000 レベル8
【魔法&罠ゾーン】
神の居城−ヴァルハラ
パーシアスの神域(天空の聖域)
《マスター・ヒュペリオン》のイラストは、戦った事はないが一度見た事がある。イラストは太陽系の星が全て胸の前にあるのだから、目の前にいるのは縮小されたものだろう。けれど、こちらを震え上がらせるには十分な巨大さだ。
「《マスター・ヒュペリオン》の効果を発動。1ターンに1度、墓地の天使族・光属性モンスター1体を除外し、フィールドのカード1枚を破壊する!」
魔法陣が出現し、その中からクリスティアのカードが消滅した。
「私はクリスティアを除外して、《ドレミコード・ハルモニア》を破壊!」
瞬間、《マスター・ヒュペリオン》の衣が輝いたかと思うと、空に広がっていた環状の五線譜や、ふわふわと浮かぶ音符などが砕け散り、その破片が雪のように降ってくる。
毎ターンのエクストラデッキからの『ドレミコード』の回収、ペンデュラムスケールの上昇、そして条件付きのカードの破壊。これら全てが可能な、このデッキの核ともいえるフィールド魔法が先んじて破壊されるのは仕方なかった。
「この破壊効果は、私の場に《天空の聖域》が存在する場合、1ターンに2回使用できる」
「……しまった!」
「よって私は、墓地の《ジェルエンデュオ》を除外し、再び《マスター・ヒュペリオン》の効果を発動! 今度はクーリアを破壊する!」
《ジェルエンデュオ》のカードが除外されると、再び《マスター・ヒュペリオン》の衣が光り輝く。今更ながら、前のターンにクーリアの効果で《パーシアスの神域》の効果も無効にすべきだったと後悔した。
直後、クーリアの周りを赤いオーラが覆ったかと思うと、苦しそうに身をよじらせ始める。
『くっ……うぅ……』
「クーリア!」
名を叫んでも状況は好転せず、クーリアは苦しそうな声を漏らしながら消滅してしまった。
効果を無効にする効果が厄介なクーリアを狙ったのも、当然と言える。だが、自分の判断ミスでエースモンスターを守れないのは、デュエリストとしてつらかった。
「バトル! 《マスター・ヒュペリオン》で、キューティアを攻撃! シャイニング・オブ・マジェスティ!!」
《マスター・ヒュペリオン》がゆっくりと右腕を天に掲げる。あまりにも巨大なゆえ、全ての動作がゆっくりに見えてしまうのだ。そして天に掲げた右手に巨大な火球が宿ったかと思うと、それはキューティアに向かって落ちてくる。
「キューティア、ごめん……!」
キューティアは怯えの表情をこちらに向けてくるが、火球に焼かれてしまった。
「熱っ……!?」
そして、落下した火球から感じる熱は、昨今の温暖化による猛暑などとは比べ物にならない。まさに文字通り、身を焼くかのような熱さだ。
■■ LP4000→2200
「キューティアがいなくなった事で、貴方のファンシアの攻撃力は元に戻る」
ファドレミコード・ファンシア
ATK2400→1900
「そして私は、カードを1枚伏せてターンエンド」
「……俺のターン、ドロー!」
不甲斐ないプレイングで2体もモンスターを失ったのが悔やまれる。
そしてドローしたのは《レドレミコード・ドリーミア》。今、ペンデュラムゾーンの最小スケールはビューティアの2。ペンデュラム召喚はできないが、ドリーミアは自身の効果で特殊召喚ができるから完全な手詰まりではない。
だが、それだけではまだ足りない。
ここは、ファンシアの効果でまた別の「ドレミコード」をエクストラデッキに加えるしかなかった。
「俺は、ファンシアの効果を発動――」
「罠カード《無限泡影》を発動! ファンシアの効果をこのターン無効にする!」
「げっ……!?」
「そして、セットされているこのカードを発動した場合、さらにこのターン、このカードと同じ縦列の相手の魔法・罠カードの効果も無効にする!」
ファンシアがタクトを振ろうとしたところで、足元から水色の炎が燃え上がり、彼女を構築する全てが灰色に染まってしまう。
そして《無限泡影》が発動したのは、こちらから見て一番右端のゾーン。つまり、右側のペンデュラムゾーンに置かれているビューティアの効果も無効になってしまった。とはいえ、ビューティアのペンデュラム効果は「ドレミコード」のペンデュラム召喚を無効化させない効果。今の戦略的にさほど問題はないのだが、心情的には悔しかった。
「……俺のペンデュラムゾーンに『ドレミコード』が存在する事で、手札の《レドレミコード・ドリーミア》の効果を発動。このカードを特殊召喚!」
レドレミコード・ドリーミア
DEF400→700 レベル2
今もペンデュラムゾーンの光の柱の中にいる、ドリーミアと同じモンスターが出現する。胸の前で腕を交差し、跪いた状態だが、同じモンスターがフィールドに2体存在するというのは実際に見ると何ともシュールだ。
「さらにファンシアを守備表示に変更して、ターンエンド」
ファドレミコード・ファンシア
ATK1900→DEF700
ファンシアもまた跪く。
結局、できたのは防御を固めただけだ。前の自分のターンの行動が至らないせいで、自分のモンスターを壁にするしかないのはやりきれない。
「私のターン、ドロー。私は魔法カード《強欲で貪欲な壺》を発動。デッキの上から10枚を裏側で除外し、新たに2枚ドローする!」
10枚ものデッキを再利用しにくい裏側で除外する、キーカードさえも除外しかねないハイリスクハイリターンなカード。それを使ったという事は、ミューゼシアも攻め手に欠けているのかもしれない。ドローしたカードが気になるが。
「魔法カード《アドバンスドロー》を発動。私のフィールドのレベル8以上のモンスター1体、《マスター・ヒュペリオン》をリリースし、さらに2枚ドローする」
「またドローを……」
ミューゼシアの背後に聳えていた《マスター・ヒュペリオン》の巨体が一瞬で消滅し、景色が開ける。
1ターンで2枚ものドローソースを引けるのは、デュエリストとして羨ましい。とはいえ、今のところ絶対的な火力を有している《マスター・ヒュペリオン》をリリースしてまで手札を補充するとは、どういうつもりだろうか。
だが、すぐに狙いに気づいた。
「私のフィールドにモンスターが存在しない事により、《神の居城-ヴァルハラ》の効果を発動! 手札から《
出現したのは、青い鎧に翼のような装飾が施された、ケンタウロスみたく半身が獣の騎士だ。
天空騎士パーシアス
ATK1900→2200 レベル5
「さらに魔法カード《死者蘇生》発動! 墓地より《マスター・ヒュペリオン》を特殊召喚する!」
「な……っ!」
先ほどフィールドから姿を消した、巨大な天使が再びフィールドに影を落とす。
ドローソースが2枚に、《死者蘇生》という万能な蘇生札まで引き寄せられているとは。ミューゼシアのドロー力には驚かざるを得ない。
きっと、《強欲で貪欲な壺》でドローしたのは《死者蘇生》と《アドバンスドロー》だ。だから、唯一のモンスターである《マスター・ヒュペリオン》をリリースしてでも手札を補充するという、大胆な手に出られた。
マスター・ヒュペリオン
ATK2700→3000 レベル8
「バトルよ。まずは《マスター・ヒュペリオン》で、ファンシアを攻撃!」
掲げた右手から火球が放たれる。守備表示のファンシアが、直撃の寸前目を閉じているのが見えた。怖がっているのだろう、その姿に胸が痛む。
「ぐっ……!」
そして、守備表示モンスターが破壊され戦闘ダメージが発生しないにもかかわらず、熱はすさまじい。肌を焦がすかのようだ。
「続いてパーシアスでドリーミアを攻撃!」
パーシアスが剣を構えると、ドリーミアが身構える。
「パーシアスは守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が上回っていれば、その数値だけ戦闘ダメージを与える!」
「!?」
《パーシアスの神域》の効果で、天使族であるドリーミアも攻撃力と守備力が300ずつアップしているので、今のドリーミアの攻撃力は900、守備力は700。たった200の差だが、劣勢な以上その差は大きい。守備表示にしてしまった事で、逆に自分のダメージを増やしてしまった。
そうこうしている内に、パーシアスの剣がドリーミアを容赦なく袈裟斬りにする。目を塞ぎたくなる光景だった。
「ぐあああ……!」
■■ LP2200→700
そして衝撃波が襲い掛かり、後ろに吹き飛ばされる。侵略者とのデュエルで受けた傷の痛みが、少しばかり蘇ってきた。
「パーシアスが戦闘で相手にダメージを与えた事により、私はカードを1枚ドローする。そしてカードを2枚伏せて、ターンエンドよ」
地面に背を付けた俺を気にも留めず、淡々とターンを終えたミューゼシア。デュエル前に語ったように、本当は受け入れたいと思っているのだろうが、本気で俺の事を確かめるためにデュエルには容赦がない。
何とか立ち上がり、状況を確認する。
仮初の防御は脆くも1ターンで崩れ去った。そしてパーシアスが場に出た事で、同じように守備モンスターでの時間稼ぎもできなくなる。次のドローで何かしら挽回するカードを引けなければ、恐らくは負けだ。
「俺のターン、ドロー!」
いいカードが来てほしい、と願いつつドローしたのは、2枚目の《シドレミコード・ビューティア》。
今セッティングされているペンデュラムスケールは2と7だから、レベル7のビューティアはペンデュラム召喚できない。しかも、ドリーミアのように自分で特殊召喚できる効果も持っていない。
つまり、今の状況で引いたのはまずい。このままではエクストラデッキからファンシアをペンデュラム召喚するしかない。だが、攻撃力で勝るモンスターはいないし、守備表示でもパーシアスの貫通攻撃がある。
となると。
(もうこれしかないか……)
それは初手の5枚にあったが、発動条件を満たせず腐っていたカード。しかし、さっきのターンに「ドレミコード」が2体エクストラデッキに加わっているため、発動そのものは可能だった。とはいえ、使う事で発生するデメリットが今の状況では痛い。それでも、何もしなければ負けてしまう。
「俺は魔法カード《金満な壺》を発動。自分の墓地またはエクストラデッキの表側のペンデュラムモンスターを合計3体選んでデッキに戻し、2枚ドローする。ただしこのターン、俺はペンデュラム召喚以外の特殊召喚ができない」
デッキに戻すのは、今ペンデュラム召喚できないキューティア、ドリーミア、クーリアの3体。エクストラデッキからそれらを取り出し、デッキに戻すと自動でシャッフルされる。後はドローするだけだ。
基本的にアドバンテージを得ることが多い「壺」シリーズで、《金満な壺》は墓地に行ってしまったペンデュラムモンスターも回収できる。このデッキは蘇生札をほとんど投入していないし、「ドレミコード」はペンデュラム召喚以外の特殊召喚にそこまで依存しない。だから、デメリットも多少は目を瞑る事ができる。
それでもやはり、発動したターンにペンデュラム召喚以外の特殊召喚ができないのは惜しい。特に、今のようなピンチでは尚更だ。
「……ふー」
デッキに指をかける。
自分には、どこかの名もなきファラオや社長のように、カードから伝わってくる鼓動や温もりだけで、何のカードか分かったりはしない。できるのは、良いカードが引けるように祈る事だけだ。
しかしながら、心の片隅で考えてしまった事が、悪魔の囁きのごとく頭の中に響く。
ここまで頑張ったんだし、もう充分じゃないか?
ミューゼシアは、このデュエルに勝敗は関係ないと言っていた。結果ではなく過程で判断すると。
正直、ここまで自分は精いっぱいやってきたつもりだ。ポカをやらかしたが、あの時はああするべきだと判断した結果だ。できる限りはやったと思う。それでどう判断されても、文句はない。
そこまで考えたところで、首を振る。
忘れてはならない。そういう軟弱な態度は相手に悟られやすい。
それに、ミューゼシアは「正直な気持ちは受け入れたい」と言っていた。その厚意に甘える形で最後に気を緩めるなど、失礼にもほどがある。
頭の中で増幅する悪魔の声を追い払い、デッキにかける指に力を籠める。
これが正真正銘、最後のドローだ。
「ドロー!」
ゆっくりと、ドローした2枚を確認した。
1枚目は、《ラドレミコード・エンジェリア》。
そして2枚目は……。
「……よし!」
逆転のカードが来てくれた事に、心から感謝する。
そして、このターンに勝負をつけなければ駄目だ。
「フィールド魔法《ドレミコード・ハルモニア》を発動!」
「2枚目を引き当てたのね」
再び発動する、音楽をモチーフとしたフィールド。ミューゼシアは、この局面でまた引けたことを称賛するかのように頷いている。
「ハルモニアの2つ目の効果を発動! ドリーミアのペンデュラムスケールを、そのレベル2つ分だけ上げる!」
レドレミコード・ドリーミア
スケール7→9
その時、天空に漂う音符や、環状に広がる五線譜が光り輝いたように見えたが、気のせいだろうか。
「これで、レベル3から8のモンスターが同時に召喚可能!」
ハルモニアには、まだエクストラデッキの「ドレミコード」を回収する効果がある。その効果でファンシアを手札に加えて召喚し、別の「ドレミコード」をエクストラデッキに加える事もできた。
しかし、ミューゼシアの伏せカード2枚が気になる。迂闊な動きは避け、最低限のカードで勝利を狙うべきだ。
「ペンデュラム召喚! エクストラデッキより、《ファドレミコード・ファンシア》! そして手札から、《ラドレミコード・エンジェリア》、《シドレミコード・ビューティア》!」
そしてフィールドに出現する3体の「ドレミコード」。皆の表情は、自身に満ち溢れているかのようだ。
ファドレミコード・ファンシア
ATK1600→1900 レベル4
ラドレミコード・エンジェリア
ATK2300→2600 レベル6
シドレミコード・ビューティア
ATK2500→2800 レベル7
「罠発動――」
そこで、ミューゼシアが伏せていたカードを発動しようとするが、そうは行かない。
「ペンデュラムゾーンにいるビューティアの効果で、俺の『ドレミコード』のペンデュラム召喚は無効化されない。さらにドリーミアのペンデュラム効果で、『ドレミコード』のペンデュラム召喚成功時に、相手は効果を発動できない!」
「!」
ミューゼシアは、カードを発動させようとした手を引っ込める。これもまた『ドレミコード』の強みのひとつで、ペンデュラムゾーンにこの2つの効果を持つ『ドレミコード』がいれば、ペンデュラム召喚は必ず成功するのだ。
「そしてハルモニアの3つ目の効果発動! 俺のフィールドにはスケールが奇数のファンシア、エンジェリア、ドリーミアがいる。よって《マスター・ヒュペリオン》を破壊!」
天上の五線譜が雷を帯び始めた。だが、そこでもうひとつ効果を発動させる。
「さらに、ビューティアの効果を発動! 1ターンに1度、フィールドのモンスター1体を対象とし、このターン中にそのモンスターがフィールドを離れた場合除外させる。俺が対象に選ぶのは《マスター・ヒュペリオン》!」
微笑んでいたビューティアの瞳が開くと、タクトを《マスター・ヒュペリオン》に向け、淡いグリーンの光を放つ。同時に、五線譜から降り注がれた雷が直撃し、《マスター・ヒュペリオン》は光の粒子となって虚無の渦に消え去った。
「バトル! エンジェリアでパーシアスを攻撃!」
エンジェリアがタクトを構える。
そこでまた、ミューゼシアがリバースカードを発動するような仕草を取った。
「エンジェリアの効果で、俺のペンデュラムゾーンに奇数のスケールが存在する場合、俺の『ドレミコード』ペンデュラムモンスターが攻撃する場合のダメージステップ終了時まで、相手は魔法・罠カードの効果を発動できない!」
先んじて断りを入れると、ミューゼシアは諦めたように笑った。恐らく、もう防ぐ手立てはないのだろう。
エンジェリアが放った、音符を纏うオレンジ色のエネルギー弾。パーシアスはどうにかそれを剣で防ごうとするが、剣がへし折られ、爆散してしまった。
エネルギー弾はミューゼシアに直撃こそしなかったものの、衝撃で風が巻き起こる。
ミューゼシア LP4000→3600
「ファンシアでダイレクトアタック!」
ファンシアがタクトを振るうと、炎を纏う八分音符が出現する。
だがそこで、今まで自分が受けてきた戦闘ダメージの状況を思い出す。《マスター・ヒュペリオン》の攻撃は、守備モンスターへの攻撃さえ身を焼くほどだったし、パーシアスの貫通攻撃でも衝撃は起きた。
であれば、こちらの直接攻撃もかなりの衝撃と痛みを伴うだろう。
だから、意味があるかは分からないが、直撃させないでほしいと頭の中で願う。すると、ファンシアが放った八分音符は、ミューゼシアの脇へ逸れると空の彼方まで舞い上がり、蒸発した。
ミューゼシア LP3600→1700
「ビューティアでダイレクトアタック!」
攻撃するのは初めてだったので、どんな形で攻撃するかは知らないが、それもミューゼシアには当たらないよう願う。
ビューティアがタクトを振り上げた。すると地面から、蛇の如き長大な連符がいくつも出現し、ミューゼシアへと襲い掛かる。けれどそれらはミューゼシアに当たらず、駅のホームで通過列車を間近に感じるように、直近を通り過ぎて風を起こすだけだった。
ミューゼシア LP1700→0
勝敗が決した事を知らせるブザーが鳴り、フィールドが元の世界に戻る。フィールドに出していたカードを回収してデッキに戻すと、デュエルディスクは収納された。
どうにか、勝てた。
「……お見事だったわ」
同じようにデュエルディスクを仕舞ったミューゼシアが、称賛の言葉と共にこちらへ歩み寄ってくる。
「こちらとしても、あと少しで勝てたのだけれどね」
そう言ってミューゼシアは、2枚のカードを見せてきた。
1枚は《神の警告》。2000ポイントのライフと引き換えに、モンスターの召喚・特殊召喚及びそれを含む効果の発動を無効にするカード。
もう1枚は《聖なるバリア-ミラーフォース-》。言わずと知れた、攻撃に反応して相手の攻撃表示モンスターを全滅させるカード。
どちらも、最後のターンにミューゼシアが伏せていたカードだろう。あの場でファンシアを手札に加えて召喚するプロセスを踏んでいたら、「ドレミコード」をペンデュラム召喚できていなかったら、エンジェリアがいなかったら、恐らく勝てなかった。
「……正直、ひやひやさせられました。あなたのドローがすごすぎて」
「ありがとう」
嘘偽りなく、ミューゼシアの引きは強かった。ドローカードを連続で引いたり、この2枚の強力な罠カードを仕込んだり。憶測だが、多分ターンを渡していたら確実に自分を負かすようなカードを引いていただろう。
「貴方、最後にドローする前に、勝負を諦めかけたわね?」
「……すみません」
「責めているわけではないわ。徹頭徹尾、最後まで勝負を捨てず、悪い結果を予想せず戦い抜ける人とは稀有なものだもの」
さすがは天使族、人間の考えはすぐ分かってしまうらしい。
ミューゼシアの言葉を聞いて、アニメの遊戯王の主人公たちを思い出す。圧倒的な力、絶望的な状況に、勝利を見失いかける事はあっても、最終的に勝負を投げ出した者はいなかったはずだ。自分がそんな主人公たちと同じだとは死んでも思えないが、諦めかけた事は自然な事と思っているようだ。
「けれど貴方は、自分を奮い立たせ、勝負から逃げず私に勝利した」
これは、自分についての最終的な評価が下される前置きだ。そう理解して、押し黙る。
「そしてデュエルの間、貴方は自らのモンスターである『ドレミコード』たちを、本当にそこにいるかのように捉えていた。ただの手駒ではなく、大切な仲間として扱っていた」
ソリッドビジョンもあるが、愛用しているモンスターたちがそこにいると思うと、前世の机の上でやっていたデュエルとは心持ちが全然違った。勿論、人間界でも自分のモンスターをただの捨て駒だとか、所詮はゲームだとかでぞんざいに扱ってはいなかったつもりだが。
「どうやらあなたは、真っ当な心を持っているようね」
そう言ってミューゼシアは微笑むと、右手を差し出してくる。
恐る恐る、同じ右手を差し出しすと手を握られる。握手をミューゼシアはしてくれた。
「あなたの事を、受け入れましょう」
そう言われて、自分は認められたとようやく理解できた。
自然と、握手している手に力が入ってしまう。自分の行いが評価された事が嬉しくて。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
それから握手を解くと、ミューゼシアはすいと右手を振る。すぐそばに、来た時と同じ光の楕円が現れた。
「さあ、行きなさい。皆が待っているわ」
自分は、できる事をしていただけだ。それで皆に迎えられるというのは、ひどく緊張する。
そしてゲートをくぐる直前、改めてミューゼシアの方を向く。
「……本当に、ありがとうございます。良いデュエルでした」
「ええ、こちらこそ」
にこっと、ミューゼシアは笑った。
見送られながら、光のゲートをくぐる。一瞬視界が眩むが、気づけばそこは先ほど見たのと同じ、ドレミコードの屋敷の一角にあるホールだ。
そしてそこには、クーリアだけでなく、キューティアやグレーシア、他のドレミコードたちがいた。そしてその誰もが、こちらを見ている。これだけの数の女性の視線を浴びるのは、学生時代にクラスであったプレゼンテーションぐらいなもので、耐性が失われかけており気後れする。
そんな中で、クーリアが一歩前へ出てくると、ミューゼシア同様に右手を差し出してきた。その右手を握り返して握手をするまでの時間は、先ほどよりも短い。
そしてクーリアは、優しく笑うと。
「改めて、ようこそ。ドレミ界へ」
◇ ◆ ◇
正式に受け入れてもらうと、まず最初にキューティアから屋敷を一通り案内させてもらった。
規模に関しては、やはり「城」と評した方が相応しいと思うレベルである。実際このような広い屋敷や城の内部を歩き回ったことがないため、部屋の多さや設備の整い具合が、どんな基準で計ればいいのか全く分からない。慣れるのにはかなり時間がかかりそうだが、それでも快適に過ごせる環境は十分整っていると思う。
そして、寝泊まりするために用意された部屋は、1K暮らしだった身からすればとても広かった。空き部屋で、使っていない家具しかないとの事だったが、棚やベッドまで用意してくれたのはありがたい。
「ミューゼシア様とのデュエル、すごかったです!」
案内してもらっている途中、キューティアが嬉々として話しかけてくる。どうやら、あのデュエルは他のドレミコードたちも見ていたようだ。そして、曇りなき眼でデュエルを褒められるのはかなり恥ずかしい。
「これなら、また今日のあの人みたいな変な人が襲ってきても安心ですね」
「まあ、そんな時は来てほしくないですがね……」
頼られるのは悪い気がしないが、かと言って過信されるのも少し困る。それに、あんなのが襲ってくるのはあれっきりで十分だ。
そうして屋敷を案内をしてもらった後は、夕食の時間との事で食堂へ案内された。もうそんな時間なのかと思ったが、侵略者とのデュエルの後で眠っていた時間が長かったのだ。
食堂では既に食事が用意されており、献立は他の皆と相違ない。
「すみません、わざわざ……」
「いいえ、気にしなくて大丈夫よ」
「とはいえ、何もしないでいるのはちょっと……」
いくらドレミ界を一度救ったからと言って、至れり尽くせりの環境に甘んじるのは嫌だ。クーリアは大丈夫と言ってくれたが、それでも気は晴れない。
すると、ぽんと手を叩く音が響く。
「だったら、彼には私たちのお手伝いをしてもらいましょうか?」
そう提案したのは《シドレミコード・ビューティア》。ニコニコと朗らかに笑って告げたそれに、他のドレミコードたちも頷いている。
「えっ、じゃあ掃除も洗濯もしなくていいって事?」
「やたー! 自由時間増えるー!」
特に喜んでいるのはファンシアと《ラドレミコード・エンジェリア》。2人はカードのイラストからして活発な印象だったが、無邪気に喜んでいるあたり間違いはないらしい。
「あの、お洗濯はちょっと困ると言いますか……」
「ええ。殿方に見られては困るものもありますし」
おどおどした感じで話す《ミドレミコード・エリーティア》と、凛とした態度のグレーシア。確かにその通りで、女性ものの衣類に関しては、取扱いに十分注意しなければならないだろう。
「そーいう難しい話は後でいいんじゃない? ご飯冷めちゃうし」
「そうね。それは追々決めていきましょう」
《レドレミコード・ドリーミア》が若干不機嫌そうに言うと、クーリアも頷く。細かい話は後で詰める事になり、まずは食事となった。
失礼な話になるから絶対口にしないが、デュエルモンスターズの精霊も食事をするというのは、ちょっと意外だ。キューティアはカードのイラストでドーナツを食んでいたが、規則正しく三食全てを食べるのが人間らしいと思う。カードの中には食事をするシーンを切り取ったものもいくつかあるが、生きていくうえで栄養補給が欠かせない点は人間と大差ないようだ。
目の前にあるのは、クリームシチューとパン、そしてサラダ。夕食としては、やや軽めの部類に入るかもしれない。
だが。
「……どうしました? どこか、まだ痛むとか……?」
「いえ、そういうわけではないですが……」
隣の席に着くキューティアが心配そうに尋ねるが、別に怪我で食欲がないとかではない。
正確に言えば、自分は人間界で一度死んだ身だが、ここはあの世というわけではない。それに、ここへ来たのは偶然ではないし、そもそも死んでしまったのだから、戻るなど叶わないだろう。今の状況とは何の関係もないはずだ。
しかし、その言葉を知っているせいで、目の前にある料理を口にすることに躊躇してしまう。
クーリアたちには、自分が死んでしまったのかもしれないと話してはいる。だけど、実際にこの世界で、死ぬ前の記憶を持ったまま、生前愛用していたデッキを使って、実際にデュエルをし、その愛用していたモンスターたちと共にいるこの状況に、未だ実感が湧かない。
侵略者とのデュエルで実際に怪我をし、その衝撃で自分自身の意識が変わらない事で、ここがデュエルモンスターの世界だとあの時は確信した。けれど、事故に遭う直前で奇跡的に回避して、これは自分が見ている都合の良い夢じゃないかと、まだそんな予想が出てきたのだ。
「食欲がないんなら、キューティアが食べさせてあげたらいいんじゃない?」
「えっ!?」
そんな風に考えていたら、エンジェリアが面白おかしくそんな提案をしてきた。そしてキューティアは真に受けてしまったのか、こちらとエンジェリアの間でどっちつかずの視線を動かす。しかも恥ずかしそうに。
これ以上余計な事を考えて、キューティアを困らせるわけにはいかない。
「いえ、大丈夫です。一人で食べられますよ」
腹をくくってスプーンを手に、シチューを一口食べる。
温かい、そしてコクのある優しい味が口いっぱいに広がり、身体全体を包み込むような感覚。特別美味いというわけではないけれど、実家で母が作ってくれたような、そんな安心感がある。
「お口に合ったかしら?」
「ええ、とても美味しいです」
「そう。良かった、作った甲斐があったわ」
ビューティアに問われて頷いて見せる。なんと、作ったのはビューティアだったのか。これも勝手な印象だが、ドレミコードたちが料理をする姿とは中々イメージできない。これらの偏見も改めなければ、と思う。
そうして俺が本格的に夕食を食べ進めたのをきっかけに、他のみんなも食事を始めた。
「そういえば、あなたのお名前は?」
少しして、食事の途中でエリーティアに問いかけられた。こちも、サラダを食べる手を止める。
「名前は、すみません……思い出せなくて」
「あ、そうでしたか……ごめんなさい」
「いえいえ」
「でも、名前がないって不便すぎない?」
エリーティアがしゅんとするが、非などどこにもない。しかしドリーミアの言う通り、名前がなければコミュニケーションもままならなかった。
そこでエンジェリアが小さく手を挙げる。
「この際だし、こっちで付けちゃう?」
「それもそうねぇ。彼に希望がなければだけど……」
ビューティアが顔を向けてくるが、過去の名前がわからない以上、こういう名前がしっくりくるという感覚もない。だからここは、皆に任せた方がいいと思って頷いた。
「じゃあ、『タマ』とか」
「『ポチ』も捨てがたいよ」
「あの、せめて人間らしい名前にしてくれませんかね……」
ファンシアとエンジェリアは明らかにふざけた名前をつけようとしてきた。ポピュラーだがそれはペットの名前だし、いくら自分が引き取られた身であっても譲れない部分はある。
「ここは私が考えておくわ」
鶴の一声を上げたのはクーリアだった。それで他のドレミコードたちも納得するように頷いているので、彼女がドレミ界のリーダーのような存在と見える。
そして、クーリアなら変な名前はつけないだろうと思い、俺も同意し、決まるまでは暫定的に「お兄さん」(けっして血の繋がり的な意味ではない)呼びとなった。
◇ ◇ ◆
夕食の後の食器洗いは流石に手伝わせてもらった。
それからは自由時間となったので、改めて割り当てられた自分の部屋に戻る。
「はぁ……」
シチューはとても美味しかったし、サラダのドレッシングも手作りの感じがした。なんというか、あれだけ人の温かみがある料理は久方ぶりに食べた気がする。
一息ついたところで、机の上に置いてあるデュエルディスクを手に取った。見た目に依らず、まったくと言っていいほど重くない。搭載されている機能も考えると、人間界の数十年は先を行くような技術が詰まっている。つくづく、アニメの遊戯王世界の技術力は(未来都市設定のものもあったが)異常だと思い知らされた。
そして、何の気なしに、デッキを取り出してみると。
「……あれ?」
デッキの一番下にあったカードは、《グランドレミコード・ミューゼシア》のカードだった。それも3枚。デュエルディスクにはエクストラデッキ用のスロットがあるのに、そもそもこのカードはさっきのミューゼシアとのデュエルまで持っていなかった。なのになぜ、ここにあるのか。
不審に思って、デッキの中身を確かめてみると。
「……キューティアってこんな顔だったっけ」
記憶している限り、《ドドレミコード・キューティア》のイラストでは、ドーナツを食べている姿が描かれていた。今手の中にあるカードのイラストもそれ自体は変わらない。けれど、口元が笑っているのが明らかに違う。
そんな変化に気づくなんて気持ち悪い、と思われるかもしれない。だが、愛用しているデッキのため、どんなイラストかは覚えている。それで気づくぐらいの変化だ。
「他のカードに変化はなし、か」
念のため、他のドレミコードや魔法・罠カードも確かめてみる。だが、イラストが変わっているのはキューティアのカードだけだった。それ以外は枚数も特に変化がない。
とはいえ、ミューゼシアのカードが新たに加わった事で、このデッキも生前使っていたそれにわずかに近づいた。まだエクストラデッキにはカードが足りていないが、元々使っていたデッキに近づくのはありがたい。
しかし、なぜ今のタイミングでミューゼシアのカードが加わったのか?
もしかしたら、ミューゼシアとデュエルをした事で、何らかの作用がデッキに働いたのかもしれない。何せここは精霊界だから、そういった事が起きても不思議ではないだろう。
「……駄目だ、分からん」
考えてもよく分からない。しかも、精霊界だからという事をナチュラルに思考回路に組み入れている。
部屋は綺麗に整えられていたが、それでも一か所で色々考えていても気分が変わらない。なので、屋敷の中を適当に散歩することにした。気分転換に「屋敷を散歩」する時点で、その規模は理解してもらいたい。
既にほかのドレミコード達も、各々の部屋で自分の時間を過ごしているらしく、先ほどまでいた食堂や厨房に人の姿はない。
ここに運び込まれた時は意識がなかったが、玄関にあたる部分はとても広い。天井からは豪奢な装飾のシャンデリアが吊るされていて、品のある佇まいだと思う。
「浴場」と書かれた扉が見えた。ここもキューティアに案内されたが、中から誰かの声や水の音が聞こえる。誰かが入っているのは確実だ。不用意に開けたら2回目の死を迎えると直感し、そそくさとその場を離れる。
やがて歩いていると、ピアノの音色が聞こえてきた。聞いていて落ち着くような旋律で、曲そのものには聞き覚えがある。
音源は談話用のスペースかららしい。邪魔してはいけないと思い、壁際で立ち止まって、誰が奏でているのかは知らない演奏に耳を傾ける。
「そんなところで聞いていないで、もっと近くに来てみたら?」
突然演奏が止まり、声が聞こえた。
悪い事をしていたつもりはないが、盗み聞きと捉えられたかもしれない。低姿勢で顔を出す。
談話スペースの壁はガラス張りで、外の空は薄桃色ではなく、限りなく黒に近い紫。星のような明かりも見える。ドレミ界も昼夜で空の明るさが変わるらしい。
そんな夜空を背にピアノを弾いていたのは、クーリアだった。
「すみません。とても良い演奏だったので、邪魔したら悪いかと」
「邪魔なんかじゃないわ。どうぞ」
クーリアが示したのは、ピアノのすぐそばに置いてある椅子だ。ここは遠慮なく座らせてもらい、さっきまで弾いていた曲を思い出す。
「メヌエット、でしたっけ」
「あら、ピアノの知識が?」
「子供の頃にちょっと齧ってたぐらいですけどね」
親の方針で、一時期ピアノを習っていたことがある。結局長続きはしなかったが、おかげで音楽に関してはちょっと興味と知識があった。これも【ドレミコード】を組もうと思った理由のひとつである。
クーリアが再び演奏を再開し、黙って聴くに徹する。やはり音階の天使だからか、演奏はとても上手だった。
「ところで」
演奏が一区切りついたところで、クーリアが話しかけてくる。
「あなたの名前について、考えてみたのだけれど……」
「あ、はい」
これについては、さっきの食卓でも話題に上がったものだ。
「あなたにはこれから、私たちの手伝いを色々としてもらいたい。まあ、執事とかそのあたりの感じかしらね。雑用とかも任せようとは思っているのだけれど……」
「ええ、構いません」
もとより自分は、この世界では身寄りがない。こうして受け入れてくれただけで十分だから、与えられた仕事はこなすつもりだ。
「そして貴方は、人間界からやってきた貴重な存在。だからそれらを合わせて……『バトレアス』と名付けようと思う」
生前は生粋の日本人だった身としては、西洋系の名前で呼ばれる事は少し違和感がある。
とはいえ、SNSやマスターデュエルのアカウント名はそれっぽい名前だし、遊戯王にも造語のようなカード名のモンスターは数ある。それと同じと考えれば、さほど変ではないだろう。
むしろ「レア」なんて名前を付けられたら、サテライトのデュエリストを思い出してしまいそうだ。連想しにくい造語の方が安心する。
「……ありがとうございます。その名前で、頑張ります」
「それじゃあ、明日からよろしくね。バトレアス」
それからしばらくは、またクーリアの演奏を楽しむことにした。
本当に、心地よいピアノの音色だった。
これにて、まずは序章が終わった感じです。
次の話からは随時更新となります。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。