ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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ご無沙汰しております。

新シリーズの執筆中にドレミコードの新規が来たり、ビルドパックに気になるテーマがいたりと色々ありましたが、少しずつ書いておりました。
改めて続編、第二部を投稿してまいります。

前シリーズに引き続き、1章毎の投稿とさせていただきます。
執筆速度が遅い点につきましてはどうかご容赦ください。


第二部第1章
第41話:フェーズ1


 これまで我々は、外界の存在……特に人間及びそれに準ずる種族――以下、人類とする――について、様々な問題点を挙げて、幾度となく議論を交わした。

 彼らの技術は我々を凌駕するか。彼らの環境破壊活動は我々の世界に悪影響を及ぼすか。彼らの軍事力は我々を脅かすか。彼らと我々は共存可能か。

 度重なる議論の末、我々は短期間で彼らとの共存・歩み寄り・協力は難しくとも、時間と段階を十分に重ねる事でそれは可能との結論を当初は下した。

 

 しかしながら、先日謎の黒い鎧の男が突如として現れた。

 その者は、人類でありながら、我々の防御システムを破り、さらには無差別な破壊活動を行い、その上で我々に服従を申し出てきた。

 それは、「歪な世を正し、秩序を成すために協力せよ」との事だった。

 我々はこれを拒絶し、正当な手段である決闘(デュエル)を行い、勝利してこの正体不明の人類を退けた。

 

 しかしながら、この件を受け我々は人類側に対する評価を改める必要が生じた。

 再度議論した結果、彼らは我々にとって脅威になると判断。今後のリスク低減のために、すぐさま殲滅も視野に入れたが、あちら側の全ての人類が脅威とは言えない旨の意見もあり、殲滅は保留となった。

 

 後に、かの侵略者は死亡ないし存在が消滅したとの情報を入手。

 

 目下最大の不安因子が排除された事を受け、我々は人類側に対する最終判断を、以下の方法で行う事とした。

 

 我々が用意した「人智を超越した力」を、人類側がどう扱うかを観察する。

 

 

 最初にこの世界へ来た時は、周りの暗さに息苦しさを覚えた。辺り一面夜のように薄暗く、息詰まるような空気。ドレミ界とは正反対だ。

 しかし、招き入れられた宮殿は、外とは打って変わって人の営みを感じられる温かさと明るさがある。ここの主は正確には人間ではないが、人間臭いところがあるのもその理由の一つだろう。

 そして今いる場所は、そんな城の一角にある広いスペース。ドレミ界の屋敷にあるホールよりも広いそこで、クーリアは1人でバイオリンを奏でていた。

 

「……」

 

 妖精体の演奏を聞く事は何度もあったし、迷宮姫の城でドレミコードたち8人の演奏を聞いた事もある。

 だが、クーリア1人でバイオリンを弾いているのは初めて見た。ここがどういう場所か、誰がその演奏を聞いているのかという点を考慮してもなお、クーリアは全く動じずにバイオリンを真剣に奏でている。それでいて、表情に険しさは全くなく、穏やかな顔つきで、滑らかな音色を奏でていた。

 やがて、曲を奏で終えたクーリアはバイオリンを静かに下ろし、頭を下げる。

 

「いやはや、見事じゃった」

 

 それを受け、手を叩きながら称賛したのは、この世界――冥界の神・クルヌギアス。赤いソファに深く腰掛け、脚を組みながら静かに演奏を聴いていた彼女は、クーリアの演奏にご満悦のようだ。

 そして俺も、クルヌギアスの意見には全面的に同意する。いかにピアノを多少齧っていたとはいえ、バイオリンに関して俺はずぶの素人。それでもクーリアの演奏は見事なものと理解できたので、クルヌギアスよりも控えめに、しかし気持ちはそれより大きく拍手を贈る。

 クーリアは、微笑んで頭を下げた。

 

「ありがとうございます、クルヌギアス様」

「これまでよりも洗練されておる。精進せい」

 

 クーリアの返事に満足そうに頷き、クルヌギアスは指を鳴らす。

 すると、そのクルヌギアスの目の前に、豪奢な装飾のテーブルが一瞬で出現した。しかも、その上には色とりどりの果物や菓子類、そしてティーセットが置かれており、さらにテーブルのすぐ側に椅子が2つ現れる。魔法のような所業だ。

 

「掛けるがよい」

 

 促され、まずクーリアが椅子に座る。さらにクルヌギアスは、俺にも視線を向けてきて、着席を無言で許可した。ほんの少しだけクーリアに視線を向けると、静かにゆっくりと瞬きをしてくれる。断らなくていいという事か。

 俺は控えめに、空いた椅子に座る。それを見てから、クルヌギアスはテーブルに置かれたティーセットに手を伸ばし、茶を淹れるような仕草を取った。

 

「言ったじゃろう。もてなしてやる、と」

 

 手伝うべきか、と思ったのを見透かしたかのようにクルヌギアスが笑う。

 

「ここは、クルヌギアス様の厚意に甘えましょう。バトレアス」

「ああ。こんな機会、貴重じゃぞ?」

 

 クーリアに言われて、俺も大人しくもてなしを受ける事にした。愉しそうなクルヌギアスを見ると、なおさら邪魔をするのも無粋な気がしてくる。

 慣れた手つきでクルヌギアスが用意したのは紅茶だ。赤に近い茶色の温かい液体がカップに注がれると、甘みの混じった香りが漂ってくる。

 

「いただきます」

 

 用意された紅茶を先にクーリアが飲むのを見届けてから、俺も一口飲んでみる。

 クルヌギアスの姿は、最初に見た時から「貴婦人のよう」という印象が強かった。だからというわけではないが、そんな彼女が淹れる紅茶の出来は文句なしに美味しい。ドレミ界の屋敷で俺はコーヒーや紅茶を淹れているし、皆からの味の評価も悪くない。そんな俺でも、クルヌギアスの淹れた紅茶は美味しいと思った。

 

「どうじゃ、感想は言ってこそじゃぞ?」

「……とても美味いです」

「それは結構」

 

 正直な感想を伝えると、満足そうにクルヌギアスは頷く。さらにクーリアに視線を移し、何かを促すように顎をくいっと動かした。クーリアは意図を理解したのか、タクトを軽く振ると、クーリアの妖精体が姿を現した。

 バイオリンを持たない妖精体は、クルヌギアスの顔色を窺い、笑いかけてくれるのを見てから、盛り付けられたビスケットを食べ始める。クルヌギアスは妖精体も普段からもてなしているらしい。

 

『おいしい♪』

 

 もぐもぐビスケットを食べる妖精体からそんな声が聞こえたのは、気のせいだろうか。

 ただ、お茶を飲んだクルヌギアスが「さて」と場を仕切りなおした事で、意識が自然とそちらに割かれる。

 

「改めて、よくぞ妾の下へ来た。約束を忘れていないようで安心したぞ?」

 

 試すような笑みに対し、俺は頷きを返すに留めておく。

 普段、クーリアがクルヌギアスの下でバイオリンを演奏しているのは聞いている。それでも今日、俺がこうして一緒にやってきたのは、クルヌギアスと約束をしていたからだ。

 その約束も、厳密に言えば目の前の本人としたわけではない。あくまでデュエル中、彼女の力が宿った《閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)》のカードを通して交わしたものだ。

 そしてテーブルには、あの時の約束の一つである茶菓子――クーベルの店で買った焼き菓子の詰め合わせ――もある。神との約束など、忘れたらさぞ恐ろしい事になっていただろう。

 

「して、汝がこうしてここにいるという事は……クーリアが力を与えて助けたのだな?」

 

 クーリアに対するクルヌギアスの問いかけに、息を呑む。約束を交わしたのはともかく、俺が今こうしてここに来られた理由まで知っているのはどうしてなのか。

 クーリアはティーカップとソーサーを机に戻し、気まずそうに笑って俺を見る。

 

「実はね……マグノリア様からあなたを助ける方法を聞いた時、クルヌギアス様もそこにいたの」

「いた……?」

「正確には、あなたのカードに宿っていた力が具現化したもの……と言ってよろしいでしょうか?」

「ああ」

 

 ヴァーディクトとのデュエルで、俺は人間の身で精霊の力に手を出した結果、死を免れない状況に陥った。それを救ってくれたのはクーリアで、その方法を教えてくれたのはアロマの庭の主・マグノリア。それは俺も知っている。

 だが、その場にクルヌギアスがいたのは初耳だ。デュエル中にコミュニケーションが取れたため、経緯を知れば驚きはしないが。

 

「どうじゃ、新たな存在になった今の感覚は」

「クルヌギアス様、それは……」

「大丈夫です。クーリア様」

 

 クルヌギアスに問われて、自分の右手を見る。

 確かに俺は今、こうして生きている。だが、クーリアから力を授かった結果、俺はもう人間ではない。クーリアから精霊の力を受け取った事で、ドレミコードと同じ存在となった。

 「S-Force(セキュリティ・フォース)」の分析官にして、俺と同じく転生した人間のテータは、彼や俺のような転生者は「人類二種」と表現した。そして人間からドレミコードに成った俺は、それとも違う「新しい存在」だ。

 それについての感想を聞くのは酷だと、クーリアは思ったらしい。だけど俺からすれば、その程度の問いかけで心が傷ついたりはしない。

 

「正直な話、まだ何とも言えません。何気に身体の調子がいい事を除けば、人間だった頃と感覚も変わりませんし、他のドレミ界の皆さんも変わらず接してくれていますから」

「……そうか」

 

 俺がドレミコードになった事については、ドレミ界の皆も知っている。

 それでも、これまでと変わらない接し方をしてくれていた。敬遠される事は勿論、よそよそしくされたりするのも負担になるから、それはとても嬉しい。だからクルヌギアスに言った通り、変わった事はまだあまりないのだ。

 

「……ところで、だがの」

 

 すると今度は、クルヌギアスの視線がクーリアに移る。それも、何だかやけに愉しそうな目で。猛烈に嫌な予感がした。

 

「クーリアよ。汝はバトレアスに力を与えたのだろう? マグノリアの言葉通りに」

「はい」

「具体的にはどのような方法を取ったのじゃ?」

 

 その質問をした直後、クーリアの顔が昔懐かしい体温計みたいに首から赤くなっていく。かくいう俺も、顔が熱くなってきた。

 俺には記憶が全くないが、クーリアが俺に力を与えるにあたって取った手段はキスだ。おとぎ話みたいで現実味が全くないが、実際俺はそれで今こうして生きている。それに、転生した俺からすれば非科学的なそれも、この精霊界では普通に罷り通っているのは確かだ。

 加えて俺は、その事実を知ったのと同じ日に、クーリアから好意を直接伝えられている。それが余計、照れ臭さと恥ずかしさを加速させていた。

 そのクーリアの気持ちに対する返事は、まだできていない。だがそれらについてを差し引いても、を簡単に他人に言えるほどの度胸は、俺はもちろん、クーリアにもないらしい。

 

「……それは、その……。ちょっと、口にするのは憚られると言いますか」

「何? まさか貴様、此奴が動けないのをいい事に本能のまま身体を貪るような真似を――」

「してません!!」

 

 茶化すクルヌギアスの言葉に、クーリアが強めの言葉で言い返す。びっくりした妖精体は、クッキーを咥えたまま俺の肩の後ろに隠れる。猫みたいな反応だ、と思ったら。

 

『急に大声出さないでほしいわ、お菓子が喉につかえちゃうじゃない』

 

 そんな声が、また聞こえた気がした。そしてクッキーをもぐもぐ食べ始める。

 さっきも聞こえたが、この声のようなものはなんだろうか。とりあえず、食べかすが肩にポロポロついてしまうのでそこは気をつけてほしい。

 すると、視線を感じてクーリアを見ると。

 

「バトレアス、あなた……」

「?」

「その子の声、聞こえるの?」

「えっ」

 

 指摘されて、もう一度クーリアの妖精体を見る。クッキーを食べ終えた妖精体は、俺を見てきょとんと首を傾げて。

 

『どうかしたの?』

 

 やはり、そう言った。

 気がした、ではない。クーリアに指摘されて気づいたが、妖精体の声がはっきりと聞こえる。

 

「今、この子『どうかしたの』って言いましたよね……?」

「やっぱり……」

「ほうほう」

 

 確認を取ってみるが、クーリアの力が抜けたような顔で、真実なのを悟る。クルヌギアスは興味深そうに頷いていたが、どうやら彼女は妖精体の声まで聞こえないらしい。

 転生してから、ドレミコードの妖精体を見るのはもちろん、接する機会は何度もあった。だが、いずれも身振り手振りや表情でしか感情は読み取れず、声は全く聞こえなかった。転生直後にクーリアが妖精体と話していたり、たまにファンシアが自らの妖精体と口喧嘩をしているのは見ていたが、何を言っているのかさっぱりだったものだ。

 それはやはり、俺が人間だったから。ドレミコードの力を持たず、ただのヒトでしかなかったからだ。

 

「なるほどのう。それが、ドレミコードの力を受けた恩恵か」

「恩恵、と言えるんでしょうか……」

「言葉を交わせぬ者と会話ができるようになるのは、良い事と妾は思うがのう」

 

 例えるなら、某ドクターみたく犬や猫と会話できるようになるのに近いだろうか。

 確かに、今まで何を言っているのか分からなかった妖精体とも話ができるようになるのは、いい事かもしれない。接する機会は人間体より少ないが。

 

「では、そんなドレミコードの力を受け取ったバトレアスよ。貴様は如何様にクーリアから力を貰ったか流石に知っておろう?」

 

 そして、さっきの質問をクルヌギアスはほじくり返してきた。ぐぬぬと歯ぎしりをする。

 その質問について、クーリアに恥ずかしい思いをさせたくないのは確かだ。かといって、俺から言うのも少し照れ臭い。クーリアが初心なのは確かだが、俺も人の事は言えなかった。

 

「さあ言ってみんか。ほれほれ」

「いや、えっと……」

「言わないのなら、妾の中で勝手に貴様らは『そういう事』をしたという認識になるがよいかの?」

 

 唯一言えるのは、クーリアと俺はそういう事をまだしていない。かといって、何をしたかを全部言うのは恥ずかしい。クーリアからも「できれば言わないでほしい」という無言の訴えを投げかけられている。しかし、このままでは好き勝手な憶測を止められない。というか、クルヌギアスは分かった上で聞いているのだろう。

 さて、どうしたものか――

 

「……?」

 

 その時。

 何か、妙な感覚がした。

 それを感じるのは、屋敷の窓。その向こう側だ。

 

「……これは」

「何じゃ?」

 

 クーリアとクルヌギアスも同じようにそちらを見ている。この世界の主であるクルヌギアスさえも異変を感じたなら、ただ事とは思えない。

 すぐにクルヌギアスが席を立ち、窓へと近寄って外を見る。それから数秒で、今度は外に続く扉に向かったので、俺はクーリアと一緒にその後へ続く事にした。妖精体も、フィナンシェを食べ終えると一度姿を消す。

 

「どうされたんですか?」

「望まぬ客人だ」

 

 歩きながらのクーリアからの質問に答えるクルヌギアスは、少しばかり機嫌が悪そうな口調に変わっている。

 けれど、俺を振り向くとにやりと笑った。

 

「今の気配……汝も感じ取ったな?」

「ええ、まぁ……」

「恐らく、ただの人間だったら気付きもせんかったろう」

 

 口で説明するのは難しいが、あの時確かに妙な気配を感じたのだ。それも、人間だった頃に漠然と感じた空気や雰囲気とか勘ではなく、明確に「何かいる」という反応があった。

 これも、俺が人間ではなくなったために感じる事ができたものだろう。

 

「良かったではないか。これで汝は、仇なす敵をすぐに感知でき、ドレミコードの連中を守れるかもしれんのだから」

 

 ポジティブに言うクルヌギアスだが、確かにその通りかもしれない。以前、ドレミ界にいた時も、外から侵入してきた《竜角の狩猟者》や《バスター・ブレイダー》の存在には俺だけ気づけなかった。だからもし、同じような状況が次にあれば、今度は感知できるだろうか。

 とはいえ、隣を歩くクーリアは少し微妙そうな顔をしている。大方、俺に危険が及ぶのを良しとしないのだろう。

 そうこうしている内に、宮殿の玄関にあたる扉の前にやってきて、クルヌギアスは臆せず扉を押し開く。外に広がっているのは、夜とは違い、迷宮姫のいる世界とも違う真っ暗な世界。明かりと言えば、地面から立つ瘴気のようなものぐらい。

 

 そして、扉から続く舗装されていない道の先に、何かがいる。かろうじて二本足で立っている人のような形のそれは、輪郭が水や泥のように歪み、背丈も誰と比較していいものか分からないぐらい定まっていない。

 それを目にした俺は、頭の奥が熱を持つような感覚に陥り、思わず蟀谷を押さえる。

 あれは、まともな存在ではない。

 

「何です、あれ……?」

屍迷人(しまよいびと)じゃな」

「屍迷人……」

 

 クーリアも初めて見るのか、クルヌギアスの答えを反芻している。けれどクルヌギアスは、大して珍しくもないように腕を虚空に伸ばした。

 

「ここは冥界……つまり様々な世界から死んだ者が堕ちる場所。アレは、生きる事に執着していた魂が死にきれず、かろうじて人に戻ろうとしておるだけのモノじゃ。あれぐらいならよくある」

 

 クルヌギアスの傍に、影のような黒い竜が音もなく現れた。それは、デュエルモンスターとしてクルヌギアスの後ろに控えている竜と同じ姿をしている。

 

「とはいえ、さっきの気配は……妾も初めて感じるものじゃった」

「……?」

「ま、放っておく義理もなし」

 

 それだけ言うと、クルヌギアスの呼び出した竜が、今もこちら歩いてくる屍迷人と距離を一瞬で詰める。さらにその口を大きく開け、屍迷人に噛みつき砕かんとする。相手が人ではないとはいえ、悍ましい光景だ。

 ところが。

 

「――ッ!?」

 

 突然、屍迷人を噛み千切ろうした黒い竜が爆ぜた。突風が吹き、俺やクーリアは後ろにのけぞる。そして、黒い竜を使役していたクルヌギアスは後ろに倒れこんだ。

 

「クルヌギアス様!」

「何じゃ、こいつは……」

 

 クーリアがすぐに駆け寄る。神でもあるクルヌギアが尻餅をつくとは、困惑するような表情を見せるとは、思いもしなかった。クーリアがすぐさま体を起こすのを手伝うが、彼女もまたこのような事態は経験した事がないらしいのが顔で分かる。

 屍迷人に視線を戻す。それは変わらないペースで歩いており、しかも自分の右腕を見るような仕草を取った。

 

「ナ、ルホ…ど……。どうや、ラ……ふか、ん……ぜ、な……よう、だ」

 

 言葉まで喋った。舌足らずで覚束ない、男か女かも分からないような声だが。

 

「……妾の力を跳ねのけた上、言葉を喋る屍迷人など、今までおらんかったが……」

 

 後ろにいるクルヌギアスの言葉からして、今目の前にいる屍迷人は随分とイレギュラーなモノらしい。

 その屍迷人は、俺やクルヌギアスたちの方に顔(?)を向けると、左腕を構える。

 

「かんぜ、たい……なる、には、これ、が……よい、か」

 

 屍迷人の左腕が、蛇のように不気味なうねりを見せたと思ったら、一転して黒曜石のような光沢を放つ。どころか、デュエルディスクのような形に変形し、しかもデュエルモンスターのカードまでセットされていた。

 どうやら、デュエルを挑むつもりらしい。

 

「……クルヌギアス様、ここはお任せを」

「すまぬ」

 

 俺は先んじて前に立ち、腰につけていたデュエルディスクを左腕に装着して展開する。転生してから見慣れた、五線譜を模したディスクだ。

 ここは冥界で、クルヌギアスは俺が仕える主ではない。しかし、先ほどの衝撃によるダメージは存外大きかったのか、クルヌギアスは思うように動けないようなので、俺が代わりに戦う。クーリアに戦わせるなど論外だ。

 

「バトレアス、気を付けて」

「承知しました」

 

 そしてクーリアは、クルヌギアスを安全な場所まで移動させながら、俺に声をかけてくる。

 それに頷き、クーリアとクルヌギアスが安全な場所まで移動したのを見届けてから、俺は声を発した。

 

「デュエル!」

「デ、ュエル……」

 

バトレアス LP4000

VS

屍迷人 LP4000

 

 デュエルディスクが後攻を示す。最初に引く手札5枚は悪くないが、愛用している【ドレミコード】ではなかった。

 俺が人間でなくなり、ドレミコードになったからと言って、ドレミ界の外でも同じデッキが使えるわけではないらしい。ドレミコードの使命を考えれば、俺1人が変化したところでそれが変わるわけでもないだろうが。

 

「モンスター、をセッ、ト……」

 

 さて、屍迷人は俺が今まで戦ってきたどれとも違う存在。どんな手を使ってくるのかはまったくもって分からないが、初手でモンスターを伏せてきた。

 

「そし、て……《暗黒の扉》発動……ターン、エンド」

 

 最後に発動したのは永続魔法。それは、モンスターの攻撃をお互いに1ターンに1体だけに制限するカードだ。いきなり頭を使わせる戦法を取ってくる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 だが、この状況でも大きくダメージを通す方法はある。今の手札ならそれは容易だ。

 

「俺は《ランタン・シャーク》を召喚!」

 

 まず召喚するのは、腹部に小さなライトがいくつもついているサメだ。

 

ランタン・シャーク

ATK1500 レベル4

 

「このカードを召喚した時、レベル3から5の水属性モンスター1体を手札から特殊召喚できる。俺はレベル4の《カッター・シャーク》を特殊召喚!」

 

 続いて現れたのは、ヒレの部分に丸いのこぎりが取り付けられた赤いサメ。ぐるりと俺の周りを優雅に泳ぐ。

 

カッター・シャーク

ATK1600 レベル4

 

「《カッター・シャーク》の効果発動! 俺のフィールドの水属性モンスター1体を対象とし、そのモンスターと同じレベルの魚族モンスター1体をデッキから特殊召喚する。俺が対象に選ぶのは、レベル4の《カッター・シャーク》自身。よって、デッキからレベル4の《セイバー・シャーク》を特殊召喚!」

 

 デッキから現れるのは、頭部に剣のような刃が生えているサメだ。現れるや否や、その刃を誇示するように頭を大きく振る。

 

セイバー・シャーク

ATK1600 レベル4

 

「俺はレベル4の《ランタン・シャーク》、《カッター・シャーク》、《セイバー・シャーク》でオーバーレイ!」

 

 漆黒の空に腕を突き上げると、3体のモンスターが水色の光となって、螺旋を描きながら舞い上がる。

 そして、呼ぼうとするモンスターを意識して、精霊界に転生してからこのシリーズを見るのが初めてなのに気づいた。けれど、それに気を取られるわけにはいかない。

 

「3体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚! 現れろ、No.(ナンバーズ)32!」

 

 舞い上がった3つの光は、地面に出現したエクシーズの渦に吸い込まれ、やがて爆発を起こす。

 そしてエクストラデッキからカードを取り出すと、フィールドに特殊な書体で「32」の数字が現れ、さらにエクシーズの渦の中から新たな物体が現れる。魚の尾びれのような形状のそれは、「ニュートラル体」と呼ばれるものだったはずだ。

 

「最強最大の力を持つ深海の帝王、その牙で全てのものを噛み砕け!《海咬龍シャーク・ドレイク》!!」

 

 ゆっくりとニュートラル体が変形していく。爪がついた長いヒレ、脚が伸び、黄色い目が力強い輝きを放つ。完全体となった異形の海竜は咆哮を上げた。

 

No.32 海咬龍シャーク・ドレイク

ATK2800 ランク4

 

 この「ナンバーズ」というカテゴリは、アニメ・漫画ではZEXALシリーズにおいて重要な位置づけにあったもので、使用者に悪影響を及ぼす事もままあった。

 しかし今、こうして呼び出した俺に特別変化はない。精霊界だから何かあるかと思ったが、杞憂に終わってホッとする。

 フィールドに意識を戻す。相手のフィールドのリバースモンスターは少し気がかりだ。しかし、あの屍迷人相手に後手に回ると、嫌な事が起きそうな気がする。

 

「フィールド魔法《伝説の都アトランティス》を発動!」

 

 そのカードを発動すると、フィールドに現れたカードから大量の海水が溢れ出し、フィールドを埋め尽くす。ふくらはぎから下が水に浸かるが、脚が濡れる感触や水に押されるような感覚もない。精霊界のデュエルでは、往々にして衝撃や感触が現実のものとなる事は多いが、これは流石にないらしい。クーリアたちは扉の前にある段差の上にいるため、水は及ばなかった。

 

「このフィールドでは、水属性モンスターの攻撃力・守備力が200ポイントずつアップする」

 

No.32 海咬龍シャーク・ドレイク

ATK2800→3000

 

「バトルだ。シャーク・ドレイクで裏守備モンスターに攻撃! デプス・バイト!!」

 

 攻撃名を宣言すると、シャーク・ドレイクが口から紫色のエネルギーを放つ。それはサメの頭を象ったものへと変化し、セットされているモンスターへと襲い掛かった。

 そして、裏側守備表示のモンスターがリバースし、正体が明らかになる。2階建ての家ぐらいの大きさを誇る、巨大な病原菌だ。

 

ジャイアントウィルス

DEF500 レベル2

 

 だが、それでも守備力はシャーク・ドレイクの敵ではない。サメの形をした奔流が、その病原菌を噛み砕いた。

 

「こ、うか……はつ、ど……う」

 

 屍迷人が《ジャイアントウィルス》の効果を発動しようとした。

 だが、あのモンスターは別のデッキで使っているので効果は知っている。だからこそ、シャーク・ドレイクの効果の方が先に発動できた。

 

「シャーク・ドレイクの効果発動! このカードの攻撃で相手モンスターを破壊した時、オーバーレイ・ユニットを1つ使う事で、そのモンスターの攻撃力を1000ポイント下げて相手の場に復活させる!」

 

 周りを漂う水色のオーバーレイ・ユニットの1つが、シャーク・ドレイクの口に吸い込まれた。

 

No.32 海咬龍シャーク・ドレイク

ORU:3→2

 

 そして、口に溜め込んだ水色のエネルギーを水面に放つと、波紋を立てて魔法陣が出現する。その中から《ジャイアントウィルス》がまた姿を現した。

 

ジャイアントウィルス

ATK1000→0 レベル2

 

「こちら、は……500、だめー、ジ……」

 

 そして《ジャイアントウィルス》は、戦闘で破壊された時相手に500ダメージを与える効果がある。これは強制効果のため、処理の順番はシャーク・ドレイクの次だった。

 

バトレアス LP4000→3500

 

「さら……に、どうめ……い、モンス、ターを、呼ぶ……」

 

 屍迷人の説明も、デッキからカードを取り出す動きも覚束ない。しかし、一応デュエルディスクは反応したらしく、新たに2体の《ジャイアントウィルス》が出現した。

 

ジャイアントウィルス ×2

ATK1000 レベル2

 

 しかし、モンスターが3体並んだところで支障はない。俺のバトルフェイズはまだ終わっていなかった。

 

「シャーク・ドレイクは自身の効果を発動したターン、もう1度攻撃ができる。よって、攻撃力0の《ジャイアントウィルス》を攻撃!」

 

 《暗黒の扉》で制限するのは、攻撃できる「モンスターの数」。「攻撃回数」は制限されていないから、1体のモンスターで2回以上攻撃する事が可能だ。

 再びシャーク・ドレイクが、サメを象った紫のエネルギーを口から放つ。それを受けて、1体の《ジャイアントウィルス》は再び消滅した。

 

屍迷人 LP4000→1000

 

「こ、うかで……ダメー、じ」

 

バトレアス LP3500→3000

 

 屍迷人は、大ダメージを受けても全く反応をしない。痛覚の類がないのだろうか。

 とにかく、こちらはライフポイント1000の損失だが、あちらのライフを一撃で3000も削った。肉を切らせて骨を断つとはまさにこの事だろう。

 

「俺はカードを2枚伏せてターンエンド」

 

 最後に次のターンに備えてのカードをセットし、ターンを終える。

 ただ、屍迷人の場には2体の《ジャイアントウィルス》がいる。あれを使って何かを仕掛けてくるのはまず間違いないだろう。さて、何が出てくるか。

 

「ど、ロー……《カプシェル》しょ、うかん……」

 

 屍迷人がまず召喚したのは、何百円かで回せるガチャガチャのカプセルみたいなモンスター。悪魔のような角が生え、デフォルメされた目が描かれている。

 

カプシェル

ATK0 レベル2

 

 攻撃力は0だが、最近この手のステータスのモンスターは一切油断ならない。

 何より、これで屍迷人の場にはレベル2のモンスターが3体。

 

「3た、いで……おーばー、レい……!」

 

 震えながら屍迷人が腕を空に向けると、従える3体のモンスターが紫の光となって舞い上がり、地面に出現したエクシーズの渦へと吸い込まれる。それは一気に収縮して爆発した。

 そこまでの演出は、俺が今さっきやったエクシーズ召喚とほとんど変わらない。

 しかしながら。

 

「現レロ、No.96!」

 

 特殊な数字の刻印がフィールドに浮かび、さらにエクシーズの渦から不気味に蠢く黒いスライムが出現した途端、背筋がぞわりと泡立つのを感じた。猛烈な悪寒に全身が苛まれる。

 そんな俺の目の前で、黒いスライムから2本の脚と腕、さらに頭部が生える。手からは鋭い爪が伸び、頭からは角のような突起が生え、胸には目を模した炎が灯る。そして腹部には牙が生えた。

 そのモンスターを、俺は知っている。

 

No.96 ブラック・ミスト

ATK100 ランク2

 

 禍々しい怒号を上げる、毒々しい漆黒の悪魔。

 ZEXALにおいて出自自体が中々入り組んだナンバーズだが、このブラック・ミストはひと際ルーツが危険なものであるのも覚えている。

 しかし、俺が今感じているこの悪寒や恐怖は、それではない。このモンスターがフィールドに現れた事により、空気が重くなった事や、放つオーラが今まで感じた事がないほどだからだ。

 

 異変はそれだけではない。

 ブラック・ミストは闇属性にもかかわらず、周囲を昼のように明るく照らす輝きを放っている。どころか、アトランティスの演出で広がる海を裂くように、草木が突然地面から伸び始め、色とりどりの花まで咲き始めた。先ほどまで硬い岩と土しかなかった暗闇の冥界が、まるで楽園のような光景に浸食され始めている。しかも、草花の感触はしっかり伝わってくるから、ソリッドビジョンの演出だけで片づけられない。

 

「これは……?」

 

 俺が困惑すると、ブラック・ミストの傍に立つ屍迷人は、びくりと身体を震わせる。

 

「さ、ァ……」

 

 そして、その泥のような茶色い身体が、一瞬で全身鋼鉄のような質感と色に変わる。

 さらに、顔の部分に目のような赤い器官が2つ現れると。

 

「本当のデュエルはここからだ」

 

 さっきとは全然違う、明らかな敵意の宿った、はっきりとした言葉を俺に放ってきた。




別にナンバーズ大戦が始まるとかではないです
あしからず
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