ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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第44話:信頼に足る

 ドレミ界の屋敷にあるホールは、本来「浄化」へ向かう際、あるいは個人からの依頼で別の世界へ向かう際にゲートを開いて飛ぶ場所だ。

 特にそう言ったルールなどは決められてはいないのだが、このホールには用もないのにそこにいてはならないという暗黙の了解がある。俺自身、毎朝楽譜を取りに来たり、皆を見送ったり、掃除をする時以外でこのホールに近寄る事はなかった。なので、屋敷でもここはかなり静かで人気が無い方だ。

 しかし今、俺だけでなく、ドレミコードの全員がホールに集まっていた。全員、既に「浄化」から帰ってきた、あるいは今日が休養日にもかかわらず。

 ホールの中心に立っているのは、キューティア。その頭上には、キューティアのほか、ミューゼシア以外のドレミコードの妖精体がふよふよと漂っている。俺や他の人間体のドレミコード7人は、壁際に立ってその様子を見守っている。ミューゼシアに限っては、キューティアから少し離れた場所でグランドピアノを弾く態勢に入っていた。

 

「……では、行きます」

 

 いつになく真剣な顔つきで、キューティアはタクトを取り出して構える。妖精体たちも各々楽器を構え、俺とドレミコードの皆は黙って事を見届ける姿勢を取る。

 

 キューティアがタクトを振り始めると、ミューゼシアが単調なリズムでピアノを弾き始める。程なくして、キューティアの妖精体がハーモニカの演奏を始めた。

 奏でる曲はボレロ。これも、名前自体は知らなくても一度聞けば何の曲かは分かるポピュラーな曲だ。最初は最低限の楽器だけで演奏をするが、徐々に奏でる楽器が増えていき、最後には全ての楽器で演奏しフィニッシュを迎える。楽器が増えるごとに盛り上がる事で、気分も楽しくなる曲だ。

 

『♪』

 

 そんな曲を、キューティアの妖精体はにこにこ笑って、楽しそうにハーモニカの演奏をしている。今のところ問題なさそうだ。

 そして旋律が一周すると、次の楽器が加わる。今度はドリーミアの妖精体が奏でるフルート。本場のボレロは最初からフルートだが、ドレミコードは勝手が違うらしい(オーケストラにハーモニカがいる事もあまりないから今更だが)。

 

『~♪』

 

 気が強いドリーミアだが、その妖精体が奏でるフルートは実に綺麗な音色だ。六花界でヘレボラスに演奏を捧げた時を思い出しつつ、こちらも問題はなさそうだと思う。ちらと、俺と同じようにキューティアたちを見守るドリーミアを見るが、誇らしげに笑っていた。

 そして次に、エリーティアの妖精体のコントラバスが加わるのだが。

 

『えい……っ!』

 

 緊張しているのか、何となく音がぎこちない。ところどころ音が強くなったり弱くなったりしている。楽譜の強弱記号を守りきれていないらしい。人間体のエリーティアの方は、やってしまったとばかりに額を押さえている。

 それは指揮を執るキューティアも分かるらしく、最初よりも顔が硬くなっていた。

 そして次はファンシアの妖精体がアコーディオンを奏でる番だが。

 

『……すやぴー』

 

 寝ていた。アコーディオンの音色など聞こえやしない。様子を見ていたファンシアは顔を押さえている。

 

「あ、あれっ?」

 

 ついにキューティアは困惑するような声を上げてしまった。それでも指揮は止めないのだから流石だが、キューティアの妖精体も焦りだしたのが表情で分かる。エリーティアの妖精体のコントラバスの演奏も、だんだん歪さが増してきた。

 

『……はぁ』

 

 続くグレーシアの妖精体が奏でるサックス。流石は落ち着いている事に定評のあるグレーシア。その妖精体も、この状況でちゃんと演奏をしていた。キューティアも安心したように指揮を続けるが、逆にエリーティアの妖精体は少しでも演奏を整えようとして、却ってちぐはぐな演奏になりつつあった。キューティアの妖精体は呼吸に力が入りすぎていて顔が赤い。

 

『♪♪』

 

 さらに加わる、エンジェリアの妖精体のトランペット。こちらも楽譜通り……と思いきや、強弱が強すぎるし、リズムも若干ずれている。妖精体の表情は楽しそうというか、キューティアの指揮を見ていない。完全に自分のペースで演奏していた。

 当然、他とリズムが合わさるわけもなく、ボレロの旋律は崩れつつある。

 

『どうしようっ……?』

 

 そんな中加わる、ビューティアの妖精体のハープ。グレーシアの妖精体の軌道修正も空しく、ハープを奏でるビューティアの妖精体は、何とか普通に演奏しようとしても、強めのラッパの演奏に気を取られて上手く奏でられていない。妖精体は半泣きになっていた。

 

『……ああ、もう』

 

 最後に、クーリアの妖精体のバイオリンが加わる。この惨状は流石に理解できるようで、困った表情を浮かべながらバイオリンを奏でている。ドレミコードのリーダーの妖精体だから、こんな状況でも旋律に乱れはない。キューティアの妖精体は、ついに目を回し始めた。

 そんな中で、曲は繰り返されていたリズムから外れ、クライマックスを迎える。本来なら、荘厳かつ調和の取れた最後になるはずが、それとは程遠いチグハグな形でボレロの演奏は終わり。

 

「どうして~~~~~~~~~!?」

 

 タクトを振り切ったキューティアは、半泣きで声を上げた。デュエルでは随分と見慣れた、《ドレミコード・ハルモニア》のイラストそのままな状況である。

 そんなキューティアの頭上へ、滅茶苦茶なボレロを演奏して疲れ果てたキューティアの妖精体が、フラフラと不時着する。他の妖精体たちも、それぞれ首を横に振ったりなぜかドヤ顔をしたり寝ぼけたりしながら、各々の素体となるドレミコードの下へ戻っていく。

 

「いやー、うん……頑張ったわよ、ホント」

「そうね。結果としては残念だったけれど、キューティアちゃんは頑張ってたわ」

 

 ドリーミアとビューティアが言葉を選びつつ声を掛ける。そういえば、ドリーミアの妖精体は最後までフルートの音色を乱す事なく演奏していた。

 

「あ、あはは……気概は十分伝わったと言いますか……ね」

「そうね。指揮自体は問題がなかったわ」

 

 エリーティアは気まずそうに、クーリアは冷静にキューティアに言葉を贈った。特にエリーティアは、妖精体の演奏が終始上手くいかなかったのを気にしているらしい。

 

「なんで演奏中に寝ちゃうかなぁ!」

『だってエリーティアんトコのが失敗してたから、今回はもういいかなって』

「ダメだよ! これはキューティアにとって大事なんだから!」

『そのキューティアだって緊張でガチガチだったじゃん』

 

 一方のファンシア、妖精体に説教をしているが、いまいち響いていない様子。妖精体の声が聞こえるようになってから初めて口喧嘩するのを見るが、あんな感じなのか。

 

『エンジェリアちゃん、どう? 私のトランペット、綺麗だったでしょー!』

「うんうん、そうだねぇ。まずはちょっとお話しようか」

 

 得意げに自分のトランペットを自慢するエンジェリアの妖精体。普段から人をからかって楽しむエンジェリアも、今回ばかりは悪いと思っているのか妖精体に説教する姿勢に入った。

 

「バトレアス、貴方はどう思いましたか? 今の演奏」

 

 グレーシアが、妖精体を抱きかかえ頭を撫でながら尋ねてくる。その妖精体も、演奏自体は指揮通りだったからひとまずはいいだろう。

 話を振られて、キューティアも縋るような顔を俺に向ける。慰めの言葉が欲しいのだろうが、こんな時どう答えればいいか分からなかったので、本音を建前で隠すしかない。

 

「……すごく独創的な演奏でした」

「あれが噂に聞く『京言葉』ってやつ?」

「あう……」

 

 ドリーミアが全部台無しにしてしまった。ドレミコードで一番小柄なキューティアが、より一層小さく見えてしまう。

 

「でもまぁ……あの状況でも指揮を続けられたのは褒めるべきだわ。そこに関しては、本当に頑張ったと思う」

 

 そこへミューゼシアがやってきて、キューティアの頭をポンポンと優しく軽く叩く。確かに、あんな煮崩れを起こした演奏の中でも、ペースを保って指揮を続けられるのは大したものだろう。俺だったら焦りのあまり、指揮もごちゃごちゃになる自信がある。

 

「これからは回数を重ねていくしかないわね。それと、妖精体からの信頼も得られるようにしないと」

「はい……精進します……」

 

 ミューゼシアの言葉を聞き、キューティアは頭を下げる。実に健気だ。

 

 今回キューティアが、ミューゼシアを除くドレミコードの妖精体全員を指揮したのは、ドレミコードのリーダーになるための素質があるかを確かめるテストみたいなものだった。

 元々、ドレミコードのリーダーは他でもないクーリア。しかし、彼女はグランドレミコードの力を宿し、さらにミューゼシアが世代交代も近い(あくまで天使の感覚でだが)との事で、キューティアを次のドレミコードのリーダーにしようと決めていたらしい。

 経験や力だけで言えば、次のリーダーはビューティアになる。しかし、キューティアはクーリアと同じ「ド」の音階を冠するドレミコード。ドの音は音楽においての基本ともいえる音だから、彼女が適任という事らしい。

 

「ごめんねキューティア、ボクらの妖精体が迷惑かけちゃって」

「いえ……私がリーダーだってまだ認めてもらえていないようですから……」

 

 ただ、今回の演奏ではキューティアの指揮に従わない妖精体もいた。それはつまり、キューティアはまだリーダーとして信用できない、という意思表示でもある。

 特にファンシアの妖精体なんか、エリーティアの演奏の途中で舟をこぎ始めていた。緊張が表に出ていたキューティアを見て、まだ従う意義を見出せなかったらしい。ファンシア自身は妖精体の動きを制御できるわけではないので、平謝りしている。

 こればかりは、ミューゼシアの言う通り、コツコツ信頼を積み重ねていくしかないのだろう。

 

「……アルファシンドローム」

「やめなさい」

 

 エリーティアがぽつりと呟いた言葉を、クーリアがすぐさま否定する。犬は人間を見て序列をきっちり判断し、露骨に態度と行動で示すというアレである。その喩えはあまりにもあんまりだ。

 

 そんな感じで、キューティアの演奏は「伸びしろ十分」な結果に終わったものの、本人は緊張やらなにやらで疲れている事だろう。ここはひとつ労をねぎらうべきだ。

 

「何にせよ、お疲れ様ですキューティア様。お茶を淹れましょうか?」

「いえ、今は甘いものが食べたい気分なので……あのドーナツを頂きます」

 

 キューティアの言うドーナツとは、先日俺がファンシアと出かけた際、クーベルのお店で買ったものだ。クーベル曰く、冷蔵庫で2~3週間は持つ代物らしい。

 それはまだ試作品との事だったが、常連という理由で特別に買わせてもらったのだ。個数は10個で、ミューゼシアや俺を含むドレミコード全員分。俺もドーナツは嫌いではないし、彼女が手掛けるドーナツが気になったのもある。

 とはいえ、俺はあくまで従者のため、余った最後の1個を貰う事にしている。あれから2週間経ち、昨日の朝の時点ではまだ抹茶とストロベリー味の2個が残っていた。つまり、食べていなかったのは俺とキューティアというわけだ。

 

「ドーナツならココア……いえ、牛乳ですかね」

「ですです! 甘いドーナツと牛乳のさっぱりした感じがすごく合うんですよ~」

 

 そんなドーナツに合う飲み物は、不思議な事に牛乳が一番合う。それを提案すると、キューティアはさっきの演奏の惨状など忘れたとばかりに、楽しそうな笑顔を見せた。そういう天真爛漫な顔の方が、キューティアには似合うのだ。

 そんなルンルンな足取りで厨房の冷蔵庫に向かったキューティアだが。

 

「あれ……抹茶味だけ……?」

「え?」

「昨日まで、ストロベリーもあったんですけど……」

 

 いざ、そのドーナツの入った箱を開けたキューティアの声が曇る。横長の箱の中には、確かに深緑色……抹茶コーティングのドーナツ1個しか入っていなかった。

 

「バトレアスさん、食べました?」

「いえ、自分は……キューティア様は?」

「私も食べてません……という事は、最低2個は残っていなきゃいけないはずなんです……楽しみにしてたのに」

 

 そこへ、他のドレミコードたちがどうした事かとやってくる。俺は事情を話し、改めてドーナツを食べていない人が他にいないかを確認する。しかしやはり、食べていないのは俺とキューティアだけだ。

 

「……10個あったから、ひとり1個になるはずなんだけど」

 

 キューティアが、普段と違ってやけに疑うような声で皆を見まわすと、ドレミコードたちの表情が硬くなる。

 キューティアがご機嫌斜めなのは、俺でも分かった。それに、こんなに機嫌を悪くするのは初めてな気もする。

 ここは、俺が率先して事態を収めるべきだろう。

 

「でしたら、残った1個はキューティア様が食べて構いませんよ。自分は大丈夫ですから」

「……私、抹茶苦手なんです」

「あっ」

 

 事態を丸く収めようとしたら逆に四角くさせてしまった。

 つまり、残った1個をキューティアは食べられない。必然的に、クーベルのドーナツが食べずじまいになる。さっきの散々な演奏で少なからず落ち込んでいたところで、楽しみにしていたドーナツも食べられてしまった。それは、不機嫌になっても仕方ないだろう。

 

「……バナナ味のドーナツ、食べてみたかったのに」

「え、ストロベリーじゃなかった? 昨日は……」

 

 キューティアの言葉に、俺が反応する前に異を唱えたのは、ドリーミアだった。

 そしてそれを聞いた瞬間、キューティアだけでなく全員がドリーミアを見る。

 

「……ドリーミアちゃん。バトレアスさんが買ってきたその日に食べてたよね? どうして昨日残っていたドーナツまで知ってるの?」

「……あ」

 

 時すでに遅し。

 その場にいる全員の脳裏に、その言葉が浮かび上がった事だろう。

 つまり、ドーナツを食べてしまったのはドリーミアだ。

 途端、怒り心頭とキューティアが腕を振り回す。

 

「ひどいひどい! 私ずっと楽しみにしてたのに! だって今日初めて指揮するって聞いてからずっとその後のご褒美に取っといたんだよ!?」

「し、仕方ないじゃない! だって買ってきたの2週間前よ!? 流石にもう食べないか忘れてると思ったんだから!」

「せめて確認して! 私のドーナツぅぅぅ……!」

 

 そして膝から崩れ落ちるキューティア。

 最初にドーナツを買ってきた時も、キューティアはすごく喜んでいたし、「すぐ食べるのはもったいないので後の楽しみにします!」と言っていた。

 そういえば、キューティアはカードのイラストでもドーナツを食べていた。もしかしたら、彼女の大好物はドーナツなのかもしれない。だとすればあまりにも気の毒で、俺はそっとその肩を優しく叩く。

 

「分かった、悪かったわよ! じゃあ同じの買ってくればいいんでしょ!」

 

 そこでドリーミアが提案する。それが一番だというのは俺も分かっていたが、同時にそれは残念な話でもあった。

 

「えーと、あのドーナツって試作品で……クーベル様がまた改良するって言ってたから多分行っても買えないんじゃないかと」

 

 キューティアが床に膝と手をついてしまう。「orz」という感じの姿勢だった。

 そんな暗澹たる雰囲気の中で、ミューゼシアが一歩前に踏み出すと。

 

「……なら、こうしましょう」

「……?」

 

 ミューゼシアはキューティアの前に膝をつき、その小さな肩に手を置くと。

 

「デュエルで決着をつければいい」

 

 その提案にハッとしたのはキューティアだけでなく、俺もだ。

 よく考えてみれば、ここはデュエルモンスターの住む精霊界の一角。何事もデュエルで決着をつけるのは何ら不思議ではない。それもひとつの手段として自然な事だ。

 

「キューティアとドリーミアでデュエルを……」

「望むところです!」

「……と言いたいところだけれど」

 

 ミューゼシアの言葉にやる気満々のキューティア。一方のドリーミアは、きまりが悪そうに髪を自分の手で梳く。

 

「……でも、あたしまだキューティアと比べたら全然で」

「ええ。一方的な展開になってもおかしくはないわ。だから……」

 

 そうしてミューゼシアは、キューティアの傍らに待機していた俺を見て。

 

「バトレアス、貴方がドリーミアの代わりに戦いなさい」

「はい?」

 

 あまりにも唐突な指名だ。

 ヴァーディクトの件以来、ドレミコードの皆はデュエルを覚えようと頑張っている。しかし、それよりも早く勉強を始めていたキューティアの方が、他の皆より実力は頭ひとつか半分ほどは抜けている。だから、覚えたてのドリーミアを相手にするのは、いくら原因がドリーミアにあるとはいえ平等性に欠けるから、俺を代役に立てたのだろう。

 とはいえ、それはキューティアにとっても些か厳しくはないか。

 

「ちょっと、こっちへ」

 

 さらに俺は、ミューゼシアに手招きをされて、厨房の隅まで連れていかれる。皆と距離を十分に取ったところで、ミューゼシアは切り出してきた。

 

「……さっきのキューティアの指揮で、あの子をまだリーダーとして信用していない妖精の子がいたのは覚えているでしょう?」

「それは、はい」

「なら、デュエルをしているキューティアの姿を見せて、少しでも信用してもらう機会を作るの。丁度、あの子もやる気になっているみたいだし」

 

 なるほど。

 俺とのデュエルで真剣なキューティアの姿を見れば、妖精体たちの意識も変わるかもしれない。きっかけは自体はキューティアにとって可哀想なものだが、そう捉えれば好機と言えるか。

 

「くれぐれも、手加減はしないように」

「……それ、今のキューティア様には一番きついかと」

 

 にっこりと笑ってミューゼシアに言われるが、弱り目に祟り目状態なキューティア相手に本気で戦えと言うのは、それこそ心が痛む。

 ただ、俺が手加減してキューティアが快勝しても、妖精体たちの信頼も得にくいだろう。ここは、心を鬼にすべきか。

 

「キューティア様、こうしましょう」

 

 だから俺は、キューティアの下へ戻り、提案をする。

 

「もしもキューティア様が勝てば、例のドーナツをもう一度作ってもらえるかクーベル様に交渉してみます。それでも作れないとの事だったら……代わりと言っては何ですが、お好きなケーキを好きなだけご馳走しましょう」

「……私が負けたら」

「この話はなかった事に」

「……分かりました」

 

 俺とミューゼシアの話は聞こえなかっただろうが、それでもデュエルで力を出してもらうために、ご褒美を提示する。あの都市の世界への行き方は分かったし、クーベルの店の場所も覚えている。この手の頼み事は差し出がましいし、クーベルにも悪いが、キューティアは日々頑張っているのだ。それを押してでもご褒美は用意すべきだ。

 そしてその条件を、キューティアは飲んだ。

 

「でも、バトレアスさんが【ドレミコード】を使ったら、すぐに勝負がついてしまうのでは……?」

 

 エリーティアに言われて、俺も少し答えに困る。

 これまで俺はキューティアと何度もデュエルをしてきており、毎回俺とキューティアは同じデッキを使っていた。しかも、キューティアのデュエリストレベルは、俺が順位付けするのも烏滸がましいが中くらい。対して、俺が使い慣れた【ドレミコード】で戦うと、割かし勝負が決まってしまうのが早い。

 だから、今回は趣向を変える事にした。

 

「実は先日、新しいデッキを作りまして。丁度キューティア様の練習に良いかと思って組んだので、それで戦いましょう」

「おっ、あのデッキ使うんだ?」

 

 クーベルの店で買い物をした日に、俺はストラクチャーデッキを購入した。それをファンシアはちゃんと覚えていたらしい。

 そのデッキパワーは、キューティアのデッキ相手だとまだ未知数のところが多い。これなら勝負が分かりづらくなる。

 

「キューティア様にとっても、自分にとっても、勝負がどう転ぶかはわかりません。如何でしょう」

「……では、それでお願いします」

 

 キューティアが頷く。

 これで、勝負に必要な話は全てついた。

 

 

 屋敷の外へ出て、デュエルをするのは玄関の前。ヴァーディクトだけでなく、バスター・ブレイダーやクルヌギアスと言った、重要な戦いを繰り広げた場所とほぼ同じだ。

 

「キューティア、頑張って~!」

「応援していますよ」

 

 エンジェリアとグレーシアが、キューティアに向かって手を振る。キューティアはそれに応えて微笑みながら、デュエルディスクを装着する。円形の天板に、盤面は丸を横に五つ並べたものだ。

 デュエルを観るのはドレミコードの全員で、その誰もが妖精体を傍らに従えたり、頭に載せたり、胸に抱いたりしている。ミューゼシアの言った通り、これは妖精体の皆にキューティアの戦う姿を見せるためのデュエルだからだ。

 この状況、しかもキューティアは好物のドーナツを食べられている。俺が勝ったら完全に悪者扱いだが、状況が状況だけに仕方がない。

 

「バトレアスさん、お願いします」

「こちらこそ」

 

 挨拶を交わしつつ、俺もデュエルディスクを展開する。ドレミ界で経験したこれまでのデュエルと違うのは、ディスクにセットされているデッキが最初から【ドレミコード】ではない点だ。

 

「「デュエル!」」

 

バトレアス LP4000

VS

キューティア LP4000

 

 デュエルディスクが先攻を示した。

 最初の5枚は悪くない。とはいえ、キューティアのデッキや力量を考えると、初手は慎重に出た方がいい。だから、まず手にするのはこのカードだ。

 

「俺の先攻。俺は《H・C(ヒロイック・チャレンジャー)サウザンド・ブレード》を召喚!」

 

 フィールドに最初に姿を見せたのは、長刀を手に持ち、背中に大量の刀を装備した白と銀の鎧の戦士だ。

 

H・C サウザンド・ブレード

ATK1300 レベル4

 

「そして効果発動! 1ターンに1度、手札から『ヒロイック』カード1枚を捨てる事で、デッキから『ヒロイック』モンスター1体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする」

 

 手札から捨てるのは《ヒロイック・ギフト》。そしてデッキから呼び出すモンスターは少し悩み、手札のカードを鑑みて選び抜く。キューティアは発動できる効果がないのか、頷くだけだった。

 

「《H・C エクストラ・ソード》を特殊召喚!」

 

 右手に大剣、左手には短剣を握る焦げ茶色の鎧の戦士がフィールドに降り立つ。そして、サウザンド・ブレードは片膝をついて守備の体勢を取った。

 

H・C エクストラ・ソード

ATK1000 レベル4

 

H・C サウザンド・ブレード

ATK1300→DEF1100

 

「俺はレベル4のサウザンド・ブレードとエクストラ・ソードでオーバーレイ!」

 

 ドレミ界特有の、淡桃色の空に向けて手を掲げると、2人の戦士がオレンジ色の光へと姿を変え、空へ舞い上がった。

 

「2体の戦士族モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚!」

 

 地面に現れたエクシーズの渦に2つの光が飛び込み、光の柱がその中心から伸びる。

 

「現れろ、《H-C(ヒロイック・チャンピオン)ガーンデーヴァ》!!」

 

 その光の柱から、勢いよくモンスターが飛び出した。黒と金の鎧を纏い、左腕にクロスボウを装着した騎兵。同じく鎧を装着した馬は、勇ましく嘶いた。

 

H-C ガーンデーヴァ

ATK2100 ランク4

 

「エクストラ・ソードを素材にエクシーズ召喚した事で、ガーンデーヴァの攻撃力は1000ポイントアップする!」

 

H-C ガーンデーヴァ

ATK2100→3100

 

「カードを3枚伏せてターンエンド」

「へー、何だかカッコいいモンスターだね」

 

 1ターン目を終えると、デュエルを見ていたエンジェリアが、ガーンデーヴァを見て興味深そうに言う。

 

 実際、俺がこの【ヒロイック】を使う理由の一つは、男としてこのカテゴリに属する戦士たちのカッコよさに惹かれたところがある。後は、このデッキのスタイルが「高い攻撃力で攻めまくる」という、シンプルなところが個人的に好きだからだ。

 強力な上級モンスターを呼び、魔法や罠でサポートする戦い方は他のテーマにもよくある。だが、ほとんどのモンスターに耐性がなく、兎に角高攻撃力を出してバトルに打ち勝つスタイルは、やはりロマンがあっていい。

 だからこそ、このデッキは実際に紙で持っておきたかった。ファンシアと訪れたカードショップでこのストラクチャーデッキを見つけた時は、嬉しかったものだ。

 

 

「私のターン、ドロー!」

 

 感慨に耽るのもほどほどにし、力を込めてドローしたキューティアを見る。最初のターンから攻撃力3000越えのモンスターを出す事は、【ドレミコード】ではほとんどなかった。なので、キューティアにとってこの展開は経験した事がないだろう。さて、どのように打って出るか。

 

「永続魔法《神の居城-ヴァルハラ》発動!」

 

 まずキューティアが発動したのは、ミューゼシアとのデュエルでも見た石造りの開放的な神殿。ここで呼び出されるモンスターが重要となる。

 

「そして、その効果を発動。私のフィールドにモンスターが存在しないため、手札から天使族の《力の代行者 マーズ》を特殊召喚します!」

 

 翼を力強く広げて現れる、筋骨隆々とした男の天使。赤みがかった翼と衣は、その眼力と合わせ力強さを前面に出している。

 

力の代行者 マーズ

ATK0 レベル3

 

 その攻撃力は0。ステータスからして上級モンスターを呼ぶための布石と判断し、ここはガーンデーヴァの力を借りる。

 

「ガーンデーヴァの効果発動! 1ターンに1度、相手がレベル4以下のモンスターを特殊召喚した時、オーバーレイ・ユニットを1つ使う事で、そのモンスターを破壊する!」

 

H-C ガーンデーヴァ

ORU:2→1

 

 周りを漂うオーバーレイ・ユニットのひとつが、ガーンデーヴァの矢筒に吸い込まれて光を放つ。その中から光り輝く矢を1本取り出すと、ガーンデーヴァはクロスボウでそれを素早く射る。光の矢を受けたマーズはすぐさま破壊されてしまった。

 

「なら、《神秘の代行者 アース》を召喚!」

 

 即座に次の手を打つキューティア。続いて呼ばれたのは、白い肌に長く白い髪が特徴的な、中性的な見た目の天使。緑の翼と青い衣も合わせて、宇宙から見た地球のようなカラーリングに見えた。

 

神秘の代行者 アース

ATK1000 レベル2

 

「このアースを召喚した時、効果発動! デッキから自身以外の『代行者』と名のつくモンスター1体を手札に加えます。私が手札に加えるのは《命の代行者 ネプチューン》。そして、このネプチューンを手札から捨てて効果発動! 手札または墓地から、他の『代行者』1体を特殊召喚します。墓地からマーズを特殊召喚!」

 

 キューティアの背後に、深い青色の翼を生やす屈強な男の天使が半透明で現れる。それは手に持つ三叉を掲げると姿を消し、入れ替わるように先ほど葬られたマーズがフィールドに降り立った。

 

力の代行者 マーズ

DEF0 レベル3

 

「レベル3のマーズにレベル2のアースをチューニング!」

 

 キューティアの宣言と共に、アースは何かを受け入れるように翼と腕を広げると、二つの光の環へと姿を変える。その環を、マーズが力強く翼を羽ばたかせてくぐった。

 

「シンクロ召喚! レベル5、《冥府の執行者 プルート》!!」

 

 眩い光と共にフィールドに降り立ったのは、毒々しい紫色の翼を生やし、黒い衣に身を包んだ男の天使。灰色の肌と併せて、先ほどまで見た「代行者」より邪悪な雰囲気がする。

 

冥府の執行者 プルート

ATK2300 レベル5

 

「プルートの効果発動! 1ターンに1度、墓地の天使族モンスター1体を除外する事で、フィールドの効果モンスター1体を裏守備表示に変更します」

「む……」

「私は墓地のネプチューンを除外し、ガーンデーヴァを裏守備表示に!」

 

 魔法陣がフィールドに現れ、その中からネプチューンのカードが現れると、すぐに虚無の渦へ飲み込まれる。

 それを見届けたプルートが腕を広げると、漆黒の球体を生み出して、馬に乗るガーンデーヴァへと投げつけた。まともに喰らったガーンデーヴァは、裏側守備表示を示す横向きのカードへと姿を変えてしまう。

 

「除外されたネプチューンの効果で、私はデッキから《天空の聖域》を手札に加えます。そして、このフィールド魔法を発動!」

 

 手札に加えたフィールド魔法を即座にプレイする。直後、ドレミ界の空が青色に変わった。《神の居城-ヴァルハラ》の影響で、周囲の景色は神殿のままだが。

 

「バトルです! プルートで裏守備表示のガーンデーヴァを攻撃!」

 

 キューティアが指さすと、ガーンデーヴァが再び表側表示に変わる。しかし、一度裏守備表示になった事で、エクストラ・ソードの効果によるパワーアップはリセットされていた。それ以前に、その効果でアップするのは攻撃力だけだ。

 

H-C ガーンデーヴァ

DEF1800 ランク4

 

 表になったガーンデーヴァを見て、プルートは不敵に笑い、今度は翼をはためかせ紫色の風を巻き起こす。ガーンデーヴァは苦しげな声を上げて破壊された。

 

「そして私は、カードを1枚伏せてターンエンドです」

「このエンドフェイズに、罠カード《トゥルース・リインフォース》発動! デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚します。《H・C アンブッシュ・ソルジャー》を守備表示で特殊召喚!」

 

 キューティアのエンドフェイズに合わせ、デッキから新たにモンスターを呼び出す。偵察用なのか、奇妙な形状のマスクをかぶり、コートを羽織る小柄な戦士だ。

 

H・C アンブッシュ・ソルジャー

DEF0 レベル1

 

 そして最初のターンが終わったところで、俺は自然と声が漏れた。

 

「やはり、カードのプレイングが上達していますね。お見事です」

「どういたしまして。それにこのデュエルは負けたくありませんから」

 

 俺にデュエルの教えを乞うてきたばかりの頃より、カードの選択やプレイングに迷いがなくなっている。それだけ今回のデュエルはキューティアにとって重要だからか、それとも経験則か。

 それでも、成長にばかり気を取られていてはいられない。この【ヒロイック】でキューティアの【代行者】と戦うのは初めてだから、気を引き締めて臨まなければ。

 


 

《誰がどのドーナツを食べたのか?》

 

キューティア:×

ドリーミア:バナナ、ストロベリー(ギルティ)

エリーティア:チョコレート

ファンシア:ラズベリー

グレーシア:プレーン

エンジェリア:チョコミント

ビューティア:ピーチ

クーリア:カスタードクリーム

ミューゼシア:シュガー

バトレアス:(抹茶)

 

バトレアス「……クーリア様」

クーリア「やめてバトレアス、分かってるの。カロリー的には抹茶かプレーンがいいって事は分かってるの。だからお願い、そんな『体重管理とは一体……』って目で見ないで」

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