ブリッジヘッドの司令部は、俄に慌ただしくなっていた。
多次元手配中のターゲット、バトレアスを突然発見したのだからそれも当然といえる。彼の姿を監視カメラで捉えたのは1〜2か月前。それ以来、どのカメラを辿っても追跡できず、別の次元・世界に展開しているエージェントたちが総力を挙げても見つけられなかったのだ。そんな奴がいきなり現れれば、多少の混乱も起きる。
そんな中でラプスウェルは、この機を逃してはならないと強く考えていた。ここでまたバトレアスを見失ったら、今度は永遠に見つからなくなる予感がする。だから、なんとしても捕まえなければ。
今やラプスウェルの中でのバトレアスは、S-Forceが追い続けている、マスカレーナやクロノダイバーといったお尋ね者と同じように重要なターゲットだ。
「ラプスウェルさん!」
その時、近くにいた責任者兼オペレーターが振り向いて声を上げた。表情からして、焦っているようにも見える。
「どうした?」
「あの、エージェントたちの展開完了の信号を受信したのですが……」
「メインモニターに映せ」
ラプスウェルが指示すると、オペレーターはコンソールを操作し、彼が今モニターで見ているものと同じ画面を中央の一番大きなモニターに映させる。
そこにはこのブリッジヘッド周辺の地図、さらに展開しているエージェントの位置を示す赤い点がその地図上に打たれていた。そして、所定の位置についた事をこちらに知らせるように点滅している。
しかし。
「何やってる! 誰も現場にいないじゃないか!」
ラプスウェルは苛立ちを押さえられず声を上げた。
モニターに映るエージェントの位置情報では、バトレアスがいるB-16ブロックには誰もいない。どころか、そこを避けるように街の広範囲に散らばってしまっていて、隣の区域にすら1人もいなかった。
まさかの伝達ミスかと思い、ラプスウェルは他のオペレーターを見る。だが、彼ら彼女らも困惑するように顔を見合わせて、どうしてなのかとラプスウェルに視線を向けてきた。オペレーターたちが言い間違えたのではないと、反応で分かる。
さらにその時、司令部の扉が開いた。
「上官! エージェント揃いました!」
入ってきたのは、街に展開していたはずのエージェントたちだった。いかにも準備万端ですと言いたげな彼らに、苛立ちを通り越して困惑する。
「何で戻ってきた!?」
「え、だって司令部で作戦を伝えるって――」
「誰の指示だ!」
「司令部、ですけど……」
先頭にいたエージェントに問い詰めるが、指示通りにしたのになぜ怒られるのか分からないという顔。
ラプスウェルは、オペレーターたちと顔を見合わせて、ようやく気付いた。
「クソッ、通信を乗っ取られた!」
事態を把握した直後ではもう遅い。そして、間違った場所に展開したエージェントに連絡しても、指示が正しく伝わるかが不明瞭だ。
仕方なく、傍にあった通信用のマイクを手繰り寄せ、放送範囲を館内にする。
「動けるエージェントは直ちに司令部に集合しろ!」
こうなったら、ブリッジヘッドに待機している人員をかき集めて事態を収束させるしかない。
そして、S-Forceの通信を乗っ取るとは。バトレアスは最早重要参考人どころじゃない。完全な犯罪者だ。
◆ ◇ ◇
バトレアス LP4000 手札1
【モンスターゾーン】
【魔法&罠ゾーン】
伏せカード1
ウィズダム LP4000 手札1
【モンスターゾーン】
サイバー・ドラゴン ATK2100 レベル5
【魔法&罠ゾーン】
伏せカード1
白昼堂々街中でエアガンをつけたドローンを飛ばし、混乱を招いた挙句、俺にデュエルを挑んできたウィズダム。
まだあちらのデッキ、【サイバー・ドラゴン】はエンジンが温まりつつあるぐらいだろう。しかし、さっきの危険な行為も考えると、じっくり戦おうという気分にはなれない。
ファンシアとプリモアは、逃げられただろうか。ただこの場を離れるだけなく、ドレミ界に帰るよう指示したのは、ウィズダムに仲間がいるとも知れなかったからだ。彼は2人に用はないと言ったものの、完全には信用しきれない。だから、安全なドレミ界に帰らせたのだ。
ちゃんと帰れたかどうかは俺には分からないが、今はそれを信じてデュエルに向き合う。
「俺のターン、ドロー!」
引いたのは罠カード。残念ながらこのターンでは使えない。
俺のフィールドのガーンデーヴァと、あちらの《サイバー・ドラゴン》の攻撃力は同じ。このままバトルに入っても無益な戦いに終わるだけだ。
であれば、さっき発動した《刺し違
「装備魔法《エクシーズ・ユニット》をガーンデーヴァに装備。装備モンスターの攻撃力は、そのランク1つにつき200ポイントアップする!」
カードを装備させると、ガーンデーヴァの身体を白いオーラが覆い、さらに周りを漂うオーバーレイ・ユニットの輝きが少しだけ強くなった。
H-C ガーンデーヴァ
ATK2100→2900
これで、攻撃力は多少だが上がった。さらに《エクシーズ・ユニット》は、装備モンスターがオーバーレイ・ユニットを消費して効果を使用する際の肩代わりにできる。ウィズダムが【サイバー・ドラゴン】だとすれば、レベル4以下のモンスター特殊召喚する頻度は低いだろう。こちらはあくまで保険だ。
そして俺がフィールドに伏せているカードは、バトルフェイズ中の罠カードの発動を無効にできる《トラップ・ジャマー》。これがあれば、仮にウィズダムが《
「バトル――」
「《サイバー・ドラゴン》をリリースし、罠カード《アタック・リフレクター・ユニット》発動!」
だがそこで、ウィズダムが罠カードを発動した。デュエルディスクを見てみるが、まだバトルフェイズに移行していない。《トラップ・ジャマー》は使えなかった。
「その効果で、私は手札・デッキから《サイバー・バリア・ドラゴン》を特殊召喚する!」
《サイバー・ドラゴン》が姿を消して、新たな銀色の機械竜が現れる。それは銀の装甲が分厚く、首の周りには八角形の装甲を取り付けたタイプだ。
サイバー・バリア・ドラゴン
ATK800 レベル6
しかし《サイバー・ドラゴン》よりも攻撃力が大幅に下がっている。効果はいまいち覚えていないが、ここは攻める時だろう。
「ガーンデーヴァで《サイバー・バリア・ドラゴン》を攻撃!」
「《サイバー・バリア・ドラゴン》の効果! このカードが攻撃表示の場合、1ターンに1度、相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」
ガーンデーヴァがクロスボウを構えたタイミングで、《サイバー・バリア・ドラゴン》が首を八角形のパーツに引っ込める。するとシールドが起動し、ガーンデーヴァは攻撃を中止する仕草を取った。
「俺はカードを1枚伏せてターンエンド」
最後にさっきドローした罠カードを伏せる。これ以上できる事はなかった。そして今伏せたカードは、諸刃の剣とも言えるため、発動する機会は来てほしくない。
「私のターン、ドロー!」
ドローしたカードを見て、ウィズダムは笑った。明らかに何らかのキーカードを引いたと見える。
身構えると、ウィズダムは別の手札に指をかけた。
「ライフポイントを半分払い、速攻魔法《サイバネティック・フュージョン・サポート》発動。このターン、自分が機械族モンスターを融合召喚する際に1度だけ、手札・フィールド・墓地のモンスターを除外して融合素材にできる!」
ウィズダム LP4000→2000
今の時代、大きなデメリットもなく手札やフィールド以外のモンスターを融合素材に使えるカードは数多い。
だから正直、そのカードは存在を知っていても、現実で使われる可能性はあまりないだろうと思っていた。そんなカードを使われた事だけでなく、この状況でその効果を使った事に緊張感を抱く。
「……それを使うって事は」
「勿論、融合するカードもあるとも」
言いながらウィズダムは、最後の手札を高々と掲げた。それこそが、ついさっき引いたものだろう。
「魔法カード《パワー・ボンド》発動!」
「……!」
その融合カードは、アニメの《サイバー・ドラゴン》の使用者共々、特別な存在感を示していたものだ。
「このカードの効果により、機械族の融合召喚を行う。私は《サイバネティック・フュージョン・サポート》の効果で、墓地の《サイバー・ドラゴン》2体、そして《サイバー・ドラゴン》として扱う《サイバー・ドラゴン・フィーア》を除外して融合!」
空に巨大な融合の渦が出現し、3体の機械竜がその中へと吸い込まれていく。
(まずい……)
融合の渦が稲妻を纏わせ始めたのを見て、敗北を覚悟する。
【サイバー・ドラゴン】を知っているからこそ、この状況でウィズダムが呼べて、俺にとっては痛手となる融合モンスターには心当たりがある。そして、そのモンスターが召喚されたら、俺の負けだ。
「このデュエルの目的は、君にこれを見てもらうためだ」
だが、ウィズダムはそう告げると、ディスクのエクストラデッキにあたる部分からカードを1枚取り出した。あのカードこそ、今から融合召喚するカードだろう。
そしてそのカードが掲げられた直後、機械竜を飲み込んだ渦の中心から雷が放たれ、地面に降り注ぐ。それは単なるソリッドビジョンではないらしく、近くの街灯の電球が砕け散った。
しかもそれを見上げていると、妙なプレッシャーに苛まれ、空気の重苦しさに頭を押さえる。これと似たような感覚は、ここ最近何度も経験していた。
「よく見ろ、そして肌で感じろ! これこそが『エグザム』の本当の力だ!」
「エグザム……?」
高らかに、得意げに告げたウィズダムの言葉に眉を顰めるが、お構いなしにウィズダムは手にしていたカードをディスクの盤面に置く。
直後、そのデュエルディスクはショートするかのように電撃と火花を散らし、強い輝きを放った。
「融合召喚! 出でよ、レベル10!《サイバー・エンド・ドラゴン》!!」
融合の渦から光の柱が出現し、さらにそれを囃し立てるように雷が何度も閃いて、フィールドを埋め尽くさんとした。あまりの輝きの強さに俺は目を閉じ、さらに周囲に落ちる雷を何とか避けようと、体勢を低くする。デュエル中とは思えない状況だ。
そんな中で、雷の音よりも大きな咆哮が響き渡り、目を開ける。そこにいたのは、銀色の装甲で全身を覆った3本の首を持つ龍。それぞれの頭の形状は微妙に異なっており、さらにその背には巨大な翼を生やしていた。
サイバー・エンド・ドラゴン
ATK4000 レベル10
それは、まさに【サイバー・ドラゴン】のエースとも呼べる大型融合モンスター。このカードも十分強いが、俺が召喚されるのを恐れていたモンスターとは違った。
だがそれに安心する暇もなく、姿を目にした瞬間に全身が突き刺さされるような、痛みすら覚えるほどの強い衝撃に襲われる。
それはクーリアや迷宮姫、屍迷人とのデュエルで味わったものに似ているが、それ以上の強さと濃度。
間違いなく、あの《サイバー・エンド・ドラゴン》は、例の白紙のカードと同じものだ。今まではただの「白紙のカード」だったが、ウィズダムの言葉を借りれば、「エグザム」というのか。
「《パワー・ボンド》の効果で召喚したモンスターの攻撃力は2倍になる!」
サイバー・エンド・ドラゴン
ATK4000→8000
さらに攻撃力がアップした瞬間、《サイバー・エンド・ドラゴン》の身体が青白いオーラに覆われる。オーラはやがて四方八方へと勢いよく拡散し、周辺のビルや道路、自動販売機、車、ガードレール……兎に角物という物に当たると、至る所で爆発を引き起こした。今度のは、さっきのドローンのエアガンなど比べものにならない、大量破壊兵器と同じレベルだ。俺の目に見える範囲で無傷なものなど何もない。
「うわああああああ……っ!」
まるで戦場のど真ん中に放り出されたような事態に、情けない声を上げてしまう。
そんな中でも、ウィズダムは意にも介さず笑ってデュエルを続けた。
「《パワー・ボンド》の代償として、私はこのターンのエンドフェイズに《サイバー・エンド・ドラゴン》の元々の攻撃力分のダメージを受ける。だが、このターンに勝てば問題ない!」
ウィズダムは俺を指さした。
「バトルだ!《サイバー・エンド・ドラゴン》でガーンデーヴァを攻撃! エターナル・エヴォリューション・バースト!!」
辺りを無差別に破壊するオーラの放出をやめた《サイバー・エンド・ドラゴン》が飛び立ち、3つの首がそれぞれエネルギーを蓄え始めると、一斉にそれを放ってくる。
あれを喰らえば、俺のライフは尽きる。
いや、こんな風に周囲に被害をもたらすモンスターの攻撃など受けたら、生きているかも分からない。
だが、今伏せているカードでは、攻撃もダメージも躱せない。勝てない。
それでも、ただ負けるわけにはいかなくて。
「ガーンデーヴァを対象に、罠カード《ヒロイック・リベンジ・ソード》発動! このカードを装備カード扱いで装備する!」
そのカードを発動すると、ガーンデーヴァの空いている右手に、赤い剣が握られた。
「装備モンスターとバトルした相手モンスターは、ダメージ計算後に破壊される!」
「それは君のライフが残らなければ意味がないぞ!」
勝利を確信したように笑っているウィズダム。
だが、本当の狙いは違う。
「そして、装備モンスターのバトルで俺が受けるダメージは……相手も受ける!」
「!」
最後の効果を聞き、ウィズダムは意表を突かれたような表情に変わる。
《サイバー・エンド・ドラゴン》が放った3つのエネルギー弾を、ガーンデーヴァは赤い剣を構えて受け止め、自分自身と俺を守るように防ごうとした。しかし、それだけでは勢いを殺しきれず、ガーンデーヴァは呻き声と共にそのエネルギー弾に飲み込まれる。
さらにその戦闘によって、俺とウィズダムの目の前で大きな爆発が起こり、爆炎と熱風、砂埃、衝撃波を受けて後ろへ吹き飛ばされた。
「ぐああああああああああああああああああああああっ!!」
「く……っ!!」
バトレアス LP4000→0
ウィズダム LP2000→0
◇ ◆ ◇
「……で、バトレアスさんが変な男の人に絡まれて……ボクらだけ、先に帰るんだって」
ドレミ界に戻ったファンシアは、玄関先で膝をつき、状況を話していた。
普段から活発な彼女も、いきなり街で無差別乱射が起きた事には動揺を取り繕えないらしい。同じく戻ってきたプリモアも、頭を押さえて目をぎゅっと閉じていた。怖かった事は想像に難くなく、ビューティアはそんな彼女の背中を優しくさすった。
「つまりバトレアスは……その都市の世界で得体の知れない男とひとりで戦っている、と」
グレーシアが冷静に告げると、ファンシアは唇を噛む。
その判断を一番後悔しているのはファンシア自身だと、ビューティアも汲み取れた。いくらバトレアスにデュエルの腕があって、自力で帰れるタクトを持っていて、本人から必ず戻ると言われても、危険な状況に置いていく事がどれだけ非情な判断か。それを悔やんでいないはずがない。
「ミューゼシア様」
「ええ、分かってる」
ビューティアが呼ぶと、ミューゼシアは特殊な振り方でタクトを振る。
以前話に聞いたが、バトレアスのデュエルディスクにはミューゼシアが特殊な術式を仕込んでいる。それはミューゼシアの力を使い、強制的にバトレアスをドレミ界に転送するというもの。プライベートと引き換えな気がしないでもないが、今は緊急事態だ。ミューゼシアを頼らざるを得ないし、バトレアスの命のほうが大事だ。
だが、タクトを振り終えたミューゼシアは眉を顰める。
「……反応がないわ」
「そんな!」
声を上げたのはファンシアだ。
「どうしてですか!?」
「考えられるのは……彼がデュエル中か、あるいはディスクに故障が生じたか」
「それなら、直接行って連れ戻すしか……」
表情を曇らせながらミューゼシアが言うと、グレーシアが自分のタクトを取り出す。
「待ってください……」
しかしそこで、少し抑えめの声を挟んできたのは、頭を押さえたままのプリモアだった。
彼女は今も目を閉じたまま、何かを考えこむかのように、少しだけ前のめりになっている。
「何でしょう、声が……」
「え?」
「バトレアスさんの、声が聞こえてくるんです……」
プリモアの言葉を受け、ミューゼシアがゆっくりとその灰色の髪に触れる。
ミューゼシアから、プリモアはクーリアとバトレアスの意思を少しずつ受け継いでいると、ビューティアは聞いている。だからおそらく、プリモアも今のバトレアスの状況が、何となくだが伝わるのだろう。
「バトレアスは、今どうなっているか分かる?」
ミューゼシアが聞くと、プリモアは目を閉じたまま、口を開く。
「……すごく傷ついているけど、無事みたいです。『大丈夫だ』って、まるで私に話しているみたいで」
「強がりの可能性も否めませんがね……」
「いえ、これは……無意識なのかも、しれないです……」
グレーシアが困ったように笑うが、プリモアは自分でも確信が持てないながらも付け足す。
「どうしますか?」
ビューティアが聞くと、ミューゼシアは顎に指をやる。
ファンシアの言葉が正しければ、バトレアスがトラブルに巻き込まれたのは都市の世界。ビューティアも何度か行った事があるが、そこはアロマの庭や迷宮城とは違い、一般人が大勢いる。そこへドレミコードの天使がこれ見よがしに介入すれば、確実に存在を認知されるだろう。
さらに、バトレアスが遭遇したウィズダムという男は、彼を知っていた。となれば、ドレミコードの存在をも知っているかもしれない。ファンシアの話にあった危険な行動も踏まえると、かつてのヴァーディクトのような凶暴性と危険性を備えているだろう。
ビューティアは勿論、助けたい。けれど、そんな輩の前に姿を見せてしまうと、もしかしたらドレミ界に危険が及ぶもしれない。
だから、動きたくても動けない。誰にとっても歯がゆい状況だった。
◇ ◇ ◆
「う……っ」
気を失っていたのは、果たしてどれぐらいだったのか。
背中と後頭部に伝わるざらざらとした感触に、意識が半ば強制的に引き上げられる。
「大丈夫か?」
そう声を掛けてきたのは短い銀髪の男……ウィズダムだ。彼もまた少し服や髪が乱れているが、俺を見下ろすその姿からは余裕を感じる。
ふつふつと、怒りが心の中で再燃しだした。
「大丈夫なわけ……ないだろ……」
「大丈夫そうだな」
憎まれ口を叩くが、ウィズダムは鼻で笑う。
そこで、俺も周囲の様子を窺えるほどに意識がはっきりとしてくる。
「……何だ、これは」
目に入った景色は、ひどいものだった。
さっきまで普通に人や車が行き来していた街は、まるで爆撃でも受けたかのような有様。道路のアスファルトは抉れ、建物の窓ガラスはほとんど砕け散り、外壁も崩れ落ちている。俺がさっきまでもたれかかってていたのも、近くのビルの崩れた一部だった。道路脇に駐車していた車はポテトチップスみたいにひしゃげ、折れ曲がった自動販売機はショートしたのか電気が走っている。頭上に広がる空の青さが、余計に悲しさと虚しさを強くさせた。
「エグザムの力だ」
困惑する俺を前に、どこか自慢げな態度で答えるウィズダム。
沸騰した怒りの感情が前に出てきた。
「エグザムって何なんだ!?」
「我らが創造主が解き放った、人智を超越した力。人類を進化させる力だよ」
俺が立ち上がれるように、ウィズダムが左手を差し出してくる。けれどそれには頼らず、自力で立ち上がって拳を握る。ヴァーディクトのような不快感とは違い、この光景を前にしても冷静を保ったままのウィズダムは、別のベクトルで苛立ちを募らせてくる。
「……人類の進化? こんな風に、街を破壊する事が……進化だって?」
さっきまで気を失っていたせいで、何度も怒鳴れるほど身体に力を入れられない。だけど、怒りと戸惑いの感情はなおも尽きなくて、問い詰める以外できない。
「これはあくまで、エグザムの使い方の一つにすぎない」
言いながら、ウィズダムは1枚のカードを見せる。
それは《サイバー・エンド・ドラゴン》。見た目自体は普通のカードだが、周りをこんな風にしたカード。俺が今まで見てきた白紙のカードと同じような感覚がする、「エグザム」。
「他にも、こんな――」
ウィズダムはまだ何かするつもりなのか、そのカードを掲げて辺りを見回す。
しかしそこで、近くにあった隔壁のひとつが突然破られた。さらに雪崩込むように、10人以上の男たち、さらに2つの首を持つ機械仕掛けの黒い犬が十何機と姿を見せる。
「そこを動くな!」
そして前に出てきたのは、オレンジの筋肉質の体にマントを纏った異形の男。悪魔みたいな風貌のその男は、見覚えがあった。
《S-Force ラプスウェル》。つまり、駆けつけてきたのは「S-Force」か。
そのS-Forceたちは、全員が俺とウィズダムに向けて銃を構えている。この街の惨状を見て、俺たちがその原因を作ったと考えているのだろう。実際、さっきのデュエルでウィズダムが使った《サイバー・エンド・ドラゴン》の影響でこんな事になったのだから、間違いではない。
俺はどちらかと言えば巻き込まれた側なのだが、大人しく両腕を上げる。とはいえ、さっきのデュエルので衝撃で右腕を痛めてしまったので、真っ直ぐには上げられない。ウィズダムも、一応は抵抗の意思がない事を示すためか両腕を上げた。ただし、《サイバー・エンド・ドラゴン》のカードを銃で狙われないように指で挟んでいる。
「S-Forceか。随分と遅かったな」
「何?」
「言っただろう? エグザムの力は既に発揮されていると」
あの時は深く考えなかったが、確かデュエル前にはそんなことを言っていた気がする。それとS-Forceに、何の関係があったのか。
「……お前か、我々の通信を妨害したのは」
「ご明察」
ラプスウェルが苛立ちを露わに告げると、ウィズダムは得意げに笑った。どうやら、ウィズダムはS-Forceの到着が遅れるよう仕組んでいたらしい。
「驚く事はないはずだ。君たちも同じ力を持っているのだから」
「黙れ! 大人しくしろ」
「まあ聞け。君たちにも損はない話だぞ」
ウィズダムは、S-Forceに包囲されてもなお、不敵に笑ってラプスウェルに話しかけた。俺なんか、公的機関の面々に銃を向けられている緊張感で、冷や汗が止まらないというのに。
「エグザム、と言っても伝わらないか。君たちは、ある特殊なカードを1枚持っているはずだ。一見ただのカードだが、膨大なエネルギーを宿している危険なもの。覚えがあるだろう」
「……何の話だ」
ウィズダムの言葉に、ラプスウェル以外の隊員たちは、小首を傾げたり仲間と顔を見合わせたりしている。だが、ラプスウェルはとぼけるように一言だけ返す。
それだけを見て、ウィズダムの言葉は図星だと分かったし、S-Forceの内部で情報統制がされているのだろうと予測できる。
そして、その影響力を何度も目の当たりにし、さっきウィズダムが使ってみせたような危険なカードを、S-Forceほどの組織が持っている事の重大さにも遅れて気付いた。
「誤魔化すならそれでもいい。だが、君たちはまだそのカードの真の力を理解していないようだから、私が知らせに来たわけだ」
「ふざけるな! 我々を愚弄し、このような惨状を招いた奴が――」
「これでもか?」
強い口調でラプスウェルが告げるが、それを遮るように、ウィズダムが指に挟んでいた《サイバー・エンド・ドラゴン》のカードが光り輝く。
その光の強さに目を閉じる。
10秒ほど経ってから、恐る恐る目を開けてみると。
「……は?」
そこにあったのは、無傷の街だ。さっき見たような戦場の跡地みたいな惨状は、どこを見てもその名残さえ見つけられない。俺が立っている道路も、ビルも、車も、何もかもが元通り。デュエルの前どころか、攻撃ドローンがエアガンを乱射する前の、綺麗な街並みに戻っていた。
人がいないのと、隔壁が聳えているを除けば、何も起きていなかったような状態だ。
「何だこりゃ……」
「私たちは、幻覚でもみていたってのか……」
S-Forceの隊員たちも、驚きを隠せていない。まさにその通りで、俺は幻でも見せられていたような気分になってしまう。ラプスウェルも露骨に驚きはしなかったが、視線を周囲に巡らせ、状況を飲み込もうと必死だった。
「現実だよ、全て」
そんな中、ウィズダムは片手を下ろし、誇らしげに《サイバー・エンド・ドラゴン》を……エグザムのカードを示すように、手の中で揺らす。誰も、何も言えなかった。
「何を創るも、何を壊すも自由。偽りを真実に書き換える事もできれば、真実を嘘にもできる。何でもできると言っていい」
「……」
「誰も知り得ない情報さえ手に入れられる」
そうしてウィズダムは、俺を見ると。
「彼がこのエグザムを2枚持っているのも、私は知っている」
「なっ……!」
驚きの声を上げたのはラプスウェル。エグザムのカードを今の今まで知らなかった一般隊員たちは、さほど驚いた様子がない。しかし、事情を少し詳しく知っているだろうラプスウェルは、その情報の価値をいち早く理解したようだ。
そして、それを知られるのは俺にとってもまずい。
「最後にひとつ、重要な事を君たちに教えておこう」
左手の人差し指を立てるウィズダムは、俺とラプスウェルを交互に見やってから、ニヤリと笑う。
「このエグザムのカードは、私が持っているこれを除いて……全部で『5枚』ある」
「「!」」
「それを全て集めたら、また会おう。そして、我が創造主の下へ連れて行ってやる」
そう告げると、ウィズダムの身体が輝き始めた。
そして、どこかへ転送されるかのように脚から姿が消えていく。
「待て!」
「用は済ませた。長居は不要、失礼する」
職務を思い出したようにラプスウェルが強く呼び止めるが、転送は止まらない。
そしてウィズダムの姿が肩まで消えたところで、銃声が鳴り響いた。
「ッ!!」
思わず、頭を押さえてしゃがむ。さっきウィズダムが動かしたドローンとはまた違う、重厚感がある音。これが、本物の銃の音なのか。
念のため確認してみるが、俺のどこかが撃たれたわけではない。ラプスウェルも撃たれていないし、首の下まで消えているウィズダムの頭も無事だ。そのウィズダムも、呆れたように首を横に振りながら、完全に姿を消してしまった。
改めて周囲を見れば、取り囲んでいるS-Forceのひとりが持っている銃から煙が上がっている。俺はその射線上にいなかったから、無事だったわけだ。
息を吐き、腰を下ろそうとしたら。
「動くな」
ラプスウェルが冷酷に告げてくる。
中腰の状態で視線を上げると、ラプスウェルは冷たささえ感じる目を俺に向けていた。
「君には多次元手配がかかっている。大人しくしてもらう」
「多次元……え?」
およそ普通に暮らしているだけでは言われないような事を言われた。
多次元手配。
それは、指名手配と同じようなものだろうか。
それを、俺が?
「え、あの……その、何でですか?」
「話はブリッジヘッドでする。ついてこい」
思考回路が乱れ始め、事情を詳しく聞こうとしても応じてくれそうにない。ラプスウェルは冷静に手錠を取り出して、近寄ってくる。辺りを囲むS-Forceの局員や、二つの首を持つ黒い犬……ドッグ・タッグもじりじりと距離を詰めてきた。
以前の爆破テロの誤認逮捕とは違う。彼らは本当に、俺を明確なターゲットにしている。
捕らえられる。
ドレミ界に帰れなくなる。
クーリアの、皆の下に帰れなくなる。
予想だにしない、現実味のない事態が立て続けに起きて、頭蓋骨の中の脳が小刻みに震えるような感覚がしてくる。呼吸が乱れ始めた。
ラプスウェルが俺との距離を詰めようと、一歩、また一歩と踏み込んだ時。
軽い金属音と共に、近くに何かが落ちてきた。
「……?」
ゆっくりと、そちらを見る。ラプスウェルもそちらを見ていて、俺に注意はしてこない。
数メートルほど離れた場所に、紫色のボールみたいなものが落ちていた。ボウリング玉より一回り小さいくらいのそれには、猫のような耳のパーツと目の模様、小さなベロがついている。さっきまでこんなものはなかったはずだ。
そんな事を悠長に考えていると、そのボールが内側から弾け、光を放つ。
「―――――――――――――――ッ!?」
直後、何も見えず、何も聞こえなくなった。
耳鳴りのような感覚。はるか上空で飛行機が飛んでいるような、極めて小さな音が耳から離れない。眼球が表面から炙られるような感覚に、瞼を強く強く閉じる。
ついには平衡感覚を保てず尻餅をついてしまうが、伝わってくるのは感触だけで、何も聞こえない。直前まで目の前にいたラプスウェルはどうなったのか。他のS-Forceの局員たちも、同じような状態になっているのか。
その時。
「!?」
誰かに左手を掴まれた。そのまま引っ張られ、よろめきながらもどうにか立ち上がると、どこかへ連れていかれるように歩かされる。
手に伝わってくる感触から、相手は革製の手袋またはグローブを嵌めている。その手は俺より少し小さい。
けれどこちらは、視覚と聴覚を完全に潰されている。かろうじて動けるS-Force局員に捕まった可能性も高い。訳も分からないまま歩かされ、しかも曲がり角なのか急に向きを変えさせられ、腕が変な動きをして痛みまで生じる。酔っ払いの千鳥足みたいな歩き方しかできないのに、相手は急いでいるのか、俺の歩調に合わせるような親切心を感じない。
どれだけ歩かされたか分からない内に、俺の手を引く何某かは立ち止まり手を離した。
かと思えば、いきなり俺の顔を両手で掴んで、ぐわんぐわんと前後に揺らし始める。
「―――っ! な―し―が――っ!」
「だ―――――で―、―を―――さ―」
抗議の声を上げるが、自分の声も満足に聞こえない。
ただ、それに応えるような、声らしきものは微かに聞こえてきた。先ほどよりも聴覚は多少回復しているらしいが、完全には聞こえない。そんな状態で頭をシェイクされたものだから、吐き気まで催して口を押さえる。余計目を開けたくなくなった。
すると、その相手は流石に目の前でリバースされるのが嫌だったのか、俺の顔から手を離してくれた。
それにホッとし、吐き気が治まったのも束の間。
「もう大丈夫ですよ、目を開けてください」
「わっ!?」
ASMRか何かと言わんばかりの超至近距離で囁かれた。
クーリアにしかされた事がなかったそれをいきなりやられて、背筋が震え、思わずのけぞり、目を開ける。
「ちょっと、見つかったらどうするんですか! そんな大声出さないでくださいよ!」
取り戻した視界に若干目が眩むも、周囲の状況は把握できた。
ここは、さっきいた大通りとは違う路地。俺やファンシアたちが、この都市の世界にゲートを開いた先にあった路地よりもさらに狭い。
その路地で、声を潜めて俺に注意し、人差し指を口の前で立てているのはツインテールの少女だ。猫のようなバイザーを頭に被り、お腹の部分を大胆に露出した、オレンジのラインが走るランニングウェアみたいな黒いスーツを着ている。履いているのはローファーやスニーカーなどではない、インラインスケート靴。
その人物は、精霊界では初対面だが、見覚えがあった。
「……マスカレーナ?」
「おや、私をご存じなんですか?」
そう。目の前にいるのは《I:Pマスカレーナ》。デュエルモンスターズに存在するリンクモンスターの1体。サイバース族だ。
そのマスカレーナは、正体を知られているとは思ってもいなかったようで、俺の言葉に面食らった様子。しかしすぐに調子を取り戻し、路地の先を指さす。
「……っと、私を知ってるなら多少話も早くなりますが、今はここから離れないと」
「なんで……?」
なぜここにいるのか。
ここで何をしているのか。
どうして俺を連れ出すような真似をするのか。
それらすべてをひっくるめた質問をぶつけると、マスカレーナはニヤリと笑った。
「あなたを助けるためですよ」
相討ち、筆者はマスターデュエルで一度だけ経験した事がありました……