ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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第56話:呉越同舟

 「あなたを助ける」なんてセリフ、普通は言われれば頼もしい言葉だ。今みたいなピンチ以外の何物でもない時なら、まさに光明と言っていい。

 だが俺は、実際に自分が追い詰められている今、それを言われて困惑した。

 

「え……?」

 

 相手がクーリアやミューゼシアだったら、勿論安心した。

 しかしそれを告げたのは《I:Pマスカレーナ》。あらゆるデータを盗み届けるサイバース族の運び屋で、彼女もS-Force(セキュリティ・フォース)のお尋ね者だったはず。カードとして見た事は前世で何度もあるし、その過程で設定も知っていたが、精霊界で会うのは初めてだ。

 初対面なのに、いきなりそう言われても信用できるわけがない。

 

「何だっていきなり……?」

「説明は後です。兎に角ここから離れないと」

 

 納得のいく答えもなく、マスカレーナは路地の先を指さし急かしてくる。俺としては未だに状況が飲み込めないし、相手はお尋ね者……言ってしまえば犯罪者だ。素直について行くのにも躊躇う。

 だが、俺が動こうとしないのを見てマスカレーナは振り返ると、来た道を顎で示す。

 

「何です。S-Forceに捕まって尋問されたいんですか?」

「う……」

 

 そう言われると少し怖い。

 ラプスウェル曰く、どうやら俺には多次元手配とやらがかかっているらしいが、詳しい事はまだ聞かされていない。話はブリッジヘッドでしてくれるようだが、前回誤認逮捕された時のように、穏やかに事が済みそうな雰囲気ではない。

 S-Forceに捕まったら俺はドレミ界に帰れなくなる。そんな気がした。

 ただし今、マスカレーナは事情を知っていて、少なくとも俺の味方である。

 大人しくS-Forceの下へ戻り、訳もわからないまま尋問されるて帰れなくなるか。お尋ね者のマスカレーナと逃げて状況を把握するか。

 究極の二択だが、迷っている時間はなかった。

 

「……約束してくれ。後で話を聞かせてほしい」

「了解です。こっちへ」

 

 俺はマスカレーナと一緒に行く事に決め、後に続いて路地を駆け出す。

 周囲の様子を確かめつつ走りながら、さっきデッキケースに戻したカードを確認する。

 ウィズダムの前では【ドレミコード】のままだったデッキが、別のデッキになっていた。ウィズダムは雰囲気からして転生者ではないが、精霊界では特異な存在だろう事は対峙して分かった。デッキが元のままだったのは、それがあるのかもしれない。

 ひとまず、今ディスクにセットされている【ヒロイック】とそれを交換し、置いていかれないようマスカレーナの後に続く。

 ビルの隙間を縫うような細い道は迷路のようだが、マスカレーナは迷う素振りを全く見せない。時折、誰かと鉢合わせないかを確認しながらも、明確な目的地を設定して走っている。

 やがて突き当りに出ると、そこには1台のバイクが止めてあった。暗めの紫色のカラーリングで、近未来的なデザインだ。どこかで見た記憶がある。

 

「よいしょっと」

 

 そのバイクへ近づいたマスカレーナは、シートを上に持ち上げると、その中に収めてあったヘルメットを2つ取り出す。

 そして、その1つを俺に放ってきた。

 

「早く被ってください。これで逃げます」

「えぇ……?」

 

 いそいそとヘルメットを被るマスカレーナ。さらに、露出していた腕とお腹が、いつの間にか出現した黒いインナー生地で覆われていた。そこでようやく、今の彼女とバイクは、《I∶Pマスカレーナ》のイラスト違いで見たものだと思い出す。

 だが、俺はまたしても気が進まなかった。

 理由は単純で、バイクに乗った事がないのだ。前世では第一種普通自動車免許しか持っておらず、二輪車は自転車だけ。初めてのバイクがタンデム、しかも逃走中、おまけに相手はデュエルモンスターだ。緊張しないはずがない。

 

「早くしてください。追いつかれますよ?」

 

 先にバイクに跨ったマスカレーナが、親指で後ろを指さす。元から2人乗りを想定した構造ではないだろうが、マスカレーナの後ろにはギリギリ1人は座れるスペースがある。

 

「……安全運転を心がけてくれよ」

「善処します」

 

 腹を決めて後ろに乗り、マスカレーナの小さな肩に手を置く。そこでマスカレーナがバイクのエンジンをスタートさせた。

 

◆ ◇

 

「く、そ……!」

 

 まだ頭に倦怠感が残るが、それでもラプスウェルは起き上がった。寝起きの時とは比べ物にならないほど瞼が重いが、それでも目を開ける。

 来た時は確かに崩壊していた街は、嘘のように綺麗に戻っている。あの白い髪の男は「現実」だと言っていたが、その通りらしい。

 そして、自分と共に駆けつけたエージェントたちは、まだ誰もが芋虫のように地面を這っている。ドッグ・タッグ十数機はいずれも故障しているのか、横たわっていた。

 そして、肝心のバトレアスの姿がない。

 

「状況、報告しろ……!」

「う、あ……」

 

 近くにいた仲間に声を掛けるが、まださっきのスタングレネードの影響か、まともに言葉も紡がない。

 

「目がッ……! 陽の光が……!」

「嫌だ……起きたくない……! このまま眠っていたい……!」

 

 別のエージェントは、目くらましから回復した直後に空を……太陽を見てしまい、追加攻撃でのたうち回っている。世迷言を抜かす者もいるが、気持ちは分からなくもなかった。

 

「BACH-16より本部、応答しろ!」

 

 無線を点けて本部へつなぐが、ノイズはおろか何も聞こえない。通信妨害ではなく、完全に壊れていた。

 そこで、さっきのネコみたいなフォルムのボール……スタングレネードの一種が転がっていた場所に視線をやる。あっかんべーという感じの跡が、アスファルトに残っていた。

 

「このやり口……マスカレーナか……!」

 

 地面の跡を踏みつけて苛立ちを露わにする。

 S-Forceが追っている要注意人物のひとり、マスカレーナ。本来は小夜丸が追っているが、報告でどのような人物かは概ね把握していた。人殺しは決してしないが、それに抵触しない限りは何でもやると言っていい。

 この道路に残された跡も、さっきのネコみたいなスタングレネードも、マスカレーナの仕業と見ていいだろう。たびたび上がるマスカレーナについての報告書で、彼女はそれっぽいデザインのものを好んで多用する事を今思い出した。

 そして、これではっきりした事がある。

 

(司令の危惧していた通り、奴はやはりマスカレーナとつながりがあったな……)

 

 監視カメラの映像で捉えた、マスカレーナとバトレアスの様子。それを受けて、S-Forceは重要参考人として彼を手配したが、今回マスカレーナがバトレアスの逃走に協力した事で、確実につながりがあると判明した。ビジネスパートナー、仕事仲間、男女の関係……分からないが、他人でないのは明らかだ。

 

「逃がしてなるものか……!」

 

◇ ◆

 

 マスカレーナの駆るバイクだが、通常のガソリンエンジンではないらしく、非常に音が静かだ。電動バイクかもしれないが、ここは精霊界、加えて彼女はサイバース族。きっと俺の知らない技術が詰まっているのだろう。

 ただし俺としては、人生初のバイクがお尋ね者とタンデムという非常に複雑な状況に、中々順応できない。その上、安全運転については善処するとの言葉通り(?)、道を走る彼女の運転は中々に荒っぽく、ほとんど目も開けられなかった。

 けれど、あるタイミングから運転が安定し始めたのを感じ取る。恐る恐る目を開けてみると、片側3車線の高架の道路を走っているところだった。案内板は緑地に白文字(ただしデュエルモンスターズの謎言語)で、どうやら高速道路に入ったらしい。

 スピードはそれなりに速いが、ここがスピードを出してもいい道路という事を考えれば、気持ちは多少楽になった。

 

「……そろそろ、質問していいか?」

 

 そこでようやっと、マスカレーナに話をするタイミングができた。運転中の彼女に話しかけるのは少し危険かもしれないが、今ぐらいしか話はできそうにない。

 ただ、高速移動中に普段の声の大きさで話しても聞こえないのでは、と話しかけている最中に気付く。

 

「いいですよー。答えられる事で良ければ」

 

 けれど、マスカレーナはちゃんと返事をしてくれた。さらに聞こえてくる声の感じで、ヘルメットにはマイクとスピーカーがついているのを把握する。

 そして、運転中でもマスカレーナは鬱陶しがる素振りは見せなかった。なので、このまま話を続ける。

 

「なんで、俺を助けたんだ?」

 

 最大の疑問はこれだ。目を瞑ってバイクに乗っている間、気を紛らわせるために考えても、やはり答えが出なかった。接点のない俺を助けるメリットは、S-Forceに追われているマスカレーナには全くと言っていい程ないだろう。

 

「あなたには、ラーメンの借りがありますからね」

「……は? ラーメン?」

 

 しかしマスカレーナは、俺の質問に何の迷いもなくそう答えた。

 そして逆に謎が深まる。なぜこのタイミングで「ラーメン」なんて単語が出てくるのか。

 

「その反応……どうやら気づいていなかったっぽいですね。それだけ私の偽装も対人面では有効だったという事でしょうか」

「??」

「ラーメン鬼火家の事ですよ」

 

 マスカレーナが告げた、店の名前は覚えている。前回ファンシアと、この都市の世界で一緒に行った家系のラーメン屋だ。そしてそこで、眼鏡をかけた女性と相席して――

 

「……あの時の文学少女!?」

「あ、そういうイメージだったんですね。まぁ、その通り、あれは私です」

 

 少しだけ振り向いたマスカレーナが、バイザー越しに片目を瞑った。

 財布を失くして困っていた黒髪眼鏡の少女。彼女のお代を俺が肩代わりした。それがマスカレーナだったなんて、夢にも思っていなかった。

 

「……サイバース族の運び屋が財布を失くすとは?」

「いやー、えっと……あれは流石に私も抜けてたなあと」

 

 てへ、と困ったように笑うマスカレーナ。

 だけど、あの時の貸し借りをチャラにするために、俺を助けに来たわけか。それなら一つ、納得がいく。

 

「どうやって、俺の居場所が?」

「まぁあれだけ派手な爆発が起きたら、誰でも気づきますよ。私もちょっと興味を引かれたんで、近くの無事だったカメラをチャチャっとハッキングしたら、何とあなたの姿が」

 

 しれっととんでもない事をやってのけているが、それはひとまず置いておこう。

 

「それでピンチそうだったんで、駆け付けたんですよ。実際ピンチだったでしょう?」

「まぁ……多次元手配されているとかなんとか言われて、連行されそうだったけど……じゃああのスタングレネードもマスカレーナが?」

「はい。正しくは『グレニャード』って言うんですけどね。近くの電子機器類を一時的に無力化できる優れものです」

 

 そこでマスカレーナが、車の間をすり抜けるようにバイクを傾ける。接触しないかと不安な俺は、マスカレーナの肩に置く手に力が入っているのを実感していた。

 

「バトレアスさんは、なぜご自身がS-Forceに追われているか、理解していない感じですかね」

「ああ、全く。身に覚えがない」

 

 車の列を抜け、バイクを水平にしたマスカレーナは、俺を振り返る。さっきとは違う、真剣そうな目付きだ。俺の名前を知っているという事は、彼女はやはり色々と情報を持っているらしい。

 

「S-Forceは、あるものを探しています。それについてバトレアスさんが、何か知っているのではないかと、疑っているみたいですね」

 

 言われた俺には、心当たりしかなかった。

 さっきデュエルをしたウィズダム。その彼が使い、そして告げた「エグザム」というカード。今ドレミ界で2枚所持している例の白紙のカードも、感覚からしてエグザムだ。

 そして、ウィズダムの話やラプスウェルの反応からして、S-Forceもそれを持っている。あちらの読みは当たっていた。

 

「それに、あの日の私の偽装……監視カメラの映像を分析したS-Forceにばれちゃって。それで、ラーメン屋からあなたと一緒に出てきたのがばっちりくっきり映ってたみたいで」

「え?」

「要するに、私とあなたが何かつるんでるのではないかって事で、重要参考人とされたみたいです。それについて申し訳なさもなくはないので、こうして手助けしました」

 

 S-Forceの情報も、マスカレーナにとっては盗聴が容易らしい。改めて、彼女の実力の高さが伺い知れた。

 俺が多次元手配などされているのは、何かの間違いであってほしかった。けれど、残念ながら本当だったなんて。自分の置かれている現状に、現実味が持てなくなる。警察組織から追われるなんて、フィクションの中でしかないと思っていたから。

 ただ……

 

「……少なくとも俺は、あの日のあの女性がマスカレーナだとは気づかなかった」

「ついさっきまでは、ですね」

「それをそのままS-Forceに言えば、何とかなったんじゃ?」

 

 マスカレーナは返事をしない。

 

「それで結局マスカレーナに助けられて、こうして一緒に逃げてるから、もう完全にクロ扱いになったんじゃ?」

「……あっはっは」

 

 笑って誤魔化された。

 マスカレーナと接触した事で、疑われて手配されているだけだったなら、大人しくしていればまだ疑惑を晴らすチャンスはあったかもしれない。

 だが、今こうして共に逃げている事で、もはや共謀は動かぬ証拠とされただろう。

 

「けど、S-Forceには尋問・拷問のプロもいます。彼ら相手に情報を隠せはしませんし、拘留されるにしたって扱いはハードです。たとえ全部白状しても、疑いが完全に晴れるまで帰れなかったでしょう」

「……それは困る」

 

 俺はクーリアに、ファンシアに、皆に誓ったのだ。必ずドレミ界に、皆の下へ帰ると。

 もし、マスカレーナの言う通りになったら、皆に余計な心配をかけさせてしまうところだった。ともすれば、拷問などをされてもおかしくなかったかもしれない。俺の予感は、ある意味当たっていただろう。

 

「……ありがとう」

「お礼はまだ早いですよ。安全な場所まで逃げ切ってからです」

 

 マスカレーナは、俺の感謝の言葉を聞くと、バイクのスピードを上げる。

 

「で、今どこに向かってるんだ?」

「とりあえず、私の隠れ家のひとつです。ブリッジヘッドから大分離れていますし、近くにS-Forceもほとんど展開していません。見つかる可能性は低いです」

 

 運び屋に隠れ家。こんな状況だが、こういう単語には自然と心躍ってしまう。

 とはいえ、すぐに着きそうにはない。それなら今のうちに、聞ける事は聞いておこう。タンデムの緊張感を紛らわすのも兼ねて。

 

「ラーメン屋で、俺と一緒にいた女の子は覚えてるか?」

「えぇ、もちろん。黄色い髪のボーイッシュなファッションの子でしょう?」

「あぁ。あの子について、S-Forceは何か疑ったりしていないか?」

 

 マスカレーナと初めて会った日、あの場にはファンシアもいた。俺が監視カメラに映っていたのなら、休養日のファンシアもあちらは存在を把握してしまっただろう。もしかしたら、ファンシアにまで疑いがかかってしまっているかもしれない。

 

「いや、それについての情報は……少なくとも私は掴んでませんね。あなたが疑われているのは、何か別件で前にS-Forceに捕まって情報が最低限あったからみたいですが」

「そうか……」

 

 ファンシアまで手配されていたりしたら、そっちの方が心配だった。その可能性はひとまずなさそうなので、安心する。

 

「というか、ここじゃない他の次元の住人にしても、今日までS-Forceが居場所を全く掴めないって中々ですよ? その上、私の事まで知ってるなんて。あなたは一体何者なんですか?」

「……誰にでも秘密はあるもんだ。違うか、マスカレーナ」

「その返しはちょっと効きますねぇ……」

 

 ドレミ界と、そこに属する俺を含めたドレミコードの秘匿性は、S-Forceでも詳らかにはできないようだ。マスカレーナもそこを疑問に思っているようだが、俺は多分死ぬまでこの事は言わないだろう。

 それでいて俺がマスカレーナを知っているのは、転生する前から持っていた知識。これも、言ったところで信じまい。

 

「まさか、超能力者か何かですか?」

「何?」

「さっきの爆発ですよ」

 

 マスカレーナの肩を掴む手に、少しだけ汗が浮かんだ。

 

「あの爆発、何か大型爆弾が爆発したような威力だったのに……私が来て見たら街はほとんど無傷なんですもん。どんな芸当なんです?」

 

 その時、その場にいたからこそ、何が起きたのかは覚えている。だから、()()()()()()()街が崩壊したのも、ウィズダムが全てを元に戻したのも、全てが現実なのを知っていた。

 その事実に身体が僅かに震えるが、マスカレーナの問いに対し口を開く。

 

「……マスカレーナは、『エグザム』ってアイテムを知っているか?」

「エグザム、ですか……? うーん、私に覚えは」

 

 マスカレーナには惚ける様子がない。本当に知らないようだ。

 

「S-Forceが追っている『あるもの』の正体は多分それだ。あの爆発も、街が無傷なのも、それの力だよ」

「なんですか、その……なんとも言えない厄ネタは」

「詳しい事は俺にも分からない」

 

 ウィズダムは「人類を進化させる」と言っていたが、これではあまりにも抽象的すぎる。これまでのデュエルでも、俺は同じようなカードを使われて、その度に傷ついているので、マスカレーナの「厄ネタ」呼ばわりは大いに賛成だ。

 そしてウィズダム曰く、エグザムは全部で5枚あり、それらを集めればエグザムを創った黒幕に会えるらしい。その黒幕が誰なのかも、俺には予想ができない。エグザムについての手がかりは虫食い状態だ。

 

「まぁ、詳しい話は腰を下ろして話したいところですね」

 

 話を区切ったマスカレーナは、バイクを巧みに操り、危なげなくトラックを脇から追い越す。トラックのエンジンが奏でる重低音に胃が縮み上がるが、マスカレーナのドライビングテクニックに命を預ける他ない。

 

「その隠れ家までどれぐらいだ?」

「まだ少しかかりますねぇ。ちなみに、バトレアスさんはどうしますか? 一応、1日ぐらいは匿ってもいいですけど」

「そこまで世話になるつもりはないよ。俺も自分の居場所に帰らないといけない。まぁ、一旦落ち着ける場所はほしいけど」

 

 答えつつ、胸ポケットにしまっていたタクトを取り出してみる。さっきのデュエルの衝撃で折れてやしないかと不安だったが、どこにも異常はない。これなら大丈夫そうだ。

 

「あの時はラーメンを奢っただけだ。安全な場所まで避難させてくれるだけでもう十分」

「そう言ってもらえるとこちらも――っと」

 

 するとマスカレーナが、何かに気づいたようにさらにスピードを上げる。どうしたのかと思ったら、突然高速道路の案内表示板が緑から赤に切り替わった。

 

「なんだ?」

 

 流れる看板を見ていると、地名を記していた白い文字が全て消え、「一般車は脇に寄れ」と白い文字で新たに記された。その文言通り、周りを走る車やトラック、普通のバイクは次々路肩に避けていき、ついには道路を普通に走っているのが俺たちのバイクだけになる。

 

「流石に、そんな簡単には逃げられませんか」

 

 少しだけ後ろを振り向いたマスカレーナに釣られ、俺も後ろを見る。

 まだ距離は開いているが、3台のバイクがこの状況で堂々と道の真ん中を走っていた。3台の内2台車体カラーは赤、もう1台は金と白のツートンカラーで他の2台より大きい。赤いバイクを運転しているドライバーは、白地にオレンジのラインが入った服だ。白と金色のバイクを運転しているのは、バイクと同じカラーリングのスーツを着ている。多分、1人だけ違う外見のバイカーがリーダー格だろう。

 

「S-Force?」

「彼らは街の公共機関、他の治安維持組織と連携しています。なので、こんな風に交通規制なども容易にできてしまうんですよ」

 

 インターチェンジを通り過ぎる。新たに高速道路に入ってくる車はなく、規制線が張られているらしい。

 

「一応、外見の偽装もしてたんですが、バレちゃったみたいです」

「そうだったのか?」

「当たり前じゃないですか。私はともかく、バトレアスさんも今や立派にS-Forceにマークされているんですから。普通に走っていたら、ものの数分で捕まってます」

 

 外見の偽装とは、多分ラーメン屋で俺たちに見せたような感じのものだろう。マスカレーナ1人だけなら兎も角、俺まで誤魔化せるなんてすごい技術だ。

 舌を巻いていると、マスカレーナはバイクの進路を左に取る。ちょうどジャンクションが近づいていて、マスカレーナは本線から逸れて分岐に入るつもりらしい。

 

「これ、一般車両に紛れるなんてのは……」

「多分すぐバレます」

「だよな……」

 

 提案するだけしても、流石に近未来技術を持つ治安維持組織の目はごまかせなさそうだ。

 

「バトレアスさん。3分ほどお口にチャック」

「?」

 

 ハンドルのスイッチを操作しながら、マスカレーナがそんな事を言ってくる。ひとまず沈黙をもって従うと、別の分岐が見えてきた。マスカレーナは、ハンドルを左に切る。

 だがその直後に、俺が今肩を置いているマスカレーナ、乗っているバイク、極めつけに俺自身の姿がブレて二重になった。幽体離脱か何かみたいなそれに、思わず声をあげそうになる。

 そして、新たに現れた俺とマスカレーナ、バイクのワンセットは右の分岐へ逸れていった。

 静かに後ろを振り返ると、赤い2台のバイクがそれを追うように右の分岐へと逸れていく。けれど、金色のバイクはこちらへ向かってきた。

 

「あらら、勘のいいS-Forceですね」

 

 そこでマスカレーナが言葉を発した。俺は慎重に尋ねてみる。

 

「今のは……ソリッドビジョンか?」

「ええ。私たちの姿を隠すおまけつきです。とはいえ、このバイクだけでは性能も今一つですから長時間は無理ですし、あの人も何かあると踏んでこちらへ来たのでしょう」

 

 後ろから追ってくるS-Forceのバイクを見て首を振るマスカレーナ。

 だが俺は、前に視線を戻したところで。

 

「マスカレーナ、前!」

「えっ」

 

 前方には、路肩の車列に合流しようと徐行している車がいた。

 俺の声でマスカレーナはそれに気づき、急ハンドルを切るが、そのせいでバランスがわずかに崩れる。こんな速度で道路に放り出されたら、俺がドレミコードでもただでは済まない。たまらず、マスカレーナの肩を強く掴んで振り落とされないようにした。

 

「あうっ……! 肩揉みは私の隠れ家でお願いします!」

「冗談言ってる場合か! 死ぬとこだったぞ!」

 

 一歩間違えば死ぬ状況で軽口を叩けるマスカレーナは、まさしく大物だろう。

 だが、こちらのスピードはさっきのでわずかに遅くなってしまう。

 

『前方のバイクに告ぐ。直ちに路肩に停車せよ』

 

 拡声器か何かで話しかけているのか、後ろからそんな男の声が聞こえた。

 間違いなく、S-Forceによる警告。さっきの一連の流れで、大事故につながりかねないと危惧したらしい。

 

「どうする?」

「冗談じゃありません」

 

 決定権はドライバーのマスカレーナにある。一応聞いてみたが、野暮な質問だった。それからさらに数回、S-Forceは停止を促してくるが、マスカレーナは無視し続ける。

 

 前世では俺も高速道路を車で走る事が多々あったが、こんな風に停車を促された事はない。あったとしても、大人しく停車していただろう。だから、警告を無視して運転を続けるマスカレーナの肝の据わりようは驚きだし、逆に俺は胃に穴が開きそうだ。

 

 そんな事を考えていた直後、後ろから赤い光が照らされた。

 

「これは……」

「なんだ……?」

 

 振り向かなくても、S-Forceのバイクの仕業なのは分かったが、マスカレーナも何の光か分からないらしい。

 しかし、すぐに異変が生じる。

 

「え?」

 

 俺のデュエルディスクの天板が光ると、「ウイルスアップロード」の文字が表示された。

 しかも、マスカレーナのバイクのスピードが、どんどん落ちていく。

 

「マスカレーナ、スピード上げろ! 追いつかれる!」

「私じゃありません! なんか、勝手に……!」

 

 マスカレーナはアクセルやギアをいじっているが、スピードは一向に上がらない。おそらくはさっきの赤い光だろう。

 

「前方のバイクに告ぐ」

 

 ヘルメット内部のスピーカーに、男の声が響く。マスカレーナにも聞こえていたようで、揃って後ろを振り向いた。

 S-Forceのバイクが迫りつつある。明らかにさっきより距離を詰めていた。

 

「貴様らのバイクとデュエルディスクに、ウイルスをアップロードした。それはデュエルに勝利するまで、除去する事はできない」

 

 マスカレーナのバイクの速度が落ちたのは、原理は分からないがさっきの赤い光でウイルスを送り付けたせいらしい。

 そして、俺のディスクにもそれが植え付けられたとなると……

 

「最終警告だ。おとなしく停止せよ。さもなくば、デュエルで貴様らを確保する」

「え、この状況でデュエル? バイクに乗ったまま……?」

 

 マスカレーナがS-Forceの宣言にドン引きする。正気の沙汰じゃない、というトーンだが、遊戯王のアニメを観てきた俺からすれば、とうとうここまで来たかという気持ちでいっぱいだ。

 ウイルスのせいで、マスカレーナはスピードを上げられない。このままでは遅かれ早かれ捕まってしまう。

 そのウイルスを除去するには、同じウイルスを仕込まれた俺のデュエルディスクで戦わなければならないという事。単純な速度で追いつくのが難しいから、デュエルで縛り付けるというわけか。

 

「さあ、どうする!」

 

 強気な態度で決断を迫るS-Force。そのバイクの前方部分に、デュエルディスクのようなパーツが展開していた。まさにD・ホイールではないか。

 

「バトレアスさん、お願いします」

「いや、しかしこの状況はな……」

 

 マスカレーナに頼まれるが、不安なところがある。

 デュエルに応じなければ、問答無用で捕まる。それを避けるためにも、デュエルには応じた方がいいだろう。

 けれど普通のデュエルとは違って、俺は2本の脚で地面に立っていない上、高速移動中だ。デュエル中はまず両手をマスカレーナの肩から離さなければならないし、脚でバイクを挟んで体幹で耐えるしかない。もしもうっかりバランスを崩せば、デュエルの決着がつく前に俺はお陀仏だろう。

 

「仕方ありませんねぇ」

 

 するとマスカレーナは、少しだけ腰を浮かせた。

 そして腰の部分から、猫の尻尾のような白いチューブが突然伸びたかと思うと、俺の身体に巻き付く。

 

「わっ……!」

「暴れないでくださいね。こんな事するの初めてなんですから」

 

 巻きつけられた尻尾で、俺の上半身も少しだけ安定感が増す。慎重に両手をマスカレーナの肩から離してみるが、何とかバランスは保てた。

 これなら、デュエルも多少やりやすくなるだろう。

 

「ちなみに! どさくさに紛れて変なトコ触ったりしたら、後でデコピンですよ!」

「俺はそんな甲斐性なしのつもりはないんだが!」

 

 身の安全と自由が懸かっているこの状況で、セクハラを働くほどのロクデナシではない。それ以前に、普段からそんな事をするつもりは、ドレミコード相手でも全くない。

 

「早くしろ! このバカップルども!」

「「誰がカップルだ!!」

 

 S-Forceに不本意な事を言われて、俺とマスカレーナは声をそろえて抗議した。

 そして、俺はマスカレーナと視線を合わせ、頷き合う。

 

「……マスカレーナ、操縦頼む」

「ではバトレアスさん、あちらの相手は頼みましたよ」

 

 命をマスカレーナに一任し、俺は振り向いて白と金色のバイクに乗るS-Force局員を見る。ヘルメットで顔は見えないが。

 そして、正真正銘のライディングデュエルが始まる。

 

「「デュエル!」」

 

バトレアス LP4000

VS

S-Force LP4000

 

 デュエルディスクは後攻を示す。さっきのウイルスが不利な後攻を選ばせたのでは、という疑いが頭をもたげる。けれど余計な事は考えず、慎重に5枚のカードを引く。

 アニメでは躍動感と緊張感のあるデュエルとして描かれたライディングデュエル。それを俺は、精霊界に転生したとしても、本当にやる事になるとは夢にも思っていなかった。

 いくらウイルスの影響でスピードが落ちたとはいえ、それでも公道を走る車と同じ速度。怖がらなくていい、と言うのは無理な注文だ。

 ライディングデュエルは戦略だけでなく、胆力、忍耐力、集中力、体力、操縦技術、判断力と言った様々な人間の能力が要求されるとどこかで聞いた事がある。今は操縦技術をマスカレーナが肩代わりしてくれているが、他は俺1人で背負わなければならない。今までの精霊界でのデュエルでも、とびきりの緊張感だ。

 

「先攻は私がもらう。私は速攻魔法《緊急テレポート》発動。手札またはデッキから、レベル3以下のサイキック族モンスター1体を特殊召喚する!」

 

 だが、S-Forceは臆さずにデュエルを始めた。手始めに使ってきたのは、有名なリクルートカードだ。

 

「《静寂のサイコウィッチ》をデッキから特殊召喚!」

 

 ワープゲートのようなものが、S-Forceのバイクの横に現れる。その中から姿を見せたのは、薄いピンク色の服を着た、縦ロールの赤毛の女性だ。走りながらのデュエルなため、前傾姿勢で並ぶように飛んでいる。

 

静寂のサイコウィッチ

ATK1400 レベル3

 

「このサイコウィッチをリリースし、レベル6の《マックス・テレポーター》をアドバンス召喚!」

 

 サイコウィッチが瞳を閉じて姿を消すと、金色のラインが入った白衣を着る男がフィールドに現れた。

 

マックス・テレポーター

ATK2100 レベル6

 

「《マックス・テレポーター》の効果発動! このカードがフィールドに存在する限り1度だけ、2000ポイントをライフから支払う事で、デッキからレベル3のサイキック族モンスター2体を特殊召喚する!」

「デッキから2体も……」

 

 ライフコストこそ高いものの、一度に2体ものモンスターをデッキから呼ぶとは中々に強力な効果だ。マスカレーナも驚いている。

 

S-Force LP4000→2000

 

「現れろ!《調星師ライズベルト》、《メンタルシーカー》!」

 

 人差し指を立ててS-Forceが呼び出したのは、禍々しい黒い衣に身を包んだ青年と、蒼いマントと紫色の服を着る小柄な少年だ。

 

調星師ライズベルト

ATK800 レベル3

 

メンタルシーカー

ATK800 レベル3

 

「特殊召喚したライズベルトの効果発動! フィールドのモンスター1体のレベルを3つまで上昇させる。私は《マックス・テレポーター》のレベルを2つ上げる!」

 

マックス・テレポーター

レベル:6→8

 

「レベル8となった《マックス・テレポーター》に、レベル3の《メンタルシーカー》をチューニング!」

 

 宣言すると、《メンタルシーカー》が前へ出て両腕を広げ、3つの光の環へと姿を変える。その環を《マックス・テレポーター》が笑いながらくぐると、姿が透けて8つの星が光った。

 

「大いなる正義に抗う罪人の愚行に終止符を打て! シンクロ召喚! 現れろ、レベル11!《サイコ・エンド・パニッシャー》!!」

 

 光がはじけ、その中から腕を伸ばしながら飛び立ったのは、竜のような身体と翼を持つ存在。全身を鈍い銀色の鱗で覆い、雷を全身に纏わせるそれは咆哮を上げた。

 

サイコ・エンド・パニッシャー

ATK3500 レベル11

 

「いきなり超上級のシンクロモンスターですか……!」

 

 マスカレーナが振り向きながら冷や汗を垂らしている。

 あのモンスターは俺も頻繁に目にする機会があり、どれほどの力を持っているかは理解しているつもりだ。それが先攻1ターン目から出てくるとは、中々に手強い。

 

「そして私は、サイキック族のライズベルトをリリースし、魔法カード《サイキック・インパルス》を発動! 相手の手札を全てデッキに戻す!」

「何!?」

「ウソ!?」

 

 ライズベルトが不穏な笑みとともに姿を消すと、俺の手札が紫色に染まった。そして、謎の痺れを手に感じながら手札を全てデッキに戻すと、自動でシャッフルされる。

 

「そして、貴様はカードを3枚ドローする」

「くそっ……」

 

 してやったりという顔で笑うS-Forceに対し、俺は舌打ちをしながらドローする。

 これで俺は、初手を2枚削られた事になる。それも、再利用の目がある墓地送りではないのが余計忌々しい。

 

「ちょっとちょっと! 正義とかいう割に随分と狡い手を使うじゃないですか!」

犯罪者(お前)に言われたくないわ!」

 

 マスカレーナが納得いかないと抗議するも、S-Forceに一蹴された。言っている事はどっちもどっちなので、俺はノーコメントを貫く。

 

「私はカードを2枚伏せてターンエンド。ちなみに、シンクロ召喚した《サイコ・エンド・パニッシャー》は相手のカード効果を受けない。覚えておけ!」

「うわぁ……」

 

 マスカレーナはS-Forceの初手にドン引きする。

 目の前に聳える巨大なモンスターに見下ろされ、風を感じているにも関わらず、緊張で身体中が熱に侵されていた。

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