ベッドで横になっていた小夜丸が、不意に目を覚ました。
「!!」
刹那、さっきまで気絶していたとは思えないほどの俊敏さで起き上がり、部屋の隅へ跳んで背後を取られないようにして、姿勢を低くする。格闘技に関してはド素人の俺から見ても、洗練された動きだと思う。流石はS-Forceのエージェントだ。
「何者ですか、あなたたちは!」
そして、警戒心を露わに鋭く問いかけてくる。
俺の素性は既に知れているだろう。であれば、その問いは俺の両脇にいるクーリアとグレーシアに対してだ。
「説明するのは難しいけれど……あなたに危害を加えるつもりはない、とだけ言わせてもらうわ」
答えるのはクーリア。小夜丸を見ると、部屋の中をキョロキョロ見回している。まだこちらを信用はしていないと見えた。
「ここはどこですか?」
「ドレミ界……と言っても分からないでしょうね。ひとまず、あなたが今までいた世界とは別の場所よ」
「ドレミ界……?」
クーリアの答えに、小夜丸は現実味が持てないようだ。転生直後の俺も同じような反応をした覚えがある。それに、この部屋は広さを除けばどこにでもある普通の内装だから、すぐには信じまい。
小夜丸はより敵意を表情に滲ませた。そして腰に手を伸ばし、何かを手にしようとするが。
「あ、あれ?」
「あなたの所持品でしたら、一時預からせていただきました」
「な……!?」
焦る小夜丸に対し、こちらも冷静にグレーシアが答える。驚愕するように口を開ける小夜丸は、自分の置かれている状況は悪いとようやく認識したらしい。
小夜丸がここへ来てしまったのも、マスカレーナのグレニャードを至近距離で浴びた上、ドレミ界へ戻ろうとした俺にタックルを仕掛けてきたからだ。狙ってはいないとは言え、こちらのせいで怪我をさせてしまった以上、手当ては義務といえた。
けれど、今の俺やエグザムについての状況をより詳しく知るために、小夜丸をここに留めさせている。安全のために、所持品は念の為没収させてもらった。
「く……」
得物を取り上げられ、仲間はおらず、ここは知らない世界。
状況が圧倒的に悪いと踏んだ小夜丸は、ようやく敵意を収める。けれど、こちらに対する目つきは厳しいままだ。
「目的は何ですか」
「?」
「私をどうするつもりですか? S-Forceの情報を抜き取ろうとでも?」
強気な姿勢は崩さない。前に会った時は中々締まらない面が見えたが、やはりエージェントである以上そういった意識が強いらしい。
「……」
俺とクーリア、グレーシアは視線を少しだけ合わせる。
先んじて、俺が一歩前に出た。
「先に言っておきますが、あなたに危害を加えるつもりはありません」
「……」
「ただ、聞きたい事は少々」
「!」
話を切り出そうとしたら、小夜丸が姿勢をより低くする。飛び掛かってくる、と気づいた瞬間、小夜丸の肩に別の誰かの手が置かれた。
「やめておきなさい」
それはミューゼシア。肩に手を置かれただけで、小夜丸の動きが完全に止まる。ミューゼシアは特別な事など何もしていないだろう。それでも、状況が悪い上、ミューゼシアが只者ではないと悟り、小夜丸は抵抗するのを止めたのだ。
「……私はS-Forceのエージェントです。情報を簡単に話したりはしません」
「私たちは別に、S-Forceの極秘情報とかを知りたいわけじゃないの」
言いながらクーリアは、俺の肩に手を置いて、小夜丸を見る。
「何故、あなたたちがバトレアスを追うのか。何を狙っているのか。それを知りたいのよ」
都市の世界に渡って間もなくデュエルを仕掛けてきたウィズダム。俺が逃げるのに協力してくれたマスカレーナ。2人の事や、そこから聞いた俺やエグザムを取り巻く状況については既に皆に話した。けれどやはり、正規のS-Forceのメンバーから聞いた方が情報の信憑性は高い。
「……同じ事です。話せません」
「取引をしましょうか」
口を割ろうとはしない小夜丸に対し、ミューゼシアは袋を掲げる。そしてその中身を、床にひとつずつ並べていく。
それは、小夜丸の所持品だった。額当て、折り畳まれた手裏剣、手錠、何かに使う通信機器、端末、身分証等。これだけでも取り扱いに注意すべき品々だ。個人情報が詰まっているものだってある。
「私たちが知りたいのは、さっきクーリアが言った通りバトレアスを狙う理由。それを話してくれれば、これらは返してあげましょう」
「……」
並べられた所持品と、俺を交互に見やる小夜丸。持ち物を取り返したところで、この状況では俺を捕まえる事はできないと、小夜丸も理解しているだろう。だが、このままだと無防備のまま知らない世界にいる事になる。
俺はS-Force内でどのように情報のやり取りをしているのかは知らない。所持品それぞれにどれほどの機能が詰まっているのかも分からない。だが、恐らくはこれらがなければ、如何にエージェントであっても小夜丸は何もできないはずだ。
「……分かりました」
やがて小夜丸は、正座して、俺たちを見る。
「我々S-Forceが彼……バトレアスさんを追っていたのは、当初から我々が追っているある人物と接触したのを確認したからです」
「マスカレーナか」
小夜丸が誰の事を話しているのか、俺にはすぐ分かった。ついさっき本人の口から聞かされたのだから。
接触していたというのは、ラーメン屋の事だろう。どういう経緯で接触する事になったのかは、後でクーリアたちに改めて話す事にする。
俺がマスカレーナの名を出すと、小夜丸は頷いた。
「彼女はS-Forceからすれば要警戒の運び屋。さらに私たちは、別のアイテムの行方も探していました。それについて詳細は言えませんが、そのアイテムに関する取引をマスカレーナとバトレアスさんがしたのでは……と、我々は予測して手配していたのです」
「……それが、多次元手配ってやつか」
「あくまで重要参考人として、
過去形で告げられた言葉。俺は、眉を顰めた。
「けれどあなたは……先ほど、マスカレーナと共に逃亡しました。それも、街の1ブロックに甚大な被害をもたらし、S-Forceの追跡を振り切って」
「……」
否定できたらそうしたが、それらは事実だ。
最後にはエグザムの力で全て元通りになったが、ウィズダムとのデュエルの影響で、街の一角が破壊されたのは現実だ。
そして、多次元手配されていた俺を捕まえようとしたラプスウェルたちから逃げ、バイクで追ってきたS-Forceをデュエルで負かし、追跡を阻止している。
おまけに、そのつもりがなかったとはいえ、エージェントの小夜丸をこうして拉致してしまっていた。何かの間違い、なんて言葉は通用しない状況だ。
「S-Forceのエージェントとして言わせてもらいますが……バトレアスさん、あなたは今やれっきとした危険人物です」
「……!」
「今頃、S-Forceでのあなたの手配度は上がっている事でしょう。いずれはエージェントが血眼になって探します」
小夜丸の告げた言葉は、本当に刀のように鋭い。
今までで経験した事のないような、言葉が出なくなるつらい事実。身体中をめった刺しにされたように錯覚する。
精霊界に来て長い事経ち、トラブルに何度も巻き込まれてきた。けれど、自分が秩序を乱す輩として扱われるのは、初めてだった。
「……」
その言葉の重みをも理解したであろうグレーシアが、俺やクーリアを見て頷く。小夜丸の言葉に嘘はない、と感知したようだ。
「……理由については、話したかと。返していただけますね?」
小夜丸は、床に並べられた所持品に視線を戻す。
ミューゼシアとグレーシアは一歩引き、クーリアは俺の手を優しく握って、俺を後ろに下がらせた。
「どうぞ」
クーリアが穏やかに促すと、小夜丸は手早く所持品を回収していく。折り畳まれた手裏剣は腰に提げ、端末類は装束のポケットに当たる部分へ仕舞い、通信機器と思しきものは左腕に巻く。最後に、額当てを強く結んだ。正面にはS-Forceのロゴが刻まれている。
「……今日のところは、状況が悪いためここで退かせていただきます」
「……」
「ですが、バトレアスさん。必ずや、私はあなたを捕まえます。ご自身の置かれている立場をよくお考えの上、賢明な判断を」
そう言って小夜丸は、腕の端末に手を伸ばし、何かのスイッチを押す。
だが、何も起こらなかった。
「……あれ?」
すると小夜丸は、さっきまでの真面目な空気はどこへやら、困ったように端末を見て、何度も何度もスイッチを押す。顔色がどんどん悪くなっていった。
「……何をなさっているのですか?」
「ブリッジヘッドに戻るための転送装置が……」
今の小夜丸が気の毒になったらしい、グレーシアが尋ねると、小夜丸は焦った様子のまま答えた。それも随分重要な情報に思えるが。
「多分だけれど……このドレミ界が閉鎖された場所だからじゃないかしら」
「えっ」
「この世界は、他よりも秘匿性が高いのよ。だから、あなたのその転送装置……だったかしら? それの性能がどれほどかは私も知らないけれど、それが使えないほどに、こことあなたのいた世界が離れているのかもしれないわ」
ミューゼシアは、このドレミ界の隠蔽と防御を兼ねる結界を張っている。黒い鎧の侵略者、《竜角の狩猟者》と《バスター・ブレイダー》、ヴァーディクトと、誰かがここへ来る度にミューゼシアはその結界を組み直し、このドレミ界を外界から隔離してきた。
小夜丸の持っている転送装置と言うのは、多分S-Forceに所属するエージェントの標準装備だろう。それで次元を行き来、あるいはブリッジヘッドにいつでも戻れるようにしているのかもしれない。それが使えないという事は、それだけこのドレミ界が、あの都市の世界から離れているという事。要は携帯の電波が圏外になっているようなものだ。
「ええええええええええええええええええっ!?」
声を張り上げ、目を丸くする小夜丸。さっきまでのシリアスな感じはどこにもなかった。
「ど、どうすればいいんですか!?」
「それを私たちに言われても……」
小夜丸が慌てふためき尋ねてくるが、ミューゼシアは肩を竦めた。
「まぁ、私たちがあの都市の世界へゲートを開けばいいでしょうけれど……」
「じゃあお願いします!」
「さっきの話を聞いて、できるとでも?」
クーリアが現状唯一ともいえる解決策を提示し、小夜丸が泣きつく。そして当然の帰結とばかりに、クーリアは拒んだ。
小夜丸の言った通り、俺は多分S-Forceに完全にマークされる事になった。そんな中で、そのS-Forceの本拠地がある都市の世界とゲートをつないだら、嗅ぎつけてくる可能性だって十分考えられる。運良く見つからなくとも、ゲートをつないだ事を察知され、この世界を特定されてしまえばおしまいだ。実現性は低いが、相手は最先端技術を駆使する特殊な組織。可能性はある。
「じゃあ何ですか! 私はずっとここにいろって事ですか!」
「まぁ、ほとぼりが冷めるまでは」
答えると、小夜丸はうぬぬとうなりながら頭を抱えている。職務を遂行できず、元の場所へ戻る事もできないとなれば、思い悩むのも当然だろう。
「……なら、もうひとつ取引をしましょうか」
そこでミューゼシアが、再び前に出る。その手には、桐の箱が2つあった。
小夜丸は、言葉に反応して顔を上げる。
「あなたは……『エグザム』というカードについて心当たりはないかしら?」
ミューゼシアはそう尋ねながら、桐の箱を空ける。そこに納められているのは、白とオレンジ、それぞれ違う色の輝きを放つ白紙のカード。何度も俺たちを翻弄した忌まわしいカードだが、そのカードはウィズダム曰く「エグザム」と呼ばれているらしい。
そして、そのカードを見せた瞬間に、小夜丸の腕に巻かれていた端末がけたたましい検知音を鳴り響かせた。
「それは、まさか……」
小夜丸はスイッチを切って音を止めるが、その反応で小夜丸もこのカードについて心当たりがあるのは俺も分かった。クーリアとグレーシアも気づいているだろう。
「このカードによって、私たちは少なからず被害を被っている。だけど私たちは、このカードにどんな力があるのか、詳しい事が分からない……」
「……」
「だから、このカードについて知っている事を教えてほしい。そうすれば、貴女を元の世界に送り届ける事も考えなくはないわ」
「!」
小夜丸を元の世界に戻す事で、俺……ひいてはドレミ界に降りかかるリスクは上がるだろう。
けれど俺たちも、このエグザムについての情報はできる限り集めたい。エグザムに俺たちは翻弄されており、いずれはヴァーディクトの時みたいな大きなトラブルをまた引き起こす可能性が十分ある。
だから、そのリスクを負ってでも、このカードの情報を知りたかった。それはドレミ界全体の総意である。
「……それに関しては、本当に言えません」
だが、小夜丸は協力してくれなかった。さっきよりも意思が固そうな口調で、首を横に振る。今はどんな言葉をかけても、軟化しそうにない。
「……では、当分はこの屋敷にいてもらいましょう」
ミューゼシアは食い下がらず、桐の箱を閉めて、部屋を後にする。俺とクーリアも、少しだけ小夜丸を見てから、後に続いて部屋を出る。
ついぞ小夜丸は、視線を上げなかった。
◆ ◇
ブリッジヘッドの司令部をガラス越しに見下ろす。オペレーターたちが忙しなくキーボードを叩き、どこかと連絡を取り、時に別のデスクへ赴いて別の局員と話をしているのが見えた。
その司令部の正面の壁に設置されている、ひときわ大きなモニター。そこにはこのブリッジヘッド周辺の地図と、ある一組の男女の顔写真が表示されている。サイバース族の運び屋・マスカレーナと、バトレアスだ。
「どうだ?」
総司令官・ジャスティファイの声が聞こえ、テータは視線をそちらに戻す。今いるのは、司令部を見下ろせる位置にある会議室だ。そこにはジャスティファイをはじめ、S-Forceの高官や各部署の責任者が集っている。前世で彼らをデュエルモンスターズとして知っていたテータからしてみれば、S-Forceのカードに描かれているモンスターがほぼ全員集まっている状態だ。
「ダメです。応答がありません」
「GPSも完全にロストしました」
ジャスティファイの質問に、通信端末を手にするプラ=ティナ、タブレット端末を操作するラプスウェルがそれぞれ答える。芳しくない回答に、ディガンマは唸った。
「小夜丸の奴……どうなってやがる?」
S-Forceにおいて、マスカレーナの追跡を担当するエージェントの小夜丸。彼女の存在をこちらから探知できなくなった。エージェント1名が音信不通というのは、とんでもない異常事態と言っていい。
それでもジャスティファイは冷静に、各員に言葉を投げかける。
「最後に小夜丸の反応があったのは?」
「S-52ブロック、倉庫街です。現場にはスタン状態のドッグ・タッグ1機しか残ってませんでした」
「ドッグ・タッグのデータ回収は……試していないはずがないか」
「はい。初期化されて、データは完全に飛んでました。B-14ブロックから回収した機体も同じです」
分析官としてテータも報告する。
最初にB-14ブロックでバトレアスを包囲したS-Forceに同行させたドッグ・タッグ十数機だが、ラプスウェルが言うにはマスカレーナによるEMP攻撃によってデータを消され、その上初期化されてしまった。小夜丸と同行していた機体も同じ状態になっているため、小夜丸の消失にもマスカレーナが一枚噛んでいるであろう事は明白だ。
「バトレアスとマスカレーナの行方は?」
「そちらも……完全に見失いました」
「とすると……マスカレーナはともかく、バトレアスも次元あるいは世界を自由に行き来できる力を持っているとみて間違いあるまい」
「小夜丸は、それを追ったと?」
推論にオリフィスが尋ねると、ジャスティファイは頷いた。
バトレアスがどこの世界に普段いるのかは、前回の取り調べでテータは聞いている。しかし、バトレアスはそれを他人の耳に入れたくはないと、同じ転生者でドレミコードを知っていたテータにだけは話している。
それを今ここで言うべきかどうかは、悩ましいところだった。確実にそうとは言い切れないし、言おうとすると舌が空回りするような感覚になる。
「我々でも探知できないほどの領域にある世界にいて、しかも街の一角を破壊、S-Forceの追跡を振り切って逃亡したとなれば、重要参考人どころではないな」
エッジ・レイザーが厳しい意見を挙げた。他のメンバーたちも同意見らしく、小さく頷いている。
バトレアスには悪いが、テータも同じだ。同じく転生した誼として、さらにヴァーディクトの件を解決してくれた事に感謝はしているが、それは今回一度脇に置かなければならないだろう。
「テータ、どう思う?」
プラ=ティナに問われて、テータは手元のタブレットを操作し、ジャスティファイに見せる。
「気になるのは……この男」
見せたのは、B-14ブロックでかろうじてデータを拾えた監視カメラの映像。そこに映っているのは、バトレアスともう一人、謎の白いコートの男がデュエルをしている場面だ。テータが指さすのは、白いコートの男の方。
「情報が全く掴めません」
「というと?」
「バトレアスやマスカレーナのように、過去の監視カメラの映像や、我々がこれまでに分析したデータ、現実として存在する書類などである程度情報を掴める人は大勢います。ですが、この男に関しては……一切のデータがないんです」
名前はもとより、出身も、身分も、何もこの男に関する情報がない。データは、今見せたこの監視カメラの映像と、実際にその目で見たというラプスウェルの記憶だけだ。
「自分個人としては、マスカレーナやバトレアスもそうですが、この男はより危険かと……」
テータは内心、バトレアスも本意で街を破壊したり、マスカレーナと共謀した可能性は低いのではないかと思っている。しかし私情を挟まずに、合理的かつ冷静な判断がこの場では要求されるから、バトレアスも今は危険人物として扱うしかない。
だが、一切の情報がないこの白いコートの男も、捨て置く事はできないだろう。むしろ、何の情報もないこちらの方がより重要と考えている。
「この男が、破壊されたB-14ブロックを全て元に戻したと?」
「……未だ、夢物語みたいですが」
「そいつは、エグザムっていうらしいカードを我々が1枚持っているのも知ってた?」
「その通りだ」
ディガンマが聞くと、ラプスウェルは頭を掻きながら答えた。
その男は本来S-Force外では知り得ない情報を握っていた。その上、崩壊した街の一区画を元通りにしたというのだ。その場にいたラプスウェルが困惑するのも無理はない。
「それで……そのバトレアスが、エグザムを2枚持っているんだったな」
オリフィスの言葉に、テータは視線を上げる。
「この男の言葉、信じるんですか?」
「俺たちがエグザムを持っているのを知ってるんだ。他の誰がどれだけ持っているか知っていても、おかしくない」
白いコートの男の話が全部本当とは言い切れないが、それを否定する材料もない。それにオリフィスの意見は一理あるし、ラプスウェルの前で見せた所業も考えると、あながち見当違いとは言い難い。
「エグザムが全部で5枚あって、あちらは2枚。半数近く持っているとなれば、いよいよ無視できませんね……」
ジャスティファイに意見を求めるように、そちらを見ながらグラビティーノが告げる。
やがて、少しの間を置いて。
「優先すべきは、情報がある程度こちらにあるマスカレーナとバトレアスだ。白いコートの男も念頭に置くとして、この2人を徹底的に追跡する」
『了解』
そうジャスティファイが結論付けると、エージェントたちは頷く。
テータはただ、黙って首を縦に振る事しかできなかった。
デュエルアリーナの控室には、出場者がリラックスできるように最低限の設備が整えられている。
ブライターは、そんな設備のひとつであるテレビの映像を見て、眉を顰めた。
「……あいつが?」
以前、ここで直接デュエルを行ったバトレアス。自分の不注意でケガをした際には、自らに代わってベルゲニアとデュエルをしてくれた。彼のデュエルは大いに観客を沸かせ、ブライターもそのデュエルは楽しかった記憶がある。
だが、その彼をS-Forceが指名手配するとたった今報じられた。街の一角でテロ未遂の破壊活動を行い、S-Forceから逃げて行方をくらました、と。
テロが起きたというブロックが中継で流れるが、そんな事を感じさせないように綺麗なものだ。規制線が張られ物々しい雰囲気はするが。しかも死傷者ゼロというのだから、本当にそんな事があったのかさえ疑問に思う。
――ありがとう! いいデュエルだった!
――こちらこそ……楽しかったです!
ブライターとのデュエルの後、バトレアスは憑き物が取れたような笑顔だった。そして歓声を浴びながら、お互いに讃え合ったのを思い出す。
「……あいつは、そんな事をするような奴に思えないんだがな」
デュエルの間も、その後で話をした時も、バトレアスは好き好んでものを壊したりするような奴には見えなかった。何かしらの事情があってそうせざるを得なかった、巻き込まれたと言われた方がまだ信じられる。
とはいえ、あくまでそれは印象の話だし、ブライターはバトレアスと接した時間があまりにも短い。だから、この問題について異を唱えたところで、説得力はないだろう。
そこで、控室のドアがノックされた。テレビを消して戸を開けると、マネージャーが外に立っていた。
「ブライターさん。あの、S-Forceの方がお話を伺いたいと……」
マネージャーが廊下の先を手で示すと、そこには確かにS-Forceの制服を着た男がいた。恐らく、以前ブライターとバトレアスがデュエルをしていたのを知って、事情を聞きたいのだろう。
ブライターはため息をつき、部屋に通すようマネージャーに伝えた。
街の一角にあるスイーツ店。そこでクーベルは、客に気付かれないよう、ケースに並べているケーキにかからないよう、溜息をひとつつく。
「気になる事でも?」
だが、その客――ポワソニエルにはバレてしまった。すぐに振り向き笑顔を取り繕うも、気持ちは分かると言いたげにポワソニエルは小さく笑う。そして、モンブランとショートケーキを1つずつ注文してきた。
「バトレアスさんの事かしら?」
ケーキを箱詰めしながら問われて、頷く。
さっきテレビで、バトレアスをS-Forceが追っているというニュースは既に見た。それについて聞くとなると、ポワソニエルもそれを見たのだろう。
「……なんというか、信じられなくて」
「同感です」
不安を零しつつも、会計を済ませてケーキをポワソニエルに渡す。納得がいかないのは向こうも同じようだ。
以前、「À Table」にて黒い鎧の侵略者が襲ってきた際に、バトレアスは戦ってくれた。それ以後も、クーベルのお店に幾度となく来てくれた彼からは、誰彼構わず危害を加えるような危険な雰囲気がなかった。だから、マスカレーナとかいうお尋ね者と共謀したり、街を破壊するような真似をする事と、つながらない。
だけど、人は見かけによらない、なんて便利かつ残酷な言葉もある。もしかしたら、そういう人だったのだろうか。
「……ポワソニエルさんは、どうお考えですか?」
自分で結論を出せなくて、と言うよりも結論を出すのが怖くて、聞いてしまう。
するとポワソニエルは。
「……S-Forceほどの組織がそう言っているのであれば、事実でしょう」
クーベルは唇を噛む。
S-Forceの強さがどれほどかは、クーベルも分かっていた。だからこそ、ポワソニエルの言う通り、間違いではないのかもしれない。
「けれど、私個人としては彼を信じたいとは思う。そうしたのは、やむにやまれぬ事情があるのではないか、と」
顔を上げると、ポワソニエルは笑っていた。
それは、バトレアスを疑ってはいない顔だ。
「自慢じゃないですが、『À Table』で人を見る目は鍛えています。あの人は、好き好んで人を傷つけたりする人ではないでしょう。間近でデュエルを見て、言葉を交わしたからこそわかります」
クーベルは、それを聞いて頷く。
自分には、ポワソニエルみたいに「人を見る目」が優れているという自信はない。しかし、足しげくこの店に通っていたバトレアスを思うと、やはり今の状況は信じがたい。穏やかそうに見えても本性は……と言われればそこまでだが、クーベルはそれで片付ける事ができない。
だからクーベルも、バトレアスを信じたいという気持ちで、ポワソニエルに頷いた。
◇ ◆
今日やるべき事を全て終え、自分の部屋に戻り、ベッドに腰かけて息を吐く。明かりをつける気も起きない。
今日は、色々とありすぎた。身体にも心にもダメージが入っていて、元気に振る舞うのが難しい。皆に心配をかけないように取り繕うのも疲れてしまった。
「……」
背中からベッドに倒れこみ、瞳を閉じる。
脳裏によみがえってくるのは……ウィズダムとのデュエルの結果崩壊した、街の一部だ。
「……っ」
あれほどの光景は、自分の目で見た事が一度もない。前世だと、世界各地の紛争についてニュースで報じられた時なんかに見た記憶があるけれど、この目で見たのは今日が初めてだ。
それも、俺がウィズダムとデュエルをした結果だ。例えエグザムの力で全てがなかった事になっても、綺麗さっぱり後腐れがなくなったりなどしない。
――ご自身の置かれている立場をよくお考えの上、賢明な判断を
小夜丸が俺に告げたあの言葉。
あれは、「大人しく出頭しろ」という意味だろう。
目を固く閉じる。心が苦しくなっていた。
「……はぁ」
もう、今日は眠ってしまいたい。あまりにも疲れた。
現実逃避を自覚しつつ、重い体を起こし、ジャケットを脱ぐと。
「?」
1枚のカードが胸ポケットから落ちた。
エグザムの事もあり、そのカードが何なのか確かめる事にさえ恐ろしさが混じる。けれど、床に放置したままでいるのもデュエリストとしてどうかと思い、意を決して手にする。
暗がりでも慣れた目で見ると、それは《I∶P マスカレーナ》だった。
「……なんだこりゃ?」
だが、そのカードに書かれている事が理解できず、部屋の明かりを点けて改めてカードを見てみる。
マスカレーナのカードと分かったのは、イラストだ。バイクに跨りこちらを振り向くその姿は、《I∶P マスカレーナ》のイラスト違いとして知られている。カードの色は、ハニカム模様が入った青色。リンクモンスターの枠に間違いはない。リンクマーカーの向きも同じだ。
しかし、属性のアイコンがない。さらに、カード名と効果テキストの枠に書かれているのは、何かのコードらしい文字列。VRAINSの主人公なら読むのは造作もないだろうが、プログラミング知識が皆無な俺からすればさっぱりだ。
「……マスカレーナが?」
俺は精霊界でマスカレーナのカードを持っていない。さらに言えば、こんなデザインのカードは限定品などでもないだろう。
とすれば、このカードはマスカレーナが何かのタイミングで俺の懐に忍ばせた可能性が高い。
「……」
不審に思い、机においていたデュエルディスクを腕に嵌めて展開し、適当なモンスターゾーンに置いてみる。
すると。
『……おお、連絡ありがとうございます』
普段のデュエルと同じように、そこにマスカレーナが現れた。ある意味予想通りだが、本当にそうなった事に驚き一歩引く。
「……本物か?」
『……こんな手の込んだ事、出来る人が他にいるなら……会ってみたいですよ』
こちらの声に受け答えするあたり、録画などではないようだ。
しかし、マスカレーナの表情は普通だが、反応が少し遅く、声が途切れがちだ。会社のリモート会議を思い出す。
「なんか、反応が悪いな……?」
『あ、あー……多分、あなたのいる場所と――こっちの距離が、離れているからです、ねー』
それは次元的な意味で離れているという事だろう。
だが、そこで気づく。
「これ、まさかこっちの居場所が知られるんじゃ……」
『その、心配はいりませんよー。あくまで無線の代わり、逆探知できるほど、性能はないです、から私にもあなたの居場、所は分かりません』
小夜丸の端末さえ使えないドレミ界と連絡ができるとなれば、それでも十分高性能だ。しかし、過信しすぎるのは禁物なので、手短に話をしておく事にする。
「さっきは助けてくれてありがとう。でも、このカードは一体?」
『まぁ、リピーター獲得のための第一歩みたいなもの、です』
どことなくドヤ顔で、マスカレーナは告げた。
『あなたにはデュエルを代行、してもらいましたから。後1回くらいは依頼を受けてもいいと、思ってますので』
それはS-Forceとの擬似ライディングデュエルに他あるまい。マスカレーナにそのつもりがないのは百も承知だが、俺は心を引っかかれた気分がした。
『それにバトレアスさん、こちらの世界の情報とか、全く分からないでしょう? それを教えるぐらいなら、お安い御用です』
「……そうか。それは、嬉しいよ」
とはいえ、この手の代物が100パーセント安全と言い切れる保証はない。なるべくなら頼りたくはなかった。マスカレーナに告げたのは、リップサービスと言うやつである。
『では、また何かありましたらご連絡ください。今と同じ感じ、で』
「ああ。今日は色々ありがとう。こんな事いうのもあれだけど、気を付けてな」
『お互いに、ですね』
最後にマスカレーナはお辞儀をし、姿が消える。それを確認してから、ディスクに置いていたマスカレーナのカードを手に取り、ディスクは収納する。
このマスカレーナのカードだが、ホイホイ安直に使っていいものではないだろう。かと言って、あちら側の世界について……特にS-Force関連の情報が必要になる時もあるかもしれない。
なので、このカードは机の引き出しにしまって置く事にした。
そんな時、ドアがノックされる。
「はい」
『少し、いいかしら』
外から聞こえたのは、クーリアの声だ。時刻は夜も更けて来た頃合いだが、どうしたのだろうか。
ひとまず扉を開けると、すぐさま腰に軽い衝撃が走る。
「……プリモア様?」
眼下にある灰色のボブカットヘアで分かる。プリモアは、有無を言わさず俺に抱き着いてきた。どんな表情をしているのかは分からないが、肩が震えている。
「ごめんなさい……。ですが、やっぱり不安で……」
皺ができるぐらいにスーツを握られる。
視線を上げると、クーリアがいた。彼女もまた、少しだけ悲しそうな笑顔を浮かべている。
「さっき、この子の髪を梳かしてたら、あなたの事がすごく心配だって言ってたの。だから、お邪魔させてもらったわ」
都市の世界でウィズダムと対峙した際、ファンシアとプリモアを先んじて逃がした。その直前、プリモアは俺に縋るように手を伸ばし、涙を流していたのを思い出す。
その時も不安で、心配だったのは確かだろう。俺が帰ってきた今でも、その時の気持ちが完全に拭いきれないから、こうしてやってきた。
そしてプリモアは、クーリアの意思をほんの少しだが宿している。という事は、クーリアも同じ気持ちであるはずだ。
「少し、失礼させてもらうわね」
断りを入れて、クーリアは俺の部屋に足を踏み入れる。エンジェリアの件もあり、誰がいつ部屋に入ってきてもいいよう掃除はしているが、実際そうなると緊張が走る。
プリモアは一度俺から離れたものの、クーリアに促されて俺がベッドに腰かけると、俺の膝に頭を乗っけてくる。膝枕だった。
「責めないであげて」
「そんな事は」
クーリアに言われるが、そんなつもりは全くない。この行動が、プリモア自身によるものか、クーリアの潜在的な欲求によるものかは区別ができないが、人の体温をじわりと感じるこの状況は安心感がある。
「えへへ」
一方のプリモアは、俺の膝に頭を置いてこちらを見上げると、やっと安心したように笑った。その笑顔に、こちらも少しだけ気持ちがほぐされて、静かにプリモアの頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めてくれた。
「ね、バトレアス」
その様子を見ながら、クーリアは話しかけてきた。
「何か……悩んでいない?」
プリモアの髪を撫でる手を止める。
疑問形だが、間違いなくそうだとクーリアは確信を持っているのが表情で分かった。
そして実際、その通りだ。
「……いえ、お気になさらず」
だけど俺は、それを簡単に口にしたくない。
今日起きた様々な事で思うところは色々ある。けれどそれは、相談したところでどうにもならない。クーリアには悪いが、俺自身がどうにか気持ちを整理しなければならない問題だ。
「バトレアス」
だけど、クーリアは距離を詰めてきた。
プリモアを撫でるのを止め、力なくベッドに置いていた俺の手に、自分の手を重ねてくる。
「あなたは今日まで、沢山の問題に向き合ってきた。その度に痛みを覚えて、傷ついて、それでもあなたは今こうしてここにいる」
クーリアを見る。
笑顔のない、至極真面目な顔つき。
そう告げるクーリア自身、後悔が骨身に染みているのは分かった。何せ、その俺が向き合ってきた問題の中には、エグザムによって汚染されたクーリア自身の事も含めているだろうから。その時、俺を傷つけた事を吹っ切れたはずはない。
だからこそ、クーリアのその言葉には重みがある。
「でも時には……気持ちを零してもいいの。普段なら、立場とかを気にしてそういう事が言えないだろうけれど……今なら大丈夫。私が聞いてあげる」
すっと、間近に顔を近づけてくる。吐息がかかり、ともすれば心臓の音さえも聞こえてきそうな距離で、クーリアはそう告げた。
「主従の関係ではなく……恋人として。あなたの力になりたい」
その声には、氷を緩やかに融かす陽の光のような優しさがあった。
プリモアに視線を落とす。未だ俺の膝に頭を預けているが、いつの間にかドアの方に顔を向けていて、俺から表情は伺えない。注意深く息遣いを聞いてみると、眠っていた。もう夜遅いからだろう。
「この子ね、さっきバトレアスの話を聞いたとき、泣いてたの」
「え?」
クーリアもまた、プリモアの髪を撫でる。
さっきとは、俺が帰ってきて事情を説明した時の事だろうが、全く気付かなかった。
「この子は私だけじゃなく、あなたの意思も一部宿している。そういう話だったでしょう?」
「……ええ」
「それであの時、ドリーミアから『トラブルに巻き込まれがち』って言われた時、あなたの顔が少しだけ曇った。この子が泣いているのは、あなたに関係があるんじゃないかって、私は思うのよ」
ドリーミアに悪気がなかったのは分かっている。場を和ませようとして言った事だろう。
だけどそれが、俺に引っ掛かりを抱かせていたのは事実だ。そしてプリモアは、そんな俺の感情を感知し、涙を流した。
そこまでクーリアが理解しているのであれば、最早隠せまい。
「……ウィズダムにデュエルを挑まれたのは事実です。それでS-Forceに追い詰められ、なし崩し的にマスカレーナと逃げたのも本当です」
「……ええ」
「だけど、それでも……俺のデュエルで街を滅茶苦茶にしてしまったのがつらいんです」
精霊界に転生してから、俺がやってきたデュエルは、何かに決着をつける事か、あるいは相手にとっての試練となる事ばかりだった。今回のように、何らかの力を示すためのデュエルをした事はない。
何より、俺が戦った結果、周りに被害を及ぼしてしまった事が初めてだった。テレビの向こう側でしか見る事がなかった、戦争の後みたいな街の光景。あれは、俺が戦った結果であるのだ。
ウィズダムが全部元に戻したところで、その事実は揺るがない。彼の言ったとおり「現実」だ。
「そして俺は、逃げる過程でS-Forceを負かしてしまった。状況的に仕方がないとしても、追い詰められていたとしても、俺は間違った選択をしてしまったと、今でも思うんです」
あの時は、ドレミ界に戻るという誓いを守るため、そして捕まったら戻れなくなると考えて、逃げてしまった。
たらればに意味がないのは分かっているが、あの時の選択は正しかったと言い切れない。
何よりも。
「……そして、俺にそのつもりがなくても……」
頭を押さえる。心が内側から爆ぜてしまいそうだ。
「俺は……自分のデュエルで、こんな事になってしまったのが……つらいんです」
気持ちを絞り出した。
全ては、俺のデュエルが引き起こした事。それらが悪い結果を起こしている事実に、首が絞められるようだ。
やがてゆっくりと、クーリアは俺の肩に手を回し、自らへと身体を引き寄せる。俺の頭は、ちょうどクーリアの左肩辺りに当たった。
「……話してくれて、ありがとう」
そして俺の髪を、優しく撫でてくる。
「私はあなたじゃないから、あなたが思い悩んでいる事は分かっても、どれだけの思いかを全ては理解しきれない。気にしなくていい、なんて言葉も無責任だって分かってる」
ほんの少しだけ、強く自分に引き寄せるようにするクーリア。感じる温かさが、身に染みた。
「だけどあなたは、私たちとの約束をちゃんと守って、ここに帰ってきてくれた。それだけで今は十分よ」
「……」
「どうすればいいのか、それを決めるのはあなただけれど……今はただ、心を休めて」
まるで幼い子供に言い聞かせるような、優しくて、甘い声。
「大丈夫。私はずっと、あなたの傍にいるから」
照れくさいとか、恥ずかしいとか、そう言う感情が二の次になって。
その日初めて、俺はクーリアの胸の中で泣いた。