2話ほどサイドストーリーとなります。
予めご了承ください。
また、今回はカード名に機種依存文字を使用しているカードが出ますが、今作ではその文字の読みで表記しております。こちらもご承知おきくださいませ。
エージェント・小夜丸の消息が途絶えてから1週間近く経つ。しかしながら、S-Forceはその足取りを未だ掴めていなかった。
持てる全ての技術を使っても、小夜丸の存在はどの次元、どの世界でも確認できない。彼女のGPS信号を最後に確認した倉庫街に、何度も出向いて調査しても収穫はなし。
この事態に、情報部で解析を続ける分析官のテータは、かなり焦っていた。
S-Forceのエージェントが消息を絶つという事自体、結構なイレギュラーだ。こちらに転生してからそんな事は一度もなかった。
そして、その現場に居合わせていたであろう、同じ転生者のバトレアスに対する疑いが完全なものとなってしまっている。それが焦りを助長させていた。
(……何やってるんだ)
内心でバトレアスに愚痴る。
何も後ろめたい事がないなら、大人しく自首すべきだ。そうすれば、こちらも最大限の配慮はできる。無罪放免は厳しいだろうが、情状酌量の余地はまだ残されていた。
にもかかわらず、小夜丸と同様、バトレアスの情報は一切得られない。
以前、誤認逮捕されてブリッジヘッドにやってきた際、分析の結果彼が同じ転生者と判明した事は共有している。同時に、彼が普段いるドレミ界という場所にいる事も聞き出したが、その情報はまだ共有していない。
こちらの精霊界で、今テータがいる世界からすれば、あちらの世界は言うなれば触れてはならない領域。取り調べの際のバトレアスの態度的に、そんな予感がしたからだ。
何より、テータが転生したこの世界は、科学寄りな面が強い。次元の移動などはまだまだ科学の分類たが、非科学的な存在については円滑に受け入れられないところもある。なので、彼がドレミ界にいるという情報は、本当に打つ手がなくなった時に言うと決めている。そして、その時は近づきつつあった。
「どうだ、テータ」
話しかけられ、思考が中断される。周りの雑音と一緒に、機械的な足音が耳に滑り込んできた。
司令官のジャスティファイが、情報部の自動ドアから入ってきたところだ。丸いフォルムのパワードスーツを前にして、自然と姿勢ががっちり整えられる。近くのデスクで作業をしていた局員も、作業を中断して立ち上がり、敬礼をする。ジャスティファイが楽にするよう手で指示すると、他のメンバーは作業に戻る。
しかし、名前を呼ばれたテータは座らずに、報告をした。
「残念ながら……進展はありません」
「そうか……」
いくら姿勢が綺麗でいても、報告の内容が情けない限りで申し訳なく思う。しかし、それ以外に報告のしようがない。情報は何も出てこないのだから。
情報部で使用している処理装置は、観測可能な次元・世界のニュースやSNSなどのデータをトレースして収集、蓄積した上で、特定のワードなどを広範囲にわたって検索する。それを使って様々な情報を集めているのだが、それでも小夜丸やバトレアス、エグザムの情報は集まらない。
テータの報告を聞き、ジャスティファイは思案するように腕を組んで指をとんとんと叩く。
「我々が総力を挙げても情報が出ないとなれば……奥の手を使わざるを得んか」
「?」
何かを考えついたらしいジャスティファイは、テータに「ついてこい」と指示し、部屋を出る。そして、左手首につけられた小型パネルを右手で操作すると、AR画面を起動させた。
「ディガンマ。急で済まないが、例のものを持って司令室の前に来てくれ」
それだけ言って、ジャスティファイは画面を閉じてエレベーターを呼ぶ。
向かうは下の階。地上階をスルーし、地下の最下部まで向かうが、通常のエレベーターで降りられるのは地下5階までだ。そこでジャスティファイはエレベーターを降り、テータを連れ立って別のエレベーターを使う。それはS-Forceの局員の中でも、一部しか使用する権限がない特別なエレベーターだ。
そしてこのルートは、テータも覚えがある。
「司令官、まさか……あのカードを使うんですか?」
恐る恐る聞くと、ジャスティファイはテータを振り向き、黙って頷く。
エレベーターが本当の最下層の地下15階に辿り着く。そこからさらに廊下を長い事歩き、やがて辿り着いたのは特級証拠品を保管する部屋だ。
その部屋には机も椅子も何もなく、警備員さえいない。壁際にはタッチパネルがひとつあり、その壁も賽の目状に区切られている。目の一つ一つが保管庫になっていて、人の手が一切介入されないようシステムが構築されているのだ。
ジャスティファイはタッチパネルを操作し、その中にあるひとつの保管庫を開錠する。テータを含め、普通の局員より特別な権限を与えられている者が証拠品を出し入れする場合、色々とプロセスを踏む必要がある。しかしジャスティファイは、S-Forceのトップ・オブ・トップ。証拠品の取り出しは、立ち合いさえいればいつでもできるのだ。
「……ラプスウェルが言うには、このカードは『エグザム』というらしいな」
開錠された保管庫から、ジャスティファイが慎重に中身を取り出す。
アクリルケースに仕舞われた、1枚のカードだ。
「このカードの力は、我々もおおよそ把握はしている。莫大なエネルギーを宿し、所有者を狂わせる。君とディガンマは、そう分析した」
「はい」
確認するような言葉にテータは頷く。ジャスティファイは保管庫を閉じ、踵を返して部屋を出る。テータはそれに続いた。
「そしてバトレアスは、これと同じカードを2枚も所持し、行方をくらませ、小夜丸もそれを追ってロストした」
エレベーターに乗り、地上階へと戻っていく。立ち入れる人が限られているため、エレベーターでは誰とも乗り合わせず、廊下でも誰かとすれ違う事はなかった。
「この『エグザム』の力をあちらが持っているのであれば、同じ力を使って見つけられるかもしれない。そして、このカードの力を使えば、知りえない情報をも知る事ができると言っていた」
「……危険です。そのカードは……」
「だが、ほかに有効な手もあるまい。このままでは、我々は何もかもが後手に回る」
ジャスティファイの決意は硬いようで、テータ1人の意見には動じそうにもない。そして一般局員が普通に行き来する階層に出たため、強制的に「エグザム」についての話ができなくなった。
一般用のエレベーターに乗り換え、向かったのはジャスティファイの司令室。その扉の前に、ディガンマは立っていた。
「急に済まないな、ディガンマ」
「お気遣いなく」
会釈するディガンマの手には、何かの機械があった。ジャスティファイが持つアクリルケースとほぼ同じ大きさだが、銅板で覆われていて、何かのケーブルを差すための口がついている。
司令室に入るよう促され、テータとディガンマは部屋に入り、ジャスティファイはエグザムのカードを机に置く。そしてディガンマは、最初から何のために自分を呼んだかを理解していたのか、懐からプラスドライバーを取り出し、エグザムのカードを収めるアクリルケースのねじを全て外した。
ついに、エグザムのカードが外気に触れる。それはスナッチスを使ってこのカードの力をテストした時以来だ。
同時に、妙なプレッシャーを感じ、思わずテータは腹部を押さえる。
ディガンマは臆さず、ピンセットでエグザムのカードをつまむと、持っていた銅板ケースに収める。そして、アクリルケースと同様にねじを締めて蓋をし、外気に触れないようにした。
「司令官から……こういうものを作っておくよう言われていたのさ」
作業をしながら、ディガンマは説明してくれた。
これを作ったのは、テータと一緒にエグザムのカードを解析したディガンマのようだ。しかも彼は、S-Forceにおける技術開発のプロでもある。
つまりこれは、エグザムの力を利用するための装置だ。単なる入れ物ではない。
完成したのを確認し、ジャスティファイはディガンマとテータを連れ立って再び情報部へ戻る。局員たちは相変わらず情報の分析と調査に明け暮れており、バトレアスたちに関する情報は掴めていないようなのが表情で分かった。
「司令官、それは……?」
その局員のひとりが、ジャスティファイの手にある装置を見て首を傾げる。
「ディガンマに開発を頼んでいた、このブリッジヘッドのコンピューターの処理速度を上げる装置だ。これを使えば、バトレアスたちの情報が掴めるかもしれない」
エグザムには一切触れず、それっぽい言葉で嘘を吐くジャスティファイ。エグザムのポテンシャルが知られれば、少なからず混乱が生じてしまう。それを避けるためにも、情報統制は続いていた。ただ、局員は疑わずに頷いている。
その局員の前で、ディガンマが演算処理装置の配電盤を開け、エグザムのカードが納められた装置を接続する。そこだけ見れば、特に何もおかしなところはなかった。
しかし、ケーブルをつないで接続が確立された直後、装置の駆動音が明らかに変わった。
「これは……」
コンソールを操作していた局員が、驚きの声を上げる。脇から覗いてみると、目まぐるしくウィンドウが開いたり閉じたりし、表示されている数値やグラフのデータもまた新鮮なものへ更新されていく。
見るからに、処理速度が格段に上がった。
テータは自分でも試してみようと、先ほどまでの作業を再開する。観測できる限りでの次元・世界でバトレアスの情報がないか。もしくは、エグザムに関する手掛かりはないか。小夜丸の反応がないか。
そしたら。
「……司令官」
目の前に出た解析結果を確認し、報告する前に理解しやすいようまとめる。そして、ジャスティファイを呼んだ。
「情報が……出ました」
「素晴らしいな」
それを見て、ジャスティファイは満足するように頷き、他の局員は逆に呆然としていた。S-Forceが全力で捜索しても1週間進展がなかったバトレアスの情報を、たった数分で導き出すなんて。
エグザムの力は、やはり本物らしい。「人体実験」でその信憑性は確認していたが、こうもその成果を見せつけられると、嫌でもその力は理解できてしまう。
恐怖さえ、テータは抱いた。
◆ ◇ ◇
掴んだ情報は、バトレアスが特殊なカードの取引を行うために、ある次元に姿を見せるというものだ。
その「ある次元」は、エグザムのカードがなくても観測できた場所だった。にも関わらず、なぜか情報を拾えなかった。恐らくは、そのやり取りを行ったデータに厳重な偽装が施され、これまでの演算処理装置では欺かれた。
その偽装をも破るまでに、エグザムを取り込んだコンピュータは精度と処理速度を上げたわけだ。
「……ここ、ですか」
そしてテータは、その解析結果をもとに、司令本部の転送装置を使って該当の次元へとやってきていた。勿論、単独ではない。
「情報だと、取引は2時間後……のんびりしていられないわね」
S-Forceではラプスウェルと同程度の地位にいるプラ=ティナ。今回テータは、彼女と共に任務に赴く事になった。
そもそも、テータはこの手の任務に出た事が一度もない。バトレアスが街中で破壊活動――後に復旧したためあくまで未遂扱いだが――をした際も、ラプスウェルには呼ばれなかった。戦力として見られていないという意味だろうが、実際テータは異能力者でなければ肉弾戦が大得意というわけでもない。転生者なのを除けば、至って普通の人間だ。
だからこそ、プラ=ティナがなぜこの任務に自分を連れ出したのかは謎である。
「で、取引が行われるのは……」
プラ=ティナの視線の先にあるものを見て、テータも息を呑む。
今いるのはターミナル駅。ホームには、どこかで見た事があるような無いような列車がいくつも並んでいる。
そんな中で、バトレアスが現れるという情報があったのは、一番端のホームに停車している列車だ。テータが前世で見た事がある近代的な特急列車ではなく、機関車が客車を牽引する古めかしいタイプ。車両数は10両程度だ。
「行きましょう」
プラ=ティナに促され、テータも続く。列車に乗る直前に、何とかギリギリで確保した切符を駅員に見せる。
自分たちがS-Forceである旨は伝えない。というのも、この情報を掴んだのがほんの数時間前で、正式に通達する時間がなかった。それに、S-Forceがいると知られたら、バトレアスが姿を現さない可能性も考えられる。
「……プラ=ティナさん。聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
指定の席に座って落ち着いたところで、テータは聞いてみる。
「どうして今回、俺を連れてきたんです?」
「そうね……理由はいくつかあるけれど」
プラ=ティナは足を組み、わずかに上を見上げる。脚線美を強調するポージングだが、ひとまずそれは置いておく。
「まず、今回は急な任務って事で、すぐに動けるエージェントが足りなかったから。私は偶然身体が空いていたから確定として、バトレアスがどこまで危険かはまだ分からないからこそ、少しでも人手が欲しかったのよ」
戦力というよりも、プラ=ティナの補助的な役割が強いらしい。
プラ=ティナは、普段ブリッジヘッドに勤務しているが、現場のエージェントとして活動していたとも聞いている。だから任務へ出る事自体に抵抗はなさそうだ。
「それと……バトレアスがあなたと同じ転生者であるから」
少し声のトーンを落とし、告げる。
周りの客には聞かれないように、という配慮のつもりだろう。しかし、その美貌との距離が詰まり、テータは視線をほんの少し逸らす。
「あなたとバトレアスは……友人とまではいかずとも、知り合いではあるでしょう」
「それは、まぁ」
「同じ転生者の誼で知り合いだからこそ、心の隙が生じるかもしれない。それを狙うの。こういうのはあまり性に合わないけれどね……」
つまり、バトレアスの油断を誘うため。
その点についても、ある程度納得はできた。
「そして、あなたもそろそろ現場を知っておいた方がいいと、思って」
その理由が、テータには一番納得がいった。
S-Forceに引き取られて1年弱、まだ現場の仕事を直に見た事はない。前世で「S-Force」という集団を知っていても、それは現場を知らなくていい理由にはならない。さらに分析官という立場上、現場の状況や動き方、空気なんかも知っておいた方が、状況判断能力が鍛えられる。
であれば、一層気を引き締めて今回の任務には取り組まなくては。
そう決断した直後、汽笛が鳴り響く。
列車は揺れを感じさせず、滑らかに動き出し、駅を後にした。
◇ ◆ ◇
駅を離れて速度が安定したところで、テータとプラ=ティナは車内の捜索を開始した。
掴んだ情報では、バトレアスがどの車両のどの座席で取引をするかまで明らかになった。誰と取引をするかまでは分かっていないが、そこまですぐに把握できるエグザムの力に身震いする。
けれどその前に、他の場所にいるかもしれない事を考慮して、列車全体を確認しておいた。
車両設備は、機関車が客車を牽引しているという点を除けば、前世でも乗った事がある特急列車とほとんど変わらない。指定席、グレードがやや高い指定席、個室。水洗トイレも設えられてあり、最後尾車両は貨物車。
乗客はそれなりに多いが、空席もポツポツとある。そして、やはりここがデュエルモンスターズの世界のひとつのため明らかな異種族もいるが、誰一人としてそこに疑問を抱いてはいない。
ただ、目につく範囲でバトレアスの姿はなかった。
「ここね」
二手に分かれていたテータとプラ=ティナは合流し、掴んだ情報をもとに、情報で確認した個室の前に立つ。ドレミコードが他人に存在が明かされては困る故、できる限り人目につかない個室を選んだという事か。
プラ=ティナがドアをノックする。緊張の一瞬だ。
「……」
しかし、反応はない。プラ=ティナはドアに耳をつけて、中の音に意識を集中させる。が、やはり何も聞こえないのかテータを見て首を横に振った。
「……あのー? どうされましたか?」
そこで声を掛けられ、テータとプラ=ティナはそちらを見る。立っていたのは、服装からして車掌だった。帽子から緑の髪が覗く、20代と思しき男。名札には「ルータス」と書かれている。
そしてテータは、その車掌を見た直後に、妙な違和感を抱く。
「こちらの個室の人に用があるのですが」
「そちらの方ですか? ええと……」
その違和感はひとまず置いておき、用件を告げると、ルータスはタブレットを取り出して操作する。どうやら乗客のデータなどを確認してくれているようだ。
「……そちらの個室の方は、2つ目の駅で乗車される予定ですね。ご友人か何かでしょうか?」
「あー、えっと……まぁ、そんなところです」
適当に誤魔化すと、ルータスはにこりと笑う。
「それでしたら、そちらの方が乗車されましたらお伝えいたしましょう。お二人は、どちらの座席へ?」
「ああ、いや……そこまではしなくて大丈夫です」
サービス精神旺盛なのは結構だが、車掌の仕事があるだろう。それにテータとプラ=ティナは、バトレアスと敵対してしまっている身である。嘘を吐いているのに親切心を働かせてしまうのは悪い。
なので、テータはプラ=ティナと一緒に自分の席に戻る。丁度、最初の停車駅に着いたところだった。機関士の腕がいいのかほとんど揺れを感じない。
そしてルータスの話では、バトレアスが乗ってくるのはこの次の駅だ。
「……この期に及んでなんだけど」
汽車が汽笛を鳴らし、発車したところでプラ=ティナが話しかける。
「例の処理装置が掴んだ情報……本当なのかしら」
「え……」
その言葉に、テータの思考が一瞬止まった。
「今の今まで、バトレアスの情報は私たちも掴めなかった。それ以前から、エグザムの力を使う前も、彼が私たちの観測可能な世界に姿を見せた事は、ごくわずかだった」
「……ええ、確かにそうでした」
「それで今、あちらも私たちが捜索しているであろう事は把握しているはず。特にラプスウェルが言うには、彼があのカードを2枚所持していると、私たちにも知られていると理解はしているでしょう」
それなのに、とプラ=ティナは窓の景色を見たところで汽笛が鳴る。丁度カーブに差し掛かったところだ。スピードがわずかに遅くなったのを感じる。
「いくら情報が極力流れないよう偽装したとはいえ、そう簡単に姿を見せるかしら」
その意見に、テータも少し考える。
S-Forceがバトレアスを血眼になって探している今の状況。偽装を施し、ちょっとやそっとで見破れないようにしたとはいえ、そう簡単に当人が姿を見せるだろうか。変装などをしている可能性だって十分あるが、列車という閉ざされた場所に姿を見せる可能性が、今になって考えにくくなってくる。
ただ、予めこちらが持っている情報として、バトレアスは空間を自在に移動する能力を持っている。いざとなったらそれを使って逃げるのかもしれない。
やはり真偽の程は定かではなかった。
「……もしかしたら、偽情報を掴まされた?」
「それは、次の駅で分かる事でしょう」
それから少しして、バトレアスが乗ってくるという駅に到着する。その直前に窓のカーテンを閉めて、できる限りあちらに存在を気取られないようにした。
数分停車し、周りの席にも客が座ると、やがて列車は汽笛を鳴らし丁寧な動きで出発する。
それを見計らい、テータとプラ=ティナは立ち上がって先ほどの個室に向かう。念の為、周りの客に紛れてバトレアスがいないかを確認したが、やはり見る限りではいなかった。
そしてまた、個室の前に辿り着く。
プラ=ティナが再びノックをし、テータは身構える。
かちゃ、と鍵が開く音が鳴り、手に力が入った。
それから扉が開き、中にいた人物が露わになる。
「……む?」
いたのは、スーツを着た壮年の男だった。眠そうな目をしているが、バトレアスとは似ても似つかない。
別人だ。であれば、取引相手か。それなら、こちらも色々話が聞ける。
「何だね、君……た、ち……」
しかし、男の言葉には力がなく、しかも列車が揺れるとバランスを崩して床に倒れ込んだ。
「ちょ、大丈夫ですか!?」
相手が何者かは分からないが、目の前で人が倒れれば心配になる。慌ててテータは膝をつき、首元に手を当てる。だが、脈はあるし、息も感じられる。どうやら、何からの理由で眠らされたようだ。
「原因は多分これね」
先に部屋に入り、様子を確認していたプラ=ティナが指さしたのは、飲みかけらしい赤ワインの入ったグラスとボトル。薬か何かが混入していたと見るのが自然だろう。
部屋には赤いシートの椅子と、クローゼット。部屋の窓は普通車よりも大きめで、グレードが高めなのが分かる。だが、部屋にはこの男以外には誰もいないようだ。
だとすれば、バトレアスはどこに行ったのか。
その前にまず、昏睡した男を部屋に引き入れて、椅子に座らせる。そしてスマートフォンを取り出し、カメラを男の顔に向けた。拡散などではなく、S-Forceのデータバンクにある情報を照会し、正体を調べるためだ。
「何か分かった?」
「ブラックマーケットの商人らしいです」
表示された情報をプラ=ティナに報告する。バトレアスではないが、この男も危険人物だった。プラ=ティナはそれを聞くと、男の手首に手錠を嵌める。
「後は、バトレアスだけど……」
プラ=ティナの言う通り、肝心の男が見つからない。
S-Forceが掴んだ情報にあった個室に危険人物がいたとなれば、偶然とは考えにくい。偽情報の可能性は低くなる。
だとすれば、この列車の何処かにバトレアスがいるかもしれない――
黒板を引っ掻くような金属音が鳴ったと同時、列車が大きく揺れた。
「!?」
テータはバランスを崩しかけるが、男が眠る椅子の端を掴んで体勢を保つ。プラ=ティナは壁に手をついて耐えていた。
そしてさっきの揺れで、テーブルに置かれていたワイングラスとボトルが倒れ、赤い酒がカーペットに零れ落ちる。
窓の外を見ると、カーブを曲がっているのが見えた。しかし、さっきまでカーブにさしかかる時は減速して汽笛を鳴らしていたのに、それがない。
「……テータ」
「はい」
異変をプラ=ティナも理解したようで、部屋の外に出る。そしてまずは、個室車両の最後部にある車掌室へと向かい、ドアをノックした。けれど返事がなく、ドアを開けようとしても鍵がかかって開かない。留守だろうか。
一先ず、ただ事ではないのは分かった。
「バトレアスを探して。私は列車の様子を確認する」
「分かりました」
一旦別れ、プラ=ティナは先頭車両めがけて駆け出す。
テータは、バトレアスをどう探したものかと思ったが、すぐにまた列車が揺れた。
そこで、近くにあった乗降用のドアを見て、眉を顰める。
ほんの少し、小指1本分ほど、開いていた。
「……まさか」
試しに、ドアを手で動かしてみる。
すんなりと扉が開き、風が吹き込んできた。
「くっ……!」
何とか持ちこたえつつ、外を注意深く見てみる。ドアが走行中に手動で開けられるなど、いくら精霊界でもおかしい。
走っているのは田園地帯。景色は開けているが、時折列車の標識や信号機が高速で通り過ぎていく。当たれば大怪我はは避けられないので、慎重に、身体を車体に添わせるようにして外へ出る。そして、連結部分にある小さな足場に左足を置き、車両点検用の簡易的な梯子をつかんで、一度体を休めた。
息を吐き、客車の上を見る。
外れてほしい予想だが、確かめておくに越した事はない。
梯子を上り、客車の上へとよじ登ると。
「お客様、危ないですよ。こんなところに」
客車の上。車両の後ろ側に、さっきの車掌・ルータスが立っていた。
注意自体は至って全うだが、その言い方にこちらを心配する意図を感じない。むしろ、愉しそうに笑っているのがおかしかった。
「……そっちこそ、ここで何を?」
客車の上に立ち、風が吹くのも気にせず問いかけると、わざとらしくルータスは肩を上げた。
「バトレアスの名を追って、やってきたハエを駆除するために」
にやり、と笑っている。
そこでテータは、理解した。
「……あいつは来ないんだな?」
「その通りです」
「で、それを仕組んだのはアンタ、と」
「ご明察。さすがはS-Forceだ」
ぎり、と歯ぎしりをする。自分たちの身元は明かしていないのに、この男は知っている。切符を買う際にプラ=ティナもそれを伏せていたから、確実に何かの手段で知ったのだろう。明らかに、ただの鉄道員ができる事じゃない。
「何のためにこんな真似を?」
「もちろん、エグザムのカードの為です」
「どういう事だ?」
客車の上から、目の前に広がる田園風景を見回してルータスが告げる。
「数か月ほど前、とあるカードの情報を掴みましてね。場所や持ち主を転々としていたところを、ちょっと失敬したわけです」
どうやら、車掌というのは表の顔、実は犯罪者か何からしい。それは後で話をじっくり聞く事にしよう。
それと、エグザムのカードの情報が洩れているのは少しマズい。現時点で存在を確認できているのは、ブリッジヘッドの1枚、バトレアスが持っている2枚。残り2枚の所在はまだ分からなかったが、ルータスの言い方からして間違いなく1枚持っている。
だが、その過程で情報が出回っているなら、世間の混乱を招く可能性が高い。非常に危険だ。
「このカードの価値が、あらゆる意味で高い事を知り……まずは邪魔になる勢力を消す事にしたんですよ」
「……そのために、バトレアスの名を使ったのか。偽の取引まで演じて」
「ええ。取引相手は今頃眠りこけている事でしょう。そして、偽装を破ってバトレアスの名を追い、駆け付けるほどの実力があるS-Forceの戦力も多少削げる」
プラ=ティナの読みは、ある意味正しかった。取引自体が行われるのは本当だったが、バトレアスが現れるという嘘をルータスが流した。
その時、またカーブに差し掛かって車体が傾く。よろめきかけて何とか耐えるも、遠心力で車体の重量に押された車輪が悲鳴を上げた。
「この列車の暴走もお前か」
「あなた方や取引相手を、生かしてはおけませんから」
拳を握る。
この列車には、他にも一般人が大勢乗っている。このまま列車が走り続ければ、必ずどこかで事故を起こし、そうなれば全員無事では済まない。
自分の目的のために大勢の人を犠牲にするこの男は、許せなかった。
「列車を止めろ」
「今の話を全部して、私がそれを聞くとでも?」
「だったら――」
「これしかないでしょう」
言うが早いか、ルータスが見せたのはデッキの束。
「……そうなるか」
「迷っている暇はないんじゃありませんか?」
そう話している間に、またカーブを通過してテータの身体が傾く。
精霊界におけるデュエルとは、最も由緒正しくかつ強制力の強いものである事は、転生してから理解していた。だから、万が一のためにテータもデュエルディスクとデッキは持ってきている。
溜息をつき、腰のベルトに着けていたデュエルディスクを左腕に嵌め展開させる。ブーメランのようなV字型の盤面が展開された。
「では、楽しいデュエルをしましょう」
言いながら、ルータスは映画の悪役みたいに服と帽子を脱ぎ去る。緑の髪、紫と白のスーツが露わになり、さらにどんな原理なのか白いマントが現れた。
(こいつ……何者だ……?)
明かされた本当の姿に、テータの中で疑問がまた再浮上する。
転生後、精霊界に住む一般人と、デュエルモンスターとして存在していたものとは、微妙に雰囲気が違うのは既に知っていた。
そしてこの男は、間違いなく後者。さっきの違和感は勘違いではなかった。
であれば今度は、何者なのかが気になる。
試しにスマートフォンをポケットから取り出し、スキャンを試みようとしたが、画面にエラーが表示される。電話もできそうにないし、これでは正体を知るのは愚か、プラ=ティナに助けも呼べない。
視線を戻すと、ルータスがちっちっと指を振って笑っている。妨害電波は彼の仕業のようだ。そして、構えた左腕に取り付けられていたのは、近未来的な銀のフォルムの機械……デュエルディスク。
彼が何者かを突き止めるのは、デュエルに勝った後しかない。
「「デュエル!」」
テータ LP4000
VS
ルータス LP4000
デュエルディスクに後攻と表示され、手札を5枚引く。
それにしても、電車の上でデュエルなど普通はあり得ない状況だ。風の強さが凄まじいのは勿論、テータの位置的に常に追い風を背中に受け続ける事になる。万が一、風に煽られバランスを崩し、屋根から落ちたらどうなるかなど言うまでもない。
「僕から行かせてもらいます。僕はフィールド魔法《転回操車》を発動!」
まずルータス発動したのはフィールド魔法。イラストには車庫と転車台が映っているが、フィールドの景色は変わらない。リアルタイムで高速移動しているから、景色はそのままなのか。
「手札の《深夜急行騎士ナイト・エクスプレス・ナイト》は、攻撃力を0にする代わりにリリースなしで召喚できる!」
モンスターを召喚する仕草を取ると、その背後から線路が伸び、ヘッドライトが煌々と輝く列車が走ってきた。先頭車両の屋根の上には、剣と盾を構える騎士のような上半身がある。
深夜急行騎士ナイト・エクスプレス・ナイト
ATK3000→0 レベル10
「《転回操車》の効果発動! 自分が機械族・地属性・レベル10のモンスターを召喚・特殊召喚した場合、攻撃力1800以上の機械族・地属性・レベル4モンスター1体を、レベル10にしてデッキから特殊召喚する!《無頼特急バトレイン》を特殊召喚!」
今度はナイト・エクスプレス・ナイトが走る線路の隣にまたレールが延び、赤い車体の列車が走ってきた。黄色の雪かきがついているが、何となくデコトラに見える。
無頼特急バトレイン
ATK1800 レベル4→10
「バトレインの効果発動。1ターンに1度、バトルを放棄する代わりに、相手に500ポイントのダメージを与える!」
ルータスがテータを指さすと、バトレインのヘッドライトが光り、さらにタイフォンをけたたましく鳴り響かせる。
テータ LP4000→3500
「そして、レベル10のナイト・エクスプレス・ナイトとバトレインでオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚!」
空に向かってルータスが手を挙げると、列車の後方に巨大な銀河の渦が出現する。ナイト・エクスプレス・ナイトとバトレインはオレンジの光へと変わり、その渦へと吸い込まれる。そして、光を飲み込んだ渦が爆発を起こした。
「天をも貫く
爆発した渦から、3対6本のレールが伸びる。そして轟音と共に現れたのは、山と見間違えるほどの高さを誇る列車砲。聳え立つ砲塔は上空を向いていたが、テータたちの乗る列車とは少し距離を離していた。
超弩級砲塔列車グスタフ・マックス
ATK3000 ランク10
「いきなり攻撃力3000か……」
「攻撃力だけじゃありませんよ? グスタフ・マックスの効果発動! 1ターンに1度、オーバーレイ・ユニットを1つ使い、相手に2000ポイントのダメージを与える!」
「!」
グスタフ・マックスの周囲を漂っていたオーバーレイ・ユニットが砲身と吸い込まれると、轟音と共にその砲身がテータへと向いた。
超弩級砲塔列車グスタフ・マックス
ORU:2→1
「撃て!」
ルータスの合図とともに、その砲口がわずかに光ったかと思うと、熱と風がテータの横を掠めていく。
「うあ……っ!」
テータ LP3500→1500
ソリッドビジョンとは異なり、こちらの世界でのデュエルは衝撃が限りなく現実に近くなるのは、テータも理解している。その熱と風に思わず目を閉じるが、どこもケガはしていない。
しかし、目を開けるとルータスはしゃがんでいた。それも、何かを期待するかのように笑っている。
気になって後ろを振り返ると、陸橋が迫っていた。
「ッ!!」
咄嗟にしゃがむ。
頭上を橋が通り過ぎていったのが音と感覚で分かる。後1秒でもしゃがむのが遅れていたら、陸橋に頭を打って2度目の死を迎えていた事だろう。
「カードを1枚伏せてターンエンド。そしてこのエンドフェイズ、オーバーレイ・ユニットとして墓地へ送られていたバトレインの効果を発動。機械族・地属性・レベル10のモンスター1体をデッキから手札に加えます。僕が手札に加えるのは《重機貨列車デリックレーン》」
余裕そうなルータスを見て舌打ちをする。先攻1ターン目から一気に2500ものライフを削られた上、制御不能な列車の上でデュエルという盤外戦術で、緊張感は倍掛け状態。
こんな状況でデュエルなど気が気でない。さっさと終わらせたいところだが、テータの初手はいまいち恵まれていなかった。
「俺のターン!」
カードを引き、ちらと後ろを見る。機関車の吐く蒸気でわずかに視界が悪いが、幸いな事にしばらく陸橋の類はなさそうだ。
そして引いたカードに視線を落とすと、中々悪くない引きだった。
「《S-Force エッジ・レイザー》を召喚!」
まず最初に召喚するのは、サイバーチックな赤い鎧で武装する侍だ。
そのモンスターを召喚する位置は、グスタフ・マックスの正面。デュエルディスクでもそれは確認済みだ。
S-Force エッジ・レイザー
ATK1500 レベル4
「このカードを召喚した時、手札から『S-Force』1体を攻撃表示で特殊召喚できる!《S-Force ラプスウェル》を特殊召喚!」
エッジ・レイザーの隣に現れる、オレンジの筋肉の上にマントを羽織る奇妙な風貌の悪魔。現実のブリッジヘッドではベテランとして知略を発揮する上官だ。
S-Force ラプスウェル
ATK2400 レベル6
「ラプスウェルの効果発動! 1ターンに1度、手札から『S-Force』カード1枚を除外する事で、『S-Force』モンスターの正面にいる相手モンスターを全て破壊する!」
「ほう」
コストとして除外するのは《S-Forceプロフェッサー・ディガンマ》。カードを除外すると、グスタフ・マックスの正面にいるエッジ・レイザーが刀を抜き、力いっぱいに縦に薙ぐ。飛ばされた斬撃は、ヨットの帆のように巨大化し、グスタフ・マックスを正面から真っ二つに叩き割った。大爆発が巻き起こり、爆炎を目にしたルータスは鼻息を吐く。
「バトルだ! まずはエッジ・レイザーでダイレクトアタック!」
刀を構えたエッジ・レイザーがルータスへ飛び掛かる。
しかしあちらは、怯えるどころか不敵に笑って手札のカードを手にした。
「手札の《工作列車シグナル・レッド》の効果発動! 相手モンスターの攻撃宣言時、このカードを特殊召喚して攻撃対象をこのカードに変える!」
「何?」
エッジ・レイザーが刀を振り上げた直後、ルータスとの間に割って入るようにレールが現れ、オレンジの車体の列車が勢い良く通過する。そのレールは大きく回るようにカーブを描き、先ほどのグスタフ・マックスなどと同様に、テータたちがいる列車を追うポジションについた。
工作列車シグナル・レッド
DEF1300 レベル3
だが、守備力は高くない。エッジ・レイザーの攻撃力なら対処可能だ。
シグナル・レッドに目標を切り替えたエッジ・レイザーは、すぐさま日本刀を勢いよく振り下ろすが。
「さらに、この戦闘でシグナル・レッドは破壊されない!」
「くそ……」
シグナル・レッドの側面部から伸びたアームが、日本刀を止めた。無駄に攻撃を消費させられた事に、テータは歯痒い気持ちになる。
「なら、ラプスウェルでシグナル・レッドを攻撃!」
ラプスウェルが右腕を前に伸ばすと、手のひらから謎の紫色の球体が出現し、それをシグナル・レッドへと放つ。真正面からそれを受けたシグナル・レッドは、鉄が軋むような音を立てながら全体像が歪み始め、やがて破壊された。
「俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」
テータのライフは圧倒的に少ない。この状況で少しでもダメージを入れたかったが、それができなかった。このデュエルは中々厳しくなりそうだ。
そこで後ろをもう一度見る。線路をまたぐ形の信号が近くに見えたので、念のためしゃがんでおく。
目の前の敵と、後ろから迫る様々な障害物に気をつけながら、列車の上でデュエルをするなんて。
(流石、何でも起きる精霊界だ)
転生した事実を、テータはため息をつきながら痛感し、苦笑した。
Q. 取引相手のおじさんis誰?
A. 《華麗なる密偵-C》の人。