ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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第66話:集束

 プランを聞かされた小夜丸は、プラ=ティナと共に炭水車に上り生唾を飲み込む。技術的には可能だが、実現するとなると勇気がいるものだ。

 

「大丈夫、あなたならやれるわ」

 

 だが、プラ=ティナにそんな優しい笑顔で言われては、できないなどとは言えない。普段はおっかない印象が強いプラ=ティナだが、いい上司なのだ。

 小夜丸は頷き、腰に提げている折りたたみ式の手裏剣を手に取り、展開させる。それは普段使う手のひらサイズのものではなく、縦幅が小夜丸の下半身ぐらいある。

 呼吸を整え、小夜丸はその手裏剣を空に向かって投げた。それは回転しながら中空まで、ほぼ垂直に舞い上がる。

 そして十分な高さまで達したところで、小夜丸は右腕に巻き付けていた糸を引っ張り操りつつ、左手の指で印を結ぶ。引きに合わせ、糸を繋いでいた手裏剣が、半円のような軌道を描きながら機関車へと迫ってくる。その刃には山吹色のエネルギーが宿り、ただでさえ大きめな手裏剣がさらに巨大化していた。

 やがて、その手裏剣は。

 

「!」

 

 金属が擦れる音を立て、動力部と炭水車の間にある運転室を両断した。

 直後、重苦しい金属音を響かせながら、切り離された動力部が先へ進んでいき、小夜丸とプラ=ティナが足を着けている炭水車と離れていく。幸いな事に、橋の手前は上り勾配だった。おかげで炭水車や後ろの客車のスピードも落ち始めたのだ。

 だが、このスピードではこの先の橋までに停車する事はないだろう。

 

「よくやったわ、小夜丸!」

 

 肩を叩いて褒め称えながら、今度はプラ=ティナが前へ出る。そして両腕を広げると、何やら難解な呪文を唱え始めた。

 

「―――――――――――――――――」

 

 小夜丸には、何を言っているのかさっぱり分からない。だが、聞き返せる雰囲気ではないし、肝心の橋も迫っている。先を走っていた機関車の動力部が、崩壊した橋から落下していくのが見えた。

 小夜丸たちがその二の舞になるかどうかは、全てプラ=ティナ次第だ。

 

「ハァッ!!」

 

 落下した機関車の爆発音と同時に、プラ=ティナが両腕を前に突き出す。

 目の前に巨大な光のゲートが出現した。

 

「わ……っ!!」

 

 突然の光に、そして橋から落ちるのではというわずかな恐怖に、小夜丸は思わず目を閉じる。

 万が一に来る落下の浮遊感に備え、全身に力を籠めるが、その瞬間は中々訪れない。どころか、さっきまで聞こえていたのと同じ、列車がレールの上を走る音が聞こえてくる。

 

「これは……」

 

 やがて意を決して目を開けてみると、小夜丸たちが乗る炭水車は、まだレールの上を走っていた。だけど、前方に見える景色はさっきと違う。

 振り返ってみれば、目を瞑る直前に見たのと同じ光のゲートが、後方に出現していた。しかもそれは、谷を挟んだ反対側にもあって、テータの乗る最後尾の車両がそのゲートをくぐると、反対側に一瞬で移動している。

 

「……上手く、行ったようね」

 

 プラ=ティナが安心したように告げると、光のゲートが消える。

 小夜丸は事前に聞いていたし、技術を信じなかったわけでもない。それでも、この作戦は中々危険なものだった。

 小夜丸の手裏剣で、暴走する機関車の動力部を切り離して先行させる。残った炭水車と客車は、プラ=ティナが持つ「空間を自在に歪める能力」を使って、崩れた橋の両端に出現させたワープゲートで谷を越えさせる。そういうプランだった。

 

「流石に、こんなに大きなものを移動させるのは初めてだったけど」

 

 手首を解しながら、プラ=ティナが告げる。

 そもそも、S-Forceの技術のひとつにある「次元や世界を超える力」は、プラ=ティナの持つ能力由来だ。本人にそれができないはずもないが、列車1編成分も移動させる機会はそうそうないようだ。

 

「さてと、それじゃ……」

 

 一息ついたところで、プラ=ティナは列車の後方を見る。

 視線の先では、ルータスの身柄を確保していたらしいテータが、手を振っていた。

 

「詳しい話を聞きましょうか」

 

◆ ◇ ◇

 

 列車は惰性で数百メートルほど走り、上り勾配などもあってようやく停止した。

 そこからはまた大変だったと、テータは記憶している。列車に爆弾が仕掛けられていたため、駆けつけた協力機関と一緒に乗客を避難させ、連絡がついたS-Forceの増援にも爆弾の処理やこの事態の収束を依頼した。

 

「流石に、完全な隠蔽はもう無理でしょうね……」

 

 乗客を避難させ、車輪周りに仕掛けられた爆弾を解除している様子を見ながら、プラ=ティナがぼやく。テータはその意味を理解し、列車が走ってきた方角に顔を向けた。

 列車の上でデュエルをし、ルータスがエグザムのカードである《天霆號(ネガロギア)アーゼウス》を使った。だが、エグザム特有の影響力のせいで、線路沿いの民家を含めあらゆる場所にも被害が及び、しかもその効果を使った結果鉄橋を破壊している。テータは実際に見てはいないが、野次馬が集まっていたようだ。

 こうなった以上、全てを隠し通せるとは思えない。

 

「ブルートエンフォーサー……こんなところで会えるとはな」

 

 テータが確保したルータスの身元を照合していたのは、応援として駆けつけたオリフィスだ。因縁じみたものを感じさせる言葉に、プラ=ティナが興味を示す。

 

「何者なの?」

「俺やエッジ・レイザー、ジャスティファイ司令官と同じ世界の出身で、サイバーテロリスト。各次元、各世界の主要機関にサイバー攻撃をした前科もある。マスカレーナほどじゃないにしろ、こいつも危険人物だ」

 

 オリフィスたちと同じ、という事は、ルータス改め《ブルートエンフォーサー》はサイバース族という事か。しかも、その通称からしてデュエルモンスターであるのも間違いなさそうだ。ようやく合点がいったと、テータは一息つく。

 とはいえ、その《ブルートエンフォーサー》は、さっきのデュエルの衝撃で気絶している。詳しい話を聞くのは後回しとなるだろう。

 

「こいつもだが、エグザムを確保できたのはお手柄だぞ、テータ」

「ええ、よくやってくれたわ」

 

 オリフィスが笑って肩を叩き、プラ=ティナも微笑んで労ってくれる。デュエルに勝利した結果、S-Forceで2枚目のエグザムを回収できた。あのデュエルで負けてしまったら、最悪列車は止められても、《ブルートエンフォーサー》はエグザムを持ったまま雲隠れしてしまっただろう。

 

「そのカードの力で、荒らされた土地やら何やらをもとに戻せればいいんだが……」

 

 オリフィスはそう言いながら、テータの手にあるアクリルケースを見る。具体的には、そこに収められている白紙となったエグザムだ。

 ラプスウェルの話では、このカードの力を使い、白いコートの男は崩壊した街並みを再生させた。それなら、同じ事ができるのではないだろうか、とオリフィスは考えているらしい。

 

「やめた方がいいわ」

 

 プラ=ティナが、少し強めの口調で釘を刺してきた。

 

「ラプスウェルが見た通りの事がすぐできるとは限らない。もしかしたら、逆に今以上の被害を出すかもしれないもの」

 

 プラ=ティナの言う通りだ。エグザムの力を使えば、破壊されたものは元に戻るかもしれない。

 しかし、その具体的な手段が分からないのだ。ブリッジヘッドでは、エグザムのカードを演算装置に組み込む事で処理速度を飛躍的に上げる事はできたものの、破壊された街を元通りにする原理は解明できていない。白いコートの男は、ただ掲げただけでできたそうだが、オリフィスやプラ=ティナに同じ事ができる可能性は、正直低い。

 

「それなら、あとは……」

 

 プラ=ティナの言葉を受け、オリフィスは諦めたらしい。

 次に視線を向けたのは、小夜丸だ。

 

「まずは、無事で何よりだ」

「ありがとうございます」

「一体どこにいたんだ?」

 

 1週間も行方知れずだった小夜丸。無事だったのは非常に安心だが、同時にオリフィスの疑問ももっともである。

 とはいえ、テータはどこにいたのかおおよそ見当がついていたが。

 

「えーと、それは……っ?」

 

 だが、小夜丸がそれを答えようとした直後に、喉を押さえた。

 顔には苦悶や苦痛ではなく、驚愕の表情がある。

 

「小夜丸?」

「どうかしました?」

「いえ、あの……なんか、うまく喋れなくて……」

 

 小夜丸は、ほぐすように顎を両手で揉む。本人が意図して発言しなかったわけではないらしい。咳や痰の類でもなさそうだ。

 そこでテータは、少し確かめたい事があり、小夜丸に話しかける。

 

「小夜丸さんは……バトレアスのいる場所にいたんですね?」

「え、はい……」

「それは、どこですか?」

「それは……ぅ」

 

 小夜丸は、答えたくないからと口を噤んでいるわけではない。直前のテータの質問には答えられたし、答えようとしていた。自分の意思と関係なく、答えられない。

 となると。

 

「プラ=ティナさん」

「?」

「小夜丸さんですが、恐らくは――っ」

 

 テータも、小夜丸が言おうとし、自分が知っている事を言おうと試みた。

 けれど、舌がもつれたように言葉が出てこない。

 であれば、別のやり方を試してみる。

 

「……前に、バトレアスを誤認逮捕した時の事、覚えてます?」

「ええ、それは」

「その時にあいつのデッキ、見ましたよね? なんてカードを使ってました?」

「あぁ、確か……ぇ?」

 

 プラ=ティナは、ちょっとばかり記憶に自信がなさそうだったが、それでも答えようとした。しかし、いつまで経ってもそれを口にしようとせず、小夜丸と同じように口元に手をやっている。

 

「なんだ、どうした?」

「……バトレアスの居場所は、俺はともかく、小夜丸さんも知っているんでしょう。だけどどういうわけか、それを口にできません」

 

 この場で唯一それを知らないオリフィスが聞いてくる。テータの質問に小夜丸はこくこくと頷き、プラ=ティナも口惜しそうに首を縦に振った。

 バトレアスが普段いるのは「ドレミ界」。

 そんな彼が使うデッキは【ドレミコード】。

 それはテータも覚えているし、頭の中でなら言葉にできる。

 にもかかわらず、声に発しようとすると、それを口にする事ができなくなった。

 

「だったら、紙に書けばいいんじゃないか?」

「あ、それはナイスアイデアです! そう言えば私、色々とメモ取ってきたんでした!」

 

 オリフィスに言われて、小夜丸は懐からメモ帳を取り出し、パラパラとページをめくっていく。傍目に見ても、今回の件に限らず随分色々な事を書き込んでいるのが見えた。

 

「えーっと……あ! ここに――」

 

 やがて小夜丸は、目当てのページを見つけたらしく、そこを開く。

 だが次の瞬間には、その開いたページは燃え尽きたように黒ずみ、崩れ落ちた。

 

「え……」

 

 崩れたページは、風に乗って空の彼方へ飛ばされていく。他のページは全くの無傷。ドレミ界に関する情報だけが、消された。

 小夜丸はすぐにペンを取り出し、メモ帳に何かを書こうとする。

 

「っ……」

 

 けれど小夜丸は、ボールペンを落としてしまった。そして、それをすぐに拾う事もなく、自分の手を不可解な目で見ている。

 

「……どうやら、あちらの情報は一切共有が許されないようです」

「まるで呪いだな……」

 

 オリフィスが、半分恐怖するように笑って言うが、本当にその通りだとテータは思う。バトレアスはテータと同じ転生者のはずだが、そんなオカルトじみた世界にいるというのか。いや、転生する事自体オカルト極まりないのだが。

 ただ、以前テータがバトレアスの取り調べをした際には、本人の口からドレミ界の情報を聞いていた。バトレアスがドレミ界の住人だから、あるいはあの場にいたのが転生者だけだから問題なかった可能性もある。それに、彼の顔写真はS-Force内でも共有されている。共有の可不可にもボーダーラインがあるのか、真相は分からない。

 

「……何か、他に情報は? 例えば、エグザムの事とか」

 

 プラ=ティナが尋ねる。

 すると小夜丸は、テータの手にあるアクリルケースを見ながら口を開いた。今度は話せる情報だと嬉しいのだが。

 

「……あちらは、その『エグザム』のカードを3枚持っています」

 

 全員が、押し黙った。遠くで爆弾処理をしている作業員たちの声と音しか聞こえてこなくなる。頭上で鳥の鳴き声が響いた。

 

「3枚……? 確か私たちは、2枚だけって聞いたけど」

「実は私が……あちらにいる間に、新たに1枚を入手したんです。それは……っ、ごめんなさい、詳細が口にできません」

 

 プラ=ティナが尋ね返すと、小夜丸は話せる限りの情報を話してくれた。

 

「……エグザムは、全部で5枚って話だったな」

 

 確認するように告げるオリフィス。

 ラプスウェルは、白いコートの男からそのエグザムのカードの枚数を聞いており、それは既に共有してある。

 1枚はS-Forceで使い、所在不明だった1枚を今日新たに確保した。

 そして、バトレアスたちは3枚所持している。

 となれば。

 

「じゃあエグザムは、私たちS-Forceとバトレアスしか持ってないって事?」

 

 プラ=ティナの言う通りだった。

 それがあまり喜ばしくないのも、テータは理解している。

 エグザムにどれだけの力、有用性があるかはテータも既にその目で見た。そんなカードを2枚どころか3枚も所持しているとは、要注意どころか脅威だ。

 そして、エグザムのカードは5枚。過半数をあちらが持っているというのは、色々とまずい。

 

「そいつらから、エグザムのカードをどう使うか聞いていないか?」

 

 オリフィスに聞かれて、小夜丸は視線を少し下に向けた後、意を決したように顔を上げる。

 

「……誰もそのカードに狂わされないよう保管する。そう言っていました」

 

◇ ◆ ◇

 

 小夜丸を別世界へ送った後、ミューゼシアは玄関に移動し、ゲートを開いて少しだけどこかの世界へ赴いた。

 そして数分ほどで、再び玄関にゲートが開き、変わらない様子で戻ってくる。

 ただし1人ではなく、ミカエルとミネルバを連れて。

 

「わざわざ迎えに来てもらった事、感謝する」

「いいえ、お気遣いなく」

 

 2人を食堂に通し、俺はミューゼシアとクーリア、ミカエルとミネルバの4人にお茶を用意して差し出す。少し悩んだが、紅茶にしておいた。紅茶のカップを差し出すと、ミカエルとミネルバは俺に対して軽く会釈をし、一口飲む。

 

「……美味いな」

「ありがとうございます」

 

 思わず、という感じで出たミカエルの感想は素直に受け取る。同席すべきではないのかもしれないが、ミューゼシアとクーリアからは留まってよい旨を告げられたので、クーリアの脇に控える事にした。

 

「改めて、昨日はとんだ無礼を働いた。どうか許してほしい」

「もう充分謝っていただきました。頭をお上げください」

 

 頭を下げるミカエルだが、ミューゼシアはやんわりと答えた。こちらは屋敷を直してもらい、食材まで譲ってもらっている。俺としても、致命傷レベルの火傷を治してくれたので、もうミカエルたちに対して不満はなかった。

 

「こちらからあなた方に願う事といえば……我々の世界の座標を特定した技術。そして入手した情報を、放棄していただく事です」

「それに関しては、既に済ませてある。下手をすれば、君たちの世界が曝け出されてしまうところだった」

 

 ミカエルには既に話したが、ドレミコードの存在が白日の下に晒されると、「浄化」の使命にも支障をきたしかねない。ライトロードを通じてドレミ界の座標が洩れ出る事は避けるべきだ。

 ただ、ミカエルは本来理知的らしい。ミューゼシアの希望を既に叶えてくれていた。それならまずは一安心だ。

 

「まぁ、我々が棄てたというより……自然とその力が失われた、という感じだがな」

「というと?」

「例のカードを失ってからというもの、そう言った特殊な力が、私の中から消えたのだ。使おうと思っても、もうできない」

 

 ミカエルの視線の先にあるのは桐の箱。その中には、ミカエルたちとのデュエルで得た、エグザムのカードが納められている。

 

「このドレミ界のように、存在が隠された場所を見つける力……そして、悪しき者どもの気配を察知し、不穏な因子を隠し持つ輩を見極める力。それらも、そのエグザムの力で得たものだ」

 

 そこで紅茶を一口飲み、ミカエルはふっと笑う。

 

「確かに我々は、弱き者たちの悲しみと助けに応じて戦いに臨む。けれど、疑わしきを罰するのは、我々が尊ぶ正義と秩序に矛盾する。私は力を得ると同時に、その認識を阻害された」

「……」

「君らの言う通り、それをまともな心を持ったまま扱える輩は、いないのかもしれんな」

 

 自分の行動を後悔するような、寂しげな笑顔。

 どう言葉を掛けていいものかも分からないが、話を逸らすようにミネルバが口を開いた。

 

「ところで、あの少女は……? 今もこちらに?」

「いえ……彼女は、解放いたしました。既に『条件』は満たされましたので」

「そうでしたか」

 

 ミューゼシアが含みのある言葉を告げると、俺は少しだけ笑う。

 小夜丸は最後に、エグザムに関する事を教えてくれた()()()()()()()。それが嘘か本当かは分からないけれど、ミューゼシアとクーリアはそれを受けて、解放する事を選んだのだ。

 

「それに……こうして別世界の人を留めておくと、色々とトラブルが起きてしまうようでしたので。今回に限らずですが……」

 

 ミューゼシアの言葉に、思い当たる節としてあるのは《竜角の狩猟者》。彼女は、ヴァーディクトによってこの世界に引き込まれ、彼女を追う《バスター・ブレイダー》までやってきた。結果として、一時緊迫した事態になったのは俺も覚えている。

 

「では、彼は?」

 

 ミカエルが目を向けたのは、俺だ。

 目を窄め、じっくり分析するような視線をぶつけてきている。

 

「彼は君たちと同じドレミコードと思われるが……どうにも基が違う風に見える。それに私は、以前君たちに会った際に彼を見ていない。とすれば、外から来たと思われるが……」

 

 流石はライトロードの天使。概ねミカエルの推測は当たっている。とはいえ、それの全部をここで俺の口から話していいものなのか。

 少し迷っていたが、椅子に座っていたクーリアが姿勢を改めて、ミカエルへと顔を向けた。

 

「確かにバトレアスは、元々我々の世界にいた者ではありません……人間でした」

「やはりか」

「ですが前にも話した通り、彼はその身命を賭して我々とこの世界を救ってくれた。強大な敵から」

 

 ミカエルがもう一度俺を見る。多分真偽を問われているのだろうと思い、頷いておいた。

 

「その代償として、人間の心身が崩壊し……私の手で彼をドレミコードと同じにしたのです」

 

 俺はもう、自分が人間でなくなった事に対しての未練はない。人間ではできなかった事が色々できるようになったし、霊感とも違う不思議な感覚に襲われる事も多々あるが、大体は順応してきている。

 それでも、クーリアは罪悪感を抱いているのが、声で分かった。何度も言葉と心を交わしても、こればかりは拭えないだろう。

 それを少しでも軽くしようと、俺はクーリアの脇に立ち、静かに肩に手を添える。

 

「……俺がここへ来た結果として、様々な事象がドレミ界で起きてしまっています」

 

 その後の言葉を引き継ぐ。

 

「俺は皆さんと比べれば若輩者ゆえ、未だ多くの事に悩んでいますし、自分のやってきた事が全部正しかったなんて言えません」

「……」

「だからこそ、自分にできる事は全て、やれるだけやりたい。それが最善でなかったとしても……自分で選んだ結果からは決して逃げません」

 

 クーリアやミューゼシアには励ましてもらったし、そこには返しきれない感謝を抱いている。少しだけだが、自分に自信もついた。

 けれど、俺自身が取った行動の是非に関しては、自分で答えを見つけないといけない。それに対して背を向けてはならないとも思っているし、どこかで清算しなければならないとも既に理解していた。

 しかし、目の前にある「エグザム」の問題。決して他人事ではないため、まずはこの事態の解決に力を尽くす。身の振り方は、その後で決める。

 

「……そうか」

 

 どういう気持ちを抱いたのかは分からないが、ミカエルは小さく笑う。ミネルバも、俺を見ると微笑んで頷き、紅茶を一口飲んだ。

 

「……少し、話が逸れてしまいましたね」

 

 ミューゼシアが軌道修正を図る。そこで俺の事をちらっと見たが、その真意までは見えなかった。

 

「先の話で、あなた方はエグザムのカードを手にした結果、新たな力を得たと仰ってましたが……他にどのような事をなさったのですか?」

「そうだな……」

 

 カップをソーサーに戻し、ミカエルは腕を組む。

 

「我々の部下に持たせていた武器……それらを、エグザムの力で強化できた」

「強化、ですか」

「私が触れて力を与えたものに限ってだが。攻撃の威力が増したり、魔術の範囲を広げたり、新しい武器を作り量産する事も容易くなった。例えば……」

 

 ミカエルは、ミネルバに視線を移す。決まりが悪そうな顔だった。

 

「ミネルバの意識を縛った、あの目隠しもな」

 

 普通ではないと思っていた、ミネルバの目を覆っていた奇妙な紫色の布。あれも、エグザムの力の賜物だったわけか。

 小夜丸は、エグザムの持つエネルギーはあらゆるものに転用できると言っていた。ミカエルの話を聞く限り、それは正しいらしい。

 ミカエルたち「ライトロード」は、言ってしまえば超常的な存在。小夜丸たちみたいに科学で説明がつくような力を持っているわけではないはず。それでも、そんな彼らの戦力を容易に飛躍させるとなれば、やはり危険な代物だ。

 そんなカードが、今ここに3枚もある。

 

「それらの力や武器も、やはりエグザムを失うとともに消えていった。部下たちも驚いていたよ、何故急にってね」

 

 とはいえ、ライトロードの勢力にも多少なりとも影響は出ただろう。何せ、エグザムのカードをミカエルが手にしたのは2~3か月ほど前だと言うし、それだけの期間をかけて強化された力を突如として失えば、混乱は免れないはずだ。

 

「ライトロードの皆さんには、事情は話されたのですか?」

 

 クーリアが尋ねると、ミカエルは頷く。

 

「ああ。ただ、反発などはなかった……皆にも迷惑をかけてしまったと思っている。ライトロードの創始者である私が、情けない限りだよ」

「けれど、ミカエル様の力は誰しもが認めております。私も含めて」

 

 少しだけ勢い早めに割って入ったのは、ミネルバだ。

 

「ライトロードの創設以来、仲間は増えつつあります。性別も、年齢も、種族すらも違う集団をこれほど長きに渡り統べる事ができているのは、ひとえにミカエル様の人徳によるものかと」

「ミネルバ……」

「此度の事で、我々はあなたを止める事ができなかった……であれば、もしまたミカエル様が道を違えるような事があった際には、私たちは全力であなたを止めましょう」

 

 ミネルバは、優しい笑顔で、それでいて強い言葉でミカエルにそう告げる。

 ライトロードにも、絆というものは確かに存在するようだ。

 

「……ミカエル様は、良い部下に恵まれましたね」

「……ああ。お互いにな」

 

 ミューゼシアが笑って告げると、満足げにミカエルはそう返した。その返事に対し、ミューゼシアとクーリアは黙って頷く。

 

「そうだ」

 

 紅茶を飲み干したミカエルが、思い出したように声を上げる。

 

「1週間前、我々も遭遇した事がない、ある男が姿を見せたのだ」

「男……?」

 

 ミネルバも知らない事だったか、彼女が一番に問い返した。

 

「奴は、例の白紙のカード……エグザムの力の有用性を説いてきた。その上で、私がやっていたように、力を強大化させ、これまでも知り得なかった情報を掴んだ我々を、『エグザムを一番使いこなしている』とまで評してきた」

 

 エグザムがどんなものかを知っている男。

 それだけで、俺には1人心当たりがあった。

 

「そして、エグザムが全部で5枚あり、それらを集めれば、神にも等しい全てを超越する力を得られる……そう助言をしてきた」

 

 都市の世界で起きた事のように、全てを破壊する事も、元通りにする事もできる。

 冥界で戦った屍迷人は、人の形を失いかけていたにも関わらず、まともな自我と肉体を得た。

 ミカエルは、ライトロードの軍事力を底上げし、他の世界への影響力を強めた。

 デュエルで使っただけで、そこに存在しないはずの草花を咲かせたり、ものを破壊した。

 そして、人の心を狂わせる。

 まさに、神にも等しい力だろう。

 

「……その男とは、何者です?」

 

 ミカエルの言葉の重みを飲み込んで、ミューゼシアが質問する。ミカエルは少し溜めて、口を開いた。

 

「彼は自分を、『ウィズダム』と名乗った」

 

◇ ◇ ◆

 

 ある世界。

 シャボン玉のように宙に浮かぶ球状の地図が、ひとつ消えていく。その地図が記している世界そのものが消失した、わけではない。だが、それはひとつ、またひとつと消えていき、残ったのは2つだけだ。

 片方の地図は、もう片方と比べてサイズが小さい。けれど、その小さい地図の方には、赤い点が3つ隣接して光っている。もう片方には、2つの赤い光が隣り合って灯っていた。

 その光が示しているのは、自分たちが作り上げた「エグザム」の存在。

 つまり、作り上げた5枚のカードは、2つの陣営に絞られたわけだ。

 

「如何でしょう」

 

 語りかけるウィズダム。エグザムのカードと同様に、自分を作り上げた創造主に向けての質問の意味は、自分は役割を果たせたかどうかという事だ。

 それに対し、創造主は肯定を示す。彼が出現してアクションを起こした事で、事態は「急変」し、エグザムを持つ人々は行動を変えた。

 そして、彼らを「評価」する機会も新たに生まれた。

 

 であれば、次に気にすべき事は、どちらがエグザムのカードを掌中に収めるかだ。

 

 S-Forceか。

 ドレミコードか。

 

 S-Forceは2枚しか所持していない。しかし、エグザ厶1枚の力を利用し、その有用性は実感しただろう。それなら、5枚揃えてより強大な力を求めるに違いない。その執念が、ドレミコードの持つ3枚のカードを手にできるのではないか。

 片やドレミコードは、数的有利ではあるものの、力を使うつもりがないらしい。もしかしたら、場合によってはあっけなく手放してしまうのでは。

 エグザムを全て手にするのは、S-Force。

 そんな予測が固くなった途端。

 

「失礼ながら……自分はそうは思えませんね」

 

 ウィズダムは、それを否定した。

 困ったように笑い、頭を下げながら、告げる。

 

「私は……彼女たちが全て手にするのではないか、と考えております」

 

 そう思う理由は、何か。

 

「エグザムのカードから伝わってくる情報として……あちらは和が乱れる事を極端に嫌っている。そして、あのカードを手にして狂った例をいくつも見て、痛み、苦しんでいるからこそ、同じ事が他所で起きないようにしたいと決めている」

 

 そしてウィズダムは顔を上げて、告げた。

 

「そんな姿勢は……神に匹敵する力を前にしても溺れまいと律するのは、まさに()()()()()()()()()()ではありませんか?」




第二部第2章はここまでといたします。
第二部第3章は鋭意執筆しておりますが、第二部は第3章で完結の予定です。
気長にお待ちいただければ幸いでございますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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