バトレアス LP4000 手札0
【モンスターゾーン】
メタルフォーゼ・カーディナル ATK3300 レベル9
【ペンデュラムゾーン】
左:メタルフォーゼ・シルバード スケール1
【魔法&罠ゾーン】
伏せカード1
【フィールドゾーン】
メタモル
天老 LP4000 手札2
【モンスターゾーン】
ブラック・ホール・ドラゴン ATK3000 レベル8
竜魔人 キングドラグーン ATK2400 レベル7
【魔法&罠ゾーン】
カード無し
《F・G・D》。
古い遊戯王の歴史の中で、素のステータスが攻守5000、レベル12というモンスターはそうそういない。特に融合素材を5体も要求するそのモンスターに、初めて見た時は大層驚いたものだ。
ただ、インフレが進むこの時代、攻撃力5000は数値こそ確かに破格だが、超えられない数値ではなくなってしまった。しかも、持っている効果は光・神属性以外に対する戦闘破壊耐性のみ。残念な事に、今のデュエルの時代では脆い方と評されてしまっている。
それでもやはり、禍々しい見た目なため実際に相手をすると鳥肌が立ってくる。古株でもあるこんなモンスターを、デュエルで実際に目にする機会に興奮すると同時、恐怖していた。
「げほっ、ごほっ……」
しかし、その《F・G・D》を呼び出してから、天老は様子がおかしい。汗の粒がいくつも浮かび、咳き込む事が増えていた。
「ご主人様……!」
「来るな、ナサリー……」
見かねたナサリーが駆け寄ろうとするが、天老はそれを手で制する。
先ほどから、俺の中であの天老という人物は、《F・G・D》の人間の姿と仮定している。もしかしたら、本来の姿であるモンスターを呼び出すのは、簡単ではないのかもしれない。特に今は病み上がりの状態。万全の状態ではないから、フィードバックもあるのだろうか。
「このターンで、仕舞にしてくれるわ……。儂は永続魔法《一族の結束》を発動! 儂の墓地のモンスターの元々の種族が1種類の場合、それと同じ種族の儂のフィールドのモンスターの攻撃力は、800ポイントアップする!」
「!!」
F・G・D
ATK5000→5800
ブラック・ホール・ドラゴン
ATK3000→3800
竜魔人 キングドラグーン
ATK2400→3200
唯一攻撃力が3000に届かなかったキングドラグーンまで3200になった。これはかなりまずい。
「《F・G・D》でカーディナルを攻撃! スプレマシー・ブレイズ!!」
5つの首が、それぞれ赤・青・緑・茶・紫のエネルギーを蓄え始め、一斉に放つ。それらは混ざり合い、どす黒い奔流となってカーディナルに直撃し、爆散させた。その衝撃がこちらにまで伝わる。
「ぐ、ああああああああっ!!」
バトレアス LP4000→1500
このデュエルで初めて受けるダメージ。《F・G・D》の力が強大ゆえに、カーディナルの爆発だけでなく、その力の余波をもろに食らってしまい、後方に吹き飛ばされてしまった。色々な場所を打ったり掠ったりして、痛くて仕方がない。
「安心せい、これで楽になれる。《ブラック・ホール・ドラゴン》でダイレクトアタック!」
《ブラック・ホール・ドラゴン》の口に漆黒のエネルギーが溜まり始める。あの攻撃を食らったらライフが尽きて、俺は死ぬ。
「バトレアス!」
その時、グレーシアが叫んだ。まさか自分の名を叫んでくれるとは思わなかったが、ダメージの衝撃で閉じ始めていた意識がそれで保たれる。
同時に、伏せたカードはここで使うべきだ。
「罠……発動!」
「無駄じゃ! キングドラグーンの効果で、貴様は儂のフィールドのドラゴンを効果対象にできん!」
キングドラグーンの効果は、仲間を効果の対象から守る効果。
だが、それならいい。この伏せカードは相手モンスターに作用しない。
「《リビングデッドの呼び声》! 墓地のミスリエルを攻撃表示で特殊召喚!」
「ちっ……」
墓地で攻撃力が一番高いのはカーディナルだが、それでも《ブラック・ホール・ドラゴン》には及ばない。だから、後続モンスターを呼び出せるミスリエルをダメージ覚悟で出すしかなかった。
メタルフォーゼ・ミスリエル
ATK2600→2900 レベル6
魔法陣からミスリエルが現れると同時、《ブラック・ホール・ドラゴン》が光線を放つ。
「ミスリエル、すまない!」
呼び出したのは壁と中継ぎ目的でしかない。すぐさま破壊されてしまうミスリエルに詫びを入れるが、ミスリエルは「気にしなくていい」とばかりに片手を挙げて、こちらを見る。その表情はサングラスとマスクで伺えないが、力強さを感じた。
そして、漆黒の光線がミスリエルを打ち砕く。
バトレアス LP1500→600
突風が吹き荒れ、どうにか自分とカードが吹き飛ばされないようにするので精いっぱいだ。
「ミスリエルの効果で、エクストラデッキのメルキャスターを特殊召喚……本当に、ごめん」
パラメタルフォーゼ・メルキャスター
DEF2500→2800 レベル7
呼び出されたメルキャスターは、フィールドの状況を見て愕然としていた。
天老の墓地のドラゴンが1体だけなら、バニッシャーを呼んで墓地のモンスターを除外し、《一族の結束》の効果を無力化できた。だが、墓地には《神龍の聖刻印》と《龍王の聖刻印》がいるために意味がない。
「キングドラグーンでメルキャスターを攻撃!」
天老の合図とともに、キングドラグーンが両手を胸の前に突き出す。その手のひらから黄色い光線が放たれ、メルキャスターのグライダーを貫通して破壊した。
『こんな役ばっかり~!』
メルキャスターが破壊された時、そんな声が聞こえた気がする。
「メルキャスターが破壊された事で、エクストラデッキのヴォルフレイムを手札に……加える」
処理を終えたところで息を吐く。あれだけのモンスターの攻撃を、何とか凌ぎきった。
だが、同じ事はもうできないだろう。次のターンで決着を付けなければ、今度こそ攻撃を受け止めきれず負けてしまう。
ボロボロの身体に鞭打って立ち上がり、さっきまでいた位置まで戻る。
するとそこで、天老が体勢を崩した。
勝利はほぼ確信していた。にもかかわらず、バトレアスをこのターンで倒せなかった。
フィールドの状況はこちらが圧倒的有利。それでも相手は耐え凌いだのだ。その事実を目の当たりにして、天老の緊張がほんの一瞬切れてしまい、力が抜けて地面に膝をついてしまう。
「天老様!」
ナサリーが駆け寄ってくるが、それを止められるほどの威厳を今は保てない。蹲って咳をする。
「もうおやめください! これ以上はお体に障ります!」
言い分は既に分かる。
つい先日、ふざけた襲撃者にケガを負わされて、ナサリーの治療とグレーシアの力でどうにか回復はした。それでもまだ、本調子ではない。こんな状況なのにデュエルで力を使い、さらには自分の真の姿である《F・G・D》まで呼び寄せた。おかげで体力を随分と消耗している。
「待て、ナサリー……」
しかしそれでも、このデュエルをやめるわけにはいかない。自分を連れて行こうとするナサリーに、声をかけて止めさせる。
「何故ですか! 何のためにここまで……!」
ナサリーが涙ながらに訴えかけてきた。
視線をバトレアスへ移す。最上級モンスター3体の連続攻撃でボロボロになりながらも、どうにか二本の足で立っている。
精霊界に住む人間でも見た事がない、不思議な魂の色をしている青年。
それは、自分に手傷を負わせた不調法者を思い出させた。
* * *
――かの有名な《F・G・D》とお見受けする。是非とも、お手合わせ願いたい
用事で街に赴いた帰り道。人気のない道で、その男は不躾にもいきなり勝負を挑んできた。
――目的は何じゃ?
――歪な世を正し、秩序を成すために力を貸してもらいたい
何かしらの意図があって戦いを持ち掛けたのは分かったが、答えは正気とは思えない。
そしてその男の魂の色は、精霊界の人間のどれとも違っていて、しかも妙なオーラを纏っている。
迂闊に勝負を受けるのは危険だとすぐさま判断した。
――悪いが断る
――貴方にある選択の余地は、デュエルを受けるか否かだけ。もし負ければ……ご存じでしょう?
礼儀を知らないどころか、話を聞く耳も持たないらしい。
とはいえ、放っておくとこの男はどこかで大きな問題を起こすだろう。だから、やむを得ずにデュエルをするしかなかった。
だがその男のデュエルは、「
しかも、その攻撃には一切の手心がなく、傷をいくつも負わせられ、結果として天老は何もできず地に背中をつけた。
――約束じゃ。望みを聞いてやる
――いや、やめておきましょう
負けた事で、天老はその男の提案にある程度従う必要性が生じてしまう。地面に倒れながら尋ねたが、その男は自分からそれを言い出したにもかかわらず、拒否した。
――伝説ともいえるドラゴンの腕がどれほどかと思いましたが、存外凡庸だったものでして。どうやら、こちらの買い被りだったようです
頭の血管が切れたのではないかと錯覚した。
――伝説の龍も、今となってはただの老いぼれか
天老に手を差し出しもせず、去り際にそんなことをほざいた。
天老はその日、この世に生を受けて以来初めての屈辱を味わい、自分の誇りを粉々にされた気分だった。
* * *
だから今日、同じ魂の色をしたあのバトレアスを見た瞬間、その時の屈辱を思い出した。怒りと殺気を抑えきれず、その恨みを晴らさんとデュエルを挑んだのだが。
「……ふぅ、はぁ……」
この男は違う。
確かに魂の色は同じだ。姿を変え、デッキを変え、名前を変え、性格を取り繕ったり、そんな偽装はいくらでもできる。だから、ドレミコードの上位存在から認められたとグレーシアが言っていても、簡単には信じなかった。
だがこのバトレアスは、こちらを一切侮らず、正々堂々と戦い、自分の敗北=死を目の前にした危機的状況でも自分のモンスターを気遣った。それは、決して取り繕えるものではない。
実際に戦った事と、長年の勘で分かる。あの男とは別人だ。
つまり、このデュエルはもう意味がない。
それでも続けたいと思うのは。
「……こんな、血沸き肉躍るデュエルは久しい。途中で降りるなぞ愚かしいわ……!」
あの男のデュエルとは全く違う。
鎬を削る、お互いの力がぶつかり合うこの感覚。歳を重ね、静かに過ごすようになってから、随分と経験していない久しぶりのものだ。
中断なんて惜しい。最後まで戦いたかった。
自分のデュエルが完璧かなんて、自分では分からない。
だが天老が、このデュエルをそう評したという事は、恐らく楽しんでくれてはいるのだろう。
それを聞いて、こんな状況でも、嬉しくなった。デュエルで自分だけでなく相手も楽しませられるのは、デュエリスト冥利に尽きる。
「儂はこれで、ターンエンドじゃ……さぁ、来るが良い」
「……俺のターン」
だが、どれだけ嬉しくても、まだ気が抜ける状況ではない。
今フィールドにあるのは、シルバードと《メタモルF》のみ。手札はヴォルフレイムだけ。次のドローカードにもよるが、出すモンスター次第でキングドラグーンは何とか倒せるだろう。
けれど、やはり攻撃力5800の《F・G・D》が非常に厄介だ。あんなのがいては、下手なモンスターを出してターンを渡せば、残りライフ600の俺は普通に攻撃されただけで負ける。
それに忘れてはならないが、天老の手札には《ブラック・ホール》があるのだ。むやみに効果モンスターを出したままにしておけば、最初に破壊されてしまう。やはり、残しておくモンスター次第で負ける。
だから、次のターンで勝つ必要があった。
これが前世で持っていたデッキと同じなら、この状況をひっくり返せるであろうカードは数枚思いつく。だが、果たして都合よくそのカードを引き当てられるだろうか。
しかし、最早迷っている暇はない。ドローする以外選択肢はないのだから。
「ドロー!」
意を決して引いたカードを、ゆっくりと確認してみる。
そのカードは「メタルフォーゼ」でなければ、直接アドバンテージを得るカードでもない。一見すれば、このデッキとのシナジーはないものだ。
そして、それを見た瞬間に思い出すのは、前世で友人デュエルをした時の事。あの時も、この【メタルフォーゼ】で戦い、今ドローしたカードを使ったコンボを披露し、勝利できた。
その時の友人の反応はというと。
――マジかよ……そのためにそんなカード入れてんのか?
呆れとも驚きとも取れる言葉を、苦笑して告げていた。
けれど今は、このカードを使えば、このターンで勝利できる。頷き、迷わずそれをフィールドに出す。
「永続魔法《レベル制限B地区》発動! フィールドのレベル4以上のモンスターを全て守備表示にする!」
「何……?」
発動した瞬間、背後に巨大な建造物が出現した。荒野に出現したそれは、厳重な警備で固められた近代的な建物で、正面の壁には大きな「B」の文字が刻まれている。
F・G・D
ATK5800→DEF5000
ブラック・ホール・ドラゴン
ATK3800→DEF2000
竜魔人 キングドラグーン
ATK3200→DEF1100
天老のモンスターたちが防御姿勢をとる。だが、天老はまだ余裕を崩さない。
「時間稼ぎのつもりか?」
「とんでもない。俺はシルバードの効果で、今発動した《レベル制限B地区》を破壊し、デッキから《
出現したばかりの建造物が消失し、1枚のカードがフィールドにセットされる。
これで天老のフィールドのモンスターは、このターンだけ守備表示になった。《一族の結束》の効果でアップするのは攻撃力だけなので、《F・G・D》は無理でも他のモンスターは何とか倒せる。
「セットした《混錬装融合》を発動! 手札のヴォルフレイムと、エクストラデッキのゴルドライバーを融合!」
フィールドに出現する融合の渦に、2体のモンスターが飛び込む。恐らくは、これがこのデュエルで最後の融合だ。
「融合召喚! 今度こそ頼む、《メタルフォーゼ・オリハルク》!!」
赤い閃光とともに、2本の炎のアックスを手にした戦士が力強く地面に降り立った。先ほどは攻撃が決められないまま融合素材になり、発動した効果も弾かれてしまったので、今回は活躍させる。2枚投入しておいて本当に良かった。
そして《メタモルF》の効果により、攻撃力はすぐさまアップする。
メタルフォーゼ・オリハルク
ATK2800→3100 レベル8
「バトルだ! オリハルクでキングドラグーンを攻撃!」
アックスを構えて飛び掛かるオリハルク。キングドラグーンは翼でガードしようと試みた。
天老はまだ焦ってはいない。守備表示モンスターを攻撃してもダメージは発生しないから。
そして、キングドラグーンを真っ先に狙うのは当然だとも思っているだろう。そうすればドラゴン族は効果の対象になり、何かしらの策を使って《F・G・D》を除去できるようになるから。
しかし、こちらはこの攻撃で勝負を決めるつもりだ。
「オリハルクは守備モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その2倍の貫通ダメージを与える!」
「何だと!?」
先のターンは状況が違った故に披露する事がなかった効果。それを聞いた瞬間、天老から余裕が消えた。自分の考えたコンボで、その顔を見たかったのだ。
オリハルクの2本のアックスが、キングドラグーンの胸を交差するように斬り、破壊する。
今の時点でオリハルクの攻撃力は3100、キングドラグーンの守備力は1100。ただの貫通ダメージなら2000だが、それが2倍になればぴったりだ。
天老 LP4000→0
キングドラグーンの爆発の余波で、天老が尻餅をつく。守備表示モンスターが破壊されても、ダメージが発生したから衝撃が伝わったようだ。
「天老様!」
勝負がつき、風景も元の庭に戻る。
そこで、ナサリーだけでなくハスキーたちドラゴンメイドが天老の下へと駆け寄った。
俺もまた、デュエルが終わり、どうにか命がつながった事で、緊張感から解放されて脚から力が抜ける。
「お疲れ、バトレアス」
「あ……ありがとうございます……」
後ろへ倒れこみそうになるところを、グレーシアが支えてくれた。そしてグレーシアの妖精体が、労わるように頭をぽんぽんと優しく叩いてくれた。その仕草に笑顔がこぼれる。
一方の天老は、ドラゴンメイドたちが何とか起こそうとしている。だが、天老は意識があるようだし、ナサリーの手を借りて立てているので、命に別条はなさそうだ。
そして、天老がハスキーに何かを話している。何に話しているかについては、聞き取れなかったが、その話を聞いてハスキーがこちらを見て頷いているのは分かった。
◆ ◇
デュエルの後、天老は少しだけ体を休めると言って、ナサリー、ハスキーと共に自室に戻った。デュエル中も何度か咳き込んでいたから、念の為に身体を診るのだろう。
一方で俺とグレーシアは、時間が昼時という事でパルラに食堂へ通された。と言っても、先ほどのティータイム同様、俺の分は用意されていないのだろうと予想する。
だが、その当ては外れた。
「どうぞ、ごゆっくりおくつろぎくださ~い」
「どうも……」
パルラに促されて座った席には、確かに俺の分の昼食――ミートパスタとサラダ、フルーツ、水が置かれていた。ラインナップも量も、正面に座るグレーシアと同じである。
だが、俺は困惑した。こういう時は、大体お付きの人間の分は用意されないのが基本なはずだ。現に、さっきのティータイムはそうだった。
「あの、これは……」
「天老様から、貴方にも食事を出すようにって」
パルラの言葉に、先ほどまでの天老の姿を思い出す。
部屋に戻る天老からは、もうこちらを敵視する感じは見られず、約束を反故にして危害を加えようともしなかった。
誤解が解けたかはまだ分からないが、これは一種のお詫びでもあるのだろうか。
「ありがとうございます」
とりあえず、出されてしまったものは仕方ないし、デュエルで体力を消耗していたのも事実。だからここは、ありがたくいただく事にした。
「では、何かありましたら呼び鈴を」
そう言って、パルラは部屋を出た。
残ったのはグレーシアと俺だけになる。
「いただきましょう」
「はい」
グレーシアに促され、食事を始める。
肝心のミートソースパスタだが、市販のソースなど比べ物にならないぐらい美味しい。どことなく、ちょっとピリ辛さがあって、それが癖になる味だ。
すると、グレーシアのそばに妖精体が出現し、グレーシアではなくこちらの皿に近寄ってくる。そして、ミートソースパスタを興味深そうに見て、こちらを見上げてきた。
「……食べたい、って事ですかね?」
グレーシアに確認をとるが、彼女は肩を竦めた。好奇心旺盛な子供に手を焼いている親に見えなくもない。
ただ、妖精体が食べたそうに見ているので、仕方なくフォークで麺を適当な量巻き取り、食べさせる。すると妖精体は、一口で満足したのかにっこり笑って頷く。
「……この妖精体って、グレーシア様と何かつながりがあったりするんですか?」
「話した通り、私たち『ドレミコード』の力を発揮する存在でありますが、私とは意思が独立しています。上手く言葉にできませんが、私から見たら妹と言うか娘と言うか……」
具体的なつながりに関しては、グレーシア本人にもよく分からないらしい。
そしてその妖精体は、俺の皿に盛りつけてあるリンゴの一切れをしゃくしゃく勝手に食べていた。また食べかすが口についていたので、ナプキンで拭いてやる。
すると、妖精体が手首に抱きついてきた。
「あなたの事が気に入ったみたいですね」
「えぇ……?」
「デュエルの前も励ましのエールを送っていましたし。珍しいんですよ? その子が他人にそこまで歩み寄るのは」
別に大した事はしていないから、気に入られるのは不思議だ。でも、嫌われるよりはずっといい。何だか猫などの小動物に懐かれている感覚がして、ほっこりする。
するとそこで、ドアが開いた。
「食事は楽しんでいただけているかな?」
入ってきたのは天老だ。そばにはハスキーが控えている。俺は無意識に立ち上がり、グレーシアも同じだった。妖精体は俺の腕を離れて、グレーシアのそばに戻る。
「ありがとうございます。こちらの分までわざわざ……」
「いや、この程度は当然の事じゃ」
そして天老は、グレーシアの2つ隣の席に腰かけてハスキーに目配せをし、こちらにも着席を促す。どうやらここで食事をするようだ。
「初めに見た時、魂の色が同じだったものだから、君をあの時儂を襲った輩と同じだと勘ぐった。他の面はどうとでも取り繕えるからな」
「……」
「だが、デュエルを通して、君はアレとは全くの別人だと分かった。戦術だけでなく、追い詰められた時の態度から、それに気づいたのだ」
そうして天老は、こちらに頭を下げる。
「改めて、先ほどは済まなかったな。バトレアス、お前の事を一方的に疑い、不要な闘いを持ち掛け傷つけてしまった」
「……いいえ、お気になさらず」
「そしてグレーシア殿。貴女には我が身を癒してもらったにも関わらず、見苦しいものを見せてしまった。どうか、許してほしい」
「構いません。状況ゆえ、仕方ない事かと」
天老はグレーシアにも頭を下げる。
思うに、天老はまっとうな存在なのだろう。アニメの《F・G・D》は、使用者が悪役なのもあって悪いイメージがあったが、そんな感じは全くない。ドラゴンメイドたちが慕うのも分かる気がする。
魂の色、というのがどういうものかは未だよく分からない。その襲撃者が自分と同じ魂の色というのは些か気味が悪いが、自分のデュエルで無実を証明できたのであればそれでよかった。
「さて……」
そして、天老はこちらに身体を向ける。本格的な話があるのは俺らしい。
「先ほどは良いデュエルだった。あれほど楽しめたのは久方ぶりじゃ」
「こちらこそ……楽しかったです」
戦っている最中は、そんな事を考える余裕もなかった。
お互い拮抗した状況で大型モンスターを3体も並べられ、絶体絶命の危機に一度は陥るも、それを自分が編み出したコンボで打ち破り逆転勝利できたのだ。終わってみれば良いデュエルだったと自分でも思うし、相手も同じならなお嬉しい。
「それに、驚かされてばかりじゃ。あれだけの攻撃を凌いだ末に、あのようなカードで逆転を図るとは」
こちらを向く天老は、楽しそうに笑う。あのようなカード、とは《レベル制限B地区》の事だろう。
あのカードを採用した理由は、専らオリハルクで大ダメージを与えるのを目的としたものだ。
【メタルフォーゼ】は融合モンスターが主戦力で、そのほとんどがレベル5以上。リンクモンスターも2種類だけで、相性は正直悪い。だが、一度相手モンスターを守備表示にしたうえで、「メタルフォーゼ」の共通のペンデュラム効果で破壊し、『「メタルフォーゼ」2体』と比較的緩い融合素材のオリハルクを呼び出して大ダメージを狙う。それができなくとも牽制や時間稼ぎになるから、あのカードを入れていたのだ。
「本当に、疑って済まなかった」
「……」
誤解が解けたことで、まずは一安心だ。
だが、気になる事もある。
「天老様。差し支えなければ、貴方様が襲われた状況を教えていただけますでしょうか」
「む?」
そして、同じ疑問をグレーシアが先に聞いてくれた。いくら天老の機嫌を取れたとはいえ、従者の自分が聞くには少々気まずかった。なので、それをグレーシアの方が聞いてくれて安心する。
さらに、グレーシアはこちらを一瞥してくれた。まるで、「気になるのでしょう?」と言いたげに。まさしくそうだったので、頷く。
「もしかしたら、ドレミ界を襲った某かと同じかもしれませんので」
こちらからも、質問の意図を少しでも理解してもらえるように付け加えておく。
「そうじゃの……」
それから天老は、自らが襲われた時の状況を話してくれた。
だがそのいきさつは、聞くだけでも中々に理不尽で、何よりその襲撃者が無礼極まりないのが分かる。苛立ちを覚えたのは俺だけではないようで、グレーシアの妖精体は頬を膨らませ、壁際に控えるハスキーも眉間に皺がわずかに寄っていた。
ただ、ドレミ界の時と違うと思ったのは、襲撃者の服装だ。ドレミ界を襲った奴は、フルフェイスの兜とスマートな鎧という出で立ちだった。しかし、天老の時は黒いスーツ服で、見た目は紳士的だったという。そこが違うが、疑われないように服を変えたのだろうか。
「歪な世を正し、秩序を成す……どういうつもりでしょうね」
「分からん。だが、碌な事は考えてなさそうじゃ」
ドレミ界が襲われた時の情報もグレーシアが話すと、天老は唸る。その上で、危険な思想の持ち主であろう事を再確認した。それについては同意見である。
そこで天老の分の料理をパルラが運んできたので、小難しい話はそこまでとなり、昼食会が始まった。
◇ ◆
昼食の後、再度天老の心身を癒すためにグレーシアと妖精体が演奏をし、今回の依頼は終了となった。
「ドレミコード」は、こうして個人の依頼で演奏をした際に報酬をもらう事になっているらしい。グレーシアも、天老から封筒を受け取っていた。中身に関しては聞けないが、大きさ的に多分紙幣と見える。
「こちらでも、その襲撃者について新しい情報が入ったら共有しよう」
「ご協力痛み入ります」
帰り際に天老が申し出て、グレーシアが頭を下げる。同じ輩に襲われたもの同士、友好的な関係が築けそうで何よりだ。
そして天老は、最後に俺の方を見る。
「次会う時は、蟠りのないデュエルをしたいものだな」
「……ごもっともです」
なんとなく再会を望まれて、頭を下げる。脇に控えるハスキーとナサリーがくすくす笑っていた。
そして、リアルに《ドラゴンメイドのお見送り》を受け止めながら敷地を出ると、来た時と同様にグレーシアがタクトを振り、ゲートを開く。それをくぐって、ドレミコードの屋敷に戻った事を確認し、まずはグレーシアと共にクーリアの下へ向かった。
「――と、少々トラブルはありましたが、問題なく依頼はこなしました」
「……そう、よかったわ」
クーリアの部屋で、グレーシアが報告する傍ら待機する。
聞き終えたクーリアは、こちらに視線を移した。天老とのデュエルもあって、俺のスーツは今日初めて袖を通したのにかなり汚れが目立っている。この部屋へ来る前に最低限体裁は整えたが、お世辞にも綺麗とは言い難い。
「バトレアス」
「はい」
叱責の一つや二つは覚悟している。クーリアに名を呼ばれて、身を引き締めた。
「天老様とのデュエル、まずはお疲れ様。でも、そういった複雑な事が起きた時、軽率に命を賭けてはならないわ。あなたは私たちと違って、人間なのだから」
「……はい。申し訳ございません」
熟知している。だが、あの時はああしなければ、誤解を解けなかっただろう。
俺としても、二度とあのような目には遭いたくなかった。もうこのような事が起きないのを祈るしかない。
「ともかく、無事でよかった……」
そしてクーリアは、優しく微笑んでくれた。その表情に、こちらまで何だか安心感を抱いてしまう。
なんというか、この人の下へ戻る事ができてよかったと、心から思えた。
「夕食まで休みなさい。大分体力を使ってしまったでしょうし」
クーリアの気遣いには首を横に振る。体力も昼食である程度回復できたし、体調も雑務程度ならこなせるからだ。
「いえ、それには及びません。何か仕事があれば――」
すると、またしてもグレーシアの妖精体が現れた。そして、視線を合わせるように目の前に飛んでくると、両腕を交差させてバツ印を作り、首を大きく横に振る。
「……この子もそう言っているし、今日はもう休んでいいでしょう」
グレーシアに諭される。クーリアも頷いていた。
流石に3人(?)に止められては、意見は通りそうもない。
「……では、何かありましたらいつでも呼んでください」
だからここは、一旦その厚意に甘えることにして、部屋に戻る。戻り際にグレーシアの妖精体がバイバイと手を振っていたのに対しては、会釈をする。
自室に入って上着を脱ぎ、ベッドに腰かけたところで、全身の力が抜けて背中から倒れた。
「はぁ……」
初日からひどい目に遭ってしまった。あらぬ疑いを掛けられて誤解が解けたのはいいが、ドレミ界だけでなく天老にまであの不審者の手が及んでいたとは。
当たってほしくない予想だったが、やはり襲撃は1回や2回で終わりそうもない。今後どこかへ行くにしても、誤解を招かないように気を付けなくては。
「……どうなってんだ」
だが、疑問は他にもある。
腕に嵌めていたデュエルディスクを外し、デッキを確かめる。さっきのデュエルでは確かに【メタルフォーゼ】だったが、今手の中にあるデッキは【ドレミコード】に戻っている。数枚、共通のデッキで使用するカードはあるが、他のカードはガラリと変わっていた。エクストラデッキを見てみても、融合モンスターは1枚もない。あるのはミューゼシアのカードが3枚だけだ。
「……グレーシアのカードが」
そして、デッキの中にある《ソドレミコード・グレーシア》のカードのイラストが変わっている。前は凛とした表情でタクトを振っていたが、今は柔らかい笑みを浮かべていた。それだけでなく、妖精体もウインクをしてサックスを吹いている。キューティアと同じで、3枚ともイラストが変わっていた。
自分がドレミ界に転生するという時点でイレギュラーだが、このひとつだけ持っているデッキも、どうやら特別なものらしい。
またひとつ溜息を吐いて、少し休もうと瞳を閉じた。
ラドリー「ご主人様はすごく優しいんですよ! こないだも洗濯物を落とさないで全部干すことができたら、『えらいぞ、よくやったな(声真似)』って褒めてくれましたし!」
天老「ラドリー」
ラドリー「それに街へお使いに行ったら、『お釣りは駄賃として受け取るがよい、ありがとう(声真似)』って!」
天老「ラドリーやめなさい」
パルラ「そうだよラドリー。夏になったら避暑地で労ってくれるとか」
ナサリー「クリスマスにはサプライズでプレゼントを用意してくれるとか」
ハスキー「お正月には手製のおせちを振る舞ってお年玉もちゃんとくれるとか、そういう話はよしなさい」
天老「貴様らァァァァァァァ!!」
グレーシア(微笑ましいですね)
バトレアス(伝説の《F・G・D》が姪っ子に甘いおじいちゃんみたいに……)