ルータスこと《ブルートエンフォーサー》を捕らえた日以来、ブリッジヘッドは慌ただしい日々が続いている。
彼が所持していたエグザムを回収し、さらに小夜丸が持ち帰った情報によって、現在エグザムを所持しているのはS-Forceとバトレアスのみと判明している。なので今は、そのバトレアスを全力で探している状況だ。
しかし、これがなかなか思うようにいかない。
まず第一に、バトレアスの情報がほとんどない点。
小夜丸は実際彼の下に1週間近く軟禁されて、その間小夜丸も情報収集に励んでいた。
しかしどういうわけか、それがどこだったか、他に誰がいたのか、集団の名前は何か、小夜丸はちゃんと記憶しているのにその情報を他人に共有できない。口にしようとすれば舌がもつれ、紙に書こうとしたらペンを落とし、パソコンに打ち込もうとすると指が動かなくなる。事情をある程度知っているテータやプラ=ティナも、同様の状態になってしまう。
それよりも半年以上前、ヴァーディクト関連の事件で、バトレアスは一時ブリッジヘッドに拘留された。その際の取り調べのデータを改めて確認したが、オフライン環境で集めた情報は、ものの見事にバトレアスの所在地や彼の持つデッキの部分に限って虫食い状態。オリフィスが「呪い」と喩えたのも、あながち間違いではない。
なので、小夜丸があちらの世界から転移ゲートを開いてもらったという話を元に、ゲートが出現した箇所に調査チームを派遣した。しかし、3週間近く経った今でも収穫が全くない。
つまるところ、バトレアス本人の居場所に関する情報は皆無。だから、またいつものようにブリッジヘッドの演算装置でしらみつぶしに探すしかなかった。
次に、バトレアスを名乗る愉快犯が増えた点。
《ブルートエンフォーサー》がデュエルでエグザムを使用し、現実世界に大きな影響を及ぼした。その上、ラプスウェルが言っていたような、破壊したものを「元通りにする」事もできず、その爪痕は今も残っている。
しかも《ブルートエンフォーサー》への取り調べの結果、エグザムの情報は裏社会の一部では出回っている。そして今回の事がきっかけで、エグザムの情報はもう隠蔽する事ができなくなった。
その末路として、治安を維持するS-Forceに恨みを持つ連中が、ほとんど嫌がらせに近いサイバー攻撃を仕掛けてきている。その大半が、バトレアスを名乗っているのだ。
無論、そんなものに総力を挙げて構ってなどいられないので、それらについてはエグザムの処理能力を活用し、手っ取り早く不審なメールや電話連絡は軒並み逆探知、特定した発信源を他の捜査機関に共有し、協力して検挙していた。
さらに、エグザムの情報も流出したために、デマまでネットに溢れてきた。中身は空想と妄想にまみれたものから、限りなく真実に近いものまで、多岐にわたる。
それはさすがに放置できないので、こちらもエグザムを使い、エグザムにまつわる目につく限りの情報を真偽にかかわらず全て消した。だが、それに踊らされた連中が騒ぎを起こす事もざらにある。
何より問題なのは、協力機関が情報の共有を渋り始めた事だ。
今まではエグザムの詳細を伏せ、それらしきカードは速やかに回収するように連携組織に諮っていた。しかしその存在が明らかになり、S-Forceが回収を依頼していたカードもそれだったと、あらゆる組織は気づいる。それは非合法な連中も嗅ぎつけており、S-Forceがマークしていた危険人物や組織も把握している。エグザムの持つ力の真偽は、デマもあって全ては分からないだろうが、極めて重要なものと知った事だろう。
そんなエグザムを3枚持つバトレアスを先に捕らえようと、争奪戦が勃発したのだ。実際、3枚ものエグザムを手にすれば、およそできない事はなくなると言っていい。文字通り世界を操る事だって可能だろう。
ミサイルを撃ち合ったり爆弾を投げ合うようなものではないにせよ、戦争じみた事態が起きていた。
そんなわけでS-Forceが神経質になっている中。
小夜丸がS-Forceに復帰してから1か月後に、大きな変化が起きた。
「バトレアスから連絡が?」
プラ=ティナが声を上げる。九割方信じられないという感じだし、小夜丸も現実味が持てない。
しかし、会議を開いたテータとディガンマは、確信を持っているらしく頷いている。
「今度は本物だ。そもそも、出来の悪いバトレアス名義のメールなんかはエグザムが弾いてる。だけどこれは、それをすり抜けた」
「精巧な偽物って可能性もあるのでは?」
ディガンマがディスプレイにメールを表示させるが、グラビティーノは懐疑的な意見を挙げた。
小夜丸もエージェントのひとりだが、そう言うコンピューター系には疎い。それでも、不審なメールはエグザムが精査してくれているのは知っているし、それに引っかからないにしても偽物と言う可能性も十分考えられた。
けれどテータは、「それが」と反論する。
「このメールは、自分宛に届いたものでして」
表示されたメールは、小夜丸には何が書いてあるのかさっぱり分からない。何かコードみたいなものが書かれていて、人の頭で理解できる言葉らしい言葉は何も書かれておらず、メールの件名も同じだ。普通ならスパムメールとして処理されていいもの。
けれど、すぐにテータが別の画面を見せる。それもまたメールの画像だが、今度はちゃんとした文字で書かれていた。
そして、件名には。
「『人類二種より』……?」
「この『人類二種』という言葉は、我々S-Forceがテータやバトレアス、そしてヴァーディクトみたいな……まぁ、転生者を区別するために作った造語。S-Forceの外では使っていない」
小夜丸の疑問にディガンマが答えてくれる。
つまり、S-Force内部、もしくはこのブリッジヘッドでそう分類された人しか知らない言葉を使っているから、このメールの送信者は信じていいという事か。
しかし、今度はエッジ・レイザーが挙手をしてから質問をする。
「だが、どうやって我々にメールを? 小夜丸の話では、奴らは電子機器の類をほとんど持たないと聞いたが」
「このメールの最後に……」
質問を受け、テータがディスプレイをスライドさせる。
メール下部には、最終行と思しき文から何度も改行された後、「:P」とだけ打たれてあった。
小夜丸はそれで気づく。
「マスカレーナか」
「そのようで」
忌々し気にラプスウェルが告げると、ディガンマは苦笑する。
最後にある2文字は、よく見てみると舌を出した人の顔みたいに見える。それは、小夜丸も追っている《I:P マスカレーナ》が好んで使うマークみたいなものだ。
それが打たれているという事は、電子機器類の類をほとんど持たないバトレアスたちは、マスカレーナに送信を頼んだとも考えられる。
「発信源は特定できないのか? エグザムなら――」
「やってはみましたが、メールは複数の次元を経由して送られています。さらにはガチガチの逆探防止トラップも。追跡にはエグザムを使っていますが、まだ特定できていません」
「適当なメールを返して追跡をするのは」
「メールは特殊なタイプで、提示された『Yes』か『No』の部分をタップする事しかできません。返信は不可能です」
ジャスティファイが、思いつく限りの策を挙げる。しかしそれは、分析班だって既に試していたようだ。マスカレーナがネットワーク系の工作も強いとは小夜丸も分かっていたが、エグザムをも手古摺らせるとは、改めて彼女の実力の高さを思い知る。
兎に角、S-Force内部のみでしか使われない言葉を件名に入れ、エグザムの精査をすり抜けた上、複数の次元を跨いでメールを送ってくるなど、今まで検挙した二流以下の連中ができる事ではない。
このメールは、本物とみて間違いないだろう。
「で、中身は何て?」
信憑性があるのなら、次に気になるのは内容。プラ=ティナが尋ねると、テータは一呼吸おいてから口を開く。
「……エグザムのカードについて、話がしたいと」
「話だって?」
真っ先に反応したのはオリフィス。
バカバカしいと言いたげに失笑していた。
「何を話す? まさか、バカ正直にS-Forceのエグザムを下さいとでも言うつもりか?」
「……まぁ、一番考えられるのはそれだな」
バトレアスたちを侮るようなオリフィスに、エッジ・レイザーも同意する。
小夜丸も、ニュアンスとしては恐らくそれで合っているだろうと思う。
「奴らは5枚集めて、誰も使えないようにする、だったか」
「……そう、聞いています」
エッジ・レイザーに聞かれ、小夜丸は頷く。
「本当に彼らがエグザムを使わないという保証は?」
「……それは、ありません」
ジャスティファイにも訊かれるが、提示できる証拠はなかった。
小夜丸が聞いたのは、あくまでバトレアスたちの決意。絶対にそうする、と言う約束をしたわけではないし、そうするという証拠もまたない。小夜丸の信頼を得るためだけに、出まかせを言ったという可能性だって無きにしも非ずだ。
だけど小夜丸は、そうは思わない。
それでも今優先されるのは、小夜丸の「私情」ではなかった。
「無論、エグザムを渡すわけにはいくまい」
「ええ。ですが、これはチャンスでもあるかと」
ジャスティファイが結論付けようとしたが、ディガンマが制した。
「交渉に応じるフリをすれば、あちらもエグザムを所持して我々の前に姿を見せるでしょう」
「……捕まえるチャンスか」
グラビティーノの言葉にテータは頷く。
そこでプラ=ティナはタブレットを手に取る。
「小夜丸が戻ってから1か月、未だバトレアス本人に関する追加情報はなし。こうして本人からコンタクトを取ってきて、その上私たちの前に姿を見せるかもしれない……あちらが持つエグザムのカードを3枚とも手にする事も可能」
どうやら、新しいバトレアスの情報が出ていないかを確かめているらしいが、プラ=ティナはいい顔をしない。進展は今もないようだ。
そんな状況下で、交渉に応じる応じないは置いても、バトレアスとエグザムを確保する機会がこうした形で起きたというのは、まさに僥倖だろう。
何しろ事態は緊迫している。どこもかしこもエグザムを手に入れようと血眼になっているのだ。今はまだ目立った騒乱は起きていないが、時間の問題だろう。
その事態を収めるチャンスだ。
「……向こうも、私たちがそうする事は読んでいるかもしれません」
おずおずと、小夜丸は発言する。
別にバトレアスたちを庇うとかではないが、それは考えられる可能性だ。エグザムの力はあちらも理解しているだろうし、こうして姿を見せる事がどれだけリスキーか分からないほどでもないはずだ。
「あちらの真意がどうであれ、エグザムのカードは簡単に譲ろうとはしないだろう」
「かといって、我々もあれを渡すわけにはいきません」
「ただ、向こうは3枚のエグザムを所持している……あちらが知性も理性もかなぐり捨てて、エグザムの力を使って攻めてきたら、ブリッジヘッドと言えど無事では済まない」
ラプスウェル、エッジ・レイザー、ディガンマが意見を交わす。
3人の意見はいずれも間違っていないし、だからこそ小夜丸は胸が苦しくなる。
小夜丸個人としては、バトレアスを含めドレミコードたちが、荒事を起こすようには思えない。かといって、エグザムほどの危険な代物を無抵抗で渡してはならないというのも確かだ。
「……であれば」
ジャスティファイが、空気を区切るように、結論を告げるような雰囲気で口を開いた。
「手段は選べないな」
◆ ◇
マスカレーナからコンタクトを取ってきたのは、メールを頼んで1週間ほど後の事だ。
連絡の方法は、俺が以前貰い受けた特別仕立ての《I:P マスカレーナ》とはまた違う、連絡用のカードだ。俺が最初に貰ったカードだと、俺からしか連絡が取れない上、あちらの都合もお構いなしになってしまう。俺がやってしまったような過ちはもう御免なので、マスカレーナの方からそれを渡してもらったのはありがたかった。
『……S-Forceが、応じるようです』
俺がデュエルディスクにセットしたカードから、ソリッドビジョンのように現れたマスカレーナは、そう告げた。
しかしマスカレーナは、嬉しそうではない。それを聞いた俺や、クーリアとミューゼシアも似たような顔だ。
『けれど、恐らく――』
「簡単にはエグザムを渡してくれないでしょうね」
マスカレーナが続けようとするが、ミューゼシアが声を被せる。マスカレーナも異論はないらしく、黙って首を縦に振った。
俺だってそれは勿論考えている。エグザムの危険性と多様性は、向こうも理解しているだろう。しかもあちらは、エグザムの力を利用しているかもしれない。
その上で、所持している2枚を俺たちに渡してくれるとは到底思えなかった。ミューゼシアがマスカレーナに支払った「代金」と同じ額を積んでも難しいに決まっている。
「それでも応じるという事は……バトレアスと、私たちのエグザムを狙っているのでしょうね」
クーリアも懸念を示す。俺に対する容疑は晴れているわけもないし、俺たちがエグザムを持っている事も知られている。むしろ狙いはそちらと見ていい。
『で、どうするんですか?』
「当然、交渉には出向く。例え、エグザムを渡してくれないとしても」
『自殺行為ですよ?』
「でも、この機会はもう逃せない」
マスカレーナは心配してくれているが、ここまで来て方針は変えられなかった。俺の身柄が確保される事も、エグザムを奪われるのも、覚悟の上だ。
『……もし、あちらが意地でも渡さないと、奪おうとしてきたら?』
「……一戦交えるだけだ」
こちとら精霊界に来て酸いも甘いも知っている。何かに決着をつける、あるいは白黒はっきりするための正当な手段がデュエルしかないのも、理解していた。だから、最早デュエルは避けられないだろう。
俺たちだって、エグザムを渡したくないし、他人に持たせたくはないのだ。
『……意志は固そうですね』
諦めたようにマスカレーナが笑い、再び俺を見る。
『で、交渉の場にはバトレアスさんが?』
「ああ」
「それと、私たちも」
クーリアが名乗り出て、ミューゼシアも頷く。
それは、俺も予想していた。
「あなたは、自分のした事に対する責任を果たそうとするでしょう。けれど、何もかもをあなたに背負わせたくはない。何より、あなたを1人でそんな危険な場所には行かせたくない」
クーリアが俺を見る眼差しは力強い。何を言われても退かないという意思をも感じ取れた。とはいえ、S-Forceたちと面と向かって話す場に、クーリアやミューゼシアがいるというのは、俺としても頼もしい。
「マスカレーナさんはどうするかしら?」
『……申し訳ありませんが。やはりリスクが高いので』
「そうか……いや、でもこの状況を作ってくれただけでも十分だよ。ありがとう」
ミューゼシアに聞かれても、マスカレーナはやはり後ろ向きな構えだ。
しかし、マスカレーナだってS-Forceに追われている。その上、今はあちらの世界でS-Forceはエグザムを使い影響力を強めている。そんな中、俺たちと一緒に危ない橋を渡ってくれただけで十分だ。不安だから同席してほしい、などとは頼めない。
だから頭を下げると、マスカレーナははにかみながらも、用意した空間と、話をする日時を教えてくれた。
◇ ◆
交渉の時間は、マスカレーナと最後に話をした2日後。座標はその際に受け取っており、既にこちらからゲートを開いて行ける事は確認している。
そして、そこへ行くのは俺とクーリアとミューゼシアのみ、と思っていたが。
「本気ですか?」
「当の然よ」
失礼にも思える質問を投げかけると、ビューティアは微笑みをそのままに答える。そのビューティアの後ろには、他のドレミコードたちが全員正装で並んでいる。
交渉の場に、全員で来るつもりだ。
「誰も、あなたと一緒に行くのは私とクーリア『だけ』とは言っていないわよ?」
ミューゼシアが、してやったりと言うトーンと笑みで話しかけてきた。傍らにいるクーリアは「騙してごめんなさい」と言いたげな笑顔を浮かべている。
「しかし、どうして……」
「私たちがそれだけ真剣である事を、向こうにも知ってもらうためです」
疑問に答えたのはグレーシアだ。
「通常、人前においそれと出てはならない我々がこうして姿を見せる事自体、異常事態です。ですがこうでもしなければ、我々も今回の事態について真剣に考えていると示せませんから」
「勿論、交渉に有効とは言い切れませんが……リスクを冒してでも、エグザムのカードの拡散は避けなければなりません」
エリーティアもグレーシアに続く。
ドレミコードの存在は、通常隠さなければならない。だが、エグザムを取り巻く状況はまさに危険極まりなく、一刻を争う様。だからこそ、この混乱をいち早く止めるためにも、そんなドレミコードが姿を見せてでも被害を食い止める。
それは、同じドレミコードの俺からすれば十分危険だと理解できるが、S-Forceがそれを真摯に受け止めるとは言い難い。それでも、無いよりはマシと言う精神で、全員が交渉の場に出向く。
「それに、3人だけに背負わせるわけにはいかないし」
ファンシアが一歩前に出る。その隣にドリーミアとキューティアも歩み出た。
「ミカエル様の件で、このドレミ界が襲撃された事で、私たちにとっても他人事じゃなくなったし」
「ドレミ界の誰にとっても無関係ではないエグザムについて、S-Forceとの交渉は一大事です。それこそ、今後の世界の行く末が変わるかもしれないほどに……」
ドリーミアとキューティアは、これまでにエグザムを巡って起きた事を深刻に受け止めているようだ。
エンジェリアは、プリモアの肩に手を置いて「だからね」と続いた。
「その大事な場所にいないって言うのが……嫌なんだ。まぁ、完全に私たちの自己満足ではあるんだけど」
「何より、大変な目に遭ったあなたたちだけに、苦しんでほしくないんです」
潤んだ目でプリモアが見上げてくる。それは全員が思っている事のようで、皆が静かに口を閉ざし、俺たちを見る。
何となく振り向いてみると、クーリアが笑っていた。
「ここまで言う皆の意思を突き放すほど、あなたは冷酷ではないと私は信じているけれど?」
「……そのつもりです」
挑発的に問われて、俺はそう答えるしかなかった。
それで全ては決まりだと言わんばかりに、ミューゼシアが玄関にゲートを開く。この先で、エグザムを巡る話し合いを行うのだ。
先んじて俺がゲートを通ろうとしたが、クーリアがそれを手で制し、ミューゼシアが先に行く。そしてほどなくして、「大丈夫」という声が聞こえたので、俺たちも後に続いた。
マスカレーナが用意したのは、一面真っ白な空間だ。しかし、床や壁、天井の境目が目で認識できるため、白いタイルで覆われているようなものだと把握する。広さは、以前マスカレーナとデュエルをした空間とほとんど同じぐらいか。
マスカレーナからは事前に、この空間がS-Forceには察知されない領域にある事を説明されている。
相手を招待する以上、場所が知られるのでは、という不安はある。
しかしマスカレーナによれば、S-Forceにはこの空間の座標ではなく、この空間とブリッジヘッドをつなぐゲートの鍵のようなものを送ったらしい。その鍵――当然それは比喩表現で、実際はソフトか何かだろう――を使わなければここにはたどり着けず、さらに逆探知する事もできないように仕組んだとの事だ。マスカレーナがS-Forceに送ったメールも結局逆探知されなかったため、エグザムの力の限界は見切ったらしい。
理屈を大まかに説明されて、多少は理解できるが、それは決して素人にできる所業ではないだろう。本当に、マスカレーナの手腕には驚かされる。
ただ、肝心のS-Forceの姿はない。
「……まだ、来ていないのかしら?」
最後にビューティアが、空間に足を踏み入れながら辺りを見回す。そしてゲートが閉じた。
その直後に、同じようなゲートが目の前に出現する。そしてすぐに、クーリアが俺を庇うように前に立った。俺がS-Forceに追われているから当然の行動ではあるものの、守られる事の情けなさを痛感する。
そして、まずゲートを抜けて姿を見せたのは、オレンジのパワードスーツに身を包んだS-Forceの総司令官・ジャスティファイ。さらに長い銀髪の女性・プラ=ティナに、忍び装束を纏う小夜丸。最後にゲートから入ってきたのは、スーツに赤髪の転生者・テータだった。
プラ=ティナ、小夜丸、テータの3人はこの場所を物珍しそうに見まわしているが。
「……まさか、このような形で実際に会うとはな」
ジャスティファイは、間違いなく俺に向けてそう告げた。
初めて俺がブリッジヘッドに行った時も、それ以降も、直接ジャスティファイと話をした事はない。だから初対面の挨拶のつもりだろうその言葉に、俺は黙って頭を下げた。少なくとも、問答無用で俺を拘束する、と言うつもりはないらしい。
そしてジャスティファイも周りを見ると。
「マスカレーナ。いるのは分かっている、下手に身を隠すのはやめてもらおうか」
虚空に向けて、そんな言葉を放った。俺を含め、ドレミコードのみんなは驚いて周りを見るが、S-Forceたちは全く動じない。
その時、壁の一部がぐにゃりと歪んだのが見えた。近くにいたドリーミアが小さな悲鳴を上げる前で、その歪みは人を象り、やがて壁と分離し、見知った人物へと色づいていく。
「私の偽装を見抜くなんて……エグザムの力を利用しているのは本当みたいだね」
それはまさしく、マスカレーナだった。
「どうして……」
言葉が洩れる。S-Forceに捕まる事を避けるために、この場には同席しないと言っていたのに。
「まぁ、私としても今日の行く末はこの目で直接見ておきたくて」
俺に対して微笑みかけるマスカレーナ。確かに、この交渉の結果次第で、彼女の立場もさらに危うくなってしまう。
そしてさっきの言い方からして、恐らくマスカレーナも厳重に厳重を重ねた偽装をしていたらしい。それさえも、今のS-Forceは見破ったというわけだ。
しかしその時、大きなため息が聞こえる。
「余罪を増やしたな? バトレアス」
その主、ジャスティファイはマスカレーナを指さしながら俺を見ている。
「こんな奴と手を組むとはな」
「……こうでもしなければ、落ち着いて話もできませんから」
「何の話をするつもりだ?」
「エグザムです」
やはり、ジャスティファイはS-Forceと言う組織の頂点。ただ話しているだけで緊張感がついて回り、心臓の鼓動が主張を強めている。
しかしその時、とんと背中に誰かの手が添えられる。クーリアがそれをしてくれたのだと気づき、少しだけ気持ちが落ち着いた。
唾を飲み込んで、慎重に言葉を紡ぐ。
「……我々は、エグザムのカードを3枚所有しております」
「それは小夜丸から聞いている」
ジャスティファイが視線をやると、小夜丸は会釈をした。
「で、君たちはエグザムを5枚全て回収し、誰も使用する事ができないようにする。そう聞いているが?」
「その通りです」
「つまり、我々とする話とは、こちらが持っているエグザムを貰い受けたいと?」
「話が早くてありがたいです」
話す必要などなかったが、ジャスティファイの言葉の節々には不機嫌さが見て取れた。
そして、そんな彼が告げる答えなど――
「応じるとでも思っているのか?」
やはり。
とんとん拍子に話が進むなんて事はなかった。
「我々もエグザムの力は理解している。あらゆる技術に応用可能なあれらが齎す発展は、まさに無限大。うまく活用すれば、数十年、あるいは数百年分も我々は進歩する」
「……実際の話、エグザムを活用した今、サイバー犯罪の検挙率は大幅に上がった」
ジャスティファイに補足したのはテータ。彼は分析官を務めていると言っていたので、それらのデータは当然把握しているのだろう。
そしてこれで、S-Forceはエグザムの力を既に利用している事は確定した。
「マスカレーナのように上手の連中を挙げるのには未だ至らないが、エグザムの力があればいずれ逮捕する日も近い。有象無象を一網打尽にできる」
「それはそれは……楽しみにしておきましょうかね」
ジャスティファイの強気な言葉に対し、皮肉か、それとも強がりの言葉をマスカレーナが笑いながら返した。
「で、だ」
そしてジャスティファイは、俺たちを見る。
「我々は君たちの事を何一つ知らない。小夜丸が情報を持ち帰っても、それらは一切共有できず、データに残す事さえ許されない」
「……?」
どういう事だか、そこは理解できなかった。ミューゼシアに助けを求めるが、彼女は片目を瞑るだけだ。何らかのカラクリがあるらしい。
「そんな得体の知れない存在に、やすやすとエグザムを譲るわけにはいかない」
「これは技術を失うという理由だけではないわ」
ジャスティファイに続き、プラ=ティナが前へ出て話しかける。こちらも厳しい口調と表情だ。
「さっきも司令官が言った通り、エグザムが秘めている力は1枚だけでも計り知れない。うまく使えば世界を支配するどころか、新しい世界をも創れる……まさに、神に匹敵する力を持つ危険なものよ」
「実際、俺たちの世界では奪い合いが起きてる。いつ、大きな戦争が起きてもおかしくはない」
続くテータの言葉に、息苦しさを抱く。
クーリアやミューゼシアが危惧していた事態は、もう既に起き始めていた。
「重々、承知しておりますとも」
そして、彼らが言うような力を持っているのは、とうに知っている。この目で見てきたし、何度も傷ついて文字通り痛感した。
俺が答えると、クーリアが横に立つ。
「……既に私たちの世界は、エグザムの力を利用した勢力に襲われていますから」
「……っ」
クーリアの言葉に、小夜丸の唇がぎゅっと締まったのが見えた。
彼女だって、それは目の当たりにしたはずだ。そんな小夜丸の見ている前で、俺とクーリアは傷ついた。
「私たちは元々、秘匿性の高い世界にいます。恐らくは、S-Forceの皆様方でも把握できないような場所に」
「そのようだな。だが、エグザムの力さえあれば、いずれ暴いて見せるとも」
「それほどの世界を構築したのは、我々の『使命』がそれだけ重要であり、他人に知られてはならないものだからです」
強気なジャスティファイに対し、毅然とした口調で返すミューゼシア。
そこで俺は、「まさか」という考えが浮かぶ。
「使命だと? それは何だ」
「『淀み』を浄化する事です」
「……!」
ミューゼシアは、今確かにはっきりと、告げた。
ドレミコードの使命を。明かしてはならないはずの、使命を。俺たちからすれば外の存在に。
プラ=ティナは眉を顰め、小夜丸は目を見開き、逆にテータは瞳を閉じる。そしてジャスティファイは、腕を組んだ。
「淀み? 浄化?」
「戦争や貧困、差別など……様々な『淀み』を変えるためのきっかけを生み出す旋律を奏で、世界をよい方向へとそれとなく導くのです」
「……ミューゼシア様」
それを言ってしまうと、使命に影響が出る。だから小声で名前を呼び、マズいのではないかと言外に忠告する。
しかしミューゼシアは、こちらに掌をほんの少し向けると、ポケットからタクトを取り出し躊躇なく振った。
妖精体が傍らに出現した。こうして人前に出る事は初めてだろうに、ミューゼシアの妖精体は普段通りにぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「……それは?」
「その『浄化』の旋律を奏でる、妖精です」
妖精体の出現に、プラ=ティナと小夜丸は現実を疑うような顔をしていた。同じデュエルモンスターであろうと、S-Forceはどちらかと言えば科学寄り。こうして非科学の存在を見れば、疑いもするだろう。転生者として「ドレミコード」を知っているテータは、驚く様子はないが。
そこまでミューゼシアが明かす理由は――
「君たちが、その『淀み』を浄化するとやらの使命があるとして、それがエグザムを集める事に何の関係がある?」
「私たちが避けるべきは、秩序の崩壊。世界が淀み、破滅や混沌に沈む事はあってはならない。治安を維持するあなた方にも理解していただきたく」
「……つまりあなたたちは、我々と協力関係を結びたいと仰る?」
話を聞いていたプラ=ティナは、そう尋ねてくる。疑念たっぷりに。
だが俺は、そうではないのだと気づく。
そもそも、天使という非科学的な俺たちと、科学サイドのS-Forceが手を組むのは現実的ではない。
「そうできればそうしますが、それは我々の立場から難しいのです」
やはりミューゼシアは否定した。
そして見据えるのは、ジャスティファイだ。
「エグザムのような強大な力は、所持しているだけで人を狂わせます。欲に溺れるとか、そう言う話ではなく……エグザムを使ったものは心を歪められ、個を肥大化し、正義感をも狂わされる」
「……司令官がそうなる可能性が高い、と?」
小夜丸の質問に、ミューゼシアは躊躇いなく頷く。
続いてクーリアが、ジャスティファイに尋ねた。
「ジャスティファイ司令官。あなたはエグザムを5枚集めた末に、何をなさるおつもりですか?」
「秩序の維持。それ以外に望む事はない」
最初からそのつもりだと、用意していたように間を置かずジャスティファイはそう答えた。それは本心なのだろう。
「エグザムの力を活用すれば、あらゆる犯罪行為を止められる。我々が追う危険因子もほどなく捕らえられるだろう。そうすれば、人々の生活を脅かす危機は去り、秩序が保たれたより良い世界となる」
「……なるほど。その心意気、掲げる目標は素晴らしいものと存じます」
クーリアは、全く馬鹿にした様子もなく、心の底からジャスティファイの志を称賛した。
しかしその上で。
「では、その後はどうされますか?」
「後、だと?」
「S-Forceが、全ての敵性因子を捕らえ、排除し、平和が訪れたとします。その後は、エグザムをどうするのですか?」
ジャスティファイは、肩を揺らした。クーリアのそれが、愚問だと言わんばかりに。
「エグザムの力さえあれば、あらゆるものを監視する事ができる。築き上げた秩序が壊されぬよう、監視し続ける」
「そうですか」
クーリアは、ジャスティファイの答えを聞いて、口を閉ざした。
心なしか、さっきよりも表情が硬い。
何を言おうとしているのか、分かった。
「それこそ、エグザムの付け入る隙です」
「何?」
ミューゼシアも同じ答えに辿り着いたらしく、ジャスティファイに話しかけた。
「平和を目指す気持ちは、私たちも同じです。しかしながら……貴方は秩序を成した末に、全てを自分の監視下に置くと宣言した。それは、秩序を維持するという名目で、他者を支配する事と同義です」
そしてミューゼシアは目を閉じ、そして俺を見た。
「同じような目的を掲げる方がいました。あなたたちと同じように、正義感の強い方で、エグザムを持っていた。けれどその人は、エグザムによって心を誤った方向へ向けられ、先んじて敵対する他者を攻撃するようになったのです」
それは他ならない《ライトロード・アーク ミカエル》の事だ。彼も「救える命を救いたい」という真っ当な願いが、エグザムによって「不穏因子を先に攻撃して殲滅する」と間違った手段に結び付けられて、豹変した。
そして、ドレミ界を襲撃した。
「治安を維持し、人々の秩序と安寧を守るあなた方に……あなたには、そうなってほしくない」
「……だから、俺たちにはエグザムを持たせたくない、か」
こちらの言いたい結論を、テータが引き継いで告げる。
「だが、我々はそいつとは違う。同じ事になるとは言えない」
しかし、ジャスティファイは聞く耳を持たなかった。確かに、ジャスティファイとミカエルは、面識がない(と思う)全くの赤の他人。同じ事になるという確証はない。
しかしながら、今のジャスティファイからは、いずれあの時のミカエルと同じようになるという予感がした。
「何にせよ、エグザムは渡せない。君たちはエグザムを集めても使わないと言うが、何故そう言い切れる?」
「そのカードによって、狂わされ、傷ついたからです」
クーリアが答える。口の中で、歯を食いしばった。
クーリアや迷宮姫、ミカエルと言った人たちの、エグザムに狂わされていた表情が脳裏に浮かぶ。全身に感じた痛み、身体の奥にまで染み渡った苦痛、背中に感じた熱が蘇ってきた。
「大なり小なりの傷を負ったからこそ、エグザムの恐ろしさを理解している。それを使うつもりはありません」
「そんな決意表明だけで、私たちが信じると思っているのか?」
ぐっと、ミューゼシアが拳を握った音がわずかに聞こえた。
「……私たちがこうして、このような場に全員で姿を見せ、使命まで告げる事。それは私たちにとってもリスクが高い行為です……それだけの危険を冒してでも、エグザムを何としても回収しなければならない」
「確かに」
そこで、今まで静観を貫いてきたマスカレーナが、気まずそうに声を上げた。
「バトレアスさんたちの味方をするわけじゃないけど……確かに、あの人たちのいる場所は、普段全然調べがつかない。私の腕でも」
「?」
「それだけ隠蔽されているって事は、皆さんの『使命』なども含めると嘘じゃないようだし……リスクが高いって言うのは確かじゃないかな? 私自身、こうしてここにいるし」
弁護するようなマスカレーナの言葉に、内心で感謝する。
だが、それで全部納得するほどジャスティファイもお人よしではないようだった。
「生憎我々は、普段の君たちを知らない。だから、どれだけ隠された場所に身を潜めていようと、『使命』がどこまで本当でも、ここにそんな大所帯で来ることがどれだけ重要な事なのかも判別ができない。つまり、君たちを信用する判断材料にはなりえない」
指さして言われ、俺は悔しい気持ちになる。ここに来る前にも皆と話したが、ドレミコード全員で出張る事はリスキーであり、さらにジャスティファイたちS-Forceに真剣さを伝える手段にはならないのではないか、と恐れていた。
そしてその通り、ジャスティファイはこれぐらいでは信じない。プラ=ティナも同じように、厳しい目は変えていなかった。テータは複雑そうな顔をしていて、小夜丸はわずかに視線を逸らしている。
「……どうしても納得していただけないというのであれば」
「デュエルだな?」
ミューゼシアが最終手段として告げようとしたそれに、ジャスティファイが被せてくる。
俺は腰に提げていたデュエルディスクを黙って左腕につけるが、ここでジャスティファイが受け入れない可能性もある。エグザムの力を理解している以上、エグザムを賭けるデュエルなど、はなからやる気がないかもしれない。
「本来なら受けるつもりはないが……君たちのような存在にエグザムを預けたままにするわけにもいかない」
「……」
「いいだろう」
そう告げて、ジャスティファイは後ろを振り向く。
それを受けて動いたのは、テータだった。彼は左腕にデュエルディスクを着けて、歩み出てくる。どうやら彼がデュエルをするらしい。
「……ミューゼシア様、俺が行きます」
デュエルにミューゼシアやクーリアが応じる前に、一歩踏み出す。ミューゼシアとクーリアに肩を掴まれるが、ここで引くつもりはない。
「そもそも、交渉したいと申し出たのは俺で、あちらとの関係が複雑なのも俺の不始末が原因です。そのけじめだけは、つけさせてください」
そして俺は、ミューゼシアとクーリアに振り向きながら。
「仲間の意思を無駄にするほど、グランドレミコードのお2人は冷酷ではないと思いますが」
ここに来る前に言われた事の意趣返しする。
それを聞いて、ミューゼシアは小さく笑って肩から手を離した。
「……あなた、やっぱり肝が据わってきたわね」
さらにクーリアも同じように笑い、「気をつけて」と耳打ちして肩から手を離す。そして、他の皆と一緒に壁際へ寄ったのを確認してから、俺はテータに正対する。
「こうして面と向かって話すのは、久しぶりだな」
「……そうですね」
テータはデュエルディスクを展開しながら、気さくに話しかけてきた。
けれど俺は、テータに対する申し訳なさも色々とあって、思うように話せない。
「マスカレーナと一緒に逃げた事も含めて、色々と聞きたい事がある……が、まずはエグザムだ」
「……」
「立場上は俺もS-Force。ここは本気で行かせてもらう」
「……望むところです」
こちらもデュエルディスクを展開する。
相手は俺と同じ転生者。アロマの庭のラベンダー、そしてヴァーディクトと同じだ。
係っているものは、世界の命運を左右するエグザム5枚。
俺たちドレミコードも、テータたちS-Forceも譲れないものだった。
「「デュエル!」」
次回からのデュエルで、オリジナルのカードが登場します。
予めご了承ください。
次のうち、この作品で、デュエル外の登場人物として見てみたいのは?
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魔術師
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コード・トーカー
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ARG☆S
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ウィッチクラフト
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閃刀姫
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霊使い
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勇者トークン一行
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推しがいないんですが……
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全部書いて