ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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第76話:託された力

 《サイバー・エンド・ドラゴン》の爆発に耐えるため、そしてデュエルが終わった事による安堵感で、地面に膝をつく。

 襲い掛かる熱風に耐え、それが収まってから恐る恐る目を開けて前を見る。

 ウィズダムが地面に仰向けで倒れているのが見えた。

 

「やった……勝ったんだ!」

 

 同じく爆風から身を守ろうと姿勢を低くしていたファンシアが、立ち上がって両手を挙げる。その一言で、誰もが勝利を再認識し、わっと声を上げる。

 

「おめでとうございます、バトレアスさん!」

「ありが――うっ」

 

 すぐさま駆け寄ってきたプリモアが抱き着いてくる。勢いがそれなりに強く、デュエル直後の疲労もあって思わず呻きよろめいてしまう。そんなプリモアに続くように、他の皆も俺の元へやってきて、激励の言葉を贈ってくれた。中でもクーリアは、何も言わずにそっと頭に手を置いてくれる。それが一番、安心した。

 

「見事だ」

 

 そこへ、起き上がったウィズダムが歩み寄ってくる。最後の攻撃の余波は喰らっていたようで、コートには煤がついているし、銀の髪も少し乱れている。

 それにしても、エグザムの所有者は負けるとしばらく意識を失っていたが、ウィズダムは1分足らずで復活した。これもやはり、彼が「創造主」の使者だからだろう。

 そして、俺が勝ったからと言って脅威が全て去ったわけでもない。皆もそれに気づき、率先してグレーシアとビューティアがウィズダムの行く手を阻もうとした。ウィズダムは大人しく止まり、俺を見下ろす。心なしか、俺に対する目つきには妙な優しささえ感じた。

 一先ず、すぐに攻撃する気がないと判断して立ち上がると、ウィズダムは右手を差し出す。

 

「いいデュエルだった」

 

 それが皮肉ではない、という確信じみたものが、ウィズダムの表情で分かる。

 俺もまた、自然と右手を差し出す。エンジェリアが首を横に小刻みに振って、「やめた方がいい」と伝えてきた。気持ちは分かるが、それでも今のウィズダムの行動を拒むのは、デュエリストとしては気が引ける。

 

「……そう思ってくれたのなら、嬉しいよ」

 

 そうしてウィズダムと、握手を交わす。俺の右手は、握り潰されたり引き千切られたりはせず、またいきなり異空間に引きずり込まれたりもせず、ゆっくりと離された。

 そして、デュエルに勝ったから万事解決、とはならない。

 

「……約束は果たしてもらうぞ」

「もちろんだとも」

 

 この異空間から出してもらう事だけではない。ウィズダムの、エグザムの創造主に会わせてもらう事。特に後者は、俺たちがエグザムを5枚集めた時点で遂行されるはずだったのだ。それを今更なかった事になどさせないが、ウィズダムもそれを反故にする気はなかったらしい。

 だが、ウィズダムはドレミコードたちの皆を見回すと。

 

「先に断っておくが」

「?」

「創造主の下へ行けるのは、彼だけだ」

「え……」

 

 その言葉の意味は、何ら複雑でもない。

 だけど、声を洩らし、俺とウィズダムを交互に見るキューティアが困惑しているのはよく分かった。

 

「どうして……」

「創造主は、エグザムを5枚集めたのは彼だと判断した。よって、『謁見』が許されるのも彼ひとりという事になる」

「だけど、彼はドレミ界の一員よ。私たち全員で、その創造主に会わせてもらいたいわ」

 

 毅然とした口調でクーリアがウィズダムの前に出る。だが、ウィズダムは顔色一つ変えずに、クーリアの顔を指さした。

 

「そちらには、エグザムの力に負けたものがいる。忘れたわけではないだろう?」

「ッ……!」

 

 押し黙るクーリア。ウィズダムが誰のことを言っているのかなど、それはクーリア自身がよく分かっているだろう。

 

「それにさっきのデュエルは、データを創造主にリアルタイムで送信していた」

「聞いてないぞ」

「今言った。それで君は、エグザムと性質が同じかつそれ以上に強大な力を持つ《サイバー・エンド・ドラゴン》に汚染されず、私に勝利した。その点が、創造主のお眼鏡にかなったらしい」

 

 デュエルに勝利した結果、創造主にも認められた。それは恐らく、マイナス方向に働くものではないだろう。だけど、その事実を手放しには喜べない。

 

「……あの時、俺が正気を保てたのは、クーリアとの思い出があったからだ。それがなかったら、俺もエグザムに狂わされた」

「ここで重要なのは現実、そして結果だ」

 

 ウィズダムは腕を組んで続ける。

 

「悪いが、創造主からすればエグザムに汚染された者は『価値が無い』んだよ」

 

 反射的に、ウィズダムの胸倉を掴んでしまった。青かった学生時代でさえこんな真似は誰にもした事がないのに。ドレミコードの誰かが小さく悲鳴を上げたのも聞こえた。

 だけどそれだけ、クーリアを侮辱されたのが俺には許せなかった。ミカエルとのデュエルで、俺には価値がないと言われた時のクーリアの気持ちが、今なら理解できる。

 

「……バトレアス」

 

 クーリアが、俺の腕を触れるように掴む。その手も、声も、震えていた。

 

「事実よ。だから、私の事は気にしないで」

 

 その言葉に、どれだけの後悔や無念が乗せられているのだろう。

 俺もまた、力なく手を離すしかなかった。

 

「つまりこうですか?」

 

 そこで、皆の輪から外れて状況を見ていたマスカレーナが、会話に混ざりこんでくる。エグザムに汚染されたわけではなく、ドレミ界の住人でもない彼女はまだ冷静に、ウィズダムに問いかける。

 

「バトレアスさんは、その正体も居場所も全く分からない、生かすも殺すも分からない創造主とやらのいる場所へ、たった一人で行くと?」

「そういう事だ」

「それが断られるとは考えないんですか?」

 

 小夜丸もまた、ウィズダムへ尋ねた。

 だけどウィズダムは、小夜丸に一瞬視線をやるだけで、再び俺を見る。

 

「君は断らない。この提案を蹴れば、エグザムを巡る混沌は終わらないと予想しているからだ」

「……」

「そしてそれは、正しい」

「エグザムを、またバラまくつもり……?」

 

 ドリーミアが怒りを滲ませながら尋ねるが、ウィズダムは答えず右手を広げる。そこには、5枚のエグザムのカードがあった。

 

「君たちがここに来るまでにどれだけ傷つき、痛みを抱え、悩んできたかは私も理解しているつもりだ。そして今この瞬間は、その過程の結果であり、選択次第では全てが無駄に終わる」

「……」

「その選択は今、バトレアスにしかできない。創造主に認められた彼だけが選べる」

 

 それからウィズダムは、5枚のエグザムを俺に差し出してくる。

 

「さあ、返事は?」

 

 提示されたエグザムを見て、俺は一度瞳を閉じる。

 だけど、答えは変わらなかった。

 

「……分かった」

 

 エグザムのカードを、受け取る。誰かが息を呑んだのが聞こえた。

 ウィズダムは、そう答えると思っていたとばかりに嗤う。

 

「では早速、創造主の下へ連れて行こう――と思ったが」

 

 もったいぶるような言い方に、苛立ちを覚える。この期に及んで何をする気だと思ったが、ウィズダムは俺の姿を上から下までざっと眺めてから、肩を竦める。

 

「流石にエグザムを相手取って二連戦の後ではきつかろう」

「何?」

「1日やる」

 

 そう告げると、電脳空間の天地に広がる電気回路が輝きを増し始め、世界が白に染まり始める。

 それは、この世界から解放されるような予兆に思えた。

 

「準備ができたら、エグザムを全てディスクに置け。創造主の待つ場所への道が開く」

 

 そしてすべてが白に染まる寸前に映ったウィズダムは、こちらに背を向けると。

 

「楽しかったよ、バトレアス。また会おう」

 

◆ ◇ ◇

 

 食堂のテーブルの上に、5枚のエグザムが並べられている。その食堂の雰囲気も、普段食事をしたりする時とは程遠い、重い空気に満ちていた。

 

「本当を言うと、あなた1人だけを行かせたくはない」

 

 ミューゼシアが告げる。

 それは彼女だけでなく、ドレミコード全員の総意なのが皆の顔つきで分かるし、俺の事を言っているのはもう分かる。

 

「危険すぎるよ。そんな、どこの誰ともわからない人の場所へひとりだなんて」

「……それでも、俺以外には行けません」

 

 ファンシアから警告されるが、言った通り創造主の下へ行けるのは俺だけだ。ほかの誰かに代理を立てるなんて許されない。

 

「……未だに分からないのは、その『創造主』が何を思ってエグザムを創ったのかです」

 

 キューティアは額を押さえている。色々な事が起きすぎて、頭がかち割れそうなほど悩んでいるのだろう。

 

「ウィズダムは……エグザムとは『人類を進化させる力』と言っていました」

「その言葉が真実だとして……あちらに何の利があると言うんでしょうか」

 

 グレーシアは思案するように呟く。

 このエグザムが、一個人が持つには大きすぎる力であり、かつ危険である事は嫌になるほど理解している。だがウィズダムの言った通り、デメリットに目を瞑ったうえで、うまく活用すれば人類は「進化」できるだろう。

 では、何のために創造主はそんなものを作ったのか。作ったところで、なぜそれを自分たちで使おうとしないのか。分からない。

 

「それについても、バトレアスさんには話す、と……?」

 

 エリーティアの言葉を受け、全員の視線が俺に集中する。

 

「……もっと分からないんだけど、どうしてその『創造主』は、バトレアスさんに会いたいの?」

 

 エンジェリアが手を小さく上げて疑問を呈する。

 それもまた、答えが出ていない。会ったところで、どうするのか。ここにはいない、自分の隠れ家に帰ったマスカレーナの言葉を借りれば、「生かすも殺すも分からない」。

 

「なんにせよ……その創造主に会ってみないと分からないです」

「なんでそんな冷静でいられるのよ」

 

 方針を告げると、ドリーミアが色々な感情が混ざり合っているであろう言葉を投げかけてきた。

 

「殺されるかもしれないのよ? なのにどうして、そんな落ち着いてるのよ」

「ドリーミアちゃん」

 

 隣のビューティアが宥めるが、ドリーミアは視線を俺に向けたままだ。力強い、困惑の目をしている。

 

「覚悟を決めていました。ウィズダムが、行けるのは俺だけだって言われた時から」

 

 全員の視線を感じながらも、俺は続ける事にする。

 

「ここでウィズダムや、その『創造主』たちを止めなければ、またエグザムがどこかの世界に散らばって全てがやり直しです。しかも今は、エグザムの情報が漏れている。恐らくこれまで以上に、事態は悪化するでしょう」

 

 エグザムの情報が洩れ出た都市の世界で何が起きたかは、マスカレーナたちから聞いた。

 だがもし、またエグザムがどこかの世界に渡り、どこかのロクデナシの手に落ちたら、間違いなく悪い事が起きる。最悪の場合、ミカエルがやったような他世界への侵攻がそこかしこで発生する。戦争だ。

 しかも今度は、探すにしたってゼロから集めなければならない。冥界でクルヌギアスの御殿に行った際、たまたまエグザムを拾った屍迷人と遭遇したのは奇跡と言っていい。そして、そんな奇跡は2度も起こりはしないだろう。

 

「今まで、エグザムを巡って起きた事を思うと、同じ事は二度と起きてほしくない。そしてそれは、俺が行かなければ止められないんです」

 

 ズボンの上で握った拳に、汗が滲んでいるのを自覚する。

 だけど言葉は、止めたくない。

 

「俺も端くれですがドレミコードのひとりです。世界の混沌を、淀みを払うためなら、迷う余地はありません」

 

 言葉を切って、鼻で息を吐く。

 ドリーミアからの反論は、無かった。

 誰からも、俺の言葉を上書きして否定するような意見を言ってこない。

 

「……最後にひとつ、あなたに確認しておきたい」

 

 徐に話しかけてきたのは、俺の隣に座っているクーリアだった。

 目元が震え、瞳が潤んでいる。

 

「私たちとの誓いは、忘れていないでしょうね」

 

 クーリアとのデュエルで宣言した事。

 必ず、皆の下へ帰ってくる。

 皆と戦う力は決して捨てない。

 

「……覚えています」

 

 命を賭けた戦いは、本音を言わせてもらえばやりたくない。

 けれど、時にはそうせざるを得ない状況というものが必ず訪れてしまう。それが、ミカエルたちとのデュエルだ。

 そして、創造主への謁見でも、そうなる可能性が高い。

 

「それならひとつ試しておきたい事がある」

 

 ミューゼシアが告げたので、俺はそちらを向く。

 

「バトレアス。デッキにある『私たち』のカードを皆に渡して」

 

 指示されて、机に置いていたディスクからデッキを取り出し、その中にある「ドレミコード」のペンデュラムモンスターを種類ごとに分ける。そして席を立ち、皆に対応するカードを渡していく。《ファインドレミコード・バトリア》と《グランドレミコード・ファンタジア》だけは対応しないため、手元に残った。

 

「全員、貰ったかしら?」

 

 ミューゼシアが問うと、俺以外の全員が頷く。

 

「なら、全員そのカードに自分の持っている『力』を注ぎ込んで」

 

 その言葉で、全員がカードを手に持ったまま、まるで祈るように目を閉じる。プリモアも少し遅れて同じようにするが、唯一俺だけが何もできない状況だ。だから皆の様子を見るしかないのだが、どこか厳かな雰囲気もする。

 そして、もっとよく見てみると、それぞれが持っているカードが淡く輝き始めている。キューティアはピンク、ドリーミアは黄色、エリーティアは水色、ファンシアは赤、グレーシアは紫、エンジェリアはオレンジ、ビューティアは白、ミューゼシアはベリー色、プリモアは灰色、そしてクーリアは緑だ。

 

「ずっと考えていたの」

 

 最初に瞳を開けたミューゼシアが、俺を見て話しかけてくる。

 

「あなたが持っているクルヌギアス様のカードや、マスカレーナさんがデュエルで使った『イビルツイン』。それらは、現実に姿を見せて私たちとコミュニケーションをとる事ができていた。それはなぜなのか……」

 

 ミューゼシアがカードを差し出してきたので、俺はそれを回収する。それから流れで、他の皆からもカードを受け取った。

 イラストは、俺が精霊界に来てから変わったものになっているが、それ以上の変化はない。だけど、さっきまでみんなが持っていたからとは別の理由で、カードから妙な温かさを感じる。

 

「思うに、それらのカードには、元の持ち主の力が宿っていた」

「……だからこうして、力を注ぎ込めば、私たちも同じ事ができるかもしれないと」

 

 ミューゼシアの意図を汲んだプリモアの言葉に、ミューゼシアは微笑んで頷く。

 

「あなたのデッキは、他の世界で特定の誰かを相手にする時以外では、別のデッキに変化してしまう。だけど、私たち『ドレミコード』の力を宿していれば、変わらないかもしれない」

 

 この世界で、俺のデッキは【ヒロイック】を除けば【ドレミコード】だけだ。その【ドレミコード】は、転生者がそこにいる時以外では前世で俺が持っていた別のデッキに、俺の意思とは関係なく変わる。それは【ドレミコード】という存在が特殊なもので、大っぴらに知られてはならないから、だと思っていた。

 しかし、明らかに転生者とは違うウィズダムの前でも、このデッキは変わらなかった。だから正直、俺でもどういう事なのか最早分からなくなっている。

 

「……そんな事が本当に?」

 

 ミューゼシアの告げた事も、実現するかどうか分からない。

 

「それでも、できる事は全てやりたい」

 

 だけど、俺の言葉を聞いてもなお、ミューゼシアは俺の目を真っ直ぐに見据える。

 

「あなた一人だけに負担を掛けて、戦わせたくないもの」

 

 今度は、ドレミコードの皆が俺を見て笑って頷いていた。

 

◇ ◆ ◇

 

 その日の夜、俺はクーリアの部屋にお邪魔していた。

 というのも、明日俺はエグザムの「創造主」に会う。そして恐らくは高確率でデュエルをするだろうから、改めてデッキの調整をするべきと思ったのだ。まだ「会って話をする」事しか決まっていないのに、デュエルかも、と考えてしまうあたり俺も大分常識が毒されている。

 とはいえ、いくら調整したところで、ドレミ界の外へ持ち出したら俺の【ドレミコード】は別のデッキになる。そうならないために、カード自体にドレミコードの力を宿して変わらないようにする。それが本当に上手くいくかは分からないが、ミューゼシアの言う通り「できる事は全てやりたい」。

 そしてそのために、グランドレミコードであるクーリアの力を借りる。

 

「これでいいかしら?」

「ありがとうございます。すみません、ご負担をおかけしてしまって」

「これぐらいはお安い御用よ」

 

 他のドレミコードたちが力を注ぎ込んだのとはまた違うカードに、クーリアの力を注いでもらう。《ドドレミコード・クーリア》のカードと同様、クーリアが力を注ぎ込んだカードには緑の光が宿った。しかしそれも、やがて静かに消えていく。

 

「それと、この2枚……」

 

 別で手渡されたのは、《ファインドレミコード・バトリア》と、《グランドレミコード・ファンタジア》の2枚だ。これだけはクーリアも力を注いでいないらしい。

 

「これはあなた自身がやるべきだと思うの」

「……どうすればできるんでしょうか」

 

 クーリアに負担がかからないのなら、俺だってそうした。しかしやり方が分からなくてできなかっただけだ。

 クーリアは、俺にその2枚のカードを握らせると、「浄化」などで使用する自らのタクトを取り出す。

 

「これとほとんど同じよ。タクトを振る時と同じように、自分の身体の一部である事をイメージし、力を流すように思い浮かべる。空間の座標を覚える必要がない分シンプルよ」

「なるほど……?」

 

 言われるがままに、俺は2枚のカードを手にして、タクトを振る時と同様に目を閉じて集中する。そして目を閉じ、握るカード2枚にも血と骨が通っているようにイメージし、呼吸ひとつでも酸素をそのカードに行き渡るよう意識する。

 やがて、妙な温もりが宿ったのをカードから感じ、目を開けてみた。

 

「……これは、できているのでしょうか?」

「ええ、完璧よ」

 

 クーリアにカードを見せてみる。

 それらは虹色のオーラを纏っていた。他のドレミコードの皆が力を与えたものは単色だったが、俺の場合はグラデーションがかかっている。これも、俺が普通のドレミコードではないからだろうか。

 

「それと、あなたにはこのカードを渡しておく」

 

 すると、さらにクーリアが2枚のカードを差し出してくる。それは《ドレミコード・ソルフェージア》と《ドレミコード・クレッシェンド》。クーリアだけが持つ「ドレミコード」だ。

 

「いや、これは流石に……」

 

 クーリアしか持っていないからこそ、俺はそれを素直に受け取れない。

 両手を向けて拒むが、逆にクーリアはその手に2枚のカードと自らの手を押し当てて、さらに俺の手を包み込んでくる。

 

「あなたと一緒に『そこ』へは行けない。だからこそ、私の力をあなたに託す」

「ええ。ですけどそれは既に……」

 

 《ドドレミコード・クーリア》と《グランドレミコード・クーリア》、さらにほかのカードにはクーリアの力が注ぎ込まれている。だから、わざわざその貴重な2枚まで借り受けるまでもないはずだ。

 だが、それは十分理解しているのか、手を握る力がほんの少し強まる。

 

「『創造主』が誰であろうと、何が起きようと、あなたを一人にしたくなかった。だけど……一番してあげたいそれができない」

 

 クーリアの視線が向いたのは、机に置かれた俺のデッキだ。

 

「私が『弱い』ばかりに、あなたを戦わせる事になってしまった……その上、あなたを喪ってしまったら、それこそ私は壊れてしまうかもしれない」

 

 ウィズダムは、エグザムの力に負けた者は価値が無いと言い放った。それがクーリアに対しての言葉である事は俺も分かっていたし、だからこそ俺は腹立たしく思った。何よりこうして、クーリアがその事をずっと気に病んでいる事もまた悲しくなってしまう。

 

「だから、そうなってほしくないから……あなたにしてあげられる事は、何でもしたい。こうして私だけのカードをあなたに与えるなんて、惜しくもない」

「……」

「これだけで全てが上手くいくなんて保証はない……けれど、もしそうなった時に後悔はしたくないの」

 

 そうしてクーリアは、手を離した。俺の手に、2枚のカードを残して。

 悲痛な思いを抱きながらも託してくれた力。クーリアにとっては重石の如く引きずっている、エグザムに汚染されたという過去。そのせいで、俺と一緒に「創造主」の下へ行けない歯がゆさ、無念。

 それらすべてを抱えた末に渡されたこのカードを拒むなんて、俺にはできない。

 

「……分かりました」

 

 カードをまとめ、デッキの中にクーリアから受け取った2枚を挿し込む。

 

「あなたの思いとも一緒に、戦います」

 

 デッキを手に告げると、クーリアは頷く。

 

「あなたからカードを預かった以上、むざむざ再起不能になんてなれません。なんとしてもあなたの下へ帰ります」

 

 人からカードを借りたうえで帰れなくなるなんて冗談じゃない。デュエリスト以前に人として問題だ。だからこそこの2枚は、何としてもクーリアの下に帰らなければならないという、決意を固めるものとなった。

 それを伝えると、クーリアも少しだけ気持ちが楽になったのか、笑顔が深まる。

 

「……ちょっと、一息入れましょう。ココアを淹れてあげる」

「あ、手伝います――」

「大丈夫、ここは私に任せて」

 

 気持ちを切り替えようとクーリアが提案する。俺は即座に手伝おうとしたものの、やんわりと押しとどめられてしまった。

 そして、あれよあれよという間にクーリア謹製のココアは出来上がり、マグカップを差し出される。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 そしてクーリアはまた腰を下ろすのだが、さっきまでとは位置が違う。俺の正面から真横に変わった。ちょっと目をやれば「いいでしょ?」と目で問いかけてきて、俺としても拒む理由はなかったから、首肯してココアを一口飲む。くどくない、優しい甘さが安心感を際立たせる。

 

「今日ほど、明日が来てほしくない……って思った事はないわ」

 

 同じくココアを一口飲んだクーリアが、ため息交じりに呟いた。

 

「私は、あなたの強さを疑っていない。いなくなってほしいなんて思った事、一度もない」

「……」

「だけど明日は、本当にどうなるのか分からない」

 

 マグカップをテーブルに置き、クーリアは膝を抱える。

 

「心が、崩れてしまいそう。あなたがいなくなったら、って思ってしまうと」

 

 クーリアは最近、不安を素直に洩らす事が多くなった。それは大抵、俺と2人きりの時だけ。他のドレミコードの皆の前では「頼れるドレミコードのリーダー」でいる。

 俺の前でこうなるのは、親密な関係で、それだけ俺に気を許しているという事。何より、明日どうなるか分からないからこそ、気持ちを抑えられないのだろう。

 そして俺もまた、クーリアとは深い仲だ。

 

「……本音を言わせてもらえれば、俺も少し怖いです」

 

 覚悟は決めてはいるものの、それでも怖いという気持ちは捨てきれない。それでも、皆には余計な心配をさせたくないと思ったから、さっきはそれを誤魔化した。

 だけどクーリアの前では、俺も少しだけ正直になれる。

 

「でもこうして、皆さんの力を授かって、それにあなたからカードも受け取って……決してひとりで戦うわけではないと考えると、気持ちが少しだけ強くなれるんです」

 

 膝を抱えるクーリアの肩に、優しく腕を回して、静かにこちらへ引き寄せる。肩同士が軽く当たった。今だけは、従者ではなく、クーリアの恋人だ。

 

「必ず戻ってきます」

 

 それだけ告げると、クーリアが身体をこちらに預けてくれたのが、重みで分かった。

 

 

 キューティアは明かりを消し、ナイトキャップを被ってベッドに入る。

 そして横になると、隣に並んだプリモアが腕に抱き着いてきた。

 

「キューティアさん、温かくてホッとします」

「どういたしまして」

 

 猫のように擦り寄ってくるプリモアに、キューティアも温かい気持ちになる。

 プリモアにも部屋は用意されている。だが、たまにこうして、他のドレミコードと一緒のベッドで眠る事があるという。キューティアもこれが初めてではないし、プリモアはどこか妹みたいな感じなので、別段苦でもなんでもなかった。

 

「……でも、よかったの? 今日ぐらいは、バトレアスさんやクーリア様と一緒の方が良かったんじゃ……」

「確かに、そうしたいところでした……」

 

 クーリアとバトレアスが留守の間に現れたプリモア。彼女はどういうわけか、あの2人にかなり懐いている。特にバトレアスには、一緒にお風呂に入ったりベッドで眠ったりをねだっているが、彼も男の尊厳故かそれらを全て断ってきた。

 しかし明日は、何がどう転ぶか分からない日。考えたくはないが、バトレアスが二度と帰って来ない可能性もある。それを考えれば、一緒に寝る事ぐらい提案してもいいのではと思ったが、意外にもプリモアはそれをしなかった。

 

「……でも、クーリアさんの方が、バトレアスさんへの気持ちが大きいのは私にも分かります。だから今日は、クーリアさんに譲ってあげたいんです」

「……そっか」

「それに、帰ってきたら目いっぱい甘えさせてもらいますから」

 

 明かりを消していても、プリモアが笑っているのが分かる。だけど声は、不安を隠しきれていない。

 キューティアは、そんな彼女の気丈な振る舞いと気持ちの整理の付け方が、非常に大人びていると感じた。自分など、バトレアスがいなくなった時を想像しただけで、胸が締め付けられるというのに。

 

「……プリモアちゃんは、偉いね」

「えへへ」

 

 髪を撫でると、くすぐったそうに身をよじらせ、一層プリモアとの距離が近くなる。

 そうして心地よい人肌のぬくもりを感じながら、キューティアは眠りに就いた。

 

◇ ◇ ◆

 

 翌朝。起きてから朝食の準備をして、皆と一緒にご飯を食べて、後片付けまでするのは変わらなかった。

 だが、そこから先はまた違う。

 普段なら「浄化」に向かう皆を見送る。ただし昨日は、S-Forceと話をするため、マスカレーナの用意した場所へ全員で赴いた。そして今日は、俺ひとりが「創造主」の下へ行く。

 

「……では、行ってまいります」

 

 玄関先にドレミコードが全員集まり、俺を見送ってくれる。誰もが不安と悲しみを抱いているのが表情で分かる。特にプリモアは、瞳が潤んでいた。

 

「……バトレアス」

 

 そこでクーリアが、歩み出てくる。焦るように歩調を緩めないまま俺との距離を詰めてきて、真正面から抱きしめられた。

 

「絶対、帰ってきて」

「はい」

 

 腕を回しはしない。そうしたら、俺の中の覚悟まで揺らいでしまいそうだった。

 だから交わすのは、約束。必ずここに生きて帰ってくる。

 抱擁が解かれるが、誰も、エンジェリアさえも俺たちを揶揄ったり茶化したりしない。それだけ、今回の出来事が重要であると皆が理解しているから。

 続いてミューゼシアが俺の下へやってきて、5枚のエグザムを差し出してくる。俺はそれを受け取り、デュエルディスクを展開させてモンスターゾーン5か所に並べる。

 直後、目の前にゲートが出現した。しかし、俺やドレミコードの皆が開く白い光に満ちたものとは違い、黒い菱形のゲートだ。

 

「あなたに、私たちドレミコードの加護を」

「……ありがとうございます」

 

 ミューゼシアの手を背中に感じながら、俺はそのゲートを潜る。最後に少しだけ振り向いて、皆の顔を横目に捉えた瞬間、ゲートは閉じた。

 

 ゲートの先に広がっていたのは、幾何学的な紋様が四方八方に広がっている青い空間。ウィズダムとデュエルをした電脳空間よりも未来的だが、こちらは地面に立っているという感覚すら危ういほどに広い。

 

「よく来た」

 

 一瞬で目の前に姿を見せたのはウィズダムだ。気楽に声をかけてくる彼がどこにいたかなど、聞くだけ無駄だろう。

 

「約束を守ってくれて嬉しく思う」

「……創造主は?」

「ほどなく来る」

 

 ウィズダムはあくまでも使者。やはり、創造主が直接会いに来てくれるらしい。

 

「創造主が何をするつもりなのか、聞いていないのか?」

「多少は。だが、当人に聞いた方が色々と信用できるだろう」

 

 ウィズダムが告げた直後だった。

 目の前に、ひし形の光が生まれる。それは徐々に大きくなっていき、やがて光が収まって姿が克明になる。

 

「……?」

 

 音もなくそこに現れたのは、人ではなかった。

 砂色のそれは、ピラミッドを上下に二つ重ねたような正八面体。だが、ピラミッドの底面同士が接する部分は少しだけ離れていて、その内部では青い光が輝いている。

 決して生き物のようには見えないそれを見て、背筋が凍り付くような感覚に見舞われる。エグザムなんて目じゃないぐらいのプレッシャー、というか不気味な気配が漂っていた。

 

『初めまして、バトレアス』

 

 だがそれは、確実に声を発した。合成されたような感じだが、男の声だ。

 

『まずは、我々の招待に応じてくれた事に感謝を。そして、エグザムを全て集めた事に称賛を』

 

 人ならざるものが、人のような言葉を発している。前に見た《S-Force ドッグ・タッグ》を思い出すが、あれとはまた全くの別物だ。

 

「ウィズダムの言っていた、『創造主』か?」

『左様』

 

 確認してみると、正八面体は淀みなく答える。ウィズダムを見るが、俺を見て頷いていた。茶番ではないらしい。

 

「……そうか」

 

 エグザムを創りだした、全ての元凶。

 そしてそのエグザムを巡って起きた事件、狂わされた人々、傷ついた仲間。

 記憶が脳の中で噴出し、拳を強く握る。恨み言のひとつやふたつをぶつけてやりたい。

 だけど、姿を見せたのが人間ではなかった事で戸惑いが生じた。そのせいで、怒りや恨みが自分の中で道に迷い、上手く口から出てこない。

 それでも、聞きたい事がある。

 

「……あんたは、何者なんだ? 何なんだ?」

 

 やはり俺には、この「創造主」が何者か全く分からない。

 ここがデュエルモンスターズの精霊界である以上、創造主もデュエルモンスターの可能性はある。ヴァーディクトという例外もあるが、これは明らかに転生者などの類ではなかった。

 どれだけ考えても、正体が分からない。まともな答えを期待したわけではなかったが、俺はそう尋ねずにはいられなかった。

 すると、正八面体の中心で輝く光が、青から虹色へと変わる。

 そして。

 

『我々は「エニアクラフト」。人の罪を糾すものだ』

 

 正体をついに明かした。

次のうち、この作品で、デュエル外の登場人物として見てみたいのは?

  • 魔術師
  • コード・トーカー
  • ARG☆S
  • ウィッチクラフト
  • 閃刀姫
  • 霊使い
  • 勇者トークン一行
  • 推しがいないんですが……
  • 全部書いて
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