ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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第80話:清算

「どういう事だ……?」

 

 デュエルが終わって、最初の言葉はそれだった。

 《グランドレミコード・ファンタジア》の攻撃は間違いなく通っている。その証拠に、俺のデュエルディスクには大きく「WIN」と書かれていた。ソリッドビジョンでも、エニアクラフトのライフが0になった表示を確認している。

 

「く……」

 

 頭を押さえて、片膝をつく。

 《グランドレミコード・ファンタジア》を使った事による負荷は、凄まじかった。さっきは頭の血管が切れたような感覚がした気がしたが、今はほんの僅かに和らいでいる。デュエルが終了したから、負荷も軽減されたと見ていいだろう。デュエル後も影響が残るというのは、エグザムとあまり変わらないが。

 そして、俺のフィールドにいたドレミコードたちも姿を消している。デュエルが終わったらそれは当然だが、何の前触れもワンクッションも置かず、誰もいなくなった。

 兎に角、辺り一帯は真っ暗だ。真っ白だった景色が一転して、黒一色。気を付けないと上下左右の感覚も失われてしまうようなほどに、深い闇に染まった。

 

「慌てるな。君は間違いなくデュエルに勝利した」

 

 暗闇に声が響く。すぐ近くに、ウィズダムが立っていた。彼は自分の主が負けたにも関わらず、悔しがる様子もなく、むしろどこか安心したような顔だ。

 

「じゃあ……これは一体なんだ? 何が起きたんだ?」

「創造主は確かに敗れた。しかしどうやら、君の最後の攻撃による衝撃で、一時的に過負荷状態となったらしい。今は再起動の準備をしている」

「辺り一帯が真っ暗なのは……」

「この空間を作った主に連動して、同じように機能が停止しているだけに過ぎない」

 

 ウィズダムがそう説明した直後だ。

 地面が静かに光り始め、電気回路のような幾何学的なラインが周囲に伸びていく。さらに頭上にも同じような回路が広がって、黒い世界は青色へと変わり始める。

 

『バトレアス』

 

 名前を呼ばれ、前を見る。

 いつの間にか、そこにはエニアクラフトが浮かんでいた。内部の輝きは、緑色だ。

 

『君とのデュエルを経て、我々も考えを改める時が来たようだ』

 

 最初に対面した時と比べると、かなり人間らしさを感じる話し方。

 しかし、その言葉にごくりと唾を飲み込む。どうにかして立ち上がる。

 このデュエルに負ければ、俺の処遇はともかくとして、エニアクラフトは人類の殲滅を確定するつもりでいた。しかし俺が勝った事で、それもなくなる……と信じたい。考えを改めるといった以上、そうならない可能性もあるのだから。

 

『まず第一に、デュエルの前に君と交わした約束を変えるつもりはない』

「……なら」

『我々の人類への攻撃は中止する』

 

 安堵の息は、我慢できなかった。

 最悪の事態は避けられたのだ。それに対して安心しないはずもないし、背水の陣故の緊張感から解放されたからこそ、溜め込んでいた様々な感情が吐き出される。何のつもりか、ウィズダムが肩をポンポン叩いてくるが、あまり気にしない。

 

『我々が観測してきたデータが間違いとは考えない。君の言う、心の弱いものが罪を犯してきた事実は変わらないのだから』

 

 それを撤回しろ、とまでは言えなかった。

 エニアクラフトたちが定義するような「罪」については、身に覚えがないでもないから。

 

『そして君も、例に漏れず弱い人である事はデュエルを通して理解した。しかしそんな君は、仲間と手を取り合い、支え合い、そうして私に勝利した』

「……ああ」

『君はまさに、弱い「人」同士が協力する事で、大いなる力に抗う事もできると証明したわけだ』

 

 自分の事を「大いなる力」と豪語するエニアクラフト。しかし、これまでエグザムに端を発する様々な事象、生まれた混沌を考えれば、まさにエニアクラフトは神のような存在でもあるだろう。

 

『だからこそ我々は、より多くの事を君から学ぶべきだと判断した』

「……え?」

 

 何か奇妙な決断を下したと思ったら、エニアクラフトの輝きが虹色に変わる。

 そして、光の粒子が俺のすぐ近くへと漂ってきた。それは俺の目の前で渦を巻き、やがてあるものを形成する。

 

「デッキ……?」

『受け取るがいい』

 

 促されて、光に包まれたデッキを手に取る。

 俺の手の中に収まると、光は消えていき、見慣れたカードの裏面が見えた。そのデッキを裏返してみて、息を呑む。

 

「……冗談だろ?」

『我々は冗談を言えるような存在ではない』

 

 一番上にあったカードは、《糾罪巧(エニアクラフト)AtriF.MAR(アトリマール)》。さらにデッキの中身をざっと見てみるが、ほぼ全てさっきのデュエルでエニアクラフトが使っていたカード。つまりこのデッキは【糾罪巧】だ。

 手にした限りでは、至って普通のカード。エグザムのようなプレッシャーは感じず、唆す謎の声も聞こえない。

 

『エグザムの戦いを制し、我々をも上回る力を見せた君に対する褒美。そして、そんな君を常に一番近いところで観続けて、人というものをより深く知るためだ』

 

 エニアクラフトは赤色の輝きを放ち始めた。

 

『同時に、君が認める価値のある者かどうかを改めて確かめる事もできる』

「メインはそっちじゃないのか?」

『どちらにせよ、我々からすれば重要だ。とはいえ、君に干渉する事は基本的にない。あくまで我々が君という存在を中継して様々な事象を見るためのものだ』

「……あまり、期待はするなよ」

 

 デッキを介して、得体の知れない存在が常について回るというのは、中々に背筋が凍る感覚だ。「もうひとりのボク」なんてものじゃない。

 ただ、こちらには拒否権がなさそうだったので、受け入れるほかないのだが。

 

『兎に角、今ここで確実に言えるのは、当面の間は人類を攻撃するつもりはないという事だ』

「当面の間、ね」

『君という存在を知った事で、同じような人が他にもいるかもしれない。そうした可能性を基に、我々は人の罪を観続ける』

 

 俺の不安を見透かしたかのように、黄色い輝きを宿すエニアクラフトが続けた。

 エニアクラフトは人類への攻撃を中止したとはいえ、それが一時のものとしたら。いずれまた、エニアクラフトが人類は駆逐すべきと判断を下したら、その時俺はまた戦わなければならないだろう。だけどエニアクラフトは、少なくともそうするつもりはないらしい。

 

「ウィズダムはどうするんだ?」

 

 脇に控える銀髪の男を見る。彼は黙ったままだったが、俺に水を向けられると肩を竦める。ウィズダムの処遇は、彼自身もどうなるか分からないようだ

 するとエニアクラフトが紫色の輝きに変わる。

 

『彼は本来、エグザムの使い道を所有者に知らせるために我々が生み出した使者だ。エグザムを使った実験が終わった今、その役目は終わる』

 

 それはつまり、ウィズダムにも死が訪れるという事だろう。彼は人ではないから、「死」というのは少し違うかもしれない。機械的な用語を使えば「廃棄処分」か。

 ウィズダムは最初は敵だったし、今も正直味方とは思えない。けれど、デュエルを通して一度は通じ合えたからこそ、そんな彼の存在が消されるというのは少し思うところがある。

 

『だが、我々の方針が変わった以上、このまま破棄するのも非効率的だ』

「……?」

 

 緑色の輝きに変わったエニアクラフトの言葉に、視線を上げる。

 

『我々のカードを君に託して世界を見るのと同じように、ウィズダムにも世界を見てもらう。バトレアスとは違う視点で、人が罪を重ねた結果である世界を見て、人がどのようなものかを観測する』

 

 もう一度ウィズダムを見ると、彼はエニアクラフトに対して頭を下げていた。人ならざるものである以上、その行動にはどのような意味があるのかは測れない。

 だけどウィズダムは、このまま生きられるようだ。世界を旅して、様々な世界を見て、エニアクラフトのデータ収集をより高精度にこなすために。エニアクラフトが機械生命体であるからこそ、目的は非常に非人間的だが、それでも変わり始めているという事実に嬉しさもある。

 

『そしてこれも、最早用を成さない』

 

 さらに、エニアクラフトの前に5枚のカードが現れる。それぞれが淡い輝きを放っているのは、エグザムだ。

 しかしそれらは、一斉に罅割れ、粉々に砕け散る。その欠片も、地面に舞い落ちるまでに全て消えてなくなっていく。

 

「エグザムを……破壊したのか?」

『君たちはこれを隔離するつもりでいたようだが、この方が確実だろう?』

「……そうだな」

 

 元々、俺たちドレミコードは、当初はエグザムを誰にも触れられない場所に保管するつもりだった。しかし、存在そのものを破壊した方が、もしも誰かが見つけてしまう可能性もなくなるからいいのかもしれない。

 

『今後は、君とウィズダムを通して、人の世界を知るとしよう』

 

 予想ではない、確実な変化。

 エグザムを捨て、争いの種を振り撒くのをやめた。人の事を少しでも信じようという、エニアクラフトなりのけじめのつけ方だ。

 

「……エニアクラフト」

 

 そんな彼に……彼らに通じるかは分からないが、俺はひとつだけ言っておきたい。

 

「ありがとう。俺を……いや、俺たちを信じてくれて」

 

 俺とのデュエルを経て、エニアクラフトは考えを改めてくれた。

 デュエルの結果を正当に受け入れて、約束を守ってくれた。

 それに対する、礼の気持ちだ。

 

『……つくづく、君は我々の知るような人類ではないな』

 

 エニアクラフトの内部が虹色に輝く。そして困惑するようにそう告げて、エニアクラフトは静かに消えて行った。

 やがて、青い異空間は灰色へと戻っていく。

 

「では、行こうか」

 

 そこでウィズダムが前に出て、手で反対側を指し示す。その先には、いつの間にか光のゲートが開いていた。

 

「創造主は変わった」

 

 ウィズダムが話し出す。エニアクラフトがついさっきまでいた場所を見ながら、

 

「あの方は、さっきのデュエルが終わったら、結果の如何に関わらず私を処分するつもりだった」

「……」

「しかしながら、君を通して創造主も変化した。君と、君の仲間たちを見て、心というものへの理解を数段階深めたからだろう」

 

 そして、とウィズダムは俺に視線を戻す。

 

「結果として、私はこのままでいられる。存在を消される事は覚悟していたし、怖かったわけでもない。だが、こうなったのも君のおかげだ。感謝する」

「お礼なんて。そんなつもりはなかったし」

 

 似たようなやりとりを前にした覚えがある。ウィズダムも思い当たる節があるのか、小さく笑った。

 

「私は創造主の命に従い、様々な世界を見て回ろうと思う。だから、いずれまた会う事になるかもしれないな」

 

 まるで再会を期待しているような物言いだが、俺的にはトラブルを避けるためにも、できる限り控えたい。

 しかし、それを面と向かって言えるほど、俺の面の皮は厚くない。

 

「……人に迷惑をかけたり、余計なトラブルを起こすのはやめろよ。それさえ守ってくれれば、俺としては構わない」

「そうだな、それは念頭に置くとしよう」

 

 その返事を聞いたところで、俺はゲートに足を向ける。

 ウィズダムが新しい生き方を見つけたのなら、後はこの先の平穏を祈るだけだ。

 俺には帰るべき場所があるし、やり残した事もある。ここで時間を浪費している場合ではない。

 

「達者でな、バトレアス」

 

 最後に聞こえた言葉には答えず、片手を挙げるだけに留め、ゲートを潜る。

 

 その先で。

 

「……おかえりなさい」

 

 ドレミコードの全員が、俺を待ってくれていた。

 そんな皆を前にして、さらに一番前に立っていたクーリアの姿を認識して、身体から力が抜けてしまい、前のめりにクーリアの胸に倒れ込んでしまう。

 

「っ……」

「大丈夫?」

「今回も、無理をしたみたいですね……」

 

 だけど、クーリアは心配そうに声をかけてくれるだけで、嫌がる様子はない。声からしてキューティアも近くにいるようだ。逆に、こういう事をしたらからかうエンジェリアや、苦言を呈すドリーミアは、俺がボロボロなのを見て茶化す場合ではないと思ったらしく、何も言ってこなかった。

 そして俺は、ほとんど直に感じるクーリアの温もりや肌の柔らかさ、甘い香りを前にして、心が静かに優しく解きほぐされるのが自分で分かる。さらに、さっきのデュエルで受けた心と身体への痛み、《グランドレミコード・ファンタジア》を使ったリスクが、一気に俺の身体を支配しにかかってきた。

 

「……すみません。ちょっと……疲れて、しまって……」

「いいのよ」

 

 どんどん眠気が強まってくる。こんな体勢のままではいけないと分かっていても、身体が言う事を聞かない。

 そんな俺を、クーリアは突き放したりせず、むしろ優しく抱きしめて、さらには頭を撫でてくれた。

 

「お疲れ様。今はゆっくり、休んで」

 

 多分、きっと、クーリアは俺が一番好きな優しい笑顔をしているのだろう。

 そう感じてやまない声で言い聞かせられ、俺の意識はあっけなく落ちた。

 

◆ ◇ ◇

 

 ふとした瞬間に、目が覚めた。

 そこはドレミ界の屋敷、俺の部屋。

 それを認識すると同時に感じるのは、何某かの体温と寝息。さらには確実に自分の体からは発しないであろう香り。

 

「すぅ……すぅ……」

「……いつの間に」

 

 視線を下に移せば、どういう事かプリモアが同じ布団で眠っていた。それも添い寝などではなく、抱き枕みたいにしがみつくレベルだ。

 

 意識が無くなる直前、最後に覚えているのはクーリアの胸に倒れ込んだところだ。だから多分、俺を布団まで運んで寝かせてくれたのはクーリアだろう。それで、その後プリモアが潜り込んできて、一緒に寝たというところか。普通、布団に誰かが入ってくれば嫌でも気づくものだが、それさえできないほど俺も参っていたらしい。

 

 ただ、時計を見ればもう7時半に差し掛かろうとしたところ。あれから何日経ったのかは知らないが、寝坊記録を更新してしまっている。しかし、起きなければと思っても、プリモアに身体の左半分を固められて動けず、その安らかな寝顔と姿を見ると、無理に起こすのも可哀想に思う。

 やむを得ず、天井を見上げる事にした。

 

(大丈夫みたいだな)

 

 手足に力を込めてみるが、異常はない。どこかに痛みがあったりもしない。何分、意識を失う直前には、もう起きているのがつらいほどの疲労と痛みに侵されていたのだ。起きても何らかのダメージが残っているかもしれないと覚悟していたのだが、その心配は不要だった。

 そこで部屋のドアがノックも手短に開く。

 

「……おはよう」

 

 入ってきたのは、クーリアだ。その手には、料理と思しきものが載ったトレーがある。

 

「気分はどう?」

「ええ、問題ないです……」

 

 プリモアには悪いと思いつつ、身体を起こす。身体に関しては、本当に何の支障もない。

 それより、寝坊だけならいざ知らず、朝食まで持たせてしまった。それはあまりにも申し訳ない。

 

「大丈夫よ。皆ちゃんと、あなたがどういう状態かを分かってる。休んでいて」

「……すみません」

 

 俺が焦るのを理解したのか、クーリアは優しい口調で俺を制する。

 

「……あれから何日経ったんです?」

「1日だけよ」

「……1日?」

 

 ヴァーディクトの時と違うとは言え、あのデュエルで受けたダメージは一晩だけで完治するとは考えられない。思わず聞き返してしまう。

 だがクーリアは、嘘をついている風ではない。トレーを机の上に置き、ベッドの側に膝をついて、まだ眠っているプリモアの髪を撫でる。

 

「昨日あなたが意識を失った後、この子があなたの側に駆け寄ってね。あなたの状態があまり良くない、ってつらそうに言ったのよ」

「……」

「プリモアは、ドレミコードの力を強く宿してる。だから、こうしてあなたのそばにずっといる事で、あなたの回復を促したみたい」

 

 思い出すのは、ミカエルとのデュエルだ。

 あの時は、エグザムである《神光の龍(エンライトメント・ドラグーン)》の直接攻撃を背中に浴び、俺は本当に死にかけた。だが、プリモアの力を感じると共に、その痛みが和らいだ。だからプリモアには、ドレミコードの仲間限定で傷や痛みを癒す力があるのかもしれない。

 

「つまりあなたは……今回も無茶をしたって事よね」

「……まぁ、そんな感じです」

 

 クーリアが悲しい笑顔を浮かべた。罰が悪くて視線を逸らしてしまう。

 だけど、クーリアは俺の顔に右手を添えると、微笑んだ。

 

「ありがとう……私たちの下へ帰ってきてくれて」

 

 その笑顔は、今の俺には攻撃力が高すぎる。

 つられて笑い、さらには涙腺まで緩んでしまう。

 

「あふ……おはようございます……」

「おはようございます、プリモア様」

 

 そして、そんな俺とクーリアのやり取りで目を覚ましたらしいプリモアが、のっそりと起き上がる。

 相手の見た目年齢が幼いおかげで、寝床で甘い香りを嗅いだり、人肌のぬくもりや柔らかさを感じても、全く持って劣情が湧かない。クーリア相手だったら話は別だが。

 プリモアは俺の声を聞いたところで、寝ぼけ眼を擦りながら俺を見る。そして、すぐに完全覚醒したらしく、眼の色を変えた。

 

「バトレアスさん、大丈夫ですか……っ?」

「この通り、心配には及びません」

 

 髪をそっと撫でて、視線を合わせる。

 

「ありがとうございます。あなたのおかげで、元気になりました」

 

 さっきのクーリアの話や、俺自身の経験もあり、本当にプリモアのおかげで体調は回復した。それに、昨日のデュエルでもプリモアには助けられている。

 それらをひっくるめてお礼を伝えると、プリモアが今度は胸に抱きついてくる。

 

「……よかった」

 

 胸の中での小さな呟きを聞き、心が温かくなる。

 そこでクーリアが、「それじゃ」と場を切り替えた。

 

「朝ごはん、食べられるかしら?」

「はい。すみません、用意してもらっちゃって」

「気にしなくて大丈夫よ」

 

 そこでようやく、朝食のメニューが明らかになった。

 トレイに乗っていたのは3人分。味噌汁、おにぎり、そして卵焼きだった。

 

「……完全に和食ですね」

「嫌だった?」

「とんでもない」

 

 ドレミ界での食事は洋食がほとんどだ。朝からこんな日本的な食事を目にする機会は、それこそ小夜丸をここに留めていた時以来である。昨日の死闘による緊張感を、身体の奥底から湧き上がってきた安心感が上書きしてきた。

 

「頑張ってくれた貴方を労ってあげようと思って」

「……ありがとうございます」

 

 ベッドに身体を腰かけ、さらにプリモアが隣に座る。クーリアは俺の部屋備え付けの椅子に座り、3人だけで朝食となった。

 

「おにぎり美味しいです~」

「よかったわ。バトレアスは?」

「とても、美味しいです」

 

 クーリアが握ってくれたらしいおにぎりだが、味付けは塩と海苔だけのシンプルなもの。だけどそのおかげで、すきっ腹に負担がかからない優しさを感じる。

 

「味噌汁は、小夜丸さんから?」

「ええ。まだ不慣れだけど……」

「いえ、十分美味しいです」

 

 味噌汁の具はニンジンと玉ねぎ。味付けは申し分ない。きっと、小夜丸に教えてもらってからも密かに練習していたのだろう。その努力を考えると、微笑ましくなる。

 

「卵焼き、甘めでいいですね」

「これなら、私何個でも食べられちゃいます!」

「ふふ、それならよかった」

 

 卵焼きの味付けについてこだわりは元々なかったが、甘めの味付けの卵焼きも絶品だ。プリモアの言うように、何個でもイケる。和食のラインナップも含め、微笑むクーリアを見ると割烹着姿を幻視してしまいそうだ。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様」

 

 両手を合わせ、作ってくれたクーリアに感謝する。温かくて、控えめな量であり、かつ懐かしさを覚える献立で大分心が安らいだ。プリモアも全て料理を平らげて、クーリアに頭を下げていた。

 そしてそこで、図ったようにドアがノックされる。

 

「失礼するわね」

 

 入ってきたのはミューゼシア。自然と姿勢を正すが、ミューゼシアは手で楽にするように言ってきた。そして、席を譲ったクーリアには目礼を残し、椅子に座ると俺の前に向かい合った。

 

「元気そうでよかったわ」

「はい。ゆっくり休ませていただいたのと、クーリア様の朝食のおかげです」

 

 忖度のない答えを返すと、ミューゼシアの後ろに立つクーリアの笑みが深まったのを捉えられた。

 

「まずは、本当にお疲れ様。昨日は言う暇もなかったから」

「ありがとうございます」

 

 ミューゼシアに頭を下げられる。大天使にそこまでされると畏れ多いのだが、ひとまずその感謝の気持ちはありがたく受け取っておく。

 

「……昨日何が起こったのかは、何となくだけど分かる」

「え?」

「私たちがあなたのカードに力を込めて、つながりのようなものが生まれたからでしょうね」

 

 告げられたミューゼシアの言葉に、喉が詰まる。

 理屈は分かる。昨日のデュエルで俺が使った「ドレミコード」のカードは、全員が力を注ぎ込んだもの。デュエル中でも意思疎通ができたから、当人たちにそれが伝わっていてもおかしくはない。

 であれば。

 

「……申し訳ございません。昨日は何度も皆さんを危険に晒してしまって」

 

 俺が不甲斐ないばかりに、「ドレミコード」のカードをエニアクラフトに破壊されたり、俺が酷使したりしてしまった。ビューティアからは割り切れと言われていても、やはり当人たちと繋がっていたと知れば、罪悪感が一瞬で爆発する。

 その上、今この場にいるクーリア、ミューゼシア、プリモアは、あのデュエルで何度もフィールドに呼びだしていた。だからこそ、なおさら身体が申し訳なさで圧縮されるような感覚に見舞われる。

 

「そこについては大丈夫。デュエルだもの、そうするのは仕方がないわ」

「ええ。それに、あそこにはあなたしか行けなくて、あなたしか戦えなかった。であれば私たちも、あなたの下で戦う事でしか力になれなかったからこそ、デュエルで傷つくの事なんて何ともない」

 

 クーリアとミューゼシアに諭される。

 さらに、隣に座っていたプリモアも、俺の右手をぎゅっと握ってくれた。その灰色の瞳と、その中に宿る四葉のクローバーのような光は、優しさを醸し出している。

 俺の中の後悔や慚愧の気持ちは晴れないが、それでも気持ちは幾分楽になった。

 

「だけど聞かせてほしい。あの時、あの場所で、『創造主』と何を話し、何があったのか」

 

 デュエルで何が起きたのかはおおむね理解しているが、その前後で創造主がどういう話をしたのかは知らないらしい。ミューゼシアに問われ、俺は全てを話した。

 エグザムの創造主は「エニアクラフト」。彼らは機械であり、遥か昔から人々の「罪」を観測し続けていた事。人との歩み寄りを検討していたが、ヴァーディクトの侵攻によってその考えを改め、エグザムを使った大規模な試験を実施した。

 エグザムの持つ力とその恩恵を前に、人はどう行動するか。その結果、人はエニアクラフトが期待するような動きをしなかった事で、殲滅という判断を下したのだ。

 

「それをあなたは、デュエルで止めたと」

「そうなります」

 

 確認するようなクーリアの手には、デッキがある。

 それはまさに、俺がエニアクラフトとのデュエルで勝利し、今後も検証を続けるのと、俺に対する信用の証として渡された【糾罪巧】デッキだ。

 

「まさか、全てが機械の仕業だったとは……」

「機械というか……自我を持ったコンピューター、AIとも言いますかね」

 

 自我を持ったAIと聞くと、思い出すのはVRAINSに出てくる「イグニス」。ただ、エニアクラフトは彼らほど感情豊かには感じなかった。具体的に何が違うのかについては、俺にも断言はできない。

 

「エグザムが破壊されたのなら、もう安心ですね」

「……とりあえず、今のところは」

 

 一息つくプリモアに頷きつつ、考える。

 確かにエグザムは破壊された。もう今までのような騒動は起こらないだろう。

 そしてエニアクラフトは、人類を攻撃するつもりはないらしい。だが、それはあくまでも「当面の間」。そしてこうしている今も、エニアクラフトは俺たちが捉えられない次元から、様々な人を見ているのだろう。

 また、俺が受け取ったそのデッキも、エニアクラフトが俺を通して人をもっと深く知るために託してきた。なら、今この場での会話も、何もかも知られているに違いない。

 だったら、隠し事はできなかった。

 

「クーリア様、ミューゼシア様」

 

 2人に声を掛ける。

 これから話す事は、ずっと考えていた事だ。

 

「エニアクラフトは、人の罪を観測していると言いました。そして俺は、その『罪』とは人の心の弱さからくるものでもある、と説きましたが……」

「……そうね。それは間違いではないと思う」

 

 デッキを机に戻したクーリアが、自分の腕を押さえながら答える。それがなぜ、など今更言うまでもないし、俺はクーリアを責めるつもりなど微塵もない。

 

「俺もまた、その心の弱さから犯した過ちがあります。それを清算したい」

 

 机に置かれたデッキを見る。

 

「無論、『それ』を忘れるつもりはありませんでした。けれどこうして、エニアクラフトの存在をすぐそばで感じると、そうしなければとより強く思うようになったんです」

 

 クーリアとミューゼシアは何も言わない。

 そして、俺が何の事を言っていて、何をするつもりなのかも理解しているらしい。

 

「プリモア様」

 

 すぐ隣で、黙って話を聞いているだけだったプリモアの髪に手を置き、安心させるように笑いかける。

 だけど、俺がどうするつもりかは分かるらしく、寂しそうな顔をしていた。

 

「……少しの間、俺はここを離れます」

 

◇ ◆ ◇

 

 S-Forceがエグザムを失ってから4日。

 驚いた事に、エグザムに関する犯罪やトラブルは、突然ぱったりと止んだ。

 

(一件落着、ってわけでもないだろうが)

 

 テータは嘆息しながら廊下を歩く。

 エグザムを全て回収するために、バトレアスとのデュエルでエグザムを使ったテータは、負けて気を失ってから2日間、ベッドから動けなかった。そのエグザムを使った時の記憶も穴あきだが、居合わせていたプラ=ティナ曰く「二度と見たくないような変わりぶり」だったという。

 そう話すプラ=ティナの、悲しみに悲しみを塗りたくったような顔を思い浮かべると、テータ自身の胸も引き裂かれるような気分になる。だからもう、似たような事が起きても同じ事はしないとその場で誓っていた。

 そして今日。職場復帰したテータの初仕事は、複雑なものだ。

 

「入るぞ」

 

 断りを入れてドアを開けたのは、取調室。部屋の至る箇所にセンサーが埋め込まれ、監視カメラと録音装置で中の様子は常時モニターされる。さらに壁にはマジックミラーがかけられ、その奥で職員が何人も直接部屋の様子を見ている事だろう。

 その部屋に先にいたのは、警備員が2人。

 そして、バトレアスた。

 

「……どうも」

「ああ」

「エグザムの影響は、大丈夫でしたか?」

「丸2日休んだおかげで何とかな」

 

 顔を見て早々、テータの事を心配してきた。

 そんな彼の手には手錠が嵌められている。最初に彼がここへ来た時もそうだったが、あの時は2人きりになってからすぐテータが手錠を外した。しかし今回は状況が違うため、それは外せない。

 警備員には席を外すように伝え、テータはバトレアスの正面に座る。

 

「……」

 

 バトレアスの表情を確かめるが、不安とか焦りとか、そんな感情は見えない。むしろ、ここへ来る事、これから下下される結論に対して覚悟を決めているのが分かる。意志が固そうな感じだ。

 それを見てテータは、一度瞬きをしてからタブレット端末を起ち上げる。

 

「話を聞こうか。まずは、マスカレーナと逃走した事について」

 

 

 

 S-Forceの動きが沈静化したのを、マスカレーナはネットワーク上で確認した。

 治安維持組織が意図的にセキュリティレベルを落とすとは考えられない。となれば、そうせざるを得ない事情というものがあるのだろう。

 そして先日目の当たりにした、熾烈なデュエルとその結果。さらにエグザム関連のトラブルやいざこざが全く見られなくなったのを思うに、どうやらバトレアスが上手くやったようだ。

 

「ひとまず、安心かなぁ」

 

 ゲーミング用の椅子に深く腰掛け、エナジードリンクを飲みつつ独り言つ。

 S-Forceがエグザムの力を利用してからは、あちらに察知されないよう水面下で大人しく行動していた。唯一の例外としては、バトレアスたちとS-Forceの取引の場に赴いた事ぐらいだ。無論、あれもしっかりとできる限りのプロテクトと隠蔽を仕掛けて出向いたのだが、エグザムの力を少々侮っていた。

 あの時は割と真剣に身の振り方を考えたが、バトレアスや、あの場に突然現れたウィズダムとかいう男のおかげで助かった。あの日以来、表に出る事はなかったが、これからはそこまで神経過敏にならなくてもよさそうだ。

 

「……バトレアスさんも真面目ですねぇ」

 

 その言葉は、パソコンの隅に表示されているウィンドウを見てのもの。そこにはネットニュースの映像が流れており、多次元手配されていたバトレアスがS-Forceに出頭したという内容だ。

 彼にかかっていた容疑は消えていない。マスカレーナ同様、彼も手配されていた身だ。それをバトレアスは忘れていないようだったし、それでも自首したという事は、やるべき事を全て終えたからだろう。

 誰にも探知されない場所にいるなら、そのまま雲隠れしていればいいのに。そう思ってしまうのは、マスカレーナがそこまでお人よしではないからだ。

 しかしバトレアスの事は、初めて会った時からお人よしで真面目だと思っていた。何せ、面識のないマスカレーナの分のラーメンまで奢ってくれたのだから。それ以降、節々にそれっぽい性格が滲んでいた。

 

「……神の加護を」

 

 パソコンの画面にグラスを掲げ、エナジードリンクを飲み干す。

 腐れ縁と呼ぶに相応しいバトレアスには、S-Forceがエグザムを全て手にして全次元を監視・支配するという、マスカレーナにとっては最悪のシナリオを防いでくれた事に恩義がある。

 かといって、彼が脱獄できるようにする義理まではない。リスクが高すぎるし、彼とのデュエルに負けた結果、ミューゼシアから貰った報酬の3分の1をキスキルとリィラに取られてしまったのだ。

 何より彼は、仮にマスカレーナがそんな事をしても絶対に拒むだろう。

 なので、彼の無事と、可能な限りの早い解放を願う。

 その時、Eメールに着信が来た。

 

「おっとっと……?」

 

 空になったグラスを机に置き、画面を注視する。

 新しい仕事だ。

 

 

 

 昼間というだけでは説明がつかないほど、明るくて、光に満ちた世界。

 様々な形状の石造りの建物が並ぶ街の一角に、ひと際巨大な建造物がある。そこはこの世界において、正義を執行する軍団「ライトロード」が集って会議や裁判などを行うための場所だ。時には、巨悪を滅するために、最大戦力である《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》を呼び寄せる儀式を行う事もある。

 だが、それ以外の事が無ければ、基本は無人だ。

 

「……そうか。彼はそうしたか」

 

 静かな領域で、ライトロードの創始者であるミカエルは、天井を見上げて呟く。

 ライトロードの軍勢は、救いを求める弱き者の声に応じて次元を超えて出陣する。そのためには、その声を聞くための、あるいはそう言った人々を見つけるための耳目が必要だ。それは人だったり物だったり色々だが、それらを基にライトロードは他の世界の情報をある程度集められる。

 だから、自分たちがエグザムに汚染された結果殺してしまいそうになったバトレアスが、S-Forceという治安維持組織に自分から出向いたという情報を得られた。

 

――自分にできる事は全て、やれるだけやりたい。それが最善でなかったとしても……自分で選んだ結果からは決して逃げません

 

 ドレミ界で少しだけ話をした時、バトレアスはそう言った。

 どうやら彼は、自分の言葉通り、自らの罪・過ちから逃げなかったようだ。

 

「ミカエル様」

 

 不意に後ろから声を掛けられ、振り向く。

 ミネルバが錫杖を携えてそこにいた。肩にはいつものように、白いフクロウが留まっている。

 

「どうした?」

「ケルビムが『揺らぎ』を感知したと」

「……そうか」

 

 「揺らぎ」とはすなわち、救いを求めるような声があったという事だ。どれほどのものかはまだ定かではないが、仲間の感覚は無視できない。

 

「ならば行こう」

「はい」

 

 ミカエルは立ち上がり、剣を携えてミネルバと共に外へ向かう。

 助けを求める人々の命を、少しでも多く救うために。

 そして、バトレアスたちドレミコードにエグザムを託した事を、ないがしろにしないために。

 

 

 

 その世界を構成するもののほとんどが暗く、鬱蒼とし、重苦しい空気に包まれた冥界。

 そこに聳える御殿の広間で、くつくつという笑い声が響く。

 

「何とも、あやつは『バカ』が付くほど真面目な男よのう」

 

 冥界に棲む神・クルヌギアス。馬鹿にしているとも、安心しているとも取れる彼女のその評価は、バトレアスに対してのものだ。

 クルヌギアス自身の力が宿った《閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)》のカードを、バトレアスには持たせている。それを通して、バトレアスやその周りに何が起きているのかは、クルヌギアスも大凡把握している。

 最近(あくまで神の感覚だが)この冥界に現れた、奇妙な白紙のカード。あれがエグザムと呼ばれる代物で、それは神を気取って人の罪を糾すなどという使命の下で動いていたエニアクラフトなる存在が生み出したものである事も、クルヌギアスは把握した。さらにバトレアスが、自分の罪を清算するために、S-Forceへ自首したのもまた知っている。

 

(思えば汝は、最初に会った時からそうじゃったな)

 

 皿に盛られたりんごを手に取り、手の中でくるくると回す。

 最初というのは、クーリアの奏でる旋律が歪になった時。ドレミ界へ邪魔した際に、バトレアスはその身を挺してクーリアを守ろうとした。それは、彼のクーリアに対する忠誠心と真面目さに他あるまい。

 

(まぁ、だからこそ、妾も興味を持ったが)

 

 りんごを齧る。甘い味が口いっぱいに広がった。

 バトレアスの度胸と忠誠心を買ってデュエルをし、結果として清々しい負け方をした。そして、神性存在特有の悩みと言える「退屈」を払拭し、「楽しみ」という感情を与えてくれた事への礼として、自分のカードをバトレアスに分け与えた。

 そうした経緯と、バトレアスの性格を前から知っていたからこそ、自首という決断はクルヌギアスが()()()()()()の結果と言える。

 

「貴様はずっと変わらんようで、妾は嬉しいぞ、バトレアス」

 

 さらにりんごを齧り、クルヌギアスは微笑む。

 その言葉の真意を知るものは、ここには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が書く絵本には、不思議な力がある。

 まことしやかにそう囁かれるようになったのは、少し前からだ。

 小さい頃からおとぎ話が好きで、それから読書が趣味になり、ついには「作家」を志した。理由としては、自分も物語が書きたいと思うようになり、さらに欲を言えば、読んでいる人を楽しい気持ちにさせたいと考え始めたからだ。

 

 そうして「作家」となり、書き上げた絵本は嬉しい事にそれなりに高い評価を得ている。

 そんな風に評価してくれる人がいる中で、ひと際感銘を受けたという少女が、執筆で何かと忙しい「作家」のお手伝いをするようになった。

 その「お手伝い」は、作家が書いた絵本を児童養護施設の子供たちに読み聞かせる事も多い。その読み聞かせを聞いた子供たちは不思議な事に、元気になったり、病気が快復したりと、常にプラスの方向に事態が変わる。

 だからいつからか、「絵本に不思議な力がある」と評されるようになったのだ。その時系列で言えば、恐らくはその「お手伝い」の方が不思議な力を持っているのではないかな、と「作家」は思った。

 

 だが、そんな「お手伝い」と暮らし始めて少し経ったある日の事。

 絵本を読み聞かせても、気持ちが晴れないという子供に出会った。

 そういうケースが初めてなわけではない。今までも、「作家」が書いた本や、「お手伝い」の読み聞かせがどこか気に入らなくて、いい反応を貰えなかった事は山ほどある。だけどその子は、そういうのとはまた違うベクトルのようだ。いくら話しかけても、物語を聞いても、苦しそうにしていた。

 知り合いの「魔工技師」に少しだけその子を診てもらったところ、どうにも精神的な部分に病を抱いているらしい。その病は、魔術師の力をもってすれば回復は容易いが、まだ幼い、身体が成熟していない子供の心にそう言った魔術や秘薬を使うのは危険と言われた。「作家」も「お手伝い」も、それは同意見だった

 それでも、「作家」と「お手伝い」は、その子をどうにか助けたいと思った。

 しかし、自分たちが書いて絵本を読み聞かせるだけではどうにもならず、魔法や薬も使えない。

 そんな歯痒い現実に足止めを喰らっていた時。

 

 どこからか、優しいバイオリンの音色が聞こえた。

 

 音の出所は分からない。たまに自分の周りを漂っているような妖精の仕業ではなかった。

 そしてその音は、あるメッセージを孕んでいるのが、音楽方面にはあまり詳しくない自分にも理解できた。

 

 助けを求めているのなら、我々は必ずや力になる、と。

 

 その「メッセージ」に一縷の望みをかけて、手紙を書き、「示された手順」を実行して、その2日後。

 部屋の戸がノックされた。八割の不安と、二割の期待を胸に抱きつつ、その扉を開く。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 扉を開けた先にいたのは、チョコレート色をベースにしたドレスを着る女性。薄いピンク色の髪を靡かせるその姿は、自分たちと住む世界が文字通り違うと思わせる出で立ちだ。事実、彼女たちは事前にただの人間ではない事を知らされている。

 そして、スーツを着る黒髪の男が、その女性の脇に控えていた。彼も見た目は人間と同じだが、やはり感じる雰囲気が違う。どころか、ともすればその女性よりも謎の存在感を主張している。

 

「ええと、あなたたちが確か……『ドレミコード』だったかな」

「はい。私は本日貴女様のご依頼に応じて馳せ参じました、クーリアと申します」

 

 薄桃色の髪の女性は、名乗ると恭しく頭を下げる。その振る舞いは洗練されていて、素人が二日三日で身につけられるものではないだろう。

 

「そちらの彼は?」

 

 挨拶を受け入れてさらに問うと、クーリアと名乗った女性は脇に控えた男に視線を送る。

 それに応じた男は前に出てきて、腰に手を当てて礼儀正しく頭を下げると。

 

「自分はドレミコードの皆様に仕えております、従者のバトレアスと申します。以後、お見知りおきを」

 

 柔和な、けれど意思と力の籠った笑顔を浮かべて、挨拶をしてきた。

 

 

 

 2人は「ドレミコード」と呼ばれる天使。

 遍く世界の「淀み」を払うため、人知れず「浄化」の旋律を奏でているという。




これにてドレミ界転生第二部は完結となります。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
途中、デュエル再構成や、筆者のメンタル不調などで長くかかってしまいましたが、最後までお付き合いいたいた事に最大級の謝意を表します。

第一部は同じ転生者が敵でしたが、今回の敵はデュエルモンスターの糾罪巧でした。
糾罪巧は情報が公開された当初、外見、機械族統一、さらに相手の行動に反応して動くというコンセプトから興味を抱き、登場させたいと思った次第です。
お楽しみいただけたようであれば幸いです。

さて、次回以降ですが、完全不定期投稿になる見込みです。
また、第一部ではヴァーディクト、第二部では糾罪巧と、黒幕とそれが起こす事件を解決するために主人公サイドが奔走するスタイルでしたが、今後はデュエルを交えつつ精霊界の日常を主に主人公視点で描く予定です。
書ききれなかったネタや、回収したいフラグ、新たに追加されたカードなどのほか、開催していたアンケートも参考にしたいと思います。
また投稿する機会がありましたら、応援していただけると幸いでございます。


重ねて書きますが、ここまでご覧いただきありがとうございました。
それではまたお会いしましょう。

次のうち、この作品で、デュエル外の登場人物として見てみたいのは?

  • 魔術師
  • コード・トーカー
  • ARG☆S
  • ウィッチクラフト
  • 閃刀姫
  • 霊使い
  • 勇者トークン一行
  • 推しがいないんですが……
  • 全部書いて
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