ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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どうも、ご無沙汰しております。
ちまちま書いている間にマスカレーナと小夜丸が動いて喋ったり、書こうとしていたテーマに新規が来たり、S-Forceで内部分裂が起こってしまったりと、色々ありましたが続編を上げていきたいと思います。

さて、言っていることがコロコロ変わり申し訳ありませんが、この作品の着地点について考えた結果、やはりストーリーを通した方が良いと思い、第三部まで書くことといたしました。
さしあたり、まずは第二部の後のあれこれについてちゃんと書きたいと思い、二・五部を投稿いたします。
日常とは言いづらくなってしまい申し訳なく思いますが、お楽しみいただければ幸いでございます。



第二・五部
第81話:天使族裁判


 開かれた光のゲートの先にあったのは、薄暗く長い廊下だった。床も壁も天井も石造りで、壁には火が灯った蝋燭が等間隔についている。だが、その明かりを見て抱く印象は、不気味さだった。

 そんな廊下を、いつもより遅めな歩調で歩く。ここに来るのが初めてではないらしいミューゼシアは、俺の半歩前を歩いている。俺と違い、その足取りには迷いがない。

 

「……最後にもう一度、言っておく」

 

 歩きながら、振り返らずに、ミューゼシアが話しかけてくる。

 

「ここでは嘘や誤魔化し、言い訳は通用しない。まぁ、あなたがそんなことをこんな場所で言うとは思わないけれど……」

「……」

「あなたは正直に、自分の考えと気持ちを告げればいい」

 

 ミューゼシアが振り返った。

 笑顔はない。不安や恐怖を捨て去って、覚悟を決めた顔をしている。

 

「お咎めが無ければそれでよし。だけどそうでなければ……良くて天界の追放、最悪の場合は処刑。それは覚悟しておいて」

「……分かりました」

 

 穏やかではない物言いだが、ここに来るまでの間に俺はそれを理解し、覚悟していた。逃げられない以上、覚悟を決める以外に道がなかったのもあるが。

 

「それと一番重要なこと」

「?」

「何があろうと、私はあなたの味方よ」

 

 最後にミューゼシアが優しく笑う。

 それで俺も、少しだけだが緊張感が薄れた。

 

「さて……」

 

 やがて、廊下の突き当りに辿り着く。年季の入った木製の、観音開きの扉があった。

 ミューゼシアが一息入れてからそれを開けると、薄暗い廊下に一筋の光が差し込む。扉がより広く開けられると、それだけ光の量と明るさは増していき、やがてその先にあった空間が明らかになった。

 

「ッ……!」

 

 騒がしいとか、人がすし詰め状態とか、そんな雰囲気はない。

 そこは、テレビで何度も見たことがある議事堂のような場所。円形の空間を取り囲む木製の机が階段状に何段も重なり、およそ100人程度の人がそれぞれスペースに余裕をもって座っている。ひとりひとりの顔は、こちらからだと距離があって識別できない。

 

 そんな空間を見上げる。

 席に着く誰もが、黙っていた。

 けれど、視線やプレッシャー、只の人間には感知できない微量な謎の力を、全方位からくまなく感じる。

 この空間で、これだけ多くの人から放たれるそれらに晒されては、気持ちを落ち着かせることなどできやしない。身体の内側で五臓六腑が震えている。普通の人間だったら、もうこの時点で倒れているのではないだろうか。

 

『両手を』

 

 無感情な声と共に、目の前に一組の男女が姿を見せた。しかし2人は人の形をしているだけで、頭の天辺からつま先まで全て真っ白、顔すらない。

 体形でしか男女の区別ができないその2人の内、男の方が俺に両手を出すよう指示してきた。力なく、両手を差し出すと、手首に木製の手枷が嵌められる。

 そして男は、その手枷を掴んで歩くように促してきた。隣にいたミューゼシアはその場に佇み、黙って俺を見守る。彼女には手枷などが嵌められなくて安心したものの、俺が立たされたのは、弧を描く木製の柵の前だ。

 そこに立つと、今度は白い女が俺の足首に足枷を嵌める。それは棘付きの鉄球と鎖でつながれていて、簡単には逃げ出せない。

 改めて、今の自分には自由などないのを痛感する。

 

「本日は各々多忙の中、このような場にお集まりいただき、感謝を申し上げます」

 

 視線の先に、ひとりの女が姿を見せた。

 獣のような耳が頭から伸び、長い薄水色の髪を靡かせる女性。狩人のような装束に身を包み、背中に矢筒を背負っている。戦乙女、という印象の見た目だ。

 《召命の神弓-アポロウーサ》。前世で遊戯王をプレイしていれば、誰もが知っていると言って差し支えない、強力な天使族モンスターだ。

 そんな彼女は、席に着く100人近い人たちを見上げて挨拶をした後、俺の方を振り返る。ライトグリーンの美しい瞳は、鋭さを持っていた。

 

「それではこれより――」

 

 俺から視線を外したアポロウーサは、再び空間を見上げて。

 

「ドレミコードに属する天使・バトレアスの裁判を執り行います」

 

* * *

 

 事の発端は2週間前。

 糾罪巧(エニアクラフト)との戦いから3か月ほど経ったある日だ。

 

「……?」

 

 ドレミコードの皆を「浄化」に送り出し、自分に課した雑務をひとつずつこなしていたところで、気配を感じた。

 俺がドレミコードになってからというもの、得体の知れない邪悪な存在や、本来はドレミ界にいるはずのない存在の気配を感知できるようになった。しかし今のところ、それを感知して嬉しい出来事などが起きた前例はない。

 それでも放っておけないため、不安を抱きながらも玄関へ向かう。

 しかし、ちょうど玄関扉を開けようとする直前で、扉がノックされた。そんな礼儀正しくこの世界にやってくる存在は初めてなので、また違った緊張を感じる。

 それでも、一応は客人を待たせるわけにもいかないので、心に多少の痛みやショックの覚悟をさせつつも扉を開けた。

 

「初めまして、バトレアスさん」

 

 扉の先にいたのは、デュエルモンスターのアポロウーサだった。その姿は、前世のマスターデュエルで(うんざりするほど)見たため、一目で分かる。

 だが、ただ盤上で見るだけでは絶対に感じられないようなオーラを、全身から醸し出していた。その美貌は伊達ではないらしい。

 いや、それよりもなぜアポロウーサがここに……ドレミ界にいるのか。しかも初対面で、なぜ俺のことを知っているのか。

 

「……あなたは――」

「アポロウーサ様!?」

 

 それを聞こうとしたら、後ろからひどく焦ったような声が割り込む。正体は休養日で屋敷にいたビューティアとすぐに分かったが、彼女はアポロウーサの前、俺の横に駆けつけてすぐに跪く。さらに俺の袖を引っ張り、同じ姿勢を取るよう暗に訴えかけてきたので、俺も膝をついた。

 そんなビューティアの焦りようと態度からして、アポロウーサはどうやらこの精霊界でかなりの上位存在らしい。

 

「失礼いたしました、本日はどういったご用件で?」

「少々、あなた方にお伝えしたいことがありまして」

「承知いたしました、どうぞ中へ。バトレアスさん、お茶を用意して」

「ただちに」

 

 ビューティアの指示を受け、俺は急いで厨房へ向かい、手早く、けれど丁寧に紅茶を準備する事にした。

 

 紅茶ができるまでの間、考える。

 アポロウーサがここへ来たのは、そういう予定があったわけでもないだろう。ビューティアの焦りようからしてそれは分かるし、それならミューゼシアやクーリアが事前に共有するはずだ。

 では、何の用があって彼女はここへ来たのか。

 見るからに、アポロウーサは天使族の中でかなりの立場だ。そうなれば、そんな人が持ってくる用件など、また大きなトラブルの種としか思えない。エニアクラフトやヴァーディクトのようなことは、もうこれっきりであってほしかったのだが。

 

 用事の内容は全く想像もつかないが、いい話が聞けないのは確定事項だろう。

 憂鬱な気持ちになりながら、出来上がった紅茶を食堂へ運ぶ。アポロウーサとビューティアは、向かい合って座っていた。

 

「お待たせいたしました」

「お気遣い感謝いたします」

 

 アポロウーサの前に紅茶を差し出す。言葉遣いだけは柔らかいが、何となく厳しい感じがした。そして、さっきはオーラを感じるだけだったが、改めて間近で見ると威圧感が凄まじい。本人にそのつもりはないのだろうが、いるだけでこんな重圧を感じさせるのは、流石リンク4の強力な天使族と言えるだろう。

 嫌だなあ、怖いなあ、と考えつつビューティアにも紅茶を差し出し、その後ろに控えようとしたところで。

 

「バトレアスさん、あなたも座ってちょうだい」

 

 ビューティアに着席を促された。

 普段からにこやかで、微笑みを絶やさないビューティア。しかし今は、いつもの糸目は変わらないものの、余裕がなさそうに見える。さっきの焦りようもさることながら、やはりアポロウーサの来訪に困惑しているようだ。

 仕方なく、俺はビューティアの隣に座る。アポロウーサは紅茶を一口だけ飲むと、俺に視線を向けた。

 

「ビューティアには既に話しましたが……今回私は、貴方に用がありここへ来ました」

「え?」

 

 嫌な話だと予想していたが、俺に用とは考えなかった。出だしから、話の流れが予想できなくなってしまう。

 

「……一体、どのようなご用件で」

「そうですね。まずは、どこから話したものか……」

 

 目を閉じ、考えをまとめようとするアポロウーサ。頭から生える耳がぴこぴこ揺れていた。

 

「……まず、ミューゼシアからあなたのことは伺っています。我々の知覚する世界の遥か外側から転生してきた人間だと」

 

 アポロウーサはミューゼシアとも知り合いらしい。

 そしてどうやら、俺の知らない場所でミューゼシアは俺のことをアポロウーサに共有していたようだ。グランドレミコードを統治する天使のミューゼシアなら、自分の世界に現れたイレギュラーな存在を、天使族全体の上司(と仮定する)に報告しないわけもないだろう。それ自体は今初めて聞いたが、苛立ちなんかは特にない。

 

「そしてあなたは、天使と同一化し、『エニアクラフト』と呼ばれる人智を超越した存在との戦いを制したとも、伺っております」

「……はい」

「その後のことで、少々問題がありました」

 

 問題、と聞いて身体が固くなる。

 思い当たる節があった。

 

「エニアクラフトとの戦いから3か月。あなたは、どこで何をしていましたか?」

 

 個人的につらい質問の仕方だ。

 だけど、アポロウーサほどの存在を前に、軽快なジョークを飛ばせるほどの心を俺は持っていない。

 

「……S-Force(セキュリティ・フォース)という治安維持組織に、拘留されていました」

 

 

 エニアクラフトが生み出した「エグザム」。莫大なエネルギー資源としての価値を持ち、人を狂わせる、エニアクラフトが人の真価を確かめるために創り出したカード。

 それを巡る戦いの中で、俺はサイバース世界の運び屋《I:P マスカレーナ》と一時的に手を組んだ。そして、S-Forceが手配している彼女と行動を共にし、トラブルを招いたとして、俺は多次元手配をかけられた。

 

 そして、エグザムを巡る全ての戦いが終わった後、俺はS-Forceに自首した。それが3か月前だ。

 そこで行われたのは、主に尋問。マスカレーナとのファースト・コンタクトから始まり、エニアクラフトの使者・ウィズダムとのデュエルで崩壊した街の一角での出来事、そして俺自身に関する情報。それらについてを、一切合切聞かれた。

 

 ドレミコードの情報は、如何なる方法でもドレミ界の外で共有できない。だからこそ、俺への尋問は、分析官にして同じ転生者のテータだけでなく、司令官のジャスティファイや上官のラプスウェル、プラ=ティナと言った面々の同席の下行われた。その上、多種多様なセンサーと、嘘発見器まで持ちだされ、そんな尋問で受けた威圧感は凄まじいものだった。

 

 そして尋問や取り調べのない間は、デッキをはじめとした所持品を全て没収され、「何もするな」と言われ3畳程度の部屋に閉じ込められていた。時計と布団とトイレ以外何もない、何かを考える以外何もできない苦行と言うべきその時間は、思い出すだけで胸の奥が悲鳴を上げる。あの時程、ドレミ界での生活が恋しくなったことはないし、マスカレーナが「扱いはハード」と言っていたのが脅かしではなかったのも痛感した。

 

 そんな、あらゆる尋問と調査を受けた結果、危険性がないと判断された俺は解放された。

 そしてS-Forceを去る間際、ラプスウェルからこう言われている。

 

『エグザムに関する一連の事態の収束に貢献したことを加味した結果だ。それが無ければ、君のムショ入りは確実だったぞ』

 

 その言葉を噛みしめて、俺はドレミ界に戻った。直後にはクーリアに骨が折れそうになるほどの強さで抱きしめられ、夜はベッドで泥のように眠りに就いた記憶がある。

 

 

 

 

「そうですか、S-Forceに」

 

 俺の答えを聞いて、アポロウーサは何か不満そうに呟く。

 天使族のアポロウーサからすれば、S-Forceは下界の存在。そんな連中に自ら捕まりに行ったのが気に食わないのだろうか。いや、話の切り出し方からして、アポロウーサもそれは把握しているはずだ。

 

「私が問題視しているのは、天使であるあなたが、人間であるS-Forceに罪を問われたことです」

 

 テーブルの腕で手を組むアポロウーサは、じっと俺から視線を逸らさない。

 

「人間同士、天使同士であればなんら問題はありません。ですが、あなたのようなケースとなれば話は別です。文字通り、人間と天使は住む世界が違うのですから」

「……」

「自分が起こした過ちを清算するという、あなたの考えは正常と言えましょう。しかしながら、天使族全体でこの件は改めて考えなければならない」

「そんな……」

 

 ビューティアが、落胆するように声を零した。アポロウーサはそちらに視線を少しだけ向けてから、焦点を俺に合わせ直す。

 

「あなたは、天使でありながら天界の外で騒動を起こした。その件についても、詳しく糾さなければなりません」

 

 ウィズダムとのデュエルで、街の一角が破壊されたことか。それはウィズダム自身が全て元通りにしたが、あの時のことがきっかけで、俺を取り巻く環境はごちゃごちゃになってしまった。

 やはり、全部なかったことになんてできていないのだ。

 

「本当なら、あの時すぐにそうすべきでしたが……エグザムによる混乱と消耗がありました。故に、事態が落ち着くまでそうしないでいたのです」

「……なるほど」

 

 あの時、過失的に小夜丸がドレミ界に来てしまっていた。その状況でアポロウーサが来たりしたら、余計事態はこじれていたかもしれない。

 そして最後の戦いの後、俺は眠りについてしまったし、回復した後はエニアクラフトの監視を意識して、すぐにS-Forceに出向いた。全てが落ち着くまで、アポロウーサは待っていたわけだ。

 

「……彼は、どうなるんですか?」

「さしあたり、私を含めた天使族で裁判を実施します」

 

 ビューティアが恐れつつ聞くと、穏やかでない答えを返された。

 「裁判」という言葉は、もちろん知っている。俺の知らないところでそれは日々行われていると、理解もしていた。だけど、その当事者になるのは初めてだし、何より天使がそうするとなれば大事だろう。

 

「詳細については、こちらを。ミューゼシアに必ず渡してください」

 

 アポロウーサはそう告げながら、紐で丸められた羊皮紙みたいなものをテーブルに置く。多分、俺やビューティアは中を見られないだろう。

 

「……承知いたしました」

 

 ビューティアがゆっくりとその羊皮紙を手に取る。その動きで、彼女も動揺しているのは分かった。俺など言うまでもない。

 

「では、今日のところはこれで。次お会いするのは、『当日』になるかと」

 

 そうして席を立つアポロウーサを、俺とビューティアで屋敷の外まで見送る。

 だが俺は、アポロウーサが光と共に姿を消すまでの間、頭の中が真っ白だった。

 

* * *

 

「――と、このように。被告は天使族でありながら、それに悖る行いをした。それについての是非を、今ここで問いましょう」

 

 アポロウーサの言葉に、広々とした円形の空間が静寂に包まる。

 挨拶の後、アポロウーサはまずバトレアスがどういう存在で、どんな問題を起こしたのかを簡単に説明した。それを聞きつつ、ここに集まった天使たちは、バトレアスについての詳細な情報が記された資料を読んでいたのは分かる。

 資料を作ったのは、他でもないミューゼシア自身。2週間前にアポロウーサが来訪し、応対したビューティアとバトレアスから話を聞いて、渡された羊皮紙の指示に従い作ったものだ。私情を挟まず、彼の来歴を可能な限り記している。

 

「では、何か質問がある方は?」

 

 アポロウーサが空間に向けて問うと。

 

『ドレミ界の外から転生したって?』

 

 声がすぐ近くで響いた。

 ミューゼシア自身も以前やった風に、ARのようなディスプレイがバトレアスの前に現れる。映っているのは、あずき色のユニフォームを着てサンバイザーを被る、スポーティな格好で白く長い髪の女性。《ルイ・キューピット》だ。

 

『どんな世界から来たの?』

 

 画面の中からルイ・キューピットが問いかける。席に座ったまま質問するには遠すぎるから、こうして会話をするのだ。

 

「それは――」

「我々天使族でも観測できないほど、遥か外側にある世界です。干渉することもできません」

 

 バトレアスが答えようとしたが、ミューゼシアが先に答えてそれを制する。彼には悪いが、名指しされない限り質問にはミューゼシアが答える、と言うお達しがあったからだ。今のバトレアスには、基本的に発言権がない。

 

『ということは……彼は、S-Forceとかがある世界とはまた別の世界から来た、ってことで合ってるかな』

「その認識で、問題ございません」

 

 ミューゼシアの説明に、ルイ・キューピットは納得したように頷いて画面が消える。

 

『ヴァーディクトと戦ったとあるが?』

 

 次に質問をしてきたのは、白い翼を背に生やし、ライトグリーンの兜をつける男の天使。《大天使ゼラート》だった。

 

『アレはどうなった?』

「消えました。ドレミ界に襲撃してきたかの者とバトレアスがデュエルをし、結果としてバトレアスが勝ったのですが、勝負が決した直後に彼の存在は消された、と聞いています」

『……まるで自分はその場にいなかったように言うのだな』

「恥ずかしながら、私を含めたドレミコードは、ヴァーディクトの手で意識を奪われていたものでして。その時戦えたのも、彼の最後を目にしたのも、バトレアスひとりです」

 

 ゼラートの言い方からして、彼もまたヴァーディクト、あるいはその手下に会ったことがあるらしい。

 

「しかしその時以来、ヴァーディクトや彼が使役する黒い鎧の男の情報は一切途絶えました。理由は定かではありませんが、消滅したと見てよいでしょう」

 

 推測も含めた説明に、ゼラートはしばらく考え込むように黙ったが、やがて画面が消えた。

 だが、すぐさま別の画面が現れる。青をベースとしたドレスに身を包む、水色の大きな瞳が特徴の女性。クリーム色の長髪を手で払いながら顔を見せたのは、《トリックスター・ホーリーエンジェル》だ。

 

『ヴァーディクトとの戦いの後、瀕死になったバトレアスをドレミコードに変えた、とここにはありますが』

「はい。彼を喪うことは、私も、私の仲間も受け入れがたかった故に」

『人間を天使に変えることがどれだけ罪深いか、一天使族の長である貴女も理解はしていたはずでは?』

「重々、承知の上でした」

 

 答えるミューゼシア自身、あの時のことを思い出すと悔しくなる。バトレアスをドレミコードに変えたのはクーリアだが、そうさせてしまった原因は自分にもある。

 自分がもっと強ければ。ヴァーディクトを自分で止めていれば、バトレアスは人間をやめなくてもよかったのかもしれないのだ。彼の強さを信じてドレミ界に戻した結果、彼に大きな負担を強いた。これは、ミューゼシアもずっと抱えている罪の意識だ。

 

『……そうですか』

 

 ホーリーエンジェルは、わずかに間を置いて画面を消す。ミューゼシアの表情で、何を思っているのか理解したのかもしれない。

 しかし、さっきのミューゼシアの答えは、この場でのミューゼシアの信憑性や信頼性を判断するものとなるだろう。

 

『では、この「エグザム」というものは?』

 

 別方向に画面が現れた。そこに映っているのは、長く白い髪の男。わずかに金色の翼と白い鎧が見える。《始祖の守護者ティラス》だ。

 

「エニアクラフトと呼ばれる、神性存在とは異なる上位存在によって生み出されたカードです。エネルギー資源として価値が高く、持つ者の心を刺激して歪め、争うことを強要させる危険な代物でした」

『今はどこにある?』

「彼がエニアクラフトと直に戦い、返還し、あちらが破壊したのを確認しております」

 

 ミューゼシアも、バトレアスの経歴についての資料を作成する際に、ここは突かれるだろうと思った箇所についてはすぐ対処できるよう対策をしていた。極力、バトレアスに負担がかからないように。

 思えば、エグザムというものも、ヴァーディクトがエニアクラフトのいる世界を襲撃したことがきっかけで生まれたものだ。何から何まで、ヴァーディクトの身勝手な振る舞いの結果が全てドレミ界、バトレアスに寄せられていると思うと、嘆かわしいの一言に尽きる。

 

『それではバトレアス、君に聞こう』

 

 ミューゼシアの答えを聞いたティラスは、明確にバトレアスの名を呼んで問いかけた。こうなっては口を挟めない。

 バトレアスは唇を真一文字に絞って、ティラスが映る画面を見る。

 

『そのエグザムが、大いに価値あるものだと君は知っていたのか?』

「はい」

『では、そんなカードを1枚でも手にした時、それを利用しようとは考えなかったのか?』

 

 それはバトレアスの人間性を確かめる質問。

 エグザム1枚だけでも、換金すれば凡人は死ぬまで遊んで暮らせる。そうでなくても、あらゆる用途で使用可能な力を持つ。およそ何でもできると言っていい、神に匹敵する所業も容易く成せる。それはバトレアスもよく理解しているだろう。

 そんな、いわば誘惑の塊を手にして、気の迷いは生じなかったのか。

 

「考えませんでした」

 

 バトレアスは、即座に答えた。

 思った通りだ。

 

『それはなぜだ?』

「一個人が持つには大きすぎる力です。何より……それに狂わされ、傷つくケースを何度も目にしましたから。自分自身も、大切な人も傷ついて、苦しんだのを見て、使おうとは思えませんでした」

 

 寂しげに笑うバトレアス。

 彼はその答えを、意志を曲げたことは一度もなかった。ただ一度だけ、ウィズダムとのデュエルで挫けかけたが、それを止めたのはクーリアとの思い出という。

 その「思い出」さえも、バトレアス自身の過ちに起因するもの。そこにもエグザムは絡んでいたし、あの時のクーリアの心の叫びを聞いたからこそ、彼自身は後悔している。

 渦中のクーリアとバトレアスは、お互い心身が傷ついた。そんな表情をしてしまうのも無理はないし、だからこそ2人の間にある絆は弱くない。

 やがてティラスは、バトレアスの答えに納得したのか、画面を消した。

 

『特記事項のこれは何ですか?』

 

 厳しめ、というか侮るような声と共に、新しい画面がまた現れる。水色の肌に青い装束を纏う、紺色の髪の女性。結晶のような眼を持つ彼女は、《氷天禍チルブレイン》だ。

 

『冥府の神・クルヌギアスと友好関係にある? 流石に何かの間違いかと――』

『何も間違ってはいないぞ』

 

 割り込んで入ってきた声は、また別方向から聞こえたもの。

 出所は、バトレアスの所持品をまとめてある、少し離れた場所に据えられた机。そこに置かれたひとつのデッキから黒い煙が噴き出し、バトレアスの下へ流れていく。そんな瘴気とも表すべき煙は、やがてひとりの女性を象った。

 貴婦人のような装いで統一され、いるだけで威圧感と重厚感を放つ、クルヌギアスその人に。

 

『『『『!!!』』』』

 

 一瞬で空間が殺気立つ。ここに集った天使たちが、一斉に戦闘態勢に入ったのだ。

 無理もない。神性存在が、冥府にいるはずの神が突然現れた。接する機会があったミューゼシアやバトレアスは別として、誰も動揺しないはずがない。そして黙視などできるわけもない。

 

『ごきげんよう、天使族の諸々』

 

 そんな空間を見上げたクルヌギアスは、愉しそうな表情で気さくに挨拶をした。敵意などないと言いたげに朗らかな調子で、反対にチルブレインは愕然としている。

 

「……クルヌギアス様」

 

 アポロウーサが話しかけるが、声には硬さが混じっていた。流石のアポロウーサも、突然のクルヌギアス顕現には動揺せずにいられないらしい。

 

「『間違ってはいない』とは、どういうことですか」

『言葉の通りじゃが?』

「では、貴女様とバトレアスは……」

 

 アポロウーサがバトレアスを見る。彼は目を閉じて、わずかに首を前に傾いでいた。まだ発言権がないから。

 そしてクルヌギアスは。

 

『まあ、友好関係というのは大袈裟かもしれんな。砕いて言えば、友人じゃ』

『ゆう、じん……?』

 

 言葉を覚えたばかりのインコみたく、チルブレインが言葉を繰り返す。

 そんなチルブレインの隣に、さっき質問をしたティラスが映る画面が再び現れた。

 

『では、クルヌギアス様はどのようにしてここにいらしたので……? 友人だからという理由だけでは、説明がつかないと思いますが』

『こやつには妾の力を宿したカードを渡してある。それを介して姿を映しておるだけ、本体の妾は今も冥府におるよ』

 

 クルヌギアスが指さしたのはバトレアスのデッキ。そこにあるカードの1枚を、慎重にアポロウーサが手に取る。そしてそれを、周りに分かるように掲げた。それはまさに、《閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)》のカードだ。

 

『あなたの力を分け与えたというのであれば、それは「契約」にあたるのではないでしょうか?』

 

 割り込んで質問が飛んでくる。メタリックピンクの長い髪と、白と金の衣服が特徴的な男の天使は《夢魔境の天魔-ネイロス》だ。

 そしてその質問に、クルヌギアスは人差し指を立てて横に振る。

 

『それは違う。こやつと妾の間に主従関係はない。そも、こやつが忠義を誓っているのはドレミコード。妾ではないからの』

『ではなぜ、彼はあなたの力を宿したカードを? 単に友人と言うだけであれば、カードを渡す必要もないと思いますが』

 

 ネイロスの言葉は、神の力が宿るカードをバトレアスが持つのが気に食わないようにも聞こえた。何となく悪意的なものが滲んでいると感じる。

 そして、ミューゼシアがそれを察せるなら、クルヌギアスが気づかないはずもない。

 

『親しい友人に贈り物を渡すのがおかしいと?』

 

 クルヌギアスの答えに、明らかな棘が混じった。

 びり、と空気が恐怖するのを肌で感じる。

 

『妾は神だが、それゆえに長命でもある。故に、退屈という感情を常日頃から感じていた。貴様らにも分からなくはなかろう?』

 

 試すようにクルヌギアスが問いかける。誰も反論はしてこない。

 

『経緯は省くが、妾はこのバトレアスとデュエルをし、負けた』

『神を負かした……?』

『ああ。それが中々面白くて、新鮮での。久方ぶりに、心の底から「楽しい」と思えた。その気持ちをおもいださせてくれた礼も込めて、カードを渡したのよ』

 

 ネイロスが聞き返しても適当にあしらい、くつくつと笑うクルヌギアス。

 

『そのデュエルも、ドレミコードの主を危険に晒すまいと自らが申し出たもの。こやつの忠誠心と真面目さは、妾が保証してやってもいいぞ?』

 

 ふん、とクルヌギアスは厭味ったらしくない笑顔でバトレアスを見る。神のその言葉は中々に説得力がある言葉だし、ミューゼシアもバトレアスのその辺りは信用していた。

 それに、話によれば、バトレアスが最初にエグザムを手にしたのは、クルヌギアに代わって屍迷人という存在とデュエルをした結果だ。クルヌギアスを助けたという意味でも、バトレアスは彼女の好感度を稼いだことになる。バトレアス本人にその意識はないだろうが、彼の行いは間違いなどではなかった。

 

『さて、妾のカードをこやつが持っている理由と、特記事項とやらについて、説明はしたつもりじゃが』

 

 異論はあるか? とクルヌギアスが目で問いかけると、アポロウーサは目を閉じる。通信していたチルブレイン、ティラス、ネイロスの画面も消えた。

 そして満足げに、クルヌギアスは姿を消す。どうやら、バトレアスと友好的な関係であることを伝えるためだけに姿を見せたようだ。

 

「……ほかに、質問したい方は」

 

 アポロウーサが空間へと質問を投げかける。

 

『これは、バトレアス本人へお聞きしたい』

 

 そんな前置きと共に、また画面が現れた。これまで話をしたものとは一線を画す、暗めのカラーリングの異形の天使は《黒智天至(ヘルヴィダム)イリスフィール》。

 

『君は、都市の世界でS-Forceという組織から逃げだしたとここにあるが……なぜ、逃げ出した?』

「……得体の知れない存在とのデュエルで大きな被害がもたらされ、立て続けに自分の理解が追いつかないことが起きて……パニックになっていました」

 

 その時のバトレアスを取り巻く状況は複雑だった。エグザムの何たるかを力づくで示され、多次元手配されていると告げられて、接点がなかったはずの《I∶P マスカレーナ》に助けられて。

 そんな状況で最適解を一瞬で見つけ出して選べ、というのは難しいだろう。

 しかし、バトレアスがその時選んだ結果が、ミューゼシアも見てきたエグザムを巡る戦いだ。

 イリスフィールが確かめたいのは、バトレアスがどういう人となりで、逃げ出したのは悪意的なものかどうか、というところだろう。

 

「そして……ドレミコードの皆さんとの誓いを、守るためでした」

『誓い?』

「必ず、皆の下へ帰る、と」

 

 イリスフィールは黙った。続けろと、画面越しに無言で促してくる。

 

「エグザムやヴァーディクトとの戦いの中で、俺は何度も傷ついて、皆さんに心配をおかけしました。中には、もう戦わないでほしいと訴えてくる人も、いたんです」

 

 それが誰か、ミューゼシアは分かっている。

 

「だけど俺は、ドレミコードと同じになったとはいえ、根っこは人間です。『浄化』の力を持たず、ここにいる天使の皆さんみたいな高潔な精神なんてものもあるとは言えない。人並みにデュエルができるだけです」

 

 木の柵に、バトレアスは手枷を嵌められた両手を置く。力なく柵を掴むその仕草で、自身が本当に無力であることを嘆いているのはミューゼシアにも見て取れた。

 

「持っているのは戦う力だからこそ、俺は皆のために戦い、心配させないよう生きて皆の下へ帰ることを誓ったんです」

『……』

「けれどあの時は……正常な判断ができず、その時の誓いを破らないということだけを考えてしまい、『逃げる』という恥ずべき選択をしてしまいました」

『……なるほど』

 

 イリスフィールはそれ以上追及はせず、画面を消す。

 そして、新たに誰かが質問をしてくる様子はなかった。再度アポロウーサが空間を見回すが、それ以上の質問はないと判断したらしく、ミューゼシアに顔を向けた。

 

「……ではミューゼシア、あなたの意見を聞きましょう。今回のバトレアスの行いについて」

 

 自分には、バトレアスのように物理的な枷は施されていない。けれど、これだけの天使族に囲まれて発言するというのは中々機会がなかった。

 以前、別の天使族が問題を起こした際には、自分は追及する側にいた。それとは逆だからこそ、視線やら何やらを一身に受けて筋肉が縮こまる。

 

「……確かにアポロウーサ様や皆様の言う通り、今回のバトレアスの行動には、天使族としての自覚が足りなかったと、私も評価せざるを得ません」

 

 一度だけバトレアスの様子を見る。彼は、ミューゼシアの方を向かず、前を見据えている。

 それでいい。

 

「しかしながら、彼は我々と違い、生まれながらに天使であったわけではありません。元々は人間で、その感覚と感性から抜けきることは難しいでしょう。それは彼に限らず、誰であっても困難と思います」

「……」

「そして彼が置かれた状況は混沌としていた。そこで選んだ結果が最善だったかどうかは、私にもわかりません。けれど結果として……エニアクラフトによる人の殲滅という、最悪の結末は避けられました。それはほかでもなく、バトレアスの行動の結果です」

「では、あなたはあの時彼が逃げたのを、肯定するのですか?」

 

 黙っていたアポロウーサが聞き返してくる。不機嫌なのが言葉の節々に感じられた。

 しかし臆せず、ミューゼシアはアポロウーサに視線を返す。

 

「彼は逃げた過程で協力者を得ました。その協力者の力もあり、我々はエグザムを5枚集め、エニアクラフトと直接話をする権利を得たのです」

「その協力者は、別世界において犯罪者という情報もありますが?」

「犯罪者と知り合いになったのは、バトレアスの善意による行動です。悪意的なものは断じてありません。それにそうしなければ、エグザムを全て回収することはできなかった。そして遅かれ早かれ、『最悪の結末』を迎えていたことでしょう」

 

 さらに、とミューゼシアはバトレアスを見る。

 

「彼は既に、それについてS-Forceから罰を受けております。3か月間の拘留という形で」

 

 彼がS-Forceでどのような扱いを受けていたかは既に聞いた。天使であるミューゼシアからしても、随分と酷な話だと思う。バトレアスを謹慎させたことがある身で言うのも何だが。

 

「天使族である彼が、人の世界で騒動を起こし罰せられたことが問題なのは、私も理解しております。けれど、彼が人間から天使となったそもそもの原因は、この世界のリセットを目論んだヴァーディクトを止めたことです」

 

 空気が変わったのを、ミューゼシアは感じ取った。

 けれど言葉は止めないで続ける。

 

「そして今回バトレアスは、そのヴァーディクトの悪行によって起動したエニアクラフトによる、人類の根絶という大事を止めた。それは彼にしかできなかったことであり、彼がいなければ今頃我々は存在しません」

「……」

「何より彼は、機械のエニアクラフトに身をもって『人』が持つ力と可能性を示したことで、信頼を勝ち得てエニアクラフトを変えたのです」

 

 バトレアスの所持品が置かれた机には、彼のデッキが3つある。まずひとつは【ドレミコード】、次に【ヒロイック】、そして【糾罪巧】だ。

 その【糾罪巧】デッキこそが、エニアクラフトがバトレアスを認めた証。この場にエニアクラフトもいれば弁護してくれただろうに、クルヌギアスと違ってそれをしない。バトレアスから聞いた通り、あのデッキ自体に特別な力はないようだ。

 だが、今はエニアクラフトの弁護より、ミューゼシアの言葉が必要とされている。

 

「すでに彼は罰を受けている。そして、彼が精霊界の危機を救ってくれた。これらについては、どうか考慮していただきたい」

 

 そこで言葉を切ると、ミューゼシアは目礼して一歩下がる。自分が言いたかったことは、すべて伝えられた。

 アポロウーサは少しだけ瞳を閉じ、やがてバトレアスを見る。

 

「最後に、あなたの言葉を聞きましょう。バトレアス」

 

 言われたバトレアスは、小さく息を吐いて、顔を上げる。

 

「……俺には確かに、天使としての自覚がなかった。それは否定できません。その結果として、このような混乱と迷惑を招いてしまったことを、深くお詫びいたします」

 

 そしてバトレアスは、頭を深く下げる。

 

「申し訳ございません」

 

 言い訳も何もなく、ただただ、誠心誠意を込めて謝った。

 命乞いなどする男ではないとミューゼシアは思っていたが、余計なことは言わず、詫びることだけを選んだ点は評価したい。

 そしてバトレアスが頭を上げると、アポロウーサは一歩下がる。それは彼女もやるべきことを終えたということ。

 それなら後は――

 

「ではこれより、被告人・バトレアスの処遇を多数決にて決定する」

 

 入れ替わって前に出てきたのは、翼や身体、手にしている錫杖の全てが鈍色で、機械のような見た目の天使だ。《裁きを下す者-ボルテニス》、この手の裁判などでは重要な決定を担うことが多い上級天使だ。

 バトレアスがどうなるか、間もなく決まる。




今回出番は全くありませんでしたが、
二・五部はクーリア成分やや多めです。
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