ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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第82話:転換点

「ではこれより、被告人・バトレアスの処遇を多数決にて決定する」

 

 ボルテニスの言葉に気が引き締まる。

 ここがデュエルモンスターの精霊界であっても、有罪・無罪はデュエルで決まらないらしい。その理屈で行くと、デュエルに強ければどんな罪も悪行も赦されてしまうからだろう。それは流石に末法が極まっているし、俺としてもデュエルでそれを決めるのは複雑だったから、何となくホッとしてしまっている。

 だが、俺の進退はその多数決ですべて決まるのだ。

 

「まず、バトレアスを有罪とすることに賛成の者は、意思表示を」

 

 ボルテニスが、誰も聞き間違えることがないよう、ゆっくりと告げる。

 

「……」

 

 それから少しの間を置いて、俺を見ていたアポロウーサがゆっくりと左手を挙げ、その手に赤い光を宿す。あれが賛成という意味だろう。

 視線を上げ、席に着く天使たちを窺う。アポロウーサと同じように、左手を挙げて赤い光を発している天使が何十人もいた。ざっと見ても、半数前後はいると思う。

 それだけ、俺は裁かれるべきと思っている人がいることに他ならない。

 

「っ……」

 

 手枷を嵌めた両手の中で、汗が滲む。

 清廉潔白なんて自己評価はできないが、こうして目に見える形で自分の行いの善悪を判断されるのは、中々心に来るものがある。

 視線だけをミューゼシアに向ける。彼女は手を挙げていなかった。それが今唯一の安息でもある。

 やがて、この空間を一通り見まわしたボルテニスは頷き、再び俺を見た。

 

「……それでは、バトレアスを無罪放免とすることに賛成の者は、意思表示を」

 

 誰もが左手を下ろし、赤い光が見えなくなる。

 そしてすぐに、誰かが青い光を放った。それを皮切りに、一人また一人と青い光を放ち始める。さらには、その問いを投げかけたボルテニス自身も、挙げた右手に青い光を宿している。

 光の数は、赤い光と同じぐらいだ。細かい差は分からない。

 今一度、ミューゼシアの方を見るが、やはり彼女は手を挙げていなかった。俺の身元保証人とも言えるミューゼシアには、この多数決に参加する権利がないのだろう。

 

「……結構」

 

 ボルテニスが告げると、青い光が全て消える。

 そしてアポロウーサの前に何らかの画面が現れた。それを見たアポロウーサは、ボルテニスと視線を合わせ、小さく頷く。多数決の結果が映っていたのだろう。

 

「それでは、多数決の結果……」

 

 ボルテニスが切り出すと、拳に力が入る。爪が手のひらに食い込み、汗とは違う液体が手に広がっているのが自分でも分かった。

 

 

 

「バトレアスを無罪放免とする」

 

 

 

 空気が、わずかに緩む。

 呆けたような息が洩れた。いつの間にか、呼吸を忘れてしまっていたらしい。

 肺どころか内臓、身体の内側が変に揺れ動き、呼吸が荒くなる。

 

「……バトレアス」

 

 そこへアポロウーサが歩み寄ってくる。その表情はやはり険しかったが。

 

「結果に安心するだけではなりません。そもそも何故、あなたがここに呼ばれたのかを考えて、あなたを罰することを望んだものが少なからずいるということを忘れずに。これから先、使命を全うしてください」

 

 釘を刺され、黙って頷く。

 

「……」

 

 そして俺は、ここにいる全ての天使族に向けて頭を下げた。

 

 

 

 枷を外され、所持品を返してもらってから、俺とミューゼシアは議事堂を後にした。

 

「お疲れ様」

 

 行きと同じ、薄暗い廊下をミューゼシアと並んで歩く。視線を向けてきたミューゼシアの表情には、柔らかさがいくらか戻っていた。

 

「何にせよ、お咎めが小さくてよかったわ」

「……はい」

「それじゃ、帰りましょう」

 

 いつもより優しさが二割ほど増しているように見える。ミューゼシアも緊張していたからだろう。それと、今の俺が大分参っているから、元気づけるためかもしれない。

 そしてミューゼシアは、突き当りに着くとタクトを振り、ゲートを開く。先へ行くよう促されてくぐった先は、見慣れたドレミ界の屋敷の玄関だった。

 

「……バトレアス!」

 

 そして真っ先に俺を出迎えてくれたのは、クーリアだ。

 最初からそこにいたわけではなく、偶然玄関を通りがかったらしい。けれど、俺やミューゼシアを見るなり駆け寄ってくる。

 

「どうだったの? 結果は……」

「大丈夫。アポロウーサ様から忠告はされたけど、無罪よ」

「……そう、でしたか……」

 

 普段はまだ冷静なところがあるクーリアだが、今回ばかりは心配でたまらなかったらしい。エニアクラフトとの戦いから帰ってきた時より感情的だ。

 

「……よかった」

 

 そして俺を見て、涙を滲ませる。

 何かが違えば、俺は二度とここへ戻れなかっただろう。だからこそ、クーリアは安心しているし、俺も戻って来られたことにホッとしている。

 だが。

 

「……ちょっと、すみません」

「え――」

 

 最低限の断りだけ入れて、俺はその場を離れる。

 ひとまずは無罪とされ、住み慣れたドレミ界に戻り、最愛のクーリアを前にして、緊張は完全に解けた。同時に、猛烈なプレッシャーで悲鳴を上げていた身体も限界に達し、胃の中身が食道を逆流し始める。

 だから俺は、最後の砦である喉と口を手で押さえながらトイレに駆け込んだ。

 

◆ ◇

 

 今日という1日、クーリアは気が気でなかった。バトレアスのこれまでの行いの是非が天使族に問われ、最悪の場合は今生の別れになってしまうかもしれなかったのだから。

 

 本当なら、クーリアも一緒にそこへ行きたかったけれど、ミューゼシアはそれを認めてくれなかった。それはクーリアに落ち度があるのではなく、バトレアスに対する想いが強すぎるから。個人の感情に左右されず、公平な判断が求められる裁判の場に相応しくないから、とのことだ。

 バトレアスを大切に思い、失いたくないと考えていたのはミューゼシアも同じだと分かっている。それでもやはり、自分が重要な場に一緒にいられないのが歯痒かった。何せ、エニアクラフトとの最後の戦いの場にさえ、クーリア本人はいなかったのだから。

 だけどバトレアスは、天使族たちからも無罪と判断され、自由の身となったという。

 

 

「……よかった」

 

 食堂で事のあらましをミューゼシアから聞き、クーリアの隣に座るプリモアが胸を撫で下ろす。その言葉に多くの気持ちが籠っていることは、クーリアにも分かった。他のドレミコードたちも、安心したように表情が和らいでいる。

 

「で、バトレアスさんは?」

「今は……ちょっと部屋で休んでる。ちゃんと意識はあるから、そこまで心配しなくて大丈夫よ」

 

 ファンシアの質問にはクーリアが答えた。

 ドレミ界に戻ったバトレアスは、クーリアの顔を見るなり謝罪すると口元を押さえ、トイレの方へと走った。10分ほどで戻ってきたが、ひどく青ざめた顔と、汗を流すその姿で、尋常じゃないレベルのストレスと緊張感に苛まれていたのは一目で理解できた。

 そんなバトレアスを放っておけず、クーリアは彼を部屋に連れて行って休ませたのだ。

 

「すぐに仕事に戻ろうとしていたけどね」

「あいつの真面目も極まれりね……」

「だけど、そう言えるぐらいには大丈夫って意味かしら」

 

 経緯を話すと、ドリーミアが呆れたように、だけど半分嬉しそうに告げる。さらにビューティアも、バトレアスが一応は無事なことを知り、微笑んだ。

 

 あそこまでやつれるのも無理はない。天使族裁判に集まるのは、ほとんどが天使族でも名うての上位存在だ。そんな天使たちが集う空間で糾弾される立場になれば、誰だって精神を摩耗する。ミューゼシアでさえ、帰ってきた当初は額に汗を浮かべていたのだ。元とは言え人間が、そんな場所に数時間放り込まれ、屋敷に戻るまで平静を保てたのは素直にすごい。

 そのバトレアスだが、話した通りすぐに事情説明と仕事をしようとしていた。流石に看過できなかったので、最低でも3時間は休むよう厳命している。どこまでも真面目なのはバトレアスの美徳だが、無理をしていい理由にはならない。

 

「だけど、これで安心だね。一番の不安はなくなったわけだし」

 

 エンジェリアは机に膝をつき、にこにこ笑ってビスケットをつまむ。

 バトレアスが罰せられるか否か。それはアポロウーサが最初にここへ来てから今日まで、ずっとドレミコード全員が気にしていたことだ。

 命をかけて精霊界の危機を救ってもなお、天使族全体としては割り切れなかった、バトレアスが起こした問題。既に3か月S-Forceに拘留され、それで全てが丸く収まったと思っていたから、今回のことはあんまりだと皆が思っていた。

 だからこそ、バトレアスの進退が決まるまでの間、ドレミコードの皆はどこかしら緊張し、落ち着かなかった。それも今日で終わりだからこそ、エンジェリアの緩みきった態度がある。隣に座るエリーティアも、小さく息を吐いていた。

 

「……」

「……ミューゼシア様は、まだ何か心配事が?」

 

 しかし、浮かない表情をミューゼシアがしている。

 それにいち早く気付き、声を掛けたのはキューティアだ。問われたミューゼシアは小さく頷く。

 

「確かに、バトレアスは無罪という形で、この問題は()()()解決した」

「『一応は』?」

「気にすべきは……あの場にいた天使の半数近くが、バトレアスを罰するべきと判断していたこと」

 

 意味ありげな言葉にキューティアが問い返すと、ミューゼシアは厳しい現実を明かす。

 天使族裁判に参加していた天使は、いずれも相応の権威と力を持っている存在。多数決でバトレアスの有罪・無罪は決められたが、結果は反対多数で無罪。だがそれでも、ミューゼシアの目から見て、半分近くが有罪に賛成していたという。

 これに関しては、見ないふりができない。

 

「つまり今後、何かしらの形で、バトレアスに対し干渉があるかもしれない?」

「あってほしいとは思わないけれど……その可能性はなくもないわ」

「そんな……」

 

 察しがいいグレーシアの推測に、ミューゼシアが小さく頷く。プリモアは落胆の声を零した。

 天使族は基本的に高潔な精神の持ち主が多く、上級天使になるとそれは顕著だ。しかし、中には自分の考えが正しいと信じて疑わず、強硬手段を独断で取る天使もいるにはいる。特にバトレアスは元々人間だったから、尚さら気に食わないという天使もいるだろう。

 そういった天使が、バトレアスを攻撃するかもしれない。

 クーリアは無意識に拳を握った。

 

「とはいえ、アポロウーサ様はそういうことはしないよう、他の天使に牽制をしていた。だから、彼を疎ましく思う天使がいたとしても、すぐさまこの世界に来てどうこうすることもないでしょう。もしそんなことをする天使がいたら、今度はそちらが裁かれることになるわ」

 

 ミューゼシアが付け加える。

 クーリアも、まずはアポロウーサや他の天使を信じることにした。そんなことになったら、と考えたくないからなのもあるが。

 

「……でも、バトレアスさんも気にしていますよね。そのことは」

「でしょうね」

 

 テーブルの上で、キューティアが両手の指を不安そうに絡ませている。

 バトレアスも、多数決の成り行きは見ていただろう。言われた通り、裁判では必要以上に口出ししなかったらしいが、決して少なくない天使が自分に罰を望んでいたのを見て、あっさり気持ちを切り替えられるような人ではない。

 だからこそ、今も気にして、苦しんでいる。自惚れなくこのドレミ界で一番バトレアスに近しいクーリアには、断言できた。

 

「そこでひとつ、改めてバトレアスに伝えておきたいことがある」

 

 ミューゼシアが切り出す。話の流れが少し変わった、とクーリアが思っていると、ミューゼシアの視線がこちらに向けられた。

 

「だけど、また彼を苦しめることになるかもしれない」

 

 ミューゼシアは、何をするつもりなのかを話してくれた。

 それは確かに、バトレアスにとってはつらいことだろう。

 けれど、それは知っておくべきことと、クーリアにも理解できてしまった。

 

◇ ◆

 

 洗面所で顔を洗い、タオルで水滴を拭く。常日頃から自分で洗濯しているそれは、フレグランス系の洗剤のいい香りが仄かに混ざっていた。

 

「……はぁ」

 

 しかし、顔を上げて、鏡に映る俺自身の顔が目に入ると、溜息が出た。10段階評価でいいとこ5か6ぐらいの、四半世紀以上見てきた自分の顔。それと少しの間視線がぶつかって、拭きそびれた水滴がシンクに落ちる。

 

「情けねぇ……」

 

 ぼやく。

 3時間ほど前、強烈な吐き気を催してトイレに駆け込み、げっそりした俺を見かねたクーリアに休むよう言われたこと。

 自分の役目も果たせないほど参っていると、周りに悟られてしまったこと。

 裁判沙汰になるほどの問題を俺自身が起こしたこと。

 ミューゼシアに庇われ続け、結果として俺は謝るしかなかったこと。

 

「はぁ……」

 

 シンクに覆いかぶさるようにして、今度は盛大に溜息を吐く。

 あの場でミューゼシアが話した通り、俺はヴァーディクトに勝ち、さらにあいつのせいで間違った方向に進もうとしたエニアクラフトを止めた。

 だけどやはり、こんなことになったのは、俺の心が弱いばかりに誤った選択をしたから。俺のせいだ。

 だからこそ、あの場ではミューゼシアやクルヌギアスに庇われるだけで、最低限の弁明と謝罪しかできなかった自分が嫌になる。

 髪を力強く掴む。もしも、俺という人がもうひとり目の前にいたら、頭を掴んで壁に叩きつけてやりたい。それぐらいに、自分の情けなさに嫌気が差していた。

 

――あなただけが背負わなくていい。あなたが背負うべきものは、私も背負いたい

――もしもあなたが折れそうになったら、どうしようもないほど追い詰められたら……今の私との事を思い出して

 

 ミューゼシアが作り出した、穏やかな空間でクーリアと交わした約束。

 それは忘れていない。忘れるわけがない。その約束があったからこそ、俺はエグザムの《サイバー・エンド・ドラゴン》による精神汚染に屈さなかった。

 だけど。

 

(……ごめん、クーリア)

 

 こればかりは、どうしようもない。

 全て俺自身が招いた結果だ。こんなことをクーリアにも背負わせるなんて、バカバカしいにもほどがある。そんな選択をするぐらいなら、自分一人で苦しみ続けたほうがよっぽどマシだ。

 

――あなたを罰することを望んだものが少なからずいるということを忘れずに

 

「……分かってるよ」

 

 頭の中で蘇ったアポロウーサの言葉に、独り言を返す。

 ちょうどそこで、洗面所のドアが開いた。

 

「ああ、ここにいたのね」

 

 開けたのはミューゼシア。俺を見て、安心したように顔を綻ばせる。

 それを見て、すぐに自省を切り上げて従者としてのあるべき意識と姿勢に戻す。だが、顔を洗ったばかりなので、身だしなみは少し整っていなかった。

 

「申し訳ございません。身なりがまだ整っておらず」

「気にしなくて大丈夫。それより……」

 

 ゆっくりと、ミューゼシアが俺の顔に両手を伸ばしてきた。そして、まるで果物でも手にするように、両頬に手を添える。

 

「……うん、顔色はさっきよりずっとよくなったわね。気分はどう?」

「……もう大丈夫です」

 

 自分の弱さに嫌になっていたが、それを差し引けば調子は戻ってきている。

 だから「大丈夫」と答えると、ミューゼシアは本当に安心したように笑顔を深めた。

 胸がちくりと痛む。

 

「……あの、ミューゼシア様」

「?」

「さっきは、ありがとうございます。そして、こんなことに巻き込んでしまって、申し訳ありません」

 

 そして、肝心のお礼と謝罪がまだだった。それを伝えると、ミューゼシアは俺の顔から手を離し、わずかに頷いて。

 

「バトレアス、体調はよくなった?」

「ええ、それは」

「だったら……【ドレミコード】のデッキとディスクを用意してもらえるかしら?」

「?」

 

 精霊界でこの手の指示は、デュエルの前触れと理解している。

 ただ、説教は覚悟していたが、なぜ今デュエルをするのだろう。ミューゼシアは意味なくそんなことをする人ではないから、もしかしたら俺に見切りをつけて、ドレミ界からの追放を賭けたデュエルでもするつもりだろうか。

 兎に角、まずは言われた通り自分の部屋に戻ってデッキとデュエルディスクを用意する。

 それからミューゼシアは、普段ドレミコードの皆が「浄化」へ向かう際に使うホールへ俺を連れて行き、そこでゲートを開く。

 

 ゲートのの先にあったのはミューゼシアが「編曲」の際に使用する空間だ。

 ドレミ界以上に幻想的なここに来るのは、クーリアにグランドレミコードの素質があるか確かめるために、ミューゼシアがデュエルを行った時ぶりだ。

 そして、俺がドレミ界に置いていい存在かを確かめるために、俺とミューゼシアがデュエルをした場所でもある。

 

「まずは改めて、裁判お疲れ様」

 

 ゲートが閉じると、ミューゼシアは俺の前に立つ。

 前と違い、椅子は用意されない。デュエルディスクもあることだし、単に話をするために招いたわけではないだろう。

 

「あなたが罰せられなくて、私も安心した」

「……」

「アポロウーサ様は厳しい方だけれど、ひとまずはあなたをある程度認めてくれた。だから、よしとしましょう」

 

 裁判で無罪となったから、もうそこまで気にしなくていいのだと、ミューゼシアは俺に伝えたいのだろう。

 

「……ですが」

 

 それでも、不躾に思われるだろうが、口を挟ませてもらう。

 あの場に一緒にいたミューゼシアには、言っておきたかった。

 

「俺に罰を与えるべきだという天使も、あの場には半数近くいたと思います」

「……そうね」

 

 アポロウーサは、あの時の多数決の結果にああだこうだとケチをつけず、俺を解放してくれた。

 だけど、その時告げられた言葉は忘れられない。この先一生、忘れることはないであろう重みがあった。何より、忘れてはならないと思う言葉と時間だった。

 

「だから――」

「刑を免れた事実を素直に受け止められない、と?」

 

 さらに言葉を上書きしたミューゼシアの表情は、険しかった。

 目の前にいるのはグランドレミコード、大天使だ。仲間に向けるものではない威圧感というものを隠そうとせず、俺をじっと見据えている。

 けれど、ミューゼシアの言った通りだ。両手を挙げて無罪を喜ぶなど、俺には到底できない。

 

「……アポロウーサ様は、仰ったわね。あなたに使命を全うするように、と」

「……はい」

「私もそう思っている。あなたには、自分の使命を果たしてほしい。だけど、今のあなたには足りないものもある」

 

 そこでミューゼシアは、左腕を構える。わずかな光が灯ったかと思えば、ベリー色のデュエルディスクが現れていた

 

「それを、デュエルを通してあなたに伝える」

 

 俺にデュエルの準備をさせたのは、そのためか。

 

「時には、単なる言葉だけでは響かない、意味の実感が持てないものもある。だからこそ、デュエルをしてもらいたいのよ」

 

 その言い分は分かる。しかし、デュエルなら実感が湧くとなれば、何らかの苦痛を伴うような気がしてならない。

 だけど、ミューゼシアの伝えたいことが何にせよ、無視はできない。俺にとってのミューゼシアとは、頼れるドレミコードの上司にして仲間だ。

 

「分かりました」

 

 少なくとも、俺を追放なりなんなりするつもりではなさそうだ。それに少しだけ安心しつつも、デュエルディスクを腕に嵌める。そしてデッキをセットすると、自動でシャッフルされ、五線譜を模した盤面が展開された。

 

「「デュエル!」」

 

バトレアス LP4000

VS

ミューゼシア LP4000

 

「先攻は私よ。永続魔法《パーシアスの神域》を発動!」

 

 先手を取ったミューゼシアがそれを発動すると、景色が変わる。澄んだ青空が頭上に広がり、聖域を守る戦士を象った石像が出現した。

 

「このカードはフィールド及び墓地で《天空の聖域》として扱われ、フィールドの天使族モンスターの攻撃力・守備力を300アップさせる。さらに、フィールドにセットされた魔法・罠カードは効果対象にならず、効果では破壊されない」

 

 その効果は覚えている。何せ、初めてミューゼシアとデュエルをした時も、同じカードを使われたのだ。そしてその後は、《大天使クリスティア》を呼ばれ厳しい戦いを強いられたが……

 

「私はモンスターを守備表示でセット。そしてカードを2枚伏せて、ターンエンドよ」

 

 ミューゼシアは守りを固めただけだった。

 だが、ミューゼシアは強かで、時に激しい攻撃で戦意を砕きにかかる。実際に戦い、クーリアとのデュエルも観てそう理解していた。そして今回は、デュエルで伝えたいことがあるというのだから、俺も心してかからなければ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札に視線を落とす。一応は攻勢に出られるが、【ドレミコード】としてはあまりいい手札と言いづらかった。

 

「《ドドレミコード・キューティア》を召喚!」

 

 まずはこのデッキのキーであるドレミコードの天使を呼び寄せる。妖精体がハーモニカを奏で、場の空気を明るくさせた。さらに「ドレミコード」は全て天使族のため、《パーシアスの神域》の恩恵も受けられる。

 

ドドレミコード・キューティア

ATK100→400 レベル1

 

「キューティアを召喚した時、デッキから他の『ドレミコード』ペンデュラムモンスターを1体手札に加える。俺は《レドレミコード・ドリーミア》を手札に加える」

 

 キューティアがこちらを振り向き微笑みかけるのを見て、俺はデッキからカードを選んで手札に加える。

 

 エニアクラフトとの戦いを前に、俺のカードにはドレミコードの皆の力が注ぎこまれた。

 しかし、あのデュエルが苛烈だったからか、時間が経ったからか、それとも別の理由か、今はその力をほとんど感じない。それでもデュエルをするには問題ないし、寂しいからまた力を注いでほしいなどとは頼めないので、そのままにしてある。

 さらに、あの戦いの後で、クーリアから借りていたカードは全て返却している。それから少しデッキを調整し、試行錯誤を繰り返しているところだった。

 

「スケール3の《ラドレミコード・エンジェリア》をペンデュラムゾーンにセッティング!」

 

 右側のペンデュラムゾーンにそのカードを置くと、光の柱と共にエンジェリアが現れ、足元にスケールが表示された。けれど、今はまだペンデュラム召喚をする時ではない。

 

「俺のペンデュラムゾーンに『ドレミコード』が存在することで、手札のドリーミアの効果を発動! このカードを特殊召喚する!」

 

 キューティアのすぐ傍にドリーミアが現れ、片膝をつく。傍で妖精体がフルートを淑やかに奏でた。

 

レドレミコード・ドリーミア

DEF400→700 レベル2

 

「現れろ、清らかな旋律のサーキット! 召喚条件はペンデュラムモンスター2体。キューティアとドリーミアをリンクマーカーにセット!」

 

 頭上に開くリンクサーキットに、2人のドレミコードが飛び込む。音符の混じる光がリンサーキットからあふれ出た。

 

「リンク召喚! 出でよ、リンク2! 優雅にして偉大なる音階の大天使!《グランドレミコード・ミューゼシア》!」

 

 フィールドに降り立つのは、今もデュエルで戦っているミューゼシアと同じ姿のモンスター。こちらは妖精体がいる点が違う。

 

□□□ グランドレミコード・ミューゼシア

□◆□ ATK1900→2200

■□■ リンク2

 

「ミューゼシア……様の効果発動。手札のペンデュラムモンスター1体をエクストラデッキに加え、そのスケールが奇数なら偶数、偶数なら奇数のスケールを持つペンデュラムモンスターをエクストラデッキから手札に加える」

「私相手だからって、そこまで畏まらなくて大丈夫よ?」

「……ありがとうございます。俺はスケール3のエンジェリアをエクストラデッキに加え、スケール8のキューティアを手札に戻す。そして、このキューティアをペンデュラムゾーンにセッティング!」

 

 手札で重複していたエンジェリアをエクストラデッキに戻しつつ、スケールを整える。これでレベル4から7のモンスターがペンデュラム召喚可能になった。

 

「ペンデュラム召喚! 現れろ、《ラドレミコード・エンジェリア》!」

 

 空に穴が開き、中からオレンジの光がフィールドに差し込む。その光から元気よく飛び出したのは、今もペンデュラムゾーンの光の柱の中にいるのと同じエンジェリアだ。傍らの妖精体が、景気づけのようにトランペットを高らかに奏でる。

 

ラドレミコード・エンジェリア

ATK2300→2600 レベル6

 

「『ドレミコード』をペンデュラム召喚したことで、ミューゼシアのもうひとつの効果を発動! そのペンデュラム召喚したモンスターのスケールと同じ数のレベルを持つ、『ドレミコード』1体をデッキから手札に加える。エンジェリアのスケールは3、よってデッキからレベル3の《ミドレミコード・エリーティア》を手札に加える!」

 

 エリーティアを手札に加えながら、フィールドの状況を確かめる。

 あちらのモンスターは、裏守備モンスター1体だけ。こちらはエンジェリアとミューゼシアの2体。ミューゼシアの伏せカード2枚が気になるが、エンジェリアは攻撃時、奇数のスケールがペンデュラムゾーンにあれば、相手の魔法・罠の効果発動を禁止する。つまり今なら、安全に相手モンスターを攻撃できる。

 先に《グランドレミコード・クーリア》をリンク召喚して攻撃する方法もあるが、次のターンの防御が厳しくなる。

 なら、ここはこのまま攻めるべきだろう。

 

「バトルだ! エンジェリアで裏守備モンスターに攻撃、エンジェリック・マーチ!」

 

 エンジェリアがタクトを振り、妖精体はトランペットを吹き鳴らす。トランペットのベルからオレンジ色のエネルギー弾が放たれ、まだ見ぬ裏守備モンスターへと迫った。

 

コーリング・ノヴァ

DEF800→1100 レベル4

 

 姿を見せたのは、リースのようなドーナツ状の本体に翼が生える、オレンジ色の小さなモンスターだった。守備力はエンジェリアの攻撃力に敵わず、あえなくエネルギー弾に飲み込まれて焼失する。

 

「バトルで破壊された《コーリング・ノヴァ》の効果を発動。デッキから攻撃力1500以下の天使族・光属性モンスター1体を特殊召喚する。ただし、私の場に《天空の聖域》が存在していれば、その1体を《天空騎士(エンジェルナイト)パーシアス》にできる!」

 

 破壊されたのはリクルーターだった。今はモンスター効果までは止められないため、ミューゼシアの後続モンスターは呼び出されてしまう。しかも《パーシアスの神域》は《天空の聖域》と同じ扱いなため、より強力なモンスターの召喚を許すこととなった。

 破壊された《コーリング・ノヴァ》の残滓が一点に集い、新たなモンスターが形成される。ケンタウロスのような半人半獣の、翼を生やした青い鎧の剣士だ。

 

天空騎士パーシアス

ATK1900→2200 レベル5

 

 攻撃力は、こちらのミューゼシアと同じ2200。攻撃はできなくなった。

 メインフェイズ2に移行し、次のターン、さらにその次のターンを見据えた行動を考える。

 

「エンジェリアの効果を発動。自分フィールドの『ドレミコード』ペンデュラムモンスター1体をリリースし、そのモンスターとスケールの差が2つの『ドレミコード』ペンデュラムモンスター1体をデッキから特殊召喚する。スケール3のエンジェリア自身をリリースし、スケール5の《ファドレミコード・ファンシア》を特殊召喚!」

 

 新体操の選手よろしく、エンジェリアがくるくると回転しながらタクトを振ると、その先端から生み出されたオレンジ色の五線譜に全身が包まれる。そして、わずかな閃光と共にフィールドに現れたのはファンシア。妖精体がアコーディオンを得意げに奏でた。

 

ファドレミコード・ファンシア

DEF400→700 レベル4

 

 やるべきことは勿論、《グランドレミコード・クーリア》の召喚。だが、次のターンのために、エクストラデッキに「ドレミコード」をもう少し待機させておきたい。そのために、ファンシアを呼び寄せた。

 

「罠カード《呪言の鏡》発動! 相手がデッキからモンスターを特殊召喚した時、そのモンスターを破壊して、私は1枚ドローする!」

「何!?」

 

 しかしミューゼシアは、俺がそうすると読んでいたかのようなカードを使ってきた。

 フィールドのファンシアの目の前に三面鏡が出現し、その姿を映す。だが、鏡に映るファンシアが、恐怖を植え付けるような凶暴な笑みを浮かべると、オリジナルのファンシアが破壊されてしまい、ミューゼシアがドローした。

 展開を潰されたことに唇を噛む。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド……」

 

 ダメージを与えられず、《グランドレミコード・クーリア》も呼べなかった。この1ターン目は赤点としか言えない。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 対するミューゼシアは、こちらの動きを止めて流れを掴み始めている。そのデュエルスタイルを知っている身としては、完全に流れを持っていかせたくはない。

 

「魔法カード《フォース》発動。フィールドのモンスター2体を対象とし、このターン中のみ1体の攻撃力を半減させ、その数値をもう1体の攻撃力に加える!」

 

 フィールドにいるモンスターはお互いに1体ずつ。選ばれた2体の内、《グランドレミコード・ミューゼシア》は黒ずんだ青いオーラに包まれ、苦しそうに蹲る。一方、パーシアスは白いオーラを纏い、高揚するように剣を高々と掲げた。

 

グランドレミコード・ミューゼシア

ATK2200→1100

 

天空騎士パーシアス

ATK2200→3300

 

 互角だった攻撃力が一転し、差が広まってしまう。まずい。

 

「バトルよ。パーシアスで攻撃!」

 

 ミューゼシアが指さすと、パーシアスが剣を構えて迫ってくる。攻撃するのは自身と全く同じ姿のモンスターだが、ミューゼシアは全く動揺も躊躇いもない。攻撃しないでほしいとは思わないが、その胆力の強さには脱帽する。

 そんなことを考えている間に、パーシアスの剣に斬られ、ミューゼシアは破壊されてしまった。

 

「ぐっ……!」

 

バトレアス LP4000→1800

 

 発生した衝撃は、エニアクラフトとのデュエルほどではないにしろ、それなりの影響が現実に出る。斬撃による衝撃波が身体を叩き、やはりここがデュエルモンスターの世界であることを思い知らせてきた。

 

「パーシアスが相手に戦闘ダメージを与えたことで、効果発動。私はカードを1枚ドローする」

「俺は罠カード《ダメージ・コンデンサー》発動! 戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てることで、そのダメージ以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから守備表示で特殊召喚する!」

 

 《ネクロ・ガードナー》をコストに、デッキから呼び出すモンスターを選ぼうとする。2200以下の攻撃力を持つモンスターはこのデッキに数多く、どれも優秀な効果を――

 

「カウンター罠《トラップ・ジャマー》発動! バトルフェイズ中に発動した罠カードの発動を無効にし、破壊する!」

「な……!」

 

 しかし、そのあがきをもミューゼシアは潰しにかかった。《トラップ・ジャマー》のカードが紫色に輝き、《ダメージ・コンデンサー》は粉々に砕け散って、コストを払っだけに終わってしまった。そしてパーシアスの効果でミューゼシアはドローし、一方的に有利な状況ができつつある。

 

「メインフェイズ2に入る。私はチューナーモンスター《トラスト・ガーディアン》を召喚!」

 

 続いてミューゼシアは、目つきの悪い小柄な天使を召喚する。そのモンスターは、アニメでも一時キーカードとされていたものだ。

 

トラスト・ガーディアン

ATK 0→300 レベル3

 

「レベル5のパーシアスに、レベル3の《トラスト・ガーディアン》をチューニング!」

 

 ミューゼシアが宣言すると、《トラスト・ガーディアン》は翼と両腕をいっぱいに広げ、3つの光の環へと姿を変える。その環が連なり形成されたトンネルをパーシアスがくぐり、光がフィールドを支配した。

 

「天界に仕える聖騎士よ。輝けし剣で、天意に歯向かう仇敵を討て! シンクロ召喚! レベル8、《神聖騎士(ホーリーナイト)パーシアス》!!」

 

 光を割って現れたのは、《天空騎士パーシアス》より大柄な半身半獣の騎士。先ほどの天空騎士と風貌は似ているが、持っている剣が大振りになり、翼も大きく広くなっていた。

 

神聖騎士パーシアス

ATK2600→2900 レベル8

 

 しかも《トラスト・ガーディアン》をシンクロ素材としたことで、そのシンクロモンスターは1ターンに1度だけバトルでは破壊されなくなる。この効果を使用する度に攻撃力と守備力が400ずつ減っていくが、厄介な耐性だ。

 

「私はカードを1枚伏せてターンエンド」

 

 ミューゼシアがターンを終えたところで、胸が突然苦しくなってきた。

 

「げほっ、ごほっ……」

 

 咳き込み、左胸を押さえて姿勢を低くする。内臓が変な動きをするのを自覚した。

 天使族裁判で受けたプレッシャーで、無意識に蓄積していた心と身体の疲労。それがまだ完全に抜けきっていない。加えて、さっきの攻撃による衝撃が精神力を削っていた。

 前世と違って、精霊界のデュエルはエネルギーをそれなりに消費する。そんなデュエルを、万全ではない状態ですればどうなるかなど、わざわざ言うまでもない。

 

「……」

 

 しかしミューゼシアは、一声もかけてこない。俺が立ち直るのを待っているかのように、黙って見つめている。厳しさと優しさを併せ持つ彼女だが、今は厳しさが前に出ていた。

 そして、ミューゼシアは何を俺に伝えようとしているのかは分からない。

 それを聞くまで、このデュエルを下りることは許されないのだろう。

 俺は両足に力を入れて、ミューゼシアに向き直った。

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