屋敷の食堂では、誰もがバトレアスとミューゼシアのデュエルを観戦していた。このデュエルは、全員で観ておくようミューゼシアに言われているのだ。
今のバトレアスに足りないもの。それを伝えるためのデュエル。その趣旨は全員理解しているが、浮かない顔をする人も少なくない。
「確実に、ミューゼシア様のペースになりつつあるわね」
ここまでのデュエルを見て、ビューティアが告げる。隣に座るキューティアも頷いていた。
バトレアスの後攻1ターン目から、ミューゼシアはバトレアスの展開を潰している。その結果としてバトレアスのフィールドからモンスターは消え、ライフは半分を切った。バトレアスが劣勢なのは、誰が見ても明らかだろう。
「このままじゃ、バトレアスさんは……」
「それはまだ分かりません。ことデュエルにおいて、彼は筋金入りの粘り強さを持っていますし」
エンジェリアは、バトレアスが負けると考えているのだろう。しかしグレーシアの言う通りで、勝負の行方を悲観するのはまだ早い。それにバトレアスは、今まで多くのデュエルで劣勢に立たされても、勝利してきた。このまま終わることはないだろう。
「だけどそれ以前に……バトレアスはすごいつらそうよね」
「まだ本調子ではないですし、無理もないですよ……」
だが、ドリーミアとエリーティアは、バトレアスの体調の方を心配していた。
天使族裁判の影響で、バトレアスはまだ体調が万全とは言い難い。デュエルをするだけの体力は最低限戻っているらしいが、だからといってすぐ勝負に引っ張り出されるのはかなりハードだろう。
「……」
同じようにデュエルを観戦するクーリアは、テーブルの下、膝の上で両手を強く合わせている。
このデュエルに勝ち負けはない。そしてクーリアは、デュエルの後でバトレアスのアフターフォローをミューゼシアから任せられている。看病する準備は万全だ。
けれど、負けてほしいとも、いくらでも傷ついていいとも思わない。それに今負けたら、バトレアスはミューゼシアから「足りないもの」を伝えられても、立ち直れなくなるかもしれなかった。
それを含めた「アフターフォロー」なのだろうが、クーリアはバトレアスが苦しむ姿など見たくない。けれどミューゼシアの狙いがある以上、あちらも手は抜かないはずだ。それを思うと、余計に苦しくなる。
どうか無事でいてほしい。デュエルを観ているクーリアには、そう願うことしかできない。
隣に座るプリモアは、唇をぎゅっと噤み、悲しい顔をしながらもデュエルを見ている。彼女も、傷ついたバトレアスを見るのは嫌なのだろう。
◆ ◇
バトレアス LP1800 手札2
【モンスターゾーン】
カード無し
【魔法&罠ゾーン】
カード無し
【ペンデュラムゾーン】
右:ラドレミコード・エンジェリア スケール3
左:ドドレミコード・キューティア スケール8
ミューゼシア LP4000 手札1
【モンスターゾーン】
【魔法&罠ゾーン】
パーシアスの神域(天空の聖域)
伏せカード1
強力なシンクロモンスターを前に、俺の場はほとんどガラ空きだ。ここからさらにミューゼシアをペースに乗せてしまうと、逆転は余計難しくなる。
それに俺は病み上がりだ。それを言い訳にはしないし、手加減してほしいとも言わない。だが、長期戦は体調的にかなりよくなかった。長引かせるわけにはいかない。
「俺のターン、ドロー!」
この状況を一変できるカードを、と願いつつカードを引く。悪くはないが、ベストな引きではなかった。
「魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動。手札からモンスター1体を墓地へ送り、手札またはデッキからレベル1のモンスター1体を特殊召喚する。《ミドレミコード・エリーティア》を墓地へ送り、《ドレミコード・プリモア》をデッキから特殊召喚!」
灰色の髪、黒とクリーム色のドレスを纏う少女が現れる。律儀にも、戦っているミューゼシアやパーシアスにぺこりとお辞儀をした。
しかし、折角引き寄せていたエリーティアを、単なるコストとして消費するだけになってしまったのは申し訳なく思う。
ドレミコード・プリモア
DEF400→700 レベル1
《パーシアスの神域》により、フィールドの天使族モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントずつアップする。だが、劣勢の今はこの程度のパンプアップなど微々たる差でしかない。慢心せずに、カードを選んでプレイしていく。
「プリモアを特殊召喚した時、デッキから他の『ドレミコード』カード1枚を手札に加えることができる。俺は《
プリモアも《幸せの多重奏》も、非常に強力なカード。生まれた経緯は複雑なものだが、今となってはとても心強い2枚だ。
「魔法カード《幸せの多重奏》! 俺は3つの効果の中で1つ目の効果……手札を1枚捨てて、デッキからスケールが異なる2体の『ドレミコード』を手札に加える効果を発動!」
手札コストは、残っていた《ペンデュラム・エリア》。ペンデュラムモンスターのみをコントロールしている時、ペンデュラムゾーンのカードを2枚破壊して、発動ターン中の特殊召喚をペンデュラム召喚以外禁止する、それなりに高いロック効果を持つ罠カード。だが、今やわざわざ使うのを狙っている場合ではない。
「俺はスケール4の《ソドレミコード・グレーシア》と、スケール2の《シドレミコード・ビューティア》を手札に加える。そして、相手フィールドのモンスターより1体多い数まで、手札から『ドレミコード』を特殊召喚する!」
手札に加えたばかりのグレーシアとビューティアをフィールドに呼び寄せる。それぞれの妖精体は、サックスとハープをしっとりとした曲調で奏でた。
ソドレミコード・グレーシア
ATK2100→2400 レベル5
シドレミコード・ビューティア
ATK2500→2800 レベル7
「特殊召喚したグレーシアの効果発動! デッキから『ドレミコード』魔法・罠カード1枚を手札に加える。俺が選ぶのは《ドレミコード・スケール》だ」
《神聖騎士パーシアス》は、《トラスト・ガーディアン》をシンクロ素材としたことにより、1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。その効果を使う度に攻撃力と守備力が400ずつ下がるが、正面から相手取ると長期戦になる。
更に《パーシアスの神域》によって、セットされた魔法・罠カードは効果で破壊できず、対象にもできない。いずれにせよ、神聖騎士は戦闘ではなく効果で破壊する必要があるから、バトルフェイズに安全に除去できる場を整える。
「セッティング済みのペンデュラムスケールを使い、ペンデュラム召喚! エクストラデッキより、もう一度力を貸してくれ!《ラドレミコード・エンジェリア》!」
再び空に穴が開き、明るい笑顔を浮かべて降り立つエンジェリア。妖精体は、既にフィールドにいる3人のドレミコードに対して手を振り、軽快なメロディをトランペットで奏でた。
ラドレミコード・エンジェリア
ATK2300→2600 レベル6
これで、グレーシアとエンジェリアの効果で、「ドレミコード」ペンデュラムモンスターの攻撃時、ミューゼシアは魔法・罠・モンスターの効果を発動できなくなった。さらにビューティアの効果も合わせれば、神聖騎士は戦闘を介さずに破壊できる。ミューゼシアが何を伏せていても、何を手札に握っていても、効果を発動する余地を与えず攻撃を通して勝てる。
もし仮に、伏せカードで攻撃或いはバトルフェイズそのものを飛ばされても、エンジェリアの効果と《ドレミコード・スケール》を使い、ミューゼシアのフィールドを空にできる。そうすれば、次のターンは大分やりにくくなるはずだ。
「バトルだ!」
ここで勝負を決める一心で、攻撃宣言をしようとする。
だがその直後、ミューゼシアの目の力がわずかに強まった気がして――
「罠カード《魔砲戦機ダルマ・カルマ》発動!」
「ッ!?」
「このカードはあなたもよく知っているでしょう?」
発動したミューゼシアの、挑むような顔と言葉。
その罠カードは忘れることのない、忘れられるはずがないカード。エニアクラフトにも使われ、俺にとっては決して軽くない傷を心につけたものだ。
その傷がえぐり返される感覚。
「その効果で、フィールドのモンスターを全て裏にする!」
ミューゼシアが力強く宣言すると、複数の砲台で武装した巨大なダルマがフィールドに現れ、暴れ回るように砲を乱射する。その砲撃を喰らった俺のフィールドのドレミコード、そしてミューゼシアの場のパーシアスは、軒並み裏守備表示へと変わる。
その光景は、エニアクラフトとのデュエルと同じだった。
「……っ」
さっきまで蔓延っていた痛みとは違う、寒気が足元から這い上がってくる。
あのデュエルで、俺は《グランドレミコード・クーリア》を自分で墓地へ送らざるを得なくなった。力を注ぎ込まれた上、エニアクラフトの影響力によって限りなく現実に近くなったデュエルで、俺自身がクーリアを墓地へ送ってしまったのは大きなショックだった。
だからこそ、その時の感覚を思い出し、心が泣き出しそうになっている。
「バトレアス、あなたのターンは終わりかしら?」
「……ターンエンド、です」
ミューゼシアに問われても、どうしようもなかった。今、俺のフィールドの「ドレミコード」は2種類のみ。これでは《ドレミコード・スケール》も使えない。手札はそれ1枚だけだから、打つ手がなかった。
しかも、あの時のことを思い出して、腕が小刻みに震えている。完全にトラウマと化していた。
「私のターン、ドロー!」
しかしミューゼシアは、変わらずデュエルを続ける。
ダルマ・カルマが俺のメンタルに決して小さくないダメージを与えたのは気づいているだろうが、もしやこちらの心を折るのが狙いなのか。
「《死者蘇生》を発動。墓地の《
引いたカードをミューゼシアはすぐに使う。フィールドに魔法陣が広がり、その中から半身半獣の剣士が蘇ると、剣を振るう。
天空騎士パーシアス
ATK1900→2200 レベル5
「さらに《神聖騎士パーシアス》を反転召喚!」
ダルマ・カルマで裏側守備表示になっていた神聖騎士も再び姿を見せる。これで、似たような風体のモンスターがミューゼシアの場に2体揃った。
神聖騎士パーシアス
DEF2100→ATK2600→2900
「この天空騎士と神聖騎士は、それぞれ守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が上回った分、あなたに戦闘ダメージを与える」
「……!」
天空騎士は一度戦ったからその効果を知っていたが、神聖騎士も同じ効果を持っているとは。いや、見るからに神聖騎士は天空騎士の上位種だから、その効果を引き継いでいても不思議ではない。
「バトルよ。天空騎士で裏守備モンスターに攻撃!」
ミューゼシアが指さしたモンスターへ、天空騎士が駆け出す。その足音が近づいたところで、裏側になっていたモンスター……プリモアが膝をついた状態で姿を見せた。
ドレミコード・プリモア
DEF400→700
墓地のカードを思い出す。このタイミングでもそのカードは使えるが、使ったところで続く神聖騎士の攻撃は止められない。そしたら俺のライフは尽きる。
だから、この攻撃は受けるしかない。天空騎士の斬撃でプリモアが斬られるのを見て、自分の至らなさを呪いたくなった。
「ぐああああ……っ!」
バトレアス LP1800→300
そして、貫通ダメージが現実に近い形で衝撃波として襲いかかってくる。身体が押されるのと同時に、足元の地面がボロボロと音を立てて崩れていくように錯覚した。
「天空騎士が戦闘で相手にダメージを与えたことで、効果発動。私は1枚ドローする。さらに、神聖騎士で裏守備モンスターに攻撃!」
ミューゼシアが指さした先にいるのはグレーシア。リバースすれば、《パーシアスの神域》の効果で守備力が300上がるとしても1700止まり。貫通ダメージで俺のライフはゼロになる。墓地のカードを使うのはここしかない。
「墓地の《ネクロ・ガードナー》を除外して効果発動! このターン、相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」
墓地からカードを取り出すと、暗い色合いの鎧を着る戦士の幻影が、神聖騎士の前に立ちふさがる。それを見て、神聖騎士は剣を収めた。
「私は魔法カード《アドバンス・ドロー》を発動。私の場のレベル8以上のモンスター1体をリリースし、2枚ドローする」
バトルフェイズの間に引いていたのはドローソース。これでミューゼシアは、強力なシンクロモンスターを自分から手放したことになる。次のターンの俺の攻撃への備えがないと見た。
しかし、2枚のカードを新たに引いたミューゼシアは、ちらと俺を見ると。
「永続魔法《ヴィンゴルヴの祝福》を発動。このカードは発動時、効果処理としてデッキから天使族・光属性モンスター1体を墓地へ送る。私が墓地へ送るのは《オネスト》」
新たなカードが発動すると、空が宇宙のように無数の光が瞬く暗いものへと変わる。神秘的で厳粛な雰囲気の下、ミューゼシアが墓地へ送ったのは強力な効果を持つ手札誘発モンスターだ。
「《ヴィンゴルヴの祝福》の効果で、私の天使族モンスターの攻撃力は、私のフィールド及び墓地の天使族1体につき100ポイントアップする」
天空騎士パーシアス
ATK2200→2700
ミューゼシアの場には1体、墓地には4体。この程度ならまだ何とかなる強化値だが、あまり墓地にモンスターを溜めたりフィールドに並べられると突破が困難になりそうだ。
「そして、私の墓地に天使族モンスターが4体存在することで、手札の《大天使クリスティア》は特殊召喚できる!」
「……っ!」
掲げた手札に、一瞬で緊張が体中を走り抜けた。
赤の混じる白い鎧と翼の天使がフィールドに降り立つ。
大天使クリスティア
ATK2800→3100→3700
天空騎士パーシアス
ATK2700→2800
「クリスティアを自身の方法で特殊召喚した時、墓地の天使族モンスターを1体手札に戻すことができる。《オネスト》を手札に戻すわ」
大天使クリスティア
ATK3700→3600
天空騎士パーシアス
ATK2800→2700
「そして永続魔法《攻通規制》発動。あなたの場にモンスターが3体以上存在する場合、あなたは攻撃宣言できない。これでターンエンドよ」
どうしようもない絶望を突きつけられる。
クリスティアは言わずもがな、モンスターの特殊召喚を一切禁止する。この【ドレミコード】に限らず、多くのデッキに刺さる効果を持つ。
さっきミューゼシアが手札に戻した《オネスト》。自分の光属性モンスターが相手モンスターとバトルする時に手札から墓地へ送ることで、その相手モンスターの攻撃力を自分の光属性モンスターに加える。今でこそ珍しくはない種類の効果だが、戦闘でほぼ確実に相手モンスターを倒せるという強力なものに変わりはない。
そして、クーリアとのデュエルでも使われた、大量展開が基本の【ドレミコード】には厄介な《攻通規制》。俺のフィールドには裏側守備表示モンスターがきっかり3体。数を減らそうにも、このデッキだとリンク召喚の素材にするか、レベル7以上のアドバンス召喚のリリースにする以外方法がなかった。
こちらは、特殊召喚も攻撃もできない。手札は《ドレミコード・スケール》1枚、ライフは300、天空騎士は貫通効果持ち。この窮地を切り抜けられるかどうかは、次のドローにかかっている。
もし、次のドローで有効なカードを引けなければ負けだ。
「……」
視線がどんどん下になっていく。
自分が無力であることを突き付けられる。エニアクラフトとのデュエルでの心の傷がぶり返し、心をかき乱す。叫びたかった。
「……バトレアス」
呼びかけられて視線を上げる。
さっきまでの容赦ない真剣なものとは違う、優しい笑顔をミューゼシアは浮かべていた。
「言ってしまえば、あなたは望んで、私たちのいる『精霊界』に転生したわけではない。ドレミ界に留まるのを選んだのはあなた自身だけど、それでもあなたは多くの事件やトラブルに巻き込まれて……」
「……?」
「その度にあなたは傷つき、苦しみ、思い悩んできた」
ミューゼシアは、何のつもりでそんな話をするのだろう。
ただでさえ平常心を保てていない俺には全く分からない。ただただ、耳を傾ける以外になかった。
「それでもあなたは戦うことを止めず、私たちやこのドレミ界、さらには精霊界を危機から救ってくれた」
するとミューゼシアは、お腹の前で両手を重ね合わせて、頭を下げると。
「本当に、ありがとう」
誠心誠意、と表現するに相応しいほどの、感謝の気持ちを示してくれた。
突然のことで、俺は碌な反応もできない。
「だけどあなたは、自分の選択に誤りがあって、トラブルを招いてしまったと考えている。だからこそ、こうして感謝の気持ちを伝えても、それを素直に受け取ることはできないのでしょう?」
「……その通りです」
ミューゼシアの言葉は、まさしくだった。
俺が今までしてきた選択の中には、他人に迷惑をかけてしまうものがあった。その「他人」には、ミューゼシアも含まれている。
だからこそ、こうして感謝されても、それを受け止めて万事解決などと割り切れない。俺の中で折り合いをつけられず、罪悪感が積み重なっていくのだ。
「それなら、聞いてほしいことがある」
優しささえ感じるような声音に、視線が引かれてミューゼシアを見る。
ゆっくりと、わずかに、ミューゼシアは首を縦に振って口を開いた。
「あなたはもう純粋な人間ではない。私たちと同じドレミコード、天使のひとり。だからこそ、あなたにそのつもりがなくても都市の世界で騒動を起こし、さらに罪に『向き合った』結果、アポロウーサ様や他の天使に咎められてしまった。それは天使として、静観できないものだったから」
「……」
「それはアポロウーサ様をはじめ、自分たちは高潔でなければならず、自分たちが規定する枠組みの中で正しくあらねばならない、という意識を持つ天使が多いことも由来する」
俺が今まで、身近に接してきた天使といえば、ドレミコードのみんなだ。だから、アポロウーサや、天使族裁判で問いをしてきたような、他の天使がどういうものかを俺は知らなかった。
「例え世界を救ったとしても。他の天使は静観していただけでも、過程に問題があれば容赦なく糾弾する。天使には、そういう厳格な人も多い」
「……厳しいんですね」
「残念なことにね」
例え世界を危機から遠ざけられても、俺はその「枠組み」から外れた行動をしたというわけだ。
天使族裁判で重視されたのは、俺にそのつもりがあったかではなく、結果として起こったトラブルだ。だからこそ、多くの天使が俺を白い目で見た。
「けれど……あなたは今でも私たちの大切な仲間よ。そんなあなたを、私たちはずっと見てきた」
「……?」
「あなたはヴァーディクトを止め、精霊界の破滅を防いだ。エニアクラフトを変え、人の殲滅を阻止した。その結果としてあるのが、私たちを含め誰もが存続している今。これは厳然たる事実であり、確かなもの。私たちドレミコードだけでなく、他の世界の住人が今を過ごせているのは、他でもないあなたの戦いの結果よ」
胸の前に手を置くミューゼシアは、一度目を閉じて、すぐにまた俺を見る。
「それだけは、あなたに忘れないでほしい。自信を持ってほしい。そして……否定しないでほしい」
ミューゼシアの訴えは、飲み込めた。それは俺自身も理解できるから。
だけどやはり、その結果に至るまでの間で、俺の選択に間違ったものがあった。そこまでは否定できない。
「無論、あなたはそれだけで迷いなく前だけを見られるような性格をしていないと、私も理解している」
「……」
「その性格も悪いことではない。それを直せとまでは言わない……ただ」
ミューゼシアはフィールドに指を向ける。全て裏側守備表示になってしまった、俺のモンスターたちだ。
ミューゼシアは、エニアクラフトとのデュエルで何が起きたかをある程度知っている。だからこそ、さっきのダルマ・カルマの効果が、俺の無念を蘇らせたと分かっているのだ。
「過去を振り返ってもいい。時には迷い、脚を止めて思い悩むこともあるでしょう。それはあなただけでなく、私を含めたドレミコードの皆、他の天使だってあることだもの」
「……!」
その言葉が根拠のないことだとは思わなかった。
ミューゼシアだけでなく、クーリアやキューティアたちも、同じことになっていたのを見てきたから。
「私自身、あなたをヴァーディクトの前に引っ張り出したことを後悔している。私がもっとしっかりしていれば、あなたを危険に晒すことも、天使に変えさせることも、なかったのだから」
「……」
「だけど決して、前へ進むのを止めないこと。一時、悲しみや絶望に打ちのめされても、前へ進み続けること。自分の使命を見失わず、退かないこと。その意思の強さが、今のあなたにはまだ足りない」
俺とミューゼシアの視線がかち合う。
エニアクラフトとのデュエルで、今と同じような状態になった際、俺は一人で立ち直れなかった。あの場で一緒に戦っていた、ビューティアとドリーミアに励まされてようやく立ち直れたのだ。
強さが足りない、という言葉に、胸を叩かれた気分になる。
「あなたには、その強さを身につけてほしい。なぜなら、あなたもドレミコードの天使なのだから」
微笑んで、ミューゼシアは口を閉ざす。
あとは俺次第、ということだろう。このデュエルも、身の振り方も。
「……俺のターン」
まずはデュエルだ。手も足も出せないこの状況だが、それを打破できる最適なカードは、あの1枚。それを引けるかどうかが次のドローにかかっている。
「ドロー!」
恐れをわずかに感じつつ、カードを引く。
そしてゆっくりと、引いたカードを確かめてみる。
「……よし!」
本当に、そのほしかった1枚だった。
「フィールド魔法《ドレミコード・ハルモニア》発動!」
そのカードを発動すると、神秘的な暗さに包まれていたフィールドが、音楽記号で彩られたパステルカラーの空で覆われる。
ミューゼシアは、にこりと笑った。
「そして、俺のフィールドのモンスターを全て反転召喚!」
ダルマ・カルマによって裏側守備表示になっていたモンスターを全て攻撃表示にする。エニアクラフトの時は表示形式の変更さえできなかったが、今は違う。慣れ親しんだドレミコードたちの姿が再び露わになり、安心する。
ソドレミコード・グレーシア
DEF1400→ATK2100→2400
ラドレミコード・エンジェリア
DEF1400→ATK2300→2600
シドレミコード・ビューティア
DEF2400→ATK2500→2800
「ビューティアの効果発動! 相手フィールドの表側表示モンスター1体はこのターン、フィールドから離れた場合に除外される。俺はクリスティアを選択!」
指さした大天使に向けてビューティアがタクトを振ると、地面から出現した黒い連符が雁字搦めに縛り上げた。
「そしてハルモニアの第3の効果発動! 俺のフィールドの『ドレミコード』のスケールは奇数1種類と偶数3種類。よってクリスティアを破壊する!」
空に浮かぶ五線譜が輝き、雷をクリスティアへ落とす。縛っていた連符ともども、クリスティアは消滅した。墓地へ送られる場合にデッキの一番上に戻るクリスティアも、除外すれば再利用はしにくい。さらに、《ヴィンゴルヴの祝福》による攻撃力上昇も防げる。
天空騎士パーシアス
ATK2700→2600
しかし、《攻通規制》によって攻撃はまだできない。
だが、クリスティアがいなくなったことで、展開を続けられる。
「ハルモニアの1つ目の効果発動! エクストラデッキのプリモアを手札に加えて、召喚!」
手札に呼び戻したプリモアを即座に召喚する。さっきより、俺を振り返る表情に柔らかさが感じられた。
ドレミコード・プリモア
ATK 0→300 レベル1
「召喚したプリモアの効果で、デッキから《ドドレミコード・クーリア》を手札に加える。そして魔法カード《ドレミコード・スケール》発動!」
さっきのターンに発動できなかった魔法カードを使う。これで勝負を決められるはずだ。
「俺のフィールドに『ドレミコード』が3種類以上存在するため、ペンデュラムゾーンのエンジェリアを手札に戻し、エクストラデッキのファンシアをペンデュラムゾーンに置く。さらに5種類以上の『ドレミコード』が存在するため、手札からクーリアを特殊召喚!」
先ほど手札に加えていた、俺にとっては頼もしいエースにして、最愛のクーリアを呼び寄せる。ゆったりとした動作で姿を見せたクーリアは、俺に視線を少しだけ向けると微笑む。
ドドレミコード・クーリア
ATK2700→3000 レベル8
「そして、俺のフィールドに『ドレミコード』が7種類存在するため、相手の表側表示カードを全て破壊する!」
ペンデュラムゾーンとモンスターゾーンのドレミコードたちが、一斉にタクトをミューゼシアのフィールドに向ける。その先端からカラフルな風が発生し、それらはひとつの嵐となってうねりを見せると、ミューゼシアのフィールドで容赦なく吹き荒れる。その嵐に飲まれたパーシアスは呻き声をあげて破壊され、厳かな雰囲気の神殿、天空の騎士を象った石像は消え去り、残ったのはハルモニアの音楽記号で満たされた空間だ。
ソドレミコード・グレーシア
ATK2400→2100
ラドレミコード・エンジェリア
ATK2600→2300
シドレミコード・ビューティア
ATK2800→2500
ドレミコード・プリモア
ATK300→0
ドドレミコード・クーリア
ATK3000→2700
「墓地へ送られた《ヴィンゴルヴの祝福》の効果で、墓地のレベル4以下の天使族モンスター1体を手札に加える。私は《コーリング・ノヴァ》を手札に戻す」
リクルーターを回収するミューゼシアだが、その表情は何かの決心がついたような笑顔。
勝負が決したのを察したが、全てを受け入れるかのようにミューゼシアは小さく頷く。遠慮はしなくていい、と目が語りかけていた。
「……バトル! エンジェリアの攻撃、エンジェリック・マーチ!!」
その考えを汲み取り、攻撃宣言を行う。
エンジェリアがタクトを振り、妖精体がトランペットを奏でると、ベルからオレンジ色の光線が放たれる。それはミューゼシアの頭上を掠め、温かい風が吹いた。
ミューゼシア LP4000→1700
「グレーシアでダイレクトアタック! グレースフル・ノクターン!!」
トリを務めるのはグレーシア。タクトの指揮に合わせ、妖精体がサックスを吹く。そのベルから、しっとりとした音色と共に紫色の波動が放たれ、それはミューゼシアを優しく包み込んだ。
ミューゼシア LP1700→0
「……お疲れ様」
決着がつき、フィールドが元に戻ると、ミューゼシアは静かに俺へと歩み寄ってくる。
そして俺の顔を真っ直ぐに見据えて、うんと首を縦に振る。
「本当に、いい顔をするようになった」
どうやら俺は、病み上がりなだけでなく、あれこれ悩んでいたことでかなりひどい顔をしていたらしい。心底安心したようなミューゼシアの言葉で、それをようやく自覚できた。
そして、そんなことを真正面から言われるとむず痒く、黙っているのも気恥ずかしい。
「……ありがとうございます。俺を導いてくださって」
だからというわけではないが、それでもミューゼシアには感謝を伝える。
どうすべきかを見失いかけ、軸がぶれていた俺に、どうすればいいのかを教えてくれた。進むべき道を示し、導いてくれたのだ。
「それがグランドレミコードの使命よ。私の大切な部下であり、仲間であり、家族でもあるあなたを導くのがね」
だけどやはり、ミューゼシアの器は大きかった。さらに言葉を重ねられて、鼻の下が痒くなり指でこする。
そんな俺を見て、ミューゼシアはタクトを取り出しゲートをすぐそばに開いた。
「さぁ、帰りましょうか。みんなが待っているわ」
手で促され、俺はデュエルディスクを腰に提げてゲートを潜ろうとする。
「特にクーリアが、あなたのことを心配していたし」
言われてようやく思い至る。
俺はまだ、何とか回復できたことをクーリアに伝えられていなかった。すぐにミューゼシアと顔を合わせ、そのままデュエルをする流れになったから仕方ないのだが、クーリアは話が別だ。これまでずっと心配をかけてきてしまったから、これ以上そんなことがあってはならないのに。
だから俺は、まずはちゃんとクーリアと話をしなければ、と頭に留めておきながらゲートを潜る。
すると。
「……皆さん」
ドレミコードの皆が、ホールにいた。
その光景は、まさに俺が初めてドレミ界にやってきた日と同じだった。
誰もが笑顔を浮かべて、俺が何か言うのを待っている雰囲気。だけど、この状況で最適な、上手い言葉が見つけられない。
だから俺は、黙って一礼をする。
そして顔を上げると、前に立っていたクーリアがにっこり笑った。
「おかえりなさい」
◇ ◆
屋敷に戻った後、俺はまず休むよう言われてしまった。
ミューゼシアに言葉をかけられ、さらに体調もあらかた元通りになったので、休むつもりは俺もなかった。だが、病み上がりでデュエルをしたのが無茶だと言われてしまい、押し切られる形で自室で大人しくしている次第だ。
そして、夕飯の時間になると。
「はい、あーん」
「……あーん」
俺は引き続き、自分の部屋で食事を摂ることになった。
それも、クーリアが手ずから食べさせてくれるというシチュエーションで。
「どうかしら?」
「……美味しいです」
「よかった」
クーリアお手製のたまご粥について、忌憚のない感想を伝えると、クーリアは嬉しそうに笑う。そしてまた、自分の分を食べる。これが既に何回も繰り返されていた。
一応言っておくが、クーリアが最初に俺に食べさせようとしたときは、勿論断った。いくら休むよう言われた病み上がりの身とはいえ、人に食べさせてもらうほど容態が悪いわけでもない。何より恥ずかしくて仕方がない。相手が恋人のクーリアであっても、だ。
だが、断った直後のクーリアは、まるで土砂降りに見舞われながら恋人の帰りを待つ女性のような、悲しい顔で俺を見てきたのだ。
この状況で、そんな顔を前にしても冷徹な姿勢を貫き通せるほど、俺は心が強くない。だから折れた。
とはいえ、クーリアお手製のたまご粥は美味しいの一言に尽きる。弱った胃腸に染みわたる優しい味と温かさで、今日一日の疲れと緊張が溶けて消えてしまうような和やかさまで感じた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様。食欲も大丈夫そうね」
全てクーリアに食べさせてもらう、という点を除けば、食欲も問題はない。粥を全て平らげると、クーリアは目を細めた。
「……よかった」
自分の分も食べ終えたクーリアが、俺を見る。
その言葉は、純粋に俺の体調が戻ってきたことについてではないだろう。
椀を机に置き、クーリアは俺との距離を詰める。
「グランドレミコードの天使として、あなたに伝えたいことは……ミューゼシア様にほとんど言われちゃった。けれど、あなたの恋人として伝えたいことはたくさんある」
布団の上に置かれた俺の手を、クーリアはそっと握る。そして目を閉じて、口を開いた。
「私は裁判に出られなくて、どうなることか不安だった。あなたがいなくなってしまったら、と考えるのが怖かった」
ミューゼシアの予想では、仮に俺が有罪となった場合、最低でも天界の追放とされた。だからもし、あの多数決で、ほんの少しでも違っていたら、俺はドレミ界にいられなくなったことになる。
その時のことを考えると、俺も怖かった。死ぬのもそうだが、今の俺にとってドレミ界は第二の故郷と言っていい。そんな故郷を去らなければならないなんて、つらすぎる。みんなと離ればなれになり、二度と会えいなんてとても悲しいから。
「けれどあなたは、ここにいられる。また一緒にいられる。それが、それだけでも……どうしようもなく、嬉しいの」
目の前でクーリアは目を閉じ、一粒だけ涙を零した。
そのクーリアも、今の俺にとってはかけがえのない、唯一無二の愛する人。俺がこのドレミ界で生き続ける理由のひとつだ。
「……よかった。本当に……よかった、っ」
心の底から絞り出すような声を紡ぎながら、クーリアはやんわりと俺を抱きしめてくれた。
その言葉と行動で、小さな炎が自分の中に灯るのを感じ取る。
「……俺もです」
そして、まだミューゼシアにも言っていなかった、俺自身の本音として。
「また皆さんと一緒にいられて、とても嬉しいです」
「……うん」
「あなたとこうして、一緒に過ごせるようになって……本当に安心しました」
クーリアの背中に手を回して、そう伝える。
俺を抱き返す手の力が、ほんの少しだけ強まった。