いきなりの申し出に、ミューゼシアは本当に頭の中が真っ白になった。立ち直るのに数秒かかったことは、誰にも責められたくない。
「……何を言い出すかと思えば」
そして一言目はそれだ。
馬鹿にしているわけではなく、本当にそれが第一印象だった。改まって相談を持ちかけたと思えば、バトレアスとデートがしたい、などと。
「詳しく説明してもらえるかしら……?」
問い返すと、クーリアはこくりと頷き、居住まいを正してミューゼシアを再び見る。
「今日、バトレアスは迷宮城でデュエルをしました。相手は、迷宮城に度々やってくる『騎士』という方です」
クーリアの話を、最初の衝撃から抜け始めたミューゼシアは黙って聞くに徹した。
その「騎士」という人物は、バトレアスのデュエルの強さを見抜き、半ば強制的にデュエルを挑んだという。結果としてバトレアスは闘い敗れたが、何が琴線に触れたのか、バトレアスは吹っ切れたように笑ったそうだ。
「……その時だけでなく、デュエル中にも……バトレアスは私でも見たことがないような笑顔だったんです」
「……まぁ、ちょっと気になるわね」
同じドレミ界で生活を共にするミューゼシアも、バトレアスは一度も笑ったことがないわけではない。穏やかな、人を安心させる笑顔なら見たことがある。
だがクーリアの言い方からして、それとは全く違うらしい。というか、声を上げるほどと言うのだから、大いに興味がある。けれど論点はそこではない。
「あの顔は……あの笑顔は、私が引き出したかった」
クーリアは寂しそうに笑う。
その時のバトレアスの笑顔とは、本来の「素」のものだったのだろう。そんな彼の心からの笑顔は、彼の理解者であり恋人でもあるクーリアが引き出したかった。そのお株を騎士に取られてしまったのが残念なのは、ミューゼシアにも分からなくはない。
「そして彼は……『デュエルは楽しいもの』と、思い出したようです」
クーリアは、自分の左腕に右手を添える。そこは丁度、デュエルディスクを嵌める位置だ。
「バトレアスが元居た世界では、恐らくデュエルとは遊戯のひとつでしかなかったのでしょう。ですがこちらでは、そうとは限らない。時に命、時に世界の命運を分けるものもある」
「だからバトレアスは、それを今日思い出したと?」
確かに、バトレアスが精霊界に来てからというもの、彼のデュエルのほとんどは、相応のものを背負っていたとミューゼシアも記憶している。時には、本当に命を落としかねないほどのダメージを負ったこともあった。
そのせいで、バトレアスが本来抱いていた、デュエルに対するイメージを忘れていた可能性は確かに考えられる。
「今更ながら……私はバトレアスについてまだ知らないことが多くある。デュエルをどう思っているのかもそうだし……彼はまだ、本当の意味で自分のことを詳しく教えてくれない。簡単には、自分の全てを曝け出したりはしない」
言わんとすることは、ミューゼシアも理解できた。
バトレアスは、エンジェリアほどお喋りではない。ドレミ界では従者という立場を守り、ドレミコードのみんなより一歩引いた位置で、必要以上に自分のことを語らない。
一番近しいクーリアでさえそう言うとなれば、バトレアスは未だ自分の心の奥底を明かせるほどに、心を開いてはいないというわけだ。
「だけど、そう簡単に人の心の底の底、深い部分は見えないものよ。生半可な気持ちでそれを知った結果、時にはお互いが傷ついてしまうことだってある」
いくらバトレアスが同じドレミコードの仲間で、家族で、クーリアの恋人であろうとも、自分から明かそうとしない部分に無暗に触れるのはリスクが伴う。親しき仲にも礼儀あり、触れさせたくない、触れてほしくないボーダーラインというものは誰しもある。
「分かっております。ですが……」
それでもクーリアは、それを承知の上らしい。
「……バトレアスは、色々抱え込み過ぎている。それで彼が、いつか壊れてしまわないか不安でならないのです」
「……」
「だからこそ、バトレアスの本音を、せめて私だけでも受け止めたい」
ぎゅっと唇を閉ざすクーリア。
ネイロスの一件で、バトレアスは本当に身体を壊しかねないほどのダメージを負ってもなお、助けを求めず自分でどうにかしようとしていた。その時のことを思い出せば、クーリアの言葉にも信憑性があると思う。
「……それを知るために、デートを?」
「……ただこの屋敷で話を聞くだけでは、意味がないと思いまして」
「まぁ、そうかもしれないわね」
バトレアスの本音を引き出すのに、ドレミ界の屋敷では逆に遠慮してしまうということもありうる。環境を変えるのは非常に効果的だ。かつて、ミューゼシアが2人きりで過ごせる空間を用意したように。
そうなれば、クーリアの最初の突飛な申し出も筋が通るように感じるが。
「……でも、あなたが単にバトレアスと逢瀬を楽しみたいって言うのもあるわよね?」
「……否定はしません」
「やっぱり」
近頃、クーリアはバトレアスのこととなると途端に思考が単純化する、とミューゼシアは思うようになった。デートがしたいと言い出したのも、本心が聞きたいという理由はあるだろうが、大部分は普通にバトレアスと一緒にいたいのもある。
「デート」と言うからには、2人きりで過ごす空間ではなく、都市の世界のようなドレミ界の外での時間を望んでいるのだろう。
それを拒絶するほど、ミューゼシアも非情にはなれない。
「その意思は尊重するけれど――」
そうして話を続けようとしたところで、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
一礼と共に入ってきたのは、噂をすれば何とやら、バトレアスだ。その手にはひとつの封筒が握られている。
「先ほど郵便受けを見ましたら、こちらが」
「ありがとう」
バトレアスは、クーリアを横目に見つつ封筒を渡してくる。ミューゼシアそれを受け取り、机の引き出しからペーパーナイフを取り出し、慎重に封を切って中身を確認した。
そして、ざっと読んでから。
「ご苦労様。これはこちらで確認するから、バトレアスは下がって大丈夫よ」
「承知いたしました。では」
退室を促し、バトレアスは大人しく部屋を出て行った。
そして少しの間を挟んでから、ミューゼシアはクーリアを見る。
「タイミングが良いわね」
「え?」
笑顔を浮かべつつ、ミューゼシアはその手紙をクーリアに渡す。
中身はドレミコードへの「依頼」だ。
「この件、あなたに任せようと思う」
手紙に目を通し、内容を概ね把握したクーリアは、視線を上げて頷く。
そして、ミューゼシアは少しだけ笑い。
「彼と一緒に行きなさい」
「!」
「それでまぁ、『依頼』をこなした後は、すぐに帰って来なくても大丈夫よ」
そう告げた直後のクーリアの顔は、本当に嬉しそうだった。
ドレミコードの本分は疎かにしないでほしいところだったので、勿論それは忠告したが。
◆ ◇ ◇
2~3日前にミューゼシアに渡した手紙は、ドレミコードへの「依頼」だった。来るのは随分久方ぶりな気がする。
今回はクーリアがそれを担当することになり、俺も同行するよう言われた。よく考えたら、ミューゼシアの作ってくれた空間を除いて、クーリアと2人だけでドレミ界の外に出向るのも初めてな気がする。
「では、よろしくお願いします」
「ええ。と言っても、そこまで気張らなくて大丈夫よ」
必要なものを準備し、クーリアの下へ向かう。
こちらも久しぶりの「依頼」で、かつ裁判を経てドレミコードの天使であることを自覚したからこそ、緊張感は最初と同じかそれ以上に強い。そんな俺を安心させるように、クーリアは笑ってくれる。というか、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
ともあれ、まずは「依頼」だ。クーリアが開いてくれたゲートを一緒にくぐり、ドレミ界の外へ出る。
ゲートの先にあったのは、何度も訪れた都市の世界とは全く違う、中世ヨーロッパのような雰囲気の町並みだ。4階より高い建物が見当たらず、どこを見渡しても近代的な家屋は見当たらない。陳腐な表現だが、異世界RPGに出てきそうな場所で、行き交う人たちも異文化・異世界的な要素が強い。もれなく、デュエルモンスターで見覚えがるような人も散見するが。
何より、長閑な雰囲気だ。
「穏やかな場所ですね」
「そうね」
ふと抱いた感想を零すと、クーリアも辺りを見回して頷く。が、そんな感傷に耽るのもほどほどにして、クーリアの先導で依頼主の下へ向かうことにした。
辿り着いたのは、町の一角の2階建ての建物。そこで出迎えてくれたのは、薄い茶色の長い髪の女性で、年齢は20~30代ぐらいと見受けられる。名前は「ビブリオ」とのことだ。
そのビブリオに招き入れられた中は、沢山の本が納められた棚で四方の壁が囲まれ、書庫のようになっている。本独特の匂いが漂ってくるが、埃っぽさはなく、整理整頓と清掃が行き届いているのが分かった。さらに、窓は太陽の角度を計算して光が本に当たらないようにし、本をとても大事にしているのが随所で見え隠れしている。
「物珍しいかな?」
「……失礼いたしました。何分、こういった場所に来ることがほとんどなくて。とてもきれいな場所だなと」
「それは嬉しい。仕事場を褒められるのは悪くない気分だ」
ビブリオに問われたので正直に答えると、ビブリオは少しだけ得意げに笑う。
俺とクーリアは、書庫の一角にある応接用のスペースに導かれた。そこでビブリオは紅茶を3人分用意し、さらには俺にも着席するよう促してくる。問題ないかをクーリアに視線で確かめ、大丈夫と頷かれたので、俺はクーリアの隣に座った。
「改めて、今回の『依頼』についての確認ですが……心の病を負った少年を救いたい、と?」
「ああ、そういうことだ」
紅茶を一口だけいただいてから要件を確認すると、ビブリオが頷く。俺が依頼に同行するにあたって、例の手紙の中身も読ませてもらっていた。そこにも依頼の要旨は書いてあったが、やはり本人の口から確認を取ることは大切だ。
そこで、分からない点がある。心の病を治す……つまり癒すのであれば、水属性のグレーシアかエリーティアの領分のはずだ。風属性のクーリアは、「意思を前に向ける」力に長けていたはずだが、ミューゼシアは何故クーリアにこの件を任せたのだろう。
「その少年は、今どういう状態なんですか?」
「すぐさま命の危険につながるというわけではない。ただ、このままにもしておけなくてね」
さらに質問すると、ビブリオは脚を組んで答えてから、自分で淹れた紅茶を一口飲む。一刻を争う事態、というわけではなさそうなのが、安心できるポイントだろう。
そこで、クーリアもまた紅茶を一口だけ飲み、ビブリオに話しかけた。
「その子とは……親しいのですか?」
「そういうわけでもない」
クーリアの質問に、ひょいと答えるビブリオ。
俺は少しだけ、意表を突かれた気分だ。ドレミコードに頼ってでも救おうとしているのだから、浅くない関係だと思ったから。俺の驚きはクーリアも同じのようで、顔を見合わせる。
「まぁ、なんというか……どうにかして救いたいんだ」
言いながらビブリオは、テーブルの傍らに置いていた本を中央に置く。小説や学術書などではなく、ファンシーなタッチの絵柄が描かれた表紙と本の薄さからして、絵本。表紙の片隅には、ビブリオの名が書いてある。
「私は絵本メインの作家をしている。それで『お手伝い』と協力し、本の読み聞かせなんかも子供向けにやっているんだ。学校や保育園、養護施設なんかでね」
パラパラと、手遊び感覚で絵本を捲るビブリオ。
ビブリオの背後をちらと見る。応接スペースの隅に作業机と思しきものが見えた。これだけの本に囲まれているのも、本に関わる仕事を生業にしているのなら納得だ。
――くす……くす……
――ふふふ……
その時、どこからか聞こえてきたのは、女の子の笑い声。それもひとりやふたりではない。
俺だけが聞こえたものではなく、クーリアも聞こえたのか辺りを見回している。だけど、人影は見当たらない。
そこでビブリオの視線を感じ、俺たちはそちらに目を戻す。
「しかしある日、私たちの本を読んで聞かせても、全く気分が晴れないという少年に出会った。知り合いの『魔工技師』曰く、その子は心に病を抱えているらしくてね……」
ビブリオの表情が曇った。その時の子供の顔を見た時、あるいは状態を知った時、つらさや痛みを感じていただろうことが伝わってくる。
「その病は、魔術や薬物を使えばすぐに治せるが、心身共に幼い身にはお勧めしないと言われたんだ」
俺は既にオカルト寄りの存在となってしまったが、魔術についてはさっぱりだ。それでも、例え治療目的だとしても、子供に使うことで副作用を及ぼすとなれば、魔法というものも万能ではないことぐらいは分かる。それに、子供にそういう施術をすることが危険では、という不安も分かる気がした。
「私たちと少年は、旧知の仲というわけではない。しかし、私たちの本でも取り戻せなかったその子の心を救ってやりたい。言ってしまえばエゴだが、放っておけないのさ」
「……」
「どうにかしてやりたくても、その方法が分からなかった。しかしある時……君たちのことを知ったのさ」
クーリアが頷く。
本当に救いの手を求めている時にこそ、ドレミコードの存在は感知できるようになる、と俺はミューゼシアから聞いていた。ビブリオにとっては、それがその時だったのだろう。
「……見ず知らずの子を救いたいと強く願うそのお気持ちは、見習いたいです」
「ありがとう。天使に褒められるのは中々新鮮だ」
クーリアが感服したように告げると、にっこりビブリオは笑う。そうして絵本を閉じた。
「少年は、その病の影響もあり、心が淀んでいる。その心をどうにかして前に向けられれば、自ずと病は治る……そう『魔工技師』から聞いた」
「……なるほど」
話を聞き、俺は納得できた。
風属性のクーリアの力は、「意思を前に向ける」きっかけをもたらす。それで、その少年の心を完治まではできずとも、快方へ向かわせるわけだ。同じ風属性のドリーミアが担当してもいいはずだが、ミューゼシアの差配についてこれ以上疑うわけにもいくまい。
「承知いたしました。そう言うことであれば、謹んでお受けいたします」
「感謝するよ」
クーリアが頭を下げ、俺も自然に頭を垂れる。顔を上げると、ビブリオは微笑んだ。
◇ ◆ ◇
紅茶を飲みつつ具体的な話を詰めた後、俺とクーリアはビブリオに別の場所へ案内された。ビブリオの「仕事場」から少し離れた場所にある3階建ての建物で、広場が隣接してるそこは孤児院だ。ビブリオは勝手知ったる様子で敷地に入り、俺とクーリアも続く。
最初に出迎えてくれたのは、黒く長い髪を後ろで結い、エプロンを着けている先生らしき女性だ。その先生に案内され、建物の中へ進む。学校で嗅いだ覚えがある、独特の匂いがした。
やがて先生が手で示したのは、ひとつの教室。しかし扉を開けはせず、扉の窓から中の様子を確かめるように、と指さされる。
「お姫様は、王子様にこう言いました。『私はあなたのことが好きです。どうか、私と結婚してください』! お姫様はそう言って、王子様に口づけをしました」
教室では、10人程度の子供たちに向け、ひとりの女性が緩急をつけながら絵本を読み聞かせていた。薄い紫色の髪と白いカチューシャ、ピンクのリボンで髪を飾り、大きなエメラルドグリーンの瞳が特徴の女性は、こう言っては失礼だがビブリオよりも僅かに若々しい気がする。
「すると、どうしたことでしょう。突然王子様の身体が光り輝き、やがて王子様の牛のお顔は、カッコいい人間のお顔になっていたのです!」
その女性が絵本を捲り、感情を込めて言葉にすると、子どもたちは前のめりになった。見ている人を引き込むような語り口に、俺も素人ながらに感心する。
だがよく見てみると、子供たちの中に1人、浮かない顔をしている少年がいる。目線は絵本を読み聞かせる女性に向いているが、心ここにあらずという感じだ。
「けれど王子様はこう言いました。『ごめん、僕は君と結婚できない。だって君が好きになったのは、牛の顔だった僕なんでしょう?』王子様は、涙をポロリとこぼします……」
その少年に気づいているのかいないのか、分からないが女性は読み聞かせを続ける。ひとりの少年を気にして止めるわけにも行かないからだろう。
「だけどお姫様は、そんな王子様の手を握って、目を真っ直ぐに見て言いました。『違うわ。私が好きなのは、あなたの優しくて、逞しい心。その心があれば、あなたが牛でもなんでも関係ない! 私はあなたのことが大好きなの!』」
同じく隣で様子を見るクーリアが、頷いていた。読み聞かせの腕に感心しているのか、それともストーリーに共感しているのか。
「そんなお姫様の言葉に、王子様は今度は嬉しそうに涙を流し、ついには笑顔になりました……!」
一方、読み聞かせをしている女性は、最後らしきページをめくる。そこに描かれていたのは、結婚式の様子のようで。
「そして王子様は、改めてお姫様のプロポーズを受け入れ結婚し、幸せになりましたとさ。めでたし、めでたし……」
『おー……!』
結びの言葉を女性が告げると、無邪気に子供たちが声を上げ、パチパチと拍手をする。
例の少年に関しては、同じように手を叩いてはいるものの、やはり気持ちがそこにないというか、満たされていないように見えた。
その時、ビブリオに肩を叩かれると、先生に隣の教室へ招き入れられた。そちらには、中に誰もいない。
「今読み聞かせをしていたのはカタリナ。さっき言った『お手伝い』で、弟子みたいなものだ」
「なるほど」
「で、あの中に件の少年がいたわけだが……気づいたかな?」
ビブリオの質問に俺とクーリアは頷く。あの少年の異変に最初に気づいたのは、恐らくカタリナだったのだろう。
「では、ここからはお願いしてよいだろうか?」
「承知いたしました」
ビブリオが改めてお願いしたところで、準備を始める。と言っても、楽譜と譜面台を広げ、クーリアが指揮をしやすいようにするだけだが。
譜面台に楽譜を開いたところで、クーリアがタクトを軽く振り、妖精体が姿を見せる。落ち着いているビブリオの側で、先生はその妖精体を見ると、口元を押さえて驚いていた。こういう非現実的な存在を目にするのは初めてらしい。
だが、クーリアが楽譜に従いタクトを振ろうとしたところで。
『えー、あなたみたいな子がぁ?』
ひどく侮るような女の子の声が、どこからか聞こえた。しかも、それは普通の人が発する声とは聞こえ方が違う。クーリアや妖精体にも聞こえたのか、演奏を中断した。
直後、妖精体の近くで光が弾け、背丈が人の頭ぐらいしかない少女が姿を見せる。擬人化されたリスのような姿形で、ドレスを着ていて「お姫様」のような見た目だが、色は全体的に薄い水色だ。そしてその少女を見た途端、ビブリオが「あっ……」と気まずそうな声を上げる。
『あなたなんかに、あの子は助けられないと思うわねぇ?』
『あら、私たちはあなたのご主人様の頼みでここへ来たんだけど?』
リスっ子の挑発的な言葉に反論する妖精体。すると今度は、キツネを擬人化した女の子が現れた。こちらは古代日本の后のような装いで、やはり全身が薄水色だ。
『でも、あなたみたいなちんちくりんに頼るのはちょっと不安って言うか、嫌って言うかだし?』
『ちんちくりんって、あなたも似たような感じじゃない』
珍しく、妖精体がちょっと怒るように言い返した。クーリアを見るが、彼女は肩を竦めている。どうやら、昔から強気なところはあったらしい。
一方、動物を擬人化したお姫様は見えないのか、先生は首を傾げている。それを気の毒に思ったらしいビブリオが、先生を一度教室の外へと連れ出した。
『とにかくぅ、あなたなんかに頼らなくたって、マスターとカタリナだけであの子は救えるの! だからあなたなんてお呼びじゃないわけよぉ!』
『そのマスターが頼んできたのよ? マスターの意向は尊重したらどうかしら?』
言い争いを始めてしまった妖精体と、謎のお姫様たち。これでは演奏どころではない。
「そうか、その妖精さんも彼女たちが見えるわけか」
教室に戻ったビブリオが、苦笑しながらお姫様たちを指し示す。ここはビブリオに詳しく聞くことにした。
「この子たちは?」
「私の本作りを助けてくれる子たちだ。主にアイデアを出してもらったりしてね」
ビブリオが近づくと、妖精のお姫様たちはビブリオに擦り寄る。彼女には懐いているようだが、妖精体にはべーと舌を出してきた。クーリアの妖精体は、ふんとそっぽを向き、やがて俺の頭に座り込む。
「これでは……『依頼』もこなせそうにないかな?」
「……そう、ですね」
クーリアの妖精体が、妖精のお姫様を認知できてしまう以上、横からやいのやいのと言われながら演奏するのは無理だろう。妖精体とコンビを組んで長いクーリアでさえいい返事をしないのだから、多分失敗すると思う。
集中力を切らした状態で演奏すれば、どんな影響が出るか。良くない結果を招くことは、俺にも分かった。
そこでビブリオは、妖精のお姫様たちに視線を向ける。
「なぁみんな。彼女は私が頼んで呼んだんだ。あの子のことを助けてやりたいけど、私とカタリナだけではできそうにない」
『そんなぁ……』
「勿論、私たちの絵本で元気にさせてあげられれば、どれだけよかったか……。だけど、それはできないし、放っておくこともできない。だからここは、頼むよ」
『いや!』
ビブリオの懇願も、キツネっ子に跳ねのけられてしまった。
『だって、あんな他所の妖精なんかにマスターの役目を取られるなんてすごい嫌なの!』
「君も妖精だろうに……。同じ妖精同士、仲良くしてくれよ」
『ダメなものはダメ!』
同じ妖精の類であっても線引きは難しいらしい。うーん、とビブリオは悩む。
俺とクーリアも顔を見合わせ、どうすべきか困ってしまう。依頼を正式に受けた以上、妖精体同士の仲が悪いから中止、としてしまうのも後味が悪い。かといって、このままでは演奏もままならない。
そこで、ビブリオは息を吐くと。
「仕方ない、デュエルで決着をつけよう」
「「『え』」」
その提案に、俺とクーリア、その妖精体が声を重ねる。
「この子たちとの関係は壊したくはない。何せ、私の人生の半分はこの子たちのおかげと言っていいからね。かといって、あの少年は放っておけない。だからこそ、どうするかをデュエルで決める」
「……具体的には?」
「私が負けたら、あなたたちに一任しよう。だけど私が勝ったら、この子たちの意思を尊重する」
「なるほど……」
ビブリオと妖精のお姫様たちにも、大切な絆というものがあるらしい。それを裏切れないからこそ、デュエルで白黒つけるというわけか。
となれば。
「……クーリア様、ここは俺が」
「え……?」
先に言うと、クーリアは眉を顰める。
「依頼の前にエネルギーを消費してしまうのは、あまりよろしくないでしょう。それに万が一、負傷などしてはなりません」
デュエルでは思考と精神力をそれなりに使う。前世では多少ぐらいでしかなかったそれが、精霊界では一層顕著だ。それに、程度を間違えれば怪我をするリスクもある。いくらクーリアがグランドレミコードの力を有しているとしても、依頼の前に消費させるわけにはいかない。
「でも、あなたは……」
そんなことはクーリアも分かっているだろうが、それでもクーリアはいい顔をしない。
何を心配しているのかは、俺だって分かる。
「俺のことはお気になさらず。皆さんの負担を最小限に抑えるのも、今の俺の役目です」
アポロウーサからは何か小言を言われるかもしれない。だが、こちらはドレミコードの役割が懸かっているのだ。それに、俺の従者としての役割は言った通り。ここで傍観に徹するわけにはいかない。
「それに……俺はもう、
俺はそこで、腰に下げたデュエルディスクに手を添えて、自信を持って伝える。
クーリアは少しだけ口を閉ざしたが、ついには笑って頷いた。
「……覚悟は決まったようだね」
ビブリオが、俺たちを見て笑う。
頭の上で、妖精体が「頑張って」と頭をペチペチ叩いて励ましてくれた。そう言えば、頭の上に乗っていたままだ。
◇ ◇ ◆
教室の中は窮屈とのことで、ビブリオが先生に頼み、デュエルは広場ですることになった。
しかしそうなると、必然的に施設の子供たちの注目を集めることにもなる。
「あっ、ビブリオさんだ!」
「久しぶり〜!」
「デュエルするのー?」
子供たちはビブリオと親しいらしく、名前を呼んだり手を振ったりしている。この状況でデュエルをするのは、別の意味でプレッシャーだ。
しかし、あの男の子の姿はない。
「ビブリオさん、これはまたどうして……?」
「いやぁ、ちょっとね」
さらにカタリナも見に来たが、事情を知らないせいで混乱している。視線が合ったので、俺はカタリナにも会釈をしておいた。
クーリアは、子供たちやカタリナと距離を置き、妖精体はクーリアの左肩に座っている。子供たちは遠巻きにクーリアとその妖精体を見ているが、積極的に接しようとはしない。
「では、バトレアス。お互いに頑張ろうか」
「分かりました」
デュエルディスクをお互いに展開する。ビブリオのディスクは、単行本を開いたような形の本体、栞を扇状に5枚並べた盤面をしていた。
「「デュエル!」」
バトレアス LP4000
VS
ビブリオ LP4000
デュエルディスクが示したのは先攻。
手札を見るが、案の定【ドレミコード】ではない。ただ、子供たちの前でデュエルをする分には、色々な意味でうってつけだろう。
「俺の先攻。俺は《ブンボーグ
まず召喚するのは、定規を模したブレードとスカウターを備える、オレンジをベースカラーにした小さなロボットだ。
ブンボーグ003
ATK500 レベル3
「えー、攻撃力500~?」
「なんかよわそー」
その低いステータスに、早速子供たちのテンションが下がる。どうやら、攻撃力が低い=弱いという意識があるらしい。最近のデュエルモンスターは決してそんなことはないが、それについて講釈を垂れる場ではない。
「003の効果発動。このカードを召喚した時、デッキから他の『ブンボーグ』1体を特殊召喚する。現れろ、《ブンボーグ
003の横に現れたのは、修正ペンのような銃を左腕に装着する、黄緑色のロボットだ。
ブンボーグ002
DEF500 レベル2
「特殊召喚した002の効果発動。デッキから他の『ブンボーグ』カード1枚を手札に加える。俺は《ブンボーグ
ブンボーグ003
ATK500→1000
「魔法カード《アイアンドロー》発動。俺の場に、機械族の効果モンスターが2体だけ存在する場合、新たに2枚ドローできる。ただしこの効果の発動後、ターン終了時まで俺はモンスターを1度しか特殊召喚できない」
引いた2枚は、いずれもこのターンにはすぐ使えないカードだ。しかし無駄にはならないので、頭に置いておきつつ次の手を打つ。
「魔法カード《機械複製術》発動! 攻撃力500以下の機械族1体を対象とし、その同名モンスターを2体までデッキから特殊召喚する。現れろ、2体の002!」
ブンボーグ002 ×2
DEF500 レベル2
《アイアンドロー》で制限されるのは特殊召喚の回数だけ。一度に複数体呼べる《機械複製術》はその制約に引っかからない。
「特殊召喚した2体の002の効果も発動。《ブンボーグ
ブンボーグ003
ATK1000→2000
ブンボーグ002 ×3
DEF500→1500
「そしてカードを2枚伏せてターンエンド」
「いいね。あっという間にモンスターを4体、しかも手札はまだ5枚。こちらも腕が鳴る」
不敵に笑いながら、ビブリオはデッキに指をかける。その顔と言葉からして、彼女もデュエリストとしての経験は積んでいるようだ。一体、どんなデッキで戦うのか。
「私のターン。私は《
ビブリオの下に現れたのは、和服の袴から黄色い尻尾を生やし、長い黒髪から耳を生やす、キツネのような女の子。位の高い雰囲気を見せるそれは、さっきクーリアの妖精体に嫌味を言った個体によく似ている。
妖精伝姫-カグヤ
ATK1850 レベル4
「わー、かわいい~!」
「ふふ、ありがとう」
デュエルを観ている女の子のひとりが無邪気に笑うと、ビブリオは手を振る。さらに、フィールドのカグヤもその子へ上品に微笑んだ。
「カグヤを召喚した時、私はデッキから攻撃力1850の魔法使い族モンスターを1体手札に加えることができる。私は《妖精伝姫-マチリル》を手札に。そしてこのマチリルは、私の場に攻撃力1850の魔法使い族が存在することで効果を発動し、手札・墓地から特殊召喚できる!」
今度は、赤い服に身を包むネズミのような耳と尻尾を生やす女の子だ。デュエルを観ている子供たちから、また楽しそうな声が上がる。
妖精伝姫-マチリル
ATK1850 レベル4
しかし、マチリルは墓地からも特殊召喚できるらしい。となれば、中盤以降もその効果は多用されるだろう。心に留めておかなければ。
「特殊召喚したマチリルの効果発動。デッキから『妖精伝姫』と名のつく魔法・罠カードを1枚手札に加えることができる。《テールズオブ妖精伝姫》を手札に加えよう」
カグヤでサーチしたモンスターを特殊召喚、さらにまたサーチ。無駄がないカード裁きをする。
「魔法カード《融合》を発動。カグヤとマチリルを融合する!」
フィールドに融合の渦が現れ、カグヤとマチリルはそれぞれ両手を合わせて瞳を閉じ、渦に吸い込まれる。
「その手で生み出す悲喜交々の物語。願うは慈愛と共生の心! 融合召喚! 現れろ、レベル4!《妖精伝姫を紡ぐ者》!!」
妖精伝姫を紡ぐ者
ATK1850 レベル4
現れたのは、ゆったりとした服に、長く薄い茶髪の女性。それはまさしく――
「ビブリオさんだ!」
男の子が声を上げた。
その通りで、フィールドに現れた《妖精伝姫を紡ぐ者》はビブリオと同じ姿だ。クーリアやスノードロップたちと同様、ビブリオもデュエルモンスターというわけか。
「自分と同じ姿のモンスターを使うのは少々恥ずかしいが……このモンスターの効果を発動。1ターンに1度、デッキもしくは除外状態の『妖精伝姫』モンスター1体を特殊召喚する。現れろ、《妖精伝姫-シラユキ》!」
フィールドの《妖精伝姫を紡ぐ者》が本を取り出してページを開くと、その中からドレスを着たリスのような女の子が現れる。さっきクーリアの妖精体にいちゃもんをつけていた妖精と同じ姿だ。
妖精伝姫-シラユキ
ATK1850 レベル4
「この瞬間、私自身とシラユキの効果を発動。シラユキが特殊召喚した時、相手フィールドの表側表示モンスター1体を裏側守備表示にする!」
指さされたのは、真ん中にいた002。それに向けて、シラユキがポケットからリンゴを取り出すと投げつけてくる。リンゴをぶつけられた002は、横向きのセット状態になってしまった。
ブンボーグ003
ATK2000→1500
ブンボーグ002 ×2
DEF1500→1000
「私自身の効果は、地属性以外の『妖精伝姫』モンスターが召喚・特殊召喚された時、相手フィールドの効果モンスター1体の効果を無効にする。対象は003だ!」
「く……」
「そのカードは、まだ何か効果を隠しているようだしね」
ビブリオの読みは正しい。003にはまだそれなりに強い効果があったため、それを無効にされるのは痛い。
だが、それだけではないらしく、ビブリオはさらに笑った。
「そして、効果が無効になったそのモンスターの名前は《妖精の王子様》となる!」
「妖精の王子様!?」
あまりにメルヘンチックな名前に面食らい、デュエルディスクを見る。確かに、フィールドに出していた《ブンボーグ003》のカード名の部分が、《妖精の王子様》に書き換わっていた。
「私自身の効果で、フィールドの《妖精の王子様》は魔法使い族となる!」
指さされた003が淡い光に包まれる。頭身の低いオレンジ色のロボットは、艶のある黒い髪を伸ばし、オレンジを基調とした貴族服を着る、人間の青年のような王子様になってしまった。女の子の誰かが「カッコいー!」と黄色い悲鳴を上げている。
「これでそのモンスターは、君の002の恩恵を受けられない!」
妖精の王子様(ブンボーグ003)
ATK1500→500
「さらに装備魔法《テールズオブ妖精伝姫》を私自身に装備。これを装備したモンスターの攻撃力は1000ポイントアップする!」
妖精伝姫を紡ぐ者
ATK1850→2850
攻撃力が随分高くなった。これで攻撃を受けたら一気に2350のダメージ。後攻1ターン目に受けるダメージとしては大きすぎるが。
「《テールズオブ妖精伝姫》のもうひとつの効果! 1ターンに1度、私の手札・フィールドのモンスターを素材に魔法使い族の融合召喚を行う。さらにこの時、相手フィールドの《妖精の王子様》も融合素材にできる!」
「何!?」
「よって、シラユキと、君の《妖精の王子様》を融合する!」
再びフィールドに融合の渦が出現する。
だがそこで、シラユキはぴょんと跳んで《妖精の王子様》……もとい003の前に立つと。
『王子様、あなたの仲間を大切に想う心に惹かれました……。どうか、私と添い遂げてください!』
『シラユキ様……僕でよければ、喜んで』
喋ったああああああああああああああ!!
『喋ったああああああああああああああ!!』
俺と全く同じ感想を子供たちも抱いたらしく、驚きと興奮が混じった声を上げている。そんな俺たちの前で、2体のモンスターは手を取り合いながら融合の渦に吸い込まれた。
「一瀉千里の語り口。誰も彼もをお伽噺の世界へ惹きつける、若き大物! 融合召喚! きたまえ、レベル4!《妖精伝姫を語る者》!!」
妖精伝姫を語る者
ATK1850 レベル4
「あっ、カタリナお姉ちゃんだ!」
「いやぁ、ちょっと恥ずかしいね」
ひとりの女の子がフィールドを指さすと、デュエルを観に来ていたカタリナが照れ臭そうに笑う。
確かに、《妖精伝姫を紡ぐ者》の隣に新たに現れたモンスターは、まさにカタリナと同じ姿かたちをしている。
「《妖精伝姫を語る者》が、《妖精の王子様》を素材に融合召喚したことで効果発動! 相手フィールドのカードを全て破壊し、破壊したカード1枚につき500ポイントのダメージを相手に与える!」
「「なっ……!?」」
発動した効果に、俺とクーリアの驚きの声が重なった。
今俺のフィールドのカードは4枚。そのまま破壊されれば2000ダメージ、さらにビブリオの2体のモンスターの攻撃でライフは切れる。ワンターンキル成立だ。
「カウンター罠《デストラクション・ジャマー》! 手札を1枚捨てることで、『モンスターを破壊する効果』を含む魔法・罠・モンスター効果の発動を無効にし、破壊する!」
「おっと、簡単には行かないか……」
手札の《ブンボーグ
「え、あれ……? 私の出番もしかしなくてももう終わり……?」
フィールドに出るや否や退場したのを見て、カタリナが呆然としている。こちらも負けられない闘いなので、勘弁して欲しい。何人かの子供が「ひどーい」とマイルドなバッシングをしてきたが、無視した。
「では、バトルだ。私自身で002を攻撃!」
ビブリオが指さしたのは左側の002。フィールドの《妖精伝姫を紡ぐ者》が本を開くと、その中からさっきも見たカグヤの幻影がを見せ、持っていた扇子で突風を発生させる。それによって002は吹き飛ばされてしまった。
ブンボーグ002
DEF1000→500
「私は永続魔法《
よもや、ワンターンキルを狙って来るとは思わなかった。
紙一重でそれを避けられたことに、生唾を飲み込んで安堵する。
《残酷》
男の子「
クーリア「…………………………………………………………………」
バトレアス「クーリア様! 子供の言葉です、お気にせず! あなたはとっても若くて美人です!(早口小声)」
女の子「
バトレアス「………………………………………………………………」
ビブリオ「道徳教育の時間を増やすことを勧めるよ」
先生「そうします……」