ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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ご無沙汰しております。
新たに第三部の投稿を始めてまいります。
全体的に亀の歩みな執筆速度のため、ごゆるりとご覧いだければ幸いです。


第三部第1章
第96話:異変


 

 「それ」はある日、突然起きた。

 

 

 魔法族の町の一角にある、ひとりの魔女の居室。

 

「……んぉ?」

 

 被っていた布団から頭を出したその魔女は、寝ぼけ眼をこすって部屋を見回す。机の上に開けたままの魔導書、壁に立てかけた杖、床に散らばる開きっぱなしの本、お菓子の空袋は、寝る前と変わらない。自分の身体をまさぐってみても、どこにも異常はなかった。

 窓にかかる紫のカーテンを開けてみる。広がる夜の景色は、今までずっと見てきたものと変わらずにきれいで静かだ。

 

「気のせいかなぁ……ぁふ」

 

 何も、変わったところはない。

 なら、さっきの言葉にできない感覚は、本当に気のせいだったのだろう。原因が分からないし、しかも深夜で考えがまとまらない。なので、その魔女はまた布団を被り、明日の自分に詳しいことを任せ、再び睡魔に身を委ねることにした。

 

 

 僻地にある朽ちた古城。

 

「……?」

 

 黒髪の少年は、魔術の鍛錬を止めて夜空を見上げた。数多の星々が光を放っているのに変わりはない。近くにある水たまりの水面は穏やかで、何かの怪異が潜んでもいなさそうだ。

 では、さっきの感覚は何だったのだろう。

 

「……おっと」

 

 肩に止まった使い魔が、身体を震わせ身を寄せてくる。さっきの「それ」を感知したのか、それともこちらが不安になっているのを感じ取ったのか。見た目は少し禍々しいが、可愛いところがある。

 

「よしよし……大丈夫だ」

 

 身体を撫でて、気持ちを落ち着かせる。

 だが、大丈夫と口で言っても、さっきの感覚は気のせいと思えない。

 むしろ、嫌なことが起こりそうな予感がしてならなかった。

 

 

 真夜中でも昼のように輝く、摩天楼の片隅。

 

「……今の、気づいたか?」

「はい」

 

 街の見回りをしていた剣士は、側近に問いかける。彼女もさっきの感覚は認識できたようだ。

 周囲の状況を確認するが、どこかが停電したり、火事や事件が起きた様子もない。見る限り、日常は「まだ」壊れてはいなかった。

 

「こういう感覚を信じるのは、あまり好きではないが……」

 

 夜空を見上げる。星明かりは、摩天楼の輝きに押し負けてまばらにしか見えない。少し離れた自然豊かな地域であれば、ちゃんと星が見えるだろう。

 だが、重要なのは星の有無ではない。他の地域でも何事も起きていないのかだ。

 

「……何事もないことを祈ろう」

 

 呟くと、側近はグラスを掛け直し頷く。

 口にした通り平和が一番だ。それが崩れないことを祈る。

 

 

 アロマの庭。

 その一角にある、住人たちが暮らす家屋の一室で、ベルガモットが目を覚ました。

 

「……なんだ、今の?」

 

 ベッドから起き上がり、周囲を見渡す。部屋の中はもちろん、カーテンを開けた窓の外にも、変わったところはない。

 

「……すぅ……すぅ」

 

 隣で寝ている、アロマの庭にやってきた転生者のラベンダーに視線を落とす。彼女はさっきの感覚に気付かなかったようだ。

 そんな彼女の灰色の髪を静かに撫でる。

 こちらの世界に来た直後、ヴァーディクトの手下の襲撃を受けて怪我をしたラベンダーだ。どういう理由でこちら側に来たのかは分からないが、彼女を引き取ろうと最初に決めたのは、マグノリアとベルガモットだった。

 だからこそ、この庭にいる限り、彼女のことは守り抜く。

 今の感覚が気のせいであろうと、なかろうと。

 

「……必ず守る」

 

 自分の決意を静かに告げて、ベルガモットは再び眠りに就いた。

 

 

 ドレミ界。

 考え事と夢の中間みたいなものが頭に浮かんでいたバトレアスは、「それ」を感知して脳が覚醒した。

 

「……!」

 

 起き上がり、すぐに窓の外を見る。ドレミ界の夜空は、宇宙みたいに透き通り、ただの黒や紺一色ではないグラデーションがかった、まさに星の海。しかしそれ自体は見慣れたもので、特別なものは他にない。

 であれば、さっきの感覚は何か。

 こういうことを気のせいで片づけられない性分なので、バトレアスは部屋の外に出る。向かうのは、より広く外を見られる談話スペースだ。

 壁一面がガラス張りのその部屋からは、広々としたドレミ界の景色と夜空が見える。だけどやはり、何も変わったものは見えなかった。

 

「バトレアス」

 

 後ろから声を掛けられて、振り向く。

 寝間着を着たクーリアだった。

 

「あなたも感じた?」

「……はい。気のせいと思いましたが、どうも違うようです」

 

 さっきの感覚が自分ひとりのものだったら、バトレアスも本当に気のせいで処理できた。しかし、クーリアも同じ感覚を得たらしい。それなら、さっきのは最早明確な異変だ。

 

「……何かが、起きようとしている」

「それも、嫌な感じのものがね」

 

 今のが良い前触れとは思えない。空を見上げながら懸念を示すと、隣に立ったクーリアも同じように窓の外を見る。

 そして、静かにバトレアスの手を握ってきた。

 

「……何が起きても、私たちのやるべきことは変わらない。でしょう?」

「勿論です。皆さんのために戦います」

 

 お互いの意思を確認し合い、笑って頷く。

 そしてバトレアスもまた、手に少しだけ力を籠め、安心させるようにクーリアの手を握り返した。

 

◆ ◇

 

 小雨が降りしきる世界で、ビューティアはタクトを振る。目の前にいる、自分の相方とも半身とも娘とも言える妖精体は、ビューティアの指揮に合わせてハープを静かに奏でていた。その音色は雨に飲まれ、聞こえ方が普段と少しだけ違う。

 ドレミコードの使命である「浄化」。悪天候で演奏が困難な場合は日時をずらすこともあるが、この程度の雨なら問題はない。音の響きが変わっても、旋律自体に特殊な力が宿っているため、それを奏でられればいいのだ。

 

 今いるのは、ビューティアが「浄化」を担当している世界。高度な科学文明が栄えていたが、ある時人工知能が暴走を起こし、連動した機械によって人類がほぼ絶滅。それでも知能と意思を持った機械が作り上げた大国同士での戦争が続く、暗澹たる背景を持っていた。

 人類が滅んでしまったのもそうだが、残った機械同士も争い続けているのが、ビューティアはとても悲しかった。しかも、残されたわずかな人類をも戦争の道具として利用しているのだから、余計胸が痛む。

 例え感情がなくとも、機械同士であれば協力し合ってほしい。数少ない人類さえ争わなければならないのだから、それもどうにかしたい。その世界を生きていない人にとっては単なるエゴだろうが、それがビューティアの本音だ。

 かといって、同情もほどほどにしないと、感情移入しすぎて「浄化」の範疇を越えかねない。ドレミコードに求められるのは、悲惨な世界や出来事を真摯に受け止め、かつ適度に感情移入できる心の強さだ。

 

 その点で言うと、バトレアスは「浄化」に向かないとビューティアは考えている。

 バトレアスは、以前クーリアの「依頼」に同行した際、不測の事態で受けたデュエルで人の心を変えるきっかけを生み出したらしい。それ自体はビューティアも喜ばしかった。

 しかし、彼は優しすぎる。だから、こういう世界を目の当たりにすると、全力で受け止めようとしていつか心を壊してしまうだろう。今までのバトレアスのデュエルや日常を見てきたからこそ、ビューティアはそう言えた。それが全く悪いわけではないが、「浄化」に向くかと聞かれればノーだ。きっと、バトレアスを心から愛しているクーリアも同じ意見だろう。

 

 「浄化」にあたり、ドレミコードには力だけでなく心の強さも必要とされているのだ。

 そしてビューティアは、「浄化」に影響が出ないレベルで、その世界に対して適度な感情移入ができるよう意識のスイッチングができる。以前、バトレアスにデュエルと現実の線引きをするようアドバイスできたのは、その経験によるものだ。

 だから、「浄化」が功を奏したのか不明だが、敵対する国同士の人間が手を取り合いかけた今の状況には――

 

 

「動くな」

 

 

 耳に割り込む、疑念と敵意の混じった、女の低い声。タクトを振っていた手が止まった。

 首に冷たい何かが触れる。目線を落とせば、赤い刀がビューティアの喉仏に添えられていた。少しでも首を動かせば、いともあっさりと血が噴き出すだろう。妖精体は演奏を止めておろおろし、泣き出しそうな顔だ。

 

「振り向くな。抵抗すれば命はない」

「……私のことが、見えているの?」

「とぼけるな」

 

 聞き返すと、刀がほんの少しだけ強く首に押さえつけられた。まだ皮膚は切れていないし、血も流れていない。だけど痛みは少しだけ強くなった。

 

 だが、その痛み以上に気になることが起きた。

 「浄化」の最中だというのに、自分の姿が他人に見えている。

 

 基本的に、「浄化」中はドレミコードの姿は仲間以外に捉えられないし、旋律は世界に自然に存在する音に溶け込むため聞こえもしない。ただし、迷宮姫やクルヌギアスのように単体で力が強い人や、極めて霊感が強い人、心から助けを誰かに求めている人はこの限りではない。

 なら、背中に立つ少女も心から救いを求めているのだろうか。

 

「質問に答えろ。貴様は何者だ?」

「……」

 

 首に添えられている刀のように、冷たくて鋭い口調。自分と同じ女とは思えない声色だ。

 そして、その質問に素直に答えることはできない。理由が何であれ、ドレミ界の外で、ドレミコードとは()()()の人に全てを話すわけにはいかないから。

 

「……この刀を、どけてもらえるかしら。こんな状況じゃ、落ち着いて答えることもできないわ」

 

 振り向かず、前を向いたまま声を発する。喋ることで喉仏に当たる刃がもどかしい。

 そして、正面にいる妖精体に向けてビューティアはウインクする。意図を汲んだ妖精体は姿を消すが、やはり刀がどけられる様子はない。

 

「もう一度聞く――」

「待って」

 

 別の女の声が聞こえた。こちらは最初に聞いた声と違い、どこか柔らかさが残っている。

 

「この状況、この人もどうすることもできないはずだよ。刀をどけてあげて」

「だが――」

「私も、こんなことを言うのは軍人としてどうかと思う。だけど……折角会えた『人類』だもの」

 

 もう一人の少女の、懇願にも聞こえる言葉。

 

「……相変わらず、甘すぎる」

 

 少しの間を置いてから、刀の主である真後ろの少女はそう告げて、刀を首からどけた。さらに数歩引いたのが足音で分かったが、振り返ることは許されないだろう。

 

「改めて問う。貴様は、何者だ?」

 

 三度目の質問を、低い声の少女が投げかけてきた。気持ち少しだけ敵意が和らいだ気がする。

 ビューティアは両手を挙げて、前を向き直す。未だに小雨は止まず、遠くの景色は霞んで見える。雨に交じって吹く風はどこか生温い。

 その風と、微かな雨粒を感じながら。

 

「……悪いわね」

 

 それだけ言って、ビューティアは一歩前に踏み出した。

 

「な――ッ!?」

「やめろ!!」

 

 顔を見なくても、例え声が聞こえなくても、ふたりの顔には焦りと驚きがあるのだろう。

 

 何せここは、この世界でもかなり高い、数百メートルクラスのビルの屋上。

 ビューティアはそこから飛び降りたのだから。

 

 無論、自殺する気なんてさらさらない。ドレミ界にいる仲間たちが悲しむし、使命を全うできないから。

 猛烈な風を受けながらビューティアが地面に向けてタクトを突き出すと、数十メートル下に光のゲートが出現する。ドレミ界に繋がるゲートだ。

 

(分からない。どうして……)

 

 風を浴び、自慢の長い髪とドレスがバタバタと音を立ててはためくのを感じながら、ゲートに戻るまでの10秒足らず。その間頭の中を支配しているのは、さっきの少女たちに存在を見られた謎だ。ふたりとも、他にどうしようもないほど救いを求めていたようには見えない。

 ゲートまで、あと数メートル。

 ドレミ界に着いた際に地面に顔を盛大に擦りつけないよう、体勢を変えると。

 

「―――――ッ!」

 

 目の前に、赤い瞳と緑の瞳があった。

 

◇ ◆

 

 エリーティアの部屋で、恒例となる積読の整理をしていた時。

 

「!」

「……バトレアスさん?」

 

 説明できないが、異変を感じた。しかも、昨夜感じた曖昧ものとは違う、明らかな異物感。

 俺の様子が変わったのにエリーティアは気づいたらしく声をかけてくるが、俺は窓の外に意識を注ぐ。まだ何も起きていないが、確実に何かが起きる予感だ。

 

「エリーティア様、外へ!」

「えっ、ちょ――!」

 

 持っていた本の束を適当にその辺に置き、エリーティアの部屋を飛び出す。途中でいくつもの本の塔を崩してしまったが、片付けるのは後だ。

 廊下を走り抜け、階段を駆け下り、玄関の扉を開けて外へ出ると。

 

「きゃ……っ!」

 

 光のゲートが開き、小さな悲鳴と共に土煙を上げて誰かが滑りこんできた。その土煙の合間に見える、白いドレスと薄水色の髪で誰かは分かる。

 

「ビューティアさ、ま……っ!?」

 

 咄嗟に声を掛けようとしたが、すぐに驚きが頭の中で噴き出した。

 

 土煙が晴れると、そこには3人いた。

 ひとりは、仰向けになってはいるがやはりビューティア。

 そのビューティアに馬乗りになっている、軍服のような黒いコートと帽子を被り、ビューティアの喉仏に赤い刀を突き立てようとしている銀髪の少女。

 そしてビューティアの脇から起き上がる、白を基調とした学生服のような装いの金髪の少女。

 

 あまりにも見覚えがあるが、確実にこのドレミ界にいないはずの人が2人もいる。

 

「バカな……どういうことだ……?」

 

 ビューティアに馬乗りになっている少女が、辺りを見回し困惑していた。人の首に刀を向けているのだから、あまりよそ見をしないでほしい。そんな少女は、俺と視線が合うと。

 

「おい、貴様!」

 

 敵意に満ちた目で、ビューティアに突き立てようとしている刀を構えなおした。

 

「この女の生殺与奪は私が握っている。こいつを殺されたくなければ、私の質問に答えろ!」

「待て、落ちつけ……!」

「ここはどこだ! 貴様らは何者だ!」

 

 足が前に出ない。制止を求めるのが精いっぱいだ。

 少女の脅しは決してハッタリなどではない、本気だと分かる気迫。幸い、ビューティアはぎゅっと目を閉じているが、まだ生きているのが手元のわずかな動きで分かる。

 そして、狼狽えるのも尤もだろう。ドレミ界の非現実的な景色を目にすれば、驚かないはずがない。ドレミコードを知っていた俺でさえ、転生直後は戸惑った記憶がある。

 

「え、嘘……!?」

「これは……」

「どちら様ですか……?」

 

 そこで、エリーティアや、1階にいたグレーシアとプリモアも駆けつけてきた。みんなも、このドレミ界に少女が迷い込んだことに、驚きを隠せないらしい。

 

「……こんなにも、『人』が」

 

 そんな俺たちを、金髪の少女が緑の瞳で見回す。どこか、希望を見いだしたかのような顔で。

 

「これが最後の警告だ! 私の質問に答えろ! さもなくばこいつを――」

()()!!」

 

 殺気の抑えが効かなくなりつつあった銀髪の少女(ロゼ)の腕を、金髪の少女がすぐさま掴んだ。

 

「お願い、落ち着いて。その人を解放してあげよう」

「まだ言うか、()()! ここはどう考えても――」

「私にも分からないよ」

 

 なおも勢いが落ちないロゼに対し、金髪の少女(レイ)は冷静に続けた。

 

「ここがどこで、この人たちが敵か味方か、どんな力を持っているのか、何も分からない」

「なら!」

「だからこそ、私たちが不利……無暗に刺激するとよくない結果を招く。それは分かる」

「ッ……!」

 

 レイの反論に、歯ぎしりするロゼ。

 さらにレイは、ロゼの腕を掴んでいた右手を離し、そのまま自分の左腕を掴む。何かを確かめるように。

 

「しかもここは……私の『術式』も発動しないような特殊な場所。こんな場所で、下手に事を荒立てたら、却って私たちが危ない」

 

 落ち着いた風のレイに言われ、ロゼも荒立っていた気分は幾分静まったらしいが、それでも俺たちへの敵意は消えていないのか、赤い瞳が燃えるように揺れている。そして俺たちとビューティアを交互に見比べ、やがてビューティアの上からゆっくりどいてレイと一緒に数歩引く。

 俺は2人の様子を伺いながら、慎重にビューティアに歩み寄る。そして、本当にこちらを襲うつもりがないのを確認すると。

 

「……ありがとう」

 

 それだけ告げて、ビューティアに駆け寄る。先んじて上体を起こし、ロゼが刀を突き立てようとしていた首に、ポケットから取り出したハンカチを静かに添える。幸い、血が垂れたりはしなかった。

 

「ビューティア様、お怪我は……」

「大丈夫。さっき、ちょっと背中を擦っただけ……」

 

 話し方や表情から、大事には至っていない。それに安心しつつ、エリーティアとグレーシアに目配せをする。意図を察して駆け寄った2人に、ビューティアの介抱を任せることにした。《竜角の狩猟者》の件で、グレーシアとエリーティアは怪我の手当てに通じている。

 

「ミューゼシア様に知らせなければ……」

「私がしておきます」

 

 「編曲」中のミューゼシアは、今この世界にはいない。声を潜めてグレーシアに伝えると、彼女は頷いた。

 続いて、傍でどうすればいいか迷っていたプリモアの肩に、俺はそっと手を置く。

 

「ビューティア様の傍にいてください」

「バトレアスさんは……?」

「……あの2人をどうにかしなければ」

 

 それだけ言って、プリモアの背を軽く押し、ビューティアたちの下へ向かわせる。

 そして俺は、こちらの様子を黙って見ていた2人の少女に視線を向けた。

 

 「レイ」と「ロゼ」。

 遊戯王をプレイしていれば、その名を聞く機会は何度もあるだろう有名な人物……というかモンスター。見た目の可愛らしさだけでなく、深くハードな世界観、テーマの完成度の高さなどから、数あるデュエルモンスターの中でもトップクラスの人気を誇る「閃刀姫」シリーズに属している。

 そんな2人が、何故ドレミ界にいるのか?

 

「あなたの名前は?」

「……バトレアス」

「私はレイ。こっちはロゼ」

 

 レイに名を聞かれて答える。レイは穏やかに微笑み名乗り返すが、ロゼは納得がいかないのか鼻息を荒く吐くだけだ。

 

「あなたたちに手荒な真似はしたくない。だけど、さっきロゼが聞こうとしたことは私も知りたいから、改めて教えてほしい」

「……」

「ここはどこなのか。あなたたちは何者なのか。そしてあなたたちは、私たちの敵か味方か」

 

 聞きたいことは3つ。いずれもシンプルなものばかりだ。

 だけど、ドレミコードの立場として答えられるものは限られる。

 

「……ひとつだけ。我々は敵ではありません」

「で、残りのふたつは?」

「お答えしかねます」

 

 不機嫌そうにロゼが尋ねるが、それはどうしても話せないものだ。

 そして、今の状況が解せないのはこちらも同じ。質問に先に答えたのだから、今度は俺からも質問をさせてもらう。

 

「こちらからも聞かせていただきます。あなた方は、なぜここに?」

「さっきの白い女が、我々の領地にいたからだ」

 

 ロゼがビューティアを指さし、ぶっきらぼうに告げる。さらに何かを続けようとする前に、レイが口を開いた。

 

「私たちの国に『人』はほとんどいない。いたとしても、全員顔を知っている。だけど彼女は、私たちも知らない人だった。だから事情を聞こうとして、彼女を追った結果ここに」

「仮にそいつが敵だったら、知らない内に我々の領土に敵が侵入したことになる。大問題だ。ならば、彼女の詳細を私たちは知らなければならない」

 

 レイの説明は分かりやすい。ロゼの懸念も至極まともだ。

 だけど分からないことがある。

 

 どうして彼女たちは、ビューティアの姿を見ることができたのか?

 

 今朝、ミューゼシアが作って俺が渡した楽譜によれば、ビューティアは「浄化」の任に就いたはず。「浄化」中のドレミコードの存在は、普通はどんな方法でも気づかれないと聞いていた。例外として、そう言った特殊な存在を察知できる力を持つか、心から誰かの救いを求めている場合、存在を捉えられる。

 では、この2人にもそう言った事情があるのだろうか。

 

 いや、もしかしたら。

 昨日の夜に感じた、「あの」感覚。あれが、何らかの影響を及ぼしているのかもしれない。

 

 

「……私たちは、こう見えても軍人。今の状況もそうだけど、彼女のことを分からないままではいられない」

 

 レイの言葉に、意識がそちらへ戻される。そして、胸が詰まるような気分だ。

 歳にしてまだ10代半ばぐらいだろうに、彼女たちは戦場で戦う存在。それも、悲惨な世界でわずかな希望を胸に生きる、健気なんて言葉では片づけられない人生を送っている。そして今も、自分たちの使命を全うしようとしているのだから、見過ごしたくはない。

 それでも、答えられないものはある。

 

「……どうしても、答えられないのなら」

 

 俺が答えを出しかねているのを見て、レイは背中に手を回す。まさか、彼女も刀を抜くつもりだろうか。

 しかし、その予想は外れた。

 

「戦って聞き出すほかない」

 

 素早く左腕に六角形の機械を嵌めるレイ。それがデュエルディスクであることは、一拍遅れで理解した。文字通り生きる世界が違っても、デュエルモンスターの精霊界という枠組みの中にいるのは同じだから、最終手段はデュエルになるのだろう。

 

「本気か?」

「私も、戦いの中であなたと分かり合うことができた。だったら、あの人たちともそれができるかもしれない」

「だったら、私の時のように戦えば……」

「この人たちは、どうも剣術が得意じゃなさそうだし」

 

 ロゼはデュエルという手段に懐疑的だが、レイは優しく首を横に振る。

 そこで、レイは俺たちドレミコードとの相互理解を望んでいるのを理解した。

 つまり、少なくともレイは「本気で」救いを求めていたわけではない。ならば余計、何故ビューティアの姿を見ることができたのか気になる。

 

「私が勝ったら……私たちの知りたいことを教えてほしい。だけどもしあなたが勝てば……その逆よ」

「……つまり、こちらの聞きたいことを教えると」

 

 こちらとしても、2人がビューティアを見ることができた理由は知りたかった。

 そして、ドレミコードの姿を見るができたのであれば、今はこのドレミ界の座標を知ることができなくとも、もしかしたら座標を突き止められてしまう可能性がある。

 だから、このまま有無を言わさず元居た世界に返すわけにはいかなかった。

 

「……」

 

 ビューティアたちの意向を視線で汲む。

 グレーシア、ビューティア、エリーティアの3人とも、頷いた。プリモアは、縋るような目をこちらに向けている。

 

「……いいでしょう」

 

 俺もまた、腰に提げていたデュエルディスクを左腕に嵌め、4人に被害が及ばないように立ち位置を変える。

 そして盤面を展開しようとしたところで。

 

「最後にひとつだけ、あなたに聞きたい」

 

 レイが問いかけてきた。

 

「本当に、ここまでしないと教えてくれないの?」

 

 それは、素直に教えてくれるなら戦わなくていい、ということ。

 本気で俺たちと戦いたいわけではない、ということだ。

 

「……残念ながら」

「……そう」

 

 俺はドレミコードの従者だ。いくら相手が、同情したくなるほどつらい境遇に身を置いているとしても、私情でこちらの機密情報を教えるわけにはいかない。

 ドレミコードのみんなを守るためなら、俺は自分を盾にする。それぐらいの意思でここにいるのだ。

 するとレイは、俺の答えに悲しそうな笑顔を浮かべると。

 

「……つらいね、お互いに」

 

 そう言って、ディスクを展開する。六角形を横に5つ並べた盤面だ。

 

「……まったくです」

 

 俺もまた、五線譜を模したディスクを展開した。

 だけど本音としては、レイの言う通りつらい。

 まだ年端も行かない少女でありながら、戦場で生きて、それでいて他者の命と事情を思いやることができる優しい子と戦うなど。

 

「「デュエル!」」

 

バトレアス LP4000

VS

レイ LP4000

 

 先攻を提示される。

 どれだけ苦しくても、デュエルは止められない。そしてドレミコードの情報は、何としても守り通してみせる。

 

「俺の先攻。俺は魔法カード《ドレミコード・エレガンス》発動! このカードは3つの効果から1つの効果を選んで発動する」

「ドレミコード……?」

「俺は2つ目の効果を選択。《ラドレミコード・エンジェリア》を手札からエクストラデッキに加え、スケール0の《ドレミコード・プリモア》と、スケール7の《レドレミコード・ドリーミア》を、デッキからペンデュラムゾーンにセッティング!」

 

 こちらのことを知らない相手に【ドレミコード】を使うのはリスクがあるだろう。だが、運悪く【ヒロイック】は調整中だし、【糾罪巧(エニアクラフト)】を使うわけにもいかないから致し方ない。

 ディスクに「PENDULUM」の文字が浮かび上がるのと共に、ドリーミアとプリモアが揺蕩う光の柱が2本フィールドに出現した。

 

「これでレベル1から6のモンスターが同時に召喚可能。よってペンデュラム召喚! 現れろ、《ラドレミコード・エンジェリア》!」

 

ラドレミコード・エンジェリア

ATK2300 レベル6

 

 フィールドに現れたエンジェリアは、レイに向けて手を振る。そんな彼女はアタッカーとして申し分ない効果とステータスを持つが、先攻1ターン目ではそれを発揮する機会がない。狙いは別だ。

 

「ここでプリモアのペンデュラム効果発動。俺がペンデュラム召喚した時、ペンデュラムゾーンの『ドレミコード』1枚を手札に戻すことができる。俺はプリモアを手札に戻し、召喚!」

 

 光の柱が消失し、その中にいたプリモアをフィールドに呼び寄せる。彼女もまたレイに対してお辞儀をした。

 

ドレミコード・プリモア

ATK 0 レベル1

 

 その直後。

 背筋を悪寒が走り抜けた。

 

「っ……?」

 

 周囲を見回す。何も、変わったところはない。フィールドにいる3人のドレミコードからも、デュエルを観ているプリモアたちからも、戦っているレイやロゼからも、何も感じない。ドレミ界の景色だっていつも通りだ。

 では、初めて抱くほどのこの寒気はなんだろうか。

 

「俺は……召喚したプリモアの効果発動。デッキから他の『ドレミコード』カードを1枚手札に加える。《幸せの多重奏(ドレミコード・ハピネス)》を手札に」

 

 その感覚を振り払うために、デュエルを続行する。万全を期すために、今手札に加えたカードは必須だ。

 

「魔法カード《幸せの多重奏》発動! このカードもまた、3つの効果から1つを選んで発動できる」

 

 レイのデッキを予想し、その通りだった場合は一分の隙さえ命取りになる。だからここは、できるだけのことをして備えなければ。

 

「俺は手札を1枚選んで捨て、デッキからスケールが異なる『ドレミコード』2体を手札に加える。スケール1の《ドドレミコード・クーリア》と、スケール4の《ソドレミコード・グレーシア》を手札に」

 

 コストにするのは《スキル・サクセサー》。今の手札で、墓地に置いて問題ないカードはこれぐらいだ。

 

「さらに相手フィールドのモンスターより1体多い数まで、手札の『ドレミコード』を特殊召喚する。現れろ、グレーシア!」

「サーチの上に特殊召喚まで……」

 

 《幸せの多重奏》の強力な効果に慄くレイ。

 これは、俺がクーリアの妖精体と力を合わせて生み出したカードであり、その効果を決めることまではできていない。確かに強力だとは自分でも思うし、こちらとて負けられないから許してほしい。

 手札に加えたグレーシアを呼び寄せると、彼女はお腹に手を当てて恭しく頭を下げた。

 

ソドレミコード・グレーシア

ATK2100 レベル5

 

「特殊召喚したグレーシアの効果発動! デッキから『ドレミコード』の魔法・罠カード1枚を手札に加える」

 

 ここで手札に加えるものは少し考えたが、《ドレミコード・フォーマル》にしておいた。そしてもうひと踏ん張りだ。

 

「現れろ、清らかな旋律のサーキット! 召喚条件はペンデュラムモンスター2体。エンジェリアとグレーシアをリンクマーカーにセット!」

 

 2人のドレミコードが頷き合い、フィールドに開かれたリンクサーキットに入り込む。その中から、ベリー色の光が放たれた。

 

「リンク召喚! リンク2、《グランドレミコード・ミューゼシア》!!」

 

□□□ グランドレミコード・ミューゼシア

□◆□ ATK1900

■□■ リンク2

 

 フィールドに現れたミューゼシアだが、レイに向けて鋭い目をしている。俺のフィールドに出したイラストでは確かに笑っているのだが、仲間に手荒な真似をしたことでややお冠と見た。

 そして、さっきまで抱いていた謎の寒気も収まる。無視できないほどのさっきの感覚は何だったのか。昨日今日とおかしなことが起きすぎて、普通を忘れそうだ。

 とにかく、デュエルに集中する。

 

「俺が『ドレミコード』をリンク召喚したことで、プリモアの効果発動。墓地の『ドレミコード』カード1枚、《幸せの多重奏》を手札に戻す」

「く……!」

 

 さっきこのカードの強さを見たから、それを回収したのを見てロゼが歯ぎしりをしていた。

 

「再び現れろ、清らかな旋律のサーキット! 召喚条件はペンデュラムモンスターを含むモンスター2体以上。プリモアと、リンク2のミューゼシアをリンクマーカーにセット!」

 

 今度はフィールドのミューゼシアがプリモアの手を取り、一緒にリンクサーキットへ入り込む。その中から淡い緑の光が放たれ、黄金の風が吹いた。

 

「リンク召喚! 現れろ、リンク3!《グランドレミコード・クーリア》!!」

 

 それは俺にとって頼もしく、最愛のドレミコード。現れたクーリアは、俺を少しだけ見て微笑み、レイに対しても軽くお辞儀をした。

 

□□□ グランドレミコード・クーリア

□◆□ ATK2700

■■■ リンク3

 

「《グランドレミコード・クーリア》の攻撃力は、エクストラデッキのペンデュラムモンスター1体につき100ポイントアップする!」

 

グランドレミコード・クーリア

ATK2700→3000

 

「そして魔法カード《ペンデュラム・ホルト》発動。エクストラデッキにペンデュラムモンスターが3種類以上存在する場合、デッキから2枚ドローする」

 

 このターンにもうデッキからカードを手札に加える手段は他にないため、最後に手札を増やしておく。引いたのは2体ともモンスター、このターンにこれ以上展開しても旨味は薄いから温存だ。

 

「スケール1の《ドドレミコード・クーリア》をペンデュラムゾーンにセッティング!」

 

 先ほど手札に加えていた、素のクーリアをペンデュラムゾーンに置く。光の柱が再び現れ、その足元にスケールを示す「1」の数字が浮かび上がった。

 

「カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 最後に伏せるのは《ドレミコード・フォーマル》。これで少しは防御できるはずだ。

 そして、自分でもかなり最初から長いこと回していたのを思い出し、レイに軽く頭を下げる。

 

「長らくお待たせいたしました」

「そっちがどんなカードを使おうが、どれだけ回そうが、レイにはどうってことない。だろ?」

「うん、そうだね」

 

 何故かデュエルを観ているロゼが得意げに語り、戦っている本人のレイは苦笑している。

 だけど、レイは一度息を吐くと、すぐに俺を見て頷いた。

 

「ロゼ以外の『人』と戦うのは初めてだけど、私も全力で挑む!」

「……」

「私のターン!」

 

 ドローカードを見たレイは、それをすぐに使わず、別のカードを手にする。

 

「魔法カード《閃刀起動-エンゲージ》発動。自分のメインモンスターゾーンにモンスターが存在しない場合、デッキからエンゲージ以外の『閃刀』カード1枚を手札に加える!」

 

 やはり、レイのデッキは【閃刀姫】らしい。ならばその効果を通すわけにはいかない。

 

「《グランドレミコード・クーリア》の効果発動! 1ターンに1度、相手の効果が発動した時、ペンデュラムゾーンで奇数のスケールを持つ『ドレミコード』1体をリンク先に特殊召喚して、その効果を無効にする。現れろ、《ドドレミコード・クーリア》!」

 

 光の柱の中にいたクーリアが静かに歩み出て、フィールドにいる《グランドレミコード・クーリア》の右斜め下の位置に立つ。厳密には種類が違うが、同じ顔立ちのモンスターが2体フィールドに並ぶのは、いつになっても慣れない。

 

ドドレミコード・クーリア

ATK2700 レベル8

 

 さらに、《グランドレミコード・クーリア》の腰に生えているピアノの鍵盤のような翼が翻ると、休符が混じった金色の風が《閃刀起動-エンゲージ》のカードに吹き付け、カードを灰色に染めた。

 

「そしてスケールが偶数の『ドレミコード』を1体、デッキからエクストラデッキに加えることができる。スケール2の《シドレミコード・ビューティア》をエクストラデッキに」

 

グランドレミコード・クーリア

ATK3000→3100

 

 【閃刀姫】はテーマそのものの人気の高さから、マスターデュエルで遭遇率が非常に高かった。低いステータスのリンクモンスターと、多数の魔法カードを駆使する戦法を取り、デュエリストの熟練度によってデッキ構築が変わりやすいとも聞く。

 中でもエンゲージは優秀な初動札だ。だから、最初に潰させてもらう。

 しかし、レイは手札の別のカードに指をかけた。

 

「私のメインフェイズに相手がモンスター効果を発動していることで、魔法カード《三戦の才》発動。その効果で、《グランドレミコード・クーリア》のコントロールを得る!」

「くそ……!」

 

 ある程度覚悟していたとはいえ、それをされるのは悔しい。その上、《グランドレミコード・クーリア》は俺にとっても特別なカードだ。それを奪われるのが余計つらい。

 レイのフィールドで軍配が赤く輝き、その光に照らされた《グランドレミコード・クーリア》がレイのフィールドへ移動する。

 

グランドレミコード・クーリア

ATK3000→2700

 

 しかし、コントロールが移った直後のこと。

 レイがわずかに体勢を崩した。

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