ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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第98話:鎮める奏

バトレアス LP1000 手札3

【モンスターゾーン】

ソドレミコード・グレーシア ATK3300 レベル5

 

【魔法&罠ゾーン】

カード無し

 

【ペンデュラムゾーン】

右:シドレミコード・ビューティア スケール2

左:レドレミコード・ドリーミア スケール7

 

 

レイ LP4200 手札1

【メインモンスターゾーン】

カード無し

 

【エクストラモンスターゾーン】

□□□ 合体術式-エンゲージ・ゼロ

■◆■ ATK1500

□□□ リンク2

 

【魔法&罠ゾーン】

閃刀機関−マルチロール

 

 

 《閃刀起動-リンケージ》によって呼び出されたエンゲージ・ゼロ……レイとロゼは、各々刀を構えたまま俺を見据えている。その存在感は、ただの女の子のそれではない、まさに戦う人だからこそできるような強さがあった。

 

「っ……」

「く……」

 

 だが、そのモンスターがフィールドに現れた途端、レイとロゼは胸を押さえ、額に汗を浮かべた。もしかしたら、エンゲージ・ゼロはレイの使うカードの中でも特別なのかも知れない。

 

「リンケージの効果で、私のフィールド・墓地に光および闇属性の『閃刀姫』が存在する場合、特殊召喚したそのモンスターの攻撃力は1000ポイントアップする……!」

 

 苦しそうにしながらも、レイが力を込めてフィールドを指さした。

 

合体術式-エンゲージ・ゼロ

ATK1500→2500

 

「さらに、墓地のアディルセイバーの効果発動! 私が『閃刀姫』リンクモンスターを特殊召喚した時、墓地のこのカードを、攻撃力1500アップの装備カードとしてそのモンスターに装備する!」

 

 エンゲージ・ゼロの背後に魔法陣が現れ、その中からさっきも見た白と金の鎧が出現する。それは身体の中央で縦半分に分離し、右半身がレイ、左半身がロゼにそれぞれ装備された。結果として、レイは右半身、ロゼは左半身がアディルセイバーの白い装甲を装備した状態になった。

 

合体術式-エンゲージ・ゼロ

ATK2500→4000

 

 あまり【閃刀姫】では見ることがない攻撃力に、唾を飲み込む。

 

「エンゲージ・ゼロでグレーシアを攻撃、クロス・リンケージ・ボンド!!」

 

 再びレイが攻撃宣言する。瞬間、フィールドのレイとロゼが刀を掲げて交差させると、それは赤い光を放って、ひとつの赤い槍へと変化する。

 その直後、目にもとまらぬ速さでグレーシアに肉薄し、赤い槍でその身体を刺し貫いた。

 

 そうして槍を突き刺すレイとロゼの顔が、今の俺にはよく見える。

 目の前の敵、つまり俺を屠らんとする闘気が伝わってくる。特にロゼは、バイザー越しだが険しい目つきをしていた。レイだって、デュエルの前は優しい眼差しだったのに、今は眼力が強く歯ぎしりまでして、ひとりの戦士であるのを思い知らされる。

 それを見て、「哀しみ」を抱くのと同時、グレーシアが破壊されてその衝撃が襲いかかってきた。

 

「すまない、グレーシア……ッ!」

 

バトレアス LP1000→300

 

 俺がダメージを受けたのを確認すると、レイとロゼは元のフィールドに戻り、融合していた槍も元の刀として二人の手に握られた。

 

「クソ、仕留め損ねた!」

 

 そしてデュエルを観ていたロゼが悔しがった。何としてもこちらの情報を知りたいから、レイには勝ってもらわなければならないのだろう。

 

「勝たないと()()()()()のに……!」

 

 だが、続く言葉には悔しい以上の気持ちが籠もっているのが、俺にも分かった。こちらの情報を何としても知りたいから、だけではない理由があるような、そんな感じがする。

 

「私はカードを1枚伏せてターンエンド。このエンドフェイズにマルチロールの効果が発動。マルチロールがフィールドにある間に私がこのターン発動した『閃刀』魔法カードの数まで、墓地の『閃刀』魔法カードをセットする。《閃刀機-イーグルブースター》をセットさせてもらうね」

 

 一方レイは、最後にカードを仕掛けて終えた。さっきのターン、エリーティアの効果で手札に戻したものだろう。

 そのレイも、表情が硬くなっている。勝機を逃したのは事実だかま、それだけで説明のつかない何かを感じているようにも見える。ロゼが今思っていることに近いかもしれない。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 それより、どうにか手にした猶予の1ターンだ。

 このターンで決着をつけたいところだが、幸い今引いたカードでそれはできそうだった。

 

「フィールド魔法《ドレミコード・ハルモニア》を発動!」

 

 まずは、さっき手札に加えたフィールド魔法を発動させる。音楽記号で彩られ、空に円環の五線譜が浮かぶファンシーな空間に景色が変わると、レイとロゼは辺りを見回して感心するように小さく口を開けた。

 

「ハルモニアは3つの効果を1ターンに1度ずつ使用できる。まず1つ目の効果を発動し、エクストラデッキにあるプリモアを手札に加える。そして召喚!」

 

 毎ターン呼び出してしまって申し訳ないが、プリモアのサーチ・サルベージ効果がこのターンの肝になる。フィールドに現れたプリモアは、そんな俺の苦悩を汲むかのように、微笑みかけてくれた。

 

ドレミコード・プリモア

ATK 0 レベル1

 

「プリモアの召喚に成功したことで効果発動。デッキから《シドレミコード・ビューティア》を手札に加える。そして、セッティング済みのペンデュラムスケールを使い、ペンデュラム召喚! 現れろ!」

 

 空に開いた穴から赤とオレンジの光が降り注ぎ、エクストラモンスターゾーンにエンジェリアが現れる。さらに、前のターンに引いていたファンシアが新たにフィールドに姿を見せた。

 

ラドレミコード・エンジェリア

ATK2300 レベル6

 

ファドレミコード・ファンシア

ATK1600 レベル4

 

 そこで、またしても襲いかかってくる謎の寒気。

 だけどもう気にしていられないため、一度強く拳を握ってどうにか自分を奮い立たせて、ディスクに目を落とす。

 

「ハルモニアの3つ目の効果発動! 俺の場の『ドレミコード』のスケールが奇数3種類以上、または偶数3種類以上の場合、フィールドのカード1枚を破壊する!」

 

 効果の選択とともに、モンスターゾーンにいる「ドレミコード」たちの頭上にそれぞれのスケールが現れる。プリモアが0、エンジェリアが3、ファンシアが5。ペンデュラムゾーンを含めれば奇数が3種類だ。

 

「速攻魔法《閃刀機-イーグルブースター》発動! 私のメインモンスターゾーンにモンスターが存在しない場合、このターン、フィールドのモンスター1体は自身以外の効果を受けない! さらに、私の墓地に魔法カードが3枚以上存在する場合、バトルでも破壊されなくなる!」

 

 レイもそれを認識したところで、エンゲージ・ゼロを指さし伏せていたカードを発動させた。

 しかしハルモニアの効果は選ぶ効果。破壊できるカードは選び直せる。それ以前に、エンゲージ・ゼロを破壊する気は最初からなかった。破壊してしまえば《閃刀姫-レイ》の自己再生を許してしまうし、さっき攻撃を防ぐ間際に見たレイとロゼの表情を思い出すと、破壊するのを気の毒に思ってしまう。

 

「俺はアディルセイバーを破壊!」

 

 だからこそ、2人が折半して装備している白金の鎧を選ぶ。五線譜から雷が落ち、エンゲージ・ゼロに直撃したが、その直前でエンゲージ・ゼロ……レイとロゼを白いオーラが覆い、その鎧は消滅した。

 

合体術式-エンゲージ・ゼロ

ATK4000→2500

 

「マルチロールの効果でセットしたカードは、フィールドを離れる場合に除外される」

 

 イーグルブースターの行方はあまり気にしない。しかし、マルチロールの効果でこのターンが終わる時、レイは墓地の任意の「閃刀」魔法カードをセットできる。エンゲージ・ゼロも居座り続けるのなら、次のターンを渡すわけにはいかない。このターンで勝利するしかなかった。

 

「現れろ、清らかな旋律のサーキット! 召喚条件はペンデュラムモンスター2体!」

 

 リンクサーキットを開き、ファンシアとエンジェリアが俺を見て頷いてからサーキットに入り込む。

 

「リンク召喚! リンク2、《グランドレミコード・ミューゼシア》!!」

 

□□□ グランドレミコード・ミューゼシア

□◆□ ATK1900

■□■ リンク2

 

 1ターン目以来2度目となる、ドレミコードを統治する大天使。最初は、プリモアの効果と《グランドレミコード・クーリア》の中継にしかできなかったが、このターンはそれで終わらせない。

 

「『グランドレミコード』をリンク召喚したことで、プリモアの効果発動! 墓地の《幸せの多重奏(ドレミコード・ハピネス)》を手札に戻す」

「またか……!」

 

 手札に加えたカードに、ロゼは苦虫を噛み潰したような顔をした。最初のターンにその強さを目にしたからだろう。

 だが、それをすぐには使わず、フィールドに意識を戻す。

 

「ミューゼシアの効果発動! 1ターンに1度、手札のペンデュラムモンスター1体をエクストラデッキに加え、そのスケールが奇数なら偶数、偶数なら奇数のスケールのペンデュラムモンスターをエクストラデッキから手札に加える」

「?」

「俺はスケール2のビューティアをエクストラデッキに加え、スケール1のクーリアを手札に加える!」

 

 手札とエクストラデッキのペンデュラムモンスターを入れ替えて、さらにハルモニアの空を指さす。

 

「ハルモニアの第2の効果! ターンの終わりまで、ペンデュラムゾーンの『ドレミコード』のスケールをそのレベル分だけ上げる。ドリーミアのスケールをレベル2つ分上昇!」

 

レドレミコード・ドリーミア

スケール:7→9

 

「さらに魔法カード《幸せの多重奏》発動! 2つ目の効果を発動し、このターン、もう一度『ドレミコード』のペンデュラム召喚を可能にする!」

「!」

 

 明かしていなかった2つ目の効果にレイが目を見開く。

 そして、ハルモニアの五線譜の中心に開く穴から、光がちらついた。

 

「ペンデュラム召喚! 現れろ、《ソドレミコード・グレーシア》、《ラドレミコード・エンジェリア》、《ドドレミコード・クーリア》!!」

 

 光が降り注ぎ、このデッキにおいては非常に頼りになる3人のドレミコードが姿を見せる。その3人ともが、俺をわずかに振り向き、勝つという意思を露わにするように笑った。

 

ソドレミコード・グレーシア

ATK2100 レベル5

 

ラドレミコード・エンジェリア

ATK2300 レベル6

 

ドドレミコード・クーリア

ATK2700 レベル8

 

「いくらモンスターを呼ぼうが、エンゲージ・ゼロは破壊できない! 諦めるんだな!」

 

 しかし、それでもなおロゼは強気だった。このままバトルに持ち込んだとしても、レイに与えられるダメージはほんのわずか。そして返しのターンになれば、レイは必ず反撃し、俺は負けるだろう。

 だから俺は、残る手札を掴む。久々にこれを使うことへの昂ぶりを抱きつつ、そのカードをフィールドに出した。

 

「装備魔法《団結の力》をクーリアに装備! 装備モンスターの攻撃力・守備力を、俺の場のモンスター1体につき800ポイントアップさせる!」

「「……!?」」

 

 2人が声にならない声を上げた。こんな状況だが、対戦相手を驚かせるのはいつも気分がいい。

 そのカードが発動すると、フィールドにいたプリモア、ミューゼシア、グレーシア、エンジェリアが、クーリアの傍に歩み寄りその背中に手を添える。それを受けたクーリアの身体は白いオーラに包まれ、さらに力を示すようにタクトを空へ向けた。

 

ドドレミコード・クーリア

ATK2700→6700

 

「そんな……」

 

 一気に攻撃力が上がったクーリアを見て、レイは愕然とする。

 そんな彼女に一抹の同情心を抱きながら、俺は前へ拳を突き出した。

 

「バトル! クーリアでエンゲージ・ゼロに攻撃!」

 

 そこで頭をよぎる、さっきのエンゲージ・ゼロの鬼気迫る表情。そして、俺がハヤテのダイレクトアタックで受けた衝撃。さらに、攻撃を防いだ後のレイとロゼの様子。

 

 思うに2人は、文字通りの戦士だからこそ、戦うことに自分の存在意義を見いだしているのだろう。【閃刀姫】の()()()()を考えれば、勝つことこそが何より重要という意識が根付いているのかもしれない。ダメージが現実に近かったのも、そのせいと考えることは可能だ。

 

 だが、ここはドレミ界。

 そして今は、俺が戦っている。

 だからこそ、せめてデュエルの間だけでも、俺が受けたような痛みを味わわせたくない。

 

「クーリー・レクイエム!!」

 

 頭の中でそれを思うと、クーリアは指揮を始め、妖精体がバイオリンを奏で始める。優しいバイオリンの旋律が奏でられると、休符が交じる穏やかな緑の風が巻き起こった。それは静かにエンゲージ・ゼロ……レイとロゼに吹き付け、2人は目を閉じて風を全身で受け止めた。

 

レイ LP4200→0

 

 レイのライフが尽きた瞬間、ソリッドビジョンが消える。そしてデュエルをしていたレイは、ディスクが収納されるのと同時、膝から崩れ落ちて地面に倒れた。

 

「レイ……!」

 

 それを見たロゼは、すぐさま駆け寄ろうとした。しかし脚に力が入らなくなったのか、一歩目を踏み出そうとしてそのまま前のめりに倒れそうになる。

 そこへ。

 

「っと……」

 

 一瞬で、ロゼの目の前にミューゼシアが現れた。グレーシアが呼んでいたのだ。

 そして、倒れそうになったロゼを腕で支え、地面に倒れないようにする。そのままロゼが起き上がらないところからして、恐らくは気を失ってしまったのだろう。

 

「バトレアス、お疲れ様。それと早速で申し訳ないけれど、そちらの子を運んでもらえるかしら」

「分かりました」

 

 ロゼを抱えなおし、ミューゼシアがこちらを振り向く。俺への労いもほどほどに視線でレイを示すと、俺は頷いてレイに歩み寄った。

 詳しい原因は分からないが、レイは気を失ってしまったらしい。呼吸は伝わってくる。となれば、ロゼもそうなのだろうか?

 兎に角、まずは介抱が優先だ。レイの肩と膝の裏を両腕で支え、お姫様抱っこの態勢で抱えてミューゼシアの後に続き屋敷へ上がる。

 

「何が起きたの?」

「それが、どうにもおかしな話で――」

 

 その道中で、ある程度回復したビューティアと俺がミューゼシアに事情を話す。

 戦場に生きる少女の温もりを、腕に感じながら。

 

◆ ◇ ◇

 

 物心ついた時から、私の周りにいる「人」は、私と同じではないと気付いていた。

 私が生きているのは、争いが絶えないつらい世界なのも、次第に理解した。

 そして私は、生まれた時から戦うことを望まれていたのだと気付かされた。

 だけど、文句は言ってられない。

 戦わなければ、私も、私の仲間も死んでしまう。

 だからこそ、託された刀と力を不意にはできなかった。

 

 孤独な戦いを強いられても。

 敵を殲滅するまで戦うよう命じられても。

 戦いの果てに平和があるのか分からなくても。

 戦いの後で私自身がどうするべきか見えなくても。

 戦うしかなかった。

 

 

 そんな戦いの中で、ある人に出会った。

 それが「ロゼ」。

 私にとっては初めての、()()()()「人」だ。

 

 最初に会った時は敵同士。まともに話をすることすらできなかった。私もロゼも、敵に情けや容赦を掛けず殲滅することを強いられていたから。

 だけど私からすれば、今まで見てきた機械の軍団とは違う、血の通った人間だった。

 だから、戦いの中でもロゼと会話を試みてきた。この世界で数少ない「人」同士、戦いたくはなかったから。

 

 その結果。

 激しい戦いの末に、私がロゼを倒した。けれどとどめを刺さず、あくまで捕虜という形で私の国に引き入れて、和解した。100パーセントの望んだ形ではないけれど、敵国の人と分かり合えたのだ。

 

 こうしてロゼと分かり合えたからこそ、抱けた希望がある。

 もし、この世界に他の「人」がいるのなら、同じように分かり合えるのではないか。

 今は見えない、戦いの先にある世界も、平和で意義のあるものになるのではないか。

 私たちが笑い合える日は、来るのではないか。

 

 そんな希望を改めて思い出せたのは、忘れかけていたからだ。

 それぐらい、デュエルにのめり込んでいた。

 

 私たちの国にいるはずのない人を見て、何としても真実を知りたかった。何より、たとえ住む世界が違うとしても、私たちの知らない「人」と分かり合いたかった。

 だから私は、デュエルを挑んだ。彼らが武道に長けているようには見えなくて、一方的に戦うのは気が引けたから。そして、デュエルは戦術的な思考と勝負勘を養うために、常日頃から続けていたから、腕に自信がなかったわけではない。

 

 だけど、私は負けた。

 今まで訓練用のAIやロゼ相手にデュエルをしたことは何度もあるし、負けたことは多少あった。

 負ける度に感じたのは、悔しさと焦りだ。

 私たちは戦って勝つことを周りから望まれてきた。だから、負けたら価値がないと思われそうだった。それに、戦って勝たなければ、平和が遠のいてしまうと思った。

 せっかく見つけた希望が、消えてしまうのではないかと恐ろしかった。

 

 けれど今、私の中にマイナスの気持ちはない。

 負けたにも関わらず、こうして今までのことを冷静に思い出せるほどに落ち着けている。

 デュエルをしていたからこそ、戦っていたからこその昂りさえ、静まっている。

 それは、私が最後に受けた攻撃に優しさを感じたから。

 聞こえたバイオリンの音色が、私の心を優しく解きほぐすようなものだったからだろう。

 

* * *

 

 部屋の戸が内側からノックされ、それを聞いた俺とグレーシアは慎重に戸を開けて中に入る。

 部屋に2つ並べられたベッドの内、手前側で眠っていたレイが身体を起こしていた。

 

「ここは……?」

「私たちの屋敷よ」

 

 レイの質問に答えたのは、部屋で2人を見張っていたクーリア。俺とグレーシアは、2人が起きて問題なしとクーリアが判断するまで、部屋の外で待機するように言われていたのだ。

 そのクーリアは、傍らの机に置いていた皿をレイの近くに持っていく。皿には、彼女が作ったおにぎりが2つ載っていた。

 

「大丈夫、味はあなたのお友達が保証しているわ」

 

 クーリアが視線で示したのは、レイの隣のベッドに座るロゼ。彼女は先におにぎりを食べ進めており、口元にご飯粒までつけてもぐもぐ食べている。

 

「ぷまいぞ」

「……そう」

 

 ロゼが太鼓判を押すと、レイも少し困ったように笑っておにぎりを一口食べた。

 その一口をもそもそと食べ終えてから、レイは視線を上げる。その先にいたのは、俺だ。

 

「さっきのデュエルの約束、まだ果たせていなかったね」

 

 その言葉に、クーリアが俺を見る。

 俺たちがどうしてデュエルをしていたのかは、既にドレミコードのみんなに説明済みだ。レイとロゼの2人がなぜドレミ界に来てしまったのかも、ビューティアが話している。

 だからこそ、俺たちはどうしても知らなければならないことがあった。

 

「……では、改めて聞かせてもらいますが」

 

 事前に、何を聞くかはみんなで擦り合わせをしている。

 まずは重要な問題だ。

 

「……お2人は、どうやって白いドレスのあの女性……ビューティア様の姿を捉えたですか?」

 

 ミューゼシアやクーリアに改めて聞いてみたが、やはり「浄化」の最中は基本ドレミコードの姿は他人に見えないという。もし見えるとすれば、それは霊感がよほど強い人か、あるいは真に救いを求めている人で、如何なる科学技術をもってしても捉えることは不可能だそうだ。

 グランドレミコードの意見である以上、そこに疑いの余地はない。

 科学の力で捉えられないのなら、レイとロゼは霊感が強いか、救いを求めていたということになる。断定はできないが前者の可能性はあまりなさそうだし、であれば彼女たちは救いを求めていたのだろうか。【閃刀姫】の世界観を考えれば、そちらの方があり得る。

 

「おかしなことを聞く」

 

 俺の質問に強気な姿勢で答えたのは、ロゼ。口元のご飯粒を親指で掬って舐めとり、不敵に笑う。

 

「まるで私たちの目が節穴のように言うな。今、貴様らに私たちの姿は見えているだろ。それと同じだ」

 

 敵意は完全に消えていないが、それなりにちゃんとした答えをロゼは返してくれた。念のため、レイにも視線で問いかけてみるが、頷きを返される。同じということだろう。

 

「……なら、少し失礼な質問をさせてもらうわね」

 

 今度は、クーリアが2人に問いかけた。

 

「あなたたちは……何かに救いを求めている?」

「何?」

「……どういうこと?」

 

 要領を得ない質問に、ロゼとレイが問い返す。

 クーリアは頷き、2人へ一歩歩み寄った。

 

「詳しいことは話せない。だけど私たちは通常、人には見えない存在なの。ここではそうはならないけど、あなたたちのいる世界においてはね」

「?」

「私たちの姿が見えるのは、何かに救いを求めている人。それも、自分たちではどうしようもないほどに打ちひしがれたり、手を尽くしてしまった人には、ね」

 

 クーリアはそのまま、並んだベッドの間にあるスペースに立つ。2人に語りかける声音は、穏やかだった。

 

「だからあなたたちも、そうなんじゃないかって」

 

 その言葉に、レイは持っていたおにぎりを皿に戻す。

 そして、小さく息を吐くと。

 

「……少し前は、そうだったかもしれない」

 

 静かに話しだす。今ばかりは、ロゼも口を挟むべきではないと考えたようで、腕を組んで黙り込んだ。

 

「私たちのいる世界は、『人間』と呼べる存在がほとんどいない、未来の光もまばらにしか見えない、閉塞した世界。そんな世界で戦って生きる私自身、この先どうなるんだろう、って思うことは何度かあった」

 

 クーリアも、グレーシアも、俺も、黙ってその話を聞くに徹する。

 だけど俺は、重い世界の話を聞き、背中の後ろで拳を強く握った。

 

「だけど、ロゼに出会えた」

 

 レイは視線をロゼに移した。

 目を向けられたロゼは、前髪を指でいじる。

 

「最初は敵同士だったけど……ロゼもまた、あの世界で生きる道に迷いかけていた。機械に命じられるがままに戦って、勝つ以外で自分の生きる意味が見いだせなかったあの世界で、私がやっと出会えた人」

「……」

「それから、分かり合おうと何度も言葉を交わして、そしてロゼを迎えることができた」

「あくまで捕虜として、だけどな……」

 

 腕を組み直したロゼが、照れ臭そうに補足する。初めて年頃の女の子らしい仕草がを見せたが、それはロゼも、レイと巡り合い分かり合えたことに安心しているからかもしれない。

 

「ロゼと分かり合えてから、私は少しだけ未来に希望を見いだすことができた。敵だったロゼと分かり合えたなら、他の人ともそれができるかもしれない。あの世界で生きている、ほんの少しの『人間』たちと、分かり合えるかもしれないって」

「……」

「そして」

 

 レイは、俺やクーリア、グレーシアに視線を向ける。

 

「世界は違っても、こうしてたくさんの人がいるのを知ることができた。だからいつかは、みんなが笑い合える日が来るかもしれない」

「……」

「そう思うと安心できたし、この先に希望はあるんだって、信じられるようになったの」

 

 そう告げてクーリアを見上げるレイは、微笑んでいた。

 

 以前聞いた、迷宮姫の過去を思い出す。

 彼女は、ひとりぼっちで広い城に閉じ込められ、孤独のあまり死にそうになっていた。そんな城に騎士がやってきて、初めて他人に出会い、仲間ができ、生きる意味を見出したという。

 果てしない孤独や失意の末に、自分以外の誰かを見つけて希望を見ることができた。同じ括りにはできないが、そういう点でレイたちと迷宮姫は似ているのかもしれない。

 

 ただ、今のレイの緑の瞳には、光と力、希望が宿っている。追い詰められているようには決して見えない。ロゼを見ると、彼女もレイと同じ心境らしく、小さく笑っている。

 今のレイやロゼは、救いを切望してはいなさそうだ。

 

「……2人の精神状態を遠目に見てはいますが、嘘や強がりのようではありません」

「……では、やはり2人共、救いを求めていたわけではない、と」

「そうなります」

 

 グレーシアと視線を合わせ、小声で話し合う。彼女が言うのなら、間違いあるまい。

 

「……教えてくれてありがとう」

 

 レイの話を聞き、クーリアは笑う。

 そして踵を返した。

 

「いつまでもあなたたちをここに留めておくわけにはいかない。だから、用意ができたら声をかけて。私は外にいるから」

 

 クーリアは2人にそう言って、俺とグレーシアにも外へ出るよう手で促す。3人で部屋を出て戸を閉めた後、俺はクーリアを見て口を開く。

 

「……おかしいですね」

「ええ……」

 

 レイたちの話を聞いたことで、ひとつの疑問は解け、逆にもうひとつの疑問が生まれた。

 レイもロゼも、救いを求めてはいなかったのが分かった。

 なのに、どうして浄化中のビューティアを見ることができたのか。それは分からずじまいだ。

 

◇ ◆ ◇

 

 クーリアたちと話を聞いてからおよそ1時間ほどで、レイとロゼは準備ができたと告げてきた。

 そこで、預かっていた2人の刀をミューゼシアが返却する。ここへ来た当初は激しい剣幕だったロゼも、こちらに斬りかかってきたりはしなかった。

 そしてミューゼシアとクーリア、俺はレイとロゼを引き連れて、屋敷の玄関に向かう。そこでミューゼシアがタクトを振り、ゲートを開こうとした。

 

「待って」

 

 だけど、そこでレイが呼び止める。ミューゼシアはタクトを振るのを止め、レイとロゼを見た。

 

「……こんなことを言うのもおかしいかもしれない。でも、少しだけ、聞いてほしい」

 

 レイは、俺たちを見て、揺らぎのない緑の瞳のままに、口を開く。

 

「いつか、あなたたちとも分かり合える日が来ればいいと思ってる」

「……」

「だからもし、叶うのなら……また会いたい」

 

 笑顔。

 だけど、どこか哀しみを帯びているような、見ていて胸がきつくなる表情。

 隣に立っているロゼもまた、今まで見せてきたのとは違う、微かな笑みを浮かべている。

 

「……」

 

 それに対して、ミューゼシアは答えない。どちらとも取れない頷きを返しただけで、タクトを振り直してゲートを開いた。

 自分たちは天使族。一方レイとロゼはまだ人間、しかもドレミコードとして正式な依頼を受けたわけでもなく、悪く言えば招かれざる客だ。だから、安易にそんな約束ができないのは理解できた。

 

「行きなさい」

 

 促されたレイとロゼは、振り返ってそのゲートをくぐろうとする。

 そんな2人に。

 

「……2人の未来が平穏であることを、願っています」

 

 思わず、そんな言葉が口から突いて出た。

 それが聞こえただろう、レイとロゼは振り向いて、俺に笑って頷きを返しながら、ゲートの先へ行ってしまった。

 

「……すみません。ミューゼシア様、クーリア様」

 

 ゲートが閉じ、光が収まって、玄関の明るさはいつものものへと戻る。

 そこで俺は、自分の弱さを痛感した。

 

「俺はまだまだ人間みたいです」

 

 俺は最早人間ではない、天使族だ。だから、それ相応の心持ちをしなければならない。

 レイやロゼと住む世界が違う以上、下手に同情してはいけやい。それも分かっている。

 だけどやはり、悲しい境遇の人を見ると、どうしても気持ちが揺らいでしまう。感情移入してしまう。先ほどのような言葉が、自然にぽろっと零れてしまうほどに。

 腕を押さえて頭を下げると、誰かの手が頭にそっと添えられる。

 

「大丈夫よ、それで」

 

 優しい言葉で、その手はクーリアのものと分かった。

 そして顔を上げると、ミューゼシアもまた微笑んでいて。

 

「その優しさは、捨てずにいなさい」

 

◇ ◇ ◆

 

 ファンシアがタクトを振っていたのは、暗い雲に覆われた荒野。演奏する妖精体はアコーディオンを軽快に、しかし穏やかに奏でている。

 

 この世界では、部族間での争いが絶え間なく続いており、犠牲者の数も多い。

 そんな世界で、「気持ちを高ぶらせ、盛り上げる」力を持つ炎属性のファンシアがタクトを振るのは、争いを煽るためではない。戦う人たちの気持ちを奮い立たせているのだ。

 争う部族同士の力は互角、後は双方の気力にかかっている。だからファンシアの「浄化」がなければ、今頃はどちらかの意思が折れ、一方的な虐殺と服従に成り下がっている。これは、それを防ぎ、可能な限りお互いに和合を目指してもらうための、いわば延命処置だ。

 無論、それが上手くいく保証はない。現に、ファンシアが担当した世界ではないが、「浄化」の力が及ばず滅んだ世界も今までにあった。その無念は忘れず受け止めて、それを糧に別の世界を何としても救わなければならない。悲劇は二度も起きなくていい。

 だから、ファンシアもこの「浄化」には真剣に向き合って――

 

「君、こんなところで何してる!」

 

 突然、そんな声を掛けられた。

 ファンシアの妖精体が驚き、アコーディオンの演奏を止めてしまう。

 

「え、え?」

 

 それでファンシアも振り向いた。

 全身を黒い鎧で覆った馬に跨る、鈍色の鎧の騎士。馬具や甲冑からは青いエネルギーの残滓みたいなものが洩れ出て、騎士の手にある槍には赤い液体が付着している。

 今なお争っている部族の片方で、リーダーを務めている《レイダース・ナイト》。

 彼は、明確にファンシアの姿を捉えていた。

 

「ここは危険だ! すぐそこで戦闘が起きてる、早く逃げなさい!」

「え、ちょ、ちょっと待って。ボクのことが見えてるの?」

「冗談はいい、早く行って! さあ!」

 

 ファンシアは戸惑いつつ聞いてみるが、受け答えまでできてしまっていた。姿も声も認識できるなんて、あり得ない。ファンシアの妖精体は、ファンシアの背に隠れてついには姿を消す。

 

「わ、分かったよ。すぐに行くから――」

 

 どうしてこんなことになったのかは分からない。しかし、《レイダース・ナイト》はファンシアを傷つけるつもりがないらしい。だから、ここは素直に場所を移した方がよさそうだ。

 

「いたぞ! 奴だ!」

「総員狙え!」

 

 しかし、その後方から別の声が聞こえた。

 しかも、今度はこちらを攻撃する気満々なのが、言葉に滲む敵意で分かる。

 

「くそ……! 私たちが奴らを引きつける、君はすぐ逃げるんだ!」

「ちょ――!」

「援護しろ、ライズ・ファルコン!!」

 

 ファンシアの返事を待たず、《レイダース・ナイト》はその声がした方向へと馬と共にかけていく。さらに頭上で甲高い鳥の鳴き声がしたと思ったら、機械的な装甲を装備したハヤブサが風を切って《レイダース・ナイト》の側に下降してきた。

 そして次の瞬間、銃声が鳴り響く。

 

「わ、わ、わ……!?」

 

 ファンシアは一も二もなくタクトを振り、ドレミ界へのゲートを開く。近くに人がいないのは確認済みだし、この世界の技術ではドレミ界の座標を特定することも不可能だろう。

 だから、ファンシアはゲートに飛び込み、ドレミ界の屋敷に戻った。

 

* * *

 

「……ってことが」

「ファンシアさんもですか……」

 

 戻ったドレミコードのみんなの話を聞く時間、ファンシアの今日の出来事を聞いたキューティアが表情を曇らせた。俺もまた、キューティアのカップに紅茶を注ぎつつ、思考を落ち着かせようと試みる。

 だけど、仲間が危険な目に遭えば、冷静を保つのは難しいものだ。まさかビューティアだけでなく、ファンシアまで同じように他人に見られるなんて。

 いや、2人だけでなく、今日「浄化」に出たドレミコードは同じように他人に存在を認知されてしまったという。ビューティアのように直接危害を加えられたり、ファンシアみたく危ない目に遭いかけた人は他にいないのが、不幸中の幸いと言えるだろう。

 

「でも、何で……? こんなこと今までなかったよ?」

 

 エンジェリアが頭を押さえて机に頭を乗せる。どうしてこんなことになったのか、頭がこんがらがっているようだ。

 「浄化」中に存在が認知されることが初めてとなれば、やはりこれは異常事態になる。

 

「ミューゼシア様……」

「私にもこれは分からないわね……」

 

 グレーシアが尋ねるが、ミューゼシアはいい顔をしない。ドレミコードを統治するミューゼシアにも分からないとなると、いよいよもって事態はかなり深刻なのではないだろうか。

 

「……プリモア、大丈夫?」

 

 すぐそばの席で、クーリアがその隣の席に座るプリモアを、気に掛けるように声をかけた。

 そこで改めてプリモアを見てみれば、その目線はテーブルの上に向いていて、周りのみんなを見ていない。しかも肩で息をしている。

 

「うぅ……」

「プリモア!」

 

 そしてついには、テーブルに倒れこんでしまった。クーリアが肩を揺さぶり、俺もすぐさまプリモアの傍に寄る。

 

「プリモア様、しっかり!」

「はぁ……ふぅ……」

「すごい熱……!」

 

 プリモアの額に手を当てるクーリアが困惑する。俺も肩に触れてみたが、伝わってくる熱は人肌なんてレベルではない。

 

「ど、どうしましょう!?」

「とりあえず部屋に運ぶのよ!」

 

 エリーティアが狼狽え、ドリーミアが指示を飛ばし、俺はプリモアを背負って部屋に急ぐ。

 ドレミコードの力の根源ともいえるプリモアが、ここまでの不調に陥った例を俺は知らない。

 本当に、何が起きているのだろうか。

 


 

《サブキャラクター紹介》

 

・《閃刀姫-レイ》

「閃刀界」の主人公。物心ついた時から自分のいる世界、置かれた環境の過酷さを理解しながらも、泣き言ひとつ言わず、自分の手で平和な世界を取り戻したいと戦い続ける少女。それでも行き詰まりかけたところでロゼに出会い、「人」同士が分かり合える世界を目指そうと一層励むようになった。メンタルの強さは同世代の子より遥かに強い。

使用デッキは【閃刀姫】。彼女が《閃刀姫=ゼロ》のカードを手にする日は遠いようで近い。

 

・《閃刀姫-ロゼ》

「閃刀界」のもう一人の主人公。レイと同じく、世界の現状を理解したうえで戦っているが、国の方針で感情を抑えつけられていた。戦いの中でレイと出会い、紆余曲折を経てレイの仲間かつ親友となる。それ以降は感情表現も豊かになった。

ドレミ界から戻った後、食べたおにぎりの美味しさが忘れられず、過去の文献を漁り、戦いが終わったら農業をしてみたいと密かに思うようになった。

 

・《レイダース・ナイト》

ファンシアが担当する世界で、外敵の侵攻から仲間を守るために前線で戦う、善寄りの部隊を率いるリーダー。戦略眼、勝負勘、戦闘力のいずれも秀でており、統率力も申し分ない。自分たちと同じように、現在戦っている敵に住処を奪われた「RR(レイドラプターズ)」という鳥獣族と手を組み、戦いの果ての平和を信じて戦場に身を投じている。

彼が駆る馬は気難しく、たとえ仲間であっても、ナイトがそばにいない状態で乗ろうものなら立ち上がって振り落とす。

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