最果ての決断   作:dwwyakata@2024

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アイドルマスターシリーズのヒールである黒井社長には娘がいます。同シリーズのアイドルの一人で、961プロに所属しているエース級のアイドルです。

そんな娘さんはとても性格がまともで心優しい人物です。

だからこそに、ついに愛想を尽かされたときには、最大の強硬手段が選択されたのです。







序、墜ちてしまった父

二十万からなるアイドルが存在する、大アイドル時代。

 

その内トップ五百人はSランクアイドルと呼ばれ。その中でも燦然と輝きを放っている。

 

その中の一人。

 

音楽の都、オーストリアはウィーン仕込みの帰国子女。

 

名前は黒井詩花。普段は詩歌とだけ名乗っている。

 

詩花自身は実の所、日本のトイやホビーに興味津々な、見た目より幼い性格だと自身を分析している。

 

近年は戦隊ヒーローにはまっているし、ロボットも格好良くて大好きだ。

 

その一方で、音楽の国オーストリアで磨いてきた歌唱力とダンス、更に「透明な美貌」(自身では苦笑いしてしまうのだけれども)を駆使して。短期間でSランクアイドルにまでなった業界の寵児である。

 

そんな詩花には悩みがあった。

 

両親の不仲である。

 

不倫云々の問題では無い。

 

詩花の両親は、昔は大恋愛の末に結ばれた夫婦だった。良識的で真面目な母と、アイドルのプロデューサーとして熱量を持っていた父。

 

だが、仕事の関係で、だろうか。

 

いつの間にか父は歪んでしまった。

 

会社を興したけれど。その会社からは悪い評判しか聞かなかった。

 

母はいつも父の話をするときには悲しそうにまつげを伏せた。

 

見かけは母によく似ていると言われた詩花は。

 

幼い頃に優しい父と遊んだ記憶があるから、それが悲しくて仕方が無かった。

 

何が原因で父が歪んだのか。

 

それを確かめたいとも思っていた。

 

丁度、スターリットシーズンという超大規模プロジェクトが行われ。文字通り日本中のアイドルが参加した。

 

その後と言う事もあって、流石に誰も彼もが疲れ果てていたし。

 

その隙に、詩花は事を進めることにしたのだ。

 

詩花は日本に来てから、盟友とも呼べる存在ができた。

 

名前は玲音。

 

現在間違いなく世界最高のアイドル。

 

ランク制で区分けされるアイドルなのに。唯一のランク外。オーバーランクとして君臨する、文字通りの獅子王である。

 

圧倒的なオーラと、あらゆるスペックが桁外れの女性で。モデル張りの長身と、獅子の鬣のような髪の毛が印象的だ。

 

自家用ジェットを持っているような超がつくほどの金持ちだが。

 

あまり詳しい話はしてくれない。

 

いずれにしても、稼ぎだけでも961プロにいる他のアイドル全員を足したよりも凄いどころか。

 

その気になれば961プロの筆頭株主になる事も簡単だという。

 

遊園地を建てようと思えば、自分の資産で作れる。

 

そのレベルのお金持ちなのだ。

 

そんな玲音と、今詩花は喫茶店で話していた。

 

周囲にいる人は、みんな玲音のスタッフである。

 

盗聴などを防ぐために、玲音はこういった気を常に遣っている。世界レベルのアイドルとなると、これくらいの用心は必要なのだ。

 

また、あまり詳しくは聞いていないが。

 

この国の警察も何人か見張りについているとか。

 

玲音の影響力は凄まじく、全世界で億人以上のファンがいるとかいう話を聞いたことがある。

 

もしもその気になれば、国一つくらいひっくり返せる力があるのだ。

 

それは確かに、お巡りさんも見張りにつくのが当然なのかも知れない。

 

「それで詩花。 今日はどうかしたのか? 亜夜が抜けて、ディアマントも解散して、しばらくは暇だと聞いたけれど」

 

「どうしてパパがああなったのか、玲音さんは知らない?」

 

「……」

 

玲音は目を細め。

 

周囲を見回す。

 

この人は、修羅場をくぐってきた場数が違う。

 

元々海外を主体に活動をしてきたアイドルで、日本に戻ってきたのは比較的最近である。

 

別に詩花の所属している、父が作った961プロが古巣というわけでもなんでもない。

 

単に961プロがあらゆる行動権を渡してくれているので、都合が良いからいるだけ。

 

その気になれば、いつでも抜ける。

 

玲音が961プロを抜けた場合。961プロはそれこそ致命傷を受けるが。

 

玲音自身は痛くも痒くもない。

 

つまり詩花の父である黒井社長よりも、社内での力関係は玲音の方が遙かに上なのである。

 

これはスターリットシーズンプロジェクトの時も何度か実際に目にした。

 

このプロジェクトに詩花は玲音、それに亜夜というアイドルと一緒にディアマントというユニットを組んで参加したが。

 

その時、何度か黒井社長は、三人を社長室に呼んで叱責した。

 

だがその叱責は。

 

詩花と、玲音には向いていなかった。

 

基本的に黒井社長が叱責していたのは亜夜だけだった。

 

それを、実の娘である詩花は敏感に見抜いていた。

 

父が歪んでいることは分かっていた。

 

スターリットシーズンプロジェクトの前には、ステラステージプロジェクトという大規模プロジェクトに参加した事がある。

 

その時も、明らかに黒井社長は歪んでいた。

 

歪みがついに我慢できなくて、黒井社長に歪んでいるとはっきり言ったが。

 

それでも黒井社長は変わらなかった。

 

だから、ついに決断したのだ。

 

「何があったかはだいたいアタシも知っているけれど。 確か詩花のお母さんは生きていたよね」

 

「存命です。 でも、父については一切喋りたがらないの」

 

「……そうだろうな」

 

「お願いします。 家の恥ですけれど、何があったのかは知りたいんです」

 

友人として、対等に接してくれる玲音に頭を下げる。

 

だいぶ年上で、文字通り忘年の交わりを結んでくれている相手だ。

 

本当に恩しかない相手なのに。

 

このような話をしなければならないのが、とても悲しい。

 

玲音はしばらく黙り込んだ後。

 

断片的にしか知らないが、と前置きした上で。話をしてくれた。

 

「事件が起きたのは一世代くらい前らしい。 アタシは海外で活動を中心にやっていて、むしろ日本に来たのは後発なんだが。 日本で本格的に活動を開始することにして、数年前に961プロと協力する事を決めたとき、黒井の部下からその頃のことを聞いたことがある」

 

「どういう、内容ですか?」

 

「黒井は若い頃、765プロの高木社長と組んで仕事をしていたらしい。 その頃は厳しい所はあったが、あくまで前向きな厳しさであって、自分にも厳しさを向けていたのだそうだ。 ところがある時を境に歪んだとか」

 

やはり、何かがあったのか。

 

そういえば、同規模かそれ以上の力を持つ業界の雄、765プロに対して黒井社長はやたら攻撃的だったと詩花は思い出す。その攻撃性は理不尽なほどで、とにかく酷い話をたくさん聞いている。

 

玲音がいうに、どうも黒井社長が変わった事件の前後であるアイドルのプロデュースに失敗したらしい。

 

そのアイドルは、音無というそうだが。

 

それ以上詳しい話は分からないそうだ。

 

「音無……765プロの事務員さんに、同じ名字の人がいらっしゃいますね」

 

「ああ、無関係ではないのかも知れないな。 元々この国の芸能界はとてもクリーンな場所で、アタシも居心地はいい。 それでも、腐った事は時々起こる。 魔王エンジェルってユニットを知っているか?」

 

「はい。 確かかなり資産を持つリーダーをトップに、勝つためには手段を選ばないと有名な」

 

「そいつらも業界の腐りきった面を見て失望し、手段を選ばない連中になったそうだが……。 やっぱり不正がある所にはある。 黒井はそういった不正を見て心を痛め続けて、最終的にアイドルのプロデュースが失敗……或いは失敗させられたのかも知れないな。 それで決定的に変わってしまったそうだ」

 

以降は盟友であった高木とは完全に決裂。

 

やがて自分に忠実な部下を連れて会社を離脱し。

 

新たに961プロを立ち上げたという。

 

961プロを作ってからの黒井社長は、文字通り手段を選ばない業界の問題児となり果てた。

 

来るアイドルが皆定着しなかったのはそれらが所以。

 

黒井社長の歪んだ理想を押しつけられたアイドルは。

 

或いは愛想を尽かし。

 

或いは潰れ。

 

皆、961プロから離れていった。

 

詩花も聞いた事がある。

 

765プロにて現在一線級で活躍している三人のアイドルは、元々961プロにいた。当時はプロジェクトフェアリーと呼ばれるユニットだったらしい。

 

今Sランクにもう少しで手が届く、という所にいる男性イケメンユニットジュピターに至っては、黒井社長と激しい口論の末に、961プロから出ていったという話だ。

 

更にこの間の亜夜さん。

 

スターリットシーズンプロジェクトで、一緒に戦い抜いたアイドルだ。

 

彼女は精神に爆弾を抱えていて、詩花と玲音は時々相談して対応していたし。

 

もう自分達では対応が厳しいと判断した後。

 

詩花がスターリットシーズンプロジェクトの前。ステラステージプロジェクトでお世話になった、765プロのトッププロデューサーに相談して。どうにか持ち直すことが出来たのである。

 

アイドルのメンタルケアは重要なのに。

 

自分で管理できないような奴は必要ないなどと黒井社長は冷酷な事を言い放ち。

 

強いコンプレックスを抱えて苦しんでいる亜夜に心を痛めていた詩花には。

 

あの言動は、とても許せるものではなかった。

 

だから、人間性を取り戻してほしくて。

 

誕生日プレゼントを贈ったりもしたのだ。

 

だが、パパは。

 

黒井社長は変わらなかった。

 

だからこそ、詩花は決めたのである。

 

「……それで、詩花」

 

玲音の声に、顔を上げる。

 

真っ青になっていたかも知れない。

 

もう、このまま父を放置しておけない。

 

そう、詩花は考えていた。

 

母はいつも悲しそうにしていた。

 

そんな様子の母に言い寄る男はたくさんいたけれど。母は首を横に振って、誰も近づけはしなかった。

 

父だって、此方に来てから愛人を作っている様子は無い。

 

夫婦の仲は破綻しているが、それでも母は昔の父を愛しているのだ。

 

それなのに。

 

荒療治が必要だと、詩花はこの時。

 

決断していた。

 

「どうするつもりだい? アタシにこんな事を聞くってことは、何か企んでるとみたけれど」

 

「玲音さん」

 

「うん?」

 

「私は、パパ……父には引退して貰おうと思っています」

 

ほう、と玲音が笑う。

 

肉食獣の笑みだった。

 

時々玲音はこういう笑みを浮かべる。

 

戦って楽しそうなアイドルが見たい。

 

いつもそう口にしている玲音だ。

 

海外では獅子王とまで呼ばれる、文字通り規格外の最強アイドル。一世代前にいたという日高舞さんでもどうにか対抗できるかどうか。

 

詩花ではついていくのがやっと。

 

それほど桁外れの実力を持っている玲音である。

 

くぐってきた修羅場も、当然違っていると聞いている。

 

「パパは、今でもアイドルを見つけてくる手腕に関しては凄いと思っています。 でも、アイドルを見つけた端から潰してしまう。 例外は、一切を好きにさせている玲音さんと、嫌われたくないらしい私だけです」

 

「そうだな。 まあアタシの場合は利害が一致しているのも大きいんだが」

 

「そこで、です」

 

玲音に耳打ちする。

 

流石にここから先は、絶対に周囲に聞かせるわけにはいかない。

 

何度か頷いた後。

 

玲音は、面白そうだと、話に乗ってくれる事を約束した。

 

詩花は青ざめている。

 

面白そうだ、という玲音の考えには正直な話賛同できない。本当に戦いが好きなんだなと、こう言うときに思ってしまう。

 

歪んでさえいなければ。

 

玲音と黒井社長は、本当は相性が良いのだと思う。

 

百獣の王として業界に君臨する最強と。

 

孤高を求める者。

 

だけれども、皮肉極まりない事に。

 

黒井社長が求める孤高は。

 

黒井社長が育てたわけでもないし。

 

手が届く場所にいるわけでもない。

 

ましてや、黒井社長が歪んでしまった今となっては。

 

その関係性は、ある意味誰よりも遠いものとなってしまったのだろう。

 

具体的な打ち合わせを順番にしていく。

 

玲音は海外では、殆ど自分で会社を回しているようなもので。かなり手慣れたスタッフを多数抱えているそうだ。

 

その気になれば遊園地程度簡単に作れるというのは。

 

金があるから、ではない。

 

こういうスタッフが、鍛え抜かれているからである。

 

海外では、日本ほどアイドルが安全に活動できる訳でもないし。修羅場をくぐる事だってある。

 

そういう場所を切り抜けてきたスタッフは。

 

多分ぬるま湯に浸かった暴君とかしている黒井社長なんて、問題にもしないだろう。

 

「まずは、社長業の引き継ぎについてだ。 黒井を引きずり落とすとして、誰が代わりに社長になる?」

 

「私がなります」

 

「グッド。 それがいいだろうね」

 

すぐに社長に関するノウハウを鍛えこんでくれるという。

 

玲音は事実上社長業をやっているようなものだ。

 

鍛え抜いたスタッフが、ノウハウをだいたい知っているのだろう。

 

頷く。

 

更には、現実的な話をしていく事になる。

 

「詩花はどうしたい? 黒井を追い出すだけで満足なのか。 それとも黒井のイエスマンは全員粛正したいのか」

 

「今回の件で罰を受けるのはパパだけで良いと思います。 今まで他のスタッフは、みんなパパが怖くて言いなりになっていただけです」

 

「甘いなあ。 人員を全部入れ替えるくらいでないとクーデターは上手く行かないよ?」

 

「私は、961プロで不幸になってしまった人達を、できるだけ救いたいと思っています」

 

そうか、と玲音は目を細める。

 

忘年の交わりを結んでいる友人とはいえ。

 

甘い考えだと思っているのだろう。

 

詩花の実力は、現在まだまだとても玲音には及ばない。

 

普段のステージでも、玲音はかなり力をセーブして、詩花にあわせてくれている。

 

これは一人だけ力量が違うと、ステージが崩れるからだ。

 

それでいながら、今後の更なる成長も期待しているようである。

 

戦いがいがあるアイドルに成長するのを待っている。

 

そういう姿勢なのだろう。

 

「こういうのは時間を掛けると絶対に密告する奴が出てくる。 電撃作戦で一気に決めるよ。 ただ、そうやって動く前に、詩花が社長としてやっていけるように教育を済ませる必要があるね」

 

「はい。 どれくらい時間が掛かりそうでしょうか」

 

「そうだね、詩花の飲み込みから言って……一ヶ月という所かな。 基本さえ覚えてくれれば、アタシのスタッフを貸して支援させる」

 

「分かりました。 その間、死ぬ気で頑張ります」

 

頷くと、玲音とは一旦別れる。

 

そして、その日から。勉強を開始した。

 

社長の仕事というのは、椅子にふんぞり返っていれば良い、というものではない。

 

色々とこなさなければならないものがある。

 

ましてや961プロは典型的なワンマン企業だ。

 

詩花は知っている。

 

父は実際には、内側では暴君だが。

 

取引先には頭を下げることを厭わないし。

 

どれだけ理不尽を言われても平然と笑っている事が出来る。

 

歪んだ父の心が向けられるのは。

 

身内。

 

それも立場が明確に下の身内だけなのだ。

 

そんな事は許されてはならない。

 

二十万からなるアイドルがいる今の日本でも。人材はいくらでも埋まっているというわけではない。

 

事実業界最大手の346プロなどは、50人近いSランクアイドルを抱えていながら、今でも貪欲に人材を集めているし。

 

躍進中の765プロなどは、エース13人だけでは無く、30人を越えるアイドルを育成して。

 

その後発組も、めきめきと力をつけている。

 

この間のスターリットシーズンプロジェクトでは、見せてもらった。

 

皆、瞠目すべき成長を短期間で遂げていた。

 

人材に悉く逃げられる961プロの現状は。

 

詩花から見ても、決して望ましいものではないし。

 

会社という観点でも、非常に危ういとしか言えなかった。

 

一ヶ月間、比較的余暇が多い中で。

 

詩花は徹底的に社長業の勉強を続ける。

 

その間黒井社長は新しいプロジェクトに向けて動いているようだったけれども。詩花とは別居しているし。

 

何を勉強しているかにも興味は一切無いようだった。

 

レッスンや単発で入る仕事にはきちんと出ているし。

 

恐らく詩花の事を信頼しきっていて。

 

何も疑いさえしていないのだろう。

 

あれほど疑い深いのに。

 

何となくだけれども。

 

詩花は、世界中の王朝で、骨肉の争いが起きるのが分かった気がした。

 

いずれにしても、悲劇と出血は最小限にしたい。

 

何度か玲音と打ち合わせをして、クーデターについて。更にはその後どうするかのプランを決めていく。

 

社長業の勉強と並行してだから、かなり大変だったけれども。

 

それでもどうにでもなる程度には鍛えて来たので。

 

体がおかしくなる、というような事はない。

 

詩花の頑張りを見て、目を細めている玲音だが。

 

それは獲物が育つのを喜んでいる肉食獣の目だった。

 

いずれにしても、Xデイは近付いている。

 

玲音が行っている根回しは、恐ろしい程上手く行っているという。会社の役員はみんな黒井社長に不満を持っていたというわけだ。

 

クーデターの決行日が決まる。後は、実行するだけだった。

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