クーデターの共犯者である、961プロの稼ぎ頭である「彼女」。
ランク制が敷かれているアイドルマスターシリーズでは「オーバーランク」という完全に「レベル違い」の存在として扱われています。比肩できそうなのは一世代前にいたあのオーガさんとかくらいでしょうか。まあ国際的な人気を持ち、自家用ジェットまでもっているらしいので、まあ次元違いの存在ですね。
本作ではそんな世界を舞台に暴れている(961プロには日本での活動用に席を置いているだけのうえ、社長を呼び捨てにすることもあるので、はっきりいって社内での実際の力関係は黒井社長より上でしょう)彼女も、面白がって、ついでに楽しく戦える相手を見繕うためにもクーデターに参加したのです。
玲音から借りたスタッフから、収録後に連絡があった。
何人かのリハビリ中のアイドルが、そろそろものになると。
頷くと、すぐにリストをまわしてもらう。
その後、会議に掛けた。
ワンマン時代は、パパの気分次第で会議は動いていたし。何よりも皆がイエスマンである事を強いられた。
今は違う。
会議にも、熱量が出ていた。
パパはこの人達の強みを全部殺していたんだな。
そう思いながら、詩花は順番に議題を片付けていく。
「分かりました。 それでは彼女たち三人はユニットで再デビューしてもらいます」
「デビューには問題ありませんが、まだ独り立ちさせるには少し不安ですね」
「その辺りは、スタッフでサポートしていきます。 またデビューライブには、私が立ち会います」
「おお。 意欲的なことですな」
前は「犬」とまで呼ばれていた専務も、今は生き生きしている。
創業からずっとパパと一緒にいて。
ずっと無言で支えてきた人なのに。
いつの間にか、パパはこの人を犬と呼ぶようになっていた。
酷い話だと思う。
今は反省してくれているだろうか。
反省はしてくれるかも知れないが。
きっと限定的な反省の筈だ。
だから、パパには今後も気をつけて行かなければならない。
だけれども、相当なスペシャリストでもあるパパには、意見を聞きたいのも事実ではあった。
後で飯島さんとパパに、それぞれ意見を聞いてみよう。
そう詩花は思いながら、議題を進めていく。
議論はするが、無駄な時間は使わない。
そういう風に、会議は進める。
当たり前の事だ。
会議で無駄な話をしていて、それが何の利益に結びつくのか。誰かの幸せになると言うのか。
残業代を稼ぎたいなんてのは論外だ。
お仕事をして、その分の適正な給料を貰えば良い。
パパみたいに、無駄に高価な社用車とか社宅を会社経費で落として、バカみたいに浪費することはあってはならない。
時間通りに会議を切り上げると。
詩花はそのまま、レッスンに出る。
社長が出るからと行って、レッスンを止める必要は一切無い。
それについては、レッスン中のアイドルに告げてある。だから、皆広いレッスン場で、好きなようにレッスンをしていた。
もうリハビリが終わったアイドルは、それぞれトレーナーに従って、科学的な見地に基づいた理論的なレッスンをしている。
それでも、時々飯島さんのメモを見ているのは。
それだけ、今後自分の長所を伸ばしていきたいと本気で思っているからだろう。
あの熱量を消してはならない。
詩歌自身も、レッスンで体をしっかり動かす。
また、過剰すぎるスケジュールについても断るように指示を出していた。
あまり番組に出すぎても稼げる訳でもないし、飽きられるのも早くなる。
何より消耗がひどくなりすぎると、文字通り寿命を縮めることになる。
精神を病んでしまったりすると最悪で。
タチが悪いカルトとかに引っ張られてしまうこともある。
そういう事がないように、しっかりメンタルケアにも気を遣わなければならない。
それは何も、詩歌自身も例外では無い。
手を叩いて、何人かを呼ぶ。
だいぶ仕上がってきたので、今回一緒に番組に出て貰う面子だ。トークなどは必要ない。今回は、ライブに参加して貰う。
一発参加ではない。
勿論きちんと事前に通しで練習はしてある。色々なパートでできるようにも、である。
詩花から言う事は一つだけ。
いつも通りやってください。
それだけだ。
此処でリハビリをしているアイドル達の中には、詩花より芸歴が長い人も、年上の人もいる。
だから詩花は社長だからと偉ぶるのではなく。
皆に敬語で話すようにしていた。
番組に引率して。
歌番組に出る。
今回は、センターも他のアイドルに任せる。こうやって、961プロは詩花と玲音だけではない事をどんどんアピールしていく。
番組が終わったら、それぞれ楽屋で反省会をしてもらい。それぞれタクシーで送る。
詩花自身は、挨拶回りを行って。
途中で出会った別の事務所のアイドルとも、勿論丁寧に接した。
以前スターリットシーズンプロジェクトで顔を合わせた業界最大手、346プロのアイドル達と丁度番組で共演した。
残念ながら皆対戦したユニットであるルミナスにいたアイドルでは無かったが。
どのアイドルも、相当な素質を持っている人ばかりだ。
流石は業界最大手。
二十万いるアイドルの内、上位500人をSランクというが。
50人近いSランクアイドルを抱えているだけのことはある。
本当に凄い人ばかりいるなあと、感心するばかりだ。
向こうも詩花に敬意を払ってくれるので、対応はやりやすい。
玲音の話によると、国によっては治安が最悪で、楽屋が荒らされるとかのトラブルまで起きるという事だったので。
丁寧に応じれば丁寧に返してくれる今の状況は、本当に有り難かった。
そういえば。オーストリアではアイドルとしての活動は殆どしなかったな、とも思い出す。
向こうでは大人の歌手や音楽家が芸能活動の主軸を担っていて。
日本のような未成年のアイドルが働く文化があまりなかった。
米国などは日本以上のアイドル文化が花咲いているのだけれども。
国によってこういう風に特色が色々ある。
オーストリアに、日本のアイドル文化を輸出できないだろうか。
向こうの耳が肥えた人達には、どう映るかは分からない。
いずれにしても、961プロの再建がなってからだ。
しばらくは詩花と玲音の稼ぎでどうにでもなる。とにかく、リハビリを済ませたアイドル達をできる限りどんどん前線に投入したい。
皆、とても意欲的だ。
失った時間を取り戻したいと考えている人はたくさんいる。
だから、それらに答えたい。
全てを台無しにしてしまったパパの、償いのためにもだ。
テレビ局を出て、タクシーに乗る。
少し疲れている様子だとスタッフに言われたので。会社に戻るまで仮眠することにする。
まだまだ体力が足りないな。
そう自嘲する。
無理に体力を絞り上げても、寿命を縮めるだけだ。あらゆる意味で無茶な仕事はしてはいけないのである。
だから基礎体力をもっと増やしたいけれど。
やはり、こればかりは限界がある。
詩花も、一線級で頑張っているアイドルとは言え、それでもまだまだだ。
目が覚めた。
どうやら、会社についたらしい。
さあ、もうひとがんばりしよう。
まだまだ、今日は終わったわけじゃない。後、もう少し社長としての業務をこなして。それからレッスンもして。
少し頭がくらくらしていたので、気持ちを引き締め直す。
ここが、ふんばりどころだ。
決して無理をしてはいけないけれど。
それでも、何とかできる範囲内で、頑張らなければならなかった。
新規のユニットや、ソロで再デビューするアイドル達が何人か出はじめた。
更に他のアイドル達も、そろそろモノになる時期が来始めていた。
要するにそれだけ仕上がってきたと言う事だ。
皆モチベも高かったが、それ以上に飯島さんの初期指導が的確だったのである。
何よりも、みんな元々高い素質を持っていただけの事はある。
それに、何よりも「孤高」を強制されず。
それぞれの長所を、無理なく伸ばしたのが大きかった。
今でも詩花はパパの人を見る目については信頼している。
パパと軽くデビューするアイドルについて話をするけれど。
飯島さんと意見が一致している事が多く。
やはりパパのアイドルを見る目は衰えていないのだなと、感心させられる。
そう、アイドルを見る目は間違っていない。
その後の育成が壊滅的なだけだ。
ならば育成は他の人に任せれば良かったのに。
自分の信念を押しつけて。
多くの人を潰してしまった罪は重い。
パパにはしばらく個室で反省して貰う。
勿論、今後も育成には関わらせない。
パパは今、水を得た魚のように新人発掘をしてくれている。
だけれども、平気でダーティーな手を採ったりと。根は変わっていないことが分かるのだ。
話は聞いた。
どうか隙を見せないで欲しいと、独り言を呟いていたらしい。
恐らく詩花が隙を見せたら。
やはり野心を燃やして、会社をまた乗っ取りに来るのだろう。
その時は多分、961プロはもう終わりだ。
そもそも今回のクーデターが上手く行ったのは、パパのせいで今まで多くの有望なエース候補であったアイドルが出ていったことや潰されてしまったことが大きい。
今後経営方針などが全て元に戻ったら。今度こそ、961プロは潰れる。
そうなったら、恐らくだけれども。
パパにとっても、もっとも不幸な結末が待っているのだろうから。
会社に来たテレビ局の人と打ち合わせする。
詩花が作ったお菓子は絶品と評判だが、まだママが作ったものほどではないとも思っている。
いずれにしても、舌が肥えているテレビ局の人達も喜んでくれているようなので。
それはありがたい話ではあった。
デビューについての話や、ライブの放映権などの話では、一切妥協はしない。
今まで961プロはこの辺りで暴利を貪っていた。
だからといって、今後土下座外交をするつもりもない。
高く売りつけるつもりはないが。
安売りをする気も無い。
人間が最低限、自尊心を失ってしまった場合。
客観的にものを見る事も出来なくなるし。
何よりも自分の価値も見失ってしまう。
自分を安売りするのは最悪の行為だし。
自分の事務所にいるアイドルを安売りするのも、全く同じレベルの最悪の行為である。
交渉は熱を帯びたが、玲音の貸してくれているスタッフの尽力もあって、基本的に予定通りのラインでまとまった。
交渉が終わった所で、秘書が紅茶を淹れてくれる。
詩花はため息をついた。流石に疲れた、と思ったからだ。
「これで八ユニット目ですね。 最初に連れてきたメンバーだと、後一人残っていますが……」
「今のレッスンの様子を見る限り、仕上がりはとても良好です。 近いうちにデビューして貰いましょう」
暗に斬り捨てるか、と言われたのだが。勿論そんな事はしない。
実際他のメンバーのリハビリが早すぎるだけで、充分な素質は持っているのだ。
むしろ最後に残った一人だって、充分すぎる位の仕上がりになって来ている。
今、961プロ。正確には詩花の新生961プロが乗っていることは業界でも話題になっており。
あまり評判が良くない人から、まっとうな人まで。
様々な記者が取材に来るのだった。
詩花自身もレッスンに出る。
初期に集めた面子の、最後の一人がレッスンを淡々としている。
あまりにもレッスンが多すぎると却って体を駄目にする。
そのため、時々監視に当たっているスタッフが声を掛ける。
そのスタッフにも、飯島さんが書いてくれたメモはコピーして渡してあるので。
意思疎通については問題ない。
詩花が来ても、皆目があったら目礼するくらいで、基本的にレッスンは止めない。
ここでは社長では無く、自分がいつか越えるためのライバルだと思ってください。
萎縮する人には、以前そう言ったこともある。
頭を場所によって切り替える事もアイドルにとっては大事だ。
軽くストレッチをしてから、誰よりもきついレッスンに入る。
特に発声練習には力を入れているが。
それと同じくらい、体力作りにも力を入れている。
インナーマッスルもがっつり鍛えているので。
細くて華奢に見える詩歌も、多分抱きしめると硬いと思う。
抱きしめられるつもりは今の時点ではないけれども。
おなかとかはライブの時に衣装次第では出すので、筋肉で割れたりしないようにいつも気を付けている。
全身運動であるダンスをしながら歌うというのはそれくらい大変なのである。
流石におなかが筋肉で割れたりしたら、イメージが壊れてしまうので。
さて、柔軟もこなし。
体力作りをしながら、後から来た組を見る。
零細事務所から引き抜いてきたり。
或いは夢破れて腐っていたりした子達だが。
パパが見つけてきただけあって、皆素質は充分過ぎるくらいにある。
一時期は凄い髪型になっていたり。
不自然に髪を染めていたような子もいたが。
今ではそれもなくなり。
すっかり真面目な顔でレッスンに取り組んでいた。
過去にまずい仕事をさせられていたような子もいる。
そんな悪徳事務所にいたということだ。
昔の961プロはパパのやり方とアイドルへの負荷が尋常ではなかったけれども。そういった仕事は絶対にやらせなかった。
底辺の事務所になってくると、今でもそういう事をさせる事務所はある。
中には悪い人達と関係があるような事務所もあって。
そういうところでも、平然とパパは乗り込んでいくので。まだまだ詩花とは修羅場のくぐった数が違うのだなと感心する。
いずれにしても、新しい組の子達もみんな真剣にやっている。
無理に仲が悪い子と仲良くする必要はない、という話もしてある。
スターリットシーズンプロジェクトで戦ったルミナスは、29人がぴったり息があっているという、驚異的なユニットだったが。
あんなのは飯島さんのような怪物じみたプロデューサーが指揮を執って初めて出来る事だったし。
話を聞いたところによると、アイドル業界でも現在上位にいる765プロのエース勢が率先して中心となって。
更に皆をまとめ上げたという手法を採っているらしい。
残念ながら、詩花はそういうことができるタイプでは無い。
玲音もそうだ。
どちらも、どちらかというと必要なだけ周囲と組む感じで。
詩花も友達と仲良くすることはできるが。
リーダーシップを取ってぐいぐい引っ張ったり、豪腕で集団をまとめるのはあまり得意ではない。
そういう事もあって、詩花は特に皆に口出しはしない。
ただし、あからさまに仲が悪い子がいるのなら、それについては報告するようにと。
レッスンを指導しているプロデューサー達には指示してあるし。
今のところ、詩花が見て避けあっているアイドルはいない。
後は、もう少し仕上がった後。
ユニットを組むときなどに、一緒に行動して貰い。
その時に判断すれば良いだろう。
レッスンが終わった。
短い時間で、激しいレッスンを詰め込んだので、流石に詩花も息が上がる。
すぐにスポーツドリンクを飲んで、更に色々と栄養が入っているとんでもなくまずい飲み物も口にする。
まずいけれど、これで体が更に仕上がると思えば安いものだ。
お菓子だけ食べて強くなることはない。
そんな事は、お菓子作りには一家言ある詩花ですら分かっていた。
ただ最近は流石にお菓子作りをする時間と余裕がなくなってきているので。
そういう意味でも、もっと体力は作りたいなと思う。
レッスン場を後にする。
まだ体力作りが途中の子は、ばてていたりもする。
まだまだだけれども。
原石としては光っている。
それに、何よりだ。
今度こそ、勝ち抜いてやるという光が目に宿っている。
ディアマントで組んでいた亜夜が目に宿していた、復讐と怨念が籠もったぎらついた光では無い。
公正な競争で。しかも取りこぼしがないようにレッスンがされているという。努力が報われる場に来て。
今までと違うことが分かって、俄然やる気が刺激された者の目だ。
亜夜だって、スターリットシーズンプロジェクトの途中で、憑き物が落ちて。目が完全に変わってから。
全くという程の別物になった。
それから、明らかに復讐と怨念で動いていたときよりも動きが良くなった。
そういうものだ。
会社を出て、秘書と一緒にタクシーに。
休憩は車の中で行う。
そのまま、今日のスケジュールについて確認。
今日は他のユニットやソロ活動している961プロのアイドル達がテレビに出ている。その様子を見つつ、詩花も番組に出る。
何より嬉しいのは、久しぶりに亜夜と会えることか。
スターリットシーズンプロジェクトが終わった後、仕上がった所を見計らって引き抜かれてしまった亜夜だが。
最近もたまにテレビ局で顔を合わせる。
今では極限までレッスンで自分を痛めつけていた、目がぎらついていた頃と違って。
真面目にストイックに努力をし。
才能の差を補いながら、トレンドに強いアイドルとして自分を売り込んでいる。
元ルミナスにいた奧空心白というアイドルとユニットを組んでいるが。
心白は才能の塊みたいなアイドルなので。文字通り亜夜とは黒と白。全てが真逆であり。ユニットとしてもとても映えている。
テレビ局で、収録について確認。
早朝収録が終わった961プロのアイドルと顔を合わせて、そのまま打ち合わせを楽屋で軽くする。
特に不満は無いらしい。
無理をさせられることもないということだった。
「たまにアドリブが飛んでくるくらいで、そこまで無茶はさせられません」
「それならば、そのまま今日は帰宅してください。 レッスンについては、各自の判断に任せます」
「分かりました。 まだ仕事は体力的に余裕があります。 入れられるようなら入れてください」
「はい。 それではダンケシェ」
礼をして、仕事が終わったアイドル達を見送る。
皆、生き生きとしていて。
パパの時代とは全く違う。
その後、テレビ局のディレクターと軽く話をする。
やはり、パパの時代とは根本的に違うという事だった。
「前は一人一人が兎に角尖っていて、周囲とあわせることを拒否するような指導をされていたようだったのですけれど。 今はすんなり馴染んでいて、他の事務所のアイドルともあわせやすくて助かります」
「ありがとうございます。 他に何か問題などはありませんか?」
「皆さんとても良く仕上がっていて、視聴率なども好調です。 前は会社のイメージがその……。 それでCM等は難しかったのですが。 詩花さんが新社長になってからはそれも払拭されましたので」
「分かりました。 後で詳しい話は聞かせていただきましょう。 その時は、弊社のスタッフが交渉に応じます」
安請け合いはしない。
そのためにも、こういう所で迂闊な返事はしない。
相手は内心舌打ちしたようだが。
詩花だって、この辺りは社長業の勉強をするときに散々頭に叩き込んでいる。
すぐに幾つかの収録をこなす。
社長だろうが現場では関係無く接してほしい。
他の961プロのアイドルにはそう話してあるので。
特に問題はない。
ただあまりにもイメージが違う仕事については、事前に断りを入れている。
この業界は厳しいから、弱みにつけ込めると思ったら、無茶な仕事を回してくることもある。
そういう場合は、きっぱり断るようにしていた。
幾つかの仕事が終わった後、亜夜が楽屋に来る。
立ち上がって、思わず笑顔を浮かべていた。
「詩花さん! お久しぶりです!」
「グリュースゴッド! 亜夜ちゃん、元気にしていましたか?」
「はい! 憑き物が落ちてから、体が軽いし仕事もとっても楽しいです!」
ひょこんと頭を下げる亜夜。
平均より少し背が高い詩花や、モデル並みの長身である玲音に挟まれて、小柄なことが余計に目立っていた亜夜である。この子は普通に黒が似合うため、今でも黒主体の服で活動しているようだ。
前はツインテールをトレードマークにしていたが。
それは今も変わっていない。
トレンドに強いから、今後はひょっとしたらブームにあわせて髪型を変えたりするかも知れないが。
少し遅れて、心白も楽屋に来る。
丁寧な挨拶を受けたので、詩花も嬉しくなった。
心白は、亜夜が黒だとしたら白。全く雰囲気から何まで完全に真逆で、それが強烈な対比を作っている。
実は961プロ時代に組んでいた事がある二人だが。
ある理由から心白が961プロを抜けてしまい。
以降亜夜の心には鬼が宿ってしまった。
正直見ていて痛々しかったが。
元鞘に収まった今は、とても仲が良さそうで安心である。
あまり無駄話ができないのが口惜しい。
ささっと番組の打ち合わせをする。
「玲音さんは今回はでないんですか?」
「会社の経営が安定するまでは、しばらくは大規模ライブで巡業をしてくれる話になっています。 毎回凄い額を稼いでくれるし、海外からもファンが来るんですよ」
「相変わらずもの凄いですね。 流石はオーバーランク」
「ええ。 本当に自慢の友達です」
楽屋を出て、そのまま番組に移行する。
今回はクイズ番組だが、どちらかというとこの手の番組は取れ高を優先する傾向がある。
普通にやったら勝つようなアイドルが順調に勝ってしまう展開は好まれない。
例えば意外な知識を持っていることを見せたり。
頭が悪そうな雰囲気があるアイドルが、そのまま兎に角頭が悪そうな発言をしたりと。
そういった一種のロールプレイが要求される。
故にセメントマッチなんて言われている、最初から脚本が決まっているプロレスなどとかなり近い所がある。
実は出る問題なども全て決まっている事があるほどなのだが。
今回出る番組は其処まで厳しく決まっておらず。
その代わり、アドリブが幾らか求められる場だった。
他の事務所からも何人かアイドルが出ているが。昔だったらこんな柔軟な仕事はできなかっただろう。
パパだったらガチガチに961プロの人間だけで固めたりとか、そういう風に番組作りを要求したはずだ。
詩花はクイズ番組の収録で、日本の歴史やホビーに博識な所を見せながら。
周囲にも目を配る。
場合によっては解答するチャンスを与えなければならない。
今のところ、萎縮している子はいないようで。
それは安心だった。
亜夜がものすごく難しい時事問題を正確に答えたので、歓声が上がる。
こう言う場所での勝ち負けは、殆ど問題にはならない。
セメントマッチだからだ。
実際、詩花も勝つ事には殆ど興味が無かった。
収録が終わった後、亜夜と心白と軽く話して、その場を後にする。
秘書に言われた。
「亜夜さんはとてもすっきりした様子で、自然体ですね。 いつも後がないという顔をしていた頃とは大違いです。 それに笑顔がとても増えましたね」
「ええ。 とても生き生きしていて、私も嬉しいです」
「……あと一つ収録が残っています。 それと、これから二ユニットが収録に来ますので、軽く打ち合わせをお願いします」
「はい」
すぐに楽屋に向かって、話をする。
詩歌の楽屋に集まって貰って軽く話をするが、今の時点で不仲が生じているようなユニットは存在しないようだ。
人間には相性があるから、どうしてもあわない相手はいる。
番組側でも共演NGリストなんてのを作って、それで対応はしているが。
そういうものはないようで、少し安心した。
それぞれのメンバーに一人ずつ話を聞く。
その内容は、全て録音している。
この録音内容は、後で専門のスタッフに聞いて貰って。何か精神的に問題が生じていないかなどを、全て確認して貰う。
メンタルケアには専用のスタッフを雇っているほどで。今は相当に力を入れている。
その辺りは、アイドル達も皆信頼してくれているようだった。
「はい、みなさん大丈夫なようですね。 それでは収録に向かってください。 私は別番組なのでその場のフォローはできませんが、きっとどうにか出来る筈です。 自分を信じて、頑張って。 失敗しても、立て直す事が出来るのがプロです。 焦りすぎないで」
「はいっ!」
皆が頭を下げて、戦場に向かう。
さて、後は此処からだ。詩花自身も番組に出る。
今度は少しお堅い番組で、歴史番組のレポーターを務める。
美声を売りにしている、と言われる詩花だが。
実際にはウィーンで散々鍛えただけで、元から美声だった訳でも何でも無い。
また日本の歴史には興味があるし。他の国も同じく。
歴史番組のレポーターとしては詩花はとても評判が良くて、今回も極めてスムーズにこなすことができた。
ただし、ただ脳死でレポートをする事はしない。
事前に脚本を見せてもらって、その歴史について貶めたり。或いは解釈が古かったり。そういった事がないか、念入りにチェックする。
今日は事前に内容を見せてもらって、何度か打ち合わせをしているのだが。
それでもいきなり当日に内容を変えてくるケースがあるので、油断は禁物だ。
現場に入ると、礼をして今回の番組について軽く話す。
打ち合わせの段階では、特に問題は無かった。
脚本も受け取るが。
内容も特に打ち合わせの段階と変わっていないようだ。
ここまでで一段落である。
もしも内容が変わっていたりしたら、やり合わなければならない所だった。
それもないということは。
のびのびレポーターが出来るという事である。
「それでは詩花さん、お願いいたします」
「はい」
背景がそのまま表示されているわけではなく、場合によっては何度も収録することになる。
いずれにしてもNGなんか出さない。
全部一発でクリアする。
社長になったからと言って、アイドルとして手を抜くつもりは一切無い。
収録の時に、あの人は一切NGを出さない。トラブルを起こさない。
そう思わせるくらいの実力を見せる事で、存在感を示す。
今Sランクにいる詩花だが。
それも盤石だと思わせるくらいでないといけない。
業界の熱量を上げるためにも。
Sランクにいる詩花は、それなりの責任を背負っているのだ。
一通りレポーターが終わって、収録終わり。
予定より四十分も早く終わったので、スタッフ達が皆喜んでいた。
昔だったらお菓子でも配っていたところだが。
まだ残念ながら、仕事の最適化ができていないので、そこまでの事は出来ない。番組スタッフに礼をして、そのまま会社に戻る。
ふうと、溜息が出ていた。そのまま飴を受け取って、喉に入れる。
脳を酷使したので、染み渡るようである。
「他の皆は大丈夫ですか?」
「はい。 今日はトラブルについては報告されていません」
「しっかり皆に目を配って、問題が起きていないかは常に確認してください。 皆は商品ではなく人間です」
「分かっております」
そのまま、会社に戻る。タクシーの中で軽く仮眠。少しだけ寝ると、それで結構違うものなのだ。
さて、此処からまだ一仕事ある。会議などは無駄な時間にならないように、事前に徹底的に議題などを組んでもらっている。
会社について、起きて。そのまま廊下を歩きながら、会議の議題について聞く。
頭にそれらを全て叩き込みながら、詩花は思う。
これから、どんどん厳しくなるけれど。
絶対にやり遂げるのだと。