シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
「いやぁー、悪かったってばぁ、アヤネちゃん。ラーメン奢ってあげるからさ、怒らないで、ねっ?」
「怒ってません」
そういいながら、いかにもむすっ、とした表情で、ラーメンをすするアヤネ。
会議も終わりアビドスの生徒たちと今は柴関にやってきていたが、一度怒った少女の機嫌を取るのはなかなかに骨が折れるもの。
ノノミが果敢にアヤネの口元を拭きに行くが逆効果。
怒らせてしまってますますツンとしてしまう。
「……なんでもいいけどなんでうちにしたの?」
そんなホシノたちを見て、ひとり今日もバイトのセリカは、少しだけ居心地が悪そうだ。
「まぁ、そういうなよ。かわいい後輩の顔をみんな見たいんだよ」
「アヤネ、もっとチャーシュー食べる?」
「ふぁい……」
シロコにあーん、と目の前に運ばれてきたチャーシューを食べてきた頃であった。
ガラリと、紫関の扉が開く。
「あ、あのぅ……」
はいってきたのは、少し、いや、かなり自信のなさそうな少女である。
店員であるセリカにかける声も、控えめであった。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
だが、そんな相手でもセリカにとってはもう慣れたものであった。
笑顔で、相手の人数確認をしていた。
「こ、ここで一番安いメニューはなんですか?」
「一番安いのは……580円の柴関ラーメンです!看板メニューなんで、美味しいですよ!」
だが、それ以前に、彼女にとって重要なのは値段であったらしい。
とはいえ、学生には珍しくないことだろう。財布の中身と相談して、四苦八苦して買い食いをする。
「あ、ありがとうございます!」
「ん?」
その値段を聞いた彼女は、扉を開けて再び外に。
値段を聞いて、納得した様子だったのにすぐに飛び出したのを見て、セリカは怪訝そうな顔をする。
「連れがいるんじゃないか?」
「あ、そうね……確かに、あ、戻ってきた」
店の外、扉越しには、店を訪ねてきた彼女と、何人かが見える。
「えへへっ、やっと見つかった、六百円以下のメニュー!」
「ふふ、ほら、何事にも解決策はあるのよ。全部想定内だわ」
「そうでしたか、社長……。流石です」
そんなやり取りと、それに頭を抱えている少女が一人。
「四名様ですか?お席にご案内しますね」
「んーん、どうせ一杯しか頼まないし大丈夫」
「一杯だけ……?でも、どうせならごゆっくりお席へどうぞ……。って、先生、何してるんですか?」
「……いや、何でもない」
そう、何故か顔をメニューで隠していた小吉に疑問符を浮かべながら、セリカは四人を案内しようとする。
「……?お客様?」
「アルちゃん?どうしたの?」
「……いえ、なんでもないわ」
彼の顔を見て、立ち止まった二人。アルと呼ばれた少女と、少し大人びた少女は、一瞬、明らかに顔をこわばらせていた。
明らかに、何かあった。ように、少なくともその場にいた誰もが思っただろう。
だが、ここは食事の場。そもそも、アビドスの生徒たちも、常に彼と一緒にいるわけではない。
アビドスの外で出会って、何かをやらかして叱られたとか、そういう関係かもしれない。
ならば、聞くだけ野暮だろう。
そう思いながら、セリカは、席へと案内する。
「ありがとう!親切な店員さんだね。あ、そうだ!箸は四膳でよろしく。優しいバイトちゃん」
「え!?4膳ですか?ま、まさか一杯を4人で分け合うつもり?」
そんなこと、借金で苦労してる自分たちでもしたことはない。
……。とはいえ、お金のない生徒自体は、キヴォトスでは珍しくはない。
カタカタヘルメット団はアジトを持っていたが、そもそも定住できる場所を持たない子供も少なくないのだ。
「ご、ご、ごめんなさいっ。貧乏ですみません!!お金がなくてすみません!!」
「あ、いや……。その、別にそう謝らなくても……」
「いいえ!お金がないのは首がないのも同じ!生きる資格なんてないんです!虫けらにも劣る存在なのです!虫けら以下ですみません……!」
だが、それを本人たちが気にしていないかは別だ。
おどおどとしていた少女は、セリカの言葉が突き刺さってしまったのか、ぺこぺこと、体を腰から90度でまげて謝り始める。
「はあ……ちょっと、声デカいよ。ハルカ。周りに迷惑……」
そんなエスカレートしそうなハルカと呼ばれた少女を仲間の一人であろう少女が止める前に、セリカは身を乗り出してハルカの手を握る。
「そんな!お金がないのは罪じゃないよ!胸を張って!」
「へ……はい!?」
そんな、突拍子のない彼女の行動に、ハルカと呼ばれた少女は混乱に陥る。
その状況も気にせずにセリカは突き進み、声高に続ける。
「お金は天下の回り物ってね。そもそもまだ学生だし!それでも小銭をかき集めて食べに来てくれたんでしょ?そういうのが大事なんだよ!もう少し待っててね。すぐ持ってくるから」
そういって、彼女は、小走りで厨房へと駆けこんでいく。
「……なんか妙な勘違いをされてるみたいだけど?」
「私たちもいつもはそんなに貧乏ってわけじゃないんだけどね。強いて言うならお金遣いの荒いアルちゃんのせいだし」
「……アルちゃん。じゃなくて、社長。ちゃんと、肩書を付けて呼びなさい。ムツキ室長」
「ん?だって、今はオフでしょ?ところでー。社長のくせに社員にラーメン一杯奢れないなんて~」
意地悪そうに、ムツキと呼ばれた少女は社長を名乗るアルという少女を見上げる。
「……今日の襲撃任務に投入する人員を雇うんために、ほぼ全財産使っちゃったし……」
「……問題ないわ。カヨコ課長。ちゃんと、ラーメンを食べられる分のお金は……」
「一杯分じゃん。せめて4杯分のお金は確保しておこうよ。ただでさえ、社長は燃費悪いんだから」
「トリニティのなんだっけ?シスターフッドでもこんなに清貧な暮らししてないよ?」
口々に、お金の使い方に対して、不満を漏らす少女たち。
それに対して、アルと呼ばれた少女は、ただ笑うことしかできない。
「……まぁ、リスクは減らせた方がいいし、今回のターゲットはヘルメット団みたいな雑魚みたいには扱えないってことには同意するよ。私も」
「……アル様がいるのに、全財産をはたいて人を雇わないといけないほどの相手、なのですか?」
「……えぇ。少なくとも、風紀委員を相手にするくらいだと考えているわ」
「えー?それくらい?ビビりすぎじゃ……」
「ヒナ込みでよ。あくまで、私とカヨコで情報精査した限り、だけど」
その言葉に、ムツキの表情が一瞬固まる。
そして、まじ?と、カヨコに対して視線を合わせる。
「……確証はないよ。話も二年前のしかないから、今もそうとは限らない。社長が警戒してるのは間違いなく、上振れ」
「でも、失敗は許されない。……今回はあらゆるリソースを総動員して臨むわ。それが私たち便利屋のモットー……」
「初めて聞いたけど」
「今思いついたでしょ?まぁ、アルちゃんがいうとほんとっぽくなるんだからやめなよー」
けらけらと、からかうように笑うムツキ。
「うるさい!いいわよ!じゃあ今回の依頼を成功させて報酬が手に入ったら、すき焼きよ!だから気合い入れなさい!」
そういって、最初に迷惑をかけないようにと言っていたカヨコも含めて、彼女たちは四人で楽し気に会話をしていた。
「はい、お待たせいたしました!お熱いのでお気をつけて!」
そんな中、注文を取りに行っていたセリカが、彼女たちの机に、ドン!と、どんぶりを置く。
……もちろん、彼女たちに注意を促すためにわざとしたわけではない。
理由は、量だ。
「ひぇっ、ナニコレ!?ラーメン超大盛じゃん!」
便利屋の少女たちは、運ばれてきたそれを見上げる。
大きなどんぶりに盛りつけられた麺は、文字通りの山となっており、軽く見積もっても十人分は超えている。
しかも、チャーシュー、味玉、ノリにメンマ。
どう見ても、一番安い定番メニューを頼んで出てくるものではない。
「あ、あの、店員さん。こ、これはオーダーミスなのでは?こんなの食べるお金、ありませんよう……」
「いやいや、これであってますって。580円の柴関ラーメン並!ですよね、大将」
「あぁ、ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ。気にしないでくれ」
「ほらね!大将も言ってるんだからごゆっくりどうぞー」
そういって、ぐいぐいと、立ち上がっていた便利屋の少女たちを席に押し戻すセリカ。
「よくわかんないけど、ラッキー!いただきまーす!」
「……予想外、だったけど。……厚意を無碍にはできないわね」
「食べよっ!」
そういって、彼女たちは四人でラーメンを取り分けながら、すすり始める。
最初は、申し訳なさそうな。あるいは、どうしようかと、警戒の色さえ見えていたが、口に含めばもう止まることはない。
「お、美味しいです!」
「なかなかやるじゃん?こんな辺鄙な場所なのに、このクオリティなんて」
「でしょう、でしょう?美味しいでしょう?」
そんな四人の席に、ノノミはすっとお邪魔して、紫関の魅力をアピールしていく。
「えぇ、分かるわ。いろんなところに行く機会が多いから、そういったところでいろんなものを食べて来たけど、このレベルのラーメンはなかなかお目にかかれないもの」
「えへへ、……私たちここの常連なんです。他の学校の皆さんに食べていただけるなんて、うれしいです……」
「その制服、ゲヘナ?遠くから来たんだね」
アヤネも機嫌が直ったのか、ノノミに続いて、彼女とシロコも席へと収まる。
「いいわ、こんなところで気の合う人たちに会えるなんて、想定外だけど、こういう予測できない出来事こそ人生の醍醐味じゃないかしら」
そんな彼女たちに気を許したのか、アルと呼ばれた少女は、楽し気に話す。
アビドスの生徒たちに囲まれてワイワイとはしゃいでるアルを横目に、カヨコとムツキは二人ひそひそと話し始める。
「……ねぇ、カヨコちゃん、あの制服」
「……うん、まぁ、でも社長は喜んでるし……おしえる?」
「んー、面白そうだし、内緒で……というか、なんで、アルちゃんもカヨコちゃんもあっちの大人をそんなに警戒してるの?」
「……社長の天敵だから」
ちらり、とカヨコが視線をそちらに向けると、彼の、……小吉の目線は、入店からほぼずっと、……彼女たちの社長に向けられていたのであった。