シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
「この前からずっと、あの子のこと警戒していたよね」
戦闘直後、校庭を駆け抜け、小吉の目の前に飛び込んだホシノは、彼に向けて殺意を向けている。
まだ、銃を向けていないだけ、穏当というべきか。あるいは、それをしなくても問題ないという自信の表れか。
その動きに、アヤネは困惑していた。
何故、ホシノがここまで殺気立っているのか。
あるいは、先ほど攻めてきた便利屋の少女たちよりも、よほど、彼女は彼に向けて強い敵意を向けていた。
「……ホシノ。落ち着け。俺の事情も話す。だから、そいつは抑えてくれないか?」
「……いやだ。先に、私に質問させて」
もう一つ、アヤネには目の前の状況で理解できないことがあった。
ホシノの動きもそうだ。
だが、これほどの、本来であれば、何かしらのアクションを取ってもおかしくはないはずの殺気を向けられているにもかかわらず。小吉が、全くひるまず、ただ諭すしかしていないことに。
そんな様子に、ホシノは、ただ、どうして、と。思った。
それこそ、自分の力なら彼の命は容易いのに。と。
理解していないのか……、いや、理解しているのだろう。
その上で、彼は、冷静に言葉を紡いでいるように見えた。
「分かった。ホシノ。お前は、何が聞きたいんだ」
一番聞きたかったこと。
それは。
「先生は、あの子のことについて知ってたよね。陸八魔アルっていう、あのチームのリーダーの子。先生は、ほとんどアビドスと、シャーレを行き来してた。……あの子たちがゲヘナの子なら、……多分彼女と知り合う時間はない。あっても、紫関のあの一瞬だけのはず。でも、互いが互いに、知ってる風だった」
「……あの子たちが俺のことを知ってる理由は分からん。だが、俺があの子を知っていた理由なら話そう。……それは、俺がキヴォトスに来た目的の一つに、あの子が関わっているからだ」
「……先生の目的?……連邦生徒会長に呼ばれたからだけじゃないの?」
小吉は、既にホシノたちには一度目的を話していた。
連邦生徒会長に呼ばれたから。
ホシノの目に浮かぶのは、疑念。
嘘をついたのという、不安。
「嘘じゃない。キヴォトスの連邦生徒会長に呼ばれて、このキヴォトスに来たっていうのは本当だ。ただ、それとは別に俺個人の目的があった。これを伏せていたのは、あくまでこの件に関しては、ホシノたちを巻き込むべき問題じゃないと思っていたからだ」
「……、じゃあ、今日、あの子が来たのは……」
「偶然だ。あの子、陸八魔アルのことを知っていたのは、その調査……。彼女がニュートンの系譜に位置する子だったからだよ」
その言葉を聞いて、ようやくホシノの殺気が緩んだ。
「誤解させてすまなかった。戦闘が終わったらと思っていたが」
「ううん。先生も、想定外だったなら仕方ないよ。話を聞いてて、アビドスが攻撃された方がまずかったし。こっちもごめんね……。それで、ニュートンってなにかな?あの子が強かった理由だよね?」
そう、聞かれた小吉は小さく頷き、言葉を返す。
「彼女たち。ニュートンの一族は、キヴォトスの外では、いずれ、王になろうとしていた。いわゆる、政治的なものではなく、世界が滅びた後、人類を再興する。そんな意味で。そのために、奴らは、生物としての人間を極めていった」
「それは、つまり……遺伝工学による人体改造ということですか!?そんなの……」
少なくとも、キヴォトスでは、まず聞かないような行為に、隣で聞いていたアヤネは思わず声を上げる。
だが、それに対して彼は首を振る。
「いや、そんなハイテクな方法じゃない。もっと単純だ。……生物の品種改良と同じだ。より良い性能の人間を、より良い性能の人間と掛け合わせる……。それを、七百年かそこらの間続けて、ニュートンは、人間という種が会得可能なあらゆる能力を保有したんだ」
「……それで、どうして、あの子がニュートンだってわかったの?」
「あー、それはな……。喧伝してたからだ。あの子じゃなくって、そのひとつ前の世代の奴らが。自分たちはニュートンの一族だ、ってな。別に、人間の遺伝子を極めるっつっても、やってることは単に子供作って、育てて、また子供作ってってやつを自分の意志でやってるわけだからな。倫理面ではあれだけど、それ自体はまずいってわけじゃない。一族の奴らなら大体進んでやってただろうしな」
端末に表示されるのは小吉が手に入れていた陸八魔の家系図。
それをさかのぼれば、ニュートンの一族の祖先と結びついた。
そこまでの話を聞いて、ホシノは一つ疑問に思う。
「……、でも、いうほど、大した子じゃなかったよね」
「まぁ、……確かに……。強くは、ありましたけれど、先生が言うほど、恐ろしい相手には見えませんでした」
「そこなんだよなぁ……」
少なくとも、遺伝子的なアプローチをしていたことも間違いない。
彼女の一族が、多くのニュートンとの共通点を持ち、表の社会でもそれを生かしていた場面は見られた。
だが、……娘のアルの様子を見た小吉の視点では、ホシノと同じ感想を抱くほかなかった。
勿論、強者ではあった。
周囲を気遣いながらの戦闘であったとはいえ、あのホシノがその場に縛り付けられ、その上でシロコを片腕でさばいている。
キヴォトスにおいても、そういるとは思えない戦闘能力であったし、近接と遠距離を両方相手にしていたのは、ニュートンの視力。
どれも一族の者たちが持っている能力ではあったが、しかし、それでも、小吉の知っているあの男の……ジョセフ・G・ニュートンには、比べるべくもない力であった。
「キヴォトスにおいては、完成していないのか、あるいは、……単にあの子がはずれ値なのかはわからないけど。とはいえ、だ。……今回のこともあるし、どこかで一度会ってみないとな」
「……ついていったほうがいい?」
その様子にホシノは、警戒ではなく、ただ、心配そうに申し出る。
しかし、それについて、小吉はまた首を振った。
「いや、……さっきの戦いで明らかにホシノを警戒していた。いくら、ホシノが狙われる役割だからといって、あのレベルのマークは異常だろう。探しに行くときは、俺一人で行くよ」
「うへ。まぁ、そうだね。私も、あれは、明確に私に対して対策をしてた。だから、……そう思うよ」
「……あの、所でホシノ先輩……シロコ先輩が猛ダッシュでこっちに向かってきてますが、どうしましょうか」
「……うへ……アヤネちゃん……どうしようか」
「……怒られるしかないと思います」
恐らく、小吉を詰める様子が窓の外から見えていたのだろう。
迫りくるシロコの姿に、ホシノは小さく、大変そうだなぁとため息を漏らした。
「ふぅ。なんとか撒けたわね」
そんなアビドス達の一方で、便利屋と傭兵たちは学校から一定の距離を離れ、路地裏に逃げ込んだ。
大騒ぎでもしなければ、存在に気取られることはないと思ったのか、息を吐いて傭兵たちは座り込む。
疲れた。想像の何十倍も。
戦闘時間は、想定よりもはるかに短い。
だが、その密度は、戦場を外から見ているしかなかった傭兵たちにとっても、あまりにも濃かった。
……。
そう、外側。
彼女たちとて、戦いの専門家の端くれであるがゆえに、理解ができる。
自分たちの指揮に入らないと理解した時点で、彼女たちは自分たちのことを戦力として見限っていた。
数合わせ、あるいは、肉壁としての仕事に関して腹を立てることはない。
彼女たちの仕事は、足りない戦力の穴埋めであることが少なくない。
だが、彼女たちは、そうもさせてもらえなかった。
勿論、攻撃はした。
彼女が言った通り、仕事らしく、マニュアル通りの攻撃を。
彼女たちができたのは、たったそれだけのことであった。
前線に立ち、アビドスの生徒たちの障害となりえたのは、彼女たち四人だけであった。
傭兵の少女たちは、皆思い出す。
彼女たちのリーダーに対して、自分たちのリーダーが向けて言った言葉を。
『戦ってあげる』
なんとも、傲慢な判断だろう。
誰だって。言葉を口にしたリーダーでさえ理解している。
あの場で自分たちは何ができた?
いや、自分たちは何もなしえていない。
人数を集めた囲んだ?
いや、それさえも最終的には、何人も戦闘不能にされて、あっさりとアビドスの少女たちに敗れ突破されている。
精々、アルが降す判断までの時間が二分ほど早まっただけだろう。
改めて、傭兵たちは彼女たちを見る。
片手で狙撃により、タンクのホシノを釘付けにして、切り込んできたシロコを相手に近接戦をしていたリーダーのアル。傭兵たちとセリカを相手にしていたムツキ。掃射がメインであり、重火力であるノノミをほぼ単独で相手にしていたハルカ。そして、話された作戦の中で最も注意しなくてはならないといわれていたホシノをマークし続けたカヨコに至るまで。
それほどの戦いを行っていたはずなのに彼女たちは、ほとんど怪我らしい怪我を、あるいは、ダメージを負っていないように見えた。
……。
だからこそ。
そんな状況だからこそ、彼女たちは警戒していた。
彼女たちとの間に交わされた契約は時給制。
想定していた戦いであったのならば、まとまった金額を彼女たちは手に入れられた。
だが、集合から、これまでの時間を数えても、精々二時間といったところ。
こんなのでは、赤字確定だ。
どうする、と、彼女たちは囁き相談し始める。
便利屋を襲うか。と、血の気の多い、誰かが言う。
だが、彼女たちは未だ万全。精々。リーダーのアルが腹をすかしている程度。
対して、彼女たちはボロボロ。
十全な戦闘ができる状態ではない上にけが人もいて、その上で、戦力で劣る。
彼女たちから見ても理解できるのだ。
便利屋68の戦闘能力は、明らかに、先ほど戦ったアビドスに近い。
そんな相手に対して、自分たちが何ができるのか。
「あ、そうだ。リーダーさん。はい」
「へ?」
そこまで考えている間に、ぴろん。と、タッチで行われたやり取りで、金銭の受け渡しが終わる。
振込履歴を見れば、明らかに、戦闘時間以上の給与が振り込まれている。
「な、なんで?」
「ん。じゃあ、聞くけれど、貴方達は何か私たちに不利益をもたらすような行為はしたの?」
まるで、値踏みするように、アルは傭兵たちの動きを見つめる。
その姿は、審判者を思わせる。
嘘をつけば、どうなるか。そんなことを彼女たちに思わせるのに十分な威圧感。
「す、するわけないだろ!?」
そのプレッシャーを受けながらも傭兵少女は必死に首を振る。
裏切るつもりも裏切る理由も彼女たちにはなかった。
だから、彼女たちが弱かった以外に、アルたちに対して不利益だったことはなかったはずだ。
「じゃあ、わざと手を抜いたりとかも?」
そういって、次に吐き出される言葉にも、傭兵少女は、今度は惑いなく答える。
「していない。高い金額は、それらを含めた保証でもあるんだ」
それこそが、傭兵業。
金にこだわる彼女たちであるは、その報酬に依頼主に対する保証分も入っているのだ。
それこそ、手を抜く傭兵たちであると知れたら、二度と依頼にありつけなくなる。
そこまでいうと、アルは下を向き、そして、小さくふぅ。と、息を吐く。
「なら問題ないじゃない。退いたのは、私の判断……定時分だけど、足りない?」
そして、彼女は傭兵たちに笑顔を向ける。
「だ、大丈夫だ!問題ない……。こ、今後もごひいきに!!」
だが、それは彼女たちに
振り込まれた金額を確認した傭兵少女たちは、速やかに撤収していった。
「あーあ、行っちゃった」
そんな傭兵を見送りながらムツキは、楽し気にそう笑う。
「……というか、大丈夫?あんなに払って……確かに結構払う予定だったけど」
そういって、カヨコは振り向いて、アルの顔を見る。
……ふふふ……。と、意味深気に笑うアルに、何か手があるのか、と、少しだけ安堵する。
「……いや、ヤバいわね……。予定の予算ギリギリ迄払っちゃったし。四人分の食費数日分しかないわね」
そんな発言に、つんのめりそうになる。
「あ、で、でも、アル様ならお仕事以外の方法なら……」
だが、横に控えていたハルカから、すぐにフォローが飛んでくる。
そう、お仕事以外。
なにも、お金を稼ぐ方法は、一つではない。
ニュートンの一族の身体能力が、人類の極限である以上。
アルならば、便利屋業以外の方法であればいくらでもお金を稼ぐことができるはずだ。
「だ、駄目よ!?あぁ言うのは人を堕落させるの!」
「……堕落、の前に餓死寸前の殉教者みたいに干からびちゃうよ?アルちゃん」
「……まぁ、どっちにしてもそういう類の稼ぎはあんまりできないだろうね。社長の口座凍結されてるし……。でも、どうするの?」
「ふふ、決まってるわ!今私たちは会社の危機。こんな時は……!でも、その前に、流石に戦闘の後の汚れくらい落としてからね。今日は銭湯に行って、……明日にしましょう」
そういって、彼女たちは本拠地へと戻るのであった。