シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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二十二話

ホシノが異形と密会をしているころ。

便利屋68はといえば、ランチタイムに予定通り紫関へと来ていた。

 

「来たぁ!!いただきまーす!」

 

「ひ、一人につき一杯……こんな贅沢していいんですか?」

 

「アビドスさんとこのお友達だろう?替え玉が欲しけりゃいいな」

 

「……っ」

 

運ばれてきたラーメンを口にしようとした、アルの手が止まる。

 

柴関の大将は、前回、アビドスの面々と楽しく話していた姿をとても印象に残していたらしい。

 

だからこそ、彼女たちのことを、アビドスの少女たちの友人だと思ってしまった。

 

「ご、ごめんなさい!わ、私たち、あの子たちとは……」

 

「おん?……なんかあったのかい?」

 

「そ、その……」

 

言い出せない。快く、ラーメンを振舞ってくれてる大将に、実は友達ですらなく、むしろ彼女たちを攻撃した敵です、などと。

そんな様子をみて、大将は、気にした様子もなく笑った。

 

「……まぁいいさ。若い子にもいろいろあるんだろう?それくって元気出してくれよ。あんた達みたいな学生さんらが腹いっぱい食えるようにって店だしてんだ」

 

それに、うまそうに食ってくれるしな。

快活に笑う、紫関の大将。

 

その心に触れ、アルの目が潤みそうになる。

そして、一口、ラーメンをすすろうとしたときであった。

 

「ハルカ!!大将を守りなさい!」

 

「へ?は、はい!!アル様!!」

 

「うぉ!?」

 

彼女の耳が、複数の発射音をとらえたのは。

 

アルの指示によりハルカが大将に覆いかぶさるようにかばい、アルは席の向こうにいたムツキとカヨコをかばうように引きずり体の下に隠した。

 

次の瞬間、轟音とともに、店が吹き飛んだ。

 

「ゴホッ、ゴホッ……アルちゃん!大丈夫!?」

 

「っ、アル、一体なにが……」

 

「……襲撃よ……ハルカ!大将は無事!?」

 

「は、はい、なんとか。ですがけがを……」

 

突然の攻撃。

念入りといっていいほどの、砲火だった。

 

アルの判断がなければ、全員が大けがを負ってもおかしくはなかっただろう。

とはいえ、大将をかばったハルカと、無防備にラーメンを食べていた二人をかばったアルのダメージは、決して少なくはない。

 

「……ブラックマーケットで事を起こしたから……、マーケットガードが攻撃してもおかしくはない、と思ってたけど。……あんたたちが来るとは思わなかったわ。風紀委員」

 

「!?……こんな時に……?」

 

『こんな時?……貴方方こそ、自分たちがどのような立場かをお忘れですか?』

 

足音が響く。

 

未だただよう土煙の向こうから現れたのは、彼女たちが警戒していた、ゲヘナ風紀委員会。

……その人数、数百名。

 

『ブラックマーケットで問題を起こした、ゲヘナの問題児……。政治的立場もない弱小校への介入はともかく、あれ程の騒ぎを起こされてはヒナ委員長の進めるエデン条約が崩れてしまうかもしれませんから』

 

「……まぁ、私たちを狙うのは分かるわよ……。でも柴関は関係ないでしょう……」

 

傷だらけの身体、砲撃の際に打った頭を抱えながら、アルは立ち上がり目の前の部隊をにらみつける。

 

『そうですね。後で相応の賠償はしましょう……。ですが、仕方がないでしょう?『ニュートン』であるあなたを捕らえるには、これくらいの隙を狙わなければ逃げられてしまいますから……。現に、あの不意打ちでもあなたは意識すらも失っていない』

 

「……ニュートン」

 

また、その言葉だ。

彼女の人生に、生まれた時から付きまとう。その言葉。

 

ただ、普通に、他と変わらず生きているだけでアルの人生に付きまとう、その言葉。

 

ちらり、と。ムツキたちに視線を送ろうとして、やめた。

 

「ハルカ。ムツキたちとここを突破して、大将を安全なところに。ムツキ室長、カヨコ課長は、アビドスと合流。多分気が付いてこっちに来てるから、絶対に止めなさい」

 

「は!?ちょっと!何言ってるのアルちゃん!」

 

「……そっか。それが、アビドスでことを起こしたもう一つの理由……!」

 

ゲヘナの諜報網であれば、アビドスに先生がかかりきりであるという情報をつかむことはそう難しいことではないだろう。実際、彼は赴任して以降、アビドスとシャーレを往復する生活を送っている。

そして、アビドスの中でトラブルを起こせば、先生も来るに違いないだろう。

 

『……不確定要素は排除しないといけませんから。『ニュートン』に『外から来た先生』。どちらも、大きな想定外を引き起こす可能性があります。……というよりも、……逃げられるとでも思っているんですか?』

 

「既にお前たちは完全に包囲してる!どこから逃げるつもりなんだ!!」

 

既に風紀委員会の数百人の軍勢は、既に包囲網を完成させている。

たった四人では、戦いが成立することも、ましてや、包囲を崩すことすらも不可能だ。

 

「ふふふ……あははは……誰を相手に言っているのかしら」

 

そう、相手が普通であるのなら、だ。

 

銃声が二発。前と後ろに。

 

一発は、彼女たちのリーダー格。

風紀委員会の切り込み隊長、銀鏡イオリ。もう一つは後方で厚く壁を作っていた、名もなき風紀委員たちに。

 

「っ!」

 

イオリはそれを何とか交わすが、後方の生徒は避けられない。

スナイパーライフルの大口径の銃弾を受けた少女は吹き飛んで当たり数名を巻き込んで倒れる。

 

「今よ!三人とも離脱して!」

 

「に、逃がすな!」

 

「いいえ、逃がしてもらうわ……『ハードボイルドショット』」

 

刹那、彼女の後方と、逃げる便利屋三名の前で起きる爆発。

 

「くそ!?お得意の爆発か!」

 

「行くよ、ムツキ、ハルカ」

 

「………忠告したらすぐ戻るから!」

 

「はい!」

 

一撃の後に起きた爆発に混乱している風紀委員たちをよそにカヨコとムツキが切り開いた道を大将を抱えたハルカが走り抜ける。

 

混乱が収まった後。

残ったのは静寂。

 

「ふん、諦めたか?規則違反者」

 

その状況をみて、イオリは笑う。

残されたのはたった一人。

 

対して、風紀委員の数は一個中隊……。ではない。

勿論、アルへの対策もそうだが、確実に小吉を捕らえるためにこの作戦の指揮を執っている天雨アコが指揮できる権限を明らかに超えた、千人を超える人数が動員されている。

 

アルはこの人数を相手取って戦わなければいけない。

そして敗北条件は自身が取り押さえられること。

 

この状況は、正に絶望的な状態であった。

 

「……あら?一体どこに諦める要素があるというの?」

 

そんな状況に、アルは不敵に笑う。

 

そして、思い切りグレネードをイオリに投げつける。

乱れのない綺麗な投擲のフォーム。

 

その速さは、間違いなくキヴォトスでもトップクラスの物である。

だが、イオリはうろたえなかった。

 

鍛えた自分の力に自身があり、何よりフォームだ。

投げるということが分かっているのならば、躱すことは難しくない。

 

「なっ!?」

 

「あら?マグナス効果って、しらない?」

 

それが、真っすぐに飛んでくるのであれば。

彼女の投げたグレネードは大きく弧を描くように曲がり、避けようとしたイオリの足に突き刺さり……爆発する。

 

「っ……」

 

「悪いけれど、ちょっと余裕がないの。だから、これ、借りるわよ」

 

爆発物の直撃。

いくらキヴォトス人が頑丈であっても、短い間動けなくなるには十分なダメージだ。

 

そして、アルは倒れたイオリに近づいて手から離れた銃を蹴り上げる。

 

「流石に自分の銃でやるのは気が引けるのよ。丁度いい突起もあるし」

 

「っ、返せ」

 

「返すわよ。突破したあとならね。……さて。よかったの?動かなくて」

 

ブンブンと、力強く、銃身を握り、振り心地を確かめながら、彼女は問いかける。

 

「逃げてもよかったのよ?」

 

月色に鈍く光る瞳の暗さに、風紀委員の少女たちは身震いした。

自分たちがこれから挑まざるを得ない、暴力的な恐怖によって。

 

 

なぜ、紫関が攻撃対象になったのか。

彼女たちにはわからなかった。

 

大将はいい人ではあるがアビドスと深いつながりがあるというわけではない。

戦略的拠点として優れているわけでも、交通の要所というわけでもない。

 

以前便利屋が言っていたように辺鄙な場所にある、ただの、いいラーメン屋だ。

 

だが、それ以上に。

 

「なんで、ゲヘナの風紀委員が……!」

 

唐突に現れたゲヘナの武装組織の侵攻。

セリカには、それがなぜか理解できなかった。

 

「……便利屋関係かも」

 

だが、シロコには、十分にその意図がくみ取れた。

 

便利屋68。

昨日は味方をしてくれた彼女であるが、それはそれ。

アビドスの侵攻も、ブラックマーケットでの爆破も。

彼女らが動くには十分な理由だ。

 

「だからって、あの人数はおかしいでしょ!!」

 

『はい。先生が以前言っていたことが事実だとしても、あれは……それに、紫関まで吹き飛ばした理由が分かりません』

 

「……あぁ。どちらにしても、止めなければ……」

 

「いた!!」

 

そんなことを話していた道中であった。

 

柴関の大将を背負ったハルカたちが、彼らの前に現れたのは。

 

「先生————————————」

 

 

 

「っ……はぁ……はぁ……」

 

また、体に被弾し、小さくない痛みが走る。

もう、何人倒したか。冷静に見て、数えるのをやめた。

 

体のパフォーマンスが徐々に落ちていることをアルは実感していた。

理由は単純。エネルギーが不足している。

 

彼女は、飢餓状態であった。

……それも、重度の。ニュートンでなければ普通の人間と同様に動くことも難しかっただろう。

 

育ててくれた家族がいた頃から続く食事制限に、中学時代から続く本家の資金凍結。

そして、ニュートンとしての差別に、風紀委員会による本人口座の凍結。

 

便利屋になってからも、金が稼げてるとは言えず、彼女の体は常に栄養を欲している。

 

だが、彼女の満足する量の食事をとれたことは、一切ない。

 

あの日四人で分け、カヨコたちがかなりの量を譲った分であっても、彼女の腹は一部たりとも満たされていない。

 

戦いながら、アルはふと、ニュートンのことを思い出す。

 

……あぁ、どれだけ要素を考えても、自分には全然当てはまらない。

 

結局、今目の前にいる数百を相手にする力も、合理的な知性も、圧倒的といえる美貌もきっと完成しないのだ。

 

「……でもっ」

 

倒れたくなかった。負けたくなかった。

 

自分の罪で負けるのはいい。でも、……ただ、一族の罪を背負わされて、優しくしてくれた人を傷つけられるのは……!

 

「ぁっ……」

 

それは、本来であれば起きえなかったミス。

 

常人以上に広い視界、それだけで才能といえるレベルの聴覚、戦闘中も絶え間なく行える休息。

それらがあってもなお、肉体に長年かけられたデバフは、彼女の集中力を奪っていた。

 

足元に着弾する迫撃砲。

彼女の身体は、攻撃から逃れることが不可能であることを、この時点で許容し、そのダメージを少しでも減らすために、爆風に逆らわぬように、後ろへと跳ぶ。

 

それ故に、彼女の体は思い切り吹き飛び、何かにぶつかって、止まる。

 

「やった、あたったぞ!!」

 

歓喜に沸く、風紀委員の声が聞こえる。

イオリはまだ、起きていないのだろう。

 

彼女にとってそれは救いだった。

 

背中が痛い。思考を回していたせいか、受け身を取り損ねた。

 

お腹が鳴る。いい匂いがする。

あまりにも無様だと、自嘲しそうになったところで、何かが引っかかる。

 

「……いい、匂い?」

 

彼女が普通の人間であれば、そんな匂いはしなかった。

だが、彼女はニュートンである。

 

そこにあったのは、大量の食糧。

 

だが、それが何であるかを、アルは即座に理解した。

 

「柴関の冷蔵庫……」

 

迫撃砲での被害は吹き飛ばされただけだったのだろう。扉もちゃんと締まっていて、……中身が漏れた心配もなかった。

 

「……ふふ、あはははは!!」

 

彼女は、笑い声をあげ、冷蔵庫の扉をはぎ取り盾にしながら、その中身を食べ始める。

 

戦闘中、風紀の少女たちに背中を向けての食事。

 

異常にも見える光景であったが、そうではない。

 

彼女たちの一族の、あるいは人間に秘められた特殊な能力。

かつて、外の世界の彼女らの当主は、火星において生息していた『テラフォーマー』の腕にそのままかじりつき、エネルギーにして見せた。

 

頑丈な昆虫の外皮に身を包んだそれを、外皮ごと、生で……、だ。

 

だからこそ、味や、触感、その他もろもろを無視しても、生で食らいつくす程度のこと、彼女には何ら負担にならない。

 

「なにやってる!!迫撃砲で吹き飛ばせ!」

 

そして、二分。

ようやく目覚めたイオリから指示が飛び、彼女の下へと迫撃砲の準備がされる。

 

「あら、……タイムアウトよ」

 

だが、その前に、イオリの顔の横を、何かが通り過ぎた。

 

それは、先ほどまで壁にしていた、冷蔵庫の扉。

 

「数年ぶりに、腹八分目まで満たされたの。食後の運動に付き合ってくれるかしら?」

 

彼女たちは、壁に深く突き刺さったそれに、恐怖を覚えた。

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