シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
「な、なんですか、これは……!」
風紀委員の執務室。
通信越しで、彼女、風紀委員会の今回の事件の指揮官、天雨アコは恐怖していた。
ニュートンの一族の恐ろしさを彼女は知っていた。
……ただし、口頭説明で。
齎した被害も、能力も、キヴォトスにおいて、ニュートンのことをより多く知っている人材はかなり少ないだろう。
だが、彼女はどこか軽く見ていた部分もあった。
だからこそ、彼女はヒナに便利屋68の問題は自分が対処するという言伝を破って、多くの人員を動かしたのだ。
勿論、それには、理由があった。
アビドス自治区に出入りしている小町小吉先生。
彼を捕縛するにはアビドスの生徒を尻込みさせるほどの兵力がいる。
故に彼女は、風紀委員の常備戦力の大半をアビドスに派遣した。
……もちろん政治的な面でいえば大問題だ。
しかし、その面に関して問題になるのは、中規模以上の学園自治区に対してのみだ。
なにせ、武力が違う。政治力が違う。
小規模の学園なら文句は言えず、大規模な学園には、あくまで問題児を懲らしめるためと言えば十分に理由になるはずであった。
ましてや、相手がニュートンの彼女であるならば、十分に。
そう、だから、この戦力は適切なものだ、と。
イオリたちにもそういっていた。
「ヒナ委員長に、連絡しないと……」
そうしなければならないほどに、現場は非常事態であった。
「くそ!けが人は下がれ!」
「救援します!」
そう、そんな非常事態である現場指揮を任されたイオリとチナツ。
二人の顔は青ざめていた。
十個中隊。
それが、今回の現場に集められた人数であった。
作戦の内容を聞いていたイオリは、そんな人数を相手にこの人数だなんて、アコちゃん、頭おかしくなったのかな。
なんて、笑い合っていたのが出発前。
だが、正しかった。いや、逆の意味で間違いであったと、彼女たちは今は思っている。
「ほら!どうしたの!」
足りない。
戦力が、全然足りていない。
それも、最初に想定していた便利屋全員でも、ましてやアビドスや未知の戦力である先生を加えてではない。
たった一人。陸八魔アル一人に、この人数で後れを取っていた。
「というか!あいつでかくなってないか!?」
「……えぇ。少なくとも、シャツのボタンがはじけるほどに。みてください、あの揺れ方。パツンパツンですよ」
「何言ってるんだよ!?チナツ!」
ついでに言えば突っ込みも足りない。
が、視点はともかく、彼女の言葉は事実であった。
明らかにアルの体は成長している。胸だけではない。全身が、目で見てわかるレベルで。
「くそ、あいつが吹っ飛んだ時に銃が戻ってきたのはありがたいけれど……、~~~~~~よし!行ってくる!」
「!?イオリ!?本気ですか?!」
「だってチナツ!今この場でまともにやれるの、私以外いるの!」
止めようとするチナツに対して、イオリは叫ぶ。
今は、風紀委員の仲間たちが止めようとしている。
だが、たった一人を相手にどうだ。
銃撃はろくに当たらず回避され、対して彼女は銃すらも抜いていない。
高い身体能力を生かした、キヴォトスの生徒も慣れていない生徒たち相手の近接格闘。
命には別条はないが、どれも的確に彼女たちの意識を奪うのに十分な一撃になっている。
これ以上のダメージは、指揮の崩壊につながる。
なら、打って出るしかない。
「陸八魔アル!勝負だ!」
イオリはチナツの制止を振り切り駆け出した。
彼女の得意技。
それは自身の脚力を活かした、高速機動による三連射。
彼女は自信があった。
これは強力な技なのだと。自分だけにしかできない技だと。
「えぇ、いいわよ」
リロードを終えたイオリは、思い切り踏み込み前へと飛び込んだ。
そして、銃を彼女に向ける。
だが、そこには、アルの姿はない。
どこに、と、彼女が見失ったアルの姿を探そうとした瞬間であった。
「たしか、こうよね」
そんな彼女の声とともに、腹に食い込む何かの感触。
イオリは、その瞬間に自分の足が浮いていることを自覚し、回避行動に移ろうと、しっぽで地面に触れる。
だが、間に合うはずがない。
弾丸が、自身の腹に食い込み、体が浮き上がる。
「ほら、あと二発よ」
その言葉に、吹き飛ばされて自由の利かない体で、彼女の方を見る。
バックステップからの、排莢、からのバックステップからの、射撃。
「そ、れ……わたしの……」
彼女は、高を括っていた。
同じ学年だ。住んでいた地域も同じだ。
彼女の存在を知らないわけもない。だから、知っていた。知らないはずがなかった。
少女が成績優秀であること。高い身体能力を持っていたこと。風紀委員長が、風紀委員に入ることを望んでいたこと。それくらいに実力があることを。
それでも、彼女は逃げていた。少なくともヒナ委員長から。
だから、そう。自分と同じ。ヒナ委員長に勝てない立場なのだと。
少女は呪う。愚かさを呪う。
「身体能力と数年の勤務経験で会得できる何の変哲もない銃撃なんて私が使えないわけないじゃない」
そして、彼女は、自身と同じ立場なのだと思っていた敵を前に、自分の愚かさを呪いながら、意識を手放した。
「まずい……!」
だが、これに一番焦ったのは敗北した彼女ではなく、それを見ていたチナツ。
……イオリが完全に意識を失った今、事実上の十個中隊のトップになってしまった彼女であった。
状況は絶望的であった。そもそも一度彼女は敗北していた。
しかし、それはあくまで彼女が苦手な不意打ちのような一撃で足にダメージを負い、手放した武器での肉弾戦という手段をとったから。
状況としては正面からの敗北であったが、それでもまだ、いい訳ができた。
よくもイオリを、カーブなんて投げるんじゃない!!と。
……だが、これはもはやそんな次元ではない。
アルは、真っ向から挑んできたイオリの勝負を応じるように正面から勝利した。
それも、風紀委員のよく知る、彼女自身の得意技を目の前でコピーしたうえで、だ。
イオリを止めるべきであった。
彼女は言った。
自分以外に誰が相手になるのだ、と。
その通りだ。少なくともチナツは自分ではアルの相手が務まらないのを今までの暴れぶりを見て十分に理解している。
銃撃や肉弾戦に混じって投げている十数キロの瓦礫など、ぶつかっただけで大ダメージだ。
恐らくそれはこの場にいる全員が同じだろう。
だからこそ、イオリは最後の希望といえた。
彼女が倒れていなければ、まだ、戦えた。
だが、彼女は最悪の形でやられてしまった。
「やばい、どうする……?」
「どうするって……」
何もできずに、一番強いイオリがやられたということは、彼女たちにとってアルの存在はより強大な存在にみえていることだろう。
なにせ、自分たちより強い相手が何もできずにやられてしまったのだから。
「ねぇ……」
「ひっ!?」
しまった。と、チナツは独り言ちる。
何も言えないうちに、彼女に言葉を発させてしまった。
そして何より、風紀委員の一人が悲鳴を漏らしてしまった。
恐怖は、伝染するもの。
「みんな、おちつい――――――――」
そう、チナツが全員の意識を引き締めようとした、その時であった。
「ごめんなさい。遅くなったわ」
その恐怖は、圧倒的な希望で、塗りつぶされた。
風紀委員長空崎ヒナという、希望によって。
戦力差は、圧倒的ではない。
空崎ヒナは、少なくとも今目の前に立つ少女を前にして、そう感じていた。
陸八魔アルは成長している。……いや、まさか、栄養不足で成長が止まっていたのが、食料を摂取したことで再開して急速に大きくなったとは思っていない彼女は、アルの今の姿を見て警戒を強くする。
まさか、物理的に大きくなるとは思っていなかったのだ。
「総員、安全地帯まで下がって。包囲は解除……」
「しかし、それでは彼女が」
逃げられる。と、続けようとしたチナツを、手で制する。
「……じゃあ、私から逃げるためにあの子が走ってきたら、貴女は止められる?」
「いえ、イオリを連れて、下がります。部隊にも、指示を」
「えぇ、お願い。……さて、待たせたわね。行くわよ」
制圧射撃。
ヒナの使う愛銃。終幕:デストロイヤーの乱射による、単独による面制圧。
高い火力を持ち、広い攻撃範囲を持つこれは、多くの不良たちを鎧袖一触してきた、通常攻撃の皮をかぶった必殺技といっていい。
それに対してアルがとった行動は、当然ながら、……反撃と回避。
ただし、その反撃は銃撃ではない。
点の攻撃は、彼女に対しては通じないと理解しているのだろう。
だからこそ、彼女が投げたのは瓦礫。
建物の壁であっただろうそれが、真っすぐに回転しながら突っ込んでくる。
「……面倒ね」
地面を蹴って、ヒナは空中へと逃れる。
瓦礫を砕くことは容易だ。だが、木っ端みじんとはいかないし、運動エネルギーはそのままだ。
どれだけ砕いても向かってくる以上ダメージになる。
故に、彼女は空への逃走を図る。
そして、上を取ればアルに対しても有利だ。
彼女の武器がスナイパーライフルである以上、立体的な回避の出来る空であれば、彼女の攻撃は回避しやすくなる。
「狙い通り」
だからこそ、そんな選択肢は、彼女にとっては簡単に予測できるものであった。
彼女が飛び上がった位置、その場所に待っていたのは、瓦礫とほぼ同時に投げられたグレネード。
それを認識した彼女は、即座に羽でグレネードを弾き、次に来る爆発のショックに備える。
「っ!?」
だが、それが放ったのは熱でも衝撃でもなく、音と光。
閃光グレネード。
衝撃に備え、羽で体を覆ったのは功を奏した。
しかし、それでも上空での滞空は無理と判断したヒナは、地面へと降り立つ。
「「……厄介ね」」
奇しくも、同じ言葉を発する、二人の少女。
張り詰めた緊張。両者の間に、火花が散り、風が舞う。
そして、その緊張がピークに達し、次の攻撃が始まろうとした、その時。
「待ったぁ!!!」
上空から、男が舞い降りた。
「ぐおぅ!?」
……というよりも、墜落した。
「先生!?」
「……一体、どうやって」
「あー、空から、生徒のドローンを借りて。ゲヘナ?の子が大量にいたが、迂回できる状況じゃなさそうだったしな」
ほら、上、と指さす小吉の指先に沿ってみれば、空にはドローンが二基、滞空しており、彼が降りたことを認識したのか、急いで道を戻り始めていた。
「……~~~~!どうしてきたのよ!カヨコたちには、先生には来ないように伝えろって」
そう、アルはこの状況を読んでいた。
風紀委員会がもしこの状況でアビドスに進行するのであれば、その目的は二つに絞られる。
今回の手筋の時点で、ヒナのやり方でないのは理解できていた。故に、裏にいる相手は天雨アコであることは確定している。
それ故に、……自分が逃げたとして、風紀委員がどう動くかは、予測がつかない。
だから、彼女は自分が受け持ち先生とアビドスには待機してもらう。
それが、彼女が、ニュートンの知能を持って導き出した戦略であった。
だが、そんな彼女に、小吉は、特に気にした風でもなく笑う。
「だから来たんだよ。俺が危ないからって、生徒に守ってもらって逃げるだけじゃ、先生失格だろ?」
そんな、当たり前でないことを、当たり前のように。
「……さて、……。二人とも銃を降ろしてくれるか?」
「……規則違反者は看過できない。ましてや、ニュートンの彼女なら、なおさら」
「規則違反なのは否定しないけれど、……、そんな理由で関係のないお店を巻き込んだっていうの!?」
「……?」
そんな、アルの言葉を聞いて、ヒナは首をかしげる。
「ごめんなさい。私は急行してきて、先に手を出したとはいえ貴女が暴れて手が付けられなくなったと、きいていたのだけど……アル。貴女、何で戦っているの?」
「は?!あんたたちが私の討伐のためとか言って柴関……ラーメン屋に砲撃したからでしょう!?」
「……ちょっと、待ってくれないかしら」
ヒナは、頭を抱えた。
彼女がエデン条約の会議を切り上げてまで返ってきたのは、陸八魔アルが、ニュートンとして覚醒して暴走していると聞いたからである。
勿論、前日には、アコが陸八魔アルのブラックマーケットの騒ぎの主犯であると言っていたため、万魔殿の情報部に確認させたが、少なくとも、普段の彼女と何かが変わっていたという情報はなかった。
というか、もしも問題があったのであれば、エデン条約の会合といえど頭を下げ延期を申し出ていただろう。
「……アコ」
『は、はい!?な、な、なんでしょうか』
「陸八魔アルを攻撃した理由は、暴走の傾向がある、と聞いたのだけれど。どう見ても彼女の戦う理由はニュートンの合理性とはまた別の、普通の人間の物なのだけれど」
『きゅ、急成長したので……』
「……あー、そういえば、私おっきくなってるわね……。でも、これ、戦闘中になったんだけど」
『……』
沈黙が、その場を支配した。
「……アコ、帰ったら反省文」
『……はい』
風紀委員長。空崎ヒナ。
周囲の学生たちと比べても小柄な背中が数値よりもさらに小さく見えたのは、仕方のないことだろう。
「……小町小吉先生。まず、ゲヘナ風紀委員の長として謝罪を。元々問題児であるとはいえ、少し彼女に対して過敏な空気を作っていたのは事実。そして、その結果アビドスに対しての侵攻とも捉えられる行動をした部下たちのことを謝罪するわ……」
「お、おう……」
小さく息をついた後。こちらに振り返った彼女から出た言葉は、全面的な非を認める。
そういったものであった。
だが、正直な話、小吉にとっては絶妙に責めにくいものであった。
なにせ、自分たちもニュートンに対して、かなり策略を練った。
当然その中には大勢で囲んで、というものも、少なくはなかったのだ。
「そして……。先生。正直に言うと、貴方に会えたことは、とてもうれしいし、もっと話しておきたいし。直接の謝罪をアビドスにすべきだと理解はしているわ。けれど……アビドスの子たちへの謝罪は改めてにさせてもらいたいの」
「それまた、……どうしてだ?」
「……アルの肉体の状態について、詳しく調べないといけないわ」
「え!?私?」
唐突にそんな風に驚きの表情を浮かべるアルに対して、ヒナはため息をつく。
「いい?普通は、ご飯をたくさん食べたからって、一気に背が伸びることはない、……。何か起きてからでは遅いし一刻も早く病院に行かせたい。でも、行動を抑制するなら私が必要になる。だから、今この場で、アビドスの顧問をしているあなたに簡易的な謝罪を」
「……分かった。日程や、それらについての連絡はシャーレのアドレスに送ってくれれば俺に届くから、それを利用してくれ。いきなりアビドスの子たちへの連絡は難しいだろう」
「……正直助かるわ。口が上手い訳じゃないの」
「ちょ、ちょっと、わ、私にもスケジュールと意見が……」
「?依頼なんてないでしょう?アビドスに来て数日。周囲への信頼稼ぎには、時間が足りない。それと、金銭に関しての心配はいらないわ。学園が費用を出すわ。それとも、……検査を受けることに何か不都合があるの?」
下から繰り出される正論の激流と、彼女を見上げる鋭い視線にアルは言葉を詰まらせる。
正直に言えば、かなりありがたいことであった。
少なくとも軽く流してはいるものの、彼女自身異常である認識はあったのだから。
「……検査が終わったらすぐに出ていくわよ」
「……いえ、少し話をしましょう。別にお説教というわけではないけれど。こうなった以上は、何もなしに自由。とは行かせられないわ」
「……ままならないわね」
「お互い様よ。本当に、こうならなければよかったのに」
少女たち二人のため息が消えるころ。
全ての戦いが終わり、アビドスの街に響いていた銃声がようやく静かに消えたのであった。