シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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二十四話

「異常なし、ね」

 

「……つくづく恐ろしい体なのね。ニュートンっていうのは」

 

アビドスの一件から一日。

風紀委員長空崎ヒナは、その日の予定をすべて空白にし、陸八魔アルの付き添いをしていた。

 

一日、いや、数十分の間に起きたアルの成長は文字通りすさまじく、身長だけでいっても十センチは大きくなっていた。

勿論、それ以外の成長を上げればきりがないほどに、著しい急成長。

 

なにかそういう薬でも使ったのかということも踏まえ検査へと乗り出せば全て空振り。

風紀委員長として出来うる無理は通したが、驚くべきことにすべての値が異常なまでに正常であった。

 

「数値自体は異常、なんだけれど」

 

そう、ただしそれは、正しい意味で普通であるというわけではない。

 

出来うる検査をすべてした結果。

全ての検査で常人を上回る評価値を出している。

 

ともすれば、異常の数値が出かねないほどに、彼女の数値は高いものであった。

 

「……さて、アル。いくらか話さないといけないことがある。逃げないでほしい」

 

「いいわよ。……。先生からは引きはがせたしね。言っておくけれど風紀委員の懲罰房じゃ無理よ」

 

「分かってる。次に捕まえた時は私と四六時中一緒にいるように、手錠をかけることにする」

 

「……本気でやりそうだから、頑張って逃げるわ。……で、話って何かしら」

 

軽いジョークのやり取りも終え、前置きも済んだ。

結果も出たし、早いところ、みんなと合流して安心させたい。

 

そんなアルは話を促す。

 

「まず一つ、これまでの件について謝罪をするわ……。便利屋成立以前から外の世界の圧力があったとはいえ、現状唯一居所の判明しているニュートンであるあなたに対して、私たちは徹底的なまでの締め付けを行った」

 

「あー、そのあたりはいいわ。自分が異常側だっていうのは理解してるし。そもそも立場があるんだからこんなことで頭を下げないの」

 

「……そう、じゃあ、本題ね。風紀委員会は便利屋68に首輪をつけるわ。理由は、分かるでしょ」

 

「……便利屋68は風紀委員会の総力を持っても面倒な相手だから」

 

少なくとも、あなた以外では。

 

「そうなるわね。見張りにチナツを送るわ。イオリだとあなた達に合わせるのはいろいろな意味できついだろうから、そうなると、今のところあなた達についていけそうな子はうちだとあの子位だし」

 

「あら、随分と大ゴマね。いいの?」

 

「緊急時にあの子位のレベルじゃないと必要な時に気を失っていました、って報告されても困るもの。ちなみに、……チナツは納得済みよ」

 

「そう、……で、こちらにかかる制限は?」

 

「すっごく悪いことをしないこと。そうじゃない限り風紀委員としては直接の通報がない限りは通常戦力以外は動かない。アコにも徹底させるわ」

 

「……曖昧ね」

 

大人とのやり取りの経験もそこそこなアルからしてみれば、ある意味で一番嫌いな類の取引だ。

明確なものがあったにせよ、やり取りをなぁなぁにされうることもある世の中で、これほどまでに嫌な契約はない。明確でない以上、彼女たちの匙加減次第で、いくらでも動けるということだ。

 

「……一応、信頼はしているのよ。ゲヘナの生徒で本当に悪い子は、……まぁ、ちょっとしか今はいないと」

 

「……その言葉、いつか後悔するわよ」

 

「あら、それは面倒ね。いっそ、今捕まえてあげましょうか?」

 

ちりり。と、緊張が走るわけもなく。

売り言葉に買い言葉、何て喧嘩腰の物でもない。

 

空崎さまー。という、病院の受付の呼び出しの声がして、互いにくすりと笑いながら、二人は支払窓口に向かうのであった。

 

「ところで、貴女が保護者みたいな扱いになってるんだけど」

 

「しかたないでしょ。貴女、親いないんだし。会計は私持ちなんだから」

 

そして、話は、前日。

アビドスへと遡る。

 

「……という感じで、後日ゲヘナ側から改めての正式な謝罪を受けることで同意させてもらった」

 

「納得いかない!!」

 

そんな報告を前に、がっつりと小吉に噛みついたのは、セリカであった。

 

「まぁ……。落ち着け。っていうのは無理な話だとは思うけどな……。キヴォトスの日常にまだ馴染んでないけれどいきなり自分たちの行きつけの店がぶっ飛ばされて、その挙句周りもこんだけボロボロってなって納得しろとは言わないさ」

 

「……そもそも、先生は経緯を理解してるの?」

 

「大体は。それで、いいか悪いかは別として、どちらの言い分もそれなりに納得できるものだった」

 

説明はいるか?

 

その場の四人に向けて、小吉は視線を送る。

 

その場にいないホシノを除いた四人は、当然。とばかりに頷く。

 

「今回の発端は、アルの前回の行動だな」

 

「前回、っていうと、ブラックマーケットの?」

 

「あぁ、大規模な破壊作戦。それを、ニュートンの覚醒だと勘違いした執行官がアルを取り押さえるために、今回の作戦を用意したみたいだな」

 

狙いの中に自分が含まれていたであろうことは、小吉は理解しているが、わざわざ言わなかった。

 

「……部隊は大規模だった。戦車やゴリアテみたいな大戦力こそなかったけれど、一人を取り押さえるのに……あまつさえ最終的には、その戦力が全員引き上げるみたいな状況になる?」

 

「なった。実際、シロコ達の前にいたやつらも全員が全員戦える状態じゃなかっただろう?」

 

「ん……。アル以外の便利屋が手伝ってくれたから楽ではあったけれど、そうじゃなくても、多分、勝てたくらいには」

 

十中隊。

その全てが戦闘にだけ特化しているとは考えにくいが、それでも、単純に計算しただけで二千人。

シロコ達にとっては、その人数を正面から、策があったとしても一人で相手をするとなると無理だろうと、そう思っていた。たとえ、それを現実に見せられたとしても。

 

だが、小吉にとっては違う。

 

火星でのテラフォーマー。

かつて、そこへ赴いたニュートンの最高傑作は、たった一人であっても、テラフォーマーの群れに対して屍の山を作った。

 

アルとジョセフ。

風紀委員の少女とテラフォーマーでは、戦力の比較をするのは難しいが、ニュートンであり、戦闘を主とできるほどの強者であるならば、実現は不可能ではないことだと考えていた。

 

「……ん。とりあえずは、理解はできた」

 

「納得はまだできてないけれどね!でも、修繕と謝罪のお金は出してくれるみたいだし……」

 

「話は終わった?」

 

そのように、とりあえずの話が終わったのを見計らって、便利屋の三人が合流する。

 

「……アルちゃん大丈夫かな」

 

「……少なくともアコならともかくあの風紀委員長が変なことするとは思えないから、多分解放自体はされると思うよ。ただ、今まで見たいな活動ができるかは……」

 

「すまない。この前、お前たちには助けられたばかりなのに」

 

小吉は、不安そうな少女たちに頭を下げる。

彼女たちはアビドスの借りだというが、それでいうなら、彼個人はまだ、借りっぱなしである。

 

「そ、その。き、気にしないでください」

 

「そーだよ、アルちゃんだって自分がやりたくてやったんだし……。そもそも一人で残るって言った時点で、ほとんどこうなるのわかっててやったんだし」

 

全く、自分勝手なんだから。といいながら、妙にうれしそうな三人。

 

「……これからいうことは、お前たちの意志を踏みにじることかもしれない。だが、聞いてほしい」

 

「あー。じゃあいいよ。わかってるから、大丈夫。私たちは、アルちゃんがアルちゃんでいるならアルちゃんの味方だから。先生のこと、嫌いになりたくないし、ね?」

 

小吉の言葉を聞くよりも早く、ムツキはその言葉を止める。

 

「……重いな」

 

その言葉が、どれほどの決意の物か。

そう思わせるほどの信頼を、アルがどのような方法で積み上げたのかを。

どちらも、小吉には測り切れなかった。

 

「あぁ。……あの子は、少なくとも、俺の知っているやつらじゃあなかった。……だから、大丈夫だ!」

 

だからこそ、小吉の口をついて出た言葉は、そんな、何の根拠もない。

ただの言葉。

 

「そうそう。アルちゃんは特別だからね♪……じゃ、私たちはアルちゃんが帰ってくるの待つために事務所にもどるね、はい、住所!先生もそのうち遊びに来てね♪」

 

けれど、それは、彼女たちにとっては正解だったらしい。

三人は満足げに笑うと、それじゃあね~。といいながら、去っていく。

 

そして、三人の背中を見送った後、小吉は手を叩き、視線を集める。

 

「……さて、俺達は、次に向けて動く必要がある」

 

「次?……保証と、このあたりの修繕費の計算?」

 

「あぁ、そうか、自治区の問題だからそれもあるんだ……。けど、今回は別だ。実はヒナ……ゲヘナの風紀委員長から、別れ際に情報をもらっていてな」

 

「情報?」

 

四人は首をかしげる。

少なくとも、ゲヘナの風紀委員長から、アビドスでの話し合いに通じる情報が出てくるとは、思いもよらなかった。

 

「……アビドスの砂漠で、カイザーが動いているらしい」

 

「!?」

 

その言葉に、今度は目を見開いた。

カイザー。その名前は、最近彼女たちが幾度となく名前を聞いたものであった。

彼らがそこにいるのは、ある種納得のいくものであった。

アビドスに彼らの存在が絡んでいるのは、この数日で理解できていた。

 

だが、同時に何故が頭をよぎる。

あの砂漠には何もない。鉱物も、石油も、お金になりそうな資源は何一つ。

だからこそ、アビドスはこれ程に困窮しているのだ。そんなところで、企業が何をするというのか。

 

「……詳しいことは、俺にもわからん。だが、彼女が注意を残してくれた。それが今俺たちが手にしている唯一の情報だ。……どのみち、今は手詰まりだ。いってみる価値はあるだろう」

 

「……ん、砂漠に行くとなると準備が必要。アヤネ。砂漠用の装備、在庫、どうだった?」

 

直ぐ調べます!と、通信越しのアヤネが画面から離れていく姿が見える。

 

かくして、方針は定まった。

アビドスの次に目指すべき場所は、……かの地に広がる広大な砂漠だ。

 

 

「……はぁ」

 

話を終え、ホシノは一人端末に向かってため息をついた。

 

恐らく、黒服との話し合い中に何度も何度も通信を入れてくれたであろうノノミの名前が何度も記録に残されている。

 

契約は、破格。

間違いない。状況からして、アビドスを救う手段に、これ以外のものはあるか。

いや、ない。少なくとも、これ以上安い契約は、ありえない。

 

目を瞑り、後輩たちの顔を思い浮かべる。

シロコちゃん、ノノミちゃん、アヤネちゃん、セリカちゃん。

 

契約を終えた後、果たして本当に大丈夫か?

確かめるように頭の中で想像して。

 

……その想像に現れた、大きな背中が、後押ししてくれる。

 

どの後輩の想像にもその人の姿があって、みんなが挫けそうなときに、手を伸ばして、支えてくれる。

 

「……そっか。うん、そうだよね」

 

多分、もう、大丈夫なんだ。

 

連絡の最後にあるのは、解決しましたの一文。

 

もう、自分がいなくても、きっと先生がいればなんとかなる。

 

そう、ホシノは独り言ちて。学校への道を逸れて、自分の家に戻るのだった。

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