シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

26 / 65
二十五話

「それで、いきなり引っ越し。ですか?」

 

風紀委員、あらため、今日より便利屋68に配属となった火宮チナツは、慌ただしい様子を見ながらそう聞いた。

 

「そーそ。風紀委員にバレちゃったしアビドスの子にも迷惑かけたからー。って」

 

「……風紀委員は基本あなた達に対してどうこうはしない。と、そういう契約なのでは?」

 

少なくとも、ヒナから伝え聞いた話では、そういうことであった。

便利屋68に関する案件は文字通り、手に余る。だから、通常時は手を出さない、と。

 

「ん、まぁ、理由は二つだね。一つはアビドスの子、はいいんだけれど。あの戦いの時結構人がいたから、社長の成長シーンそこそこみられちゃったみたいで……怖がらせるのは本意じゃないし、あれでニュートンってバレたなら依頼が来ない可能性が高いから」

 

元々、アビドスの子たちも借金返済のために仕事を取ってただろうからそういう意味でもね。

 

というカヨコ。

なるほど、筋が通っている。

 

「それでもう一つは?」

 

「……委員長がだめって言ったくらいでアコが止まると思う?」

 

「……無理ですね」

 

顔を見合わせた二人のため息が重なる。

 

「……そういえば、肝心の社長はどこに?まだ、挨拶もできていないのですが……」

 

そういいながら、チナツはあたりを見回す、が、どこにもアルの姿はない。

 

「あー……。成長したのは、覚えてるよね」

 

「はい、現場で見ましたけれど」

 

「……昨日の今日で服用意できてると思う?」

 

「あー……」

 

そういわれて、チナツは思い出した。

 

成長後のアルの姿。

身長は少なくとも百七十は超えていたはずだ。

 

元の身長から、10センチ。

 

「まぁ、難しいですね」

 

「ふふ……そういうことよ!」

 

机の裏から聞こえてくる、自信満々のアルの声。

 

その服装は……。いや、服など身に着けていない。

バスタオルをただ体に巻いているだけであった。

 

「……まぁ、これは、確かに一日で用立て、というのも難しいですね」

 

チナツは、状況を知っているが故に、冷静に判断する。

 

当たり前のことではあるが、アルの成長は何も単純に背が伸びただけではない。

胸、肩幅、尻、脚。

 

人間の成長にともなって大きくなるものおおよそすべてが急激に成長した。

これらのサイズを正確に出し、彼女が動くのに問題のないものをすぐに用意するというのはなかなか難しい。

 

そもそも、アビドスは、人そのものが少ないのだ。

そう多くのサイズは取り扱っていないし、何より170センチを超える上に体格もいいとなれば選べる服は極端に少なくなるだろう。

 

「ということで、チナツ。ハルカと私の服を買ってきてくれないかしら……」

 

「……お金は大丈夫なんですか?」

 

「……正直使いたくはないのだけど……ヒナから昨日渡されたお金があるから……それでお願い」

 

そういってアルがチナツに渡したのは数万円。

確かに、アルの服を数着用意するには十分な金額であった。

 

「うぅ……体の成長さえなければそれを元手にお金増やせたのに……」

 

「……賭け事は感心しませんよ。社長」

 

「……一番簡単に増やせるのに……」

 

「そんなイチかバチかなんかにお金は出せません」

 

そんな風にアルを叱るチナツに、苦笑いを浮かべる三人。

 

「チナツちゃん?怒んないであげて?ただの事実だから」

 

「とはいえ、社長もそれ、嫌いでしょ。別に今切羽詰まってないし、普通にやっていこ?」

 

「……皆さんは、おかしいと思わないんですか?せっかくのお金をそんなギャンブルになんて……」

 

そんな風に言うチナツに対して、三人はようやく、あっ、と。いって。何かに気が付いたような顔をする。そして、ハルカが片付けていた荷物の中からトランプを一つ取り出してきた。

 

「アル様、チナツさん。今からカードを一回しましょう」

 

「?いいけれど」

 

「……何をするんですか」

 

「実証です。ポーカーのルールは分かりますか?」

 

「まぁ、配役くらいは……」

 

そういって、ハルカは二人の目の前でシャッフルを始める。

慣れた手つき。というほどではないが、それでも様になっている。

 

「じゃあ、チナツさん。これをどうぞ」

 

そういって、五枚。彼女の前にカードが置かれる。

 

「アル様はどうしますか?」

 

そう尋ねるハルカは、まだアルにカードを配っていない。

 

「そうね、それなら。そのまま頂戴」

 

「はい!」

 

五枚。アルの前にカードが置かれる。

 

「チナツさん、カード。何枚変えますか?」

 

「……2枚」

 

元々あった札は、そのチェンジでフルハウスになる。

上々。

 

「それじゃあ、勝てないわよ?」

 

まだ、札を伏せたままのアルは、そう笑う。

 

「……見てもないのになんでわかるんですか?」

 

「?カードを収めた時の順番とハルカのシャッフルの回数を見れば配列が分かるでしょ?私の今の手札。スペードのロイヤルストレートフラッシュだもの」

 

そういいながら、アルがカードを裏返せば、その並びは間違いなく宣言通りの物。

 

「……なるほど。カードも、ニュートンの身体能力をもってすれば、それを前提とした計算によるゲームになり果てる、というわけですか」

 

正直に言えば、自分は舐めていたのだと。改めて自覚する。

ニュートンが身体能力がイイだけではないと。

 

「でも、もう少しまともな方法で……」

 

「……っは!?そうよ!」

 

「アルさん?」

 

タオル姿のまま取り出したのは、一つのバック。

 

「……それはなんですか?」

 

「一億よ。犯罪組織が集めていた資金。これを善行に使ってほしい。ってとある依頼人から頼まれてたの」

 

「……一応風紀委員。まぁ、いいです。それで、私にどうしろというんですか?社長」

 

「何か適当にいいことにつながる案が欲しいのよ。大体なんでもできるわ」

 

眼の前のアルを見て、チナツは思ったのであった。

あ、これ、本気でいってるんだ。

 

少なくとも一億円。今まさに便利屋が困っている資金が、ここに、当面の活動に問題がないどころではない額が入っているのに、本気で頼まれたからとその用途以外で使う気がない。

 

「あ、お金ばらまきとかは、駄目よ……?」

 

「じゃあ、……そうですね。……社長と、私たちの服を買いましょう。そこらで選んだものではなくきっちりとした」

 

「い、いや。だから、……いいことに使うのよ?私利私欲じゃなく」

 

彼女の言葉にアルは困惑している。

自分たちの服を買うのは、善行ではない。と。

 

「……いえ、少なくとも、社長の服を買うのは善行です」

 

「それは、……どうして?」

 

「女の私でも正直くらっとなりそうな美人なので適当な服着てたら目に毒なので」

 

陸八魔アル。元々スタイルもよく、顔立ちも悪くはなかったのは間違いない。

だが、それは昨日の成長によって、より洗練されたものになった。

 

それまでが幼体であった、と言われたら、チナツも頷くであろう。

 

「まぁ、それに。便利屋業。お金さえもらえれば何でもやる組織。風紀としてみれば批判対象ですが、……相手さえ選べば、間違いなく善行を働ける組織です。私たちがその資金を間違ったことに使わないなら依頼人さんの目的も果たせるんじゃないですか?」

 

「……そういうものかしら……。ねぇ」

 

新入りの言い分に、困ったように視線を向けるアル。

 

「わ、私はアル様の意志に従います!」

 

「いいんじゃない?社長が嫌じゃないなら」

 

「くふふ~♪どうする?アルちゃん。皆から否定の意見は出ないけれど」

 

三者三様。

だが、誰もチナツの意見を否定せず。アルにゆだねると。そう笑っている。

 

「チナツ。……任せたわ」

 

「はい!」

 

そんな、会話を続けている時であった。

事務所のチャイムが鳴り響く。

 

「あ、出てくるわね」

 

話がまとまりすっきりしたのか、あるいは悩みに悩んでいた一億の使い道が決まったからか、アルの足取りは軽いものであった。

 

「あ!?ちょ、ちょっと待ってください社長!」

 

その状況を理解したチナツは待ったをかけるが、追いつかない。

ニュートンの軽い足取りは、彼女の反応速度を優に超え、トンっと軽く床を蹴り、一瞬で事務所の入り口にまで到達していた。

 

「はい、こちら便利屋68の事務所です」

 

「おう。アル。昨日は、おつかれさん」

 

「あら、先生!来てくれたのね!」

 

嬉しそうに、彼女は笑顔を見せる。

 

「いろいろと今後のことについて話したいことがあるんだが。……とりあえず、聞いてほしい」

 

「?なにかしら」

 

「服をきろ」

 

アルは、自身がバスタオル一枚しか纏っていない姿であったことを、意識から欠落させていた。

 

「お、お待たせ。先生……見苦しいところを見せたわ」

 

指摘されて数分後。

コートとサイズの合ってない服に何とか体を詰め込んでアルは姿を見せてくれた。

 

「あぁ、まぁ、昨日の今日で家の中じゃ仕方ねぇよ。俺だって、夏の暑い日に薄い格好って日もなくはない。だから、深堀もしなくていい。……で、アビドスから出るんだな?その様子だと」

 

「……。えぇ、流石に風紀委員に場所を知られたからには、……まぁ、監視が付いているのだからあまり変わらないのだけれど。風紀の中には私たちを目の敵にしているのがいるから、一度は場所を変えたほうがいいと思って」

 

「そうか。落ち着いたら場所、教えてくれよ?」

 

「えぇ!……その、この前はごめんなさい。アビドスを巻き込んでしまって。……その、紫関の大将さんは……」

 

昨日からずっと気になってはいた。

あぁなるはずじゃなかった。と。

自分たちがお尋ね者であるのは理解していたものの、風紀があれほどのことまでするなんておもっていなかった。と。

 

「あぁ、少し怪我したみたいだけど命には別状がないらしい」

 

「ほ、ほんと!?よかった……」

 

ほっと、ため息をつく。

 

「……一応場所を伝えておくから、落ち着いたら顔だしてやってくれ。大将。感謝してたぜ?お前らに」

 

「……いえ、感謝されるいわれなんてないわ。私が私だったから起きた事件だもの……。言ってしまえば、私がいなければ起きなかった」

 

「……」

 

少なくとも、アルにこの件についての責任があるかと言えば微妙なところだ。

彼女が行ったことはゲヘナ基準でいってしまえばよくあることだ、と。

 

そう、アルのケアをしたヒナが言っていた。

 

だからこそ、彼女の行動をすべて肯定することは小吉にはできないが、少なくとも彼女の行いそのものがあの規模の被害を招いたというのは違うだろう。

 

彼女がニュートンでなければ、例え同じことをしたとしても、紫関を巻き込むように風紀委員の少女たちが攻撃をしたかは、怪しいところだ。

 

だから、小吉には安易にそれはちがう。とはいえなかった。

ニュートンと相対した小吉だからこそ。アルがニュートンであるということで警戒する回りに対して、やりすぎだということはできない。

 

「俺は、アルたちの味方でいるつもりだ」

 

「先生……?」

 

「俺は、外でニュートンの人間と敵対していた。だから、その子たちがどういう気持ちでことに及んだかはわかる。……でも、同時に、俺はアルが外のニュートンの人間とは違う。ニュートンの力や系譜ではあっても、ちゃんとした一人の人間だと思う。だから、俺はアルがそんな人間である限り。アルたちの味方であることをやめない」

 

沈黙が、室内に重く流れる。

 

そんな沈黙を破るように、アルの息を吐く音が、部屋の中を満たしていく。

 

「……そう、……ほんと、短い時間しか付き合いがないのに……。すごい説得力ね。……安心した」

 

そんな風に言って、顔を上げた少女の顔に、不安の二文字は存在していなかった。

 

「……そういえば、先生。これからアビドスとしては、どうするつもりなの?」

 

「砂漠にあるカイザーの情報を集めるつもりだが……」

 

「そ、じゃあ、カヨコ、ハルカ。今日と明日、先生の護衛お願いできる?」

 

それは、唐突な提案であった。

 

「……社長。依頼じゃないんだよ?お金にはならないけれど」

 

「そうね。けれど、シャーレの先生に私たちを売り込んでおくのは悪くないはずよ。私だけじゃなく、便利屋68の実力を。どちらにしても、今日明日は、私は動けないだろうし。引っ越しの手は、三人もいれば足りるわ……。その上で、アビドスの子たちが自由に動くうえで、先生の護衛を気にしなくていいなら、かなり助かると思うの」

 

カヨコの発言に、そう返すアル。

 

「……ハルカは、いい?」

 

「わ、私はアル様の命令に従います」

 

はぁ……。と、小さなため息が漏れる。

 

「そういうわけだから、いい?先生」

 

「……分かった。でも、無償じゃなくていい。俺は、今回お前たち便利屋68に護衛を依頼する。よろしくな、カヨコ。ハルカ」

 

こうして、アビドスの戦力に一時、強力な助っ人が加わるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。