シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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二十七話

「先輩たち!緊急事態!」

 

「皆さんこれを見てください!」

 

ノノミを追って、小吉たちが対策委員会の部室に入った直後、重苦しい雰囲気になるかと、アヤネはバンっと、机に思い切り書類をたたきつけ、その空気をぶち壊した。

 

「……どうしたんだ?アヤネ、セリカ」

 

「それが、大将のお話を聞いて、改めてアビドスの関係書類を探して、持ってきたんです!見てください!」

 

「ん~、これって、……地図?」

 

全員を代表して、ホシノが持ってきたものを手に取った。

 

「直近までの取引が記録されてる、アビドス自治区の土地の台帳……「地籍図」と呼ばれるものです」

 

「土地の所有者を確認できる書類、ってことだな?」

 

セリカとアヤネが小吉の確認に頷く。

 

通常であれば、アビドスの土地はアビドスの物。

それが結論になるのだろう。

 

だが、彼女たちは緊急事態として、それを持ってきた。

そして、彼女たちは柴関の大将に数年前から契約者が変わっていたことを話していた。

 

……それは、つまり。

 

「柴関ラーメンが入っている建物はもちろんのこと、このアビドス自治区の殆どが、……アビドスが所有していることにはなっていませんでした」

 

「どう、いうこと?アビドス自治区がアビドスの所有じゃない、って……そんなわけ」

 

それに、一番驚いていたのはほかでもないホシノであった。

だが、彼女の目に映っているのは、明らかにアビドスの物ではない名前。

 

「現在の、所有者は……」

 

「カイザーコンストラクション……。そう記されています」

 

カイザー。

その名前に、便利屋の二人も含め、その場にいる全員に、衝撃が走った。

 

「カイザーコンストラクション……つまり、カイザーの系列会社ってことですか!?」

 

「柴関ラーメンも?」

 

いち早く復帰したのはノノミであった。

問い詰めるように、少し強く、アヤネに言葉を返し、それに合わせてシロコも続けた。

 

そして、アヤネからの反応は、肯定。

 

縦に首を動かして、彼女は続ける。

 

「大将はそのことを知っていて、随分前から退去命令も出ていたとかで……。便利屋の皆さんを襲撃した事件がなくとも、元々お店をたたむことは決めていたそうです。……いつかは、起きるはずのことだった、と」

 

「そんなっ……」

 

ホシノたちに走るショックは大きなものであった。

いつも顔を出し、笑顔で迎えてくれた大将。あの優しかった顔の裏で、そんな事実があったなど、知らなかった彼女たちには、耐えがたいものであった。

 

だが、話はそこで終わりではない。

 

「……既に砂漠になってしまった、本来のアビドス高校本館と、その周辺数千万坪の荒れ地。そして、まだ砂漠化が進んでない、市内の建物や土地に至るまで……。カイザーの手に渡っていないのは、この校舎と周辺の一部の地域だけでした」

 

「で、ですが、どうしてこんなことに?学校の自治区の土地を取引だなんて、普通出来るはずが……」

 

「……いや、アビドスを取り巻く状況は普通じゃない。……そうだな?ホシノ」

 

ノノミの言葉を遮るように、小吉は言葉をぶつけ、ホシノは頷いた。

 

「おそらくやったのは、私よりも前の生徒会……。学校の資産の議決権は生徒会にある。だから、土地を売り渡したのは、アビドスの生徒会以外に考えられない」

 

「……その通りです。先生、ホシノ先輩。取引の主体は、アビドスの前生徒会でした」

 

「でも、アビドスの生徒会は、二年前に……」

 

「……はい。ですので、生徒会がなくなってからは、取引は行われていません」

 

その言葉に、力が抜け、座りこむノノミ。

 

彼女たちの頭は、真っ白になっていた。

無理もない。それまで自分たちが守ろうとずっと頑張っていた場所は、既に自分たちのいるべき場所ではなかったのだから。

 

「っ~~~~~!何をやってんのよ、その生徒会の奴らは!!」

 

「……アビドスを守ろうとしてやったんでしょ」

 

そんな中激情するセリカに対して、冷静にカヨコは冷や水を浴びせるように言葉をかける。

カヨコにきつい視線を浴びせる彼女に対して、カヨコは気にも留めていない。

 

「……アビドスの借金は膨大なものだ。そして、アビドスは金になる産業を持っていない。生徒数が減っていけばいずれ金を得る手段もなくなる。……俺は当時のアビドスを知っているわけじゃないが、今のホシノたちみたいに戦って稼ぐという手段を取れる子がいたかはわからない……が、出来なかったんだろうな」

 

「……私たちは、それぞれの学校の自治区は、学校の物。……固定概念にとらわれ目の前の借金の方ばかり気を取られて、これに気が付くことができませんでした」

 

「……ホシノ、だっけ。あなたも、知らなかったの?」

 

カヨコは、そのまま視線をホシノに移す。

 

「……確かに、ホシノ先輩は、アビドスの生徒会、でしたけれど」

 

「そうだったの!?」

 

「……昔の話だよ。私が入った時には、もう殆どやめちゃってたから。在校生も二桁。教職員もいなくて、授業もなくなって……。引き継いだ生徒会室だって、ただの倉庫にしか見えないところ。引継ぎの書類なんて立派な物だって一枚もなかったよ。……それに、生徒会っていったって、私と会長の二人だけだったしね」

 

小さく、息を吐いて、思い返すように目を瞑る。

 

「その生徒会長は無鉄砲で、会長なのに校内でも随一のバカで……。私の方もいやな性格なやつだったから……ほんと、めちゃくちゃだったよ」

 

そういう声は、どこか優しく、顔に浮かぶのは幸せそうな顔であった。

少なくとも、小吉は見たことがないほどに。

 

「学校一のバカが生徒会長って……どうなってるの!?」

 

「成績と役割は別だよ。セリカ」

 

「ううん、セリカちゃんの言う通りだよ。生徒会なんて肩書だけで、お馬鹿さん二人が集まっただけだったから。ほんと、何にも知らないまま……」

 

そう口に出すホシノに対し、アビドスの少女たちから向けられる視線は、哀れみ。

自らの愚かさをそう自嘲する彼女は、言葉が出ないほど、あまりにも痛々しいものであった。

 

「……ホシノ先輩が責任を感じることじゃない。昔の事情は知らないけど、実際に生徒会が解散になった後、……対策委員会ができたのは、間違いなくホシノ先輩のおかげ」

 

「う、うん?」

 

「先輩は、確かに怠け者だし、いろいろとはぐらかしてばかりだけど、大事な瞬間には絶対にだれよりも前に出てる」

 

「……うへ~。そんなの、よくおぼえてなーーーーーー」

 

そう、彼女は逃げようとした。

普段被っている、シロコの言う、怠け者なダメな先輩の仮面を。

 

「いや、……俺たちは、ちゃんと覚えてるよ。ホシノ、お前は、そういう時、いつも皆の前に立っていた」

 

だが、逃げさせない。

彼女の分厚い仮面を取り上げるように、小吉は言葉で彼女その先を制した。

 

「ホシノ先輩は、いろいろとダメなところもあるけれど、尊敬してる」

 

「ど、どうしたのシロコちゃん!?急に、そんな……」

 

シロコの唐突な言葉に、ホシノは顔を赤らめ戸惑う。

 

「……ん、なんとなく、言っておこうかなって」

 

「え、えぇ……」

 

だが、それ以上は続かない。

浮かび上がった照れた表情は、間違いなく本物だったが、彼女の本心を完全にさらけ出すのは、出来なかった。

 

「……とりあえず、話、すすめない?」

 

「そうだな。続けよう」

 

そして、カヨコの言葉に、議題はアビドスの現状へと引き戻される。

 

「……土地の売却については、推測だけど、さっき先生が言った通りだと思う。返せない借金の代わりに、土地を、って感じで」

 

「ただ、それでもこのアビドスの土地に高値がつくはずもなく、少なくとも借金を減らすには至らなかった。おそらく、そんなところだろう」

 

なにせ、文字通り、アビドスの利点など、広大な土地であること。

その一点しかない。

 

いつ来るやもわからない砂嵐。

進行する砂漠化。湧き出ることのない採掘物。

 

それらを考えれば、アビドスの土地に高値がつかないことは見当がつく。

 

「……では、どうしてカイザーは、アビドスの土地を買い取っていたのでしょう」

 

そう、カイザーは借金の、恐らく利子を減らす程度の金額の代わりとしてでも土地を買い取った。

まだ、砂漠化していない場所ならいざ知らず、砂漠化の進行が止まらなかった地域まで。

 

「……恐らくは、そういう手口だったんだろうな」

 

「多分、そうだろうね」

 

その答えに、小吉は、すぐにたどり着く。

同時に、カヨコも同じ結論へと至る。

 

「え?え……?せ、先生、カヨコ課長。どういうことですか?」

 

「なるほど、そういうことか」

 

「え?ホシノ先輩もわかったの!?」

 

セリカやハルカが疑問符を浮かべる中、彼女たちの中にも、ゆっくりと真相が浮かんでくる。

 

「いいか……、アビドスに金を貸したのはカイザーだ」

 

「そ、それはわかってるわよ!でも、だから、どうだっていうの?」

 

「カイザーローンが、学校の手に負えないぐらいのお金を貸して、利子だけでも払ってもらうために土地を売るように仕向けるたんだ」

 

「え、えっと……?でも、アビドスの土地は……」

 

「……そう、だからこそ、先輩たちも手放しやすかった」

 

セリカの疑問にアヤネは補足する。

そう、アビドスは砂漠化の進行により、価値のない土地になっていた。

 

それが、巨大な額の借金をわずかにでも減らす助けになるのだ。

 

先人である彼女たちも、手放すことに躊躇いはなかっただろう。

 

「それが、カイザーの罠だと知らずに……」

 

「はい。……借金は僅か。でも、一度土地に手をつけてしまった彼女たちのタガは、恐らく外れてしまったのでしょう。生徒会の人たちは毎年毎年、土地を手放していって……」

 

「そして、気がつけば、アビドスの自治区の殆どはカイザーの手の内に収まった。って寸法だ」

 

「……だいぶ前から計画してた罠だったのかもね……。それこそ、何十年も前から」

 

実際、上手い手であった。

砂漠に埋もれたアビドスに、収入源がほとんどない。

あるいは、あったが既にカイザーが手に入れてしまっていたか。

 

一度サイクルさえ完成してしまえば、あとはカイザーは待つだけでよかった。

 

膨大に膨らんだ借金は残った学生たちが返済するにはあまりに大きく、勝手に借金という重みに耐えられなくなり……。

そして、最後は土地の大半を所有するカイザーが、アビドスを支配すればいいだけの話だ。

 

「生徒会の奴ら、どんだけ無能なわけ!?こんな詐欺みたいなやり方に騙されてさえいなければ……」

 

「落ち着け、セリカ。……悪いのは、騙される方より、だます方だ……。それに、実際、彼女たちがアビドスを守るためには、カイザーからの金を借りる以外の道はおそらくなかった」

 

アビドスには、前提として、砂嵐に立ち向かう資金がなかった。

故に、今、存続することができているのは、カイザーの存在があったからというのも、間違いではないのだ。

 

「……分かってる……!私だって、ゲルマニウムブレスレットで騙されたりしてるから!!そんな!だます方が悪いなんてこと分かってるの!……ただ……。ただでさえ苦しんでるアビドスに、どうしてこんなひどいことを……」

 

それでも、と、言いながらも、セリカの声はだんだんとしぼんでいく。

 

「……苦しんでる人たちは切羽詰まりやすくなっちゃうからね。そうなると、人は何でもやっちゃうんだよ。だから……それだけの話。ね?セリカちゃん」

 

そんなセリカに対して、ホシノは優しく声をかける。

だから、苦しまなくていいと。

 

小吉は、……今はただ、見守ることを選んだ。

 

「……さて、これで、状況が整理できる情報が出そろったね。そうでしょ?先生」

 

「……あぁ。もう、十分だろう。アヤネ。進めてくれるか?」

 

そして、セリカが落ち着きを取り戻したころ、カヨコの促しに応じ、先を促す。

 

「はい。学校の借金、このアビドスが陥って状況、そして私たちが先生と一緒に見つけてきたいくつかの糸口。それらすべてが繋がってきたように思えます。カイザーコーポレーションは、アビドスの生徒会の消失によって、アビドスの土地を手に入れる手段を失った。だから、まだ手に入れてない「最後の土地」であるこの学校を奪うために戦力を動員していた……!カイザーコーポレーションの狙いはお金ではなく土地だった!!それが結論でいいと思います!」

 

最終的な結論は、決まった。

 

勿論、これまでにもうっすらとその目的は見えていたが、それでも、敵の目的が明確になったということは、彼女たちにとっても小さくはない一歩であった。

 

「……でも、結局のところ動機が分からないよね」

 

「はい……。アビドス自治区は、もうほとんどが荒れ地と砂漠、砂まみれの土地。……お金を出して土地を大量の土地を確保するのは難しくとも、もっといい場所がごまんとある気がします」

 

「いや。……一つ、ゲヘナの風紀委員長から伝えられた情報がある」

 

あの日、あの二人と別れる間際。

 

アビドスへの謝罪の時間すら惜しんだ彼女が、小吉へと託した言葉。

 

「カイザーコーポレーションは、アビドスの砂漠地帯で何らかの動きを見せている」

 

この状況で、少なくとも、この場に存在する人間が動くのに十分な言葉を。

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