シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
「委員長、その……これは一体いつまで書けばいいんですか?」
ゲヘナの風紀委員のための執務室。
そこで、一人の少女が反省文を書かされていた。
天雨アコ……。
数日前、アビドス地区周辺でのゲヘナ風紀委員による陸八魔アル捕獲作戦を主導した少女である。
本来彼女に与えられている権限を大きく超えた人員の動員。
それに加え、周囲の建造物への被害、今も負傷したまま動けない戦力。
「まだ、二百枚目でしょう?……自分で、千枚でも書くといっていなかった?」
「それは、その……その位反省していますという比喩でして……」
はぁ、……。と、ため息が漏れる。
実際のところ、いくつかの理由でゲヘナ風紀委員は大きな出費を支払うこととなった。
一つは、アビドスへの補償金。
『本来であれば』、既にカイザーの土地の権利はあるためゲヘナ風紀委員はアビドスに対して払う必要もないのだが、ゲヘナの生徒であるニュートンの生徒に対して、適切な検査をあの場では最優先に行わなければならなかった。
少なくとも、どのような面で見てもあの場の風紀委員の動きは明らかに過剰であった。
何せ、あの時、まだ彼女は目覚めていなかったのだから。
更に、戦闘に参加した生徒の治療。
勿論、通常任務の範囲であれば、彼女たちとの仲がいいとは言えない万魔殿も金を出すことに躊躇いはない。
彼女たちの長は、理不尽であり、抜けはあるが、理由なしに彼女たちを責めることはしない。
(まぁ、理由は作ってくるのだけど)
「……チナツは、よかったんですか?」
「……よくはないわ。ただ、必要だった」
そして、最も大きな出費が、これだ。
人員として、チナツは風紀委員にこれからも必要になる人員であった。
「陸八魔アルがニュートンとしての力に覚醒しつつある今、彼女を監視できる人材がいる……。その中で、最善が彼女だった……」
そう、少なくとも、彼女をフリーにすることはできない。
彼女の才能が、水面下に潜り込んだ場合、どうなるかが予測はつかないからだ。
「……そう、ですか。それともう一つ……小鳥遊ホシノ。……委員長が警戒されていたもう一人の人物ですが……。お知り合いだったとか」
「……いえ、直接対面したことはないわ。一方的に知っていただけ。あの時もしもアビドスの側に彼女がいたら私を含めてただじゃすまなかったかも。……かつての彼女は天才だったから」
「……それほど、ですか?」
ヒナはその言葉に小さくうなずく。
「……とはいえ、私の知っている情報と、最近の彼女の動きはかなり違うみたいだったけれど……」
少なくとも、彼女がアルに聞いた話だと、違う。という話であった。
アルもまた、ホシノについてヒナと恐らく同様の情報を持っていた。
「……私の知っている彼女は、もっと、好戦的なタイプで、荒っぽくて、鋭い印象だった……」
「……邪魔しに来るであろう戦力の分析は、しっかりしたのですが……」
その言葉は、正しかったのだろう。
「……そもそもアルの時点で判断をミスしてるじゃない……それにしても、彼女はどうして、まだあの学校に残っているのかしら」
「……?まだ、卒業していなかったから、ではないのですか?」
「……そうね」
「カイザーの理事……か」
「正確に言えば、カイザーコーポレーション、カイザーローン、そして、カイザーコンストラクションの理事だ。今は、カイザーPMCの代表取締も務めている」
「それはどうでもいいけれど。要はあなたがアビドス高校をだまして搾取した張本人ってこと?」
「……ほう」
切り込んだシロコに対して、理事を名乗る男は不敵に笑う。
「あんたのせいで私たちは……」
「よせ」
「っ、でも、先生!」
続いて飛び出そうとしたセリカを、小吉が手で押さえる。
「ふん……。最初に出てくる言葉がそれか。勝手に私有地へと侵入し、善良なる我がPMC職員たちを攻撃し、施設を散々破壊しておいて。……だが、口の利き方には気を付けたほうがいい。ここはカイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所。君たちは今、企業の私有地に対し不法侵入しているのだということを……」
「その点は問題ない」
「……なに?」
彼の不平に対して、
「……シャーレの自治区への自由な出入りの権限は強力だ。そして、その権限は、今、彼女たちにも適応されている」
そう、シャーレには自治区のあらゆる場所に入る権限がある。
アビドスの問題解決のために必要であるのならば、その権限によって彼らは守られる。
少なくとも、彼の言う法の範囲であれば。
「ふん、……まぁいいだろう。話を戻そう。アビドスの土地について、だったか?確かに買ったとも。だが、それがどうした?すべては合法的な取引、記録もすべてしっかりと存在している。まるで、私たちが不法な行為でもしているかのような言い方はやめてもらおうか。わざわざ挑発しに来たわけではないだろう?」
その言葉に、食って掛かろうとしたシロコとセリカは息を詰まらせる。
そう、眼の前の男が言っている通りなのだ。
間違いなく、悪意は読み取れる。だが、……、それでも確かに法を犯したという証拠はない。
「……お前たちが気になっているのは何故、私たちが土地を買ったかだろう?それならば教えてやろう。私たちはアビドスのどこかに埋められているという宝物を探しているのだ」
「……宝物、だと?」
「そんな出まかせ信じられるわけないでしょ!」
「それはそう。もしそうだとすると、このPMCの兵力について説明がつかない。この兵力は、私たちの自治区を武力で占拠するため。違う?」
シロコのその言葉に、カイザーの男はもう一度鼻を鳴らす。
「数百両もの戦車、それらを操る数百名もの選ばれ子兵士たち。数百トンもの火薬に爆薬……。たった五人しかいない学校のために、これほどの用意をするとでも?冗談じゃない。あくまでこれは、どこかの集団に宝探しを妨害された時のための物。君たちのために用意したものではない。君たち程度、いつでも、どうとでもできるのだよ……。例えばそう、こういう風にな」
そういって、男は手元の端末を用いて、どこかへと連絡を入れる。
「……何のつもりだ」
「……小町小吉。そして、君たちにとっては残念なお知らせだ。どうやら、君たちの学校の信用が落ちてしまったそうだよ」
「!?」
『た、大変です!先生!私たちの信用が下がって来月からの利子が……!』
表示されたディスプレイに浮かぶアヤネの焦る表情を見て、男はくつくつと笑みを浮かべる。
「これでわかったかな?君たちの首にかけられた紐が、今、誰の手にあるのか」
「ちょっ、嘘でしょ!?本気でいってるの!?」
そういうセリカに対して、男は全く気にした様子を見せずに本気だと笑う。
「あぁ、……だが、それだけでは面白みに欠けるな。九億の借金に対する保証金でももらっておくとしよう。一週間以内に、我がカイザーローンに三億円を預託してもらおうか。この利率でも借金返済ができると証明してもらわねば」
『そんなお金、用意できるはずが……。利子だけでも手一杯なのに』
そんな言葉を、アヤネは漏らす。
そんな弱音に対して、男は厳しい言葉を返す。
「ならば、学校を去ったらどうだ?自主退学して、転校でもすればいい。それですべて解決するだろう。そもそも、君たち個人の借金ではない。学校が責任を取るべきお金だ。何も君たちが進んで負う必要はないのではないか?」
そう、ただの事実。
男にとっても、アビドスの生徒たちにとっても彼の言うことは正しく事実であった。
「そ、そんなこと、できるわけないじゃないですか!」
「そうよ、私たちの学校なんだから見捨てられるわけないでしょ!」
「アビドスは私たちの学校で、私たちの街」
そして、……その事実自体は理解しているからこそ、彼女たちは感情で叫ぶしかない。
そんな少女たちを、男は冷淡に笑い、問いかける。
何かいい手でも?と。
「……帰ろう」
「……そうだな」
「ちょっと!?先生!ホシノ先輩も!」
そういって、二人はカイザーに背を向け、その場の全員に撤退の指示を出す。
「ほう、逃げるのか?小町小吉」
その姿を嘲笑うように、男はそう投げかけた。
だが、小吉は気にする風でもなく冷静に言葉を返す。
「ここでお前の挑発に乗っても俺がすっきりする以外にねぇんだから仕方がねぇだろ……」
「……まぁいい。ところで、便利屋68。私たちと手を切った後にそんな泥船に乗り込んだとは……。今は気分がイイ。もしお前たちがアビドスの味方をしないというのならまた手を貸してやらんことも……」
「……これは、先生との個別契約だから。アビドスが沈むかどうかは、私たちには関係ないよ。でも、社長の言いつけを違反するつもりもない」
そうカヨコが言えば、男はふん、と鼻を鳴らし。それ以上は興味がないというように、小吉たちが去るのを待たずに施設の内側へと戻っていく。
「……さぁ、戻るぞ。皆……」
悔しそうな表情を浮かべるシロコたちの肩を押して、小吉は、来た道を歩く。
カイザーの者たちは、それに対し何かをしようとはしてこなかった。
「……酷い負け戦だったね。先生」
帰る間際。隣を歩くホシノは、歯を食いしばりながら、そんな言葉を漏らす。
……気丈に振舞った。だが、悔しくないはずがない。
「……あぁ。帰ったら、作戦を考えないといけないな」
そして、小吉もまた、握った拳から、血が流れるほどに、自身の力不足を痛感していた。
少なくとも、このままで終わらせることはできない。
アビドスの借金に、三億という重たい、時限爆弾が付けられた。
それを用意できたとしても、このままでは暴虐な利子によってアビドスは削り殺されることが確定した。
だが、確定した。
敵の存在と、彼らの目的。
そして、生徒の、……シロコたちの街を守りたいという思い。
「あんな奴らに、負けるわけにはいかねぇよなぁ。ホシノ」
その強い思いを受けて……。
彼らは、学園へと帰投するのであった。