シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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三十一話

「じゃーん!ホシノちゃん、みてみてー!アビドス砂祭りのポスターだよ」

 

それは、少女にとって遠いゆめの話。

 

砂漠に消えた、彼女との最期の会話を思い出す。

 

彼女はいつもと変わらない笑顔で、ふわふわとして夢と奇蹟に満ち溢れた物語を口にする。

 

「そんなもの、あるわけないじゃないですか。いい加減、現実を見てください!」

 

そんな彼女の夢物語を少女……。ホシノは、強く否定する。

 

そんな彼女の言葉に竦む彼女に、少女は、叩きつけるように、畳みかけるように叱責を続け。

そして、彼女が見つけた、夢物語などありはしないと、そのよりどころを引き裂いて。

 

……その話は。それでおしまいだった。

 

「ふぅ……」

 

ホシノが意識を現実に向ければ、喧々囂々。……というにはまだ静かだろう。

感情的に叫んでいるのは、セリカだけ。だが、アビドスの生徒の誰の顔にも焦燥が浮かんでいた。

 

アビドスの生徒ではないカヨコやハルカも、焦りではないが、居心地の悪いところはあるのだろう。

 

「とりあえず、まずは借金をどうするか。だな……」

 

話をまとめようと、小吉はそんな風に切り出した。

 

「そ、そうよ!借金……3000%とかいってなかった!?」

 

「保証金も要求してきましたし……あと一週間で三億なんて」

 

不可能。無理。そんな言葉を、アヤネは何とか飲み込む。

だが、事実として、三億の用意など、出来るはずもない。

今でさえ、一月にかかってくる利子を返すのもやっとなのだ。

 

その金額のおおよそ四倍。どうやったってできるはずもない。

 

「……行ってくる。砂漠で何をしてるのか、調べないと」

 

「し、シロコ先輩!?行くって、どこに」

 

「PMCの施設。徹底的に準備すれば、何とか潜入できると思う。行って、何をしているか確認する」

 

「待って!シロコ先輩!今は借金の話の方が先でしょ!?」

 

「……借金はもう、真っ当なやり方じゃ返せない。何か、別の方法を……」

 

「だ、駄目ですよ!それではまた……」

 

「私はシロコ先輩に賛成!学校がなくなったら意味ないじゃん!もう、なりふり構って……」

 

意見の言い合い。

それが頂点に達しそうになった時、手を叩く音が教室に響く。

 

「落ち着け。セリカ」

 

「せ、先生……。でも。もう……」

 

「そうだよー?ほら、セリカちゃんなんて、頭から湯気が出ちゃってる」

 

「……」

 

小吉とホシノに言い竦められ、激化しそうになった口論は、ひとまずの沈黙を見る。

 

「……ごめん、こんな風にしたいわけじゃなかった」

 

「……大丈夫だ。俺達もわかってる。とりあえず、今の状態で話し合いはできねぇだろ?ホシノ」

 

「そーだね。とりあえず、今日は解散。この辺にしとこ?委員長命令ってことで」

 

少なくとも、今のカイザーへの怒りを抱いたままでは、話し合いになることはない。

 

そう判断した小吉によるストップと、それに理解を示したホシノの発言により、今日はひとまずの解散の運びとなった。

 

会議は終わり、ノノミとアヤネ、セリカは帰宅し、カヨコとハルカもまた、今日の状況をアルへと報告するといいその場を離れ、残っているのはホシノとシロコ。そして、小吉だけとなったころ。

 

外はすっかり暗くなり、もう夜と言っていいころ合いだった。

 

「ん~?シロコちゃんはまだ何かやることがある感じ?」

 

「……ん、先輩。ちょっといい?」

 

「うへ~、おじさんと話したいことがあるの?」

 

「あぁ、俺からも。ちょっとな」

 

先生も?モテモテだ~。などと、言いながら彼女は頭をかく。

 

「でもさ~?今日は疲れたし。いろいろあったし、また明日はなそ?大体どんな話かはわかってるからさ」

 

「……分かった。先生……」

 

「おう」

 

その返事に、シロコは少し不安ながらも頷くと、部屋を出ていく。

 

残ったのは、ホシノと小吉、二人きり。

 

そして、シロコが去ったのを見届けると、ホシノは途端に、彼へと絡んできた。

 

「先生やるねぇ。私の可愛いシロコちゃんと、あんな短いやり取りで意思疎通できるようになったんだ」

 

いや~。おじさん流れについていけなくて寂しいなぁ~。

といいながら、彼女は笑う。

 

「ホシノ」

 

「な、何?」

 

そんな彼女に、小吉は近づく。

 

「ど、どうしたの?」

 

「これについて、聞いていいか?」

 

そういって、小吉が取り出したのは、砂漠に向かう前にシロコから渡された退部・退会届。

 

「……っ!いつの間に……!これ、取ったのはシロコちゃんだよね!全く、シロコちゃんったらいくら何でも先輩のカバンを漁るのは駄目でしょ!先生、きちんとシロコちゃんを叱っといてよ~?あのままじゃとんでもない大悪党になっちゃってもおかしくないってー」

 

一瞬、彼女は動揺をあらわにするが、しかし、すぐに、いつものひょうきんな態度で、怒りを表す。

 

「あぁ、そりゃそうだ。でも、今は君の話だ。ホシノ」

 

「……。うん、そっかー……うーん、逃がしてくれそうには……ないよね~?」

 

そう、追及されて、ホシノの表情は、少し諦めたように笑って、小さくため息を吐く。

 

「仕方ないなー……先生。ちょっとあるこっか」

 

「あぁ。そうしよう」

 

そういって、ホシノと二人、委員会室の外へと足を踏み出す。

 

夜の校舎は、普段以上に物寂しく。

ただ、二人の足音と、窓をわずかにたたく風の音だけが響いていた。

 

「うわぁ、ここも砂だらけだ。……。まぁ、仕方がないんだけどね。掃除をしようにも、そもそも人数に対して建物が大きすぎて……。折角の高校生活が全部砂色だなんて、ちょっとやるせないと思わない?」

 

「……どうだろうな。俺も、碌な生活を送れたわけじゃないからな……」

 

「へぇ……、ちょっと意外かも?」

 

「……でも、ホシノはこの学校が好きなんだろ?」

 

「……今の話で本当にそう思う?……やっぱ、先生は変な人だね……」

 

すこしだけ、また息を吐いて。ホシノは言葉を続ける。

 

「砂漠化が進む前、アビドスはかなり大きくて力のある学校だった~、なんて、言われてるけれど、……そんな記憶も実感も、私にはまったくないんだよね~。最初っから全部めちゃくちゃで、ちゃんとしたものなんて何一つない学校だった。私が入学した時のアビドスの本館は、今はもう砂漠の中に埋もれちゃったし。当時の先輩達だって、もうみんないなくなった。今いるここは、砂漠化を避けて何回も引っ越した結果たどり着いたただの別館」

 

そんな風に言うホシノ。

だが、そこに宿っているのは、どこか暖かな感情。

 

「やっぱり、すきなのかも。皆と出会えたこの場所が」

 

「ホシノ……」

 

「……うん、やっぱり、正直に話すよ」

 

覚悟を決めたのか。あるいは踏ん切りがついたのか。

ホシノは改めて小吉に向きなおり、大きな彼を見上げる。

 

「カイザーコーポレーションから、私は二年前、提案……というか、スカウトというか、アビドスに入学した直後からずっと、何回もね。最近も、……えっと、ゲヘナの子たちに襲われたって日。あの時も……その話をされてたの。退学して、あいつらの企業に所属するなら、借金の半分近くをこちらで負担する~ってね」

 

「あの日、そんなことが……それでこれなかったのか」

 

「うん、まぁ、その日はね。……誰から見ても破格な条件を出されてたのは分かってる。でも、当時は私がいなくなったらここが崩壊するって思ってたからこそ、断ってたけど……あいつら、PMCで使える人材をあつめてるみたい」

 

「……そいつは、何者なんだ?」

 

小吉の問いかけに、自分も正体を知らないのだ。と首を振る。

 

「ただ、……私は黒服って呼んでる。なんとなくぞっとする奴で……この広いキヴォトスでも、ああいうタイプの奴を見かけたことはなかったし……。怪しいやつだけど、問題を起こすわけじゃなかった……。でも、……あのカイザーの理事でさえ、黒服のことは恐れてるように見えたよ……」

 

「あいつが、か。理事より上の立場……って可能性もなくはないが……。で、この退部届についてだが……」

 

「……うへ。……まぁ、一ミリも悩んでなかったかって言ったらウソだし。ちょっとした気の迷いっていうか……。うん、だから。もう捨てちゃおっか」

 

そういって、彼女は小吉の持っていた退部届を奪うと、眼の前でびりびりと破り捨てる。

 

「……余計な誤解を招いてごめんね。先生。ただ、こんな話皆にしたって、心配させるだけでいいことも何もなさそうだったからさ」

 

あー、すっきりした。と言いながら、本当に清々しそうにホシノは笑う。

 

「でも、まぁ。うん。かわいい後輩たちにいつまでも隠しごとをしたままっていうのもよくないし。明日、みんなにちゃんと話すよ。聞かされたところで困らせちゃうだけだろうけどさ。隠し事なんてないに越したことはないだろうし」

 

「そうだな。俺も、昔信頼してたやつらみんなから隠し事されて、えらく困った覚えがあるよ」

 

「へー、先生でも、そんなのあるんだ……実際の所ね、……今は、あの提案を受ける以外、今のアビドスを救う方法、思いついてないんだけど、さ」

 

「……きっと、何か方法があるはずだ」

 

「……うへ。そうだね。……奇跡でも起きてくれればいいんだけど……」

 

そんな風に、少しだけ笑うホシノ。

 

「奇跡……かぁ」

 

ぼそり、とそうつぶやいた彼女の顔はどこかはかなげで。寂しそうだった。

 

「さ~て。この話は、これでおしまい。また、明日ね。先生……。さよなら」

 

「あぁ」

 

そういって、小吉は、去っていくホシノの背中を見送ろうとして、……それをやめた。

 

「ホシノ!!」

 

「!?な、なに……?!先生」

 

「俺がどうにかする。だから、早まるんじゃねぇぞ」

 

「……うへへ。私、そんなに元気なさそうだったかな?」

 

「だいぶな。それこそ、屋上から飛び降りるんじゃねぇかってくらいに」

 

「……うん。大丈夫。ありがと、先生」

 

今度こそ、彼女は満面の笑顔でそういって。

少しだけ足早に、廊下を駆けて行った。

 

「さぁて、……俺も帰るか。あぁいったんだ。俺も、何とかしねぇと」

 

決意を新たに、彼もまた帰路へとつくのであった。

 

そして、次の日。

 

ホシノは、アビドスに来ることはなかった。

 

普段集まる委員長室。その机の上に、破り捨てたはずの退部届と……。

 

彼女の書いた手紙だけを残して……。

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