シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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三十二話

「はい、こちら陸八魔です」

 

「こちら、カヨコ。……よかった、つながった。経過報告は見てくれた?」

 

アビドス砂漠の後、連絡を送ったが一向に返事のないアルに対して心配を覚えていたカヨコであったが、ようやくつながったことに安堵のため息を漏らした。

 

「えぇ、勿論。だから、帰るのは明日のお昼になるわ。アビドスに直で三人で向かう。その間にカヨコ、アビドスでやっておいてほしいことがあるのだけれど、いいかしら」

 

「……?大丈夫だけど。どうして?」

 

「……カヨコのいった報告が正しいのなら……明日か、明後日。カイザーはアビドスで動きを見せるはず」

 

その想定に、カヨコは、驚きはしない。

 

アビドスができる動きはそう多くはない。

 

一週間、それが過ぎればアビドスの命運は尽きてしまうのだ。

勿論、今回のようなことは、正当な行いではない。連邦生徒会に突き上げを食らえば、問題になることは間違いない。

 

だが、そんなことは関係がない。

例え、それがもし、かつての敏腕の連邦生徒会長の下での動きであったとしても、だ。

 

どれだけ迅速に動きができたとしても、手遅れだ。

アビドスの学園は、その動きの前にカイザーによって潰されてしまうのだから。

 

「でも、一週間あるんでしょう?カイザーが動くなら、その時期じゃないの?」

 

「……いえ、私の想定が正しいのなら、カイザーはすぐに動きを見せるはずよ。……小鳥遊ホシノの動きを見てね」

 

「……?あの子がなにか……。ところで、社長……。うるさいんだけど、どこにいるの?」

 

「あぁ、今?今私は――――――――船の上にいるの」

 

電話口には、うるさいくらいのコインの弾ける音が響いていた。

 

 

 

早朝。

珍しく一番乗りになってしまったアヤネは机にあった彼女からの手紙に気が付いた。

 

「……ホシノ」

 

読み終えた小吉は、何故だ。と、思いながら椅子へと腰を掛け天井を見上げた。

 

一通目の手紙は、昨日、小吉に向けてホシノが話していたこと。

 

それに、乗って借金を肩代わりという旨が書かれた、別れの手紙。

 

二通目は、小吉にあてた手紙であった。

 

内容は、……以前の警戒をしていたことへの謝罪と、シロコを託すという内容のもの。

 

そして、もう三通目は、後輩たちへの手紙。

アビドスを守ってほしいというお願いと、もしもの時の、お願い。

 

「ホシノ先輩っ!!!!」

 

全員が手紙を読み終え、最後、全てを読み終えたセリカは、怒りと悲しみが綯交ぜになったような、声で悲鳴を上げる。

 

「何なの……!私たちにはあれだけ言っておいて!切羽詰まったら何でもしちゃうって、自分でもわかってたくせに……!こんなの受け入れられるわけないじゃない!!」

 

悲痛なセリカの言葉。

 

「……助けないと。私が行く。対策委員会に迷惑がかかるし、私一人で……」

 

気が逸り、急がないとと、荷物をまとめ始めるシロコ。

 

「落ち着いてください。まずは足並みをそろえないと……!!」

 

そして、二人の様子を見て、どうにかしないと、と、声をアヤネが声をかけた時であった。

 

耳をふさぎたくなるような爆発音がアビドス自治区に木霊した。

 

「アヤネ!今のは!」

 

小吉の言葉に、アヤネはすぐに状況を確認し、……絶句する。

 

アビドス区内に張り巡らされた監視網に映されているのは正に最悪の光景。

 

攻撃されているのは、アビドス自治区。

まだ人のいる都市部に、カイザーの兵士たちが、攻撃を加えていたのだ。

 

「こちらに向かって、数百近いPMC兵力が進行中!同時に、市街地に無差別攻撃をしています!」

 

それでも、アヤネは正確な報告を打ち出した。

 

「皆!すぐに出るぞ!」

 

「……ひ、避難指示は」

 

小吉の声に対して、アヤネは市民の安全を守ることを優先しようとする。

 

「今はそれよりも……!!シロコ!!」

 

「任せて」

 

小吉は、自身の所持する『銃』の存在を確認しながら、扉を蹴り破る。

 

その扉の先にいたのは、PMCのロボット兵士。

今、正に扉を開けようとした矢先に扉ごと蹴り飛ばされ、体勢をわずかに崩す。

 

その隙を、砂漠育ちの狼は決して逃すことはない。

 

充分な弾薬をぶち当て、最初の一人は倒した。

だが……。

 

「対策委員会がいたぞ!!あっちだ!」

 

「……先生!ごめん!」

 

「問題ない!アヤネ状況は!」

 

小吉の言葉にもう、校内にもかなり侵入しているという、アヤネの悲鳴のような報告があげられる。

 

「まずは校内に侵入してきた奴らを叩く!全員動けるな!」

 

「はい!校内の安全を確保、その後市民の避難先として開放します!」

 

そう言葉にしながらも、校内の敵戦力の殲滅の間に少なくない痛手を負っていた。

戦力としてみても、アビドスの面々は非常に強力だ。

恐らく、賞金首との戦いを長く続けた影響だろう。

 

シロコやノノミは言うまでもなく、まだ一年生ではあるが、セリカやアヤネも十分に戦力として期待できる。

 

だが。それでも、彼女たちの精神的な支柱も、戦力的な意味での支柱もホシノであった。

 

彼女の喪失は決して小さくはない。

 

「セリカ!前に出過ぎるな!シロコ!カバーを!」

 

「っ……でも、先生!」

 

「ん、セリカ。いったん下がって」

 

特にセリカの動きは顕著である。

元々、シロコ以上に前線へと突っ込む癖があったのを、ホシノやノノミがカバーしていたが、今、そのホシノは居らず、ノノミは、小吉の補佐のために、セリカへのカバーリングに回るほどの余裕がない。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

その結果が、これである。

 

小吉の指揮が間違っていた、などと疑う者はいない。

自分たちの強さが劣っているなどと、疑う者もまたいない。

 

だが、数百の数がまだ控えているにも関わらず、彼女たちの体は疲弊していた。

 

自分たちの、ホシノへの戦術的な依存度に、シロコは歯を砕けそうになるほどに強くかみしめる。

 

「制圧は完了だ!まだ動けるか!」

 

「ん、……行ける」

 

そう声をかける小吉も、状況を理解していた。

 

まだ動ける。まだ戦える。

それは強がりではなく事実だろう。はた目から見ても、その時は訪れていない。

 

だが、少なくとも余裕はないのは、間違いなかった。

 

そのまま、倒した敵も放置したまま、街へと駆け出す。

 

街から上がる黒煙は、彼女たちの心を痛める。

 

「ふむ、学校まで出向こうと思っていたが、お出迎えとは感心だな」

 

「っ……お前は……」

 

その街から現れたのは、カイザーの理事であった。

悠々と、破壊した街並みから現れた男の姿は自身がこの場を支配しているというように、傲慢でさえあった。

 

そんな男の前にボロボロになりながらもノノミは正面から立ち向かう。

 

「どういうつもりですか!企業が街を攻撃するなんて……いくらあなたたちが土地の所有者だとしても、そんな権利はないはずです!」

 

「それに、学校はまだ私たちアビドスの物です!侵攻は明白な不法行為!連邦生徒会に通報しますよ!」

 

「……契約は嘘だった?なら、ホシノ先輩はどこに……」

 

「ホシノ先輩を返せ!悪党!」

 

「何のことやら……」

 

そんな彼女たちの声に、男はくつくつと笑いを漏らす。

 

「連邦生徒会に通報だと?面白いことを言うじゃないか、今すぐにでもやったらどうだ?君たちはこの状況について、今までも何度も連邦生徒会に嘆願してきたんじゃなかったか?それで、一度でも動いてくれたことがあったか?」

 

その指摘に、アヤネは黙り込むしかない。

嘆願を続けてきた彼女にとって、それは十分にわかり切っていることであった。

 

「そうだろう?なかったはずだ。それに、今は連邦生徒会は動けないからな……。連邦生徒会でなくてもいい。今までどこかほかの学園が君たちのことを助けてくれたことはあったか?誰一人、君たちに手を差し伸べるものはいない」

 

ギリっ、と、歯をかみしめる少女たち。

言い返せない。

 

これまでを思い返せばわかる。

いや、だが、それも当然なのだ。

 

アビドスに、かつての栄光はなく、何の土地的価値もない。

 

こんな場所を助けてくれる人なんていやしない。

 

それをわかっているからこそ、悔しくとも彼に対して反論することもできない。

 

「アビドス最後の生徒会メンバー、小鳥遊ホシノが退学した。アビドスの生徒会は、もう存在しないも同然。君たちはもう……何者でもない、そうだな。新たな学校の名前は「カイザー職業訓練学校」にでもしようか」

 

「っ!!」

 

男の言葉に、シロコは睨みつける。

だが、その視線すら意にも介さず、男は言葉を続ける。

 

「公的な部活も、委員会も、生徒会も、自治区すらもないアビドスは、学園都市の学校として自立、存続が不可能と判断……ならば仕方あるまい。この自治区の主人である我がカイザーコーポレーションが、あの学校を引き受けるとしよう。」

 

「な、何を言ってるの!?生徒会がなくても、アビドスには対策委員会がある!!私たちがいるのに、そんな勝手な言い分通じるはずないでしょ!」

 

そんな理事の言い分に食って掛かるセリカ。

当然のことだ。なにせ、学園には廃校対策委員会がある。

ならば、彼の言うことは筋が通らない。

 

「それは……、」

 

「?アヤネちゃん?」

 

「対策委員会は、……正式な委員会じゃない」

 

そう、通常ならば

 

「対策委員会ができた時には、もうアビドスには生徒会がなかったから……」

 

そんなアヤネの言葉に、セリカは愕然とする。

 

「うそ、じゃあ……」

 

「そうだ。所詮非公認の委員会、正式な書類も承認もおりていない。つまり、君たちの存在を示すものは何一つない」

 

無遠慮に言い放たれるその言葉に、セリカの膝は折れかけた。

 

「あぁ、だが、喜べ。アビドス高等学校がなくなれば、君たちはもうあの借金地獄からは解放されるのだからな……」

 

そして、それはほかのメンバーも同じ。

辛うじて、立ってはいるものの、彼女たちが受けたショックは計り知れないものであった。

 

 

 

「なんで!!どうしてこんな!アビドスの街を攻撃するんだ!!!」

 

そして、アビドスの上空。その光景を見させられている少女がいた。

 

「どうしてと言われましても……、何もおかしいことなどありませんよ、ホシノさん。あの借金の大半はきちんと返済させていただきますとも。それが、私たちの間に交わされた約束ですから」

 

そんな嘆きを上げる声に、同じヘリに乗った異形の男……。

ホシノの言う黒服が言葉を返す。

 

「ですが、それはそうとして。貴女が退学してしまい、残念ながらアビドス高等学校にはこれ以上、公的な生徒会メンバーが残っていないようですね。それでは学校は成り立たないでしょう」

 

「っ……ぁ、ぁああああ……!」

 

男の言葉にようやく彼女は理解が追いついた。

自分が行ったことが、全ての原因なのだと。

 

その様子を見ながら、男は言葉を続ける。

 

「そもそも、私たちがなぜ、あんなくだらない企業の詐欺まがいの行為を支援していたのだと思いますか?自治区の土地を奪ったところで、ブラックマーケットのような無法地帯が一つ増えるだけです。そんな場所は、このキヴォトスにいくらでもあります。しかし、企業を中心にした学園が新たに生まれれば、それは果たしてこのキヴォトスにどのような影響をもたらすのでしょうか……」

 

とはいえ、こんなものは余興に過ぎない……。

そう、ここまで語りながら黒服はそれまでの言葉を。まるでどうでもいいことのように切り捨てる。

 

「ホシノさん、私たちの目的は最初からあなたでした。あなたに契約書へサインしてもらうこと、貴女に関するすべての権利を頂くこと。その目的のために利害関係が一致したので、彼らに協力していた。それだけのことです」

 

「は……?きょう、りょく?だって、お前はカイザーの……」

 

そう呆ける彼女に、男はふむ。と、顎に手をやり、そして訂正する。

 

「誤解を招いたのなら謝罪しましょう。私は最初からカイザーの所属ではありません。私どもの企業が、カイザーコーポレーションだとは、一言も言っていないはずです。あなたのようなキヴォトス最高の神秘を手に入れたというのに、まさか、勿体ない形で消耗させるなんてことは致しません」

 

「ぁ……ぁぁ……」

 

黒服は、膝をつき脱力した彼女に近づく。

 

「貴方を実験体として、研究し、分析し、理解する。この興味深い実験こそが、私たちが観測を渇望していたもの。つまりは、そういうことです」

 

そして、黒服に連れられて、ホシノは拘束される。

 

「あぁ、……そっか……。私は……また大人に、……騙されたんだ」

 

床に座り込み、うつむいた少女は一人言葉を漏らす。

 

「ごめんね、みんな。わたしのせいで、ぜんぶ……シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん……。ユメ先輩……。ごめん……。わたしは……」

 

先生……。

 

そうつぶやき、力なくうなだれる彼女の瞳が閉じる前に最後に見たものは、黒服の男が奇妙な声を発しながら、原始的な何かの祭壇に祈りを捧げる姿であった。

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