シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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三十四話

「なぁ、アル。これ、どうしたんだ?」

 

小吉からそんな疑問が出るのは当然の帰結であった。

 

少なくとも、彼らと別れた便利屋は金欠だったはずだ。

 

仮にアビドスが彼女たちに預けた一億を元手にしたとしても、彼女たちと別れていた時間はたった数日。

その間に、ほいと、三億を手渡せる程の金持ちになるなどというのは、正に夢幻の話であろう。

 

「あー……。まぁ、簡単に言えば、ギャンブルよ」

 

だからこそ、アルが持ち出してきたのも、その、夢幻のような話であった。

 

「いや!?ありえないでしょ!?確かに、あんたたちにノノミ先輩が一億渡しちゃったけど、それでもこの短期間でこんな、三億なんて大金……三ば……いや、あんたたちの態度見たらわかるわ!絶対三億程度じゃないでしょ!?あんたたちが稼いだの」

 

それ故に、セリカが声を上げて突っ込むのも、無理からぬ話であった。

当たり前だ、三億は、そうホイホイと渡せるものではない。

ならば、彼女たちが稼いだのは、三億なんて額を渡すのが容易になるほどの大金であると考えるのが道理であろう。

 

「あー、やっぱりわかっちゃう?」

 

「まぁ、……で、どうなんだ?アル」

 

その指名に、アルは少しだけ頬を膨らませる。

 

「……なんで名指しなのよ。チナツとかムツキだっているでしょ」

 

「便利屋の子たちは確かに優秀だと俺も思う。けど、そんな法外な金額を稼ぐのには何か種がいるだろ。それにカヨコやハルカは昨日まで俺たちと一緒だった……。なら、アルが一番可能性が高い」

 

「……そうなんだけど。……キヴォトスって、ほら、そこそこ悪いやつらがはびこってるじゃない?私たち含めて」

 

ついさきほど、三億を建前は用意しているだろうがぽんと、渡して、アビドスの少女たちの窮地を救おうとしたばかりのアルをみて、素直にうなずきにくいが。

 

とりあえず、小吉は頷いた。

 

「で、……まぁ、そういうやつらってそういうの経営してるのよ。賭場ってやつね」

 

「ん、なんとなくイメージはつく。つまり、アルはそこで連勝してお金を?」

 

「あー、……いえ、勝ったのは一回だけよ」

 

「それに危うく一文無しだったしねー」

 

「え!?そうだったんですか!?社長」

 

言われていなかったのか、チナツはムツキの発言に驚愕する。

 

「……一億、持ってったんだよな?」

 

小吉のその言葉に、正確には、仕立て直した便利屋の制服と、バイクとか色々したのと、入船チケット買うのとかもあって、持ってたのはもっと少なかった。という。

だが、それでも、大金には違いないだろう。

 

「滅茶苦茶ハイレートだったのよ、その賭場。やったのは、一回千万の超ハイレートスロット。珍しく機械での操作なしで、外からの干渉はできない。だから、全部自力で止められるんだけど……その代わり、リールが回る速度が、めちゃくちゃ早くて、絵柄の数が馬鹿みたいに多くて、おまけに横に一列以外認められない」

 

「……ど、どうやってやったのよ!?まさか、イカサマ!?」

 

そのイメージがすぐに浮かんだのだろう、セリカはすぐにアルのイカサマを疑った。

 

「いや、読めたぞ。……ニュートンの視力と記憶力と、神経の伝達速度か」

 

だが、小吉にとっては。彼女たちの一族と対峙した者としては、それはすぐに飲み込める。

 

そう、陸八魔アル。

いや、ニュートン家に備わっているのは、人類という種の文字通り、頂点能力。

 

いくら極めたとしてもそれ一つだけでは、そのスロットの攻略に対応しきれないかもしれないが、ニュートンは人間の持てる力、それらすべてを兼ね備えている。

 

「まぁ、そういうこと。最初の数回で遠隔の操作が行われてないのは分かったから、後は、正確に七をそろえるだけ」

 

ね?簡単でしょ?と、のたまるアルだが、普通の人間にはできないのだろう。

超高速で回るスロット。一千万といういくらセレブが集まろうと、何のためらいもなくスロットにつぎ込もうとするにはあまりに大きな額。そして何より、実際に稼働し続けていたという実績。

 

それは、つまり、胴元側には絶対の自信があったのだろうと、容易に想像がついた。

 

「それで……一体どれくらい増やしたんだ?」

 

「んー、……まぁ、すごい金額、ってことだけ。あんまり言いふらしてもいいことないもの。それに、二回も通じはしないだろうし。顔も割れちゃったから、ムツキはともかく、私はどこのカジノに行っても入れないでしょうね」

 

とはいえ、それで、十分な金額を得たのだろう。

それこそ文字通りに彼女たちの会社を急成長させるに足る金銭を。

 

「……でも、……好意とはいえ、これ、受け取れない」

 

「あら?どうして?」

 

「……それは、ホシノ先輩の、教えで……」

 

おずおずと、そんなことを言い出すシロコ。

勿論、状況が許さないということは、彼女自身もわかっている。

 

カイザーが攻めてきた以上。既にこんな教えを守ったところで、などということもあるだろう。

 

もしも、これで、彼女たちからお金を受け取って、借金の返済に充てたとして、それはノノミが借金を肩代わりすることと何の違いがあるのだろう。

 

「あぁ、そういう。じゃあ、それについては問題はないわ。だってそれは、貴方達への補償金で、示談金だもの」

 

「ど、どういうことですか?」

 

「ほら、私たち傭兵ともなって、貴方達のところに攻め入ったでしょう?」

 

そういって、彼女たちが思い出すのは、便利屋68との初めて対峙した時のこと。

確かに彼女たちは、アビドスへと攻め込んだ。

 

「そ、そうですけれど、それだけで三億なんて……。それに、あの時は、学校には被害なんて……」

 

そう、あの時、アルたちとの戦闘は、かなり小規模なもので終わった。

早々に引き上げたのもあるが、学校には、ほとんどダメージがない。

 

とても、三億を示談として出すような状況ではないのは、明らかだ。

だが、それに対して、アルは不敵に笑う。

 

「あら、それはあなた達の都合でしょ?……私は、ゲヘナ、というか、ヒナにちょっと借りが出来ちゃってるの。会社としても、学校に攻め入ったっていう話が広まったら、つながらなくなる縁もある。だから、貴方達が問題を大きくする可能性を、少しでも小さくしておきたい。だから、そのお金で、私たちの侵攻を、政治の場に持ち出さないと約束してほしいの」

 

その言葉に、その場にいる、全員が彼女の言い分を理解する。

それは間違いなく筋そのものは通っているのだろう。

 

ゲヘナへの借りを返すため、問題を小さくすることで会社に対する悪評を防ぐ。

 

その意味があるのは間違いないのだろう。

嘘、ではない。だが、相場を考えれば、明らかに、三億なんてお金を積む意味はない。

 

「それに……これは正当な依頼。やり方は、私たちが決めることよ。文句は言わせない……。ま、あんたたちがどう使うかまでは指定しないわ、借金の頭金にするなり、なんなり。好きにしなさい。それじゃ、私たちは帰るから。また用があるなら、事務所に来て。先生」

 

そう、なにせ、彼女たちは、依頼していたのだから。

 

善行のために、一億を使ってほしい。と。

 

ならば、これは彼女たちが成し遂げるべき依頼であった。

 

不当な立場に追い込まれ、心折られた少女たちを助ける。

それは、十分に善行だろう。

 

そして、話は終わったというように、五人はバイクに乗り込むと走り去っていった。

 

「……行っちまったな」

 

「はい……。とりあえず、休息をとりましょう。……きっと、この次は、今回よりもはるかに大きな戦いになります……」

 

戦いの間に、チナツがある程度のケガを治療してくれているとはいえ、シロコたちの体力はもう尽きている。

 

後方に回っていたアヤネですらも、小さな擦り傷が目立っていた。

 

「あぁ……。まずは、休息。だな。みんな、解散してくれ」

 

「っ、でも……ホシノ先輩が」

 

「……シロコ。気持ちはわかる。あいつが

 

捕まってるのに、休んでる暇なんかねぇって気持ちは俺も同じだ。でもな、人間何日もぶっ通して休憩なしに動こうとしたらどこかで体に限界が来る。今は休んで、次の戦いに備えるんだ」

 

ギリっと、小さく歯をかみしめる音が聞こえる。

小吉にも、その気持ちは痛いほどに伝わった。

 

「……わかった」

 

それでも、シロコは最後には頷いた。

 

皆、それぞれの家に帰っていく。

 

「……さて、俺も、やるべきことをしないとな。……アロナ」

 

『はい!お任せください!』

 

小吉は、そういって、少し前から考えていたことを実行に移した。

 

その日の夜。

 

「ここか……アロナ」

 

『はい。間違いありません』

 

「よし」

 

とあるオフィスビル。

アロナに探させた、ここ数日、ホシノが入った建物を探せば、それはあまりにもあっさりと見つかった。

 

そこに足を踏み入れると、小吉がまだ操作もしていないというのにもかかわらず、エレベーターの扉が開く。

 

誘われている。罠かもしれない。

だが、それは、小吉の足を鈍らせる理由にはならなかった。

 

「……お待ちしておりました。小町小吉先生。……貴方とは一度、こうして、顔を合わせてお話してみたかったのですよ」

 

そこにいたのは、異形の頭を持った存在……ホシノに黒服と呼ばれた男であった。

 

「そうか。俺はそうでもなかったよ。黒服」

 

そんな、小吉の反応に、男はにやりと口元をゆがめながら、小さく笑う声を漏らす。

 

「……。あなたのことは知っています。小町小吉。火星からの帰還者、神へと至る者の討伐者……、そして、連邦生徒会長が呼びだした存在。あのオーパーツ『シッテムの箱』の主であり、連邦捜査部『シャーレ』の先生」

 

「……肩書何ぞ、どうだっていいだろう」

 

キヴォトスでの肩書よりも前に、外の世界での小吉のまず挙げた黒服に違和感を持ちながらも、小吉はそう返す。

 

その様子に、黒服は小さく息を吐きながら、まぁいいでしょう、と言葉を区切り、話を続ける。

 

「貴方を過小評価するものもいますが、私は違います。……まず、はっきりさせておきましょう。私たちは、貴方と敵対するつもりはありません。むしろ、……いえ、今はいいでしょう。私たちの計画において、貴方は必ず障害になると考えています」

 

「……そこまで考えていても、なお、か?」

 

「えぇ、貴方の存在を考えれば、いずれ、貴方とは戦うことになる。……ですが、その絶対的な敵対の前に、貴方と敵対することは避けたいのですよ。少なくとも、私個人としては」

 

「随分と、俺を評価してるみたいだが……。お前は、いや、お前たちはいったい何者なんだ?」

 

小吉は、黒服の言動に困惑すら覚えていた。

小吉は、眼の前の男を知らない。だが、彼からは、明らかに、自分のことを知っていて、そして、警戒している

単なる情報として知っているのではない、何か別の生の自分のことを。

 

故に、小吉は男に問いかける。

 

「おっと、……自己紹介がまだでしたね。私たちはあなたと同じ、キヴォトスの外部の者……。ですが、貴方とはまた違った領域の存在です」

 

「だろうな……」

 

少なくとも、こんな姿の存在を、小吉は知らない。

 

「適切な名前がありましたので、今はそれを拝借して使っております。私たちのことはどうか『ゲマトリア』とお呼びください。そして私のことは……『黒服』とでも。この名前が存外気に入っていましてね」

 

「……お前たちの目的はなんだ」

 

「私たちは、観察者であり、探究者であり、研究者です。この世界において、『不可解な存在』と考えていただいて問題ございません。一応お聞きしますが、私たちと協力するつもりはありませんか?」

 

「断る」

 

「くくっ……えぇ、そうでしょう。あなたならそう答えるでしょう」

 

小吉のその返答に、黒服は満足げに笑う。

 

「……俺はホシノを返してもらいたいだけだ」

 

「貴方の行動に正当性がないことはお気づきですか?小町小吉先生。今のあなたに一体何の権利があってそのような要求をされているのでしょう。彼女はもう、アビドスの生徒ではありません。届け出を確認されていないのですか?」

 

「いや、届け出は確認した。最初の一文から、最後の一文まで。……内容はな」

 

「……なるほど、あの時カイザー理事が動揺したのはそういうことですか」

 

「あぁ、……アビドス対策委員会において顧問である俺がサインをしていない。アビドスの委員会はホシノを除いて存在していないが、生徒会長からのサインもない以上、ホシノの退学は学校の責任者の誰も許可を出していないものだ。だから、彼女は俺達廃校対策委員会の仲間で、アビドスの副生徒会長で、俺の生徒だ」

 

その言葉に、黒服は顎をさすり、だが、しかし、納得したのか手を体の前に組み直す。

 

「……理解しました。貴方が『先生』である以上、担当生徒の去就には貴方のサインが必要。……そういうことですか。なるほど、……学校の生徒、そして先生……。中々に厄介な概念ですね」

 

「お前らはあいつらを騙して、心を踏みにじり、その苦しみを利用した」

 

「えぇ。確かにおっしゃる通り、私たちは自分たちの利益を優先しました。それを否定はしません。私たちの行動は、人間社会においてはきっと悪でしょう。しかし、あくまで法の範疇。そこは誤解しないでいただきましょうか」

 

黒服はただ淡々と事実を口にする。

アビドスの砂嵐を引き起こしたわけでもない。

自分たちは、その機会を利用しただけだ。と。

 

そう、そして、そのことに関しては、反論の余地もなく正論だ。

 

悪辣ではあったのだろう。だが、条件に嘘を混ぜたわけでもなく、ただ、アビドスの少女たちが手を取ってしまった。それだけ。

 

自分がやらなくとも他の誰かがやったであろうことであり、こんなことは、大人の社会ではごくありふれたことだ、と。

 

「だから、……アビドスから手を引いていただけないでしょうか、小町小吉先生」

 

「何?」

 

「小鳥遊ホシノさえ諦めていただければ、あの学校については守って差し上げましょう。カイザーPMCのことも、私たちの方で解決いたします。そうすれば、彼女たちもどうにか、アビドス高等学校に通い続けることができるはずです。そして、これはあのホシノさんも望んでいることのはず。いかがですか?」

 

「断る」

 

「……何故ですか。貴方にはもう、戦う手段など……いえ、少なくとも、今のカイザーとの状況を覆せるほどの戦力は……」

 

そういう男の前で、小吉は二つの武装を取り出した。

 

カイザーとの戦いで取り出そうとした『銃』と、そして、一枚の『カード』。

 

「……確かにそれは、貴方だけの武器でしょう。しかし、……どちらも使えば使うほど、削られていくはずです。貴方の生が、そして時間が。違いますか?ですから、その武器はしまっておいてください。小町小吉先生。貴方にも……貴方のことを思ってくれている人が多くいる。違いますか?あの子たちよりも、もっと大事なことに使うべきです……などといって、貴方の考えを曲げられるとは、思っていません」

 

ですが、……と、区切り、男は再び、小吉に言葉をぶつける。

 

「一つ聞かせてほしい、彼女たちをそこまでして救う。それは、何のためなのですか?」

 

「あいつらの苦しみに対して、責任を取る大人が誰もいなかったからだ」

 

「だから、貴女が責任を取るとでも?貴方はあの子たちの保護者でも、家族でもありません。貴方にとって彼女たちは、ただの他人でしょう」

 

「なんだ、俺のことをよく知ってる割りに、そのあたりは分からねぇのか?……それが、今の俺がやるべきことだからだよ」

 

その言葉を聞いて、黒服は一つ息を吐く。

大きな大きな、ため息を。

 

そして、息を吐き切った後、小吉を見据え静かに言った。

 

「そのような存在でなければ、貴方はこのキヴォトスの支配者にもなれたというのに」

 

「なってどうすんだよ。お前は知ってるんだろ?黒服。俺なんかがそんなの手に入れたって、裏切りが多発して沈むだけだ」

 

「……。いいでしょう。私との交渉は決裂です。……しかし、そうですね。貴方の言う通り、確かに、私にあの子に手を出す権利はない。契約は無効でしょう。……彼女はアビドス砂漠のPMC基地。その中の実験室にいます。『ミメシス』で観測した神秘の裏側、……すなわち恐怖を、生きている生徒相手にも適用することができるか。そんな実験を始めるつもりです。そう、彼女を実験体にして。もしも、それでもだめだったのならばあの狼の神に……と思っていましたが……貴方がいるのであれば、手は出せない」

 

黒服が視線を向けた時、既に小吉の手には『銃』が握られていた。

 

それを行使されれば、いくら自分であれど、命が危うい。

その自覚があったからこそ、黒服は、またため息を吐く。

 

「……精々頑張って彼女を助けるといい。微力ながら、幸運を祈ります。……私たちゲマトリアは、いつも貴方のことを見ていますよ」

 

その言葉を言い終わると、小吉は『銃』をホルスターへと戻し、エレベーターへと乗り込む。

 

エレベーターの扉が閉まる時、こちらを見る黒服の口元に浮かんだ笑みが、妙に小吉の頭から離れなかった。

 

「くそ、思ったより時間喰っちまったな……?明かりが付いてる……?」

 

時間は十一時を回り、既にアビドスを発ちシャーレへと戻る交通手段はなくなってしまった。

仕方なくアビドスで一夜を過ごそうとしていた小吉の目に、明かりのともった委員会室が見えた。

 

「おかえり先生」

 

そこにいたのは、アビドスの生徒たち。

疲れ切った小吉のことを、温かく迎えてくれる。

 

何かをしたわけではないのだろう。だが、それでもこんな場所で身が休まるとは思えない。

 

「休んでろっていったんだけどな」

 

「ん、あんな状態で、一人で休めるはずがない。だから、皆ここで、……先生を待つつもりだった。こんな時間に再開するのは予想外……。でも、何か掴んだ顔してる」

 

「おう、夜遅くまで、頑張った甲斐があったよ……。シロコ、ノノミ、セリカ、アヤネ。……ホシノを助けに行くぞ」

 

連れ戻して、そのあとは、……ちゃんと叱ってやろう。

 

小吉の言葉にアビドスの生徒たちは、おー!、っと、拳を突き上げた。

 

 

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