シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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三十六話

「……」

 

カイザー基地の実験施設。

そこでは、ホシノが絶望に伏していた。

 

つい、先ほどまで。

アビドスの助けに、彼女は希望を持っていた。

 

カイザーがホシノの心を折ろうと、アビドスでの戦いを見せられていたのだ。

 

……だが、彼の語った先生の、小町小吉の真実を知った結果。

彼女の心は、今まで以上に、揺れ動いていた。

 

「……ククク、どうかしましたか?ホシノさん」

 

「……くろ、ふく……」

 

そんな状況の彼女の前に現れたのはゲマトリアの黒服であった。

 

「えぇ、貴女にお別れを。私はあなたから手を引くこととなりました。小町小吉先生との敵対は、可能な限りしたくありませんので。勿論、わざわざあなたを解放することはありませんが」

 

「……お前は、先生の、あの人のことを、知ってるの?」

 

「……えぇ、知っていますとも。ここでの彼も、ここに来る前の彼も」

 

奇怪な笑い声を漏らしながら、黒服はホシノへと視線を送る。

 

「それで、何が聞きたいのですか?互いの行き違いもあったとはいえ、貴女をこのような目に合わせているのです。非礼の詫び、とでもいいましょうか。それくらいは教えましょう」

 

「……小町、……先生は……人殺しなの?」

 

その声は、静かに彼女を捕えた部屋の中に響いた。

 

 

一方、トリニティ総合学園では、小さな波乱が巻き起こっていた。

 

「まさか、こうまで大胆な動きをされる方だったとは、少し侮っていましたね」

 

「も、申し訳ありません!ナギサ様!」

 

「あぁ、気にしないでください。それよりも、席の準備と案内をお願いします」

 

その波乱の場所とは、……トリニティ総合学園の生徒会。

ティーパーティの茶会室。

 

アビドスとカイザーの確執については、ティーパーティーの現首長桐藤ナギサは彼女にとって大事な後輩。阿慈谷ヒフミからの報告の前後の調べでおおよそ見当はついていた。

 

そして、昨日行われたアビドスへの大規模侵攻。

 

当然こちらも、彼女たちは把握していた。

 

故に、彼女も、また、小吉がトリニティの力を借りに来ることを想定していた一人だ。

 

なにせ、彼には、友好的な繋がりがあった。

正義実現委員会副委員長、羽川ハスミ。

 

あるいは、報告を上げてくれたヒフミもそうだ。

 

彼がシャーレに就任して以降、アビドスに継続して通っている以上、これほど大きく、そして友好的な関係を築けている地区は、現在のシャーレにはない。

 

「まさか、先にゲヘナの方と接触していて、その上、あの空崎ヒナさんを連れてくるとは……想定外でしたね」

 

勿論、可能性がないわけではなかった。

 

便利屋68、およびゲヘナ風紀委員会との接触をナギサとて知らないわけではない。

 

だが、最初の接触先に選ぶとは思わなかった。

なにせ、どちらもその接触は敵対的なもの。

 

交友を深めるタイミングもなかったはずだ。

 

「これは、練り直しが必要ですね」

 

ナギサは、ため息を漏らしながら、ちらりと手元の書類を見る。

 

それは、元々、先生が彼女の元を訪れた時にトリニティ側から派遣する予定だった戦力図。

最低限。しかし、相手に感謝される。

 

まさに、近い将来、シャーレとトリニティの間に友好関係を築く際に最も調和の取れていたはずだった派兵戦力。

 

どうやっても、見劣りする戦力だ。

 

特に、彼女、空崎ヒナと比べれば。あるいは、戦力としてカウントすることもできないかもしれない。

 

ならば、こちらも、彼女に見合う戦力を用意すべきだろうか?

そう逡巡し……その思考を取り止める。

 

無為に張り合う必要はない。そもそも、求められているものがそれであるかはわからないのだ。

 

そして、そこまで考えてふと、不自然なことに気が付く。

 

アビドス高等学校。

彼女たちに足りないものはなにか。

 

ティーパーティーの諜報で確認した限り超少人数。そして、現在。最大の戦力である小鳥遊ホシノを失っている。

便利屋68。いや、ニュートンの戦力を取り入れる可能性は高いだろう。

そこに空崎ヒナを入れる。ゲヘナとの協力関係を結んだという考えは間違いなく正しい。

 

「では、なぜ、トリニティへ?」

 

風紀委員会はキヴォトスにおいて最強の組織である。

それは、空崎ヒナによるものが大きいのは間違いない。

だが、そうであったとしてもそれ以上に無視できないのがその人数。

 

流石マンモス校なだけあり、キヴォトスにおいて戦闘組織としてみた彼女たちを上回る人数を用意できる学園はそうそうない。

 

そんな学園と協力を結んでいるのであれば、わざわざトリニティに来る必要はないだろう。

 

「……何かの意図を感じます。このやり口は、……ヒナさんのものではない。では、先生……?いえ。ヒフミさんから伺った印象とはズレがあります……。なら……」

 

脳裏に浮かぶのはゲヘナ万魔殿の議長。

互いの関係が悪化さえしかねないこの策。

 

だが、エデン条約を締結に動いているナギサ相手であれば、この一手は強烈に効く。

 

中途半端な行いなどできない。

そして、……この策によって、彼らがトリニティに要求しているものもまた、明白になる。

 

「ゲヘナが動かせた戦力は、風紀委員会ではなくヒナさんだけ……それなら状況に説明がつきます」

 

確かに彼女の聞き及んだ限り風紀委員は大打撃を便利屋に与えられていた。

キヴォトスにおいて、大抵のケガは寝て起きれば治っているものだが、それでも傷ついた戦力をカイザーほどの企業にあてたくはない。

 

しかも、彼女たちに打撃を与えた当人がいるのならばなおさらだ。

 

そして何より、それならば合点がいく。

 

目的が救出であり、そして、正面からの戦いが必要であるのならば、決戦兵力以上に、敵の主要でない戦力を削れる小回りの利かずとも純粋な面の制圧に向いた戦力が。

 

「なら……丁度……。ふふ、これなら、問題はありませんね。あとは……」

 

先手はゲヘナにとられた。現状での彼女たち以上の信頼の獲得は現段階では難しいだろう。

しかし、負けてはいられない。

 

「ヒフミさん、お願いがあります。引き受けていただけますか?」

 

強大な戦力を送れないのであれば、より派手な方法で先生に印象をつけてしまいましょう。

 

ナギサは、そんなことを考えながら『明日の砲撃演習の予定地』を書き換えるのであった。

 

 

「さて、準備はいいかしら」

 

「ん。装備はカイザーの本拠地を探る時に用意したのがあるから」

 

小吉とヒナがトリニティと協力を取り付けているころ、便利屋メンバーは、アビドスと合流していた。

 

「……ところで、本当にいいの?」

 

「?どのこと」

 

「……全部。賠償のことも、今回のことも。便利屋には何の得がない」

 

シロコは、そのことをずっと気にしていた。

全員が損をする。とか、そういうのではない。

 

今の状態は、便利屋だけが損をしている。

 

確かに、便利屋68はアビドスを攻撃した。

そして、風紀委員とアビドスで事を構え、街並みをめちゃくちゃにした。

 

それは、間違いない。

 

だが、それでも、一億を渡されたからという理由だけで動くには、あまりにも薄すぎる。

 

「……そうね、まぁ、あなた達を助けたところで得になることなんてほとんどないわ。弾薬費……、は、まぁシャーレが出してくれるっていってたから、法外な方法でもしない限りは、そういう面での負担はないけれど。それにしたって、今の私たちなら別段気にする必要もないもの。貴女が言う通り、この案件はただの損な案件なのは間違いないわ」

 

「……」

 

「でも、……なんかそれじゃあすっきりしないじゃない」

 

「……すっきり?それだけで?」

 

あら?いけない?

アルは、シロコの方を見ながら笑った。

 

「……ん。いいと思う。わかった……。なら、……アル。改めてお願い……。私たちを、助けてほしい」

 

「えぇ。ここまで来たら一蓮托生よ」

 

「……ところで、ムツキたちは?」

 

「ん?あぁ、明日用に足を用意してるわ。今回の作戦の肝は速攻。私たちと、先生が連れてくる追加戦力……。ゲヘナとの交渉は成功が前提だから……。多分、数十の追加戦力が加わるわね」

 

「……そんなに?義理を果たすだけなら、そんなには引き入れられないと思う」

 

少なくともシロコはそう思う。

風紀委員は少なくないダメージを受けている。

その上で、ホシノを救出することも含めて、ゲヘナには、何の得もないのだから。

 

「ま、政治の世界にはいろいろとあるのよ」

 

「……アルや先生は、分かるの?」

 

「私はちょっとだけね。でも、先生はもっと詳しくわかってると思うわ。……さて、明日までにちゃんと休んでおきなさいよ?まだ怪我治り切ってないでしょ」

 

「……ん。戦える……。次は、あんなに苦戦しない」

 

「そ、……じゃ、後は、先生たちを待ちましょう」

 

こうして、夜は更けていく。

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