シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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三十九話

「……」

 

その場を包む空気は、異常なまでに重たかった。

 

いや、……だが、これも当然のことだろう。

 

今まで、彼女たちは、彼を、先生を。

これまで自分たちを導いてくれた、小町小吉という男を信頼しきっていた。

だが、そんな彼が、自身の手を、血で汚れてると言い切ったのだ。

 

それを、嘘だと。否定したい。

その場にいる少女たち全員が抱いた感情であった。

 

しかし、それを否定するには、彼の動きはあまりに的確に理事の身体を穿っていた。

ロボット故に死んではいないだろう。しかし、その動きは、明らかに命を刈り取る動きであった。

 

もしも、生身の。生徒である自分たちにその力が向けられていたら。

待ち受けていたのは、最悪の状況であったのかもしれない。

 

 

『は~い、先生たち?聞こえる?目的の子は助けた出せた?』

 

そんな、誰もしゃべることすらできなかった空気を、一つの音声が切り裂いた。

 

「……放送?」

 

「この声は、ムツキか?」

 

基地の中で響く声は、便利屋68のムツキのもの。

本来であれば、基地の前で暴れているはずの彼女の声がスピーカーから流れてきたことに、その場の全員は疑問を持つ。

 

『あー、説明は後々。委員長ちゃん確保できたなら、早く脱出して~?ここの基地、しばらく使えないようにするから、あ、メガネちゃん。逃げるのに遅れて巻き込まれないようにね♪』

 

それじゃ、っと。そういうと、ぶつん、っとスピーカーからの音声は途切れ、直後に、施設を揺らすほどの爆発が起き始める。

 

「っ、くそ。動きが速いな!……すまないが、皆。話は後でいいか」

 

「待って!!……先生、一つだけ聞かせて」

 

天井から、僅かに落ちてくる石くれを見て避難を行おうとする小吉の腕を、ホシノが、掴んで。

かすれた声で、彼へと問いかける。

 

「……わかった」

 

危機的な状況だ。一刻も早く避難しなくてはいけない。

だが、暗く沈んだままの彼女の声に、早く済ませろ。など、彼が言うはずもなかった。

 

これは彼自身の罪だ。男にとっては、終わったことであり、それに後悔がないと言えばウソではない。

 

「……先生は、どうして先生になったの?」

 

穢れた経歴だと、嗤った男の顔すら蘇る。

父の未来は自分のせいで閉ざされただろう。母もきっと苦労したはずだ。

自身のことを親不孝者だと、そう思ってもいる。

 

「……一つは、俺に助けを求めた子がいたことだ。連邦生徒会長。キヴォトスの外へのSOSなんて、よほどのことがない限り起きない。……っていっても、これは俺のダチからの受け売りだ。でも、助けたいと思った。これが一つだ」

 

「……じゃあ、もう一つは?先生自身は、どうしてなりたいと思ったの?」

 

そういわれ、目を瞑って、彼は遺された言葉を思い出す。

 

「……俺を先生に。って聞いて、思い出したんだ。俺の大事な人が残した、ちょっとした言葉を」

 

「なにそれ。絶対、ちょっとしたことじゃないでしょ」

 

そう、……ちょっとした言葉など、ほかの人間が言えるはずがない。

事情を知らない人間でも彼の表情を見ればわかった。

 

それは、遺言。

 

いつか、火星で戦った時に思い出した、『彼女』の言葉。

 

あぁ、そうだ。それが、ちょっとした言葉であるはずがない。

だからこそ、男は今、この場に立っている。

 

「……さっきも言ったが。俺は手を汚したことがある。それでも、ホシノ。お前は、俺が先生をやっていいと思うか?」

 

その言葉に、ホシノは、小さくため息をついた。

失望でも、呆れでもない。ただ優しい、ため息を。

 

「分かってなかったの?……、先生はもう、私たちの先生でしょ。立場が、ってことじゃなくてさ。アビドスに来てから今日までの日まで。私を、みんなを導いてくれた……。大切な先生」

 

「……うん、そうだった。先生は……、ずっと、私たちのことを助けてくれた。……だから、先生がどれだけの罪を負っていても。私たちの先生に変わりない」

 

もう、彼女たちの間に、先ほどまでの沈黙の空気はない。

誰の中にも、もう迷いはなかった。

 

「……ありがとう。ホシノ、皆。……よし!逃げるぞ!このままじゃムツキに生き埋めにされかねないしな」

 

「はーい、もう、先生ってば。慌ただしいんだから」

 

ホシノの発言に、みんなが笑みをこぼし、そして、走り始める。

小吉も、そのあとを追おうと一歩踏み出した時であった。

後ろから、かすれた声が届く。

 

「……くそ、小町、小吉……!!」

 

「っと、忘れるところだった。お前も外までは一緒だ。そのあとは、お前の部下に何とかしてもらえ」

 

男の体は、手足のパーツがもげたおかげで随分とコンパクトにはなったがそれでも数百キロはある。

だが、幸いなことに小吉の人為変態はまだ継続していた。

 

彼は、そのまま男を担ぎ上げると、改めて、生徒たちの後を追った。

 

 

 

「先生。お疲れ様」

 

「要件は……済んだみたいね」

 

外へと脱出を果たした小吉は、少しだけ、足音を消しながらアビドスの面々から距離をとった。

先ほどは、自分のせいで、空気を乱してしまった。今は、再会の喜びを、あの仲間たちで分かち合うべきだ、と。

 

そしてもう一つは、自分がまきこんでしまった功労者への労いが必要だと判断したからだ。

 

そこに待っていたのは車両に体を預けて休んでいるヒナとアル。

二人とも、目に見える範囲で怪我はなさそうであった。

 

「二人もな。便利屋は前から助けられていたが、ヒナも、今日は俺達に協力してくれてありがとう。本当に助かったよ」

 

外から響いていた方の爆発音は、随分前から止んでいた。

恐らく、彼女たちの戦闘は、アビドスの面々がホシノのいる部屋へと進む頃には終わっていたのだろう。

撃破されたカイザーの戦力は、既に基地の隅っこの方に横たえられていた。

 

「せ、先生。おつかれさ……!?な、な、なんですか!?その格好!」

 

「おう、お疲れさん。ヒフミ……あぁ、これか。どうだ?先生の戦闘モードってやつだ。カッコいいだろ」

 

そこに、トリニティの砲撃部隊を預けられていたのであろうヒフミがやってきて、小吉の今の姿に驚く。

戦闘は終わったが、それでもまだ理事を引きずっているため、肉体が緊張状態になっているからか。

 

あるいは、かつての戦いにおいて、薬を使いすぎた副作用か。

彼の肉体の変異は、以前よりも長く、そして、力も引き出しやすくなっていた。

少なくとも、オーバードーズをしなくとも、牙や針の出し入れがしやすくなっている。

 

そして、……そんな風に口を開けて驚いているヒフミとは違い、ゲヘナ生の二人は冷静に彼の体を見ていた。

 

「バグズ手術……。外の世界の技術、聞いたことはあるけれど凄いのね」

 

「……ロボット兵士の体重は、通常の人間の五倍以上……、私たちでも運ぶの大変なのに……」

 

「……二人は知ってたのか?手術のことを」

 

小吉は、そういいながら自身の人為変態が解除され始めた腕を示す。

それに対してヒナとアルは小さく頷いて答える。

 

「キヴォトスにおいて、外の世界のことをよく知っている子は少ない。その上で、先生としてのあなたではなく、火星からの生還者としての小町小吉という人間を知っている人間なら、その知識はあると思ったほうがいい。特にゲヘナにはそれなりの人数が貴方の活躍を認知しているわ。特に、三年生に多く、ね」

 

「それはそうと、便利屋では、ニュートンの私とカヨコも知ってるわ。ただ、流石に、実物を見たのは初めて。多分、ほかのゲヘナ生も、ほかの学生もそうね。手術の情報が流れてないのと、肝要になるモザイクオーガンがこっちにはないから」

 

「そりゃそうか。テラフォーマーはこっちには来てないんだもんな……」

 

未だに彼らがはびこる地球とは違い、キヴォトスの出入りは厳重である。

それ故に、火星ゴキブリたちはキヴォトスへと侵入することができなかった。

 

しかし、それは彼女たちが、バグズ、モザイクオーガンオペレーションを含めた、モザイクオーガンを利用した技術の進歩の影響を受けていない。ということにもなる。

 

見ることができないのも無理はない。

 

「あ、あの……私は、知らないんですが……」

 

そして、そんな話をしていると、当然置いてけぼりになってしまうヒフミ。

トリニティの一般生徒である彼女が、外の情報に疎いのは当然のことであった。

 

「っと、悪かったな。さっきの姿は、バグズ手術っていうのは、人間の身体能力を強化して、その上で昆虫の特殊な力を人間が使えるようにする力だ。一人一種が原則で俺は、さっきの見てればわかる通り、オオスズメバチだな」

 

「蜂さん……、ですか?」

 

「改めて聞くと、正直な話目立ったところのない生物ね。バグズ手術は昆虫の個性を人間に持たせること……。あの姿を見る限り、羽が出たりはしないのよね?武器が増えるだけって、少し地味じゃないかしら」

 

アルの指摘に、小吉は笑う。

 

「まぁ、確かに、ほかの昆虫みたいなこれといった特殊能力はねぇかもな。あ、羽は一定条件で出せるぞ」

 

「とはいえ、手術の力は人体をベースにしたもの。……性能を画一化させる狙いのあるロボットたちと比較すると、個人の力を計算しなければいけない。……例え、それがどれだけ特殊な能力に乏しい生き物でも、その人間が強ければ、強くなる……。マコトの調べではそうなっていた……。そして、実際そうなんだ、というのもなんとなくわかった」

 

少なくとも、上位の生徒と比べれば、ロボットは強力な戦力ではないとはいえ、これほどの損壊を与えるような相手を敵として相手取りたくない。

もとよりそんなつもりはないものの、彼の実力を理解しているヒナとアルの意見は、その点において完全に一致していた。

 

「さて、……それじゃあ。もう一つの要件果たすか。アル、そっちの方は大丈夫だったか?」

 

「えぇ、心配いらないわ。ヒナ、それにヒフミはいま、トリニティとして来てるわよね?二人も、保証人としてちょっとついてきてくれる?」

 

「?保証人?」

 

「い、いいですけれど……何をするんですか」

 

「あぁ、……。借金の返済だ。ホシノ、アヤネ、ちょっとこっちに来てくれ」

 

まだ、彼女たちも、再会を喜んでいる最中だが、やらなければならないことが、まだあった。

 

 

 

「くそっ……、何だ、お前たち、まだ用があるというのか!」

 

壁に立てかけられた理事は、そう悪態をつく。

 

「そういうわけにもいかねぇんだよ。アル。例のものを」

 

「えぇ。ここに、十億円あるわ。アビドス高等学校の代理として、便利屋68が、彼女たちの借金を返金する。端数はなんとでもしなさい」

 

「……は?」「うへ?」

 

ここにきて、アルと小吉の発言に困惑の声を漏らしたのは……理事とホシノの二人だけである。

 

「ちょっと待ってよ便利屋ちゃん。私たちは不正な手段でお金を返す気もな……」

 

「じゃ、あなたが私に返せばいいわ。無利息、無担保で待っててあげる」

 

「そ、そういう問題じゃ……」

 

困惑するホシノは、辺りを見回す。

小吉もだが、アビドスの面々が、だれも止める気がないあたり、彼女たちの間では話し合いが終わっているということも、本気だということが分かる。

助けを求めて、ホシノはシロコへと追いすがる。

 

「ん、ホシノ先輩」

 

「シロコちゃんもなんとかいってよ」

 

そういうホシノに対して、シロコは頷いて、言葉を吐き出す。

 

「カイザーとの縁切りはどちらにしても必要。今回みたいなことは未然に防がないといけないし、便利屋との文書でのやり取りは、先生を交えて事前に済ませてる。少なくとも、これ以上の悪化もないし、利用されることもない」

 

ぐうの音も出なかった。

なにせ、ホシノのことも、カイザーが追い詰めた結果なされているのだ。

 

「べ、便利屋ちゃんだって困るでしょ!?元々百年以上かけての返済計画なんだよ?というか、十億なんて大金どうやって……」

 

「カジノで手に入れたわ。それに、別に、今、アビドスに十億貸したところで今の便利屋は金銭的な問題は起きない……。詳しい契約については後日、改めて先生を交えて話すべきだとおもうけれど……。実際、借金の状態の健全化が大事なのは、今回の件であなただって身をもってわかってるでしょう?」

 

「うへー……、そ、それはそうなんだけど……。の、ノノミちゃん、みんなが正論しか言わないんだけど!おじさんどうしたらいいの!」

 

逃げ道はない。

いや、元をたどれば彼女が招いた結果なのだが。

 

「うーん、そうですね……、あきらめましょう♪」

 

「まぁ、観念しとけ。ホシノ」

 

当然、この状況では、ノノミも、そして、先生も含めて、味方など居るはずもない。

今回の、事件の起こりから考えて、彼女にとっては、正に身から出た錆。

 

彼女の覚悟が決まり、カイザーとの間の借金が返済されるまで、そう時間はかからなかった。

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