シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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幕間
四十二話


「よし、ついたな」

 

ユウカの協力もあり、シャーレにたまった書類仕事もその日のうちに終わり、トラブルもなく久しぶりの休暇を満喫した後、小吉はアビドスの事件で協力してもらった生徒たちに礼を言うためにゲヘナへと訪れていた。

 

「お待ちしていました。先生」

 

学園の前で小吉を待っていたのは風紀委員の腕章をつけた青髪の少女。

 

「あぁ。えぇっと、君は確か……」

 

「天雨アコです。……アビドスでは風紀委員の指揮を執っていました」

 

改めて謝罪を。といって、アコは頭を下げる。

 

「……気にしなくていい。俺も、ニュートンの脅威はよく知っているし、そのためならどんな手段も……っていうのを、肯定するとまではさすがに言わないが……。それでも、気持ちはわからなくはない。実際、ヒナがアビドスの子たちにも謝ってくれてたし、アビドスの子も納得してくれた。だから、その件に関してはそれで終わりだ」

 

「……ありがとうございます。それでは、ヒナ委員長の所へとご案内します」

 

「あぁ……ところで、一つ……聞いていいか?」

 

移動。その前に一つ。

小吉は彼女にどうしても聞きたいことがあった。

 

「はい?なんでしょうか?」

 

「……それは、制服でいいんだよな?」

 

小吉の目に映ったのは、胸の横部分が明らかにはみ出た衣服。どうみても、風紀を乱しているそれを着用しているのは、趣味か、あるいは、そういう規則なのか。だが、彼が対峙した風紀の少女たちの服装は、確かこんな過激でないような記憶もある。

 

セクハラにならないように、考えながら発言した小吉に対して、アコは怪訝そうな顔で首を傾げ、頷くのであった。

 

 

「よう、ヒナ。時間を作ってくれてありがとう。……二日ぶりだな」

 

「えぇ。先生、……少し前より顔色がよさそうね」

 

「アビドスでの仕事は結構激務だったからな。一昨日、書類仕事を生徒に手伝ってもらって、昨日は丸一日休ませてもらったからな」

 

通された来賓室で待っていたのはヒナであった。

表情からはうかがい知れないが、少なくとも、その顔色はいいものではない様子であった。

 

「……そっちは、そうじゃなさそうだな」

 

「気にしないで、いつものことだから」

 

実際、彼女にとってはいつものことであった。

二日、三日の徹夜は当たり前。

 

ゲヘナには問題児が多く、また、風紀委員に書類業務を担当できるものが少ない。

そして、その書類業務ができる一人も今は便利屋への監視という形で風紀委員から離脱している。

 

結果として、チナツの離脱後、書類業務の出来る者たちの負担は、一気に増えている。

それこそ、前線から仕事から下げて、彼女たちに、現在その書類の整理に集中させていてもなお仕事が残っているほどに。

その仕事量は、ヒナもアビドスから帰って、すぐに書類仕事に従事しなければならないほどであった。

 

それ等の問題の原因。

便利屋68……。というよりも、陸八魔アルの覚醒も大きい。

 

あの事件がきっかけで、一部生徒の復帰が遅れている。

 

それだけでも、風紀委員会にとっては頭が痛いことではあったが、彼女たちは、急速な勢力の拡大を始めている。

 

彼女たちには今、あらゆるものがあるといっていい。

 

カジノで得た『金銭』、カイザーを相手に立ち回った『実績』、そして何より、ニュートンという名の『頭』。

 

それらが合わさり今の便利屋は裏、表問わずに、勢力を広げている。

 

社員こそチナツ、アビドスを含めてもようやく十人の規模であるため小さい。そのうえ、アビドスに回せる仕事はクリーンなものと限定されてはいるが、それでもなお、陸八魔アルがキヴォトスで頭角を現すのには、そう時間はかからないことは、ゲヘナ側でも認識していた。

 

「アルたちの現状がそんなことになってるとはな……まだ別れて三日しかたっていねぇのに」

 

「えぇ、ゲヘナには問題児が多いけれど。それでも、将来的に彼女たちの存在ほどに問題になる子はいないと断言できる」

 

「……」

 

小吉が思い出すのは、外の世界のこと。

外の世界のニュートンのことだ。

 

身体能力、地位、頭脳。そして、国と比較できるほどの莫大な金銭は彼らの力であった。

 

アル自身の戦闘能力は、ホシノ、ヒナであれば単独で抑えられたことを考えると……。

勿論、外とキヴォトスでの戦闘力を、ただそれだけで図ることはできないが。

 

それでも、外で、頂点に近い戦力を三人ブチあてなければならなかった、外のニュートンと比べれば、相対的に絶対的な力ではない。と、恐らくそういっていい。

 

「……。あるいは、まだ、成長の段階を残しているか」

 

「そう。少なくとも今のアルは、私単独で対処できる程度ではある。少なくとも、過去に活動していたニュートンよりは、まだ、安全なはずよ」

 

「過去、か……」

 

それはそうだ。

ニュートンが行っていたのは、人間の品種改良。

 

仮に、キヴォトス内部でも、同じように、品種改良を行っていた血族であるとするのならば、それは突如としてあらわれるわけではなく、昔から続いていたはずである。

ならば、過去にニュートンの被害があったと考えるのは妥当であった。

 

「とはいえ、ゲヘナの諜報力をもってしても、表立って分かっているのは、残念だけれど陸八魔の一族だけ。そしてその陸八魔の一族もアルを除けば、数年前に姿を消して以降行方知れず……」

 

「……なら、アルに聞いてみたらいいんじゃないか?」

 

「それは入学時にやったわ。あの頃はもうちょっと素直だったから、普通に応じてくれた。もっとも、成果は上がらなかったけれど」

 

「……どういうことだ?」

 

「記憶に処理を受けていたみたい」

 

「SF映画かよ……」

 

それを聞いて、小吉はますますわからなくなった。

 

「……先生。先生も知っていると思うけれど、ニュートンは金銭に任せて先端の技術を使っていたわ」

 

「あぁ。そうだなそれが、どうしたんだ?」

 

外の世界。彼らは、SFでしか聞かないような専用の船を用意していた。

それ以外にも、彼らしか実用できないようなものを彼らは持っていたことだろう。

だが、それでも、あくまで既存技術でできるものを、莫大な資産と人員を使うことで実現していただけだ。

 

「……。既存技術なの。キヴォトスでは、ミレニアムの最先端技術の一つに、記憶に関するものがあるわ」

 

「……つまり」

 

「アルは幼少期に記憶を弄られている可能性がある。彼女は、自分が陸八魔家の娘である、というのは分かっていたし、知能に関しては問題はなかった。それに、ニュートンであるという自覚もあったけれど、それでも、ニュートンに関しての詳しい掘り下げはできなかった。例えば、誰が親戚だとか」

 

「……単純に覚えていないって可能性は?」

 

キヴォトスにおいてニュートンの生き残りが少数、最悪アル以外にはいない可能性も理解したが。

それはつまり、アルの両親含め、アルが幼いころにいなくなってアルが覚えていないだけ……。

と、そんな可能性だってあるのではないか?

 

「先生。……覚醒は、近日だったとはいえ、アルはニュートンよ。細やかなことならともかく、彼女が人の顔を忘れるとは思えない」

 

だが、ヒナは、小吉のその考えに首を横に振る。

 

ニュートンとは、そういう生き物だ。

外の時点でさえ、人類のあらゆる能力を取捨選択し、最高の存在に仕上げた。

 

故に、記憶を失うなど通常はあり得ず、例え、幼かったとしても、物心ついたころの記憶ぐらい、覚えていないはずがないのだ。

 

人間という種族は、子供のころの記憶であってもしっかり思い出せるものがいるのだから。

 

「そういえば、ヒナ」

 

「何かしら、先生」

 

と、アルに関しての話が終わったころ、小吉はふと疑問に思ったことを口にする。

 

「ヒナたちはどれくらい俺の、というか、外のことを知ってるんだ?」

 

思い出したのはカイザー基地でのこと。

ヒナは、その態度からわかる通り、小吉の来歴を知っていた。

 

そして、手術のことも。

 

「そうね。まず、前提として、外のことを知っている、という子はこれからも出会うと思うけど、……外のことを細部まで知っている子は限られてるわ。情報に関して秀でた子でも知っているのは、先生が地球を救ったことがある。みたいな大雑把な認識のはず。キヴォトスの人間はそれくらい外の世界に無頓着だから。例えるなら……遠い国で起きた戦争の話、みたいなものよ。その上で、……少なくとも、私とマコトは、先生の活躍の細部まで知っている。といっても、表で語られる範囲程度だけれど。多分、キヴォトス内だと……数人、いるかどうかじゃないかしら」

 

「そこまで減るのか……」

 

キヴォトスの人口を詳しく知っているわけではないが、それでも、数千の学校があるのがキヴォトスだ。

そこの人口が学生だけであっても、数十万、あるいは数百万といても、おかしくはないだろう。

 

「そんなものよ。遠い国の今なんて」

 

だが、そう言われてしまえば、小吉は納得するほかなかった。

 

小吉も、外の世界で多くの国の人間と接したが、結局、彼らの秘めた事情を、どれほどくんでやれただろうか。

そう、後悔することも、少なくはない。

 

「そういえば、せんせ―――――――――」

 

そんな風にヒナが何か切り出そうとした、正にその時であった。

ジリリリリ。と、けたたましい音が、部屋に鳴り響く。

 

「……ごめんなさい、先生」

 

「気にしなくていいよ。組織の長っていうのは、そんなもんだろ?」

 

小吉に促され、ヒナは電話に出る。

 

電話先が誰かは分からないが、それでも、彼女の機嫌は分かった。

 

彼女の背中の翼が明らかにしょんぼりといった風に垂れ下がったから。

 

電話そのものは、短く終わった。

ガチャリと受話器を置いたヒナは、少しだけうなだれると小吉へと歩み寄る。

 

「……ごめんなさい、先生。本当はこのままゲヘナを案内したかったのだけれど……」

 

「いいさ。こっちこそ、時間を作ってくれてありがとな」

 

仕事が、と言い出せないヒナに、小吉はそういって席を立つ。

 

「今日はいろいろ参考になった、こっちでも。アルたちのことに関しては考えてみる」

 

「えぇ……。先生」

 

立ち去ろうとした小吉の背中に、声をかける。

 

「ん?」

 

「……また、来てくれるかしら」

 

「おう。当たり前だろ。いつでも、連絡をくれ、必ず力になるよ」

 

じゃあな、といって、そのまま小吉は部屋を出る。

 

「さて、……私も仕事を始めましょう。まずは美食研究会ね」

 

そういって、窓から飛び出したヒナの口元はいつもよりすこし、上がっていた。

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