シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
「来たのは二度目だが、相変わらずいい設備してるな……」
アビドスの件から二日後。
予定されていたトリニティへの挨拶の日になり、小吉はトリニティ総合学園へと足を運んだ。
改めて、外観を見れば荘厳という言葉が似合う外観だ。
白い外壁は美しく、その手前に見える校舎へと続く長い階段は、鍛えているとはいえ四十後半の小吉からしてみれば、少しだけいやになってしまうほど。
「先生、お久しぶりです」
「ハスミか。案内してくれるんだってな」
「はい。先生がいらっしゃるということで、顔を合わせたことのある私が選ばれました」
聞くところによれば、ハスミの所属する正義実現委員会は、トリニティの治安維持に努める組織で、トリニティの生徒会に当たる組織、ティーパーティの指揮下にある下部組織。
同じ顔を合わせたことのあるトリニティの生徒で考えればヒフミやスズミが送られてきてもおかしくはなかったが、ヒフミは帰宅部であり、スズミの属する組織は、ティーパーティや正義実現委員会とは独立しているらしい。
ならば、この人選は頷ける。
「先生、ではこちらへ」
ハスミの案内に従い、小吉はトリニティの中へと足を踏み入れた。
「学校の中も、こんな感じなんだな……」
前回の時は、緊急ということもあって、余裕をもって眺めることはできなかったが、改めて見れば広大な校内に立ち並ぶ建物はどこか気品を感じさせる。
その様相は、まさにお嬢様学校というようなところだ。
あまりに、自身に縁のない場所に、少しだけ居心地の悪さを感じながら、二人は歩みを……。
ドーン、と響く爆発音によって止められた。
ハスミの腰のあたりから鳴り響く、端末からの通知音。
「……先生、申し訳ありません。トラブルの解決に……」
「あぁ、事情が事情だから仕方ない。適当に誰か捕まえて向かうよ」
「失礼します……」
そういって、ハスミは急いで爆発音の方へと走っていってしまう。
「さて、……どうするかな……」
そうは言ったものの、小吉はトリニティの土地勘はない。
「ヒフミに頼んでみるか……?」
そう考えて、モモトークを送ろうとした時、少し離れたところを行く生徒の声が聞こえる。
モモフレンズ、イベント。
「……頼むのはよくないな、こりゃ」
ヒフミのペロロ好きは小吉も理解していた。
なにせ、本来であれば校則で禁じられているであろうブラックマーケットへもグッズを探しに行ってしまうくらいだ。
イベントがある、というのであれば、まず間違いなくそこに向かっているだろう。
それを邪魔するのは悪い。
そうなると、やはり生徒を探して道案内を頼むべきだろう。
「あー……。ちょっと、君、時間はいいか?」
「……?はい、大丈夫ですよ」
目に留まったのは、噴水に腰かける、桃色の髪に緑の瞳の少女であった。
「読書中だったか?」
近寄れば、彼女の手元には一冊の本がある。
ハードカバーのそれは、高級そうな印象を思わせるもので
「いえ、丁度読み終わったところです……。それで、貴方は……キヴォトスの外の方、ですね?」
「あぁ、俺は、小町小吉。こっちでは、シャーレの先生をしてるんだ」
「小町、先生?えぇ、と。私は、浦和ハナコといいます」
「ハナコか。よろしくな」
小吉は手を差し出し、ハナコは、その手をおずおずと、握り返し、握手をする。
「それで、……トリニティには、どういう要件でしょうか」
少しばかり、緊張……いや、小吉のことを窺うようにするハナコに対して、彼は笑いながら言葉を返す。
「そう警戒しないでくれ。ちょっと、目に留まったから話しかけただけで、……道を聞きたいだけなんだ」
「……、道、ですか?」
「そう。トリニティの生徒会長と話すことになってて、案内も寄こしてくれたんだけど」
そういって、彼が指さす方向をハナコが見れば、大騒ぎ。
正義実現委員会を一人の少女とやり合っているのが見える。
別段関心があるわけじゃないが、ハナコも知っていた。
確か、少し前に転校してきた少女だ。
状況は理解した。そしてハナコに断る理由もない。
なにせ、彼はただ、本当に困って道を尋ねているだけなのだから。
「分かりました、それじゃあ、こっちです」
ハナコは、そういって、小吉への道案内を始めるのだった。
少女が小吉を警戒しているのには理由があった。
それは、勿論、小吉が大柄な大人だから……。
ではない。
彼女が思っていたこと。
それは、ただ、利用されたくないという悩みからだ。
少し前の話になる。
ハナコには才能があった。
別に、どうというわけではない。
しいて言うなら、彼女はただ賢かったのだ。
一を聞いて、十を知る。
まだ一年生のころ、トリニティにおける三学年全ての試験を受け、その全てにおいて満点を取った。
その頭脳は、当然、トリニティにおいては、トップクラスであり、それを求めて、二つの組織が彼女を巻き込んだ。
結果、彼女に訪れたのは、普通とはかけ離れたトリニティの暗部ともいえる陰険な日常。
聞きたくもない情報、知りたくない情報が、彼女は何度も何度も脳へと刻みこまれた。
出来たと思った友人は、自分のことを利用するためだけに近づいた存在だった。
それが、何度も何度も、何度も何度も何度も繰り返され、少女の心に、限界が訪れた。
確かに彼女は賢かった。
だが、その実、彼女の有能さに対して向けられる悪意に耐え抜けるほどの強さは持っていない。
結局のところ、彼女は、ただの少女であった。
それを前提として、ハナコは小吉を警戒していた。
偶然を装っていたが、きっと、彼も自分を利用するつもりに違いない。と。
事実、彼女はティーパーティにおいて有効な札であった。少なくとも、彼女自身そう認識している。
なにせ、ティーパーティの数か月前のホストは、彼女と少なくない関りがあったからだ。
ティーパーティの人間に会いに行く人間が、その周辺の人間を調べていないはずがない。
「こちらが、ティーパーティの方がいらっしゃる、テラスになります」
「そうか、ありがとう。助かったよハナコ」
だから、そういって、そのまま、じゃあなと別れを告げて扉をくぐろうとする彼に対して、思わず彼女はえっ、と、声を漏らしてしまった。
「?どうかしたのか?」
「え、えっと、……」
つい、声を漏らしてしまったが、本当のことを言うのは、あまりにも失礼である。というのは、ハナコも理解している。
どうしたらいいか、普段は賢い振る舞いができる彼女は、このほんの一瞬。
普段の自分を見失っていた。
「……わ、私も同席してもいいでしょうか?」
だからこそ、そんな、普段の彼女ならまずしないような発言が飛び出したのだった。
「ようこそ、シャーレの先生……。それと、あなたは……?」
やってしまった。と思いながら。
あんな言葉を吐き出した以上は後の祭り。
お、いいのか?なんて軽い返事に乗せられて、あれよあれよと、ハナコはティーパーティのテラスにまで入ってしまった。
「あぁ、案内を買ってくれてたハスミが火急の問題があるって言ったんで、案内をしてもらったんだ」
「まぁ、それは、……ありがとうございます。たしか……。浦和ハナコさん」
びくり、と、一瞬だけ心臓が跳ねる。
名を知られている。
それはある種、当然のことであった。
なにせ、彼女は優秀なのだから。現ティーパーティのホスト。
桐藤ナギサが、ハナコのことを知らないはずもない。
そして、名を出されたことで、ナギサの後ろに控える少女たちの視線が、ハナコへと突き刺さろうとして……。
「それで、今回に関しての礼と、ほかの話もしたいんだが、かまわないか」
「……えぇ、私もシャーレの先生とはお話をしたいと思っていました。……では、最初に……」
そんな彼女への視線は、ずいと、前に出た大きな背中に阻まれた。
それを、かばってもらったのだと理解するのに、ハナコはほんの少しだけ遅れてしまった。
周囲全てが、敵に見えていた彼女にとって、誰かに守ってもらうなんてことは慣れていなかったから。
「お疲れさん。いやぁ、しかし、皆ハナコに興味津々だったな」
最初に出会った場所。
噴水に腰かけたハナコへと缶の紅茶を渡しながら、小吉は笑う。
結局のところ、彼は一度として、ハナコに対してその力を振るうことを求めなかった。
ただ、同席を頼んだハナコの無理を通して、そんな彼女を守るようにした。
それだけのことが、トリニティからの入学後数か月、精神を摩耗していったハナコにとっては、正に救いと言っていいものであった。
「……その、先生」
「ん?なんだ?」
「今日は、ありがとうございました」
「気にすんなよ。見たかったんだろ?わかるぜ。あぁいう、立ち入りを普段できないところが見てみたい気持ちは」
冗談か、本気なのか、想像はつかない。
ただ理解できるのは気を遣っているということと。
それを、ハナコにはわかってしまうが、それでも、普通の子であれば理解できないように自然と行っているということ。
限界であった少女は、このトリニティの環境の追い込まれていた。
周囲からの期待と、それと同じレベルでくわえられる悪意。
自身をめぐっての、絶え間ない派閥争い。
それこそ、耐えきれない思いを発散させるために問題を起こそうと思うほどには限界を迎えていた。
「小町先生」
「?どうした?」
もう一度、彼女は彼を呼ぶ。
今度は、肩書ではなく、彼を見て。
「……私を、シャーレの部員にしてくれませんか!」
ハナコの決意。
ただ、彼女にとって、悪意の檻でしかないこの園から飛び立つという……、勇気を持った決意。
「……?おう、よろしく頼むぜ。ハナコ」
それに対して、小吉は、僅かな疑問を持ちながらも、それを受け入れる。
「はい♪よろしくお願いします、小町先生……。それで、明日は、シャーレに向かえばいいですか?」
「あー、いや、実は、依頼が入ってるんだ。だから、そっちについてきてもらうことになるかな」
「依頼、ですか?……あぁ、確か。シャーレは問題解決をされてるんでしたよね。一体、どこから?」
「キヴォトスの三大学園の一つ……ミレニアムだ」