シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
それは、今より少しだけ昔の話。
まだ、彼女が……、『調月リオ』が、ミレニアムという学園に入学する少し前のお話だ。
彼女はある日、外の世界の戦いが終わったことを知った。
火星から来たエイリアン。
二メートルを超える、黒い人形。
強大な力の奔流に人々は襲われ悲鳴をあげ、涙を流した。
だが、そんな強大な力に対抗し、多くの友を率い戦い抜いた人間がいた。
その先頭に立った人がいた。
彼女の中の心を焦がした男がいたのだ。
それは、彼女にとって初めての感情であった。恋とは違う、何か強い感情。
些か遅いものではあったが、それでも彼女の中にその男の物語は、強く、深く根差した。
それは、ミレニアムに入学してからも変わらない。
だが、外の世界の情報を知っている人間は、ミレニアムであっても限られていた。それでも何とか、彼のことを知っている少女と出会うことはできたが、彼女とはどうにも喧嘩しがちであり、……。
そのうち、彼女と話す機会は少なくなって、物語への想いは彼女の奥へと収められた。
そして、ミレニアムの生徒会長となった今。……そんな英雄への想いは表に出すことなどあってはならない。
学校に通う生徒のために、自分にできることを、と。そんな、彼とは、真逆の―――――――物わかりのいい大人のような考えをするようになった。
「……あの人が、小町小吉、先生」
だから、彼女は彼をカメラ越しに見た時。
リオは、あの頃の事を思い出した。
彼がミレニアムに来た時。直接会えなかったのはとても残念だった。
だが、彼が動くのだから、きっと、何か起きるだろう。
何の根拠もない。そんな、合理性のかけらもない判断を下した彼女は、彼の近くにカメラを飛ばしていた。
彼らが向かったのは、以前までは連邦生徒会によって封鎖されていた、今でも立ち入りが禁止されているはずのミレニアムの管理地区内の廃工場。
そして、……そんな廃工場から出てきた彼が背負っていたのは、先ほどまでいなかったはずの少女。
「……悪い状況ね」
その存在を、彼女は知っていた。
無名の司祭。
そう呼ばれる存在によって生み出された王女と呼ばれるロボット……。
人と見紛うほどに精巧な作りの、少女と言っていい人形には似つかわしくない、文字通り、世界を破滅に導くほどの力を秘めた存在であった。
ミレニアムの生徒会であるセミナー。その会長として、彼女の存在を看過することはすべきではない。
だが……。
あの少女は今、彼の、小町小吉の下にいた。
だからこそ、彼女は介入をためらった。
彼であれば、王女と―――――――ゲーム開発部の少女たちによって、アリスと名付けられた少女のことを、なんとかできるのではないか、と。
そして、そんな彼らを助けるために、……自分にも何かできるのではないか、……と。
そんな思いを抱いた彼女は、どこへ行くのですかという声に応えることもなく、自室から飛び出していた。
それは、アリスを保護して一日。
婉曲的な表現を用いれば、衝撃的な内容が盛り込まれたゲーム開発部の作品、テイルズ・サガ・クロニクルを含め、彼女が興味を持ったゲームをプレイし、ある程度彼女がゲーム開発部に馴染んできたタイミングのことであった。
「……何とか、って。どうするつもりなんだ。モモイ」
「え、えっと……」
小吉に問い詰められる、モモイの目は泳いでいた。
廃墟から連れ帰ったロボット。
その型番から、アリスと名付けられた少女を、部員として入部させるべく、モモイは、小吉たちに言葉遣いを、自分は、学籍の用意をしようとしていた。
それが容易でないことは、アビドスの件から小吉も学んでいた。
学籍のあるなしは、このキヴォトスにおいて重要な意味を持つ。一定の人数が集まれば、連邦生徒会に自分たちの学園の生徒を擁立することは、その最たるものだろう。
それ故に、少なくとも、一学生に過ぎないモモイが、何とかできるものでもないだろうこともわかっていた。
「……その。もしかして、モモイ。……ヴェリタスに行こうとしたの?」
なかなか口を割ろうとしないモモイに対してしびれを切らして、そう問うのは、ゲーム開発部、部長の花岡ユズ。
アリスが、自身の作ったゲームを楽しむ姿を見るまで閉じこもっていた彼女は、危ない橋を渡ろうとする彼女を不安そうに見ていた。
「学籍偽造……か」
「だ、だって仕方ないじゃん!学籍が大事だっていうのは、先生もわかるでしょ!?」
少し呆れながらつぶやいた小吉の言葉にモモイはそう反論する。
だが、それに対して、小吉は首を横に振る。
「それとこれとは話は別だ。少なくとも、今のゲーム開発部がそんな不正に手を出したことがバレたらヤバいのは分かるだろ?」
少なくとも、ユウカが怒り、実績や部員不足以外にも部を取りつぶそうとしている理由の中に、彼女たちの問題行動がないとは言い切れない。
そんな彼女たちが、もしこれ以上の問題行動を起こしたとなれば、今の猶予期間すらもなくなってしまう可能性もある。
「そ、それはそうだけど……。でも、G.Bibleは見つからなかったんだよ!」
……そう、彼女の焦りにも、訳がある。
結局のところ、廃墟の探索で得られたものは、アリスだけ。
だが、現状のゲーム開発部に記憶喪失のロボットが一人増えたところで、彼女たちの状況は、何も好転していなかった。
「焦る気持ちも理解できる。でも、アリスに関しては、正規の手段をとったほうがいいと思う。……それとも、モモイは部活が何とかなれば、この子がどうなってもいいか?」
「……それは、……違うよ。ごめんね、アリス」
「も、モモイ……、アリスは大丈夫です」
そこまで言われれば、彼女も、理解できないほど愚かではない。
うなだれたモモイは、状況を飲み込めていないアリスに頭を下げる。
「強くいって悪かった。ちゃんとわかってるなら大丈夫だ。とはいえ、……アリスの身元の保証か……」
なんとかモモイのことを落ち着けさせることができた小吉は、どうするか、と考える。
実際の所、一つ、案自体はあるのだ。
それは、シャーレで保護すること。
何せ、彼女の存在を見つけたのは結果的に小吉。つまり、シャーレである。
ミレニアムの管轄地で見つかった存在であるとしても、元は、廃墟は連邦生徒会が管理していた場所でありシャーレで引き取るのは選択肢としては、無いわけではない。むしろ、偽造をしないのであれば、一番現実的な選択といっていいだろう。
しかし、それには同時にある問題が存在する。
それは、どうしてもアリスのことを特別扱いすることになる、ということだ。
勿論、アリスの存在が特別であることは、小吉も理解している。
あんな場所に封じられていた以上、誰であってもわかることだ。
だが、アリスがどのような存在かわからない以上、彼女のことを大々的に発表するわけにもいかないだろう。
それに、今の彼女を見るに普通の学生として扱うほうが、彼女にとって健全だろうことは明白だ。
しかし、そうした場合は記憶喪失とはいえ、一般の生徒をシャーレで保護する。といった形になる。
例えば、アリスのことを、記憶障害を起こしており、心配だから引き取るのだ、と声明を出す。
そうなれば、今度はシャーレは記憶喪失の生徒を保護しなくてはならなくなるだろう。
なにせ、アリスを保護したのだから、ほかの子にはしないというのは、拒否はできるが、それでは道理が立たない。
なにせ、今の小吉は、先生なのだから。
シャーレの方針を、そうと決めるならまだしも、小吉は少なくとも、権限を用いての保護を多用するのはよくないと考えている。
故に、頭を悩ましていた。
「どうしたもんか……」
「その話、……少しいいかしら」
そんな時であった。彼女が、この場にたどり着いたのは。
「……初めまして、小町小吉先生。私は、調月リオ。セミナーの会長よ」
「あぁ、よろしくな。……それでどういうつもりだ」
唐突な彼女の登場に対応しながら、小吉は、彼女に発言の意図を問う。
「単刀直入に言うべきね。……彼女と、ゲーム開発部のここまでの事情は把握しているわ」
その言葉とともに、その場の空気に緊張が走り、アリスを含めゲーム開発部の面々は咄嗟に小吉とハナコの後ろへと隠れてしまう。
なにせ、彼女のいた場所は、立ち入り禁止区域。そして、出張ってきたのが、ミレニアムの生徒会長だ。
お叱りの言葉が彼女たちに降りかかると考えるのは、当然のことだろう。
最悪の場合、アリスとは引き離され、ゲーム開発部は即廃部、最悪の場合、退学の可能性も考えられた。
だが、彼女たちの考えとは裏腹に、リオは困ったような表情で、視線を動かす。
「……。ごめんなさい。その、怖がらせてしまったわね。言い方を間違えたわ。……私は、彼女の身元の保証に、協力したいの」
リオが絞り出したのは、そんな言葉であった。
「今回の件を問題にするつもりはない……ってことか」
「えぇ。先生が彼女を保護するなら、その後のシャーレの運営に支障をきたす可能性があるわ……。でも、ミレニアムで発見された記憶喪失で身元不明の生徒に対して、生徒会長である私が許可を出して、一時的な学籍を与えて保護した。というカバーストーリーであれば、後々で同じような処理を求める相手が出たとしても、私の一存で却下することができる範疇よ」
「……確かに、そうかもしれないが。だが……どうしてだ?」
そう。ここまで彼女は、いかにして彼女を保護するか、そのことを話した。
その気持ちに、恐らく嘘はないのだろう。
少なくとも、小吉の目には、彼女が嘘をついているようには見えなかった。そして、彼女の言う策は、正しく実行されればアリスの身元保証を問題なくできるものだとも思える。
だが、その上で、彼女の動機だけが見えなかった。
リオは小吉たちの行動を見ていたといった。
それに関しても、恐らく本当のことなのだろう。
だが、それ故に、彼女の行動はかみ合わない。
彼女が、生徒会長であるというのならば、放棄された工場に封印されるように安置されていたアリスの存在は、間違いなく警戒の対象だろう。
少なくとも、小吉のことを助けるように、アリスに対して身分証を発行して得られる利益は、彼女にはないはずだ。
「……、信じてもらえるかどうかは、分からないけれど」
小吉の視線を受けながら、彼女は小さく息を整える。
そう、そんなことは、彼女にだってわかっているのだ。
こんな考えは自分らしくない。
合理的でもなければ、正しさもない、本来であれば、間違った考えだろう。
「私は、外の世界での貴方の戦いを知っている。……記録媒体越しではあるけれど、私は貴方に憧れた……。だから、……貴方の力になりたいの。そんな理由じゃ、駄目かしら」
だが、それでも。
自分が動いた理由は、こんな理由なのだから、そう吐き出すしかない。
彼女は、そこまで話して、目を閉じる。
彼にどう言われてしまうだろうか。
彼女にとって、こんなことを言って信じてもらえるかもしれないなどと思える根拠など、彼女が集めた情報から拾い上げた、彼の情報からしかない。
実際にあったのは始めてた。もしかしたら、彼も他の大人のようなひどい人間の可能性だってあり得る。
どうしようもないほどの不安が、リオの心に巣くい始める。
「いや、分かった。……頼んでいいか?リオ」
だが、そんな、彼女の不安は、彼の言葉によって、一蹴された。
「……えぇ、任せて頂戴。……小町先生」