シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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五十三話

ミレニアムの某所。

そこで、二人の少女が向かい合っていた。

 

「……それで、見たいものは見れたかしら」

 

一人はリオ。

そしてもう一人は車いすの少女……。

 

「えぇ。彼女は与えられた目的の達成を優先するのではなく、仲間のために動きました、私が見たいものは見れたといっていいでしょう」

 

彼女こそヴェリタスの主、ミレニアム最高の称号とも名高い【全知】の称号を持つ少女であり、……今回の黒幕と言っていい存在。ヒマリであった。

 

セミナーを介して、C&Cに対して依頼を出したのは彼女である。

そして、その理由は当然ヴェリタスが鏡を取り戻そうという動きを見せ、問題を起こそうとしたから……ではない。

 

彼女の目的はアリス。

ヒマリは、リオと同じく彼女の存在を早くから認知しており、同時にその危険性を認識していた一人である。

戦闘を目的としてつくられたであろう彼女が孕む、その危険性を。

 

「……そう」

 

リオは、ヒマリだしたその答えに小さく口元に笑みを浮かべながら安堵の息を漏らしていた。

 

「……らしくないですね。やはり、彼がいたからですか?」

 

その安堵を孕んだ吐息に、ヒマリはそう尋ねる。

方向性の違いから喧嘩別れした彼女のその人間性を楽し気に、あるいは、羨まし気に。

当然だ。彼女こそが、リオにとって、いや、互いにとって疎遠になった、唯一の小町小吉について話せる相手だったのだから。

 

「えぇ……。先生は昔の私が思い描いていた通りの人だった。ネルに勝つのは、正直想定していなかったけれど」

 

けれど、相手が星を救った英雄なのだ。

それに、……あくまで小吉は勝っただけでありネルを倒したわけではない。

それならば、うなずける。

 

実際、ネルはあの段階からいくらでも戦うことはできた。

ダメージはあったが、所詮はたたきつけられた衝撃で頭がふらついただけ。

 

結局はそれだけのダメージでしかないのだ。

痛みがないわけではないが、それでも彼女は戦うことはできただろう。

 

銃だって、彼女がその気になれば十分に使える。

あの状況で、あれ程完全に決まったそれも、戦闘に決着をつけるのには、まだ、遠かった。

 

しかし、彼女は負けを認めたのだ。

 

殺し合いの場でならともかく、あの状況から未だ負けじゃないなど、と。一体、どれだけ面の皮を厚くすればできるというのか。

 

小吉は宣言通り、右手だけでネルを封殺していた。

一方で、ネルは、相手の力量を甘く見て、ハンデをくれてやるとまで行った挙句、彼の言葉を挑発だと思い冷静な判断力を失い、あれ程の差を見せつけられたのだ。

 

近距離戦ならだれにも負けないと、そう豪語する彼女が、その近距離戦で軽くいなされたのだ。

 

誰が何と言おうとも、いや、彼女自身が否定するだろう。

自分は負けたのだ、と。

 

「大丈夫でしょうか、彼女。たとえ、任務は取り消しとなったとしても、あの敗北は大きいでしょう」

 

故に、ヒマリは心配する。傷ついたであろう、彼女のプライドを。

だが、それに対して、リオはきょとんとした表情を浮かべ小さく笑う。

 

「……いえ、それこそ、心配していないわ……。彼女に与えた称号は、そう軽いものではないもの……。だからこそ、心配なのは、寧ろ……」

 

 

そう、問題は、むしろ、ゲーム開発部の方であった。

 

『鏡』を手に入れ、当初の予定通りに事は進み、G.Bibleの解読に成功はした。

 

解析の結果、中にあったのはG.bibleと、それに付属した<Key>という謎のファイル。

 

謎のファイルについては、後で、ということになったが、それ以上に問題はG.Bibleの中身の方であった。

 

「まさか、あんな結論とはなぁ……」

 

「ゲームを愛しなさい、ですか……」

 

ゲーム開発部の扉の外。アリス以外の絶望にあえぐ三人をよそに、小吉とハナコは、部室の外で話していた。

 

それは、間違いなく真理であったのだろう。

小吉にもわかる。何事にも、最後に違いをつくるのは、そういった心の部分なのだ。

 

……問題は、今の彼女たちが求めていたものとは、違ったことだろう。

彼女たちが求めていたのは、今すぐに、新たに作った作品が世に認められるような、そんな技術のほう。

 

それが手に入らなかったことに、ハナコは不安になっていた。

何せ、彼女たちはあれ程頑張ったのだ。たくさんの人を巻き込んで、たくさんの無理を押し通して。傷ついて。

もしかしたら、ミレニアムで暮らしにくくなるかもしれない。

 

そこまでして手に入れたものが、今の彼女たちにとっては、当たり前でしかない言葉であったのだから。

彼女たちはもしかしたら、立ち直れないのではないか。

そんな考えが、彼女の頭に過った。

 

「……いや、それに関しちゃ大丈夫じゃねぇか?あいつらは」

 

だが、そんな考えを、小吉はあっさりと否定する。

 

「どうして、ですか?」

 

「だって、アイツらはゲームを愛してる。ゲームだけじゃない。一緒にやる仲間ごとな。じゃあ、……あんなに頑張れた奴らが、本当に追い込まれて、全部失うってなった時に、本気でやれないわけないだろ?」

 

ほら、と、小吉がいえば、落ち込んでいたはずのモモイたちの声が聞こえ、バタバタと走り回る音が響き始める。

中を覗き込めば、彼女たちは自分にできることを、精一杯、やり始めていた。

その胸に、G.Bibleに描かれた言葉を抱きながら。

 

「あいつらなら問題ないさ。……たとえ結果がどうであったとしても、乗り越えられる。だから、今俺達に出来るのはあいつらを支えてやることさ」

 

「……!はい!それで、何をしましょうか?」

 

「そりゃぁ……」

 

「おい、アンタ……」

 

買い出しでも行って、差し入れでも。

 

そんな言葉を、少し前に聞いたばかりの声が遮る。

 

「お前は確か……ネル、だったな。どうした?」

 

「……」

 

そこに立っていたのは、昨日の少女であった。

 

ただ、違うことがあるとするのならば、彼女が身にまとっているもの。

それは、あの日見たメイド服ではなく白い胴着であった。

 

「先生、アタシともう一度、立ち会ってほしい」

 

小吉を見上げる少女の瞳は、どこか、不安そうなものであった。

無理もない、彼女は一度、小吉を襲っている。

 

そして、何より。ネルは自身の……いや、キヴォトスの人間の強さを自覚している。

 

一度小吉が勝っているとはいえ、それは、次も小吉の身の安全を保障するものではない。

ネルの一撃は、当たりどころが悪ければ、十分に命さえも奪いかねないほどの強力なものなのだ。

 

「いいぞ。どこがいい?さすがにここじゃあ、出来ないだろ?」

 

だが、そんな彼女の不安をよそに小吉はネルの言葉を、あっさりと承諾した。

彼女の瞳から、不安が消え去る。

 

「体育館がこっちにある。準備はもうできてるから、ついてきてくれ」

 

不安は消え、しかし、張り詰めた、緊張したままの声でそう言うと、ネルは二人に背中を向け歩き出す。

 

「先生……」

 

ハナコは、不安そうに小吉に視線を向ける。

思い浮かぶのは、先日の戦い。勿論、その場にいたモモイたちから聞いた話でしかないが。

それでもすべてではないが、理解できる。

 

彼女は強さに自負があったのだろう。

それを、正面から叩き潰されたのだ。

 

どういったことをしてくるのか、わからない。

 

「大丈夫だ。少なくとも、あぁいう服装をしてくる奴が、卑怯なことすると思うか?」

 

「それは……」

 

そう。すくなくとも彼女は今日、普段から身に着けているメイド服ではなく胴着を身にまとっていた。

 

小吉の油断を誘うためなら、などという思考が一瞬だけハナコの頭に走ったがすぐに、それなら、もっと楽なやり方があると自分で否定する。

卑怯な行いを許容するのであれば、やりようなどいくらでもあるはずなのだから。

 

「心配ならリオでもよぶか?あいつの前で暴走はしねぇだろ」

 

そういって、端末をとりだそうとする小吉の手を、ハナコの手が止める。

 

「……。いえ。大丈夫です。先生、行きましょう」

 

「おう。ありがとな、ハナコ」

 

そういって、大きな手が、ハナコの頭をなでる。

 

誰かを呼び出し、目を増やす。それはきっと、よくないことだ。

少なくとも、彼女の、ネルの行動が不安であるというようなもの。

 

それを、小吉にさせてはいけない。

 

何故なら、彼はネルのあの振舞を、心から信じているはずなのだから。

 

 

そして……。ミレニアムの側で用意されていた胴着に着替えた小吉たちは、体育館へと踏み込む。

 

「待たせたな、ネル」

 

「……おう」

 

たどり着いた体育館は、静かなものであった。

 

ミレニアムがそういう校風だからなのか、あるいは、ネルが貸し切ったのか、ここにいるのは、ネルと、小吉。

そして、二人についてきた、C&Cのエージェントたち三人と、ハナコ。たった六人。

 

「それで、どうしたい」

 

「……昨日の戦いのモヤモヤを晴らしたい。加減はいらねぇ。全力でやってくれ。アタシも、全力で行く」

 

「分かった」

 

言葉は少なく。ただそれだけ。

 

互いの手元には何もなく、身にまとうのは胴着だけ。

いっそ、銃を持ち歩かないことは、肌を晒して歩いているような珍しさと言われるようなキヴォトスでは見なくなったといっていい、極普通の徒手空拳。

 

向かい合う二人はそれぞれに構える。

 

昨日勝ったからとはいえ、ハンデなどと言わないでくれた小吉にネルは感謝しかなかった。

 

今向き合ってくれている男は、自分を、ちゃんと見てくれている。

ともすれば、あれ程無様に敗北したというのに。

ハンデはいらないといった自分の言葉に、しっかりと構えて応じてくれている。

 

いや、小吉だけではない。

今日ついてきてくれた、アスナやカリン、アカネも。ネルにとっては名前も知らない、小吉に付き合っているトリニティの少女でさえも、このわがままに付き合ってくれた。

 

だから、今の彼女には、何も不安はない。迷いもない。

そして、侮りも。

 

今はただ、眼の前の壁に、思い切りぶち当たるだけ。

 

「行くぜ先生!!」

 

だから少女は、昨日と同じように、だが、昨日以上に本気で、小吉へと突き進む。

 

その弾丸のような走りだしに、しかし、小吉は動揺しない。

 

立ち合いの開始前に、彼女は、少しだけ考えていたことがあった。

もしかしたら、速度で攪乱すれば勝てるんじゃないか?

 

小吉の速度は、ネルと比べるべくもないことは、既にわかっている。

 

凄まじい動きの精度であった。恐らく、疲労でもしていない限りは小吉の動きは、寸分違わず同じような動作を繰り出せる。

だが、正面からの攻撃ではなく、周囲でも走ってヒット&アウェイを繰り返せば……。

 

そこまで考えて、ネルはその考えを頭からたたき出すことにした。

 

今の自分に必要なのは、そんなことではない。

あるいは、勝利ですらなかった。

 

あの日、負けた理由が、自分が先生を舐めていたからであると、証明するため。

あるいは、先生が勝った理由が、自分の侮り故のマグレではないと、証明するために。

 

勝敗など、いっそ、どうだっていいのだ。

それ以上に今欲しいのは……納得。

 

だからこそ、彼女は強く大地を蹴り、あの時と同じように、いや、あの時以上の力を込めて、小吉へと突き進む。

 

ネルは確信した。

これは全力。これは、自身の全開。

自分の培ったすべてではないが、それでも、間違いなく、正真正銘。ネルの今繰り出せる最高の一撃であった。

 

あの日ずれていた、心技体のすべてがまとまって繰り出されたあの日と同じ、だが、あの日とは違う一撃。

 

そして、それらがすべて合わさっていたからこそ、ネルは理解した。

 

目の前の男の強さと、自身の敗因を。

 

彼はあの日と同じように攻撃を受け止める。

諸に受ければ、骨だって砕けるはずの自分の全霊を正面から。

 

結果は変わらない。彼女の力は受け流され、小吉にダメージを与えることはない。

だが、それは決して正面から受けなかったというわけではない。

使われたのが、力ではなく、技術であったというだけの話。

 

ただ振るわれるだけの暴力など、容易く殺せるほどの技量が彼にあるからこそ。

一体、どれほどの年月を、武に注ぎ込めば、これほどまでの実力になるのか。ネルには想像もつかなかった。

 

そして、そんな思考の中で、彼女の体は再び叩きつけられる。

今度は、昨日よりも強く。

それは、あの日とは違い、受け身を取れる実力があると信頼されているから。

 

「!!!!!」

 

打ち付けられた背中の痛みに、肺の中の酸素が外へと吐き出される。

次の攻撃が来る。だが、反応はできない。

 

静かに、しかし、美しい動作で振るわれた拳は、昨日と同じように、彼女の回復よりも早く、目前に突き付けられた。

 

「これで一本だ。……まだやるか?」

 

「……いいや。もう、大丈夫だ」

 

小吉は、拳を戻し、彼女から離れる。

ネルもまた、小吉が離れるとすぐに起き上がり、そして……。

 

「ありがとうございました!先生!……参りました!」

 

ただ、頭を下げ、礼をする。

 

こうして、ミレニアムでの問題は、あと一つ。

 

ゲーム開発部の存亡だけとなった。

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