シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
番外編~アビドス、地獄のトレーニング編~
「今日からアビドスの戦力強化訓練を始めるわよ!」
それは、小吉がミレニアムに出る少し前のこと。
それがアビドスで活動を開始することを決めたアルが最初に与えた彼女たちの仕事であった。
「え、えっと……。それはどうしてですか?アル社長」
アルのその発言に対して、ハルカが配る資料を受け取りながらアヤネはまず、質問する。
まさに、アルの言葉は唐突であった。
便利屋での仕事をする。という話はもちろんアヤネも、そしてアビドスの廃校対策委員会全員が承諾をしていることであり、むしろ仕事は望むところではあったが、初めにやることが訓練、とはどういうことだろう。
というのは、少し疑問であった。
「いい質問ね。まず、前提としてあなた達は実力があるわ。一年のアヤネやセリカもだけど二年のノノミもシロコも。三年のホシノもいれればまず並大抵の相手には負けないわ。実際私たちも傭兵込みでもきついと考えて撤退を決めたもの」
「ど、どうも……」
正面から褒められたアヤネは、少し頬を赤くして照れた。
実際、実力を比較するなどといった余裕もなかった彼女たちからしてみれば、外の視点からの賞賛は心地のいいものであった。
「でも、今のあなた達に求められてるのはその程度じゃないの」
だが、アルはその発言を翻すように、駄目だ、と否定する。
その否定に、すぐにシロコが手を挙げた。
「ん、矛盾してない?私たちは並大抵の相手には負けないんでしょ?」
「そうね。でも、ホシノを欠いていたとはいえカイザーには負けそうになったわ。他にも先生の指揮があったにもかかわらず傷だらけの風紀委員の突破もできなかった」
そう言われてしまえば、シロコも言葉に詰まる。
アルの言う通り、確かに彼女たちは強いのだ。
並大抵の、いや、強者相手でも食い返すほどの実力がある。
普通の戦いならば、まず負けはしない。
だが、アルからしてみればその程度。
ヒナやホシノのような単独で強大な戦力を持つ相手。あるいはカイザーのような質こそ落ちるものの単純に数で押すような、真っ当でない戦力を相手にした時、彼女たちにはまだ勝てるほどの戦力がない。
「うへー、そんなに強くなる必要ないんじゃないかな~?だって、カイザーはもう襲ってこないでしょ?」
「そうだね。カイザーはアビドスでの活動を自粛するだろうし、アビドスを直接攻撃する、みたいなことは多分してこない」
今度は、そんなホシノの言葉を、カヨコは肯定する。
先の戦いの後、アビドスに対するカイザーからの介入はパタリと止まった。
基本的に、大人の戦い方というのはそういうもの。
建前を用意して、生徒を縛り付けてから子供たちを追い詰めていく。
カイザー理事がやっていた手段がアビドスにとってダメージとなっていたのはあくまで借金問題という、制限があったからだ。
現状では借金を返済しきった以上、彼らがアビドスへの攻撃を行ったところで彼女たちが根負けして学園を出ていくことを祈る以外の意味がない以上、そんなことに資金を出せない。ということだろう。
アルはその言葉を肯定する。
「確かに、カイザーだけに目を向けるならそうよ。あなた達に対する恨みもあったカイザー理事も去り、借金問題を解決した以上、カイザーがアビドスを攻撃するのは、あまりに下策。よほどの事情がない限り、以前のような攻撃はない。でも、別にカイザーからの借金問題を解決したところで、アビドスの問題がすべて解決したわけじゃない」
「……砂嵐、ですか」
ノノミの言葉にアルは頷く。
アビドスの問題は、砂嵐を起因として、大きく三つある。
一つは、砂漠化。二つ目は、収入の不足。そして、過疎化。
「砂漠化に関しては正直現状のアビドスの規模じゃどうしようもないし、理由もわからないからとりあえず放置でいいわ。人の力で、一日二日でどうにかなるようなもんじゃないし、二つ目の収入問題も……。まぁ、カイザーの借金問題がなくなった以上、早急な対応は置いておいてもいいわ。だから問題はこれよ……!」
アルはホワイトボードに大きく過疎化の三文字を書き上げる。
「過疎化、ですか……」
「勿論、アビドスの過疎化の本質的な原因は砂漠化による生活圏の減少があるわ。鉄道もなくなってるし、間違いなく生活が不便になっているのは確か。でも、それ以上に他の学園にあって、アビドスにないものがある」
「それは?」
「治安維持組織よ」
そう、ゲヘナの風紀委員、トリニティの正義実現委員会のように多くの学園には独自の治安維持組織が存在する。
警察に当たるヴァルキューレも存在してはいるがトラブルの対応の多くはそういった専門的な委員会が存在するのだ。
が……。
「アビドスにはそういった治安組織はない……。どころか、トラブルが起きても学園としても動けなかった」
原因は分かり切っている、カイザーから借りていた借金は利子だけでも凄まじいものであった。
それこそ、毎日のように汗を流し働いても、稼いだお金の殆どをその返済にあてねばならないほどに。
だが、そんなことは住む人間からしてみれば関係がないのだ。
ただでさえ、カイザーに買い取られた地域は、人の手による管理が行われず不良のたまり場と化している。
シロコ達も頑張ってはいたが、それでも、全ての不良への対処が行えたわけではなく、また、忙しさもあってよほどの緊急事態以外は優先できなかったこともままある。
「まぁ、そんなわけで、この過疎化の原因になる不良たちを追いだすためにも、あなた達には力をつけてもらわないといけない。そこで、あなた達には私の考えたメニューにトライしてもらうわ!まずは実力を見るために基礎メニューをしてもらって、次の時には個別のメニューを組んでくるわよ」
そして、話はようやく最初に戻る。
つまりは、街の平穏を作るために、一人一人の実力を上げる。
ただ、追い出すのではなく、追い出した後、戻ってこないように。
ここにはヤバいやつらがいるぞ、と。不良たちに理解させることが目的なのだ。
そして、治安維持に必要な人数を今すぐ上げることはできない。だから質を高めてしまえばいいという、合理的で、ごり押しに近い作戦であった。
「じゃあ、社長、私はホシノと一緒に治安維持の方に……」
「いや、あなた達も参加に決まってるでしょ。ゲヘナにいた頃のはまだ半端だったしお金もなかったから軽いのしかできなかったんだから」
さらりとホシノと合流して逃げようとしたカヨコの肩をアルがつかむ。
当然、同じように逃げようとしていた、ムツキとハルカも軽く止められていた。
「い、いや!!だ、だって!アルちゃんのメニューってあれでしょ!!死ぬ寸前まで追い込まれる地獄のメニュー!!」
「そこまでじゃないわよ。終わった後に体力がかけらも残らないだけで」
カヨコとムツキだけではない、あの、アルの命令には絶対服従を示すハルカでさえ、今は必死になって逃げようとしているのだ。
横にいるチナツも、状況を理解したのか、一体自分たちにどんなトレーニングをするつもりなのかと顔を青ざめさせる。
「あなた達だって、自分の戦力不足なのは承知でしょ。強くなってればより選択肢が増えるんだから……!ほら、行くわよ!」
「ん、最初は、どんなことをするの?」
「そうね。そんなに特別なメニューじゃないわ。走ったり、腕立てをしたり、道具を使わない単純なのばかりよ」
「な、なんだ、結構簡単なのね」
アルの言葉に、セリカは安心する。
カヨコたちの怯えようから、一体どんなトレーニングをするのかと怯えていたが、便利屋も大げさね。と。つい思ってしまう。
「えぇ。それじゃあ始めましょうか、まずは走り込みからよ!」
アルの呼びかけに元気よく返事をするアビドスの面々と、どんよりとする便利屋。
その意味を理解するのは、数時間後のことであった。
「ん……、カヨコ達の言ってたこと……理解、できた……」
死屍累々とは、正にこのことだろう。
アルの提示したメニューには、確かに特別な物はなかった。その圧倒的な量を除いては。
全てのメニューが終わったあと、なんとか倒れていなかったのはカヨコとハルカ、そしてシロコだけ。
アビドスのメンバーも体力がないというわけではない。
むしろ一般的な生徒と比べればかなり体力自慢といっていいだろう。
なにせ、毎日のように朝から夕方まで走り回ってお金稼ぎをし学校の防衛をしていたのだ。
戦闘経験はもちろん、体力にだって自信があった。
だが、その自信があっさりと叩き潰された。
「さて、今日はこれでおしまいよ!ご飯作っておくから、今のうちに体休めてて」
そんな中、唯一、元気なアルは、そういいながら校舎へと向かう。
「そ、それは悪いわよ……、家で帰ってから……」
厳しかったとはいえ、実際身になると感じるほどの指導を受けておいて、食事の用意まで、となれば、流石に申し訳ないと断ろうとするセリカ。
「?何を言ってるのよ、……ごはんまで含めてトレーニングなのに、そのままかえったら意味ないでしょ」
だが、そんな風に言われると、何も言えず、アルを見送るほかない。
「……セリカちゃん、ここからが、本当の地獄だから……早めにからだ、休めたほうがいいよ……チナツちゃんも……しっかり休めて……」
そんな風に、そのあとのことを知っているのか。
言葉を吐くのも辛そうにしながら、ハルカに背負わされたムツキの言葉に疑問を覚えながら、アビドスの面々も、彼女らの跡を追うように部屋へと向かう。
そして、一時間ほど。
便利屋の面々は事務所の方で食べるということで別れたアビドスの四人は各々委員会室で体を休めていた。
とはいえ、全員体は限界を迎えている。
ほぼ、入り口の周辺で倒れるように体を休めていた。
「あれ、なんだかいい匂いがしますね……」
だからであろう。
彼女らの鼻は、その美味しそうな匂いを捉えた。
「待たせたわね!ご飯の支度が出来たわ!しっかり座りなさい!」
そして、匂いが届いて数分もしないうちに、そのスタイルのいいビジュアルには似合わない程度には、かわいらしい家庭的なエプロンと三角巾を身に着けたアルがやってくる。
彼女らが、疲れすらも気にせずに体を起こせたのは、その料理から香るあまりに美味しそうな匂いのせいだろう。
エネルギーを絞り尽くし疲れきった肉体は、脳に栄養を要求していた。
席に着いた彼女らの前に置かれていくのは、高価な料理。というわけではない。
家庭料理としてみれば手が込んでいるが、そこらのお店に行けば食べれるような料理ばかり。
だが、見ればわかる。これは美味しいもの。そして、今の体に必要なものだ、と。
普段から碌な食事をしていないわけではない。
借金を返しながらもしっかりとした食事を行っている。
しかし、彼女たちの手は止まらず、正に飢えた子供のようである。
普段であれば上品に食べるアヤネもノノミもこの瞬間ばかりは、胃が求めるままに、眼の前の物を食べ始める。
「おいしい?」
アルの言葉に問い掛けられたアヤネは、口の中の物を必死に嚥下して、その間もこくこくと大きく肯定を表すように頷きながら、そして、口の中を空にして後は、興奮したように勢いよく返事をする。
「はい!とっても!どこで覚えたんですか?」
「普通にレシピみただけよ。さて、じゃあ、追加持ってくるわね」
「はい……、追加?」
確かに、足りないと少しは思っていたが。
それでも、最初に運ばれてきた量もかなりあったはず。
満腹になってもおかしくはない。
それこそ、普段から食事量を気にしているわけでもない、シロコが次の日はちょっと減らした方が。
などと一瞬考えたくらいには多かった。
だが、そうであるにも関わらず、アルは平然と追加といったのだ。
すなわち、最初から追加することが想定……いや、決定されていた。
「今日のトレーニング強度を体に変えるには最低限それくらいいるのよ。まだあるから、遠慮しないで、というか、限界まで食べなさい?あぁ、スタイルなら気にしなくていいわ。ちゃんと、かわいらしいあなた達が維持できるくらいには、トレーニングまで含めて計算してるから」
そういうと、アルは扉を閉めて次の料理をとりに行ってしまう。
「……ねぇ、アヤネ」
「……なんですか、セリカちゃん」
頭に浮かんでしまったことを言いたくないアヤネは、次のセリカの言葉を言ってほしくない。
そう思いながら、続きを促さざるを得ない。
「……もしかして、これ、途中でトレーニング辞めたら……太っちゃう?」
「ふふ……、言わないでください」
脳裏に浮かぶのは、音を上げた自分たちのまんまるボディ。
彼女らの強化訓練は、まだ、始まったばかりであった。