シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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五話

「むにゃぁ……、かすてらには、いちごみるくより……ばななみるくのほうが……」

 

くぅくぅと、そんな寝言をたてる少女。

 

「とりあえず、この子しか手がかりはないか。おい、起きてくれ」

 

シッテムの箱を起動したと同時に彼の目の前に広がったこの空間。

壊れかけているが、教室であろうこの場所にいるのは、小吉と少女だけ。

 

「……この子が、端末が言ってたOSなのか?」

 

故に、ぽつりと漏れた小吉の独り言に応えてくれる存在は勿論いるはずもない。そして、彼に状況を説明してくれる相手も。結局は、今目の前で眠る少女以外にこの状況について理解しているものはいないだろうと、小吉は心地よさそうに眠っている彼女の体を軽く揺らす。

 

「おーい、起きてくれ」

 

「うにゃぁ……」

 

そういって、彼は少女の体を揺さぶった。

だが、かなり眠りが深いらしく、強く揺らしていないとはいえ、少女は、目を覚ます様子を見せない。

 

「おーい?」

 

とはいえ、流石に、幼い少女相手に更に乱暴にするのは気が引けたのか、小吉は揺らすのをやめて、今度は頬をつついてみる。

つんっと、つつけば、幼さからくる独特の柔らかさが彼の指を跳ね返す。

 

「……柔らかいな」

 

その感触に少しだけ楽しさを覚えてしまい、目を覚まさない少女の頬を、目的を少しだけ忘れて何度か繰り返しつつきまわす。

 

 

「んにゃ…んん……」

 

それを何度か続ければ、少女もようやく何かに触られているのを理解したのか、眠気眼をこすりながら、起き上がる。

 

「んん……むにゃ……え!?あ、あれ!?せ、先生!?この空間に入ってきたってことは、ま、ま、まさか小町小吉先生ですか!?」

 

「そうだ。君は、誰だ?」

 

彼の名前を把握している少女の名前を、彼はまだ知らなかった。

不思議には思ったが、この空間がシッテムの箱のOS、あるいはその一部であるというのならば、先ほどの認証で少女が知っていてもおかしくはないのだろう。

 

それにしちゃあ、ずいぶん俺がいることに驚いてるみたいだが。と、目の前であわあわとしている少女の前で独り言ち、その姿に、ずいぶんと昔の記憶がよみがえる。

 

「あの時とは、ずいぶん状況が違うが……」

 

小吉は少しだけ、あの男を思い出しながら、息を吸い、そして。

 

「気を付け!!!!」

 

「は、はい!!!」

 

彼の大きな声に、ぴしっと、腕をそろえて姿勢を正す少女。

意外にも、その姿勢はしっかりとしたもので、体の動きにブレがない。

その姿を見て、軽くうなずきながら小吉は言葉を続ける。

 

「深呼吸だ。息を全部吐いて、吐ききったら少し息を止めるんだ」

 

はい、っと、元気よく宣言して、少女は彼の言う通り息を吐ききり、息を止める。

数秒の沈黙。だが、体の酸素を吐ききった少女の呼吸はすぐに限界を迎える。

 

「ーーーーーーーっぷはぁ!!あ、ありがとうございます。小吉先生」

 

狙い通り。少女も、それで落ち着きを取り戻したのか、彼を見上げて笑顔を見せる。

 

「そうだ!まず、自己紹介から!私はアロナ!このシッテムに常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書です!」

 

「アシスト?君がか……?」

 

秘書、というには、まだあまりにも幼い少女の姿に首を傾げ。

しかし、彼女がOSであるということを思い出し、納得する。見た目の年齢に関しては、多少気になるが開発者の趣味。という可能性もある。そこに深入りする必要は、今はない。

 

「えへへ、やっと、会うことができました!私はここで先生が来るのをずっと、ずーっと待っていました」

 

「……その割にはぐっすり寝てたみたいだが」

 

そういう彼女を軽くからかえば、アロナは、あわあわとして、しどろもどろに言葉を返す。

 

「え、えっと、も、勿論たまに居眠りしたこともあるけど……」

 

「すまん、冗談だ。これから、よろしくな。アロナ」

 

「あ、意地悪です!……でも、はい!よろしくお願いします。……これから先、頑張っていろいろな面で先生のことをサポートしていきますね!……そ、それで、なんですけれど。せ、生体認証をしたいんですけれど……」

 

「生体認証か。セキュリティは確かに大事だが、どうやるんだ?」

 

「え、えぇっと……」

 

そういわれたアロナは、少しだけ頬を赤らめ、言い淀む。

その姿に首をかしげる小吉の姿を見て、アロナは意を決して言葉を続ける。

 

「少し、恥ずかしいですが。手続きだから仕方ありませんよね。少し、こちらに来てください」

 

「あぁ、こうか?」

 

一歩、彼は前へと進む。

小柄なアロナの体は、小吉の影に収まる。

 

「大丈夫か?もう少し離れたほうが……」

 

「いえ、むしろ、もう少し近くに……。私の指に、先生の指をあててください」

 

そういって、差し出すアロナの指に、彼の大きな指先が触れる。

無理もない、少女と彼の間には、親子、……いや、下手をすれば、祖父と孫ほどに年齢差があるのだから。

 

「これでいいか……?なんだか、20世紀の宇宙人の映画のワンシーンみたいだな」

 

「ロ、ロマンがないです!約束の指切りとかもっと言い方が……!もう!……これで、生体情報の指紋を確認しているんです」

 

「指先を合わせるだけで、ってやつか……」

 

時は2600年。

文明の停滞が続いて久しいとはいえ、流石に指での生体認証はありふれ、むしろ採用されていない機材を探す方が珍しく……

 

「あ、いえ、画面に残った指紋を目視で確認してです!大丈夫です!こう見えて目はいいので!」

 

「……めちゃくちゃローテクなんだな……。俺の持ってる古い端末でももうちょいあるぞ?」

 

まさか、そんな技術未満とは、想定していなかった彼は、大丈夫か?という目線を送る。

 

「ごちゃごちゃいわないでください!先生!さて……どれどれ……、…………」

 

「……おーい?アロナ?」

 

触れた指先に対して、百面相を始める少女に不安になり、思わず声をかけた。

 

「だ、大丈夫です!確認終わりました!!」

 

「……大丈夫か?すごい顔してたぞ?」

 

「え!?え、っと、大丈夫です!!指紋認証機能はしっかりしてませんがそんなのなくてもアロナは役に立ちますから!!」

 

そういう彼女も、必死なのか、じんわりと涙が浮かんでくる。

というよりも、指紋認証機能は死んでいるらしかった。

 

「……悪かった。大丈夫だから、ほら、泣くな」

 

そんな彼女の頭を、小吉の大きな手のひらが撫でる。

 

「……もっと慰めてください」

 

「……わかったわかった」

 

そういいながら、数分間じっくりと彼女の頭をなで続ければ、彼女の様子もだいぶん落ち着いたものに戻る。

 

「……さて!小吉先生の事情は大体わかりました。連邦生徒会長が行方不明になってキヴォトスのタワーを制御する方法がなくなった……、ですか」

 

「……そういえば、何度か話には出てたんだが、結局、俺に助けを求めた連邦生徒会長っていうのは、誰なんだ?」

 

彼に助けを求めた張本人。

しかし、行方不明となり、世話しなく行動することを余儀なくされた結果、彼女についての話はほとんど聞けていない。

 

「……私はキヴォトスの情報の多くを知っていますが、……残念ながら連邦生徒会長についてはほとんど知りません」

 

「そうか……」

 

助けを求めてきた彼女に関する手がかりの一つ。

彼女が残したというこの中にならば、何かあるかもしれない。という当ては外れてしまった。

 

「お役に立てずすみません……。ですが!サンクトゥムタワーの問題は私が何とか解決できそうです」

 

「本当か?それは、いい知らせだ。頼むよ。あの子たちも困っているみたいだったからな」

 

だが、幸いというべきだろう。

ここにきた本来の目的の方は、問題なく果たせるようであった。

 

「わかりました!それではアクセス権を修復します!少々お待ちください!」

 

そういって、アロナが目を閉じ復旧を始めると、シャーレ内部でもすぐに変化が訪れる。先ほどまで止まっていた電源が回復したのか、部屋の中が明るくなったのだ。

 

「サンクトゥムタワーのアドミン権限を取得完了……。小吉先生!サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました!今タワーは私アロナの統制下にあります!今のキヴォトスは、先生の支配下にあるも同然です!」

 

「……そいつは、……いきなり背負うにゃちょっと重すぎねぇか?」

 

「……もちろん、小吉先生が承認さえしてくだされば、制御権を連邦生徒会に移管できます。でも……本当に大丈夫ですか?連邦生徒会に制御権を渡しても……」

 

不安そうに彼を見るアロナ。

それに対して、小吉は笑顔で応じる。

 

「あぁ、いいんだ。俺は、キヴォトスの支配者になる気はないし、そんなものを渡されたって、どう運用していいかもわかんないしな。なら、リンみたいな勝手のわかる子に任せた方が、この都市の子たちにとってもいいだろ」

 

「……分かりました!先生がそういうのであれば、……タワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」

 

小吉の言葉に納得したのか、アロナは素直に権利の移管に応じてくれる。

 

「そうか。ありがとう、アロナ」

 

それらの動作が終わったのを確認し、シッテムの箱をスリープモードへと移行する。

 

「リンちゃん。どうだ?」

 

「……リンちゃんはおやめください。こちらでも確認できました。これからはあの人がいた頃と同じように行政管理が行えます。お疲れ様です。小町先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝します」

 

そういって、リンは頭を深く下げる。

 

「いいんだ。それで、この後はどうするんだ?」

 

「シッテムの箱も先生へと受け渡しましたし、こちらを攻撃してきた不良生徒たちの対応に当たります。これで、私の役目も……いえ、申し訳ありません。もう一つ、ありました。この施設について、ご紹介します」

 

ついてきてください。

 

そういう、彼女の後を追う。

メインロビー。その奥の扉を開けば、ガラス張りの窓に囲われた部屋へとたどり着く。

 

「ここが、シャーレの部室です。ここで、先生のお仕事を始めるといいでしょう」

 

「……。俺は何をしたらいい?案内にも、あまり詳しくは書かれていなかったんだが」

 

「シャーレには、権限だけはありますが目標はありません。従って、特に何かをやらなければ、という強制力は存在しません。そして、権限ですが、キヴォトスのあらゆる自治区に自由に出入りでき、所属に関係なく、先生が希望する生徒たちを部員として加入させることも可能です……。面白いですよね。捜査部とは呼んでいますが、何を捜査するかに関して、あの人も特に触れていませんでした……。つまり、……ここでは、先生が、何でもやりたいことをやっていいということです」

 

「そいつは、……責任重大だな」

 

与えられた権限。そして、その内容を聞いて、改めてシャーレの仕事の重さを自覚する。

 

どこで、何をやり、何をしないか。権限の大きさを含めれば、彼のわずかな行動でさえも、この学園に暮らす生徒たちに影響を与える可能性があるということだ。

 

「なぁ、連邦生徒会長って子は、どうしてシャーレを設立したんだろうな」

 

「……さぁ。本人に聞いてみたくても、行方不明のまま。……私たち連邦生徒会は、彼女を探すのに全力を尽くしているため、キヴォトスのあちこちで起きる問題に対応できるほどの余力はありません。……もしかしたら、シャーレでしたら、その問題も解決できるかもしれません」

 

「……なぁ、それって、俺に体よく仕事を押し付けようとしてねぇか?リンちゃん」

 

「リンちゃんはおやめください。……そのあたりの書類に関しては、先生の机の上にたくさん置いておきました。気が向いたらお読みください。すべては、先生の自由ですので。それではごゆっくり、必要な時にはまたご連絡いたします」

 

ドン、と、机の上に大量の書類を置いたリンはそういうと、小吉にこれ以上追及されるよりも早く、足早に去っていった。

 

「……しかし、今日はいろいろあったな……。っと、ユウカたちに声かけておかないとな」

 

そんな風に去って行ったリンを見送った小吉は、軽くオフィスの内部をチェックし、再び、外へと足を向ける。

シッテムの箱の接続が終わった後、リンからの施設案内の間、彼と今日の戦いを共にした少女たちには、機密事項があるとリンも話しにくいかもしれないからと、一時外に出てもらっていたのだ。

 

幸い、彼女たちも、自分たちの自治区の復興状況を確認するつもりであったためか、その提案は渡りに船だったらしく、従ってくれたが、礼の一つも言わないというわけにはいかないだろう。

 

「あ、先生。お疲れ様でした!」

 

外につくと、彼の姿を見つけたユウカが真っ先に駆け寄ってくる。

 

「先生のおかげで。自治区の復旧が確認できました!」

 

「いや、俺がやったのなんて、微々たることだよ。むしろ、俺の方から礼を言わせてくれ。皆、協力してくれてありがとう。おかげで助かったよ」

 

「そんなことありません!少なくとも先生のおかげでキヴォトスの日常が取り戻されたんですから。先生の活躍はすぐにキヴォトス全域に広がりますよ!」

 

「これでお別れですが、近いうちにぜひ、トリニティ総合学園に立ち寄ってください。先生」

 

「私も、風紀委員長に今日のことを報告しに戻ります。ゲヘナ学園にいらっしゃったときはぜひ、尋ねてください」

 

「あ、貴女たちずるい!えっと、ミレニアムサイエンススクールに来てくだされば、またお会いできるかも?先生、ではまた!」

 

そういって、三人は、それぞれの学園へと足を向ける。

 

「……ん?三人?スズミは……」

 

協力してくれた生徒は、四人。ハスミと同じくトリニティに所属しているといっていたスズミの姿が見当たらない。

どこへ行ったのか。そう思い辺りを見回すも、喧騒もすっかり落ち着いたシャーレの周りには、先ほどまであたりにはびこっていた不良も含め、誰もいない。

 

「帰っちまったか?」

 

礼をしたかったが、彼女にも彼女の都合があったのだろう。

話を聞いた限り、自警団の一人、と言っていたのを思い出す。

 

状況が落ち着いたことを鑑みれば、目的を果たした故に、学園へと先に戻ったというのもおかしくはなかった。

 

「さて……見送りも済んだし、戻るか」

 

そう言って独り言ち、小吉はシャーレの部室へと戻る。

 

「……」

 

部室のデスクに座った彼は、そのまま、シッテムの箱をもう一度起動する。

 

「アロナ。終わったぞ」

 

「あはは……。なんだかあわただしい感じでしたが、ある程度落ち着いたみたいですね。お疲れ様でした」

 

「アロナもお疲れ様。正直、俺にどうにかできるか不安だったからな……。いてくれて助かった」

 

「ありがとうございます!でも、……本当に大変なのはこれからですよ?これから、キヴォトスの生徒たちが直面している問題を解決していくのです!」

 

「……人間の、それも、あの年齢の子供が抱える問題なんて、おっさんの俺には荷が重いよ」

 

「確かに、……あの子たちが抱えている問題は、単純に見えても、決して簡単ではない。……とっても重要なことです!でも、先生なら……」

 

「わかってる。やってやるさ」

 

「はい!キヴォトスを、シャーレをよろしくお願いします、先生」

 

彼を見上げるアロナの表情は満面の笑みだ。

気が引き締まる。

 

「あぁ、よろしくな。アロナ」

 

「それではこれより、連邦捜査部「シャーレ」としての最初の公式任務を始めていきましょう!」

 

そういって、彼女は、情報の整理のために、データのチェックを開始する。

そんな彼女を見ながらシッテムの箱を置いて、彼はこの世界に持ち込んだ荷物の中から、一つのファイルを取り出した。

 

「さて……俺も、調査を始めるか」

 

機密事項と書かれた黒のファイル。その中の紙面には、彼には、いや、外の世界において重要なことが書かれている。

 

『キヴォトスに、ニュートンの血族が根を張っている可能性が高い』

 

小吉は、そんな一郎の言葉を思いだした。

外の世界において、世界を裏から牛耳っていたあの一族。

それが、この世界で一体何をしようとしているのか。

 

「大変な仕事になりそうだ」

 

そういって、小吉は小さくため息を漏らした。

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