シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
五十五話
トリニティ総合学園。
そこは、キヴォトスの中でも上流階級の生徒の割合の多い、いわゆるお嬢様学校である。
そして、ここはあるテラス。
そのお嬢様学校の生徒たちの代表ティーパーティー。トリニティにおける生徒会のメンバーの集められる場である。
「……お待ちしておりました。小町先生、それと、浦和ハナコさん」
だが、彼らが入ったその場所は静寂に満たされていた。
招かれた二人をその場所で待っていたのは、何故か、桐藤ナギサ。
現トリニティ、ティーパーティーのホスト、ただ一人であった。
彼らが、この場に通されたのは、二度目。
ハナコと出会った日。
アビドスの件について、改めて礼を言うために訪れた小吉とそれを案内したハナコ。
ハナコにとっては、ある意味でシャーレの生徒として初めて活動したと言ってもいい日であった。
だが、今、この場を支配している空気と、その時の空気とは、まるで違った。
静かに張り詰めた空気。
ピリリ、としたその場は、どうみても席に用意されているお茶を楽しみましょう。というものではない。
正にそこは、戦いの場。迂闊なことを言えば吞み込まれる。
テラス席へと差し込む柔らかな日差しとは真逆。
あるいは、その日差しを遮ったことで生まれた影……。いや、闇のようなそんな雰囲気さえ感じ取れる。
「それで、……話ってのは、なんだ?ナギサ」
そんな空気を感じながらも小吉は彼女に切り込んだ。
シャーレの先生を呼び出し、このような場を整えたのだ。何かあったのだろう。
少なくとも、誰にも知らせたくない何かが。
しかし、その何かを察するには、彼女に対する知識がなかった。
故に、彼女の次の言葉を待つ。
「……」
その言葉を受け止めたナギサは、自分の前にあるカップに手を付け、ゆっくりと静かに中身を飲み干す。
自身の精神を安定させるためか、あるいは、緊張から乾いたのどを潤すためか。
それとも両方か。だが、効果はあったのだろう。
小さく、しかし、深く息を吐いた少女は、小吉たちに向き直り、言葉を絞り出し。
「……先生、……。私を、助けてくださいませんか」
トリニティの生徒会長は、ただ、静かに。頭を垂れた。
「任せろ」
そんな言葉に対して、男はそれ以外の答えを持ち合わせていなかった。
「とはいえ……。まずは、何を。どうという話になりますよね。お話を聞かせてもらえませんか?ナギサ様」
緊張した空気は、僅かに緩み、少しばかり、まだ暖かな紅茶を飲み、数枚の菓子を口へと入れた後、ハナコはそう切り出した。
その言葉にうなずいた後、ナギサは言葉を紡ぎ始める。
「……まずは、私たちの現状を話しましょう、ティーパーティは三つの派閥で成り立っています。そして、その代表者は持ち回りで、生徒会の代表を務める。ですが、今は、私が代表を務め、もう一人の代表と委員会所属の他生徒によって生徒会を運営しています」
「そりゃまた、どうして」
彼女の口ぶりからして、ティーパーティの運営は、三人一組の代表で行われていたのだろう。
だが、それが崩れた。と言っているのだ。
何かがあったのだろうことを察するのは容易だ。
そして、小吉の言葉に、ナギサは、少し、視線を動かし、迷うような、ためらうような姿を見せる。
急かすことはしない。小吉も、ハナコも、彼女が言葉を吐き出すのを、静かに待った。
「少し、前のことです。……本来のホスト、百合園セイアは……何者かに襲われ、その後、行方不明となりました」
絞り出すような、彼女の答え。
それは、すなわち。
「……暗殺」
ハナコのその言葉に、ナギサは頷き、小吉は、愕然とする。
いや、勿論。小吉も理解はしていた。
運営しているのは、生徒たちであるとはいえ。キヴォトスには政治があり、対立があり、そして、衝突がある。
その耐久能力故に外の世界よりも、気軽に振るわれる暴力こそあれど、それらのような諍いは、外の世界と、変わらないのだ。
そこまでのことを起こした生徒がいる。ということのショックは、決して小さくない。
……だが。
「それに対応することが目的じゃないんだな?」
小吉は、そのショックを表面に出すことはない。
それをすれば、眼の前の少女にとって小吉は頼りになる大人でなくなってしまう。
それが、助けを求めた彼女にとってどれほどの絶望を与えてしまうか。
想像に難くはない。
故に、彼は、別にあった疑問を彼女にぶつける。
「……えぇ。シャーレは確かに法外な権限を所持していますが、決して無敵の力ではありません。シャーレはどんな生徒でも部員として受け入れられますが、それでも護衛として生徒を割り振る。というのは、難しいでしょう。そもそも、護衛で考えるのであれば、正義実現委員会で事足りるでしょう。だから、先生にやっていただきたいのは、暗殺への対応ではありません。……犯人探しです」
「犯人を……?」
「……つまり、ナギサさんには、見当がついているということですか?……セイアさんの暗殺。その犯人の」
ハナコのその発言に、ナギサはまた頷いた。
「犯行が行われたのは、トリニティ内部です。その時間、外部からの侵入があれば当然、正義実現委員会が気が付くでしょう……。ならば……それが、主犯か、あるいは共謀かに関わらず、トリニティの生徒が絡んでいるのは明白です。つまり。内部の者が関わっている可能性が極めて高い」
「なるほど」
ナギサは、精神的に追い詰められていたが、それでも、なお冷静さを失っていなかった。
何故か、それは、先生の存在である。
今、彼が直接何かをしてくれた、というわけではない。
もちろん、先ほどの返答は今の彼女を救うのに十分であったが、ほかにも理由があった。
現状、彼女にとって、トリニティのあらゆる存在がセイア襲撃の容疑者である。
それこそ、正義実現委員会。いや、あるいは、ティーパーティーの部下でさえ、彼女が疑わなければならない。
……だが、彼は違う。
小町小吉。
彼は、セイア襲撃の時点でキヴォトスに確実にいなかった。
そして、なにより、あまりに信頼に足る功績があった。
人々を守るために戦い、外の世界を救った英雄。
その実績は、今、彼女が小吉に縋る理由であると同時に、彼女の精神を支えるものになっていた。
そして、それによって生み出された余裕のおかげで、彼女の思考に陰りはほとんど存在していない。
故に、彼女は真剣に、今の状況に向き合うことができた。
「容疑者のピックアップも済ませています。ここしばらく、怪しい動きをしていたトリニティの生徒二人と。もう一人、今回の件を成立させるために巻き込まざるを得なかった生徒を一人。そして、……どうしても警戒をしなくてはならなかった生徒が、一人」
「……警戒をしなくてはならない生徒、ですか?」
妙な話である。
確かに、表立ってスパイだからと取り立てるわけにはいかない以上、彼女らを集めるためには共通事項を定める必要がある。故に、容疑者の可能性が低い生徒が巻き込まれるのは、仕方のないことなのだろう。
だが、警戒をしなくてはならない生徒、となれば、また別の話だ。
何せ、その共通項がないにも関わらず、無理やりにでも取りこんだということなのだから。
そのハナコの言葉に、ナギサは言葉をつづけた。
「その生徒は、ひどく優秀な生徒です。成績は優秀、スポーツは万能。人当たりはよく、外見も魅力的といっていいでしょう。さらに、他人を思いやれる性格。正に、非の打ち所のない。派閥さえなければ、それこそティーパーティーで、即座にスカウトしたことでしょう。実際、怪しい動きなども見られませんでした」
語られる言葉も、そう。
正に優等生。警戒をすべき理由などないようにさえ思えた。
しかし。
「……ニュートンの疑いがある、ってことか?」
既に、このキヴォトスにおいて、その才能はあまりに疑わしすぎるものであった。
そして、ナギサもまた、同様であったのか、小吉の言葉に首を縦に振った。
「勿論、確証はありません。本当にただ優秀で優しい生徒というだけの可能性も十分にあります。ですが、……。陸八魔アル。彼女の存在により、今ニュートンは都市伝説ではなくなっています」
「……それは、まぁ、そうだが」
思い出されるのは、ここ最近何度も話題に上がったニュートンの少女。
彼女の存在により、世間は、かつてこの世界に存在した、ニュートンという存在に対して無警戒ではいられなくなっている。
外の世界での暗躍を考えれば、それも当然の話なのかもしれない。
「……わかった。それで、どうやって交流を図ればいい?集めた。って話は聞いたわけだが……」
だからこそ、その無法も小吉は飲み込み、それを問う。
「先ほど申し上げた通り、今回の件を、当然表向きに、堂々と犯人捜しをするということはできません、相手からの警戒を招きますし、何より、ただ疑いだけでそれほどの強権を振りかざすのはティーパーティーの権力をもってしても相応の理由がいります。……そこで、シャーレの権限を軸に、部活動を作ります」
「……部活を?だが、それこそ、強制的な入部は無理じゃねぇか?」
「いえ、可能です。なぜなら、これは補習のための部活だからです」
そういって、ナギサが机の上に取りだしたのは、彼女たちの成績表。
トリニティにおいて行われるテスト。当然外部の者に見せることを前提としていないそれを、ナギサは持ち出した。
「……ひどい成績のが二つと、……評価不能が二つ?」
「一つはニュートンの少女の物です。彼女に関しては巻き込むために、……理不尽ですが工作をしました」
小吉は、それに眉を顰める。
だが、既に命がかかっているこの状況。
多少無理をしてでもニュートンというだけで巻き込むというのは、許容すべきではないが。
その強引さを否定することは、外でニュートンの一族を滅ぼした小吉にはできなかった。
「……で、もう一人の方は、なんだ?」
一旦、それは置いておく。
この形式で作戦を実行するのであれば、必要なことなのだろう。
故に、話を最後まで聞くべきだ。
そう判断し、小吉はもう一人の方を示す。
「それが……試験を受けていないのです。普段はいい子、のはずなのですが。いえ、それよりも、彼女のことは先生も、ご存じですよね?」
少なくとも、そう、ナギサは認識しているのだろう。
小吉も、その部分には同意した。
「まぁ、……そうだな」
なにせ、自分が示したもう一人のテスト。
その名前欄に書かれていたのは、以前、アビドスで出会った少女、ヒフミなのだから。
「困ったものですが、しかし、どうしても彼女は無視できませんでした」
「そりゃ、またどうして。病欠とかも、あるだろう?」
少なくとも、事件には関係ないだろう。そう考え、知り合いである彼女が巻き込まれるのは避けようと、小吉はなんとか、逃げ道を確認した。
「……噂があるのです。なんでも、ブラックマーケットに出入りしている、とか。そんな根も葉もないうわさが。勿論、私も、ヒフミさんのことを犯人と思っているわけではありません。……ですが、ニュートンかもしれないというだけで巻き込んだ以上、条件を満たした彼女は巻き込まざるを得ないのです……。どうかしましたか?先生」
「いや……」
正に、そのブラックマーケットの出入りを知っている小吉は何も言えなかった。
「それで、……どうするんだ?」
「どう、とは」
「……ナギサの目的は分かった。補習授業部での態度で、トリニティにいるはずの内通者を探すっていう部分も、分かった。協力したい。けど。それじゃあ終わらないだろ」
そう、終わらない。
なにせ、これでは解決には至らない。
補習が終わった後のペナルティ。それがなければ、勉強をした。だけで終わってしまうのだから。
「……補習にもし失敗したら、部員全員を退学。それが、当初の予定でした」
少なくとも、外部の人間にしてしまえば、そう簡単に手を出せない。
そう考えてのことだろう。少なくとも、同じようなルートは潰せる可能性はある。
「ですが、それは恐らく先生と敵対する道です。先生は、そう言ったことに対して、どのような手段を用いても抗うでしょう。わずかな交流ではありますが、理解しているつもりです。そして、私はあなたと敵対するつもりはありません」
だが、その手段は、小吉と手を組むうえでは使えない。
眼の前の男は、そういう男であると、ナギサもこれまでの交流で理解していた。
故に。
「外部の人間にする手段は、何も、退学だけではありません」
そういって、ナギサが差し出したのは。
「これは……」
「……エデン条約が成立すれば、ゲヘナとトリニティはある種の同盟を組むことになる。ならば、互いの交流は必須になるでしょう?」
彼女の手の中にあったのは、ゲヘナへの転入届であった。