シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
ナギサとのやり取りを終え、補習授業部は書面上で正式な設立が決定した。
表向きの目的は、先日の試験において一定未満の成績しか残せなかったものに対しての成績向上及び、追試による試験で得られる点数の補填。
その裏にある本来の目的は、ナギサによって疑惑を向けられた候補たち。その中にいるトリニティホスト襲撃事件の容疑者を見つけること。
「もし、テストも点数を取れず、俺が見つけることができなければ、ゲヘナに全員一時的に追放……か。なぁ、ハナコ。俺もある程度は調べたんだが、……これは、重い処分なのか?」
「退学になって学生としての権利をすべて失うよりはマシ……。ですが、ゲヘナとトリニティの仲はいいものではありません。それに、トリニティとゲヘナでは、校風が大きく異なりますから……馴染めるかは努力次第、でしょうか」
ハナコの言葉に、だよなぁ。と。小吉は応える。
ある程度日数を経てキヴォトスにも慣れてきたとはいえ、その感覚差には小吉も時々悩まされる。
「別に裏切り者を探すなんてうまくはできねぇんだけどな……」
そして、もう一つ。期待された役割に対して小吉は小さくため息を漏らした。
「……そう、なんですか?外で、経験された。と、聞きましたけれど」
「ただ手ひどく裏切られた経験があるってだけだからな……。結局、そいつらにはいいように動かれたし、犯人当てなんてできなかった」
そう。確かにナギサが当てにした通り、小吉にとって、裏切りは経験したことだ。
だが、それは決して、裏切りへの対抗策を身につけられたというわけではない。
二度の火星での戦いの際、小吉は、その裏切りによって手遅れな事態を生み出してしまった。
多くの命を、失ってしまったのだ。
「でも、ナギサの命もかかってるわけだしな。そんなこと言ってられねぇさ」
だからこそ、裏切りによってこれ以上命を奪わせることはできない。
そういいながら、小吉は、シッテムの箱を手に取り、モモトークを開いた。
「連絡……。誰にですか?」
「頼れるシャーレの提携先だよ」
その連絡先に示された名前は件の問題児にして、現キヴォトスにおいて、社会を揺るがす騒乱の中心。
陸八魔アルであった。
「……それで、私への依頼はなに?」
そして、数分後、アルに現状を話し終えた。
あえて、別の目的があるということだけを伝え、それ以外は伏せて。
「あぁ、アルには……。補習部の生徒の味方側でいてほしいんだ」
「……分かった。つまり、今回の相談主と、その子たちは対立関係にあって、状況としては相談してた子の方が重大な状況なのね。それで、内容を話せないのは、正確な状況を話したら、私までそっちに付きかねないから。事情は話せない。その上で、私はそっちに味方をしてくれ、と」
だが、そこまで話しただけであるにも関わらず、彼女は、そこまで読み取った。
「……まぁ、読み取れるか」
もっとも、小吉も驚きはしない。
彼女の頭が回ることは前提だ。そもそも、知恵比べで出し抜けると思うほど、ニュートンの知能を甘く見てはいない。
「そりゃね?先生が一緒にいるのに生徒に対して。先生とは別の立場で味方してほしいってなるなら……そこには何か理由があるでしょ。で、それはいいとして、名目は?私は何をしたらいいの?」
故に彼女は、更に深く切り込んでくる。
自身に与えられる役割を。
「教師役の一人だ。勉強を教えてやってほしい。俺の補佐をしてくれる子もいるが、四人を集中してカバーするには人手が欲しい」
「……まぁ、妥当な肩書ね。目的は補習なんだもの。でも、指導を受ける生徒は納得できる?私、ゲヘナだし、二年生よ?」
いうまでもないが、彼女はゲヘナの問題児であり、そもそもまだ学生である。
彼女が聞いただけでも、同学年が二人。
指導に当たるのであれば、それこそ、三年生の生徒の方がいいのではないか。と。
「……正直な話を言えば、あまりいいとはいえない。だがな……トリニティ、結構カリキュラムの速度が速いんだ」
「まぁ、……そうね」
三大校であり、お金持ちの多い学校である以上、トリニティはそもそものスタートラインが他校に比べると高い。
「そうなったとき、知り合いで、手が空けられそうな上で、今からトリニティのカリキュラム二年生までの分をしっかり教えられそうなのがアルしかいない」
「……確かに」
そういう小吉に対して、アルもまた、頭の中で彼の知り合いを整理する。
シャーレの奪還の際に協力を要請した面々。
チナツは頭は良いが一年であり、ユウカ、ハスミは、どちらも学力的な問題はないだろうが、多忙。一日ならともかく、数日開けるのは厳しいだろう。
スズミという少女の話も聞いてはいるが、学力に関してどれほど当てにできるか分からない。
ユウカを除いたミレニアムの生徒で先生が過ごした面々は、基本忙しいか、スペシャリストだ。
分野が噛み合っているのならばともかく、テスト勉強を教えるのに向いているかといえば、……癖のある面子だろう。
アビドス、ゲヘナの面々は論外と言っていい。
アビドスはそもそも真っ当な授業を行えていなかった故に、トリニティの勉強ならむしろ受けさせたいレベルだ。
ゲヘナも便利屋と風紀委員、万魔殿も勘定に入れてもいいかもしれないが……。
「まぁ、……条件は私と変わらないか」
最悪勉強の部分に目をつぶるとしても、ゲヘナの生徒である以上は、相手からの悪感情は変わらない。
同じ便利屋という立場で言えばカヨコなら問題なくこなせる可能性はあるが、アルからしてみれば今は、肉体訓練の方を重視したい。
アル自身の予定もないではないが、それも地盤固めのものであり優先しなくてもいい。
あるいは、トリニティでの出会いがプラスになる可能性も十分にある。
なにより、先生に対して恩を売れる。協力する理由に関してはそれで充分であった。
「理解したわ。それじゃあ、これより、シャーレ外部協力企業、便利屋68社長陸八魔アル。先生からの依頼に基づき行動を開始するわね」
とりあえず、トリニティのカリキュラム確認するからあとでね。という言葉と共に、アルとの通信が終了する。
「とりあえず、戦力の確保完了だな」
そんな風につぶやく小吉の袖が、少しばかり引っ張られる。
勿論、この場にいる相手は、一人しかいない。
「教えるだけなら、……私でもできるんですよ?」
そういって、少しだけ頬を膨らませながら小吉を見上げる少女に、小吉はバツが悪そうに、けれど視線を合わせて言う。
「分かってるよ。今回もハナコのことは頼りにしてる。でも、今回俺達はあの子たちにとっては、味方だけじゃない。敵にもなる……。どうしても、疑いの目で見ちまうわけだからな。ハナコだって。あの話をされたうえで、相手のことを探らずに接することなんて、できないだろう?」
「……それは、……そうですが」
そう。既にハナコにも小吉にも視点が与えられている。
指定された生徒たち四人のうちの誰かが、生徒会を襲撃する手はずを整え、今なお潜伏しているかもしれない。
そんな、彼女たちを疑う視点が。
そうである以上、既にハナコは、百パーセント味方足りえない。
「だから、百パーセント味方してくれる奴が、必要になるんだよ」
「……そう、ですね。ごめんなさい。先生」
「気にすんなよ。元は、俺が器用じゃねぇのが悪いんだ」
落ち込むハナコの頭を一撫でして、小吉は先へと歩み始める。
「それじゃ、いくか。今回の問題児たちが待ってる場所に」
「……はい!……ところで、どこへ行くんですか?確か、ナギサさんが先生のモモトークへ合流場所を送ってましたが……ティーパーティの関係部署はそちらにはなかったですよね?」
「まぁ、最初の一人は知り合いからがいいからな」
そういって、小吉は知り合い……。
ヒフミの待つ教室に向かうのであった。
「はい、……先生。お元気でしょうか」
バツの悪そうな顔をしながら、教室へとやってきた小吉にぺこり、と頭を下げる。
「……なにやったんだ?」
そんなヒフミを相手に小吉は少し呆れた目線を送る。
学校でよくやらかす問題児に対して今度はどんな問題を起こしたんだ、というように。
「わ、私が何かをやった前提なんですか!?」
「前提ってわけじゃないけどな。病欠じゃないことは聞いてるし、ヒフミが夢中なものに対して、何をしでかすか分からない生徒だっていうことは、少しくらいは理解してるつもりだぜ?」
それに対して反抗するヒフミであったが、彼女のことを知っている小吉からしてみれば
なにせ、彼女と初めて会ったのはトリニティではなくアビドス近辺のブラックマーケット。
その上、道案内ができる程度に彼女はあの場所を熟知していた。
アビドスやゲヘナならばいざ知らず、お嬢様学校であるトリニティにおいてブラックマーケットへの出入りは校則違反だろう。
「その、やむを得ない事情があったんです」
「……まぁ、聞こうじゃないか」
「信じてませんね!?……その、ペロロ様のゲリラ公演に参加するために……テストを……ごめんなさい」
もはや、それは罪人の告白のようなもの。いや、そもそも自分でも自覚はあったのだ。悪いことをしている、と。
だからこそ、言葉を紡ぐたびに呆れたような表情になる小吉をみて、ヒフミはどんどん言葉を詰まらせ、最後には謝罪の言葉まで漏れてしまう。
「……まぁ、別に試験をサボったりするのが絶対だめだー、とまでは言わねぇよ。俺だって、正しいことだけで来たわけでもないからな。夢中になれるものがあるのだって悪いことじゃない。でも、だからこそ、自分が困らない程度にな」
勉強がすべてではない。熱中できるものがあることはいいことだ。それこそ、全てを投げ出す手のめりこむのもいいことだろう。そもそも、それこそ小吉はすべてを放り出して一人のために動いたことすらある。
故に強くいう資格もない。とはいえ、それでもそれは、大人の立場としては、言うべき言葉であった。
「うぅ……。はい。えっと、それで。ナギサ様に、サポートを頼まれたんですが……要りますか?サポート」
ちらり、と、彼女はハナコの方を見る。
彼女がナギサから頼まれていたのはトリニティでの活動に不慣れな小吉のサポート役。
これは、少し前。今日、小吉がトリニティに来る前にはヒフミに伝えられていた。
だが、少なくとも、小吉の隣には明らかに彼に懐いているトリニティの少女。ハナコがいる。
先生と一緒にいられるかも、ということについてはうれしいと思っていたヒフミではあるが、この状況では自分がアシストすることはかえって邪魔になってしまうのでは?と。そう考えてしまう。
「えぇ、お願いできますか?……実は私、あまり引っ込み思案なところがありまして……」
しかし、そんな、ヒフミが思い浮かべたその考えをハナコはすぐに否定した。
彼女の悩んだそのことは、つい先ほど、乗り越えたばかりのところだ。
実際、ハナコは自身のコミュニケーション能力の低さについて、自覚的である。
引っ込み思案、というわけではないが、実際に会話をすることは苦手だ。
友人と呼べる人間も数えるほどしかおらず、その付き合いも一人とは途切れ、そしてもう一人とは……。
今から会いに行くことになる。
そして、ハナコは立場として先生の隣に立つと決めている以上、ヒフミは、今から設立する補習部に寄り添い、内側から方針を決める生徒は必ず必要になる。
そう考えながら、こんな状況でもまだ、打算的にものを考える自分に対して少しだけいやな気持になった。
先生に憧れたからこそ、今自分はシャーレの生徒としてここにいるのに。やり方は未だにトリニティらしいやり方。
「そうなんですか?だったら、一緒に頑張りましょう!ハナコちゃん!」
だからこそ、そんな風に真っすぐに自分の手を取って握ってきた彼女の笑顔は少しだけ、まぶしく感じた。
彼女が思い返すのは、あの日々のこと。
ゲーム開発をめぐり、表情豊かにあの難題に挑んだミレニアムの少女たち。
「はい、よろしくお願いしますね。ヒフミさん」
いつか、自分も、あの子たちのように素直になれるのだろうか。
そう思いながら、彼女はヒフミの手を握り返した。