シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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五十九話

ヒフミたちがテストを終えた次の日。

アルは、アビドスを出てトリニティへと向かう準備を終えていた。

 

「じゃあ、行ってくるわ!みんな、訓練メニュー、サボらないように」

 

「は、はい!し、死ぬ気でやります!!」

 

「ちょっと前楽になったと思ったら、またハードル上がったもんね~。まぁ、力が付いたのは実感できるから、まだ楽しいけど♪でもアルちゃん、せっかく強くなったのに、戦いがなくってつまんない~。そろそろ、派手に暴れられないの?」

 

やる気十分なハルカに対して、少し不満げな様子を見せるムツキ。

だが、それも仕方のないことだ。何せ、ここしばらく、基礎の力を上げる訓練がメインであり、実際のその力を振るう場面には恵まれていない。

強くなったというのに、それを振るう場面がないという状況はストレスになるのも無理のない話である。

 

「んー、そうね。ちょっとした依頼で、今の実力をしっかり図るのも悪くないわね。カヨコ、今来てる話の中で、いけそうなの選んでおいてくれる?」

 

「ん……。了解、社長。だったら、あれがいいかな……?」

 

「い、依頼があれば、訓練は軽くなりますか?」

 

端末から便利屋68宛てに来ていた依頼を探すカヨコを横目に、チナツはそう質問する。

元の所属から風紀委員に入った際、風紀委員の訓練にも耐えた彼女であったが、時間こそ短いものの、密度が段違いである。

風紀委員が全体の強化を念頭に置くのに対して、アルの施している訓練が、それぞれに適したレベルでの強化である以上感じ方が違うのは当然だが、それでも連日の訓練に対して、少しばかりの弱音をこぼす。

 

「残念だけど、そうはならないわ。時間は短くなるけれど、訓練自体はしっかり行うわ。休息日もちゃんと設けてあるから、そこまで頑張って、チナツ。大丈夫、きっと、貴女にとっていい経験になるわ。……さて、それじゃ、カヨコあとは、よろしくね?」

 

「……トリニティでしょ?気を付けてね、社長」

 

「ま、大丈夫でしょ。ゲヘナ生だからって、身分がしっかりした相手にいきなり仕掛けてくるなんてことは、ないだろうし」

 

そういって、カヨコに後を任せて、トリニティへと向かい始めた。

 

 

「さて、ついたわね。しかし……。改めて、自分の体の凄さを感じるわ」

 

アビドスを出発して一時間。

アルは、トリニティまでたどり着き、自身の身体を改めて見まわしていた。

 

元々背も身体能力も低い方ではなかったが、成長した今は、身長百七十後半。

アビドスとトリニティまでの距離は決して短くないが、近所をランニングするようなペースで息も切らさずに走り切った。

 

その速度は、ゲヘナ中を高速で飛び回っているヒナと比べれば。という話ではあるが、それでも、成長した体の身体能力は、キヴォトスの上位の戦闘力を持つ相手に対しても引けを取らないレベルに達している。

 

「まぁ、それはさておき。さっさと入場しましょう」

 

入場証は今朝、小吉を経由して送られている。

問題なくは入れる……。そのはずであった。

 

「っ」

 

門に備えられた提示式の入場認証を終えた瞬間、耳に届いた破裂音に、アルは即座に足を引く。

引いたその先。正に門に一歩踏み込んだ際にアルの足が置かれたはずの位置に、散弾による弾痕が深々と刻まれる。

 

「誰?!」

 

銃を構えながら、アルは叫び、戦闘態勢に移行する。

 

アルはこの時点で自身への襲撃を不思議には思っていなかった。別におかしな話ではない。

先生である小吉を経由して、生徒会長の許可をとっているとはいえ、ゲヘナ生がトリニティの地域に入る程度ならばともかく、学び舎にまで足を踏み入れるのをよくは思わない勢力だっているだろう。

 

特に、ゲヘナの生徒に手を煩わせられているうえに、ティーパーティーの戦力である正義実現委員会の面々であれば。

 

「……いや。よほどの理由がなければないわね」

 

そこまで考えて、アルは頭からその可能性を一時排除した。

 

現在のゲヘナとトリニティの関係性は、通常時よりもはるかに複雑である。

なにせ、エデン条約のため、互いの行動一つが条約を破綻させかねない。

 

故に、よほどの理由がない限り、理由もなしに、攻撃を行うことはない。

 

ならば独断。あるいは、別の存在。

十分にあり得る話だ。最近のアルの悪目立ちは、攻撃の理由になる。

だが、その場合は、今にらみ合いを続けている理由がなくなってしまう。

 

ここまでやったのならば、攻撃を続けるはずだ。

 

「……」

 

だが、この状況でも、相手は敵意をただ向けてくるだけ。

 

ひりひりと焼けつくようなアルの体に、正体不明の視線が絡みつく。

銃撃の正確さからも、分かる。相手はかなりの強さを持っている。

一つのミスが、命取りになりかねない。

 

「銃声が聞こえたのですが、って、ゲヘナの生徒!?」

 

そんな状況で、門周辺の警備を行っていたのだろう、正義実現委員会の少女がこちらに向かってくる。

自分を襲うのであれば、数はどうあれ、声はかけるだろう。あるいはこの辺りの警備を自分で行うはずだ。

ならば、やはり、正実は関係ない。そう判断を下す。

 

「……ちょっと、ごめんなさいね!」

 

「え!?わぷっ?!」

 

そして、そうであるならば、危険だ。

正実の少女は、少なくとも、今アルに対して敵意を向けている相手に対して、戦えるとは思えないほどの練度であった。そんな少女がこの場に踏み込めばどうなるかは分からない。

 

アルは、少女の小さな体を抱き込んで、そのまま茂みの中へと飛び込み、周辺を警戒する。

 

相手が分からない以上、勝てるかどうかすら分からない。

そんな状況で、少女を抱えたまま戦うのはあまりにもリスキーである。

そんなことをすれば、どれほどの被害がトリニティに与えられるか、想像もできない。

 

どうすると、無限に答えを出そうと頭の中に自問を繰り替えし、辺りを見回す。

 

だが……。

 

「……行ったの?」

 

初撃以降、絶えずアルに向けられていた敵意は、すっと消え、攻撃主はどこかへと去ってしまったようだった。

 

「はぁ……。何で行ったかはわからないけれど……やっと落ち着けるわ」

 

当初の危機が去ったことに、アルは小さくため息をつく。

 

「ん、んーーー!」

 

そして、アルはようやく、小柄な生徒を胸に押し込んでいたことに気がついた。

 

「な、なんなんですか!?急に」

 

「あぁ、ごめんなさい。ちょっと、門から入ろうとしたらいきなり、銃撃を受けたから、焦ってたの。一応、こちらの生徒会には許可は取ってるんだけど……確認する?」

 

「……、いいえ。門から入られていましたし、警報もならなかったみたいですから大丈夫だと思います。どんな相手かわかりませんでしたか?」

 

「えぇ、姿は見てないから、証拠は銃弾と、あっちの方から撃たれたこと、くらいかしら……。っと、いけない。私、ちょっと急ぎの用事があるから、後処理は、任せていいかしら」

 

流石に、一戦構えた程度の時間であれば問題ないくらいには余裕をもっているが、ここから更に事情聴取ともなれば、スケジュールに遅れが出てしまう。

 

ゲヘナ、ということで、一瞬疑いの目を受けられたが、しかし、現場の弾痕は明らかにアルの持っている銃のものではなく、彼女が耳にした銃声も一度だけであったため、少女は特に止めることはなかった。

トリニティとはいえ、銃撃戦の発生は、別段珍しいことではないのだから。

 

「……襲ってきた相手の心当たりは多すぎてわかんないのよね」

 

今や、彼女はキヴォトスにおいては混乱の元。

単純にトリニティの生徒に絞ったとしても、襲撃される心当たりは文字通り絞り切れないものであった。

 

 

 

「と、遅くなったわ、先生」

 

「お、ついたか。アル。銃撃戦か何かに巻き込まれたか?」

 

数分後、指定された校舎にたどり着いたアルは小吉とハナコに合流した。

 

「まぁ、そんなところ。で、どうして中に入らないの?」

 

「あぁ、……それがだな」

 

「ちょっと……ですね」

 

少し歯切れの悪い小吉たちをみて、アルは教室を覗き込む。

 

そこにいるのは、明らかに意気消沈した状態で俯いている面々。

 

「何が起きたのよ、先生……」

 

そこまでみて、アルはそう尋ねた。

小吉に対して疑いはない。

彼は出来た大人であるということを知っていて。相手の心に配慮することもできるだろうことも理解していた。

 

故に、流石に、あそこまでの状況に小吉がするとは思えない。

だからこそ、原因があるのならば、別。恐らくは集まった面々の内部か、ほかの部分だと考えた。

 

「あぁ……、まぁ、実はな」

 

「……っ、なんで、私がゲヘナへの留学なんか」

 

コハルのそのつぶやきが、全てを物語っていた。

 

「……これが、自分たちの側に完全に立つなっていった理由ね」

 

そう、前日。

一旦は小吉たちが落ち着かせたものの、自分たちの罰がゲヘナへの留学であることが明かされたことで、四人は意気消沈していた。

 

これが、自己責任であったのならば、まだいいだろう。

少なくとも、ヒフミ、マリーは、確実とはいかなくとも、逃れられる。

 

だが、今回に関しては、連帯責任。

誰か一人でも合格できなければ全員ゲヘナ行き。

 

あと二回の猶予があるとはいえ、余裕というわけではない。

 

そして何より、ヒフミが感情を爆発させてしまった。

 

もしも、これが、もっと重たい罰。

それこそ退学などであれば、ヒフミもモチベーション維持と深刻さを理解している故に発言を抑えられたかもしれない。

 

そういった意味でいえば、ナギサは失敗を犯したのだ。

先生の協力を得るために、彼女たちへのペナルティを半端に軽くしたが故に、もう一人の協力者であるヒフミの口が軽くなってしまった。

 

なにせ、失敗しても、先があるのだから。

それ故に、彼女は、迂闊にも二人の点数に対して、どうにかしなきゃよりも先に、感情をぶつけそうになってしまった。

 

そして、それが解決されないまま、今日にいたっている。

 

この問題は、ナギサと協力している小吉がまとめ上げることはできない。

何故なら、彼女たちは、ヒフミ同様に、小吉に対してもわずかながらに不信感を覚えている。

 

ハナコでも難しいだろう。彼女は何より、こういう状況での取り持ち方を知らなかった。

 

「つまり、私の出番ね」

 

ここまでの事情を、アルは知らない。

 

彼女が握っている情報は、眼の前の状態と、そこから導き出される状況。

 

すなわち、『今、眼の前の集団は崩壊寸前であり、小吉の手ではいい方向に導けない』という部分だけ。

 

だが、今回は、それで充分であった。

 

アルは、扉を軽くノックする。

 

まだ、アルの存在に気がついてなかったのか、その音に全員がびくりと肩を震わせた。

 

「初めまして。私は、ゲヘナから来た特別講師の陸八魔アルよ。あ、ヒフミは久しぶり、ってほどでもないわね」

 

突如現れ、一人に対して友人のように振る舞うゲヘナ生の登場に、その場の面々は動揺する。

ある者は、安堵。ある者は、敵意。ある者は、驚愕。あるものは、恐怖。

だが、そんな少女たちのことを気にも留めずに、アルは教壇まで歩みを進める。

 

それを、小吉も止めずに見守る。

 

一触即発。下手な言葉を言えば、一瞬で爆発しかねないそんな状況。

 

「今日の勉強会は中止よ。各員、汚れてもいい服に着替えて、校庭に集合!」

 

だが、アルは、そんなすべてを一切。気がついていないかのように、それだけ言い放つと、はい、解散!

 

と。いって、彼女たちを教室から、追い出した。

 

「……さて、これで、雰囲気も変わるんじゃないかしら」

 

「おう。助かった。俺から言っても、多分状況が収まらなかっただろうからな」

 

あの状況を招いたのは、ヒフミであった。

 

しかし、元をたどればこの事態の黒幕はティーパーティーのホストであるナギサとなる。

そして、そのナギサと小吉が繋がりがあることは当然、全員が知っていた。

 

故に、もしも小吉があの場で出ていったとしても、納得することはできず、むしろこれから関係を築くことを大きく阻害することになっていたかもしれない。

 

「しかし、この後どうすんだ?勉強、じゃないのは分かるが……」

 

このまま勉強をしても、恐らくどうしようもなかったことは、小吉にもわかる。

だが、この状況で勉強以外に何をすべきか。

 

「教室見て気がつかない?」

 

アルにそういわれて、辺りを見回す小吉。

何か変な場所、というわけではない。少しぼろいが、まだまだ使える設備。

 

一体何か。と、小吉がその答えを出すよりも早く、ハナコは答えにたどり着いた。

 

「……なるほど、清掃。ですね?」

 

「その通り!ハナコだったわね、先生から聞いてるわ。なかなかやるじゃない」

 

そういって、アルは気安くハナコに近づいて、頭を撫でる。

ハナコもそう小柄というわけではないが、それでも十センチ以上差があれば、そういうふれあいもあるだろう。

ハナコの方も、驚きはしたものの、そんなスキンシップに対して抵抗を示していない。

ミレニアムでの交流の影響もあるのだろう。

 

小吉と出会った頃の、周囲への警戒心を解けなかった少女は、しっかりと変わり始めていた。

 

「あぁ、確かに。そいつは、良い考えだな」

 

そして、そんな光景を見ながら、小吉も少し遅れて、答えにたどり着く。

 

掃除。

 

幼いころから空手に励み、修練を積み重ねるため道場に通っていた小吉にとっては馴染みのあるものであった。

一人でできない範囲の清掃は、必然的に協力を生み、そこには連帯が生まれるもの。

 

何より、今の補習授業部の関係性がこじれ切る前に打ち出す案としては、かなりいいものだと思えた。

スポーツなどでの交流と違い、掃除であればそれぞれの実力差があまり出ないというのもいい。

 

なにせ、一番必要なのは根気なのだから。

 

「それで、範囲はどうする?」

 

「今日一日。疲れて頭から変な考えが飛ぶように、この合宿所全部綺麗にしましょう、監督は先生に任せるわ、ハナコ、私たちは、段取りね」

 

「はい!掃除用具を用意しましょう」

 

そういって、ハナコを連れてアルは走って行った。

 

「……正解だったな。ここまでは」

 

ヒフミとの接触済みということを決め手にしたとはいえ、瞬く間に決まった状況に舌を巻いた。

しかも、小吉の指定した通り、こちらとの交流を最小限にし、補習授業部に対するヘイトを最小限に抑えて。

 

「あとは、ゲヘナっていうのがどれくらい響くか。だが……」

 

少なくとも、ハナコとのやり取りは問題なかった。

 

だが……。

 

「ちょっとばかし心配だな」

 

あの時、アルを見たアズサの目は、明らかに敵を見るものだったのだから。

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