シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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六十話

「それじゃあ、掃除、始めていくぞ、掃除用具は持ったか?」

 

「はーい!」

 

小吉の声に、ジャージに着替え、掃除道具を片手にした少女たちの返事が重なる。

幸い。というべきだろうか、時間を置き、着替えもして意識が掃除に向かったことにより、彼女らの間にあった空気は改善に向かっている。まだ、少しぎこちないところもあるが、少なくとも、先ほどの教室よりは、遥かにまともな状態であった。

 

「とりあえず、一か所ずつやっていこう。みんなわからないことがあったら何でも、俺達に聞いてくれ」

 

小吉がそう言ったものの、ヒフミたちが聞きに来ることはなかった。

それぞれが清掃を特に苦手としていない、ということもあったが

 

「シスターフッドで、大掛かりな清掃は慣れています」

 

彼女がそう言ったことで、自然と、補習授業部の少女たちは彼女を頼ることになった。

実際、彼女の言は正しいのだろう。彼女自身があれこれと指示をだすことはないが、常に周囲に意識を配り、困っていそうならその場に駆け寄り、声をかける。

 

清掃に慣れていると本人は言ったが、それだけではない。

小吉には、彼女は人に寄りそうことに慣れているように見えた。

 

「……なぁ、アル。どう思う?」

 

「どうって、言われてもね……」

 

遠巻きに、彼女たちの交流を見ながら、小吉はアルに尋ねた。

小吉の言いたいことはアルに伝わっている。伊落マリー。彼女が本当にニュートンであるかどうか。

 

「分かんないわよ。他のニュートンなんて」

 

だが、アルが返したのは、そんな答えであった。

 

「そもそも、ニュートンの基準でいえば、異常なまでの才色兼備で、病気にさえかからなければば当てはまるもの」

 

そう、実際にアルは、ニュートンの一族のことについてよく覚えていないのだ。

能力面や、どういう経緯で生まれたのかはともかくとして、彼女は何度か行ったはずのニュートンの本家の場所も、そこで出会ったであろう、親戚の顔もほとんど記憶にない。

 

それ故に、今彼女が、自分と同族であると分析するための材料は、結局のところ、そういった能力面の部分だけである。

 

「まぁ、そりゃそうか……」

 

とはいえ、これに関して言えば小吉にしても、アルにそこまで期待していたわけではない。

アルの事情は大体把握していたし、もしも、分かったのなら、彼女から言ってくる。

そう考えていたからだ。

 

「あ、ただ、あれは参考になるんじゃない?体の動き」

 

「あぁ、あれか……」

 

ニュートンの一族。

彼らは度重なる血統の良化により、人体の得られる可能性のある力をほとんど会得した。

それには、オリンピックに出るような選手の身体能力から、視力などの五感に関わるもの、中には、自身の肉体を部位ごとに眠らせるなんて言う人外じみた機能さえ有している。

 

そして、そんな能力の中の一つには、肉体制御がある。

 

元来、人間には、身体を動かすときに微妙な誤差が生じる。

武道をたしなむものであれば、其の誤差を無くすためには、長く苦しい修行を積むという。

だが、ニュートンの一族は、生まれながらのセンスと鍛錬により、幼少期の内にそれを会得する。

 

少なくとも、アビドスでの戦い以降のアルは、眠っていたセンスと幼少期の訓練が噛み合ったのか、その能力を習得していた。

小吉から見ても、アルの動きは洗練されたものに見える。

 

だが、この動きはひどく目立つのだ。

なにせ、しっかりと制御された動きはひどく美しい。

 

それこそ、一挙手一投足に目を奪われるほどに。

同族である彼女や、武術に長く身を置いた小吉であるならばその動きは、ほかの生徒たちと比べた時、ひどく浮いて見えるだろう。

 

「まぁ、それは、ニュートンってことを隠してない場合に限るけれど」

 

しかし、この判別方法には、欠点がある。

ニュートンは動きを正確に制御できる。ということは、逆に、ニュートンと思われない動きも可能だ、ということ。

 

通常のパフォーマンスであれば、それこそ、何度でも同じ動きさえ繰り返すことができる彼らにとって、自身の動きを他の生徒同等に落とすことも可能だろう。

 

ニュートンの一族は、この世界でも暴れていた。事実、アルもニュートンであるという理由で警戒されていたのだ。誰もが、アルのように、自身の在り方を肯定しているとは限らない。

 

それ故に意識して自身の力を抑えることも、十分にあり得る話なのだ。

 

「まぁ、流石に突発的な命の危機、とかまでくれば、その演技も崩れるかもしれないけれど」

 

「ニュートンにとっては、その幅も広い、ってことか」

 

あらゆる能力が高い。ということは、それだけ丈夫であるとも言い換えられる。

ましてや、キヴォトスのニュートンの基準は、外よりも高くなっている。

キヴォトスの生徒たちの頑丈さを考えれば、ただの事故であっても、まず起こりえないだろう。

 

「ま、そういうこと。銃撃戦程度ならともかくとして、そんな危険なことに先生は巻き込まないでしょ」

 

「……そうだな」

 

力強く否定したいところだが、思い出すのは、アビドスとミレニアムでの戦闘。

普通にするつもりだったとしても、生徒を危険な目に何度か合わせている。

 

「まぁ、今回の問題は、勉強だし学外に出る機会もだないだろうしな。そんな機会もないか」

 

 

 

「先生~、アルさん~」

 

そんな結論を小吉が出したころ、それまで補習授業部の面々と掃除をしていたハナコが声をかけてきた。

 

「どうした?ハナコ」

 

「もう、大体の場所の掃除が終わってしまいました。これからどうしましょう」

 

想定よりもだいぶ早い時間。

元より最低限の清掃はしてあったからだろう。

食堂や体育館を含め、大掛かりな箇所もあったはずだが、それだけ真剣に取り組んだのだろう。

 

「お、そうか。ってもな……」

 

小吉は時計を見る。

全て終わらせて今日を終わらせるには早く、しかし、懸命に掃除に打ち込んだ彼女たちに今から勉強をというには、少し遅い時間であった。

 

だが、アルの言っていた通り、昨日の件を意識から追い出すことを考えると今日はもう少し掃除に打ち込ませたい。

 

「じゃあ、あれ、いいんじゃない?」

 

改めて、仕上げに何かをするか、と考えている時、アルが小吉の服の袖を少し引く。

 

「……なるほど」

 

アルが指さしていたのは、……備え付けられた、使われていないであろうプールであった。

 

「ということで、プールの清掃をするぞ」

 

「ぷ、プールですか?」

 

小吉の言葉に補習部の面々に、疑問が浮かぶ。

 

「ほかの場所は合宿で使う可能性はありましたけれど、……。ここは、使わないですよね?先生」

 

ヒフミの疑問に、同調する形でマリーが尋ねる。

 

「あぁ、確かに、合宿中は使わない。……だから、今から使っちまおう」

 

「今からですか!?」

 

「おう。マリーのおかげで予定より進行は速いし。ちょっと泳ぐ位ギリギリできんだろ。こっから合宿では勉強付けになるんだ。中途半端に勉強するくらいなら、初日くらいはしっかり遊んどけ」

 

「とはいえ、掃除が終わってからだけど。とりあえず、水着に着替えてらっしゃい。道具はこっちで用意しとくわ」

 

はい、解散!というアルの掛け声に合わせて、ヒフミ達は、急いで自室へと走っていく。

 

「……」

 

そんな彼女らの後姿を、ハナコは、しばらく見つめていた。

 

「ハナコ、お前も行ってくるんだ」

 

その姿を見た小吉は、彼女にそう声をかけた。

 

「え、で、でも……」

 

そんな風に、あっさりと自分の考えが読まれたことに動揺するハナコ。

今、彼女を挟んでいる感情は二つ。一つは、小吉たち側としてサポートに徹するべきという気持ちと。

そして、もう一つは、……。ただ、純粋に、彼女たちと遊びたいという気持ち。

 

きっと、小吉と出会う前の彼女であればこんな簡単には、さらけ出さなかったであろう。

ゲーム開発部の、モモイたちのように、友達と一緒に遊びたいという。そんな、幼げな気持ち。

 

「いいじゃない。どうせ、今日は、掃除以外にやることないんだし。私はさすがに持ってきてないけれど、ハナコは用意できるんじゃない?水着」

 

そして、小吉が揺らしたハナコの天秤を、さらに後押しするように、アルが、彼女の背中を押す。

 

「……。じゃあ、えっと、いい、ですよね?掃除も、しますから……私も参加して」

 

「おう、ハナコがしっかり手伝ったら、遊べる時間も増えるかもだぞ?」

 

そういわれてしまえば、もう、彼女が止まる理由はなかった。

 

「……待ってください!皆さん!私も!泳ぎます!」

 

ハナコは、四人の後を追うように、駆けだした。

 

「……さて、じゃあ俺たちは準備だな」

 

「えぇ、ささっと終わらせちゃいましょ。その分あの子たちが遊ぶ時間も増えるんだし」

 

その後ろ姿を確認した二人は、彼女らがプールを満喫するために、プールの掃除用具を用意する準備を始めるのであった。

 

 

「それで、どうだった?」

 

「はい!楽しかったです!」

 

それから、数時間後。

しっかりとした清掃。時間のかかる水入れを終え、たっぷりと水遊びを楽しんだ彼女たちは、もはやくたくたであった。

元より体力が少なかったのだろう、コハルに至っては、船をこぎ始めているほどに。

 

勿論、勉強は一ミリたりとも進んでいない。

本来の目的を考えれば、今日一日を、無為に過ごしたといっていいだろう。

 

だが、それでも今日は、十分に成果のあった一日であったといえる。

少なくとも、朝にあれだけ、剣呑とした空気を漂わせていた少女たちは、笑顔を取り戻していた。

 

それに、ヒフミも、掃除の中で、しっかりと謝れたらしい。

方針も、補習授業をしっかりと成功させ、トリニティでの生活を続けられるようにと定まったようだ。

 

「よし、じゃあ、明日から本格的な授業に入る!今日の疲れが抜けるようにしっかり休むように!」

 

はーい、と、三つの、眠たそうな声が返ってきて、その場は解散。

 

「その、先生、あとで、お時間いただけますか?」

 

そう、なるはずであった。

 

 

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