シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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六十一話

その日の夜。

 

「先についちまったか」

 

プールの後、呼びだされた小吉は中庭へと足を運んでいた。

まだ、目的の人物はここにきていない。

 

とはいえ、何をするでもない。

待ち人が来るまでのわずかな時間。彼に出来ることは明日の時間割を考えることくらいだ。

 

「つっても、内容自体はアルとハナコがやってるんだが」

 

意外な、というわけでもないが、小吉の目から見て、アルとハナコはかなり仲良くやっているように見えた。

 

補習授業部の生徒、小吉のものとは、別に分けた彼女らの部屋では、今も二人で机に向かって、肩を突き合わせながら、明日の勉強用の資料を作っている。

幸い、というべきか。ハナコの頭脳は、アル相手にも。すなわち、ニュートンを相手にしても下回るということはないらしく、話も弾んでいた。

 

アルも別に普段が暇というわけではないが。それでも、アリスやモモイたち以外の友達が出来ていることに小吉は少しだけ安心した。

補習授業部の面々ともプールで遊んでいる時、楽しそうであった。

 

シャーレ以外に交流が増えることは間違いなく、彼女にとってプラスなのだから。

 

「お待たせしました。先生」

 

そして、そんな考えをしているうちに、時計の針は進んでいたのだろう。

プールの後、声をかけてきた少女が現われた。

 

「おう、待ってたぜ。……マリー」

 

彼を呼び出したのは、件の生徒。

ニュートンとして疑われている伊落マリーであった。

 

「それで、……話ってのはなんだ?まさか、勉強で困ってるとか、じゃあねぇだろ?」

 

小吉は平静を装いながらも、僅かに警戒する。

小吉に宛てられた部屋ではなく、人気のない場所の指定。

 

ニュートンであると警戒している、小吉にとって、流石に穏やかではいられないシチュエーションだった。

そもそも、正直に言えば、積極的な接触があるとは思っていなかった。

少なくとも、アルのように堂々としていないということは、彼女がニュートンであるとするならば、陰で行動をすると考えていたからだ。

 

そんな彼女が、わざわざ、よびだしてまでしたい話。

身構えざるを得ないのも当然のことであった。

 

「……その、先生。……ニュートンって何ですか!」

 

「……んっ?!」

 

だからこそ、小吉に投げかけられた言葉は、小吉の想像よりもはるかにドストレートなものであった。

それも彼が想像している範囲以上のことで。

 

「あ、えっと、その。すみません。私、生まれつき耳がとってもよくて……。アルさんと、先生の話が聞こえてしまって……。私は、ニュートンだ、って」

 

それは、はっきりとしたミスであった。

ある意味では当然である。ニュートンに話を聞かれているかもという前提での警戒をしたことがない。

身体性能の高さを、小吉は嫌というほど理解していたが。そのせいで、感覚器への意識が薄れていた。

 

故に、アルとの会話を、普通の内緒話程度の声量での会話をしていた。

彼女がニュートンであるのならば、聞こえないはずがない声量で。

 

「……」

 

そして、小吉は決断を迫られた。

ニュートンを知らないというマリーに対して、ニュートンについて話していいものか、という決断を。

 

通常であれば、誤魔化すのが正解だろう。そのほうが都合がいい。

彼女を騙し、話を逸らした方がいい選択といえる。

 

……。だが、先生としてはどうだ?

 

子供たちからの信頼を投げ捨てて、自分の利のために突き進む。

 

小吉は考える。

 

……それは、ゲマトリアと変わらない。

ニュートンについてのことは、キヴォトスにおいては伏せられている情報ではない。

ある程度の地位を持った大人か、あるいは、諜報に長けた生徒ならある程度知っている情報だ。

事実、ナギサもニュートンについての知識を持っていた。

 

例え、今この場を誤魔化したとしても、いずれは答えにたどり着く可能性もある。

ならば……。と、小吉は決断する。

 

「マリー。ニュートンっていうのは……」

 

「そこまでです!」

 

小吉が事情を話そうとした正にその時、稲妻のように、攻撃が二人の間に飛び込んできた。

 

「っ……。誰だ!」

 

咄嗟にマリーを背中にかばいながら、小吉は、謎の影に相対する。

 

「……彼女は、その真実に触れる必要はないのです」

 

「サクラコ様!?それに、シスターヒナタ!」

 

どうやら、マリーの知り合いらしいこと、そして、マリーによく似た衣装から、恐らくシスターフッドの所属なのだろうと、小吉は理解した。

 

「……何が目的だ?」

 

警戒は解かず、それでも、そう問いかけた。

 

「貴方こそ、彼女に何を教えようというのですか!」

 

だが、彼女たちは、叫ぶと同時に、吶喊する。

銃撃がないのは、目立たないようにするためか。

彼女たちは武器を抜く様子を見せず、あくまで近距離戦を仕掛けてくる。

 

「マリー!離れてろ!あと、出来れば、アルを呼んでくれ!」

 

「は、はい!」

 

小吉は、二人による強襲をいなしながら、マリーに声をかけ、彼女は迷いながらも校舎の方へと走る。

 

なんとか一連の攻撃をしのぎ、小吉は彼女らとある程度の距離を置いて、その厄介さに内心悪態をついた。

 

マリーにサクラコと呼ばれた少女。

 

数秒の戦闘でもわかる。彼女は、高い技量を持っている。キヴォトスに来てから、近接格闘をある程度こなせる面々は見てきたが、彼女は、その中でも特に高い。才能ではなく、明らかに修練によるものだ。

 

だが、それ以上の相手が、ヒナタと呼ばれた黒髪の少女。

彼女は、単純に力が強く、サクラコよりもさらに戦闘に長けている。実際彼女の拳をいなした左腕がわずかにしびれていた。

 

それこそ、小吉の頭によぎるのは、かの北国の将軍。

だが、サクラコと呼ばれた彼女とは違い、大ぶりで、力を押し付ける戦い方故か、技の冴えが劣る。

 

変態薬を使わずとも、どちらか片方だけであれば、銃なしである以上対応できる自信が小吉にはあった。

少なくとも、マリーがアルを呼んでくるまでの時間は稼げるだろう。

 

しかし、二人。

 

ただの二人ではない、連携がかなり極まっている。

 

「少し、骨が折れるな……」

 

「なら、そのまま折ってさしあげましょう……!」

 

考えをまとめきる時間もなく、二人からの攻撃が続く。

いっそ、銃を使うのならば、逃げの一手も打てるが、彼女らが振るうのは、己の五体。

下がる間もなく繰り出される連撃を相手に、小吉は下手な動きができなかった。

 

そうなってくると、問題となってくるのは、スタミナ。

 

防戦に回らざるを得ない状況の小吉は、彼女たちに有効打を出すことができない。

対して、彼女たちの連撃は、有効打にこそならないものの、着実に小吉の体力を奪っていく。

 

「くそっ」

 

目まぐるしく行われる攻勢に、酸欠になりそうな頭を叩き起こして考えを回す。

 

アルがマリーを連れてくるまで、一体どれだけかかるか。

往復で、何分かかり、そして、それまで自分が耐え抜けるか……。

 

「先生!伏せてなさい!」

 

「っ」

 

そんな計算を吹き飛ばすその声に、小吉は地面へと伏せた。

そして、彼女たちは、反応できず、何が起こるか予測ができなかったが故に、止まらなかった。

 

その結果、彼女たちは、その爆撃に巻き込まれ吹き飛ばされる。

 

「待たせたわね」

 

「……。助かった。アル」

 

「先生!大丈夫ですか」

 

「あぁ、けがはないよ。ハナコ」

 

アルに、抱きあげられ、一緒に降りてきたハナコが小吉に駆け寄る。

 

そう、往復の時間など、考える必要はない。

ここは中庭であり、アルたちの部屋からは、壁一枚しか邪魔するものがない。

 

アルの異能をもってすれば、ここに来るまでの時間は、弾丸を撃ち放つ、一瞬あればいい。

 

そして、その通り、迷いなく実行したアルの手によって、状況は大きく変化した。

 

「さて、……銃使わずに、静かに済ませようって腹だったんだろうが……どうする?」

 

小吉は、埃を払いながら立ち上がり構える。

数の上では逆転。その上で、ひそかに行動がしたい彼女たちとは違って、小吉たちに、大人しくする理由は薄い。

 

「……サクラコ様」

 

「……分かりました。先生、……後日、改めて、伺います」

 

彼女たちは、形成不利を悟ったのだろう。そういって、夜の闇の中に消えていった。

 

「はぁ……。ちょっとヤバかったな」

 

「ちょっとじゃないです!無茶しすぎですよ、先生!」

 

そんな風にため息をつく小吉にハナコ泣きつく。

 

「悪かったって、でも無事だったろ」

 

「私が間に合わなかったらどうしたのよ……」

 

泣きそうになっているハナコを安心させるためか、悪びれる様子もなく、そう笑う小吉に今度はアルがため息をついた。

 

「しかし、随分鍛えてたなあの子たち。シスターフッドって、そういう武力集団だったりするのか?マリー」

 

「っ……。そんなことは……」

 

二人に遅れて、合流したマリーは、小吉から向けられた視線に、僅かに肩を震わせる。

この争いが、自分を起点にしたものだと、理解しているのだろう。

 

少し遅れて、彼女はポツリ、ポツリと言葉を漏らす。

 

「サクラコ様も、ヒナタさんも、普段はとてもやさしくて。特に、サクラコ様は、子供のころに一人になってしまった私を、歌住の家に招き入れてくださって……」

 

「……分かった。悪いな、嫌な思いさせちまって」

 

「いえ、……でも、何でお二人が、先生に手をだそうとしたのか……。もしかして、私がニュートンって言うものなのと関係があるんですか?」

 

「それは……」

 

小吉はわずかに口籠る。

マリーは、ニュートンの一族のことを知らない。

そして、少なくとも、あの二人は、ニュートンについてマリーに教えたくなかった。

 

彼女たちの反応を考えれば、十中八九、マリーはニュートンの一族なのだろう。

 

そうであるなら説明がつく。

だが、そうなるならば、彼女のスタンスはなんだ。

 

マリーがニュートンであると自覚して、困ること。

それが分からない。

 

ニュートンは、呪いではない。

人の業を煮詰めたような生まれをしているが、あくまで、極まった特性を持った人間でしかないのだ。

無論、アルのように他者に知られることを恐れるのであれば、理解はできる。

 

だが、本人が知ったことで人格が突然変わる。といったことはない。ないのだが……。

 

「ん?なに、先生」

 

「……いや」

 

ニュートンを知ったことが原因ではないものの、少なくとも、肉体的には突如激変した例が身近にいるため、そういうことはないと言い切るのも、難しかった。

 

「そうだな。俺としては、言っても問題ないと思う。けれど、それを決めるのは、俺じゃないと思う」

 

だが、それらを考えたとしても。

小吉には彼女たちの攻撃が、悪意によるものだとは思えなかった。

 

例え自分を排除しようとした。それは疑いようのない事実だとしても。

しかし、それは決して、小吉への害意からくるものとは限らない。

 

彼女たちの意思。それは恐らく……。マリーを守ること。

 

そうであるならば、と。彼は、彼女らの意思を尊重する。

 

「……そうですね。その時は、私も呼んでくださいね、先生!」

 

そして、その答えに、彼女は納得できたのだろう。マリーは頷いて、そう言い切った。

 

「あぁ、大丈夫。ちゃんと呼ぶよ」

 

そんな風に小吉が笑って、マリーの頭を撫でれば、大きな手のひらに安心したのか。

彼女も少しだけ明るい表情を浮かべる。

 

「それもそうですね……。あの、その、アルさん」

 

「ん?私?なにかしら」

 

「……。アルさんは、ニュートン。なんですよね」

 

「そうね。でも、……何かは教えないわよ?」

 

それを聞いて、一瞬残念そうな顔をして、彼女は別のことを聞くことにした。

 

「……アルさんは、ニュートンである自分のことに、後悔はありませんか?」

 

きっと、彼女にとって、その発言は重たいものであったのだろう。

彼女にとっては、家族が重く見ていることだ。

それこそ、先生である小吉に襲い掛かることさえ決断させるほどに。

 

だからこそ、彼女にとって答えは重要なものであった。

家族をそんな行動に向かわせるニュートンであることは、そんなにも苦しいことなのか。と。

 

「後悔なんてないわよ」

 

だが、そんな少女の不安をあっさりと振り払えるように、アルは、胸を張ってそう答えた。

 

「ほんと、ですか?」

 

「えぇ。、勿論、辛いことがないってわけじゃないわ。でも。そうであったとして、自分が変わるわけじゃないでしょ?なら。……貴方を大切に思ってる家族がいるのなら、きっと、貴女は貴女らしくいられるんじゃないかしら」

 

「!!はい!」

 

きっと、それは、普通の生まれである小吉には、言えないことであった。

彼女たちのことは、きっと、彼女たちの間でしか共有できない。繋がりが確かにあるのだ。

 

「よし、夜も遅いし、そろそろ寝ようぜ!」

 

そういって、場を切り替えようとする小吉だが、少しばかり空気が重い。

勿論、先ほどまでも重かったが、それとは別に。

何か言いたくないことがあるかのような。そんな重さである。

 

「……先生。残念だけど、もう一仕事、私たちにはあるわ」

 

「……?いや、飯も食ったし、あとは風呂入って寝る位だろ?」

 

小吉は、状況を飲み込めなかった。

一体他になにがあるのか、と。

 

「……ほら、これよ」

 

「……おう」

 

アルが指さした先には、彼女が相手を巻き込むために爆破した、壁。その大穴があり……、小吉とアル、ハナコそしてマリーは、取り調べのため徹夜することとなったのであった。

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